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前々からよく耳にしていた、中国のアフリカ政策。アフリカ諸国に多額の援助などを行い、国連で中国の味方を増やそうとしたものだ。その様子を、ニジェールの第三の町ザンデールでも見ることができた。ザンデールでは、、、これ「日本からのODA横流しして、造ってるんじゃないか??」というような町中どこからも見える丘の上に建つ、巨大で派手な井戸ポンプだ。(ちなみに、私が働いていたザンデールの政府観光事務所でも、ディレクターが中国へ研修旅行に連れてってもらったと話していた。彼ら役人の中国に対するイメージは、かなりよい)この井戸おかげで、砂漠の町ザンデールでも今は水の心配はしなくてもよいほど、豊富な水が供給されている。日本のように、ニジェール政府役人の懐に全部入ってしまうような食糧援助とかあまり物資が届かない小さな村のために井戸を彫ったりとかはたまた人的、技術的援助そして医療援助をしたりとかそういう影ながらの(?)協力ではない。町民、誰もが意識するような超派手な形のものなのだ!!この派手さはどこに行っても同じ。各地で同じような井戸を掘ったり、どーんと大きな畑を作ったりしているらしい。さて、井戸ポンプの丘に登ってみた!この井戸ポンプには勝手に人が住んでいるまた井戸の周りには、無料の水を無断で用いて洗っているのか洗濯物が沢山干してある。ポンプの住民の一人が中を案内してくれた。暗い階段を上がっていく。ひそかに怖い。しかも、彼らのベッドルームかその階段の踊り場には毛布が敷いてある(笑)通常の階段から、ハシゴへと変わったとき「ああ、もう怖い」と、上へ登るのを断念。ポンプから出て、井戸が建つ丘の上から町を眺めることにした。子供がひとりふたりと近寄ってくる。写真撮って!コールぐらいならまだかわいいが、ペットボトルを取ったり、時計をいじったり・・夕日の町を眺めようと思っていたが、子供たちを避けるため帰ることに。帰り道の小学校
Jan 31, 2008
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イスラム暦では、新年を迎える前に犠牲祭が行われる。ニジェールでは、犠牲祭は”タバスキ”と呼ばれている。昔ながらの?犠牲祭で、文字通りご馳走である羊を殺してお肉を食べて祝うお祭りだ。当然、お祭りであり、新年を迎えるということでみんなおしゃれをする。服を新調したり、髪の毛を整えたり、そしてヘナをやったりするのだということで、やってみたラビさんが、ヘナ屋さんと美容師さんを家に呼んだのだ。まずは、ヘナから。小さなビニールの袋からヘナをホイップクリームのように出して絵を描く。描く絵は、彼女の想像。アミーナ、ラビさん、ラビさん娘、私と全部違う絵柄だった。絵が出来上がったら、ヘナを乾かす。完全に乾ききったら、ヘナをはがして手を洗う。すると、一度絵柄が消える。そこになにかぴりぴりする液体を塗っていく。すると、再び絵柄が現れるのだ。完成したヘナ!ちなみに、このヘナは2週間ほどで消えるのだがなぜか爪に書いた模様は消えない。。いまだに、爪にだけこの模様が残っている(笑)次は、髪の毛。男性は髪の毛をそって丸坊主にするのだが、女性は、みつあみの編みこみだ。(黒人の方がやっている定番の髪型)驚いたのだが、ハウサ族の女性は髪の毛を一生切らない。というか、切らねばならないほど伸びないのだ。くるくると縮れている毛質だからなのか?日本人の髪の毛はまっすぐだから大変!(と、もちろん料金は倍・・)ザンデールには多くの外国人ボランティアがいるが、だいたい前髪は長めで横に流している。それに対して、私の前髪は重めにパッツンとそろえている。その髪型が不思議だったのだろう。編みこみのとき、美容師以外の人まで「前髪を触らしてくれ」と、かわるがわる触られた。大きな荷物を運ぶロバ。タバスキ前には、食料や衣料の運搬も盛ん。日本のお正月だって、いつも以上に色々買ってお金はかかる。タバスキも、羊を買ったり、おしゃれをしたり、やっぱりお金はかかるのだ。ということで、、、、外国人は格好の獲物となるアミーナの家には、ボロロ族の皮職人、トゥワレフ族の銀細工職人、楽器売り、アクセサリー売り、そして、しまいには大家が家賃の前払いを頼みにやってくるのだ。しかも、「これ、どう?」とかではなく。。。「お金がないの。タバスキの前だし、買って!」という懇願だ。タバスキは市民が浮かれている反面、外国人は購入断りに忙しい時期だったりする。
