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私はいぜん、日本語教師になるために勉強していたことがあります。そのつてで、日本の実家の方に、日本語教育新聞(日本語教育新聞社刊)が送られてきます。毎回、世界中の日本語教育の現場に立つ方々の記事や意見、在日外国人の方たちのことなど、色々と面白いので、日本にいた頃は読んでいました。実は先日、母が日本のお菓子を送ってくれた際に、その新聞を入れてくれました。その新聞で、とても興味深い特集を組んでいたので、そのことについて今日は書こうと思います。今回の特集は、「国際結婚」。現在日本における、日本人の外国籍の人との婚姻が年々増加してきていて、厚生労働省の「人口動態調査(平成16年)」の「夫妻の国籍別にみた年次別婚姻件数百分率」では、1969年時では、国際結婚率は1%未満だったのが、1989年(バブル期)には3%強となり、2004年には5.5%まで比率が延びています。そして、現在、約20組に1組が国際結婚であるとまで言われていて、20数年後には、国際結婚率1割を超えると予測されるそうです。全国の国際結婚の内訳は、◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇夫日本人&妻外国人 夫外国人・妻日本人 国籍---------婚姻件数--------国籍---------婚姻件数1.中国--------11915◇◆◇1.韓国・朝鮮---22932.フィリピン-----8397◇◆◇2.アメリカ------15003.韓国・朝鮮----5730◇◆◇3.中国--------11044.タイ----------1640◇◆◇4.イギリス------3395.ブラジル-------256◇◆◇5.ブラジル------2686.アメリカ--------179◇◆◇6.ペルー-------1227・ペルー---------137◇◆◇7.フィリピン-----1208・イギリス---------64◇◆◇8.タイ-----------75厚生労働省「人口動態調査(平成16年版)」夫妻の国籍別に見た都道府県(14大都市再掲)別婚姻件数」◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇と、上記のような統計が出ています。この統計から、日本人男性の国際結婚率が、日本人女性の国際結婚率を2倍も上回っていることが分かります。では、なぜ国際結婚がこのように増えたか。ここで、新聞では、大手国際結婚紹介サービスの代表取締役の女性が、国際結婚増加の要因を語っています。以下要約文です。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇バブル期に、海外旅行が流行し、海外が身近な存在となり、ここ10年で海外旅行や、それに伴う外国語勉強が広まり、また、留学も、以前は大学や大学院などの正規留学が主であったのに対し、現在は気軽に語学留学や、ワーキングホリデーなども出来るようになり、外国がよりいっそう身近なものとなりました。その結果、国際的感覚の持ち主が増加し、自分の居場所を日本という限られた場所だけでなく、世界に自分の居場所を見つけようとした結果、国際結婚が増えてきています。しかし、国際結婚には、思わぬ障害が待ち構えています。文化の違いによる誤解、両親の反対、結婚手続きの複雑さ、語学力、などです。些細なことでも、文化の違いによって大きな問題に発展してしまうこともあります。以下略◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇そして、最近の日本人女性の国際結婚願望についても、あるジャーナリストの方が語っています。以下要約文です。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇最近になって、マスコミなどで国際結婚がクローズアップされ、特に女性たちに希望する人が増えたように感じますが、80年代ごろから潜在的な希望を持つ人は多かった、とジャーナリストの方は語っています。バブル景気で、80年代になると、海外旅行や留学が盛んになり、海外での生活を経験したりして、外国人との交流を体験してくると、国際結婚が現実感を持ち始め、海外の男性が魅力的に見えてくるのと反対に、日本人男性が幼稚に思えてきて、日本人との妻は雑用をこなすただの母親代わりで、結婚後の負担ばかり目に付いてしまうひとも増えていきました。では、増え続けている国際結婚で、幸せな夫婦が増えているのかというと、そうでもなく、2004年の国際離婚件数は15,299件にものぼり、1995年の7992件と比べると、ほぼ2倍にまで膨れ上がっています。国際結婚に失敗している人の数も年々急上昇しています。今後は、やり直せる環境の想定など、国際結婚における失敗を避ける工夫が必要となってきています。国際結婚を後押しする環境はますます整っていきます。日本は今以上に寛容に捉え、その受け入れについて学んでいく必要があります。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇と、今回の特集、「国際結婚」はこのような内容の特集でした。私はこの特集を読んだときに、疑問が浮かびました。一つは、国際結婚紹介サービスの方が語っていらっしゃったことです。海外旅行、語学勉強、留学などで、国際的感覚の持ち主が増え、海外に自分の居場所を見つけようとして、国際結婚が増える、ということでしたが、私には、どうもこれがふに落ちないのです。