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キーワード 大きな抑制力大畜。利貞。不家食吉。利渉大川。(たいちくはていによろし。かしょくせずきち。たいせんをわたるによろし。)「畜」はとどめる、蓄積すること。「山天大畜の時、貞正であれば良い。家で飯を食うのではなく、世間に打って出て吉。大川を渡っても 良い」。山天大畜の時は、文字どおり大いに蓄積基盤のできた時ですが、社会への飛躍に備え、さらに実力や知識を内部に蓄えることです。そのためには、家の 外に出て、社会の荒波に大いにもまれるべきです。そして、これまで蓄えてきたものを遺憾なく発揮する日を待ちましょう。辛抱強く自分を磨きながら、大川を 渡る時期を見極めることが大業を成し遂げる上で大切です。 〔大意〕この卦は大きな停滞を意味します。しかし運勢としては停滞に続く上昇を含んでいるので、停滞が悪いということではありません。いまは耐え忍ぶ時期であり、失望せず、期待に胸をふくらませて、目の前の事柄をコッコッと処理していくことが大切です。実際、人生の現実場面というものは、雑事の連続です。一つひとつとれば実につまらない仕事がいくらでも出てくる。「自分の才能はこんなことをするためのものではない」「もっと大きな事に挑戦してみたい」と思うこともあるでしょう。しかし小さい仕事、つまらなく見える仕事の中に、実は大きな仕事を成し遂げる芽がかくされている。大きな仕事も小さな仕事の積み重ねなのです。小さな仕事がきちんとできない人に大きな仕事などはとてもできるものではない。こう考えてくると、いかにつまらなく見える仕事でもそこに意義や価値が見えてくるものです。停滞を好ましくないと考えることは当然ですが、大きな停滞には停滞という文字からは想像のできない深い意味があります。たとえば、文明の進んだ国の尺度ではかれば、インドやアフリカの情況は停滞以外の何物でもない。しかし、その文明もたかだか二千年の間につくられたものでしかない。これを宇宙の尺度ではかれば、すべては相対的な価値観となり、どっちが進歩でどっちが停滞かわからなくなる。身近な例でいえばわが国の高度成長が終わった段階で、これからは苦難の時代がくるといわれた。石油もなくなるといわれた。それから十年以上たったが、あの時代から比べて停滞といえる現在の庶民の生活ぶりはどうかといえば、それほど 悪くはない。これは大きな停滞に処する術をわれわれが知ったからです。 ●初9:嵐の大海に出るより、沿岸を航海するほうが良い。有厲利已。(あやうきありやむによろし)「已」は止まること。「まだ危なっかしいところがあるので、天下に打って出てはならない」。機が熟していないので、まず内面の充実 を 図ることです。 ●二9:車輪を取 はずされれば走行はできない。輿説輹。(よふくをとく。)「輿」は車。「輹」は車軸のこと。「車の車軸を外して車を止める」。実力が蓄えられてきても、今は踏み止まって現状を維持することで す。 ●三9:境遇や環境のせいにするのはやめなさい。良馬遂。利艱貞。日閑輿衛、利有攸往。(りょうばおう。かんていによろし。ひびによえいをならえばゆくところあるによろし。)艱貞」は困難に耐えて貞正を守ること。「輿衛」は天子の車を守護する武術のこと。「馬に乗って懸命に走る。困難に耐えて貞正を守るが 良い。毎日武術の練習をする。進んで良い」。あなたの実力にさらに磨きをかける努力をすることで、上の人にも大いに認められる時です。今の頑張りが後に実 となり、花となるのです。◎良い時です。 ●四6:努力をしない努力が功を奏するときである。童牛之[牛告」。元吉。(どうぎゅうのこく。げんきち。)[牛告]は角木のこと。「子牛のツノに角木を縛りつけ、突き当たる危険を予防する。大いに吉」。多少の束縛はあっても、とんとん拍子 に事の運ぶ時です。ただし、事の始めには注意を払うこと。◎大変良い時です。 ●五6:内にある物的欲望を制御せよ。[豕賁]豕之牙。吉。(ふんしのがきち。)「[豕賁]豕」は去勢したいのししのこと。「去勢したいのししは、牙が残っていてもおとなしくて危害を加えることはない。吉」。多少 の束縛はありますが、かなり実力のある人でも無理なく従わせうる時です。◎大変良い時です。 ●上9:あなたはぼんやりしていることも必要である。何天之衢。亨。(なんぞてんのくなる。とおる。)「衢」は四方八方へ通じる要路のこと。「天の要路を四方八方へかけめぐる。通じる」。今や、じっくり蓄積してきたものを思う存分発揮 でき、長い間希望してきたことが叶う時です。大川を渡ろうとするあなたを妨げるものは何もありません。◎大変良い時です。 「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k26.html
2019.09.30
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キーワード 無邪気无妄、元亨利貞。其匪正正有眚。不利有攸往。(むもうはおおいにとおるていによろし。それせいにあらざればわざわいあり。ゆくところあるによろしからず。)「无」は無、「妄」は嘘、「无妄」は嘘がない、すなわち誠ということ。「天雷无妄の時、大いに通じる。貞正であれば良い。正しくない ことや、真実のない行動は災いがあるので、進んで事を行ってはならない」。天雷无妄の時には、天意に従って動くべき時です。ですから、天意に逆ってこざか しいことをしたり姑息な手段を用いたりすると、天はそっぽを向くことでしょう。今はすべて自然の成り行きに任せ、受け身に徹することです。どこまで無心、 無欲になれるかがポイントです。 〔大意〕妄(もう)は妄想、妄執、妄言などの妄で、実体のないもの、うそ、いつわり、まやかしなど悪い意味の言葉です。これに対し无(む)は無ですから、无妄とは虚妄なきことをあらわし、むしろ天然自然のままの状態、つまり無邪気さに通じるわけです。では、無邪気というものをどう解釈したらいいか。まずいえることは、無邪気は悪意や作為がないということです。子供のようにまだ世間を知らないところがある。だから何にも逆らわずに、ごく自然の人問の本性のおもむくままに事を行ない、それが成功する。つまり何も逆らわずに、自然のままに行動すれば良いということで、そこに大人の打算や作為、我欲などがまじるとせっかくの吉運が逃げてしまう。ただただ天体の運行に身をまかせ、身を正しくしていよということです。これを別の観点から見れば、作為的な努力はいくらしても無駄、努力と成果は比例しないということでもある。このへんがこの卦の難しいところといえます。実際問題としてはそう無邪気に事を行なうことはできないから、迷い悩むことのほうが多いかも知れないのです。しかし潜在意識の力がよく発揮できるのは、どちらかといえばこれは無邪気のほうがいい。自分の内なる力を信じたら、それを子供のように疑うことを知らず、ただひたすら努力をするというタイプが偉大な成果をおさめていることは歴史が証明しています。大人が無邪気になれないのは予見というものがあるからである。それまでの知識や経験から割り出した予見、これが障害となるのです。予見が良い方向に感じられるときはまだしも悪い方向に感じられたとき、あなたは子供に返って何も考えないことが必要であるかも知れません。 ●9:困難、障害を意識することはそれを望むことである。无妄往吉。(むもうゆけばきち)「天に従い、小細工をしないで無心に進むなら吉」。あるがままの姿でいきましょう。 ●二6:潜在意識は良くも悪くもあなたの習慣的考えを再生産していることを知れ。不耕穫、不菑畬、則利有攸往。「菑」は新しい田。「畬]」は二年目の田。「田畑の手入れを何もしないで、放ったらかしにしておいて自然にできた物だけを収穫 し、土地 の手入れをすることなく田畑をつくるようであれば、進んで良い」。報酬や利益を一切求めずに、成り行きに任せればうまくいく時です。 ●三6:失敗と惑じてもあなたはその望みをかなえられる。无妄之災。或繋之牛。行人之得。邑人之災。(むもうのわざわい。あるいはこれにうしをつなぐ。こうじんのうるは。ゆうじんのわざわ い。)「行人」は通りすがりの旅人。「邑人」は村人。「天雷无妄 の時の災いとは、ある人が牛をつないでいたら、通りがかりの者が盗んで連れていったようなものだ。