Jan 30, 2008
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たまたま出合ったナイジェリア人の宣教師に、教会に誘われた。町には大きな教会が二つあるのだが、誘われたところは住宅街のいたって普通の場所。教会手作り感がある教会では、ちょうどゴスペルが披露されていた。明るいゴスペルは、なんだか楽しい。ナイジェリア人の宣教師が、宣教師たちの車でナイジェリアに連れて行ってくれるという。(ナイジェリアへはミニバスが沢山出ているが)ラッキー!!と、行く気満々だったがVISAがないことを指摘され断念。。。。近くのコーヒー屋さん。お店はこのように、ペインティングされていることが多い。羊使いのおじさん「写真撮ってくれ」コールにお応えして。。。
Jan 26, 2008
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ハウサ族は、バンコと呼ばれる土と動物の糞で作る家に住んでいる。そんな地元の家に、滞在中何回かおよばれしてもらえた。今回は、ラビさん宅へラビさんが学校の先生、だんなさんが銀行員暮らし向きは豊かで、冷蔵庫もTVもある。キッチンは、こんな感じに外にある。 作ってくれた料理は、カレーのようなもの。これがとってもおいしかったのだみんなで、大きなお皿をつついて食べる。私たちがいたのでスプーンを使用しているが、本当は手で食べる。ハウサ族は、大人と子供が一緒に食事をすることはない。子供たちは、各自小さなお皿で違う場所で食べるのだ。将来のミス・ニジェール候補?のラビさんの娘さん超かわいい~~~~二人の男の子は、サトウキビをおやつに。さて、今回は特別にウサギを焼いてくれた。 私がウサギを食べるのは2度目だが(1度目はポルトガルにて)とってもおいしいのだ!!ウサギの肉は、マギーとマヨネーズを混ぜたソースに付けていただく。この旦那さん、第二夫人、第三夫人として私たちを迎えたいという(笑)もちろん冗談だが、イスラム教徒は4人まで奥さんをもらえる、、というのが、いまだに適用されているのか~とびっくり!!ただ、これにも仕組みがあって、だんなは第一夫人にプレゼントをしたら、それと同じものを第二夫人たちにもプレゼントしなければならない。つまり、実質お金持ちしか夫人を沢山迎えられないとう暗黙のルールがあるのだ。なかなか、うまい仕組みだ。。。。(笑)
Jan 25, 2008
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グランドモスク金曜日はお祈りの日(毎日してるけど)夕暮れ、お散歩時グラウンドじゃありません。町の幹線道路。アスファルトの道はほとんどないお祈りの日でもある金曜日だが、日本と同じ花の金曜日でもある近くのフランス人が経営するレストランに行ってみた。右奥のチキンの煮込み。実は、こちらで食べるチキン骨と筋肉のみで、どこ食べたらいいの?という感じ某ケン○ッキーの研究所では、足が7本あるチキンが培養されているなんてうわさもある。日本で食べるチキンは、そこまでではないにしろ、食肉用に肥えさせているんだなあと実感した瞬間だった。そして夜には。。。アミーナとともにテニスクラブを開いている、チャド人のニコラとともにライブへ。この日は金曜土曜だけの地元バンドによるライブハウスではなくCFC(フランスカルチャーセンター)の会場へ、ナイジェリアの有名ミュージシャンのライブを聞きに行ってみた。余談だが、フランスの元統治国には、フランスカルチャーセンターがどこの町にもあるそうだ。今も重要な機能を担っていて、体育施設の提供やフランス語教育などを展開している。20分の停電の後、やっと始まったライブアフリカンミュージックを期待していた私だが、アフリカテイストの音楽を頑張って現代ポップスに適用してみたというかんじ!?。。。。表現がよくわからないが、昭和な感じ(笑)で、少し興ざめ。。。昼間はラジオ局でDJをやっていて、フランスミュージックが好きだというニコラも少々退屈そうだった。このバンド。