一応、彼女のいう上記の国際的感覚の持ち主の定義に、私も当てはまるようですが、はっきり言って私は国際的感覚の持ち主ではないと思うのです。私はアメリカに来て約2年になります。大学にも通って色々勉強している最中ですが、自分には知らない世界や事柄が多すぎて、あ~自分はなんて小さな人間なんだろう、とつくづく思います。よく、「○○人は・・・」とか「○○国では・・・」と語るのを聞くと、「あ~、私にはそんな風に語れないなぁ、知らないことが多すぎる」と思います。私はアメリカに住んでるけど、ではアメリカを知っているかというと、知らないことが多すぎです。私が知ってることなんて、テネシー州のことと、ニュースでやってることくらいだし、日本の大学に在学中は、インドについて学んだけど、それだって、大きなインドのなかの一部を知る程度です。まぁ、自分が「何も知らない」ということをわかってるだけましかもしれませんが。私がバカだから、この国際結婚サービスの女性が言う、国際的感覚の持ち主になれていないのかもしれないけど、海外旅行を何回も何カ国も行ったからと言って、その国を知る、世界を知るというわけではないと思うのです。中には、旅行に行ったから、その国がわかる、その国が好き♪なんて言う人もいると思いますが、観光地だけを見て、その国の外見だけを見て、この国が好きとか言うのは、「自分が何もわかっていない」ということさえわかっていないのだと思うのです。それに、そんな簡単に国際的感覚が身に付く人間・世の中なら、地球全域がとっくに平和な世の中になってると思うのです。それに、その国際的感覚の持ち主たちが国際結婚しているのに、なぜ、文化の違いなどで誤解が生じ、離婚にまで発展するケースが急増してるのか、と思うのです。そして語学力の問題もそう。もし、本当に国際的感覚の持ち主であるなら、最低限英語か、相手の母国語くらい話せるようでないといけないのに、語学力が障害になってるなんておかしいと思うのです。別に、だからといって、そういう人たちは国際結婚するな、というのではなく、ただ、なんだか、マスコミや、国際結婚サービスが、国際社会をうたい文句に、外国好きな人たちの心理を、うまく利用しているだけで、外国好きな人たちがうまく踊らされてるような気がするのです。あと、もう一つ、ジャーナリストの方が語っていたことで、「日本人女性が思う日本人男性云々」のくだりで、思ったのですが、日本にいたとき、国際結婚相談所の宣伝文句で、「日本人男性(女性)は○○だけど、外国人男性(女性)なら●●」とあったのを見たことがありますが、なぜ、このようにみんなひとくくりにされてしまうのだろうか?と思ってしまいました。私は日本人ですが、「日本人は○○~」なんて語れません。だって、日本人すべての人たちを知ってるわけではないから。アメリカ人にしてもそうです。「アメリカ人は~」なんて語れません。だって私が知ってるアメリカなんて、このテネシー州の一部くらいですから。「イライジャは~」だったら、いくらでも語れますが(笑)中には一つを知ると、すべてを知った気になってしまう人もいるということなんでしょうか。現在、世界のグローバル化に伴い、国という境界線の意識が薄れてきています。農村では嫁不足に伴い、中国やタイ、フィリピンなどからのお嫁さんを募集する人たちもいます。安い賃金で外国人を雇う大きな会社の工場などもあります。そして、多くの外資系会社の日本進出。外国語勉強のブーム、海外旅行や語学留学の流行。色々他国の人たちと交わる機会があります。そんな今の世の中で、国際的感覚というのはどういうものなのか?と考えてしまいました。
Mar 30, 2006
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社会学のリサーチペーパー・・・・英文学の2つのリサーチペーパー・・・・美術のポートフォリオ作成・・・・統計学のテスト(明日!!!!)・・・・はぁぁぁ。大きくため息が出てしまいます・・・まず、社会学のリサーチペーパーは、与えられている10のトピックの中から、好きなのを一つ選んで、自分でリサーチするのですが、ワタクシ、選んでしまいました・・・その名もThe Impact of Polygamous marriage in the world世界における一夫多妻制の影響とでもいうんでしょうか。。。この話題、調べれば調べるほどおくが深くって、しまいには、あら?一夫多妻制って、女性に優しい制度なのかしら?なんて血迷ったことを考えてしまう始末。。。そんなわけないのにね。。。でも、ユタ州のモルモン教徒の一夫多妻の家族の仲むつまじい笑顔の写真と、妻たちが協力しあってお互いの子供たちの世話をしながら、仕事へいったりしている様子を見たら、まぁ、こういう家族の形ってものもあるのかな?なんて考えてしまいました。かといって自分は第二あるいは第三夫人になりたいなんて思わないけど。。。次に英文学のリサーチペーパー。。。まったく何も読んでません(爆)以前からの読みかけのベニスの商人でも読もうかと思います・・・美術のポートフォリオは・・・とりあえずテーマはもう決めてあるので、それに沿って色々と描いていこうと思っています。テーマは、自分の日本での大学での専攻を元に、ブッダの一生を描こうかと思っています。インド&ネパールに点在するブッダ八大聖地の逸話を元に色々描いてみようと思います。さて、上3つの、リサーチペーパーとポートフォリオは4月10日までなので、まだ何とかなりそうだけど、統計学がぁぁぁぁ!!!!