村人が疑われて大迷惑」。とんでもない災難に巻き込まれ やすい時です。義理があっても、何事にも関係しないのが一番の得策です。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 ●四9:流れに身をまかせる決心があなたを成功させる。可貞。无咎。(ていにすべし。とがなし)。「貞正にしていれば問題はない」。現状維持に徹する時です。 ●五9:心の楽しみは良い薬である。无妄之疾。勿薬有喜。(むもうのやまい。くすりなくしてよろこびあり。)「天雷无妄の時の病気は、薬を用いなくても治せて、喜びを得られる.」。人為的な特別な手段を用いなくても、放っておけば、自然に問 題が解決する時です。慌てない、慌てない。◎天雷无妄の中では良い時です。 ●上9:すべてのことには季節があり、すべてのわざには時がある。无妄。行有眚。无攸利。(むもうゆけばわざわいあり。よろしきところなし)。「天雷无妄の時、これ以上望みを起こして進めば、ひどい目に遭う。良いことはない」。 思い違いもはなはだしい時です。災いを避けたいのなら、むやみに動かず、人の意見に素直に従うことです。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k25.html
2019.09.29
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キーワード 帰る(転気)復。亨。出入无疾。朋来无咎。反復其道。七日来復。利有攸往。(ふくはとおる。しゅつにゅうやまいなく、ともきたるにとがなし。はんぷくのそのみちひちじつにしてらいふくす。ゆくところあるによろし。)「復」は帰る、戻ること。「地雷復の時、通じる。どのように動いても障害はない。仲間が集まってきて問題はない。繰り返し事を行なっ て いれば、七日で新しい展開がある。進んで良い」。地雷復の時は、永い冬が去って、やっと春が立ち帰ってきた時です。エンジン始動の時です。しかし、開運の 入り口にやっと立ったところですから、順を追って小さなことから進んでいきましょう。地雷復の時、あまりに性急ですと、スタート地点にまで立ち帰り、元の 木阿 弥になってしまいます。また、繰り返して行なうことで成功の得られる時でもあります。この機に諦めていたことにもう一度チャレンジしてみたらいかがです か。 各爻では、帰り方、戻り方をストーリーで表しています。 〔大意〕潜在意識の存在をあなたが強く惑じられるならば、その力はたいへん強いものとなって、あなたの人生に大ぎな転機をもたらすことになるでしょう。『易経』には「復は、亨る。出入疾なく朋来りて咎なし」と書かれている。復は「帰る」「復活する」「回復する」「戻る」などの意味を持ち、この場合はだいたい悪いことが去って良いことが戻ってくるというふうに解してよいとされています。いわば吉運へ向かう上昇期にあたり、精神的にも肉体的にも活気に満ちている。マーフィー博士は「あなたの決めることは何でも成功するだろう」といっています。しかし、まったく心配がないわけではない。ついつい調子に乗ってズサンな計画を立てたり、暴走したり……好事魔多しのたとえのごとく、せっかくの上昇運を台無しにしてしまうこともあり得るからです。しかし基本的には上昇基調にあるのだから、積極的なのは良 い。もっと悪いのはそれに気がつかないで、あるいは信用できずに、みすみすチャンスを逃してしまうことです。波にうまく乗るには、波が来てから乗ろうとしては遅すぎる。来るちょっと前に動作をおこしていなければならない。これと同じで、この卦を得たら、否定的な思考をさっぱりと捨て、自分の目標なり計画の実現に一点集中することです。「真の才能は孔雀の尾のように自分で引き出さなければならない」という言葉がありますが、運もまったく同じで、自分で予感し自分でつかまなくてはなりません。運は目の前を通るが、決して押しかけてはこない。いまは事をおこすのに何の障害もないというのですから、自信を持って積極的に向かっていくことが必要です。この時期に動揺したり、決意が固められない人は永久にそれができないでしょう。 ●初9:あなたの目標、計画をいますぐ実行しなさい。不遠復。无祗悔。元吉。(とおからずしてかえる。くいにいたるなし。おおいにきち。)「正しい道にから外れても、遠からぬうちに帰るので後悔することはない。大いに吉」。今は実力を蓄えて帰る準備をする段階です。あな た自身のことを振り返って欠点や過ちを正すことです。◎良い時です。 ●二6:あなたの内心の声を受け入れれば、豊かさを獲得できる。休復。吉。(よくかえる。きち。)「よく正しい道に帰るので吉」。もう一度チャレンジする時です。身近な良い人達と仲良く帰ることです。◎良い時です。 ●三6:いやしい考えと縁を切ることです。頻復。厲无咎。(しきりにかえる。あやふけれどもとがなし。)「しきりに帰る。危なっかしいが問題はない」。迷いに迷い、意志が弱く、気持ちが動揺しては失敗を繰り返しやすい時です。じっくりと 先を見通して動くこと。 ●四6:あなたの心を点検するもう一人の自分を意識しなさい。中行独復。(ちゅうこうひとりかえる。)「中行」は行い当たる。すなわち正しい道、中道のこと。「正しい道に一人で帰る」。悪い仲間と手を切って、独立独歩でわが道に立ち帰 る時です。 ●五6:いまのあなたの思考や行動で罰せられることはない。敦復。无悔。(かえるにあつし。くいなし。)「篤実なる心をもって帰る。悔いはない」。人に頼らず、自分の誠をもって対処していく時です。真面目さがあなたの取り柄なのです。◎良い時です。 ●上6:かりにあなたが過ちをおかしてもそれは許される。迷復。凶。有災[生/目]。用行師終有大敗。以其國君凶。至于十年不克征。(かえるにまよう。きょう。さいせいあり。もってしをやればついにたいはいあり。そのこっくんをもってするもきょう。じゅうねんにいたるもせいするあたわ ず。)「災[生/目]」は天災と人災。「師」は戦争のこと。「帰る道を迷い失う。凶。天災と人災に遭う。こうし者が戦争を行なえば大敗す る。国君の 力 を借りても凶。十年たっても敵を征伐することはできない」。正しい道に立ち帰るべき地雷復の時に、天道に背き、自分の過ちを改めることをまったくしなかっ たことへの当然の報いを受ける時です。大きな事を行なえば、十年間はダメージが続くものと覚悟することです。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k24.html
2019.09.28
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キーワード 裂ける剥。不利有攸往。(はくはゆくところあるによろしからず。)「剥」は追剥の剥で、ハギ取ること。「山地剥の時には進んで事を行なってはならない」。この卦は、全体を圧縮すると山になり、上爻が山崩れを起こして 下まで落ちていく姿を表わします。上爻の陽の悲鳴が聞こえてきそうです。山地剥の時は、崩壊寸前で足もとが非常に不安定な時です。すなわち、大きな危険、 みんなハギ取られるような危険がそこまで近づいている状態です。こうした時には最低限、自分の立場を守り、身を守り、何事も進むべきではありません。さま ざまな災難や転落などの事故も起こりやすい時ですから、充分な注意を怠らないことです。会社ではトップが苦しんでいる時で、倒産寸前の状態にあるなど、難 問山積の時でしょう。あるいは、あなたがつきあげられ、ハガされる立場になるかもしれません。 〔大意〕剥は「はぎとる」「裂く」などの意味で『易経』では「小人の勢いが盛んとなり君子を剥害する時に当たる」という喜ばしくない状態を暗示しています。いわゆる衰運の象で、困難、苦労がつきまといがちです。まさに「剥は、往くところあるに利ろしからず」です。物事を強引にすすめるとうまくいかない。ここは一番じっくり構えてあせらず、待っ度量が必要になります。潜在意識の理論では「待つ」ことをあまりすすめてはいません。消極よりは積極、否定よりは肯定が成功を勝ち得るためには大切であると説いています。では、この卦はどう解釈すべきでしょうか。マーフィー博士はこういいます。「家が分かれあらそえば倒れてしまう」と。ここでいう家とはあなたの心のことです。