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クリント・イーストウッド監督の「インヴィクタス―負けざる者達」を見ました。ネルソン・マンデラが大統領になり、アパルトヘイトが終焉したところから、映画は始まります。マンデラをモーガン・フリードマン、ラグビーチームのキャプテンをマット・デイモンが演じています。 南アフリカではラグビーは国民的人気があるスポーツのようです。当時、南アフリカのチームは白人には熱狂的に支持されていましたが、黒人は相手チームを応援する、という状態で、アパルトヘイトの象徴のように思われていました。マンデラが大統領になってから、黒人たちは、チームの名前とユニフォームの色を変えようとします。ユニフォームはアパルトヘイト時代の国旗の色だったからです。国歌と国旗は新しいものと前からのもの、どちらを使っても自由ということになってはいたのですが…けれども、マンデラは、チーム名もユニフォームも変えないことを提案します。白人達が愛しているものを取り上げたら、彼らは私たちを恐い人だと思うだろう。今そうなっては、南アフリカはだめになってしまう、と。復讐ではなく和解をというのが、マンデラの考えでした。 1年後に南アフリカで開催が決まっていたラグビーのワールドカップは黒人と白人が融合するチャンスだとマンデラは考えました。南アフリカのチームはあまり強くなかったのですが、マンデラに会って感銘を受けたキャプテンのフランソワ・ビナール以下選手たちは特訓を重ねます。いよいよワールドカップ当日、チームは勝ち進み、人々は熱狂します… あまりにもできた話と思ってしまいそうですが、実話をもとにしています。それゆえ結果はわかっている、それでも試合のシーンはドキドキしてしまいました。マット・デイモンたちは本当の選手みたいで、ずいぶんこの映画のために鍛えたのではないでしょうか。『インヴィクタス」とは、30年間の投獄生活の間マンデラを支えたヴィクトリア朝の詩の題名です。どんな悲惨な状況でも『我が運命を決めるのは我なり I am the master of my fate」「我が魂を制するのは我なり I am the captain of my soul」。マンデラはこの詩をフランソワに見せて励ましたのでした。(ウィキペディアによると、この詩の作者は12歳のときに、骨の結核で脚を切断したのだそうです。) 試写会の前に池田香代子さんと竹田圭吾(ニューズウィーク日本判編集長)さん、アムネスティ日本事務局長寺中さんのトークショーがありました。 竹田さんによると、今の南アフリカの状況は黒人の間でも貧富の差が開き、治安も悪く、とてもよいとは言えないそうです。池田香代子さんは、BRICSのSは元々はSouth Africaだったのに、いつの間にか抜け落ちてしまったけれど、映画化されたこの体験を今の南アフリカの子ども達が知って困難を乗り越えてほしい、そして、この映画は9・11以降の世界を生きなくてはならない私たちへのイーストウッドの大きなプレゼント、という内容をおっしゃっていたと思います。ちょっと時間がたって記憶があいまいですが… 私には、マンデラがフランソワに言った「あなたの国はあなたを支援します」ということばが印象に残りました。国民が国のものなのではなく、国があなたのもの、という発想、今の日本の官僚や政治家のどれだけの人が持っているのでしょう。
February 5, 2010
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すっかりご挨拶が遅くなってしまいましたが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。皆様にとって佳き年でありますようお祈り申し上げます。お正月にシネカノン有楽町2丁目にて『ヤング@ハート」を見ました。平均年齢80歳のロックンロールコーラスグループが年1回開くコンサートまでの数週間を追ったドキュメンタリーです。以前TBSラジオ「ストリーム」の中の「コラムの花道(午時2時~)で米国在住映画評論家の町山智浩さんが推薦していたときから見たいと思っていました。このグループは結成されてから25年以上、メンバーが入れ替わりながら、歌い続けています。もともとはシェークスピアが好きとか、クラシックやオペラが好き、という人たちですが、自分の世界を広げたい、みんなで作り上げるのが楽しい、という理由で歌っています。歌っているときは身体の痛みを忘れるという人もいます。刑務所を訪問して歌ったときには、受刑者達が真から楽しそうで、でも、その朝メンバーのひとりがなくなったことを告げて彼のために歌ったときには、大男達がしんみりして涙を流す人さえいて、本当に悪いやつは刑務所にははいっていない、という言葉をふと思い出してしまいました。コンサートのプログラムには新しい歌も何曲かあるのですが、すぐ覚えられる歌、覚えられる人もいれば、あきらめなくてはならないかと思うようなこともあり… それを努力で乗り越える姿には、いくつになってもあきらめずにやればできるんだと励まされました。町山さんが、同じ歌詞でも若い人が歌うときと意味合いが違ってきて、もっと深くて本当のロック魂になると言っていましたが、本当になんとも味わいが深く、しかもパワフルで元気を与えてくれます。だからコンサートは完売、チケット買いたくても買えない人もいるのですね。悲しい現実もあって、本番1週間前にふたりもメンバーが亡くなったのですが、彼らのためにも歌うといって、ステージに立つのです。ヤング@ハート公式サイト映画には出てきませんが、You Tubeで見かけた "I will survive" は、高齢者控除廃止や後期高齢者医療制度など、逆風にさらされている高齢者にエールを送っているように思えてしまいました。余談ですが、映画館のハーブティー、何種類もあって、その場で選んでお湯を注いでもらうのですが、おいしかったです。
January 11, 2009
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今晩22時からNHKBS1で第80回アカデミー賞 長編ドキュメンタリー賞受賞作品テレビ版「米国“闇”へ」が放映されます。内容についてはNHKの公式サイトより引用させていただきます。「民主主義は本当に人類共通の価値観となり得るのか、世界33か国の共同制作の米国編。民主主義の旗印の下、テロと闘う米国が容疑者を「拷問」した矛盾。アメリカ人のギブニー監督は、アフガニスタンで無実のタクシー運転手が拷問の末に死亡した事件を軸に、被害者、米軍の調査官、政策立案者へのインタビューを重ね、米国が抱え込んだジレンマを描いた。「民主主義の内部で、民主主義が脅かされる危険性」という疑問を提示する。」 このドキュメンタリーとは直接関係ありませんが、ビル・トッテンさんのコラムもご参照ください。盗聴大国アメリカ 時間が重なりますが、21時からフジテレビで「それでもぼくはやっていない」を放映します。「テレビ編集版」というところが気になります。
March 1, 2008