明日統計学のテストですよぉぉぉ5章と6章のテストなんだけど、5章は理解してるけど、6章がまったく分からない・・・・・今から頑張らないと間に合わない・・・・・・・(こんなことかいてる間に勉強しろって!!)そんなストレスが私にも、そして同じく学生のダーリンにもあり、今日はちょっとケンカになってしまいました。ダーリンはすぐに八つ当たりをします。ストレスがたまると、すぐにまわりに当り散らします。で、周りといっても、私と猫のブーバしかいないんだけど。。。今日もその八つ当たりに出くわしました。キッカケは些細なことなんです。ただダーリンのタバコが見つからなかっただけ。探したけど、なかなか見つからず、イライラしたダーリンは、何もしていない私やブーバに八つ当たり。こっちだって、勉強やら、ブーバの世話で色々忙しいのに、たかがタバコぐらいで・・・・・ついには「何でもいいからこの部屋から出て行け!!!」と私もブーバも大きな声で怒鳴られてしまいました。今まではずっと我慢していたのですが、今日はちょっと私も怒ってしまい、「ブーバ。もうあっちに行こう!」といってダーリンを無視してブーバを連れてベッドルームにこもりました。もう本当に、ダーリンは子供です!!!とくに、自分の思うように行かなくなると怒鳴り散らすところなんか!!!なんていうか育ちきっていないんですよね。。。もう20代のいい大人なのに!!!!私に甘えてるんだと思いますが、私は彼の母親じゃないから、それらをすべて受け止められるほど、そこまで器を大きくできません。ダーリンの世話にブーバの世話。そして学校の課題。まだまだ器の小さな私には、これらだけでいっぱいいっぱいな状態です。きっとダーリンもビジネスのことや、学校のことでいっぱいいっぱいなんだろうと思うけど、私やブーバに八つ当たりすることで、ストレスが軽減されるダーリンがうらやましい。でも、八つ当たりされた私は、どこでストレス解消したら良いの?今度の夏休みの里帰りは、1ヶ月くらい私一人で日本へ行こうかな、なんて思っています。日本で、美味しいものをいっぱい食べて、リフレッシュしたい!それにダーリンもちょっとの間一人になれば、私の苦労が少しは分かるはず!いやわかってもらわなきゃ困る!!
Mar 26, 2006
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楽天で仲良くしてもらっているリアナちゃんの日記を読んで、ちょっと考えてしまいました。実は私の人生の前半は、いじめられっこ人生でした。もちろんそれは日本の学校での話です。私のいじめられっこ人生は幼稚園入園のときから始まりました。◆◆幼稚園時代(4歳~5歳)◆◆私はM幼稚園に年中組から入園しました。その時初めて担任になった先生が、ベテランのN先生と、まだ若い副担任のM先生でした。この、ベテランのN先生、なんというか、自分の思い通りになる子=賢い子、と思っていて、えこひいきの酷い先生でした。もちろん当時4歳だった私にそんなことがわかるはずもなく、それまで家でのんびりおおらかに育っていた私は、何をするにもマイペースでした。しかし、N先生には私がのろまで、足でまといに映っていて、我が母は彼女に「サトちゃんはのろまなので、みんなの足手まといになっています。」と直接いわれたことが何度かあったそうです。そんなある日、事件がおきました。今でも私の脳裏にしっかり浮かびます。私は、幼稚園でトイレに行って教室に戻る途中だったと思います。あるいじめっ子グループに捕まってしまいました。必死に彼らの腕を振り解いて、泣きながら逃げて、先生に助けを求めに行こうと走ったら、N先生がいたので、「せんせい、たすけて!」と泣きながら訴えたのに、N先生は「サトちゃん!廊下は走るところじゃないでしょ!!!」と私に怒鳴ったかと思ったら、私の鼻先で職員室のドアを閉めてしまいました。そして結局私はいじめっ子グループに追いつかれ、捕まり、いじめっ子グループの2人に押さえつけられて、いじめっ子のリーダーに両手で首を絞められました。首を絞められると、声って出なくなるんですよね。「たすけて」さえいえなくなりました。しかし、運良く、ちょうど近くを通りかかった年長組の子達に助けてもらうことが出来ました。その年長組の子達が、私の副担任M先生のところに連れて行ってくれて、M先生が母に連絡してくれて、すぐに母が来てくれました。実はその後の記憶はあやふやなのですが、母の話だと、首を絞められて、少し鼻血が出ていて、涙と鼻血でグチャグチャな顔をしていたそうです。そして、母はすぐに担任のN先生を問い詰めたそうです。「何でこんなことになったのか?!」って。すると、N先生は「逃げられなかったサトちゃんが悪いんです。のろまなサトちゃんが悪いんです。」と母に言い放ったそうです。もちろん母も負けてはいませんでした。「もしあなたのご自慢の息子(N先生は地元の国立大学の医学部にストレートでは言った息子をいつもPTAに自慢していた)がサトと同じような目にあっても、今と同じようにいえるんですか?!」といって、母は私を連れて家に帰りました。ここから母とN先生の戦いが始まりました。N先生は、母が仲良くしていたママ友たちに「サトちゃんのお母様はどこの学校の出身なの?」と聞きまくってたそうです。実はN先生は、私の地元で一番優秀な高校を出ていて、そこからどこかの短大で幼児教育を学んだひとで、自分の学歴を鼻にかけていました。で~も、彼女は調べれば調べるほど、我が母の学歴の方が高かったので、その方向で母を責めることが出来ませんでした。私は私で、あのクビ絞め事件以降、登園拒否気味でした。