つまり心の中の争い、葛藤があるときに事をおこせばどうなるか。これはうまくいかないに決まっています。まさに葛藤に引き裂かれた形になり、事はうまく運ぶどころかより悲惨な結果になりかねない。こういうときは「じっとしてあなたの心、体、外界の情況が静まるのを待つことである」というのは当然です。いくら約束があったにしても、台風が吹き荒れているときに外出する人はいません。ましてこの卦の剥離(はくり)というのは、無理矢理はがされるという強い調子があります。障害が消えさるのを待つことは、消極的でなければ否定的でもない。いまは台風が来てあなたの家の戸を吹き飛ばそうとしている。こんなときじっとしていることは、むしろ当然のことである。それができれば障害は去り、運は上昇へと向かいます。いまは自己の内部にエネルギーを貯えるときです。 ●初6:すべては過ぎさっていくものであることを実感しなさい。剥牀以足。蔑貞凶。(しょうをおとすにあしをもってす。ていをほろぼせばきょう。)「牀」はベッド。「蔑」は滅ぼすこと。「ベッドの脚が崩れる。貞正を失えば凶」。足元の揺らぎ始めている時です。部下の造反などに目 を光らせるべきです。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 ●二6:否定的なものと同居してはいけない。剥牀以弁。蔑貞凶。(しょうをおとすにべんをもってす。ていをほろぼせばきょう)「牀」はベッド。「弁」はベッドの脚の付け根のこと。「蔑」は滅ぼすこと。「ベッドの脚の付け根が崩れる。貞正を失えば凶」。二爻、 すなわち従業員グループである下卦の中心人物の造反のため、会社も揺らぎましょう。早く災難を避ける方法を考え、ガードを固めることです。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 ●三6:自分の心にある不安や心配、否定的観念は消えさることを念じなさい。剥之无咎。(これをはくすとがなし。)「ベッド本体が崩れるが問題はない」。たとえ仲間はずれになってでも正道を守るべき時です。つまらない連中とはキッパリ手を切りま しょう。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 ●四6:恨み、怒り、後侮はあなたの人生にとって毒である。剥牀以膚。凶。(しょうをおとすにはだえをもってす。きょう。)「牀」はベッド。「膚」は人の皮膚、すなわち人のこと。「ベッドが崩れて人の上にまで危険が及ぶ。凶」。あなたの身にこの上なく危険 が迫っている時です。身一つで至急逃げるしかないでしょう。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 ●五6:答はあなたの心の中にある。貫魚。以宮人寵。无不利。(うおをつらぬく。きゅうじんのちょうをもってす。よろしからざるなし。)「魚」は衆陰(初爻から5爻まで)を指す。「魚の目指しの如く女官を従えて、君の寵愛をうけるようであれば、よろしい」。災いの渦中 の一服か、あなたの従順さが愛され、上司の引き立てを受ける時です。妥協策を講じて無難な時。 ●上9:悪は終局的には滅び去ることを忘れてはいけない。碩果不食。君子得輿。小人剥廬。(せきかくらわれず。くんしよをえ。しょうじんろをおとす。)「碩果」は大きな果実。「輿」は車。「廬」はすみかのこと。「たった一つ残った大きな果実を誰も食べることはできない。君子は馬に乗 り、小人は住む所すらない」。災難の時が崩れ去って、新しい状態に移り変わろうとしている時です。時の審判を仰ぎましょう。実力のある人ならば、やっと日 の目を見る時が来ました。今は 無理をせず、再起に備えることです。 「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k23.html
2019.09.27
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キーワード 恩寵賁。亨。小利有攸往。 (ひはとおる。すこしくゆくところあるによろし。)「賁」は飾ること。「山火賁の時は通じる。小さいことなら進んでも良い」。この卦が表しているのは、太陽(火)が山のかなたに沈む日没寸前の光景で す。山々が夕日で赤くいろどられ、確かに息をのむほどに美しい姿ですが、それはあくまで表面的かつ一時的な美しさで、内面的、永続的なものではありませ ん。 山火賁の時は、たとえるならば夕暮れ時で明るさに乏しく、遠くまで見通すことができません。したがって、まず大きなことをする時ではありません。また、と か く外見にとらわれ、体裁にこだわる時ですので、見たて損ないのないようその内面にこそ目を向けることが大切です。メッキがはがれたら目もあてられなかっ た、ということにならないように内容を充実させましょう。 〔大意〕「賁は、亨る。小しく往くところあるに利ろし」『易経』)賁(ひ)には飾るという意味があります。これがなぜ恩寵なのでしょうか。これは潜在意識理論から説明ができます。ふつう飾るというのは、外面にこだわり、内面は見かけほどでもないという意味にとられますが、そうとはばかりはいえない点に注意が必要です。たとえば、苦境にあるときに、その苦境を強く認識することが良い方向へ作用すればいいが、挫折感や恐怖感が先に立てば結果は悲惨なものになる。訓練された技術の持主が本番であがってしまい、失敗するのも似たような心理状態である。そこで潜在意識理論では、「自分の望む状態を想像せよ」ということをよくいいます。その良い例はストレス学説で著名なハンス・セリニ博士がいうように、「悲しくても、うれしそうな顔をしろ。そうすれば不思議にうれしくなってくる」ということです。これは意図的に自分の心を飾ることです。しかしこの飾りは潜在意識に良い効果を及ぼす。「良いことを思えば良いことがおきる。悪いことを思えば悪いことがおきる」という法則を援用する限り、わたしたちは良くないときも「良いほうに飾らなければならない」のです。飾るのは他人のためではありません。自分のために、自分の心を安堵させ、積極的に導くためにする飾りは必要なことなのです。あなたが何か夢を持っているなら、その夢をあなたの想像でできるだけ飾ることです。それが細部にわたって細密に飾られれば飾られるほど実現に近くなっていくことでしょう。「恩寵とはあなたがいつも抱いている考えに対する自然からの数学的回答である」とマーフィー博士はいいます。まさにそれは具体的な形であらわれるのです。そのためにはあなたはあなたの人生プランを思い切り飾ることです。 ●初9:あなたには偉大な存在からの恵みがある。賁其趾。舎車而徒。(そのあしをかざる。くるまをすててかちす。)「足を飾る程度。格好の良い車などに乗らず歩いていく」。確実に、本来持っているものを生かして進みましょう。会社では業者からの接 待、ワイロなどの誘惑に乗らないことです。 ●二6:熱意をもって真実を話せば、あなたは勇気づけられる。賁其須。(そのひげをかざる)「須」はひげのこと。「自然にはえてくるあごひげを飾る程度なら良い」。口があってのあごひげ、ただ従うだけの時です。才能がないの だから仕方ないかも。あるいは、体裁だけで中身のない時です。交渉などには要注意。 ●三9:たえず前に進むことを考えょ賁如。濡如。永貞吉。(ひじょじゅじょえいていにしてきち)「賁如」はかざりたてること。「濡如」はみずみずしいこと。「美しくみずみずしく飾りたてた姿。このままいつまでも貞正にしていれば 吉」。きらびやかな美しさ、それはそれで見事だから良いのです。 ●四:あなたが夢を持つとぎ、それが正しければその願いはかなえられる。賁如。[白番]如。白馬翰如。匪冦婚媾。(ひじょじゅじょはくばかんじょ。あだするにあらずこんこうせんとす。)「賁如」は飾りたてること。「白番」は白髪。「翰」は白い馬。「寇」は敵、賊のこと「白い虚飾のない馬がやって来る。敵ではなく求婚 しに 来たのだ」。飾り気のない人の援助を得られる時です。飾らない態度、控えめな態度で臨むべきです。◎良い時です。 ●五6:荒野でもあなたは恵みを得ることができる。賁于丘園。束帛戔戔。吝終吉。(きゅうえんをかざる。そくはつせんせんりんなれどもついにきち。)「束帛戔戔」とは少なくて貧しいこと。「丘や畑を質素に飾る程度。」一時非難されるが、ケチケチぐらいのほうが最終的には吉」。何事 も質素倹約を心がける時、その努力が後で好結果を生むでしょう。◎良い時です。 ●上9:正しく考え、正しく期待し 正しく行動せよ。白賁。无咎。(しろくかざる。とがなし。)「白く飾る。問題はない」。 白色は美しい。最高の美しさを求めていけば、結局、行き着くところは質素で飾らない自然のままの姿にな るでしょう。飾り気を捨て、内面を充実する時、精神的な喜びがあります。 「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k22.html
