クロニクル 溥儀、満州国執政に就任
1932(昭和7)年3月9日
前年9月18日、自作自演の柳条湖事件をきっかけ(満州事変)に、満州占領を強引に進めた関東軍は、この年3月1日、日本による直接統治を諦め、関東軍の息のかかった日本人に行政の全権を握らせる傀儡国家,満州国を建設していました。
しかし、傀儡国家の恰好をつけるには、それなりのネームバリューのある中国人の大物をトップに据える必要がありました。このメガネに叶った人物が、1911年の辛亥革命で皇帝の座を追われた、清朝最後の皇帝宣統帝溥儀でした。関東軍は溥儀を口説いて、奉天(現瀋陽)に連れだし、ちょうど85年前のこの日、同氏を満州国執政の地位につけ、見かけ上満州人の国のように見せかけたのです。しかし、そんな姑息なやり口で欺けるほど、世界は甘くなかったことは、その後の歴史が物語っています。
話しは巡って、1957(昭和32)年の12月に、伊豆の天城トンネル附近で、同じ大学の恋人と心中した、学習院大生愛新覚羅慧生さん(19)は、溥儀氏の実弟溥傑氏と流転の王妃と呼ばれた嵯峨侯爵の孫娘浩さんの長女でした。
翌年には、この出来事を映画化した『天城山心中 天国に結ぶ恋』がヒットしました。
また1987(昭和62)年には、溥儀をモデルとしたイタリア、中国、イギリスの合作映画『ラストエンペラー』が公開されています。
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