ワルディーの京都案内

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2016/05/25
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テーマ: 癌(3527)
カテゴリ: 癌治療情報
朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。

≪2016年3月29日の記事≫ 

 東京都江東区の区立保育園の園長、KKさん(56)は2006年12月、がんの定期検診で腹部のエコー検査を受け、その場で異常を指摘された。

 「下腹部に影があります。すぐに大きな病院へ行って下さい」

 翌日、がん研有明病院で「進行した卵巣がんの疑い」と言われた。約2週間後、CTや腫瘍(しゅよう)マーカーの結果をもとに、主治医の宇津木久仁子(うつぎくにこ)さん(57)から「首のリンパ節に転移があり、ステージ4の卵巣がん」と説明された。さらに、「治すことは難しく、1年後のことは、はっきりわかりません。万が一のことがあっても、子どもが困らないように準備を進めてください」と告げられた。

 当時、KKさんには3歳年上の夫と、大学生と小学生の娘2人がいた。保育士として働いていた保育園では3歳児を担当していたが、180日間の病気休暇を取得した。治療の合間に、宇津木さんの助言に従って動き始めた。

 まず江東区内の自宅マンションを売って、東京都中野区にある夫の実家を2世帯住宅に改築し、夫の両親と家族4人で同居することにした。自分が死んでも、夫は両親に助けてもらいながら子どもを育てていけると考えた。

 小学6年生だった次女(21)には、私立の中高一貫校を受験させることにした。自分が勉強の面倒をみられないと、3年後の高校受験を乗り切れるか不安だったからだ。準備期間は1カ月ほどだったが、無事に合格できた。

 卵巣がんの摘出手術は、07年の1月末に受けた。翌2月上旬から始まった抗がん剤治療は、約半年続いた。8月に2度目の手術を受け、脾臓(ひぞう)や大腸などに転移したがんを切除した。取り切れなかった膀胱(ぼうこう)などのがんは、12月までの抗がん剤治療で大幅に縮小した。

 この間に夫の実家の改築工事が終わり、家族4人で引っ越した。治療や新たな暮らしが落ち着いてきた段階で考えたのは、仕事のことだった。保育士になって20年近く。ハイハイしていた乳児がつかまり立ちするなど、「成長の瞬間」に立ち会える喜びは、何ものにも代えがたかった。

 「復職」が頭に浮かんだ。






>保育士になって20年近く。ハイハイしていた乳児がつかまり立ちするなど、
>「成長の瞬間」に立ち会える喜びは、何ものにも代えがたかった。

 私の場合は、サラリーマンとして復職するよりも、仕事をするなら前からやってみたいと思っていた、観光ガイドの職に就きたいと思いました。そして今それが実現しかかっています。人それぞれですね。特に病気から仕事に戻る場合、普通の人より仕事のやりがい感が重要なのだと思います。

 それにしてもこの方、治療中に3世代同居を果たすなど、エネルギッシュです。私も余命短いと思われたとき、終活はしましたが、せいぜい多くあった銀行口座やクレジットカードを整理した程度でした。いまだに実家の処分もできておらず、発病から2年経って、ようやく動き出したところです。


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最終更新日  2019/03/29 11:28:06 AM
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