毎日泣きながら幼稚園に強制登園させられてました。母曰く、私がが登園しなくなったら、N先生の思う壺だと思ったから、だそうです。そして、私はある日幼稚園からの逃亡を試みました。N先生やいじめっ子がいるところにいたくなかったからだと思います。でも、すぐにN先生に捕まってしまいました。そしてN先生が私に尋ねました。「誰がそんなにあなたを甘やかしてるの?!」と。「お父さん!!!」と私は即答したのを覚えてます(笑)。今思えば、そこで「お母さん!」なんて答えてたら、きっと彼女は鬼の首を取ったように母を攻め立てたことでしょう。でも、答えがお父さんじゃ攻められやしない(笑)結局、年中組だった1年間はずっと落ちこぼれ扱いでした。でも、年長組になって、先生が変わったら、幼稚園が楽しくなったのを覚えています。実は、数年前に、このN先生にお会いしました。驚くほど彼女の人格は変わっていました。なんというかすごく優しくて穏やかな感じでした。母にそのことを話すと、「N先生の息子、何度も医師の国家試験に落ちて、その後引きこもりになっちゃったらしいのよ。今はなにやってるのか知らないけど」N先生が定義していた落ちこぼれに、今度は自分のご自慢の息子がなってしまったわけです。それでどうやらN先生もずいぶん苦労したようでした。◆◆いじめられっ子人生 小学生編◆◆このときのいじめは本当に酷いものでした。1年以上続きました。今はこんな明るいサトですが、生まれて初めて自殺未遂したのは、小学生時代でした。何でいじめの対象になったかというと、直接の原因は私の肌にあります。私は生後10ヶ月からアトピー性皮膚炎を患っていました。肌はいつも赤くなっていてざらざらしていたり、硬かったりしていました。そういうことから、「あいつに障るとビョーキになるぞ~」とか「あいつの近く半径1メートル以内に近づくと、エイズになるぞ」といわれ始め、だんだんいじめがエスカレートしていき、はじめはクラスの一部の子にいじめられていただけだったのですが、他の子たちも面白がっていじめに参加してきて、ついにはクラス全員にいじめられるようになりました。どんないじめだったかというと、上記のこと以外に、●朝学校へ行くと、私の机と椅子だけなくて、焼却炉の前に捨てられている●机の引き出しの中身はゴミ箱に捨てられている。●掃除当番のときは、みんなに箒で叩かれ、汚い雑巾を顔に押し当てられたり、床(トイレ)をなめろといわれ顔を押し当てられる●一日中無視される●班行動のときは誰も班に入れてくれない●仲間はずれ●休み時間中の暴力まぁ、ざっと思い出せるだけでこれくらいです。今思えば、この程度で済んでよかったと思っています。今現在のいじめは恐喝などもあるそうですから。でも、その当時の私には生き地獄みたいなものでした。いじめのことは、私からは母には言いませんでした。近所のお母さんがたから、いじめの事実を知らされたそうです。母は担任と教頭と校長相手に、いじめの事実を伝え、講義しました。が、当時の校長と教頭、そして担任は役立たずでした。わが身を守ることしかしませんでした。その後、親にチクッたといわれ、いじめはもっとエスカレートしました。そしてついに耐え切れなく遺書まで書いて、自殺しようとしました。でも、未遂に終わりました。学校の屋上から飛び降りて死のうと思ったんです。でも、最上階まで行って、このドアを開けたら屋上に出られる!というところまできたのに、そのドアが鍵がかかっていて屋上に出られませんでした。そしたら、急に今までのこと、いじめがすごくバカバカしいものに感じられてきたのです。あんなバカな奴らのために捨てる命なんて持ち合わせてないぞ。人間死ぬ気になれば何でもできるじゃん。実はそれまで1週間だか10日間くらい、登校拒否していました。でも、自殺未遂の次の日から、学校に行きました。死ぬ気になればなんだってできるんです。案の定私の机は焼却炉の前に捨てられていて、それをクラスに運び入れてから、ゴミ箱の中にあった私の私物を拾い集めました。そして、やっぱりリーダー格のいじめっ子が色々言ってきました。私は何もいわずに彼を殴りました。何度も何度も殴りました。でも、その子が泣きながら謝ったとき、殴るのをやめました。それから、誰も私をいじめる人がいなくなりました。きっとみんなビックリしたんだと思います。でも、これも因果応報です(復讐劇ともいう?・笑)。ダーリンにそんな話をしました。実は、私のこういう過去を今まで元彼たちには一度も話したことがありませんでした。リアナちゃんの日記を読んで、いい機会だと思い、告白しました。話し終わった後、ふとイライジャの顔を見ると、涙で目が潤んで真っ赤になってるじゃないですか!(驚)一瞬嘘泣きかと思いましたよ!イライジャがいいました。「泣きながら逃げて助けを求めたのに、誰も助けてくれなくて、首を絞められたなんて、小さなサトはどれだけ怖かっただろう。それなのにサトが悪いって言われるなんて。。。小学校でも毎日机や私物を捨てられたり、無視されたり、暴力を受けてたりしたなんて。。。もしその場に俺がいたら、その先生もいじめっ子たちも、みんなぶん殴ってやったのに!!」と怒っていました。もう大丈夫だよ、こういう経験のおかげで私はずいぶん強くなったから、と言ってイライジャを落ち着かせました。でも、本当に、あの頃は辛かったけど、今はその経験を糧にずいぶんとたくましく(図太く?)なりました。あの時死んでいたら、たくさんの友達に会うこともなかったし、イライジャとも会うこともなかったし、こうやって楽天を通じていろんな人とお話しするなんてことも出来なかったんだなって思います。生きてて良かった!!