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やっと「カルラのリスト」を見ました。渋谷アップリンクにて、トークイベント『正義とは何か?』付でした。カルラ・デル・ポンテは旧ユーゴスラビア紛争の戦争犯罪人を追及し各国に引き渡させ、裁判を受けさせる、国連検察官です。旧ユーゴ国際刑事法廷、通称ICTY は1993年5月、国連の安全保障理事会によってオランダのハーグに設立されましたが、検察局は安保理からも独立しています。現在は、地域や機関を限定せずジェノサイド(集団殺害)罪や人道に対する罪(拷問、奴隷制、レイプ、強制的失踪など)、戦争犯罪(武力紛争下で罪のない一般市民を殺害、平和活動の阻止など)を裁く国際刑事裁判所が2002年に設立され、日本も最近加盟しました。ちなみにアメリカ、ロシア、中国、イスラエルは加盟していません。カルラのリスト公式サイト カルラはスイス生まれ、スイスの検事時代からマフィアなど組織犯罪と戦ってきました。1999年旧ユーゴスラヴィア国際刑事法廷(ICTY)と、ルワンダ国際刑事法廷(ICTR)の検事に任命され、2003年からICTYに専念。映画では任期は2007年12月までということでしたが、延長されたのでしょうか? カルラのリストに載っている戦争犯罪人たちはなかなか行方が知れず、カルラは被害者家族たちを失望させているだろうと言いつつ、決してあきらめず、スイス政府提供のチャーター機で飛び回って、当事国の首相に会って折衝し、戦犯逮捕に協力するよう要請を続け、ついにクロアチアの将軍は逮捕にこぎつけましたが、カラジッチやムラジッチはまだ逃げています。セルビア政府が口約束だけしても協力せず、軍の保護下にいるのではないかということです。 トークイベントでは、雨宮処凛さん、アムネスティ事務局長の寺中さん、学生さんたち、それに客席も加わって意見を述べ合いました。 最初学生さんたちからは、「『正義の遂行』ということばに違和感を感じた。なぜなら、『正義』を理由に戦争が起こされたりするから。『正義』とは何か?」「正義とはひとりひとりの命が守られること」などの意見が出され、雨宮さんも「カルラはこの地位にいるから、できるのであって、国連に入らなくては正義を追及できないような気になってしまうと、中卒ではできないことになる。あまりこの映画にははげまされない」と述べましたが、のちに客席からは「お金持ちで何ヶ国語を自由に使いこなせても、この仕事を引き受けたい人など他にいないだろう。命がけでボディーガードがついて防弾ガラスの車を使っている。」の意見が出ました。真正面から向かってゆき、熱くスピーチするカルラはかっこいい、との声も。 寺中さんの意見は、「『正義』と口にしたとたん、それは虚構になる。ミロセビッチたちの側も自分達が正義だと思ってやっていた。カルラも虚構だとわかってやっている。なぜなら、(正義といわれるものを)失った被害者たちが回復を求めているから。人道に反する犯罪を行うと裁かれる、ということが抑制に繋がることを期待する」というような内容だったと思います。メモしなかったので正確でないかもしれません。
January 23, 2008
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サクリファイスといっても、タルコフスキーではなく、チェルノブイリで消火活動に当たった人たち(兵士?)のその後のドキュメンタリーです。1986年の原発事故から5年後、消火活動に携わった6人の男性とその家族が語ります。男性たちはみな体調を悪くしていて、あまりあちこと具合が悪いので数え切れない、と言います。 被害が世界に広がるのを防ぐために働いた人たちは表彰され、そのときは励みになったけれども、その後急速に忘れられた、と言います。作業に当たるときも、防護服といえば、自分達が鉛の薄い板で手づくりしたベスト状のもの、タオルを頭に巻き、ガーゼのマスクという、気休め程度のものでした。その上、放射能量を記録するとき、実際の数字の何分の一という数字を書き込まれたのだそうです。ロボットは内部が壊れてしまうから使えないということで人間が送り込まれました。犬のように走っていって兎のように戻って来いと言われたそうです。ひとりは片手と片足が思うように動かなくなったが家族を養うためバスの運転手をしていた、そしてある日倒れて家に運ばれた、と語り、ひとりは自分達は今ではゴミなのだ、と言いました。 1999年、最初に登場したうちのひとりが語ります。仲間が何人もなくなったこと。せめて自然を見にドライブしたいが車も買えない。何度も繰り返すのは「悪夢」という言葉です。 2001年。語るのは1999年に語っていた人の妻。夫は身体が崩壊していってなくなった、結婚して3年目にチェルノブイリ事故が起きた、誰でも一緒にいる人が安心感を感じる人だった、とても理解してくれる人だったのに、と語ります。上官は部下を任務からはずして自分が自ら飛行機を操縦して真上を飛び、直後に亡くなったそうです。娘さんは腎臓に障害があるそうです。フランス語版がネット上でご覧になれます。ことばがわからなくても、作業の様子などはわかります。 「ポイズン・ダスト」は劣化ウランの被害についてのドキュメンタリーです。廃棄物である劣化ウランを使うと安上がりに貫通力のあるミサイルにできるため、湾岸戦争、イラク戦争でも使われています。イラクでの使用量は湾岸戦争よりずっと増えています。「敵」だけでなく、一般市民も、攻撃する側の兵士も、建物を破壊したときなどのチリと一緒に吸い込んでしまいます。 湾岸戦争で米軍の死者は百数十名ですが、兵士だった人でその後亡くなったのが1万人以上、傷病者は22万人(全体の約3分の1)以上です。映画では、イラクからの帰還兵を父に持つ生まれつき右手が欠損した幼児が映りました。両親はネットでいろいろ検索し、劣化ウランの影響についての書籍をたくさん発見し、イラクにも全く同じ状態の子どもが生まれていることを知ります。父親が尿検査したところ、劣化ウランが検出されました。でも、軍や政府はなかなか因果関係を認めようとしません。英語版ですがYoutubeにありました。1, 2, 3, 4 検索したところ、こちらで日本語版ビデオをお買い求めになれるようです。劣化ウラン被害告発ビデオ/DVD購入予約のお願い
November 14, 2007
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タヴェルニエ監督「今日から始まる」を見て、フランスにもこんな貧しさがあるのか、と今更ながら思いました。移民若者の暴動などあるからには、想像がつくはずでしたが、フランス人でもここまで、という、閉山した炭鉱の町の幼稚園の話です。 その町は失業率35パーセント、昔は45人学級でも、貧しくても遅刻もなく清潔で問題なかったけれど、今は35人でも、親にも問題があって不潔だとベテランの先生も嘆きます。アタマジラミのいる子をどうしよう、と職員会議で話しあったりしています。園長は8ヶ月も電気を止められている家の電気をなんとかしてくれるよう要請したり、食券を持たない子には給食を出さないことにした市に抗議したり、親が迎えに来ないので子どもを送っていったり奮闘しますが、行政の監督官には抗議をしすぎる、プライバシーにたちいらないように、などと言われ、査定も減点される始末。心中事件が起きて行政は立派な葬儀をしたり、遠足の費用を出してくれたり… フランスでもこんなふうなのですね。そのうえ恋人の息子や父との関係もぎくしゃくして。あの人たち(役人)のために働いているのではない、子供たちのために働いている、という先生と、心温かい敏腕の福祉委員が救いです。 アーティストの恋人の提案でお金をかけずに子供たちと親が楽しめる会を開き、みんなは元気を取り戻し、園長はおそらく執筆活動に専念するために辞めることを決意するところで映画は終わりますが、考えてみれば社会的背景が変わったわけでもなく…それでもなにか希望が見えてきたと考えるべきでしょうか。 悩みの連続である日常を淡々といってもいい抑えた描写で映し出しているので、わりと淡々と見ていたのですが、あとになって、心中の道連れにされた女の子が、幼いなりに心得ていて、わがままも言わず、酔って泣いている母をなぐさめようとしていたことなど思い出して、泣けてきます。
September 30, 2007