歌の途中に踊るのだが、その踊りはまさに!!DJ OZMA!!まさかアフリカまで来て、あのダンス?を見られるとは思わなかった(笑)ナーナーナナナ・・・・アフリカのライブで驚くことがふたつあった。まず、、、おひねり歌っている途中に、人々がステージへあがり歌手のおでこにお金を押し付けておひねりを渡すのだ。お金持ちなのか、何度もステージへあがるおっさんもいた。しかも、これでもか!!という枚数のお札を、ミュージシャンのおでこに投げつける。自分の富を見せる機会なのだろうか?えぐいことには、歌は続行しているのにおひねりを拾いに行くマネージャーらしき人もいる。そして、そのマネージャーらしき人は客席の一番前の席に座っている支配人らしき人にお金を渡すのだ。。。。裏でやってほしい(笑)もうひとつ驚いたことは、女性の服装敬虔なイスラム国であり、まだ開発途中のニジェールは女性は伝統的衣装に身を包み、ベールをかぶっている。しかし、ライブに来ている女の子たちは露出の多いカットソーにジーンズやミニスカートといったいでたち。昼間、この人たちはどんな服装なんだろう??ニコラが言うには、ナイジェリア人かもしれないとのことだったが。チャド人のニコラ。なんとも面白い経歴?というか歴史の持ち主だ。ニアメ(ニジェールの首都)の大学へ行くためにチャドからナイジェリアを通過中、荷物を全て盗まれた。ということで、ニアメまで行けずに、このザンデールにやってきたというのだ。(理解不能だが。。。アフリカでは普通なのかな。ちなみに今年アルジェリアの大学に行くことにするらしい)200以上の部族が対立しているチャド。部族間の戦争は絶えない。しかし、石油のおかげで比較的豊かな国らしい。体育施設も充実していて、ニコラも地元でテニスの選手だったという。つまり、テニスコートなんかも沢山あるような国なのだ。石油が取れるからこそ、企業も沢山ありだから彼は大学へ行って、経営学を学びたいのだそうだ。多分、ニコラは裕福な家の子なのだと思う。そんなニコラの気になる、そして的を付いた言葉があった。「戦争はビジネスだ。絶対なくならない。」大統領支持率が下がると国民の人気集めのため戦争を始めると噂されるどこかの米国ではないが、部族間対立(これにいろんな先進国が絡むよう)を常に目の当たりにしている彼が言うと重みが違うと思った。
Jan 24, 2008
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町に多いのは、屋台?とでもいうようなスナック屋さん。”コンロを使って、木をセーブしよう!”という看板が町にあるのもおかまいなしあちらこちらで焚き火をして、商売をしている。こちらは、串焼きやさん夕食のおかずにでもなるのか、結構繁盛している。一応、ケーキ類もある。大きなたこ焼き器みたいなもので焼いて作るのだ(写真はのちほど)露天なので、このケーキにはじゃりじゃりと砂が入っている(笑)小さなあげパン発見!と思いきや・・・味は”から揚げ”日本にもあるらしい?マギーという調味料で味付けがされているのだ。ザンデールでは、ほとんどの料理の味付けがこのマギーだ調味料が豊富なのか?同じハウサ族でもナイジェリアに住んでいる人たちは、他にいろいろな味付けをほどこすらしい。また、食べ物自体おいしいらしい。ニジェールのハウサ族はそのことを知っていて、ナイジェリアにほのかな憧れを抱いている。誰かが、ナイジェリアに遊びに行くときには「パンを買ってきて!ナイジェリアのパンはおいしいから!」などと頼む光景が見られる。しかし、憧れのナイジェリア産よりニジェール産のほうが高級なものもある。それは、コカ・コーラ売店でコーラを買うときには、なぜかナイジェリア産 35ML < ニジェール産 30MLという構図ができている。なんで量が少ないのにニジェール国産のコーラのほうが高いのか!?一度、お店で文句を言ってみた(笑)外国人でフランス語が話せないからって、ぼったくってるじゃないか?と思って。しかし、店主に言われた一言「見ろ!これはニジェール産だ」うーーん、そうなんだ。。そう言われれば、何もいえない。作るのに(技術ないから?)お金がかかるのかなあ。
Jan 23, 2008