2019.09.26
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キーワード かみ砕く噬嗑。亨。利用獄。 (ぜいごうはとおる。うったえをもちうるによろし。)「噬嗑」は噛み砕くこと。「獄」は牢獄のこと。「火雷噬嗑の時は通じる。障害となるものは牢に入れてでも除去することだ」。火雷噬嗑の時は、奥歯に物がはさまっているような何らかの邪魔者が存在している時です。この卦が出たら「目には目を、歯には歯を」の態度で厳しく対処し、思いきっ てそれを取り除くことが求められます。優柔不断な態度ではとても希望は叶いません。雨降って地固まる時でもあるのですから。 〔大意〕噬嗑(ぜいこう)とは「噛(か)みくだく」「噛み合わす」という意味です。いずれにしろ噛(か)むのですから、積極的な行動をしなくてはならない。この卦は、現状を打開する必要があり、そのためには大いなる努力が必要だということを暗示しています。同時にその行動は公正、正義に基づいていなくてはならない。そうでなければ現状はより悪い方向へと傾斜していくでしょう。現状打開という点で、もっとも大きな問題は習慣です。多くの良くない状態は、悪い習慣によって形づくられている。いまはそれを打破することが必要なときです。習慣の大切さについてマーフィー博士は次のように述べています。「習慣は潜在意識に大きな影響を与えます。良い習慣を身につけなさい。良い習慣は良い人生の道案内をしてくれます」実際にわれわれの思考も行動もその大半は習慣の産物です。習慣は第二の天性といわれるのはそのためです。しようと思っていてもすぐにそれができないという怠惰さは身についてしまえば、その人の悪い個性となり周囲に迷惑をかけます。この場合、それが良くないことを知っていても何の役にも立ちません。その習慣を改めるしかないのです。では悪い習慣から脱却するにはどうしたらいいか。それは悪い習慣に対する否定的イメージを描くことではなく、その習慣を克服した自分の良いイメージを描くことです。あせって克服しようとするよりも、何も考えずに具体的な行動をしてみることです。固い食べものを食べるには、噛みくだかなくてはならない。それがいやだといって食べないでいればいつしか本当に噛みくだくことができなくなってしまう。いまは肯定的イメージで具体的に行動することがいちばん大切なときです。 ●初9:あなたの片足が罪をおかさせるなら、それを切り捨てなさい。屨校滅趾。无咎。(こうをはきてあしをやぶる。とがなし。)「校」は足かせのこと。「足かせをはかせて足を傷つけ、歩けないようにする程度で問題はない」。相手は小物ですから、少し懲らしめて やれば効果てきめんの時です。しかし、あなたが今やろうとしていることは踏みとどまるべきでしょう。 ●二6:心のを識別する能力を身につけなさい。噬膚滅鼻。无咎。(はだえをかみてはなをやぶる。とがなし。)「肌に噬かみつき、鼻を傷つける程度で問題はない」。相手はかなり手強いので「柔よく剛を制す」、つまり、ソフトムードで粘る時で す。 ●三6:悪意、皮肉、敵意、批判、憎悪といった心の毒から身を遠ざけなさい。噬[月昔」肉遇毒。小吝。无咎。(せきにくをかみてどくにあう。すこしくりん。とがなし。)「せき肉」は小鳥を丸ごと干したもの。「干肉を噬(か)んで毒に当たる。少し腐っていたが問題はない」。敵はどうも腹に一物ありそう です。また、今あなたがなそうとしていることは意外と難しく、力量不足の感があります。再考しましょう。 ●四9:あなたはまだ自分の知らない良いものがあることを信じなさい。噬乾胏得金矢。利艱貞。吉。(かんしをかみてきんしをう。かんていによろし。きち。)「乾胏」は骨つきの肉のこと。「艱貞」は困難に耐えて貞正を守ること。「骨つきの肉を噬んだら金の矢じりが出てきた。苦しみに耐え貞 正であれば良い。吉」。苦労のし甲斐があって、なかなかの成果が得られます。がんばり時です。◎良い時です。 ●五6:固い食物は善悪を見分ける訓練をへた者が食べるべきである。噬乾肉得黄金。貞厲。无咎。(かんにくをかみておうごんをう。ただしけれどもあやうし。とがなし。)「干肉を噬(か)んだら黄金が出てきた。貞正にしていても歯が欠けるような危険を伴う。だが、問題はない」。多少の危険も何のその、 やり抜くことで予期せぬ利益が得られる時です。◎良い時です。 ●上9:現状に固執していると損失と失敗を招くだろう。何校滅耳。凶。(こうをにないみみをやぶる。きょう。)「校」は首かせのこと。「首かせをはめられて耳を傷つける。凶)。突然、クビを言い渡されるなど、つんぼ桟敷におかれるような目 に遭う時です。すべて身から出たサビだといえましょう。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k21.html
2019.09.25
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キーワード 塾考観。盥而不薦。有孚顒若。(かんはてあらいてすすめず、まことありて、ぎょうじゃくたり。)「観」は観光旅行の観、観察すること。目と心で見ること。「顒若」は厳正、厳粛なこと。「風地観の時、手を洗い清め、お供物を軽々し く捧げたりしない。誠が満ちていて、すべてのことが厳粛に行われる」。風地観の時」は祭祀に取りかかる時のように、誠をもって厳かに事を行えば、人から信 頼され尊敬を受ける時です。また、学問や趣味に力を注ぐ好機でもありますが、おおよそのことは現状維持を心がけることです。見聞を広める旅行をするには大 変良い時です。〔大意〕この卦は衰運、変動を暗示しています。観は観察、見ることをあらわし、「よく物事を見つめよ」と教えてくれています。ただし、ここで見るというのは、カメラのファインダーをのぞくようにただ見るというのではなく、心の目で広く、正しく知恵をもって観察せよ――ということです。われわれは物事がうまくいかないときはとくにそうですが、見方が近視眼的になる。それに自分で気がつかないから、「見た」「まちがいない」と思う。しかしわれわれが見るということは、かなりいい加減で、まちがいが多いものです。キーワードの「熟考」とは、じっくりと観察する、観察したものから自分のとるべき道を選択することまでを含みます。それも固定されたものを見るのではなく、変化を見るのです。変化を見、そこから自分の行動指針を選択するには、潜在意識に頼るのが一番です。理性的解釈では変化はとてもとらえ切れるものではないからです。「わたしを呼び求めよ。そうすればわたしはあなたに答える。そしてあなたの知らない隠されていることをあなたに示す」マーフィー博士はバイプルを引いてこの卦のイメージをこう説明しています。観の見るは「見て考える」ことであり、それは観察したことを材料に熟考することなのです。熟考していれば行動は抑制される。しかし、この場合はそれでいいのです。行動よりもそれに先立つ思考のほうが潜在意識の活用のためには重要だからです。あなたの心の声、メソタルシグナルを受信するためには、何ものにもまどわされることのない心眼を開くことが必要です。熟考のすえの行動はこの場合は吉となります。逆のときは凶、慎重さが望まれると含です。●初6:口先だけの正義は無意味である。童観。小人无咎。君子吝。(どうくかんす。しょうじんはとがなし。くんしはりん。)「知恵不足の子どもが見るようなものだ。小人はそれでも問題はないが、君子がそのようであれば恥ずべきことだ」。目先のことしか眼 中になくて、本質をまったく見抜けていない時です。子供には保護者が必要なもの、他の人の意見 を良く聞くことが肝要です。●二6:あなたの目が澄んでいれば、全身も明るいだろう。