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マイケル・ムーア監督「シッコ」を見ました。ムーア監督というと、「ボウリング・フォー・コロンバイン」や「華氏911度」など重いテーマでもユーモアを交えて描くというイメージですが、アメリカの保険・医療をテーマが今回はあまりにも深刻で笑っていられるところも少ないように思いました。ネタバレになりますが、書ききれないのでぜひ映画をご覧ください。 最初に登場するのはざっくり切れた傷を自分で糸と針で縫う男性。失業中だから医療費を使いたくないから。次に作業中の事故で指を2本切断してしまった人。中指を繋ぐのに日本円にして七百数十万円、薬指が百数十万円といわれ、中指はあきらめて薬指を繋いだそうです。 ふたりともけっこういい仕事を持っていて子供たちはみな一流大学を出したカップルは、夫が心臓発作を起こし、妻が癌になって破産し、家を失ってこどもの家の物置部屋に居候するはめになります。まじめに働いて中流家庭で保険にはいっていてもこのありさまです。 アメリカには先進国で唯一皆保険制度がなく、民間の保険会社が治療を認めてはじめて保険で治療を受けられるのですが、保険会社はなかなか認めようとしません。腫瘍と診断されたのに、治療が必要ないといわれ、なくなった人、全身に転移してしまった若い女性、骨髄移植で助かるチャンスがあるといわれ、弟の骨髄が適合する型だとわかったのに、保険会社に「実験的な治療」だからと断られてみすみす治療をうけられず亡くなった人… 発作を起こし救急車で運ばれたがその保険を扱う病院へ行けと断られ、手遅れでなくなった幼児… 取るに足りない既往症を理由に支払いを拒まれた人。入院費を払えそうもないからと点滴チューブをつけたまま道端に捨てられる人もいます。そういう犠牲の一方で何億円という年収を手にする保険会社の社長… 医師も保険を拒否する診断をするほどボーナスがもらえる仕組みになっています。 ヒラリー・クリントンが皆保険制度を提唱したとき、反対派は莫大な資金を使ってネガティブ・キャンペーンを繰り広げました。そんなことをしたら社会主義になってしまう!よい医療を受けられなくなる、待ち時間が長くなる、など。クリントンが大統領になってもヒラリーは沈黙していました。その謝礼として保険会社から日本円に換算して1億円もらったそうです。医療・保険関連のロビイストは議員の4倍もいて、議員達は多額の政治献金を受けています。 9・11の英雄、消防士たちもボランティアで行った人たちは職員でないからと保障を受けられないでいます。作業中に呼吸器が苦しくなったけれど、生存者がいるなら救おうと頑張った人たちです。マイケル・ムーア監督は政府が最高の医療施設があると主張するグアンダナモにその人たちと治療費で困っている人たちを連れて行きますが、警戒のサイレンを鳴らされ、しかたなく仮想敵国キューバに上陸します。病人をひきつれたムーア監督の顔に笑顔はありません。ところが1ブロックごとに薬局があり、アメリカで1万円以上する薬がけたちがいの安さ。病院も無料で「心配しなくていい」とキューバの医師に言われ、涙を流す人々。 イギリスも医療は無料。民主主義と密接な関連があるということです。戦後空襲で街ががれきになったときに助け合いの精神が生まれたとも。フランスもカナダも医療費はただ(税金から)。収入の多いひとが少ない人を助けるのはあたりまえ、というカナダ人に社会主義者かと聞くと、保守派の党員だが、医療はそれとは関係ない、という答えが帰ってきます。 フランスでは政府が国民を恐れているが、アメリカは国民が政府を恐れている、その違いがこういう結果になるのだ、という説も。日本でも参院選の結果が出てから自公の言うことが変わってきたのを目の当たりにして、納得がいきますね。 「官から民へ」「自己責任」の行き着く先を見せてくれる反面教師、アメリカの姿。日本でも小泉内閣で保険会社のビジネスチャンスを増やすべく「医療改革」がアメリカの年次改革要望書に沿って行われ、安倍さんも「カイカク」を継続するなどと言っています。その流れを止めないと、このシッコの悲惨がひとごとでなくなってしまいます。シッコ公式サイトもし混合診療が解禁になったら
September 6, 2007
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ゆうべNHKでアメリカには百数十人以上の冤罪の死刑囚がいると報道していました。メモをとっていなかったので、ご覧になっていた方、間違っているところがあったら教えてください。 DNA鑑定の進歩により冤罪が晴らされるようになり、2ヶ月に一度の割で、死刑囚の冤罪が明らかになっているそうです。なぜそのようなことが起きるのかというと、目撃証言の間違いが一番多く、次が自白の強要です。 写真の一覧表を見せられて「この中に犯人がいるか?」と聞かれると、実際はそこに犯人がいなくても、一番似た人を選んでしまう心理が働くそうです。それを防ぐには1枚見せて返事を聞いてから次を見せるようにするということです。 検察が陪審員に一部の証拠しか見せずに判断を誤らせることもあるそうです。ビデオも自供している部分だけでは前後にどういうことを言ったりしたりしているのかわからないから、取調べの全過程を録画して透明性を高めることが必要とのことでした。 日本でも、裁判員が無実と思うような証拠は混乱するから出さないなどと言っていますし、取調べが一部録画されるようになったといっても、一番問題な代用監獄はあいかわらず密室な上に、検察の録画も一部だけなので検察に都合がよいところだけになりかねません。 アメリカではあまりの冤罪の多さに死刑を凍結して議論しようという動きが高まっています。今百人以上が冤罪で死刑囚になっていることがわかったということは、すでに無実の罪で殺された人がかなりいる、ということではないでしょうか。これでは中国の人権がどうこうなんて非難している場合ではありませんね。 私は亀井静香さんの講演を聞いたことがないのですが、聞いた人によると、警察出身の亀井さんはそのあたりの恐ろしさを知っているから死刑に反対していらっしゃるそうです。
August 30, 2007
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「オレの心は負けてない」を見ました。16歳で騙されて従軍慰安婦にされた宗神道さんと「在日の慰安婦裁判を支える会」が訴訟を起こす決心をし、事実は認められたものの、「国際法は個人には適用されない」「20年という時効が過ぎている」などという理由で敗訴、最高裁で棄却されるまでを撮ったドキュメンタリーです。こういう人がいたと記録する映画でも作って欲しい、という本人の言葉に動かされた人たちがこの映画を作りました。監督は安海龍さんです。 支える会の人たちも、宗さんは一部の隙もない鉄の鎧を着ているような人で、こういう人と一緒に裁判を闘えるのだろうか?と最初の頃思ったそうです。今までの人生で叩かれて叩かれて鍛えられてきた鉄のように思えます。疑いは支える会の人たちにも向けられることがあったそうです。「神も人も信じない、私が拝むのは私の心。私の心は正直だから」という宗さん。宗さんのことばは力強く、「うつくしい国」などという人が発するうすっぺらな言葉と対照的です。辺見庸さんの言う「贋金の言葉に対抗する堅い言葉」はこういうものなのだと感じます。 宗さんは中国にふたり子どもを残してきたそうです。慰安婦にされていた7年間に何度か妊娠し、ひとりで出産し、死産したときは生きている赤ん坊のようにいきんでも出てこないので手袋をして自分で取り出しました。なんとすさまじいことを強いられていたのか。時に前線に送られ、穴を掘って毛布を敷いたところで兵士の相手をさせられたそうです。(母や妻や婚約者が千人針なんか縫って無事を祈っていたのにそんなことをしていたのかと思うと男ってあさましい、と女子高生のころなら思ったでしょう。今も思わないでもないけれど、恐怖を紛らわせようとしたのだろうか、などとも思います) 窓もない部屋で逃げようもありませんでした。なぐられて耳が遠くなり、補聴器を使っています。刀の傷も残っています。 終戦になり、結婚しようという日本兵を信じて日本についてきたが、着いたとたんに男は豹変した。駅で置き去りにされ荷物も盗まれ、自殺を図った。そのとき救ってくれた人が紹介した在日の人と結婚した。どうしてこんなになったのかと聞かれても恥ずかしくて答えられなかった。性生活はなかった。あとで考えるとお金がもったいなかったが、大酒を飲んだ。夫はお金は必要なものだからと諭してくれた。とてもいい人だった夫の仏壇に手を合わせる画面から、宗さんの心からの感謝と敬愛が伝わってきました。 支える会の人たちの前で話すときは涙を見せることもあるけれど時に笑わせ、歯に衣きせぬことばがぽんぽん出るのに、高校生を前にしたときには、自分が慰安婦にされた年頃ということがあって、万感が胸に迫って、涙ぐんで言葉がなかなか出ませんでした。 この映画は、宗さんが講演を重ね、自分の言葉を信じてくれる人たちと出会い、だんだんと人間不信が回復していく記録でもあります。 1審で敗訴したとき、裁判はとても疲れるし家で犬と戯れて気楽に暮らす方がいいかもしれない、ともらしますが、やはり日本政府に筋を通してもらいたい、という思いが困難な道を選ばせました。 宗さんはことあるごとに「戦争はしちゃいけない」と言います。若い人たちに自分のような思いをしてほしくない。その魂のことばが直球のように胸にすとんと落ちて響きつづけています。 上映後、宗さんと監督の挨拶がありました。映画の感想を聞かれた宗さんが「半分恥ずかしくて、半分かっこわるい…」と言うと会場からは「かっこいいよ」という声が。歌も出ました。歌はつらい現実に生きる人間にエネルギーを与えてくれるものなのだとつくづく思いました。