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全ての授業がフランス語で行われると前述した小学校。政府が決定する授業要領どおりに、授業が行われるのだがこれ、フランス統治下時代に、フランスのものをほぼそのまま持ってきたんじゃないか?というのに近いらしい。だって、海どころか川もない砂漠地帯の小学校で水泳の授業があるそう。もちろん、プールなんてありません。じゃあ、どうやって泳ぐの??”想像”です。。。教える先生自体も、泳いだことありません。しかし!!その想像水泳の授業を終えるとみんな言うそうだ。「私、泳げます!」ばいばーい!トイレなどの衛生観念は他の国とは違うが、人々が一番忌み嫌うのは”病気”これについての知識や情報は外部から沢山入ってきて、たとえ間違った情報でも多く吸収されている。グラウンドに片目がつぶれた子猫が迷い込んできたのだが、みな触るのを嫌がって、蹴っ飛ばす。触ったらうつると思っているのだ。なんとも言えない光景だった。。また、小学校隣にある校長先生の家に休み時間お邪魔したとき教えてもらったこと。ハウサ族は、赤ちゃんのときに顔に模様を入れる。言ってみれば、家紋を顔に刻む習慣があった。こういうかんじに。(この子は、目じりに縦線3本)目じりやほっぺに傷をつけて模様をいれるのだ。しかしこの頃生まれた子供たちにはやらない。なぜなら、その傷からAIDSがうつると考えているからだ。正確な情報ではないが、病気の情報は習慣まで変える。
Jan 21, 2008
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町にある小学校は、同じような建物。というのは、学校は全て外国の援助で建っているからだ。子供たちは、ノートは持たず自前の黒板とチョークで勉強している。授業にお邪魔した。私が、体育のときにのぞいた授業では、、生徒おしおき中先生たちは、子供をひつじのしっぽで叩く見慣れない風景なのでびっくりするが、子供たちはそう騒ぎ立てる様子はない。それが日常なのだ。さて、衛生教育ところかまわず、どこでもトイレをしてしまう子供たちだが(以前は、体育の授業中にグラウンドで平気でしてしまっていたらしい)トイレでするように教える。「小さい子たちが、道端でトイレをしそうになってたら、どうする?」という質問に対し「トイレでするよう、トイレにつれてってあげる!」と元気よく答える子供。とにかく、授業中元気がよい!すべての質問に対し、みんな一斉に元気よく手をあげる日本では、「はいっ!」と手を挙げるが、ニジェールでは「ムアッ!ムアッ!」と言いながら、手を挙げるだけではなく、ゆびぱっちんをする。ちなみに、時々答えがわからない子も手を挙げてたりする。答えがわかっても手を挙げないことが多い日本の授業とは、エネルギーがぜんぜん違う。その他に、病気予防のためと教えて、帰宅したら塩水でうがいをする、食事をする前には手を洗うように促すのだ。ちなみに、高学年の授業はフランス語で行われる。自分の言葉で教えればいいのに、このフランス語がうまく使えない子が多い。その上、毎年一回行われる、進級テストに不合格になると、小学校でもだぶりとなる。ひとつの進級試験に対し、2回まで不合格になることが許されるのでそんな子はいないが、事実上最長18歳まで小学校在籍となってしまうのである。ニジェールにはいくつか言葉があるけれど、やっぱり小学校は自分の言葉で教えたほうが学力は上がるのではないか。が、、、、読み書き計算ができたところで、それを活かせる職業もないのだが・・
Jan 20, 2008
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校舎に黒板・・と思いきや、黒板に見立てて黒く塗っただけ体育見学中の子 「今日は足が痛いから体育休んでるんだ~」この民族は、ひざを曲げるという行為をしない。そこからどう関係あるのか詳細は私にはわからないが、そういう体勢は、腹筋を使わないらしい。おなかがぽっこりでたアフリカの子供は、栄養失調が原因かと思っていたがこの”腹筋を使わない”が原因らしいのだ。ということで、準備体操でしっかり使わない筋肉をほぐし・・いつもはやらない動作をしっかり体育で鍛えるのだ。うーーん、小学校の体育って、こういう意味でも大切なのね。私は、ドッジボール楽しかった・・ぐらいしか覚えてないけど。体育のあとは、10時から30分間の休憩の間に朝食だ!学校に、食べ物を売るおばさんが来る。ちなみに、学校には給食やお弁当の時間はなくかわりにシェスタなみにお昼が長いので、一度お昼を食べに子供たちは家に帰る。写真撮って撮って~~~~
