ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2009.10.28
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カテゴリ: 民衆の歴史
デパートの誕生(17)

プシコーが思いついたのが、雪をイメージした白物の大売出しでした。彼は1月のパリで降り積もる雪を見ながら、この着想を得たとも言われますが、真偽のほどはわかりません。

繊維業界で言う白とは、リンネルや綿布など白生地を使ったワイシャツ、ブラウス、下着、シーツ、タオルやテーブル・クロスなどを指します。プシコーは暮と年頭のバーゲンの後、春物の売出しにはまだ寒い2月という時期に、季節商品とは関係の薄い「白物」を集中的に売り出すことを、思いついたのです。

19世紀には、まだロクな洗剤がありませんでした。洗濯方法も中世以来の伝統的なやり方でしたから、汚れをちゃんと落すことは出来ず、すぐに汚れが目立つ白のワイシャツや下着をを身につけることは、最高の贅沢の一つとされていたのです。

こうした時期にプシコーは、「エクスポジシオン・ド・ブラン」と銘打って、白物の大売出しを始めたのです。エクスポジシオンは展覧会の意味ですから、あえて大売出しにこの名を冠したプシコーは、店内を白一色の銀世界のように白生地商品で埋め尽くし、来客の度肝を抜いたのです。

後は宣伝の徹底です。いくつ物新聞広告、それにポスターの掲示です。街中の至る所に、ボン・マルシェの白物セールの宣伝が堕されました。これは効果がありました。当時の最高のぜいたく品である白物を、破格の奉仕値で入手できるかも知れないということから、パリ中の人々や、近郊の人々、そしてさらに遠くの人々にまで、ボン・マルシェの白物セールを好意的に受け止め、その日の到来を待ちわびたのです。写りが良くないのですが、下に掲げたのが白物セールのポスターです。

白物セールの広告

とりわけ当時は嫁入り道具として、白物を揃えて持参する習慣がありましたから、若い娘や母親たちも、この白物セールを歓迎しました。

当時のパリ紹介記事の一つは、「白物セールが行なわれる日は、フランス中の女性たちが指折り数えて待つ日になりました。最もエレガントな女性から最もつつましい女性まで、家庭の主婦も裕福なブルジョワ女性も、白の下着には一種の憧れを抱いているからです。」と記しています。

白物セールは大成功を収め、以後毎年の習慣となったのですが、この白物セールの時だけは、普段ボン・マルシェに足を運ぶことのない上流の夫人たちも、この時ばかりは例外だからと、ボン・マルシェに出かけたと言われます。





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最終更新日  2009.10.28 15:14:07
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