August 26, 2007
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もうのんびりした話にしよう、と思いつつ… 今朝一瞬ですがサンデープロジェクトを見ました。東京電力の顧問という人が出演していました。えせ正義の味方はたいていそうだけど、糾弾するふりしながら、巨大な権力には迎合するんですね。田原総一郎氏の「チェルノブイリとは違うんですね」という質問にはあきれてしまいました。私は原発に詳しくないですが、炉心が溶解したチェルノブイリと同じだったら、今頃こんなことしていられないでしょう。 東京電力の人と来たら、想定外の地震でも壊れなかったことを海外のマスコミは褒めていた、というけれど、どこのなんというマスコミが褒めていたのか、見たいのでご存知の方、教えてください。そもそも、想定が甘すぎたことに対する反省の言葉があったでしょうか?モニターしています、というけれど、こんな指摘があります。阿修羅 保坂展人のどこどこ日記「安倍政権と柏崎原発」 参照保坂さんのブログから引用させていただきます。「二大政党」「政権交代」と言っても、何があっても原発推進派である人たちが主導権を握っていることについては、自民も民主も変わりがない。電力業界と関連産業の労働組合は、今なお永田町に強い影響力を持っている。テレビ・雑誌などメディアは「広告」の力だ。すっぽり抜けているのが、「人々のいのち」だ。私たち社民党は、週明けから東京電力に徹底的な情報公開を迫る。引用ここまで。やはり自民・民主の二大政党は危ういです。
July 29, 2007
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最終日にあわてて「ひめゆり」を観に行きました。始まるまでなんだかドキドキしてしまいました。柴田昌平監督は、最初から映画にするつもりだったわけではなく、1994年にひめゆりの人たちが記録を残したがっていると聞いて、実際に会ってみて、自分がわかったつもりになっていたことは表面的だったと感じ、ひたすら聞き役になって記録することを始めたそうです。今もそれは続けているそうです。 最初に、マーラーの5番のアダージョを背景に青い空と流れる雲が映し出されます。こんな海と空のきれいな島が地獄と化してしまった時代があり、今も基地の苦しみが続いているのですね… 音楽がはいっているのはそのときだけで、あとは、モノクロの写真と生存者の証言だけが綴られてゆきます。ひめゆり平和祈念資料館の友の写真をなでる人… 生徒達は赤十字の旗の下で働くものだと思っていたそうですが、実際には戦場でした。重傷の兵士たちの看護だけでなく、手足の切断手術を手伝ったり、自分で歩ける人を入り口で断ったり、兵士どうしの諍いを仲裁したり、それに死体を埋めるなど、過酷な仕事を16からせいぜい二十歳の人たちがしなければなりませんでした。食糧もだんだん乏しくなり、寝る場所も与えられず、箱に腰掛けられればよいほうで、棒につかまって立って寝たという証言もありました。栄養失調と過労で発熱し起き上がれなくなってしまった人もいたそうです。砲弾によってなくなった人もいて、生き残った人もちょっと何か拾おうとかがんでいたとか、紙一重だったりしています。 最初は塹壕を掘るときも皆で歌を歌いながら明るくやっていたのに、死につながるような方向にいってしまうなんて思わなかった、という言葉もありました。ファッションや流行のものなどは違っても、今の若い人たちと変らない普通の生徒たちが思わぬ方に巻き込まれていく恐ろしさを感じます。 足の踏み場もないところで、あちこちから「学生さん」と声があがり、くるくるこまねずみのように働いて、砲弾で犠牲が出るのを目の当たりにしたり、毎日が恐怖と緊張の連続だったけれど、先生と仲間がいたから耐えていられた、と言います。けれど、ある日、解散するから今日からは自分の判断で塹壕を出てどこへでも行きなさい、と言われ、衝撃を受けたそうです。どこへでも、と言われてももう完全に米軍に包囲され行くところなどないし、まだ勝つと信じ、友軍が来ると信じていたのに、と。追い詰められて海岸にたどりつくと、そこの岩陰にはすでに市民や日本兵がたくさんいて、海は米軍の軍艦でいっぱいで海からも攻撃されたそうです。 ひめゆりの犠牲者の大半は解散してから亡くなっています。捕虜になったら女性は辱めを受けて戦車でひき殺されるとか、1センチ刻みで切り殺されるなどと言い聞かされていたので、死ぬものだと思っていたそうです。それに、捕虜になったりしたら、家族や親類縁者までが非国民と村八分にされてしまうから。日本兵に殺してくれと頼み、友人と手を繋いで目を閉じて覚悟して待ったが「おまえたちを殺すことはできない」と言われた人もいました。 生存者の中には、傷をかかえたまま、まだ言葉にできないひとたちもいます。 証言した人たちも、思い出したくないけれど、亡くなった友人達のためにも、後に語り継がなくては、という思いで語っている真実のことばをたくさんの人に聞いていただきたいです。祈念館の写真の前で、この人は16のまま、孫と同じ年、平和を知らないままなくなった彼女たちのところに行くとき、平和な時代のみやげ話をたくさん持って行きたい、と語る人がいました。そのみやげ話に影が差すことがないよう、私たちは平和憲法を守って、世界にその精神を広めていかなくては、と思います。 今回の映画は長くなるので戦中だけにしぼってありますが、柴田監督はだんだん戦争が近づいてくる戦前の学校の様子、生存者が傷をかかえて生きた戦後の証言も記録していて、それも映画にしたいと考えているそうです。 大阪ではこれからのようですし、東中野ポレポレではまた8月にレイト・ショーで上映されます。映画「ひめゆり」公式サイトひめゆり平和祈念資料館
July 15, 2007
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明日のサンデープロジェクトで、袴田さんの無実を主張する元裁判官と大谷明宏さんの会談が放映されるそうです。裁判官の良心 今日は沖縄慰霊の日ですが、映画「ひめゆり」はご覧になりました?これは今までのフィクション映画と違い、生き残った生徒達の証言を13年にわたって撮り続け、ナレーションや音楽なしに綴っている映画ということです。生存者のひとりは、「この映画は、生き残った者の真実の叫びであり、亡くなった友への心の奥底からの鎮魂の思いを綴ったものです」というメッセージを発しています。宮本亜門さんは「私の一生のお願いです。「ひめゆり」を観てください。出来れば世界中の人に観てほしいのです。…」ということばを寄せています。長編ドキュメンタリー映画「ひめゆり」公式サイト公開情報はこちら
June 23, 2007
