偐万葉田舎家持歌集

偐万葉田舎家持歌集

2016.07.24
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カテゴリ: 万葉

 昨日の銀輪散歩で見掛けたクマゼミです。
 大和川へと向かう恩智川べりの小さな公園の桜の木にとまっていました。
 木陰のベンチでパソコンのキーボードを打っている青年が居て、少し言葉を交わしましたが、作業のお邪魔をしてはいけないので、水分補給の休憩の後、蝉を撮影して、その場を離れました。

クマゼミ (1)
(クマゼミ)

クマゼミ (2) (同上)

 クマゼミは午前中に鳴き、午後からは殆ど鳴かない。これに対してアブラゼミは午後から夕方にかけて鳴く。これを「蝉時計」と言うそうだが、時計にしては実に大雑把なものではある。

アブラゼミ (1) アブラゼミ (2)
(アブラゼミ)

 我々が子供の頃は、クマゼミは少数派でアブラゼミが隆盛であったように思うが、温暖化の所為か、近頃は逆転して南方系のクマゼミが圧倒的に多数である。この蝉は大型で飛翔力も優れているから、ニイニイゼミやアブラゼミが飛び越えられない大きな川も飛び越えて容易にその繁殖の場所を拡大することができる。
 近頃は、熊が人里に現れ、熊に注意、という看板がやたら目に付くが、蝉の世界もクマが席巻しているようだ。アブラゼミなど蝉の世界でも「クマに注意」が囁かれているそうな(笑)。
 ところで、万葉集に蝉が登場しているのかと言うと、登場しているのであります。しかし、「蝉」という言葉というのもあるが、他は全て「ひぐらし」という言葉である。このことから、万葉の頃は蝉はヒグラシしかいなかった、という論も成り立つのだが、虫の分類などに関心のなかった万葉人にとっては、蝉の種類などはどうでもよく、全て「ひぐらし」と呼んでいたかも知れないから、何とも言えない。
 秋に鳴く虫を全て「こほろぎ」と呼んでいた万葉人のことであるから、ありえないことではないだろう。
 それはさて置き、「ひぐらし」の歌を見てみると、アブラゼミやクマゼミの鳴き声では歌の感じにそぐわず、ヒグラシの「カナカナ・・」という鳴き声でなくてはならないという感じの歌が殆どではある。

( こも ) りのみ をればいぶせみ 慰むと 出で立ち聞けば 来鳴くひぐらし
                          (大伴家持 万葉集巻8-1479)
(屋内に引きこもってばかりいると、うっとおしいので、気を晴らそうと外に出て立って聞いていると、やって来て鳴くヒグラシよ。)

黙然 ( もだ ) もあらむ 時も鳴かなむ ひぐらしの 物思ふ時に 鳴きつつもとな
                                (万葉集巻10-1964)
(何の物思いもない時に鳴いてほしい。ヒグラシが、物思いしている時に鳴いてしようがない。)

ひぐらしは 時と鳴けども 恋ふるにし  手弱女 ( たわやめ ) 我は 時わかず泣く
                             (万葉集巻10-1982)

(ヒグラシは今が時だと鳴くけれど、恋のせいで、かよわい私は時をかまわず泣き続けています。)

暮影 ( ゆふかげ ) に 来鳴くひぐらし ここだくも 日ごとに聞けど 飽かぬ声かも
                             (万葉集巻10-2157)
(夕方の光の中に来て鳴くヒグラシは、こんなに毎日聞いても、飽きない声だ。)

萩の花 さきたる野辺に ひぐらしの 鳴くなるなへに 秋の風吹く
                             (万葉集巻10-2231)
(萩の花の咲いている野辺にヒグラシが鳴いている折、その折に秋の風が吹く。)

夕されば ひぐらし来鳴く 生駒山 越えてぞ吾が来る 妹が目を欲り
                         (
秦間満 ( はたのはしまろ )  万葉集巻15-3589)

(夕方になるとヒグラシが来て鳴く生駒山を越えて、私はやって来たのだ。妻に逢いたくて。)