〓観。利女貞。(うかがいみる。じょのていによろし。)「〓」は覗き見ること。「覗き見する。女子どものおしゃべり程度。貞正であれば良い」。視野が狭く、小さなことは良くとも、大きな事 を行うのは到底無理な時です。大局的に物事を捉えることを心がけること。●三6:潜在意識があなたの進むべき道を示してくれることを信じなさい。観我生進退。(わがせいをみてしんたいす。)「自分の行き様ざまを見て進退を決定する」。自分のことを振り返って、分相応に努めましょう。一歩一歩着実に進むこと。●四6:正しく考え、 正しく感じ、 正しくなすことである。観國之光。利用賓于王。(くにのひかりをみる。もちいておうにひんたるによろし。)「国,社会の動きを見る.王に引きたてられてアドバイザーになる」。観光という言葉はここからきたものです。見識の広さを見込まれ て、上司の引き立てを受けたりする時です。充分に観察して、充分に考えて行動することです。◎良い時です。●五6:あなたの思考や行動は他人の繁栄に寄与しなければならない。観我生。君子无咎。(わがせいをみる。くんしはとがなし。)「自分の生きざまをよく反省する。君子がこのようであれば問題ない」。責任ある立場に立たされて、気の抜けない時です。また、自分を 省みるだけでなく、「人の振り見て我が振り直す」べき時でもあります。あなたが上司なら、部下を見て、日ごろの自分の行いを反省すべきです。◎良い時です。●上9:心が清い人たちは幸いである。一切のわざわいから自由であるからだ。観其生。君子无咎。(そのせいをみる。くんしはとがなし。)「広く社会全体を見る。君子がこのようであれば問題ない」。超然と構えて、些細なことには関わらないことです。◎良い時です。「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k20.html
2019.09.24
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キーワード 近づく臨。元亨利貞。至于八月有凶。 (りんはおおいにとおるていによろし。はちがつにいたりて、きょうあり。)「臨」は臨機応変の臨、臨むということ。「地沢臨の時、大いに通じる。貞正であれば良い。八月に至ると凶あり。」勝海舟が幕末に希望 に燃えて太平洋を横断した時の舟名「咸臨丸」はこの卦からとられたものです。旧12月は現在の1月で、陽が長じ始めた「地沢臨」に当たり、また、旧8月は 現在の9月で、陽が衰え始めた「20風地観」に当たります。地沢臨の今は春爛漫の時、希望に燃えて進みましょう。新規の計画も良し、会社の中では地位の昇 進や昇給もあるでしょう。しかし、いずれは満開の花も散ることを心して進むべきです。 〔大意〕幸運は近くまできている。もしあなたが人の道を誤らずに歩くなら、それはあなたのものになるだろう。『易経』には「臨は、元いに亨りて貞しきに利ろし」とあります。これから良くなるという卦ですから悪くはありません。ただそれは近くまで来ているが、まだ到着はしていない。だから油断は禁物であり、注意はいままで以上にしなければならない。春がもうそこまで来ているからと、冬物の衣類をしまい込み、暖房を取りはずしてしまったら、急に冷え込んで風邪を引いてしまったということにならないように気をつけなければなりません。同時に消極的ではいけない。調子に乗ることは戒めなければならないが、積極的に運をつかむことはしなくてはなりません。そのために必要なのは肯定的に考えることです。幸運が目前といってもそれはまだつかんだものではない。期待可能性の段階です。こういうときの心理状態はきわめて重要である。心構え一つで、つかむか逃がすかまったく正反対の結果が出る。もしこの段階で「だめかも知れない」と思ったら、確実にだめになるでしょう。実際、とかく周囲の否定的意見というものには説得力がある。大勢の人から「無理だ」「危険だ」「あぶない」などといわれると、その気になってしまう。しかしマーフィー博士はいいます。「大海の水がぜんぶ集まってもその水が船の中に入らないかぎりは船は沈まない。否定的な考えもあなたの心が抱かない限りは、あなたを傷つけることはない」せっかくのチャンスを逃しやすい人は、このマーフィー博士の言葉を忘れてはなりません。調子に乗ってはいけないが、この卦が出たら幸運をつかむ絶好のチャンスが訪れたことを信じて、積極的な行動を取るべきです。 ●初9:あらゆる良いことがあなたの前に開かれている。咸臨。貞吉。(みなのぞむ。ていきち。)「互いに感じて臨む。貞正にして吉」。心を一つにして協力して進む時です。感動する心が大切なのです。◎良い時です。 ●二9:必要な知恵、力、アイデアはあなたに与えられる咸臨。吉。无不利。(みなのぞむ。きち。よろしからざるなし。)「互いに感じて臨む。吉でよろしい」。信頼が厚く、すべて順調に進みます。意気に感じて進んでよい時です。◎良い時です。 ●三6:物事の変化に不注意、無関心な態度をとってはならない。甘臨。无攸利。既憂之无咎。(あまくのぞむ。よろしきところなし。すでにこれをうれうればとがなし。)「甘く臨んで、良いことはない。すでにこのことに気がついておれば問題はない」。あなたは口先だけで人に臨もうとしています。甘い、 甘い。不実は失敗の元です。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 ●四6:全力を傾注して事に当たれ。至臨。无咎。(いたりてのぞむ。とがなし。)「至誠をもって臨む。問題はない」。あなたの真心あふれる態度が幸せを招きます。部下などの有能な協力者に一任する時。◎大変良い時です。 ●五6:自分は力を持ちチャンスにも恵まれていることを実感せよ。知臨。大君之宜。吉。(しりてのぞむ。たいくんのぎ。きち。)「相手を知って臨む。王としてふさわしい。吉」。知恵多きあなたは、やはり知恵ある人を選び、うまく用いることで成功するでしょう。◎大変良い時です。 ●上6:人のためにあなたの活力を使いなさい。敦臨。吉。无咎。(のぞむにあつし。きち。とがなし。)「篤実の心で臨む。吉で問題はない」。人情たっぷり、誠の心で進みましょう。◎大変良い時です。 「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k19.html
2019.09.23
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蠱。元亨。利渉大川。先甲三日。後甲三日。 (こはおおいにとおる。たいせんをわたるによろし。こうにさきだつさんじつ、こうにおくるるさんじつ。)「蠱」は腐敗のこと。「山風蠱の時、大いに通じる。大川を渡っても良い。そのためには、戦争をする三日前に用意をし、三日後には戦争 が終結するよう迅速に腐敗を取り除くことだ」。蠱の字をよく見て下さい。皿の上の三匹の虫が、お互いに食い合っている姿です。皿の上は腐敗してウジが湧い ています。山風蠱の時は、どんなに表面はよく見えても、その内部はどろどろした難問が山積の時です。会社では経理のごまかしがあったり、社内不倫があった りの時です。この卦が出た時は、一刻も早く、過去から放置されてきた弊害、腐ったものを取り除くべきです。大胆に新風を吹き込んで再出発にかけるべし。 キーワード 腐敗〔大意〕この卦のキーポイントは蠱(こ)の字にあります。蠱ほ虫のことで「腹の中の虫」「虫がつく」ことなどをあらわします。皿の上のものに虫がつけばどうなるか。汚れ、細菌がつき、腐敗する。そこからこの卦のキーワードは腐敗となります。また腐敗は内部からおこるので、この卦は何事かの原因を内部にありと見ます。ものが腐ったときどうしなければ いけないか。 それは速やかな処理です。 それも一刻も早 いほうがいい。問題があれば、その原因を突きとめて可能な限り早く解決をすることが肝心です。また、腐敗物の処理は基本的には廃棄です。腐敗しはじめたも のを元にもどすことはできない。もしそれが必要ならば、新しいものに取り替えなければならない。そこでこの卦では新しい機会に積極的であれとしています。廃棄は次なる新しいものを呼び込むことである。新しい決意、新しい機会を待って、それを自分の中で生かす必要がある。腐敗はいわば過去であり、新しい決意、機会は現在です。