Mar 21, 2006
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今日はアイリッシュのお祭り、Saint Patorick's dayでした。この日は、みんなアイルランドの国のシンボルである三つ葉のクローバーを意味する緑色のものを何かしらみにつけて、夜はアイリッシュパブなどでアイルランドのビールなどを飲んで楽しみます。このSaint Patricという方は、アイルランドのカソリックの守護聖人で、今日はその人をお祭りする日です。私もご多分に漏れず、今日は緑色のTシャツを着て、イライジャと一緒にお酒屋さんへ行き、アイリッシュビールのギネス(黒ビール)と私用にスミノフ・アイス(ウォッカとレモンソーダのお酒)、我が家で飲み明かしています(現在進行中)私もイライジャも日ごろお酒は飲まないので、こういうときは結構飲みます。今日はおつまみに唐揚げとフライドポテトを作り、それにくわえてピスタチオと私はキムチをつまんでいます。イライジャはキムチが大嫌いなので、時々わざと鼻をつまむまねをしています。実は、イライジャは25%アイリッシュなのです。なのでこのお祭りはイライジャのご先祖様たちのお祭りでもあるので、イライジャはこのお祭りはすごく大切にしています。私も子のお祭りは大好きです♪だっておおっぴらにイライジャと一緒にのめるから♪イライジャは私が友達などと出かけて、お酒を飲むことを嫌うし、出不精のイライジャはなかなかバーにも行かないし、なので、こういうお祭りだと、イライジャとのみに行くよい口実になるのです。でも今日はお互いに疲れていたので、我が家で飲み明かします。さてさて、まだまだ飲み足りないので、冷蔵庫から出してくるとします!それでは、また♪
Mar 17, 2006
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私は今セメスターは社会学をとっています。いつもこの授業では、国際社会を学ぶため、留学生である私や友達がアメリカとの比較の材料として色々と先生から話をふられることがあります。それは全然構わないのですが、ちょっと気になることがあるのです。まず第一に、資料が少し古いということ。まず、日本に関して載っていた資料としては、男性と女性の社会的役割の差が著しい、というようなことが書かれていました。↑ 一体何十年前の話でしょうか?? 女性は男性より社会的に低い位置に属し、男性に対してとても親切に、優しく応対する、なんて書かれてました。しかも、芸者さんとそのお客である男性の写真を添えて!!こんな状態が普通の社会であるわけないでしょうが??もちろん、一人の日本人女性として、私も反論しました。「これは第二次世界大戦前の日本社会です。今はそんなことありません。男性も女性も平等です。場合によっては女性の方が男性より強かったりします。それにゲイシャなんて、日常茶飯事ではありません。」と。他のアメリカ人生徒は、ぽかんと鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていました。次に、インドのこととカーストのこと。私は日本でインドのことを専門に勉強していたから、少しは分かるつもりです。まず、私たちが使っている教科書に書かれていたことは、◆ インド人は別のカーストとは絶対に結婚できない。◆ 頭が良くても(能力があっても)カーストが低ければ上に上がれない◆ インドでは、女性は絶対に肌を見せてはいけない(民族衣装着用)。教科書にこのように書かれてるので、授業もそれにそって進められます。まぁ、この上記三つはまったく間違ってるわけではないけど、やっぱり情報が古すぎます。私が最後にインドへ行ったのは、今から5年前だけど、もうその時は、異カースト間での結婚も増えてきていたし、能力のあるものがカーストなど関係なく上へいける下克上時代が始まっていました。そして、女性の服装も、若い女の子たちは、キャミソールやTシャツにミニスカートやデニムという私たちとなんら変わらない服装でした。明かにこの教科書に書かれていたことは彼女たちの両親の世代です。そして、もう一つ。それは結婚のシステム。世界には、一夫一婦制と一夫多妻制と一妻多夫制、そしてグループ婚(夫も妻も複数)があります。教科書や先生の言い方では、イスラム教国では一夫多妻制が普通のようなかんじで話が進んでしまうのです。いくら一夫多妻が認められてるからって、それが普通ではありませんよ~ッッ!!ムスリムの人たちとかかわりを持ったことがある人ならわかると思うけど、みんながみんな2人~4人も奥さんがいるわけないじゃないですか。って、確かに私の友達のお父さんは2人奥さんがいますけどね(汗)。でも、彼の場合は大金持ちですから。普通の人は奥さんを複数持つなんて無理な話です。しかも、一夫多妻制は、かなり廃れてきていて、私の友達(イエメン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦)などは、絶対に奥さんは一人で十分!!と力説しています。きっと父親母親の苦労を見てきてるので、そう思うんでしょう。あと、今日は結婚のことで、お見合い結婚の話になりました。