石走 ( いはばし ) る 瀧もとどろに 鳴く蝉の 声をし聞けば  京都 ( みやこ ) しおもほゆ
                       (大石蓑麻呂 万葉集巻15-3617)

(岩の上をほとばしり流れる激流が音をとどろかせているように、響き渡って鳴く蝉の声を聞くと都のことが思われる。)

恋繁み 慰めかねて ひぐらしの 鳴く島かげに いほりするかも
                             (万葉集巻15-3620)
(恋の思いがいっぱいで、慰めようもなく、ヒグラシの鳴く島陰に仮廬を結んで旅寝することだ。)

今よりは 秋づきぬらし あしひきの 山松かげに ひぐらし鳴きぬ
                             (万葉集巻15-3655)
(今から秋らしくなるようだ。山の松の木の陰でヒグラシが鳴いたよ。)

ひぐらしの 鳴きぬる時は をみなへし 咲きたる野べを 行きつつ見べし
                          (
秦八千島 ( はたのやちしま )  万葉集巻17-3951)

(ヒグラシが鳴く頃には、オミナエシの咲いている野辺を行きながら、見るのがよろしい。)


 この日は大和川畔まで走ったのみで、引き返しましたので、左程の距離を走っていません。往復路の途中の恩智川沿いにあった喫茶店、かつては不思議なご縁で、万葉ナナの会などという集まりを持った喫茶店、Cafe de nanaも閉店になった後、これをつぐ新しいテナントも入っていないようで、シャッターは下りたままでありました。

大和川・石川との合流点 (大和川、石川との合流点。中央、奥から流れ込んでいるのが石川)

大和川を渡る近鉄大阪線 (2) 大和川を渡る近鉄大阪線 (1)
(大和川を渡る近鉄大阪線。写真奥に河内国分駅がある。)

元喫茶ナナ (元、喫茶ナナ)

 ヤカモチの南方面への銀輪散歩では珈琲休憩によく利用した喫茶店であるが、今はそれも叶わず、毎度素通りである。これに代わる喫茶店は未だはっきりとは決まっていない。恩智川沿いの道から少し外れると喫茶店も色々とあるにはあるが・・。
 本日は、蝉と万葉のお話でした。






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最終更新日  2016.07.24 17:49:05
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Re:ひぐらしの・・(07/24)  
こんばんは(^^♪

蝉と言えば 蝉丸しか頭に浮かばない私です。
ニイニイゼミやアブラゼミが少なくなって 起き抜けにやかましいのは、クマゼミなんですね。
家の中に迷い込んだ その少なくなったアブラゼミを うちのタロに与えたら 飛びかかって遊んでいて、かわいそうにも半殺しにしてしまいました。
それを見ている私も残酷な心を持っています(^_-)-☆
万葉人は ヒグラシひとつ鳴いても 豊かに詠んでおられるのに 私は、なんて事でしょうね(笑)

nana、銀輪の途中の憩いの場所だったでしょうに残念ですね。

(2016.07.24 17:56:52)

ひろみちゃん8021さんへ  
けん家持  さん
   >蝉と言えば 蝉丸しか頭に浮かばない私です。
 蝉丸さんもついに蝉の仲間にされてしまいましたか(笑)。蝉だけにシカダないという処ですかね。
   >ニイニイゼミやアブラゼミが少なくなって 起き抜け
    にやかましいのは、クマゼミなんですね。
 はい、文章を書く時に「夕方近くなってクマゼミがうるさく鳴いている。」とか「朝からアブラゼミがやかましい。」などと書くと、その描写を含む全体の文章が嘘であると思われてしまいますから、要注意です(笑)。
   >アブラゼミを うちのタロに与えたら 飛びかかって
    遊んでいて、かわいそうにも半殺しにしてしまいました。
 おお、残酷。レ・ミゼラブル。アブラゼミはミゼラブルと似ていなくもない(笑)。
 智麻呂邸で聞いた話。縁側で蝉がバタバタしている。近付いて見ると、身体の下半分の無い蝉であったそうな。猫にかぶりつかれたのでしょうか。勿論タロの仕業ではないでしょうし、その半殺しになった哀れな蝉が西へと逃げて智麻呂邸に救けを求めた、ということではないと思いますが・・。
   >万葉人は ヒグラシひとつ鳴いても 豊かに詠んでお
    られるのに 私は、なんて事でしょうね(笑)。
 まあ、クマゼミのあの声なら、万葉人もこのように優雅には詠まなかったかも知れませんね。それは、さて置き、蝉たちにはよく言って置きましょう。△△〇丁目×番地にある家には近づくな、と。
   >nana、銀輪の途中の憩いの場所だったでしょうに残念
    ですね。
 まあ、丁度よい位置にあって、帰途に一休みするのに良かったのですが、残念と言えば残念ですが、是非に及ばず、であります(笑)。