過去にこだわることなく、現在を見つめていくことが大切です。この卦全体としては良いとはいえないが、腐敗を招くような油断をせず、また腐敗してしまったら、速やかに処理することで新しい展開が期待できる。おきてしまったことは取りかえしがつかないが「やり直すことはできる」という考え方をするのがいいでしょう。また「蠱惑(こわく)」という言葉があるように、この卦には「魅力をもってまどわす」という意味もある。食物でも腐敗しはじめが美味しい。こういう誘惑に負けない心構えもまた必要なことです。「永久なものは何もない。すべては変化する。そして大切なのはその瞬間瞬間である。この瞬間を変えればあなたの運命は変わる」まずいと思ったことは、はばかることなく「改める」べきです。 ●初6:いまは過去の失敗を悲しんでいるときではない。幹父之蠱。有子考无咎。厲終吉。(ちちのこをかんす。こあればちちとがなし。あやうけれどもついにきち。)「幹」は治める、「考」は亡き父のこと。「父の失敗の後始末をする。子がいれば亡き父も問題はない。危ういところがあるが最終的には 吉」。今なら手の施しようがあります。傷が浅いからといっても油断は禁物です。 ●二9:死んだ過去に精力を浪費するのは愚かなことである。幹母之蠱。不可貞。(ははのこをかんす。ていすべからず。)「幹」は治めること。「父亡き後、母の失敗の後始末をする。あまり厳しい荒治療はするべきではない」。融通性をもって穏やかに後始末 をするべき時です。正論に走るとマイナスになります。 ●三9:すべての事柄を建設的に考えよ。幹父之蠱。小有悔、无大咎。(ちちのこをかんす。すこしくくいあり。おおいなるとがなし。)「幹」は治めること。「父の失敗の後始末をする。小さな悔いはあるが,大きな問題はない」。腐敗が大きく、危険性もあるときですが、 最後まで辛抱してやり遂げることです。 ●四6:未来を考えてはならない。未来はいまが創るものだからだ。裕父之蠱。往見吝。(ちちのこをゆたかにす。ゆきてりんをみる。)「父の失敗をかえって大きくしてしまう。このまま進めば,恥の上塗りになる」。大胆さが求められる山風蠱の時、あなたの優柔不断な態 度と中途半端なやり方が問題なのです。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 ●五6:潜在意識の無限の力があなたを導くだろう。幹父之蠱。用誉。(ちちのこをかんす。もちいてほまれあり。)「幹」は治めること。「父の失敗の後始末をする。人に誉められる」。破産会社に乗り込んで再建に成功するような時です。すっきりした 気分で再出発に臨むこと。◎山風蠱の中では良い時です。 ●上9:あなたが自信と確信を持ってすることはあらゆる人の利益になる。不事王侯。高尚其事。(おうこうにつかえず。そのことをこうしょうにす。)「宮仕えに見切りをつけ,自分ひとり高潔を守る」。高みの見物、世俗から身を引く時です。引退の好機かもしれません。 「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k18.html
2019.09.22
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キーワード 従う随。元亨利貞。无咎。 (ずいはおおいにとおるていによろし。とがなし。)「随」は従う、随行すること。「沢雷随の時、大いに通じる。貞正であれば良い。問題はない」。沢雷随の時は独立して行う時ではなく、 立派な人に従う時です。そしてゆっくりと力を蓄える時です。今はあくせく進まないで無理をせず、一服する時でもあります。サラリーマンの場合は転勤命令が あるかも知れませんが、素直に従ったほうがいいでしょう。臨機応変な対応がポイントです。 〔大意〕随はつき従うの意で、この卦は何かに従う気持を持って事に当たればうまくいくということです。だが、従うということには二つの意味があります。―つは人に従うこと、 もう一つは情況に従うことです。これは二つとも従うことが大切である。人に従うとは、すべてが従属という意味ではありません。人と協調して物事をすすめていく、と考えたほうが適切です。情況に従うとは、時々刻々変化する情況に対し柔軟な姿勢を保つこと、すなわち流れに逆らわないことです。従うという言葉の持つイメージは消極的で自主性の欠如を思わせますが、潜在意識の慟きを知っている人には、そこに深い意味があることに気がつくことでしょう。ふつうわれわれが持つ意識、顕在意識はしばしば否定的な方向に傾きがちである。だいたい九割が否定的になるといわれています。ところがある願望があると、否定的な心理にあるにもかかわらず、それを意志の力で実現しようと無理に行動をしようとする。そういうときの手段の選択はしばしば誤りをおかします。そうならないためには、いったん引いてみる。「自分ではわからないから人に意見を求めてみよう」あるいは「時期を待とう」そうすることによって心に余裕が生まれ、素晴しいアイデアが浮かんだりする。無理な考えや行動は潜在意識は気がついているので、いくら理性に言い聞かせても結果は良くないことが多いのです。潜在意識に回答を求めることは、ある偉大な存在に身を委ねることです。そうした謙虚さがなくては、ほんとうの柔軟性は生まれてきません。従うことは自然の法則に則ったことといえます。なぜなら人間は誰でもこの宇宙、大自然の法則、たとえば天体の運行の枠から逃れることはできないからです。 ●初9:あなたはあなたの目的を実現するために必要な協力者を見つけなさい。官有渝。貞吉。出門交有功。(かんかわるあり。ていきち。もんをいでてまじわればこうあり。)「官」は勤め先。「渝」は変わること。「勤め先が変わることがある。貞正にして吉。門を出て広く交際していけば良いことがある」。自 分の殻に閉じこもらないで時の流れに順応してよい時です。転職のチャンス。◎良い時です。 ●二6:あなたの周囲の人間はすべてあなたの成長、繁栄、幸福の協力者である。係小子。失丈夫。(しょうしにかかりてじょうぶをうしなう。)「小子」はつまらない人物。「丈夫」は立派な人物。「つまらない人間に関わっていると、立派な人に見放されてしまう」。小利にこだ わって大利を失う時です。何があなたにとって本当に大切であるのかを見極めることです。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 ●三6:より大きなもののために小さなものはあきらめなければならない。係丈夫。失小子。隨有求得。利居貞。(じょうぶにかかりて。しょうしをうしなう。したがいてもとむるあればう。ていにおるによろし。)「丈夫」は立派な人物。「小子」はつまらない人物。「立派な人物に関わっていると、つまらない人たちが寄りつかなくなる。立派な人に 従っていれば、求めるものが得られる。貞正を守るのが良い」。まさに「寄らば大樹の陰」で、賢人や目上の人に従って意見を求める時です。先々のことを考え て、冷静に行動することが大切です。 ●四9:あなたの動機はすべてあなたの周囲の者の利益にならなければならない。隨有獲。貞凶。有孚在道以明何咎。(したがいてうるあり。ただしけれどもきょう。まことありみちにありもってあきらかならばなんのとがあらん。)「従って獲物を得る。その行為は貞正であっても凶。だが、誠をもって道を守り賢明であれば何の問題があろうか」。得意先からワイロや リベートをもらうようでは駄目。何かと疑われやすい時なので、気持ちを引き締めて謙虚に社長に従いましょう。 ●五9:最善の期待を胸に行動すれば豊かな収穫が得れるだろう。孚于嘉。吉。(よきにまことあり。きち。)「誠をもって善に従う。吉」。上からも下からも絶大な信頼を置かれています。人間関係のすばらしさがすべてにプラスに作用する時で す。◎大変良い時です。 ●上6:信頼できる人から精神的な援助とあらゆる助力を受けなさい。拘係之。乃從維之。王用亨于西山。(これをこうけいす。すなわちしたがいてこれをつなぐ。おうもちいてせいざんにきょうす。)「拘係」はつなぎ留めること。「西山」は周の岐山のこと。「亨」は祭祀を行うこと。「人心をつなぎ留める。すなわち、民が縄をつけて 引っ張られるように従ってくる。王は西山で祭祀を行う」。団結力が強いのはよいのですが、ちょっと窮屈さを感じる時です。ご先祖を祭りましょう。 「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k17.html