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最近気に入っている番組は英国ミステリードラマ「ローズマリーとタイム」です。ケーブルテレビのミステリーチャンネルで見ています。今月始まって今第4話です。 元恋人でもある上司から大学をリストラされた植物学者ローズマリー・ボクサーと、職場結婚したため退職した元潜入捜査官で、夫の浮気が原因で離婚したばかりのローラ・タイム。このふたりの中年女性が意気投合し、一緒に造園の仕事を始めるのですが、行く先々で事件に遭遇。冒険心に富んだふたりが植物学と元警察の知識を生かして手に手を取って解決するシリーズです。落ち込みそうだったふたりが「ローズマリーとタイムは無敵よ!」と言うシーンにはこちらも元気が出ます。 造園業なので舞台はたいてい庭のあるりっぱなお屋敷(第4話は学校ですが)。日本の庭に咲いているものとはちょっと違う花がいろいろ出てきてローズマリーが「これは○○よ」と名前を言ったり、土いじりのシーンも多いのでガーデニングが趣味のかたにはこたえられないと思います。格別趣味でなくても、目の保養。タイトルにはハーブのローズマリーとタイムのブーケが映ります。 ところで、いきなり話が変りますが、与党は国民投票方を強行採決するつもりです。『国民投票の広報を担当する広報協議会は国会の議席数に応じて委員が選任されるし(つまり、改憲派で9割を占める)』なんてありですか?世論調査で国民投票法案に賛成と答えたかたたちはこんなことを知っても賛成するでしょうか?日刊ベリタ いけない、今日は気晴らしの話題のつもりでした。ビッグイッシュー68号(ジュード・ロウが表紙)の特集は絵本です。片っ端から欲しくなってしまう絵本がいろいろ紹介されています。本当に全部読みたい!駅前などでおじさんが何を売っているのだろうと思いつつ通り過ぎていたかた、R25など無料なのにビッグイシューうすっぺらいのに200円?と思うかたは、ぜひ一度買ってみてください。内容が充実していますし、その上ホームレスの仕事にもなります。バックナンバーもある程度持っているようですし、手元になくても頼むと取り寄せてくれます。ビッグイシュー日本版
March 29, 2007
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ケーブルテレビでフランス映画「コーラス」を見ました。最初数分見逃しました。音楽家になる夢を断念したマチューは問題児が集まる学校(名前からして「池の底」校)に就任します。寄宿舎の舎監も兼ねています。前任者は腕の傷を見せて生徒にナイフで切られたから気をつけろと言います。(のちにその生徒は屋根から飛び降りて死んだことがわかります。) 校長はすぐ体罰を加えたり反省室に閉じ込めたりして厳しく接していますが、何も改善される兆しはありませんでした。けれども、マチューは合唱を通して次第に生徒たちの心を開かせてゆきます… どうしようもない問題児たちが寛容で思いやりのあるおとなに接したり、音楽そのものの喜びに心をほぐされたり、張り合いを感じるものを持つようになったりすることで成長してゆく様子が美しい歌声に彩られて心洗われる映画でした。一番の問題児と思われていたうちにひとりが才能を見出され、歌っているうちに瞳に喜びがあふれてくる様子がとてもよかったです。コーラス オフィシャルサイト4月ロードショーというのは去年か一昨年のことだと思います。
March 24, 2007
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「善き人のためのソナタ」を見てきました。(渋谷シネマライズ)アカデミー賞外国語映画賞ほかいくつもの賞を受賞していますが、33歳のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督最初の監督作品だそうです。魂の救済、人間性回復を描いた作品と言えると思います。「善き人のためのソナタ」公式ホームページ 東ドイツでは国家保安省(シュタージ)が国民の情報を集め、反体制的と思われる人々を監視していました。ドイツ統一後、自分のファイルを閲覧できるようになりましたが、協力者10万人、密告者20万人という国民同士が監視しあっていた後遺症のせいでしょうか、シュタージの話題はいまだにタブーなのだそうです。当時人びとは恐れと軽蔑を持ってあの人はシュタージじゃないか、などと噂していたようです。 そのタブーを綿密な調査によって描いたのがこの作品ということです。国家保安省の局員ヴィースラーを演じているウルリッヒ・ミューエは、東ドイツ時代、何かあったら逮捕すべき人のリストに載せられていたそうです。国家保安省は家を監視して、女性が出入りしていれば、ドンファン、男性の出入りが多ければホモセクシャルと書いたのだそうです。 ヴィースラーは後進に被疑者を逮捕したら48時間連続して取り調べろ、何度も供述させて同じことばを繰り返すようならウソをついているんだ(日本の国会でそんな人がいますが大丈夫?)、国家の敵はしぶとい、などと教え、非人間的だという生徒には×をつけるような、厳しい局員でした。 人気作家ドライマンを怪しいとにらんだヴィースラーはドライマンの家のすみずみに盗聴器をはりめぐらし、自ら盗聴を始めます。ちょうどその頃、ドライマンの恋人で同棲している女優クリスタが、大臣に横恋慕されてしまいます。 盗聴しているとき、ドライマンが政府に蟄居させられていた親友の演出家がくれた楽譜「善き人のためのソナタ」を弾きます。「これを本気で聞いたら善人にならずにいられないわね」という会話。 「善き人のためのソナタ」に魔法のような作用があったのでしょうか?たしかに、音楽にはかたくなな心をほどかせる作用があると思います。国家のため、社会主義のためにと国家保安省にはいったまじめ一徹なヴィースラーは「権力にすりよるためにはいったにきまってるじゃないか」という上司や、権力をかさにクリスタに迫る大臣には違和感を感じていたという背景があるかもしれません。いずれにせよ、ヴィースラーは音楽、詩、愛、自由を希求する心に満ちた世界に触れたのでした。 各俳優たちの演技が光っていました。この先ネタバレになってしまいますが、クリスタが自白してしまったのは、人間的な弱さ、女優としての本能というよりむしろ、ヴィースラーのなんともいえない温かいまなざしのせいだったのかもしれません。不遇な演出家に、ドライマンが「君が仕事できるように大臣に頼んだ」といったときの演出家の笑顔。すべてを物語るような… ヴィースラーとドライマンは直接顔を合わせて話をすることもありませんでしたが、ふたりの間には温かい心の交流があり、悲劇があっても見終わった後、しみじみと温かい気持ちになれる映画でした。 けれども、共謀罪(「テロ等謀議罪」と名前は変りましたが、テロを予防する法律はすでにあるし、こんな法律を作る必要の根拠としている国際条約はマネーロンダリングを防ぐ条約なのに、「テロ」とつければ国民は賛成すると与党や官僚は思っている)を成立させてしまったら、旧東ドイツのような社会になってしまうのだろうと思わずにはいられません。
March 8, 2007
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ゴアさんがライフワークにしている環境問題の映画「不都合な真実」、ますますたくさんのかたに見ていただいて環境について考え行動していただきたいと思うのですが、公式サイトの日本版では肝心な部分がかなり削除されていることがわかりました。配給会社は日本人にあわないから、などと言い訳しているそうですが… 詳しくはこちらのブログをご覧ください。Mangiare!Cantare!Pensare!「不都合な真実」と「不自然な省略」? しばらく前にこの映画とは関係ないのですが、「ひとりひとりにできることを」ということは、本来企業や行政がしなくてはいけないことから目をそらさせる、と批判する意見を目にしたことがあります。ゴアさんは、ひとりひとりができることも列挙していますが、政治的アクションを!とも言っています。映画では「議会に手紙を書いて聞いてくれないなら自分が立候補しましょう」といっていたのは覚えていました。 それから、気になったのは、ゴアさんはあまり無理なことを言うと諦めてしまう人がいるからと、車に乗るなら燃費のよいハイブリッド車に、と薦めていますが、あくまでも、一番よいのは歩く、自転車、次が公共の交通機関、車に乗る距離はなるべく少なく、ということなのです。燃費がよいからと安心してたくさん使えば何にもならないのですよね。NEWS23に出演なさったとき、消費電力の少ない電球(メーカー名は言わなかった)やトヨタの宣伝みたいになっていた部分がちょっと気になりました。
February 27, 2007