(2016.07.24 20:08:21)

Re:ひぐらしの・・(07/24)  
ふろう閑人  さん
セミの話、確かに子供の頃は絶対アブラゼミが多数派でした。
それと多数派で夏最初に鳴きだすニイニイゼミも減った様な気がします。 (2016.07.25 03:43:48)

Re:ひぐらしの・・(07/24)  
タイミングよくヒグラシの歌
というのは、昨日の山歩きでひとしきりにぎやかなヒグラシの声を聴いたばかりだからです。

万葉人もヒグラシには思い入れが強かったのでしょうか。
アブラゼミやクマゼミとはまた違った風情が感じられます。

最近我が家のあたりはセミの声が聞こえなくなったなあ、と夫婦で話していたところ、梅雨明けと同時にクマゼミの合唱が聞こえております。 (2016.07.25 09:18:47)

Re:ひぐらしの・・(07/24)  
小万知 さん
今日も朝からクマゼミが一斉にシャカシャカ鳴きながら、夏バテ気味の体にカツを入れてくれています。
 クマゼミとアブラゼミは、さあ~交代!っと、鳴く時間のバトンタッチをしているのですか? 面白いですね。
 万葉集の中で詠まれた蝉も、瀧もとどろに鳴く蝉の声は真夏を思わせ、暮影に鳴くひぐらしの声はどことなく秋の風情がただよい、万葉人も涼風の吹く秋の訪なひを待たれたのではないでしょうか。 暑さ苦手の私はツクツクボウシの声が今から待たれます(笑)
 喫茶ナナの皆様もきっとお元気にして下さって、時にはけん家持様達との交流を懐かしんで下さっているのではないでしょうか。
 遅ればせながら80万アクセスご通過おめでとうございます。 (2016.07.25 09:58:44)

ふろう閑人さんへ  
けん家持  さん
   >セミの話、確かに子供の頃は絶対アブラゼミが多数派
    でした。
 そうですね。虫籠にクマゼミがいると、幼い頃は、ちょっと得意げな気分で、アブラゼミではそんな感じにならなかったような。クマゼミは大抵は木の高い位置にいて、虫網が届かないというようなことが多かったように記憶しますが、最近はその数も増えて、随分と低い場所にもとまっている。
 一緒に沢山いると蝉は行動が鈍くなると言うか、逃げるのが遅くなるようで、手で捕まえることもできたりしますから、近頃のクマは・・という感じであります。
   >それと多数派で夏最初に鳴きだすニイニイゼミも減っ
    た様な気がします。
 そうですね。たしかにニイニイゼミも減っているようですが、クマゼミの隆盛と関係があるのでしょうかね。

(2016.07.25 11:48:18)

ビッグジョン7777さんへ  
けん家持  さん
   >というのは、昨日の山歩きでひとしきりにぎやかな
    ヒグラシの声を聴いたばかりだからです。
 そうですね。ヒグラシは山に入らないとその声を聞くことができませんね。万葉の頃は、里近くでもヒグラシが鳴く環境であったのでしょうね。
 カナカナと鳴くヒグラシや、キリキリと鳴くアブラゼミ、ニィ~ンと鳴くニイニイゼミなどの声は、何処となく悲しげな音質・音調ですが、クマゼミやミンミンゼミツクツクボウシなどは、何やら忙しない鳴き声にて、哀調に欠ける気がします(笑)。そんな中でもヒグラシはひときわ哀調深きものあり、でしょうか。
 万葉人がヒグラシを詠ったのは、彼らは朝のうちは仕事(まあ、これは貴族やその取り巻きに限ることですが)、夕方に山を越えて妻や恋人のもとに通う、となると峠道や途中の森で、このカナカナの合唱を聞くことになる、というような場面が多くあったというようなことでしょうか。「日暗し」とも通じる名前にてあれば、うべなるかな、であります。