2019.09.21
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キーワード 熱意予。利建侯行師。 (よはこうをたてしをやるによろし。)「予」は喜び楽しむこと。「師」は戦争のこと。「雷地予の時、諸侯を動かして戦争を行っても良い」。雷地予の時は、まるで外国旅行の 準備をしている時のように嬉しく楽しい時です。あるいは春が訪れた時のように喜びあふれる時です。会社でもうきうきするようなこと、たとえば、上司の引き 立てなどがあるでしょう。しかし、怠惰になったり、慢心して脱線しやすい時でもあります。油断大敵です。 〔大意〕雷が地上に嗚りひびくイメージです。予は喜びとか楽しむの意ですから、これは非常に積極的、行動的になることで良い状態になるという、吉の卦と解することができます。人問だれでもそうですが、何かに打ち込んでいるときは、心が豊かだし楽しんでいるものです。そしてそういう情況でしたことは成功を勝ち得ます。ところで、予(ょ)は楽しみであり喜びですが、それは道理に従ってはじ めて得られるものである。道理とはいわば自然の摂理といってもいい。自然に逆らう無理があってはわれわれはほんとうに心の底から楽しむことはできないのです。熱意というのは、その根底に楽しみや喜びのある勤勉のことです。熱意を持って何事かをしているときの状態を思い浮かべてください。そこには不安や心配があるでしょうか。イライラ高ぶった神経があるでしょうか。それはほとんど没我、無我の状態で、しかもさえた判断力と積極的な行動が見られる。わたしたちは、何をするにも熱意を持ってできるような情況をつくる必要があります。それが成功し勝利するための最高の方法論です。「人生をより良くデザインするためには、知識や才能、努力を考えるよりも、心の状態を前向きにすることである」このマーフィー博士の言葉は、熱意というものを持っための心構えを教えています。たとえば「気が乗らないがしなくてはいけない」ことがあったとします。それをそのままの状態ではじめれば、結果はそう良いものにはならないはずです。そういうときは「これをすることが楽しいのだ」と無理矢理にでも 自分に言い聞かせることです。この訓練をつづけていると、あなたはどんな仕事にも熱意をもって取り組めるようになります。 ●初6:あなたの信念は実証されなければならない。鳴予。凶。(めいよ。きょう。)「喜びを外に鳴り響かせるようでは凶」。実力がないのに慢心したり、遊び呆けるようではいけません。他人を当てにしないこと。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 ●二6:風が吹き、雨が降り、洪水が押し寄せても、家が倒れることはない。介于石。不終日。貞吉。いしにかいす。ひをおえずていきち。)「石にかじりついてでも一日中頑張る。貞正にして吉」。蒋介石総統の名前はこの爻辞から取ったものと思われます。誘惑に負けずにひた すら努力する事です。 ●三6:あなたはやってくる機会を受け入れるようにしなければならない。盱予。悔遲有悔。(のぞみをよす。くいることおそければくいあり。)「盱」は上を見上げること。「上ばかり見てへつらい喜ぶ。早く気づかないと後悔することになる」。高望みばかりしているのではありま せんか。身の程を知り、分相応を心がけることです。 ●四9:あなたはあらゆることの繁栄の源を持っている。由予。大有得。勿疑。朋盍簪。(よりてよす。おおいにうるあり。うたがうなかれともあいあつまる。)「寄り集まって喜ぶ。大いに得ることがある。疑わなくとも良い。同志があつまってくる」。あなたを中心にして和気あいあいと喜び集ま る時です。信頼が厚くいい協力者が得られるでしょう。◎大変良い時です。 ●五6:「わたしは偉大な存在から守られている」と確信しなさい。貞疾恒不死。(ていしつつねにしせず。)「貞疾」は持病のこと。「持病のある人は、どれだけ体を労わるのでかえって長生きする」。一病息災、すなわち、うまく行かないことが かえってプラスに働く時です。いずれにしても、雷地予の時、喜ぶばかりでなく、持病の人が用心するように用心に用心を重ねよということです。 ●上6:自分をコントロールする術を身につけなさい。冥予。成有渝。无咎。(めいよなれどもかわりありとがなし。)「冥予」は快楽に溺れること。「渝」は変わること。「快楽に溺れて冥土行きになりそうだ。心を入れ替えれば問題はない」。手遅れにな らないように一刻も早く目を覚ますことです。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k16.html
2019.09.20
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2019.09.20
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キーワード 謙遜、柔和な人謙。亨。君子有終吉。 (けんはとおる。くんしおわりありきち。)「謙」は謙遜、謙虚のこと。「地山謙の時、通じる。君子は終わりを全うすることができる。吉」。この卦は、地の中に山が没しています。高くて、尊いも のが頭を低くしています。実るほど頭を垂れる稲穂のようです。地山謙の精神は消極的では有りますが、世渡りの知恵であり、どっしりとした強さがあり、人生 では最も大切なことです。「能ある鷹は爪を隠す」といいますが、今は表に立たず、謙虚に進んで有終の美を飾るべき時です。 この卦はまた、男子裸身の卦ともいわれます。卦象を見られたらおわかりのとおり、一陽五陰の卦で、一人の男性(陽)に五人の女性(陰)が群がり、とくに人体で股に 当たる三爻の一陽に五陰が取りまいています。したがってこの卦を男子裸身の卦といいます。異性問題にはとくに気をつけましょう。 〔大意〕謙(けん)は謙遜の意。つねにへりくだって人と付含合えば物事はうまくいく。しかし、ここでいう謙遜、へりくだりは卑屈ということではありません。卑屈は、表面的に謙遜しているごとく見えながら、実は謙遜などしていない。自己の欲や打算、コンプレックスの裏返しがとらせる態度です。卑屈には心が正しくないところがある。真の謙遜は相手を認め、また自己も認めてもらおうという円滑な人間交流をするための基本的態度ですマーフィー博士は「謙遜は栄誉に先立つ」というバイプルの言葉を引ぎ、「ほんとうの謙遜は、まず何よりも真理を尊重する。つねにそれを受け入れるのにやぶさかではない。その謙遜のむくいは富であり、栄誉であり、より豊かな生活である」といっています。また、マーフィー博士はこの卦のキーワードとして柔和な人をあげているがこれは潜在意識がもっともよく発揮できる人のイメージです。「柔和な人はさいわいである。彼らは地を受けつぐだろう」地とは現世であり、受けつぐとはあらゆる意味での成功を示しています。実際、柔和な人は幸福な人である。現代はストレスの時代であり、わたしたちはますます柔和な顔を失いつつある。謙遜する前に自己主張をする。それも正しい自己主張ならばいいが、人をやりこめてでも、押しのけてでも目立ったほうが得だといった考え方が大勢を占めている。こんな時代に謙遜だ、柔和だ、では時代に遅れると思う人もいるでしょう。しかし賢明な人は知っているのです。謙遜が栄誉に先立つことを、柔和がいかに人を動かし、自分にとってプラスをもたらすかを。 ●初6:あなたは自分が着きたいと思う人生の地点に向かってすぐに旅立ちなさい。謙謙。君子用渉大川吉。(けんけん。くんしもってたいせんをわたるにきち。)「謙虚に謙虚に努めるならば、大川を渡っても吉」。縁の下の力持ちに徹する時です。このことが、大きな仕事への原動力となるのです。◎良い時です。 ●二6:あなたは精神的にも物質的にも成長しつつある。勝利を確信せよ。鳴謙。貞吉。(めいけんていきち。)「謙虚さが鳴り響いている。貞正にして吉」。あなたの謙虚さが自然に態度に出ています。先輩や上司が目をかけ、引き立ててくれるで しょう。◎良い時です。 ●三6:すべての良いものはあなたのものであると実感しなさい。労謙。君子有終吉。(ろうけん。くんしおわりありきち。)