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前回の記事「チョムスキーとメディア」の副題「マニュファクチャリング・コンセント」とは、合意の捏造という意味で、国民が本来賛成しないことを政府がしたいとき、マスコミなどを使って世論操作することを指しています。すぐに教育基本法や裁判員制度に関するタウンミーティングで賛成意見を言うサクラが雇われたことを連想したした。電通や朝日広告など(主に電通)広告代理店が請け負っていました。 マスコミが自主規制して偏向していることは、映画では東ティモールとカンボジアの例で見せていますが、ハーマンとの共著にはもっといろいろ詳しく書いてあるようです。日本でも9・11選挙の前に森田実さんや内橋克人さんのような反対派の評論家がマスコミから閉め出されたりしました。編集するとき途中で切られてしまったり、発言しようとするとコマーシャルになってしまうことがあったそうです。 そういうことは、政府が検閲しているわけでなくても、大手マスコミのシステムとして起きてしまうとチョムスキーは指摘しています。 映画ではアメリカでは23の会社がマスコミを支配していると言っていますが今では5社、他のところで読んだのですが、すべてロックフェラー系だそうです。ロックフェラーは武器の会社も持っています。フランスでもマスコミの半数は武器の会社を含むいくつかの産業・金融グループが持っているというので、対抗するためにル・モンドと読者・編集部が半分ずつ出資するル・モンド・ディプロマティックが作られたそうです。ル・モンド・ディプロマティック日本語・電子版 日本ではいじめ、一部の教師の不祥事や日教組のマイナスキャンペーンなどが騒がれ、少年犯罪は昔に比べ増えていないのに報道が増えたりしているところに、「教育改革」といえば、常識人はきっとよい方に改革してくれるのだと思ってしまいます。「20パーセントのエリート層には選んだ情報を注入し、他の大衆は何も考えずついてくればよいのだと政府は考えている」というチョムスキーは過激でしょうか?スポーツも他のことを考えるべき時間をとっている、とチョムスキーは批判していますが、スポーツ観戦が全部いけないといいたいのでなく、そればかりではいけない、ということでしょう。実際、自分たちの運命が変ってしまうかもしれないような法案が出ているときにテレビはワールドカップばかり、ということがありました。そんなときにすっかり気をとられてしまわないよう、心しておかなくては。
February 24, 2007
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渋谷ユーロスペースにて「チョムスキーとメディア」を見ました。ユーロスペースはずっと行っていなかったのですが、場所がかわってきれいになったのですね。椅子がふかふかしていました。途中5分間の休憩をはさんで、約3時間の長丁場ですが(けっこう長い予告も入れて)、飽きることもなく、チョムスキーのひとことひとこと、思わず肯いてしまうようなことばかりでした。 チョムスキーというと、言語学の歴史にずっと名前が輝かしく残るに違いない天才言語学者として有名で、学生のころ、その「生成文法(でしたっけ?)」についてはちょっと習ったのですが、60年代にベトナム戦争に反対してペンタゴン前で逮捕されたりしたこともあったとは、全然知りませんでした。 少年時代、太っているといじめられていた子がおおぜいに囲まれたとき、そばに行ったものの、途中で立ち去ってしまい、どうしてずっと弱い人のそばにいなかったのかと後悔したのだそうです。これからは2度とそんなことはすまい、と心に誓ったのだそうです。好きな仕事で成功し、結婚もして子宝に恵まれ、順風満帆だったとき、その生活を失う覚悟をしても政治的発言を始め、そのうち行動に出るようになりました。 アメリカは民主主義の国だから、言論統制などなく、皆自分で考えて行動していると思っているが、27社(当時。今はたったの5社)が大手マスコミを独占し、利潤を追求して政府や大企業のためにプロパガンダを作りだし、出演者を選ぶ基準などで自主規制をしている。(政府に都合のよい意見をいいそうな人を呼ぶ) たとえば、東ティモールではカンボジアと同じような大虐殺が行われたが、カンボジアのことが大々的に報道されたのに対し、東ティモールのことは極端に少なかった。(新聞記事を繋いでロールペーパー状にしたもので比較してみせる)東ティモールの人たちは自給自足で市場原理の外で暮らしていたが、インドネシアが侵略したとき国際社会はなかなか反応しなかった。やっと国連で制裁決議をしようとしたとき、アメリカは拒否権を発動。インドネシアに武器を売り続けた。(平和主義と思っていたカーター元大統領の時代)マスコミは同じことでも味方がしたことには沈黙し、敵がしたことは大騒ぎする。 副題の、というか原題とハーマンとの共著の題名、マニュファクチャリング・コンセントとは合意を捏造するということです。国民が望まないことをするとき、マスコミを使って世論操作する、それをチョムスキーはデータをあげて明るみに出そうとしています。討論したオランダの国防相はしまいに「詭弁だ」などと言い出し、用事があるといって逃げ出して失笑をかっていました。 では、どうしたらよいのか。地域の人たちでつながる。独立メディアを作る。どうやって真偽を見分けたらよいのかという質問に、チョムスキーは「それは自分で考えることです。私が間違っていることもありうるから」と応えます。「また国を誇れる日がくるでしょうか」という質問には「あなたのいう『国』が政府のことなら、未来永劫ありません。どこの国でも政府は暴力的だから。私たちは先住民を殺してはいりこみました」と答えます。 ラジオやテレビの収録場面が多用されていますが、住民出資のラジオとか、独立系のテレビ、学生のテレビなどが多いです。カナダはアメリカに比べ小さな国だから放送の自由度が高いとも言っています。 9・11後にはフォックステレビなどにさんざん煽られたアメリカ人ですが、この映画(1992年に完成)では、マイクを向けられた人みなが異口同音にマスコミは偏っている、どこの放送局も同じことばかり言っている、と言っています。チョムスキーとメディア ― マニュファクチャリング・コンセント ―ユンカーマン監督のトークは18日に終了してしまいましたが、25日は岡崎玲子さん、3月4日には中野真紀子さんのトークがあります(両日とも10時) この映画にはとても示唆に富むことばが詰まっていてここには書ききれません。そもそも、覚え切れていないので何度か繰り返して見たくなりました。本も出ていますが、お値段が…
February 24, 2007
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「不都合な真実」を見ました。ご存知ゴアさんのグラフや映像を見せながらの講演と、ゴアさんの素顔など(なぜどのように環境にかかわるようになったかなど)で構成されています。 学生のときの恩師が二酸化炭素の量がこのまま増えていくと地球がどうなるか予測していて、実際そのとおりになっていること、議員になって環境問題に取り組んだが政権が変わると方針も変わってしまうことや、大統領選でいったんは勝利したとされたのに結局ブッシュが当選し落胆したが、ご子息が事故で九死に一生を得るという体験をして、一層熱心に環境問題に取り組むことを自分の道だと思ったことなどをおりまぜながら、南極の氷が崩れ落ちる様子などの迫力ある映像が目の前に映し出されます。 二酸化炭素が温暖化の原因ではないという人がいますが、二酸化炭素の量と平均気温のグラフはきれいに同じ形をしています。そして、この数年で突出しています。気温の変化も自然のリズムという説が間違っていることがわかりますし、加速度がついていることもわかります。 氷は太陽の熱を反射するが水は吸収してしまうので、氷が溶けるということは水温があがるということで、海流などにも変化が起きることになるそうですし、温暖化が進むと地表の水分がたくさん蒸発して旱魃が起きると一方で大雨が降る。現在すでにオーストラリアは旱魃で農家が苦しんでいますし、最近雨がしとしと降ることよりどしゃぶりになることが多いのが肯けます。当然生態系にも影響があります。 中国の大学での講演でも若い人たちが熱心に耳を傾け質問し拍手を贈っていたのがちょっと救いです。 「景気より環境が大事だなんて」と嘲笑していたレーガンやパパブッシュや共和党員たちは自分の孫やひ孫たちにどんな世界を残すつもりだったのでしょう。 天秤の片方には金の延べ棒が積んであり、もう一方には地球、という図を示し、どちらを選びますか?というところがありました。でも、この設定は根本的におかしい、なぜなら地球がなければ金もないから、とゴアさんは言っていました。 グリーンランドの氷がとけたら水位が上がり、9・11の慰霊碑が建つところも沈んでしまう。戦う相手はテロだけではない、とも。戦争は最たる環境破壊ですよね。軍産複合体も目先の利益を追って自分たちのクビを締めることに気付かないのでしょうか。 ぜひ多くのかたにこの映画をご覧いただき、どうしたら地球を壊さない生活ができるか考えていただきたいと思います。「不都合な真実」公式サイト 映画には登場しませんでしたが、ドイツのFOCUSという雑誌(安倍首相はナチスのシュペアみたいと書いていた)のサイトに、日本の原発はほとんどが水辺に建っているので温暖化により水位が上がったり水害が増えると困ったことになる、と書いてありました。