Jan 19, 2008
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友達のアミーナの勤める小学校を訪問した。まだ女子の就学率が男子に比べて低い地域ではめずらしい公立の女子小学校。教育に力を入れている親(お金に余裕のある親)は、子供を私立の小学校に行かせるなか公立の女子小学校は、一般女子児童、しいてはその親たちの憧れの小学校だ。アミーナは、地元の先生たちがさぼってやらない体育や、衛生教育などを担当している。体育のはじめまず、列を作って行進。しかし!!なんていったって、列さえ作れない子供たち!!(大人も並ぶということしない民族だもんなあ・・)数列にわけて、並ばせるのも大変だ。現地の先生たちも、列の人数が違っていても気にしない。たとえば、以下であっても列の長さが同じということで全く気にしない。A列 小さい子9人B列 大きい子4人ありえねえっってことで、色分けしたハチマキを使って自分の列を把握させる。また、背の低い子から大きい子へ順番に並ぶようハチマキに番号をつけておく。(みんな「1」番が良いから、この番号は効果がないらしいが・・・)ハチマキをつける子供グラウンドまで入場グラウンドまでの数十メートルの間に、この列は崩れる。。。小学校なんて遠い昔過ぎて覚えてないけど、子供ってこんなもんだっけ?いやいや、紅白帽子とかで列を分けて1年生でもちゃんと順番を守ってたと思う。。。!?!?順番といった概念を把握させるためか、授業の内容は準備体操の後、ハードルを順番に飛び越え、指定のルートを通り、指定された場所へ順番に戻る。。。といった感じだ。そう、体育って、秩序を学ぶにも大切な教科だったんだ!!
Jan 18, 2008
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ザンデールに住んでいるのは、主にハウサ族だ。他に、ボロロ、トゥワレフ族が少数だが住んでいる。あるハウサ族家族このハウサ族。ナイジェリア、ニジェールにまたがる砂漠の一帯に住む部族で今でも国は関係なく人々は行き来している。(この辺の話はまた写真整理後)ナイジェリアは英語、ニジェールはフランス語が公用語だけれど、独自のハウサ語を持っている。彼らの特色は・・・・いっつもHAPPYなこと。ひがな一日、町で出会う人全員に「元気かい?親はどうだい?兄弟はどうだい?」と、握手してまわる。このハウサ族、他の部族との争いや奴隷になることから逃れるためこの川もない砂漠地帯に逃げ、住み着いた平和主義な一族なのだ。この辺も、また今度書くことにして、、まず、彼らのマーケットへ行ってみた。木曜は、大きなマーケットが開かれる。野菜はこんな感じで売っている。小売のおじさん、おばさんが沢山いるので一番いい(痛んでいない)野菜を探し、値段は交渉。お肉は・・・わかるだろうか?お肉にたかる、ものすごい数のハエが!!現地の人はこういうものだと思っているのだろうが、買うのにはかなりの勇気が必要だマルシェで買い物をする人々荷物は運搬は水牛?牛でちなみに、、、アフリカということで野生王国を見ることを楽しみにしていた!んが!川もないこの土地にいるのは荷物運搬用の牛、家畜のヤギと羊、ペットの犬と猫以上っなのでした。
Jan 16, 2008
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バスは2時間ごとぐらいに、町や村のターミナルに止まる。出発の際には、運転手がバスのクラクションを30回くらいぴっぴーーと鳴らす。バスの乗客たちが、そのクラクションを聞いてのらりくらりとバスに戻ってくるのだ。あるターミナルで下りてみた。ニジェール人たちが買っている、”渋柿”のようなものを買ってみた。味は・・・・まさに「渋柿」後で聞くところによると、これはアフリカンピーマンらしい。私は一口で断念。。ターミナルでは人が降りたり乗ったり。混んでいる区間では、陣取った2人席をひとつ明け渡さなくてはならない。びっくりするのが。。。子供が二人席に3人乗ったのだが、かまわず私の足の上に座る。