かなかなと かなしき声の ひぐらしの 声を聞きつつ この日暮らさな (偐蝉丸)
(2016.07.25 12:16:12)

小万知さんへ  
けん家持  さん
   >今日も朝からクマゼミが一斉にシャカシャカ鳴きなが
    ら、夏バテ気味の体にカツを入れてくれています。
 朝型のクマゼミ。5時から男、夜型のヤカモチとは余り相性が良くないかも、です。
 蝉が鳴くのは、オスがメスにアピールするためのもの。それぞれが鳴く時間帯をずらして競合しないようにしているのでしょうな。アブラゼミのオスからすれば、クマゼミがシャカシャカシャンシャンと騒がしく鳴いている朝にキリキリと鳴いてもメスに声が届く可能性は低い、クマゼミが疲れて(かどうかは知らぬが)鳴き止む午後になってから鳴いた方が効率がよい、ということですな。

アブラまた 鳥なき里の 蝙蝠と クマ鳴きやめる 午後よりぞ鳴く (偐蝉丸)

   >暑さ苦手の私はツクツクボウシの声が今から待たれま
    す(笑)
 ツクツクボウシは、お盆を過ぎてからでしょうかね、鳴くのは。こちらは、時間帯ではなく、時期をずらして、クマゼミの殆どが八日目の蝉となった頃から鳴き始めるようです。こいつが鳴くと夏も終わり。秋となるらし、であります。

つくづくと 秋をや待たむ われもまた つくつく法師 鳴くを聞きたし (偐蝉丸)

   >喫茶ナナの皆様もきっとお元気にして下さって、時に
    はけん家持様達との交流を懐かしんで下さっているの
    ではないでしょうか。
 そうですね。小生も皆さんがお元気になさって居られることを願って居ります。
   >遅ればせながら80万アクセスご通過おめでとうござい
    ます。
 ありがとうございます。次の節目は888888、90万、999999、100万。時が来れば遅かれ早かれ到達しますので、こちらはマイペースで続けて居ればいいというだけのことではあります(笑)。引き続きご愛顧を。
(2016.07.25 13:01:10)

Re:ひぐらしの・・(07/24)  
偐山頭火 さん
日暮らしが 集う停まり木 cupの香 <偐cafeGB>

クマとアブラ蝉の鳴く時間帯の関係よく分かりました。
熊同様蝉の生態系も壊れ、人様の止まり木も変化しました。喫茶店は過去のある時期異常に増えて、その後異常な程に無くなりました。商売の何十年周期説から云うと当てはまっているのかも知れませんが。

特に恩地川から大和川水系は見かけませんね。若者生態に会わせて、国道沿いのコンビニ内窓越し特等席か、ドアの前にジベタリアンしてコーヒーを飲まれますか。 (2016.07.25 16:26:15)

偐山頭火さんへ  
けん家持  さん
   >日暮らしが 集ふとまり木 cupの香 (偐cafeGB)
    峠の茶屋も 恋しと鳴くらむ (偐蝉丸)  
   >クマとアブラ蝉の鳴く時間帯の関係よく分かりました。
 最近は、時差ボケの、或は体内時計の狂ったクマゼミもいるようで、午後になっても鳴いている奴がいないでもありませんので、そういう例外は別として、という条件付きでのことであります。
 確かに、都会では、昔ながらの個人経営の喫茶店は減りましたね。チェーン店の喫茶店はどうも苦手というか、肌に合いませんな。
 なければないで結構毛だらけ猫灰だらけ。コンビニの珈琲を手に近くの公園でジベタリアンも悪くはない。むしろ、銀輪その日暮しの無職ヤカモチさんにはお似合いかも知れませぬ。
(2016.07.25 19:48:43)

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