ワルディーの京都案内

ワルディーの京都案内

2017/09/30
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テーマ: 京都。(6081)
カテゴリ: 京都ガイド諸活動
2017年 9月30日(土)】

「京の夏の旅」 は今日が最終日。先日、 花山天文 台と 渉成園・蘆庵 に行きましたが( こちら こちら )、まだ 大雲院 が行けてなかったので、家内と行ってきました。


「ねねの道」 沿いにあります。天正15年(1587)に 正親町天皇 の勅命により 織田信長・信忠 の菩提を弔うために、 開山貞安上人 の御池御所(烏丸二条南)を賜り、信忠公の法名に因んで、大雲院と名付け、織田父子の碑を建て、追善供養しました。

 その後、 豊臣秀吉 が狭い寺域を見て同18年(1590)に 寺町四条 に移し、 後陽成天皇 より勅願寺の綸旨を給い、大雲院の三字が親書されました。その勅額が本堂に掲げられています。

 その周辺がやがて商業地域の中心となり、昭和48年に 祇園閣 のある現地に移転しました。

 大雲院はもとは浄土宗知恩院に属しましたが、今は単立寺院です。





本堂
丈六の阿弥陀如来坐像 が安置されています。本尊内部には別の 阿弥陀如来像 が収められており、室町時代から桃山時代にかけての作で、大雲院創建時の本尊とも考えれています。

 本堂ではベテランのお二人の案内を聴かせていだだきました。説得力のあるガイドでした。




仏足石



平和観音



涅槃仏




「佐土原藩戦没招魂塚」(左)「豊烈曜後之碑」(右)とその由緒を刻んだ碑
 「佐土原藩戦没招魂塚」「豊烈曜後之碑」は 戊辰戦争 で斃れた佐土原藩士を弔うために建てられた碑です。由緒碑によると、もともと大雲院の旧地にあったのだが、痛みが激しいので、復元移転したもののようです。
日向国佐土原城城主・島津以久 の帰依により、寄進を受けています。以久は、天下普請の命により篠山城建築に駆り出され、慶長15年(1610)上洛中に病死したとされています。この時に大雲院の 開山 貞安上人 に世話になったことから、佐土原藩島津氏は曹洞宗から浄土宗に宗旨替えし、以久の墓も大雲院に建てられています。大雲院と佐土原藩のつながりは幕末まで続きます。大雲院は佐土原藩の京都における本陣の役割を果たしました。このような関係から、これらの碑が立てられたようです。









鐘楼
豊臣秀頼 北野神社 に寄進した鐘楼。梵鐘は 祇園感神院(現・八坂神社) にあった室町時代在銘のもの。ともに維新後の神仏分離によって両社で無用とされていたものを、明治3年、 島津家 (宮崎県)が 佐土原藩士 の菩提を弔うため大雲院に寄進したものです。







書院 (登録有形文化財)(この写真では見にくくてすいません)
 元からこの地にあったもので、 旧大倉家京都別邸・真葛荘 の一部です。
 書院は一部コンクリート造で、その他木造。設計は 祇園閣 と同じ 伊東忠太
 内部を八角形状に仕上げた応接室が特徴的。





信長・信忠碑







石川五右衛門の墓
 処刑前に市中を引き回された五右衛門が大雲院門前に至った際、 貞安 が引導を渡した縁によります。






祇園閣
 この地は 元財閥大倉喜八郎男爵 の別荘で、昭和3年御大典記念に祇園祭の壮観を常に披露したいと願って 山鉾 を模した祇園閣を建てたといわれます。鉄筋コンクリート造3階建で高さ二十尺(36m)、鉾先には 金鶴 が輝き、地下の基礎も深さ百尺に及びます。喜八郎は金閣、銀閣に次ぐ 銅閣 をつくりたいということで、 伊東忠太 に設計を依頼しました。喜八郎は最初、傘をひっくり返したようなものというイメージで依頼したそうだが、断られ、祇園祭の山鉾を模した現在の形のものを設計したとのこと。伊東忠太は京都では他に 平安神宮 現・西本願寺伝道院 を設計しています。
 昭和48年、この地への寺地移転を機に1階正面に阿弥陀如来像が安置されました。また、昭和63年秋開創400年を記念して内部壁面に 葛新民 の筆による 敦煌 の壁画模写が完成し、当院に奉納されました。
 壁の電球を支えるのは 魑魅魍魎 という鬼だとのことです。
 3階からは京都の360度のパノラマが楽しめますが、近隣からのクレーム防止のため、屋内だけでなく屋外も写真撮影禁止になっています。




入口の阿吽(あうん)のライオン





祇園閣入口の鶴





鉾先の金鶴
 普通 鳳凰 ですが、ここでは鶴。これは喜八郎幼名の鶴吉や号の鶴彦あるいは後年の鶴翁など、喜八郎の名前に由来します。




ご朱印
 朱印帳を持っていかなかったので、書き置きをいただきました。
 祇園閣の絵が描かれています。1ページに入りきらない大きさなので、2ページにわたって貼りました。




 清水寺随求堂まで歩き、貸与品を返却。修学旅行生の昼食でよく使う 「しがもり」 に入ってカレーうどんで昼食。修学旅行生に人気のカレーうどんですが、家内も美味しそうに食べていました。そして家内に 歴彩館 まで送ってもらいました。

 歴彩館は特別客員研究員の研究のため、2回目の訪問です。前回に続き、見稲荷大社の機関誌「朱」を読みましたが、時間が1時間ほどしかなく、創刊号をもう一度今回は詳しく読んだにとどまりました。

 夕刻から京都駅近くで「京の夏の旅」下鴨神社の慰労会があるので、地下鉄で京都駅に向かいました。→ こちら


(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)



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最終更新日  2019/06/09 07:59:52 AM
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