ちなみに私の両親はお見合い結婚で、台湾人の友達の両親もお見合い結婚、そして、2家族とも今でもとても仲良しです。が、ある生徒が猛烈にお見合い結婚を批判し始めました。お見合い結婚なんて幸せになれるわけがない、自分自身で見つけた相手ではないと幸せになれない、と。まぁ、それにも一理あるけど、何もそこまで批判しなくてもいいじゃないかと思ってしまいました。現にウチの両親も友達の両親も、幸せにやってるわけだし、おそらく多くのお見合い結婚カップルは、恋愛結婚カップルと変わらずに幸せになってると思います。でも、彼女にはそんなこと耳に入っていませんでした。文化の違い、社会のシステムの違いを学ぶことってとても大切だと思います。そういえば、1970~80年代に、アメリカのウーマンリヴがインド・スリランカへ行って女性たちに自由を!なんて運動を起こそうとしたら、インド・スリランカの女性たちから、「私たちははじめっから自由だ!あなたたちなんてお呼びでないよ!」といわれ、追い出されたそうです。アメリカのウーマンリヴの人たちは何がなんだか分からずに、首をかしげていたそうです。これは、アメリカ人の考える「自由」とインド・スリランカの女性が考える自由とは別物であるということを、ウーマンリヴが理解していなかったことが原因です。ウーマンリヴは、自分たちが掲げる自由こそが、世界共通で、すべての女性に必要な自由だと思い込み、それを多文化、価値観を背景に持つ女性たちに押し付けていたのです。自分の定規で他人を測ることは出来ないということです。なんだか、今日の「お見合い結婚」論争を見ていて、そんなことを思い出しました。
Mar 16, 2006
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今日のテネシーは、とにかく暖かくて、初夏の気候でした。83Fまで気温も上がってました。キャミソール一枚でも平気な温度でした。この時期の、例年にない暑さで、今日の気温は新記録だそうです。その旧記録というのは約100年以上も前とのこと。異常気象なのかな?なんてイライジャと話していました。さてさて、今日はお天気も良かったので、ウチの近くの桜(といっても日本の物とは違って白い)の写真をとりました。満開です。もうちらほら葉桜が見え隠れしています。おまけ♪ウチのバックヤードの片隅で咲いていたスミレです♪これからもっともっと暖かく、いや、暑くなっていきそうな勢いのテネシーでした。
Mar 12, 2006
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昨日に引き続き、怒り爆発です。今日の朝(といっても遅い朝)、ついにやってはならないことをイライジャがしてしまいました。突然、寝ている私を、慌てふためいて起こすイライジャ。「サ・・・サト、なんかパソコンが赤くなってるんだ、何があったの??!!!」え、パソコンが赤????わたしも飛び起きて、パソコンの画面を見ると、ポップアップウィンドウがたくさん湧き出ていて、しかも、みんな女性のヌード写真!!!そして画面一番手前には、私が利用しているAnti virusソフトの警告ウィンドウが!!そして、その警告ウィンドウを見てさらにビックリ。ウィルス感染が見つかりました感染ファイル数10(; ̄Д ̄)なんですと?しかも、そのウィルス感染数が、ポップアップウィンドウが増えると共に、増えていってる。見る見るうちにその数は10から15になってしまいました。どうやらイライジャは、非合法サイトを開いてしまったようです。そして、このままじゃやばいと思い、すぐにパソコンを強制終了。その後、再起動しました。とりあえず再起動できたので、すぐにウィルスチェックをして、どこに感染があるか調べました。そしたらやっぱりあのポップアップウィンドウからでした。通常、インターネット上で開いたサイトの画像とかは、ハードディスクのインターネット一時ファイルに保管されるのですが、そこにすべてのウィルスが入っていました。そして、その一時ファイルに入っていたデータをすべて削除して、事なきを得ました。さて、それからは、私のお怒りタイム。時々彼は私が寝ているときに、パソコンを使っているのは知っていました。そして、彼が何を見ていたかも知っていました。といっても、いつも彼自身から、事前にア○ルトサイトをみるよ~、という自己申請がありましたが(笑)。でも、いままでは何も被害がなかったので、「変なサイトとかあるから、そういうのは絶対に気をつけてね」といっていたくらいでした。私は、彼がそういうのを見るのは全然構いません。が、今回は違います。一歩間違ったら、私のパソコンは壊れてました。私はそのことに対し、彼にきつく言いました「もう二度とこんなことするな!」と。すると、彼は、「オレは何にもダウンロードしてない、俺は悪くない」と言い出す始末。だから、インターネット一時ファイルのことを説明して、どうしてこんなことになったか、どうして、こんな違法サイトを開いたのか、と怒りをぶつけました。ちなみに、このパソコン、私のなんです。私が日本から持ってきたものなんです。だからこわされたら、かなりむかつきます。