幼稚園ぐらいの子供なので、私としてはなんてことはないが外国人のひざの上にかまわず座る彼女は大物だろう(笑)ニアメからザンデールまで、10時間~17時間と聞いていた。(この7時間の差はなんなんだ・・・)長い時間バスに乗っていると、風景も少しずつ変わっていく。ちょっと緑の多い地域だったり、まったくの土の世界だったりするのだ。変わらないのは・・・道の悪さ横転するんじゃないか?というほどバスが跳ね上がる。私が跳ねるたびに心配してくれたおじさんが休憩のときに、コーヒーを差し入れてくれた。申し訳ないと思ったが、飲めなかった・・・出発してから13時間がたった。すでに、成田ーパリ間のフライト時間だ。辺りはすっかり暗くなっていた。何回も寝たり起きたりしていたが、さすがに限界。体力的にというより。。。暇で。午後8時。14.5時間かかって、やっとザンデールについた!10分ほど待つと友達のアミーナが迎えに来てくれた。SNTVは大きな家が立ち並ぶ場所にある。外国人住宅街だ。シャワーを浴びて、食事をいただくとすぐに、ぐっすり眠りにつけたのは言うまでもない。
Jan 15, 2008
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SNTV バスターミナル各地へのバスの出発時間は、だいたい早朝4~6時。どれが自分のバスなのかとひそかに不安だった。乗車の際、車掌さんがひとりひとりの名前を呼んで点呼。列に並ぶということをしない現地人に押され、いっこうに車掌さんと話せない私(笑)やっとのことで、チケットをチェックしてもらいバスに乗車した。ザンデールで待つ友達に言われたように、バックパックも中へ持ち込んだ。前方の席はかなりこんでいたので心配だったが、後ろの席には余裕があった。私は、バスの後部入り口の階段のすぐ後ろの2人席を確保した。(足を伸ばせるように)まだ暗い中、ちゃんと荷物を手で持っておこうと思っていたのに・・・・今までの疲れが出たのか即効2時間近く爆睡起きた時には、大きな大きな太陽が見えた。思いっきり寝たし、荷物がなんともないことがわかると心にすごく余裕ができた。「あーー、平気じゃん」って。車内バスはすでに町から離れ、サバンナの中を走っていた。時々、どんぐりのような家(穀物倉庫らしい)が見える。そのうち、車内がとても暑くなってきた。着ていたものを順に脱いだ。脱いだ服を見てびっくり!「どうすれば車内でこんなに汚くなるんだ?」ってほど服が汚れている。それもそのはず。階段のうしろの席が悪かったのか、ドアの隙間から入る土ぼこりが、もろにかかる。くわえて、バスの窓もたいがい取っ手が昔ついていたのだろうという穴が開いているので、土が入り放題だ。バックパックにも土が積もっている(笑)土をかぶらないため、もともとマスクをしていたのだが、帽子とサングラスも着用。この格好だったら日本じゃコンビニに入れないだろうな。という、あやしい外国人になった私。隣の家族は私に大注目だった。なんと、このバス車内サービスがあった!凍った牛乳?飲むヨーグルト?そんなところだろう。「うーーん、しょっぱなから乳製品はなあ~」と隣の家族に私の分をあげた。(怪しくないことをアピール 笑)様子を見ていると・・・皆、はじっこを歯で噛みちぎって、中のヨーグルトをぐいぐい飲む。問題は次!!飲み終わったビニール袋を、まだ窓から投げ捨てる人は100歩ゆずってよしとしよう。ほとんどの人が、車内の通路、もしくは、出口の階段(私の前ね)に投げ捨てるのだ!おいおいお~~い、自分の座席以外だったら、どこでもごみを捨てるってうの?飲んだあとのビニールが散乱する車内。これにはびっくりしてしまったのだった
Jan 14, 2008