February 10, 2007
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やっと「六ヶ所村ラプソディー」を見てきました。ポレポレ東中野(JR東中野駅のすぐ横です)にて2月9日まで上映中です。六ヶ所村ラプソディー公式ホームーページ(明日は18時20分より鎌仲監督と下村健一さんのトークショーがあるそうです。ネットでの生中継も上記URLで見られそうです。) 核燃料再処理工場の建設話がもちあがったとき、地元では賛否両論あったのが、今ではできてしまったものはもう反対してもしかたがないと、反対を続けているのは数人になってしまいました。映画では、他所から戻ってきて両親の農地を受け継ぎ、反対の意思を表すためにチューリップを植えて観光農園にしている人、有機農業をやっている人、20年前に再処理場立地にむけた海域調査に反対した泊港の漁師、処理場で働いている人、処理場の作業衣を扱うクリーニング屋、建設会社社長、学者など、賛否双方の立場のさまざまな人が語っています。 使用済みウランを再処理しても核廃棄物が減るわけではなく、またプルトニウムは角砂糖1個分あれば2千万人殺すことができる猛毒です。年に8トンのプルトニウムを取り出す予定というが、それは長崎型原爆1千発分!そのプルトニウムの毒性が消えるまでにはなんと百万年もかかるのです。そして、空と海に放射性物質が捨てられることになります。薄まるから大丈夫、と説明されていますが、そうでしょうか。 イギリス、セラフィールドの核処理施設の配管が壊れ、幸い外には出なかったものの、施設内のプールに大量の放射性物質がたまってしまうという事故がありました。後処理に5000億円かかるそうです。撤退することが決まりましたが、周囲の住民の間では小児白血病の発病率が通常の10倍、廃液が捨てられていたアイリッシュ海の海水の放射性物質の濃度は通常の70倍。頭がふたつあるエビや奇形の魚があたりまえにいたと元漁船の乗組員だった人は言っています。その人は、日本でもすべての魚介類を検査するべきだと言っています。 六ヶ所村では煙突が高いので真下にはあまり放射能はこないけれど、風下の畑などには流れてきたり、雪と一緒に落ちてくるそうです。 有機栽培の米を消費者と直接契約して売っている人がアンケートをとったところ、そういうことならもう買わない、という人が何人かいました。都会人って勝手だなあと思いますが、そういう人たちも心苦しく残念に思っているのですよね。低温のときには田んぼを歩き回って「頑張って」と声をかけたら、ちゃんと実った、「おいしい」と言ってもらうと私はなんと幸せ者なのだろうと思っていたのにと言う、その人が苗の1本1本に「寒いけど頑張ってね」を言いながら植える姿に涙が出そうでした。以前は賛成でも反対でもなく中立だったけれど、なぜ心配派に変わったかというと、中立ということは賛成と同じと言われたのがきっかけと言います。「中立の恐さ」という言葉が印象的です。 もともと六ヶ所村は樺太から引きあげてきた人たちが開拓したところで、工業団地を作って産業を誘致するといって土地を農民から買い取ったものの、誰も来ず、結局そこに核燃料の再処理施設ができたということです。放射能は心配だけれど、仕事がほしいという人のことを攻めることはできない、それは監督はじめ反対派の人たちもわかっています。でも、放射能汚染や廃棄物を孫子に残してよいのでしょうか。 処理工場が進出することになって、いくつもの建設会社ができたそうです。建設会社の社長が議員になっている、という地方にありがちなことがここでもあります。その会社は風力発電なども手がけているといいますが。(最近六ヶ所村の風力発電関連のなにかよからぬニュースをみかけたような気がします)「ビジネスチャンス」と言うクリーニング屋さんの「あなたたちだって電気なしではいられないでしょう」ということば、反対していた人の「運動が盛り上がっていたときに、もっと全国から応援に来てくれたらこんなにならなかったかもしれない」ということば、なぜ下北なのかという問いに対する「へんぴだから人を殺しても数が少ないからですよ…こちらはこういった電力の恩恵をぬくぬくと受けている側だもんね」という水俣病の映画を作った監督である土本さんのことばがずしっと心に残りました。 結局どんなエネルギーを使うにしても(風力など含め)、今までの生活を改めて使う量を減らさない限り京都議定書は履行できない、ということです。 反対していた漁師たちは、イカ釣り船の機械化により仕事を失う者が出、反対していると仕事につけなかったり、息子や娘の就職を考えて次第に口を閉ざしていったと聞き、憲法の思想信条の自由がもっと徹底されるべきだと思いました。原子力委員の東大教授の、処理施設をみんなが受け入れてくれないといったら、倍払いましょう、10倍払いましょうといえば、どこかが手をあげる、ということばと合わせ、日本の政治の不毛を感じました。 さきに触れた有機栽培で稲を作っている人は、除草剤はブクブクブクとして嫌な匂いがして、自分がいやだから使わないといって、「がーみがーみ」と言いながら手で稲のまわりの土をかきまぜて雑草を取っていました。与党は口先ばかりおたまじゃくしが帰ってくる農村などときれいごとをいいながら農業を会社化してニートを働かせるなんて言っていますが、こういうふうに自分の魂、植物の魂、ことばの魂を大切にする働き方のほうがよほど日本人のよき伝統なのではないでしょうか。 余談ですが、予告編で舞踊家大野一雄さんを撮ったドキュメンタリー「ひとりごとのように」を知りました。監督は大津幸四郎氏。1906年生まれの大野一雄さんは以前ダニエル・シュミットの「描かれた顔」で見たときも鬼気迫るものがありました。車椅子になったものの、健在で上半身で表現することを続けているのですね。すごい。 大浦信行監督の「9・11-8・15日本心中」も見たい。(3月上映)チラシには「映像の荒野を彷徨う旅人たちは、グローバリズムの網の目から逃れる道を探す。かつて、このような映画が存在しただろうか」という鶴見俊輔さんのことばの他、鈴木邦男さんはじめいろいろなかたたちの賞賛のことばが載っています。チラシになっている絵を描いた画家の山下菊二さんには何度かお会いしたことがあります。たしか筋ジストロフィーで絵が描けなくなってからはコラージュ作品を作っていらして、筋力が衰えないよう頑張って歩いていらっしゃいました。意志の強さを感じさせるかたでした。
February 2, 2007