しかし彼は「俺は悪くない、ウィルス作った奴が悪いのであって、俺の責任じゃない」といって言い訳する。あなたが、ア○○トサイト、なんて見なければ、非合法サイトなんて開かなければ、こんなことにはならなかったのよぉぉぉぉぉ!!叫んでしまいました。イライジャは、インターネットに対しての危機感がゼロに等しいのです。IPアドレスをスキャンされる場合だってあるし、ワンクリック詐欺のようなものもあるし、今回みたいに悪質なウィルスを伝染される事だってあるし。今回は何事もなく解決したけど、中には、ハードディスクを蝕んで、パソコンのOSが立ち上がらなくなってしまうようなウィルスだってある。そういうことを彼に説明しました。そしたら、これからは気をつけるよ、と少し反省していました。ちなみに今私のパソコンは、セキュリティーの設定を変更して、アダルトサイトは見られなくなってます(イライジャには内緒・笑)。これで少しでも私のパソコンが危険から遠ざかればいいのだけど。。。
Mar 9, 2006
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実はイライジャとケンカをしました。理由は、お金のこと。本当に醜いケンカ(特に私)でした。私とイライジャは同棲していますから、生活費などはとりあえず折半です(その時その時でお金があるほうが、ちょっと多めに出す、というかんじ)。おそらく、お互いに金銭感覚が少し違うのだと思います。彼は、食材にお金をかけたりするのは、無駄なこと、といいます。私は、食べることは生活の基本だから、質の良いものを食べたい、そのためには多少高くても仕方がない、と考えています。そして、彼は、新しいテレビゲームや、ゲームのコントローラー、新しいゲーム機、タバコなどにお金を使います。これは彼のお金だからいいのだけど、ときどき肝心なときにお金が足りなかったりするのです。その時に、つい私も「あの時、あなたがこんな無駄遣いするから、肝心なときにお金がたらないんじゃない!」なんていってしまうんです。今回もそうでした。私が上記のように言うと、彼が反論してきました。「君がこんな食材を買うからだろ?君が勝手に選んで買ったんだから、俺には関係ないよ。君のほうが無駄遣いだ」っていってきました。私も「じゃ、その食材で料理したものを毎日食べてるのはどこの誰? 前まで、毎日冷凍食品とファーストフードばかりを食べていて、病気になる直前だったのはどこの誰?私が何のために食材を選んで、料理してるか分かってる?」といってしまいました。そして、結局、金銭のからむ醜いケンカになってしまいました。彼は基本的に、ほしいもの(私から見ればただの玩具)は、お金があればすぐに買う人です。衝動買いが多いのです。はっきりいって無計画。私はじっくり考えて、本当に必要かどうか吟味してから、必要最低限だけ買います。たとえそれが高くても、必要だと思ったら、買います。前からこういうケンカは、何度もありました。他人同士が一緒に住む上で、避けて通れないことなのかもしれません。今回は、私もおお泣きしてしまいました。一度同棲を解消しようかとも思いました。そこで、イライジャに、「私、ブーバを連れて出て行くから!!」とタンカをきりました。するとイライジャ、「君が出て行くのは構わないけど、ブーバを連れて行くことは許さない!ブーバはオレのところで育てる!第一、ブーバは俺のことが一番好きなんだ、君じゃない」と反論。「なに言ってるの?毎日ブーバの世話をしてるのはこの私よ?私が一番に決まってるじゃない!」「それじゃ、オレとサト、どっちの方がすきかブーバに聞いてみよう!ブーバを真ん中において、二人で呼びかけて、ブーバが行ったほうがブーバを養育する権利があるということにしよう。」「やってみようじゃないの!」ということで、ベッドの真ん中にブーバをのせ、二人で両端から「ブーバ~」と呼びかけること数分。ブーバはきょろきょろかわるがわる私とイライジャの顔を見比べ、ベッドに座ったまま、動こうとしません。いつもだったらすぐに動くのに。それどころか、しばらくすると、ベッドにごろんと横になり、おなかを見せたまま、居眠りしてるじゃないですか!そうなんです。実はブーバは、私とイライジャの間で寝るのが一番大好きなんです。私とイライジャがベッドで寝そべって話していると、すぐにトコトコやってきて、私とイライジャの間に入り込んだかと思うと、そのままリラックスして眠ってしまうんです。その様子をみて、私もイライジャも顔がほころんでしまい、結局仲直りしました。仲直りした後、二人でパンプキンパイを食べました。その時に、イライジャが、なにやらモゴモゴといいました。私は「え、なに?なんていったの?」なんていったら、イライジャに「なんでもない!」といわれました。でも、実はちゃんと聞こえてました。イライジャが「サトはバカだけど、何にでも一生懸命なんだ、だから愛してる。」といってたのを♪今回のケンカはブーバがキッカケで仲直りできました。夫婦喧嘩は犬も食わぬ、というけど、カップルのケンカは猫も食べない、ということでしょうか。今日はブーバに助けられました。ブーバありがとう。そしてイライジャ君、これからもヨロシクね。でも、無駄遣いはしないように!