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カサで再出国を済ませ、エアーモロッコでニジェールの首都ニアメに向かう。なぜか知らないが、この区間のフライトは真夜中に飛んでいる。ニアメに向かう私の飛行機は22時発、午前2時着だった。そして、ニアメからまた違う国へと飛び立つのだ。飛行機ばかりで疲れが出てきた。この飛行機ではゆっくり眠ろうと思ったのだが、夜中便にもかかわらず、スナックと機内食の2回のサービスが。。。結局まったく眠れずに、ニアメに着いたのだった。飛行機内では、意外と白人多いな~と思っていたのだがニアメで降りた白人はたった2~3人だった。空港からバスターミナルに移動しなければいけなかったので一緒に行けそうな人を、飛行機内で(言い方悪いが)物色していたのだけれど、あてが外れて、ショック・・・・入国審査を始める。ニアメの空港は、カンボジアのに似ていた。会議室にあるような長机にすわった入国審査官が、やる気なさげに、記録表をVISAをチェックする。その後、また違う人がYカード(黄熱病摂取記録)をチェックし、問題なく入国。ちゃんと届くか心配だった私のバックパックを受け取った。ここからが問題。どうやってバスターミナルまで行くか・・・・ここで、白人の女の子に話しかけてみた。これがあたり!彼女は国営バスのターミナルSNTVへは行かないらしいが、彼女を迎えに来た友達の車で私をSNTVまで送ってくれるという♪しかも、私が現地通貨を持っていないことを知ると現地通貨とユーロを換金してくれたのだ!!(現地通貨FCとユーロは固定レート)相当ついてる!!首都のニアメでボランティア活動をしている彼女はフランス人っぽい。現地語もぺらぺらだった。SNTVでも、彼女は私のザンデールまでのチケットを買ってくれ、どの乗車口から乗ればいいかも教えてくれた。朝5時以降が安全という彼女の忠告を守り、3時過ぎだったが、5時30分出発のバスまでどきどきしながら待合室でバスを待った。
Jan 14, 2008
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目的地まで、丸二日!!今までで体験した中で一番長い移動となった。初めて実家から直接空港へ向かう。(今まで大阪や東京に住んでいたから、楽だったなー。)地元のタクシー会社の、乗り合いだが家から空港までの送迎してくれるサービスを使用した。同じような時間帯の飛行機を利用する人と一緒に空港まで行くのだ。早朝出発のエアーフランスに乗るため、夜中の出発となった。まず、ここから寝不足が始まったエアーフランスに乗るのは、初めて。今まで安いKLMなどでヨーロッパに行くことが多かったのでちょっとエアーフランスには期待していたのだが、飛行機の印象は、普通。。。かな。パリまで13時間のフライトだ。パリ到着後、トランジット1時間ない忙しさだった!カサブランカへのフライトのためターミナルを移動。(スペインなどへのフライトもタイミングよく出ている。今度ヨーロッパに来るときもエアーフランスいいかも)とりあえず、ここでユーロをおろしたかったのだがATMが見当たらない。モロッコのDHをニジェールに持っていくのが賢明と思っていたので、保険のためのユーロだった。ということで、とりあえず80ユーロをおろす。「アフリカで使うから小さな単位の紙幣でください」というと。。。担当者に500ユーロ札(こんなのあったんだ)をさされ「これが大きな単位っていうんだ!」と、50ユーロ紙幣ぐらいじゃ小さくないとでも言いたげだった。。。かんじわるーーーっ2回目もフランス人の印象はよくないんですけど~~すぐに、カサ行きのフライトへ。ここで、札幌で働く札幌ラーメン大好きモロッコ人アミンと会う。FESが故郷らしく、FESに寄るようだったら連絡をしてね。と連絡先をもらった。パリからカサブランカまでは約3時間だ。機内食続きだったが、おいしそうだったので食べてみた。この機内食には”保証書”がついている。何の保証書かというと・・・「この食事には”豚肉”は使われていません」というもの。そうだ。私がこれから向かう2国はイスラムの国なのだ。違う文化圏に来たことを実感してきた瞬間だった。カサでは、荷物受け取りのため一度入国をしなくてはいけない。
Jan 13, 2008
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無事、帰国しました!私はサハラ砂漠で素敵な新年を迎えました。自分ががんばった分だけ結果が返ってくる、いい年になればいいな。遅ればせながら、今年もよろしくお願いします☆皆さんにとってHappyな年になりますように!!たび日記は、ニジェールでのお仕事体験編を。もしくはモロッコ旅行編が先かな~
Jan 12, 2008
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