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昨夜NHKBSで放送していた、ドイツWDD2004年制作のドキュメンタリーです。ロシアではプーチン大統領が「法の独裁」を打ち出し、警察の権力が増大したけれども、賄賂や汚職が横行し、マフィアなどプロの犯罪者は賄賂で放免され、裁判にかけられ収監されるのはコーラを数本盗んだとか、豚を盗んだ、あひると食料品を盗んだなどという市民ばかりなのだそうです。刑務所にマフィアはいないとか。 警官も生活に必要なお金の半分の給料しか貰っていないため、賄賂を貰ってしまうそうです。まじめな警官はそんなことに嫌気がさし、すぐ辞めてしまうので、警察は腐敗した警官の溜まり場になっている。検挙率を上げるため、麻薬などをしのばせた鞄をホームレスにちょっとみていてくれ、と預けておいて、逮捕する。政敵や商売敵を失脚させるために賄賂をもらってその人の鞄に麻薬を入れたりして逮捕することもする。逮捕するときはビデオを撮っているが、編集してしまう。ばれても、裁判所は認めない。裁判の結果は決まっていて、上からの命令に従わない裁判官は辞めさせられている。年金もとりあげられる。エゴロワが長官になってからそうなった。警察は弁護士にも賄賂を贈っているので、裁判で無罪になるのは1パーセント以下。 ロシアには言論の自由もなく、この前もジャーナリストが暗殺されたばかりですが、こんな様子をみると本当に気が滅入ります。 日本では裁判では97%検察が勝利しています。検察が優秀だからなのでしょうか?事実をもとにこんな映画が作られていました。「ポチの告白」 摘発数を上げるために、暴力団にお金を渡し(裏金から)、拳銃を調達してもらうのも、大学合格者数を増やすために受験に関係ない科目を教えなかったのも、目に見える結果ばかりが求められる社会に根があるように思うのですが… この前聞いたのですが、日本では刑務所に入っていた、という以外のアリバイは認められないし、新しい証拠が出ても裁判官は見てくれないのですってね。代用監獄ではたぶん今はロシアみたいな暴力はさすがにないかもしれませんが、耳元でどなったり、椅子の足を蹴る、規則違反の長時間の取調べなどがあって、冤罪の温床になっています。 40年間無実を訴えてきた袴田さんのことご存知ですか?私はずっと社会的なできごとに無関心だったので最近まで知りませんでした。元プロボクサー袴田巌さんを救う会 「疑わしきは罰せず」が基本のはずです。たとえ1000人にひとりでも、無実の人が罰せられていいはずがありません。もしも間違った人を死刑にしたなら、それは殺人です。そうしている間にも真犯人は逃げてしまうのです。 そもそも人間が人間を罰として殺すことは許されるのか、という問題についてリレーで書いているブロガーたちがいます。「とりあえず」
October 29, 2006
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ケーブルテレビで放映された映画です。何の気なしに見始めて、つい引き込まれて見てしまいました。最初の方あまり集中して見ていなかったのですが、13歳の少年が登校前に母親の部屋で偶然ピストルを見つけ、一緒に学校に行こうと迎えに来ていた少女と銀行強盗にはいってしまう話です。以下ネタばれ その日、少年の母は仕事で帰れないから学校には休まず行くようにと留守番電話だけ入れて帰っていませんでした。事件を知った人たちは「あの子のうちは裕福なのに」と言います。お誕生日に100ドル札をもらったシーンが強盗になってたてこもっている間に流れます。トイレにいた警備員は手を揚げろ、と言って反射的に撃たれてしまいますが、急所ははずれ、解放されます。 ピザを要求したり、テレビの有名キャスターを呼べ、といったかと思うと、自分たちのことを放送するのを5分以内にやめないと人質を殺す、と言ったり。ピストルという、生殺与奪の権を偶然握ったことにより、図に乗ってしまう少年たち。 人質の中の車椅子の男は湾岸戦争症候群だといい、「これは戦争だ」という少年に、「戦争はこんなもんじゃない」といい、トラウマに悩んで世をすねているらしく時に少年を煽ります。老人は少年少女に「おまえたちみたいなのがいるからアメリカは悪くなるんだ」といい、車椅子の男にも、「脊椎損傷というのは、逃げようとして撃たれたんだろう。私らのときは、敵に後ろをみせるやつなんかいなかった」といい、取っ組み合いになって他の人質に止められます。少年がピストルを手にしたという偶然が、日ごろ鬱積していたことを見せ付けるのはむしろ必然というべきなのかもしれません。 強がっているけれど、少年は過換気症候群か喘息かの持病があって、時々息が苦しくなります。 警察は犯人が未成年なので突入はできず、包囲している警察の責任者はなんとか説得しようとします。 結局少年少女は、ただカラパゴスかどこかに行きたい、という単純な思いつきからことを起こしてしまったので、現金もピストルも人質も置いて、外に出させてもらう、ということにしますが…結末は予想どおりでした。 子供版ボニーとクライド(本人たちはそんなことも言っているけれど)というのとも違うし、社会が悪い、と大声で言うわけでもなく、淡々と描いています。警察の責任者も幼い娘が「あの人たちを殺さないで」とかわいい声で電話してくるなど、よき父であり、誰も殺さないで事態を収拾しようとじっくり構えています。でも、子供たちも人質も、それぞれ日ごろからなにか息苦しさを感じているような… 人質のアジア系女性は会社に遅刻したからクビになる、強盗にあったといっても通用する上司じゃない、といいます。 ギャング映画を期待する人には当然向きませんが、偶然と必然がからみあい、ひとりひとりの日常の積み重ねが図らずも現れるところを、押し付けがましくなく多面的に見せているところが、けっこう私には好感が持てる映画でした。
September 30, 2006
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途中からなのですが、「ボウリング・フォー・コロンバイン」を見ました。マイケル・ムーア監督のドキュメンタリーで、数々の賞を受賞した作品です。 アメリカのコロンバイン高校で起きたふたりの生徒による銃乱射事件。ムーア監督の出身地で起きた、6歳の少年が6歳の少女を射殺した事件。カナダ、ドイツ、日本での銃による殺人事件が何十件、何百件という単位なのに、アメリカでは1万人以上が殺されているのは、なぜか、をムーア監督が取材により追求してゆきます。 銃がたくさん身近にあるからか?カナダでも銃は簡単に手にはいるが、そんなに殺人事件はなく、カナダ人は鍵もかけずに平気でいます。なにか問題が起きたら、相手のいうことをよく聞く、と言います。 流血の歴史があるからか?日本やドイツにも流血の歴史があるが、殺人事件はそれほど多くない。 貧富の差があるからか?カナダでは一時アメリカより失業率が高かったけれど、貧しくても医療を受けることができ、人びとも「医療保障は当然の人権」と答えます。つまり、貧富の差があっても、セーフティーネットがあるということでしょう。 カナダ人は自分の家に人が向かってくるから銃を向けるなんて、どうかしている、と言います。鍵をかけると自分が閉じ込められるような気がして嫌なのだそうです。一方、アメリカではいくつも鍵をかけています。防犯関係の会社にはビジネスチャンスがあります。 実際には、アメリカでは犯罪の件数は減っているのに、報道は増えているそうです(映画とは関係ありませんが、日本でも少年犯罪は増えていないのに報道は大げさになっているそうです)。殺人事件は視聴率が稼げるからです。ずっと恐いはずの公害などは視聴率が稼げないので報道されません。警察が犯人を逮捕する場面を見せる番組では、容疑者は黒人が圧倒的に多く、先入観を植え付けているのではないか?とムーア監督は疑問を投げかけます。マスコミにより恐怖を煽られている面があるといえそうです。 6歳の殺人犯の母親は、母子家庭で片道1時間半かけて仕事に通い、ふたつの仕事をかけもちして、それでも家賃が払えずアパートを出されることになっていたそうです。 監督は、コロンバイン高校事件の被害者で、今も体内に銃弾が残っているふたりの若者(ひとりは車椅子生活を余儀なくされている)と一緒にスーパーに銃弾を売るのをやめるよう交渉にゆき、Kマートでは成功します。 それにしても、チャールトン・ヘストンにはがっかりです。ライフル協会会長の彼は、ふたつの事件の直後、当地にのりこみ大会で演説をしているのです。前から予定があったわけではないようです。被害者の感情を逆撫ですると考えなかったのか?という質問に「知らなかった」ととぼけ、わざとでしょうと詰め寄られると立って後ろを向いて行ってしまいました。昔、学校の先輩が小学生だったころファンレターを出したら「がんばって勉強してください」とちゃんと返事が来たと聞いて敬意を抱いていたのに。 金髪を短くきれいにカットし七三に分け、自信満々に演説する男性より、皆にああいうやつが悪影響を与えると非難されたロック歌手の方に、キリストは2000年前どちらかといえば近かったのではないか、とふと思ってしまったのでした。ボウリング・フォー・コロンバイン
September 7, 2006
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