Mar 7, 2006
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実は、先日ブーバの写真を載せた日記を書いた後に、ダーリンとくつろいでいたところ、ダーリンの電話にある一本の電話が、かかってきました。女性からの電話でした。電話の相手はレネではありません。ダーリンの元カノからの電話でした。運良く(?)ウチの電話の調子が悪くて、スピーカーフォンで話していたので、何を話していたかはすべてわかりました。彼女のことはイライジャと友達だった頃から話しを聞いていたので、知っていました。イライジャと彼女が別れた理由。それは彼女がドラッグ(マリファナ)を始めたことにありました。イライジャはそれを嫌い、交際中にやめるように言ったそうですが、結局、彼女はやめず、イライジャが一方的に別れを彼女に告げました。「ドラッグなんてやってる女、嫌だからね」といっていました。実はその彼女、×1で、子供もいたそうですが、ドラッグを始めたのが元夫に知られ、親権を取り上げられてしまいました。イライジャを失い、子供も失った彼女。彼女の電話の話では、イライジャに去られた後、夫にとられた子供を連れ出して、他の州へ行ってしまい、誘拐罪で手配されて、結局逮捕されたそうです。その時にマリファナも所持していたため、誘拐罪と、ドラッグ所持の罪で2年以上も刑務所に入っていたそうです。そして、つい先日彼女は出所したそうです。そして、心当たりをしらみつぶしに当たって、イライジャの会社の電話番号を手にいれた彼女。彼女はすぐにイライジャに電話してきました。イライジャにふられて、2週間後逮捕されてから、彼女の中での時間は止まっていました。彼女の電話での口ぶりでは、イライジャとよりを戻したいようなかんじでした。ドラッグももうやめたから、またあなたと一緒に・・・なんていっていました。彼女は、おそらくあの晩、イライジャに会いたかったのだと思います。彼女がイライジャに、今なにやってるの?時間ある?ときいてきたとき、それに対しイライジャは「今、フィアンセが美味しい料理を作ってくれてて、それを待ってるんだ。ニクジャガを作ってくれているんだ。今、オレはフィアンセと一緒に住んでるんだ」といいました。イライジャは、彼女に「会いたい」という言葉を言わせませんでした。彼女の声のトーンが変わりました。なんていうか、ショックと怒りが混ざって声が裏返っていました。そして、イライジャは、「この電話、会社のだから、もう電話してこないでほしい。忙しいんだ。」といって電話を切りました。私もすべて聞こえてたから、特に何も彼に聞こうとは思わなかったけど、彼の方から話し出しました。「クレイジーな女だ。一度でもドラッグをして捕まった奴の再犯性は97%。裏を返せば、更正率はたった3%なんだよ。そんなのとまたやり直せるわけないだろ。話しをするだけ無駄さ。本当に何考えてるんだか。それに俺にはサトがいるしね。」どうやら私の不安が彼にはすぐにわかったようでした。実は昨夜(土曜日:現在日曜日)も彼女から電話がかかってきました。が、イライジャは出ませんでした。無視していいよって。そして、他の社員に、もし誰かがイライジャの携帯電話の番号を聞いてきても、絶対に教えないように!って言い聞かせていました。私はイライジャを信じているので、彼女が何かしてきても平気です。でも、なんだか彼女がすこし哀れになりました。ドラッグを始めて、イライジャにふられ、子供を失い、刑務所に入っていたなんて。ドラッグを始めてすべてを失った彼女。自業自得です。実は今、私はスプリングブレイクで、学校が1週間ほどお休みです。なのでイライジャとは四六時中一緒。だから否応でも、彼女からの電話がわかります。でも、金曜日の夜のあの最初の電話から、昨日の電話を無視し続けたため、今日はもう電話がありませんでした。諦めてくれたかな?イライジャ自身は、全然気にも留めていない様子で、今も「今日の夕食はテリヤキチキンが食べたい!」なんていってます。いい気なもんだ、お気楽イライジャ君は。。。
Mar 4, 2006
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ハコ ハジメマシタ。皆さんもお試しくださいね(笑)!実は我がイライジャ君が、PC用ゲームコントローラーを買ってきたのですが、なぜかブーバはそのハコがいたく気に入ったご様子。自ら箱に入り込み、くつろいでいました。今まで猫って飼ったことがなかったのですが、冷蔵庫に入り込んだり、ハコに入り込んだり、猫って狭いところがすきなんでしょうか?イライジャはブーバにメロメロで、自分が寝るときには、ブーバ~♪なんていいなが投げキスを雨あられの様に送っています(←バカ)
Mar 1, 2006
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