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知られざる名曲シリーズ


2006年09月06日
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カテゴリ: 連載小説「復活」
『復活』

                ~20世紀伝説~





しばし二人が呆然として褐色の集団を見送っている間に、開幕を知らせる鐘が鳴り響いていた。そのとき、後ろから声がした。

 「おい、今をときめくヒトラー氏と親しくなれるなんて、君らはついてるな。でもそろそろ席に着かないと、開演に間に合わないぜ」

 振り返ると、目つきの鋭い、やや小柄な銀髪の青年が立っていた。

「君らはあの遠い日本から来たのか。どうだい、終演後、凄腕に敬意を表して一杯やるというのは」

「有り難う。君はいまの集団とは関係なさそうだな。これも何かの縁だ、ここで待ち合わせよう。君の名前は?」西園寺が聴いた。

 「これは失礼。私はカラヤン。 ヘルベルト・フォン・カラヤン

 そういって彼は人混みの中へ消えていった。西園寺と貴志も急いで続いた。間もなく、今夜の演奏会の幕が開こうとしていた。 



2.


バイロイト音楽祭 は、ワーグナー自身が彼の楽劇を何の制限もなく上演するために、1876年から開始した。

 ワーグナーの死後、1906年まで妻の コジマ が運営し、彼女の死後は息子の ジークフリート が総監督として君臨したが、彼も1930年に病死し、その後は妻 ヴィニフレッド が実権を握っていた。

彼女自身は特に音楽的才能があったわけではなく、政治的野心の方が勝った人であったが、音楽祭の権威を保ち続けるために、強力な手を打った。

当時世界のクラシック音楽界で双璧と謳われていた トスカニーニ フルトヴェングラー を相次いで指揮に迎えたのである。


いわゆる権威主義的な切り札として登場したフルトヴェングラーではあったが、当然ながら人気の程はすさまじく、今夜の会場も超満員であった。聴衆は、今夜の英雄の登場を今か今かと待ち望んでいた。

 すごい熱気だ、と西園寺が感心していると
舞台左からフルトヴェングラーが入場してきた。1メートル80センチは優に越えていそうな大きな、引き締まった体に、精悍で自信に満ちた表情。颯爽と指揮台にあがり、両手を肩よりやや上にあげた。今夜の演目、 ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」 の開始である。

 その両手が少しだけ下がったように見えたその瞬間、アレグロ・コン・ブリオの第一楽章が地響きをたてて疾走し始めた。



西園寺は、今までに聞いてきていた同曲演奏とは全く違うなにかを即座に感じ取っていた。それは、彼をこの初対面の指揮者の崇拝者に仕立て上げるのに十分な衝撃であった。

 西園寺の夢見心地は第二楽章、第三楽章も続いたが、最終楽章の圧倒的な咆吼の前に目もくらむような状態になっていた。

 最後の和音が鳴りやんだ瞬間に、割れんばかりの拍手が巻き起こった。西園寺は飛び上がって直立し、腕も折れよと拍手しながら、隣に座っていた貴志を見ると、彼もまた同様に立ち上がって一心不乱に拍手していた。

万雷の拍手の中を、フルトヴェングラーはゆっくりと挨拶し、指揮台を去った。

「西園寺よ、これで分かったろう、フルトヴェングラーの偉大さを!」
と興奮した貴志が叫んだ。

廻りを見渡すと、どの聴衆も皆総立ちでアンコールを求めている。概してクールなドイツ人聴衆を見慣れた西園寺には、この光景も新鮮であった。

そして、中央付近よりやや上段一帯を、例の褐色の集団が占拠しているのが見えた。集団の真ん中に、背広姿の二人の男ー ヒトラー ゲッペルス 、そしてでっぷりと太った体に制服をまとった、突撃隊隊長 エルンスト・レーム の姿があった。

三人は盛んに拍手を送っていたが、周りを取り囲む集団は、両手を後ろに組み、直立不動の姿勢であたりを睥睨していた。
しかしホールの聴衆は、そうした集団にはおかまいもなく、今夜の主人公に惜しみない拍手を贈っていた。



                                     ~続く~





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最終更新日  2006年09月07日 04時58分55秒
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