「功労があり、しかも謙虚であれば終わりを全うすることができる。吉」。苦労はあっても必ず報われますから、やり通すことです。とこ ろで、この爻は地山謙の中でもズバリ、あなた(陽)が異性(陰)に囲まれていることを示しています。しかも、三爻は人体では股の所です。異性関係にはよく よく注意のこと。油断すると素っ裸にされる恐れがあります。 ●四6:人はそれぞれ自分自身の重荷を負うべきである。无不利。撰謙。(よろしからざるなし。けんをふるえ。)「よろしい。謙虚さを顔に出すことだ」。謙虚の美徳を大いに発揮する時です。有力者の顔を立てて、助言を求めていけば良いでしょう。 ●五6:他人の欠点を考えることは、自分の中にそれを育てることである。不富。以其鄰。利用侵伐。 无不利。(とまず。そのとなりをもちう。もってしんばつするによろし。よろしからざるなし。)「侵伐」は征伐すること。「富を一人占めにせず、お隣りと仲良くする。いうことを聞かない者は攻め滅ぼしても良い。よろしい」。あな たは謙虚で立派な社長です。しかし、地位を守るためには、時には断固とした処置も必要でしょう。今がその時なのです。 ●上6 :虚栄心の強い人はたえず自尊心を傷つけられる。鳴謙。利用行師征邑国。(めいけん。もってしをやりゆうこくをせいするによろし。)「師」は戦争。「邑国」は自分の国の領地のこと。「謙虚さが鳴り響いている。自国の領地内の戦争ぐらいはしても良い」。内部に対立や 妨害があり、強攻策を取らざるを得ない時です。内部にしっかり目を向けましょう。 「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k15.html
2019.09.19
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キーワード 大量所有大有。元亨。 (たいゆうはおおいにとおる。)「大有」は大いに所有するということ。「火天大有の時、大いに通じる」。 この卦を見ると、天の上に太陽(火)がさんさんと輝いています。そ して、気力、実力ともに充実したあなた(天)の上にも太陽が輝いています。 火天大有の時は、まさに、あなた自身が中天に輝く太陽になったように申し分のない時です。すなわち、お金にしても、地位にしても、世間の評判にしても、大 いに所有できる時で、願いも大いに叶う時ですが、決してうぬぼれることなかれ。現在の盛運はあなたの実力のみでなく、天の助けがあってのことと自覚し、謙 虚な気持ちを忘れないことが、今の素晴らしい幸運を長続きさせることになるのです。 〔大意〕大有とは「太陽が四方をあまねく照らしているさま」で、人間のレベルでは「大いに所有する」という意味です。したがって、この卦は望みが大いにかなうことを賠示していると解することができ、大吉と考えられます。マーフィー博士はこの卦について「あなたはすべての存在から祝福されているから大いに楽しまなければならない」といっています。この場合、あなたは中心であり、主役ですから、あなたは他人への影響ということも考慮しなければならない。我利我欲(がりがよく)によって他を排すれば、吉運は凶運に傾斜していってしまいます。 経済的問題はきわめて上昇することが考えられるが、それだけに欲望のコントロールが大切になってくる。また、自分の行動の成果を自分の才能に帰することはたやすいが、そこに謙虚さがなくなると、やはり吉ではなくなってきます。要するに、すべて順調、思うことはかなえられるという暗示は「…であるから、謙虚にしておごることなかれ」といわれているのと同じことです。平安時代、藤原道長は「この世をばわが世とぞ思う望月の欠けたることのなしと思えば」といったが、満つれば欠けるのが世のつね、思い上がりや油断は禁物です。「われわれ人間は豊かになるように生まれついている」とマーフィー博士はいいます。「いまの現実が経済的に困窮しているのに、豊かになるように生まれついているなんて信じられない」という人は、潜在意識の理論を知らない人です。そう思うことが、そうした現状を招いている事実を知るべきです。富はあなたの中にあるー_|しかしキャッシュカードや通帳をなくしてしまえば、自分の金といえどもおろすことはでぎないのと同様、自分に所有感覚がなければ、あなたは永久に貧しい状態にいなければなりません。 ●初9:どんな種類の否定的な考えを抱くことも拒否しなさい。无交害。匪咎。艱則无咎。(がいにまじわるなし。とがにあらず。なやめばすなわちとがなし。)「有害なものとは交わらないので災いはない。君子、危うきに近寄らずぐらいの気持ちを持って進めば問題はない」。大いに所有する時の スタートをきりました。本分を守って土台をしっかり固めましょう。 ●二9:あなたの中にある力の岩を見出しなさい。大車以載。有攸往。无咎。(たいしゃもってのす。ゆくところありとがなし。)「大きな車に沢山荷を積んでも問題はない」。ロールスロイスに金銀を載せて進んでも問題なし。あなた自身が大きな車のように安定した 力を持っています。大いに実力を発揮しましょう。◎良い時です。 ●三9:何も持たないようで、実はすべての物を持っていると実感しなさい。公用亨于天子。小人弗克。(こうもっててんしにきょうす。しょうじんあたわず。)「諸公が天子に富を捧げるが、小人はよく捧げず、奉公の道を尽くさない」。太っ腹のあなたなら上司の引き立てを得られる時です。ケチ な根性では駄目です。 ●四9:いっさいの事を、愛をもって行ないなさい。匪其彭。无咎。(そのほうたるにあらず。とがなし。)「彭」は強く盛んなこと。「勇み足や驕りたかぶることをしなければ問題ない」。いまや上司を凌ぐような勢いがあります。謙虚に従って いれば安全です。 ●五6:人に対する態度は自分自身に対する態度である。厥孚交如威如。吉。(そのまことこうじょいじょたり。きち。)「交如」は誠の心で接すること。「威如」は威厳があること。「誠があり、堂々と威厳がある。吉」。親しみやすさと威厳が調和している 人には誰もが信頼と尊敬の念を抱くことでしょう。◎良い時です。 ●上9:客観的な判断に気をつけなさい。自天祐之。吉无不利。(てんよりこれをたすく。きちにしてよろしからざるなし。)「天の助けがある。吉でよろしい」。大いに所有し、極めて順調です。天の意思に対しても感謝の気持ちを忘れずに。◎大変良い時です。 「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k14.html
2019.09.18
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キーワード 協力同人。于野。亨。利渉大川。利君子貞。 (どうじんやにおいてす。とおる。たいせんをわたるによろし。くんしのていによろし。)「同人」は同人雑誌の同人、志を同じくすること。「天火同人の時、同じ志を持った者同志が、広々とした野原のように公明正大であれば 通じる。大川を渡っても良い。君子は貞正であれば良い」。天火同人の時は、正々堂々と公明正大に、皆と仲良くして進む時です。たとえば、共同事業などは成 功しやすいでしょう。しかし、私利私欲の固まりのような人なら、天火同人の時のチャンスを活かしきれないでしょう。共同は共同でも、本当に腹を割れるよう な相手と手を結ぶことがポイントです。 〔大意〕「人に同じうするに野においてす」と『易経』には書かれています。これはどういう意味かというと、人とまじわるには公明正大にすることが必要だということです。野にいてする行為は、誰でも目にすることができる、これは人の目があるから悪いことはできない、こそこそするなという意味ではありません。人の見ているところであなたが行動することで他人に評価させよ、他人に己を認めてもらえということです。そうすれば、他人はあなたに協力を申し出る。あなたと一緒に仕事をしたい、あなたの役に立ちたいといってくる。 そういう協力者に逆にあなたも協力することで物事が成就し、あなたは自分の望みを達成することができるというわけです。この卦は「大川を渉るに利ろし」とも書かれています。だから一般的には吉と判断していいでしょう。ただし、条件は人との協力においてということです。したがって、この卦は個人的な事柄よりも多くの人と協力してやる行動についての指針と解釈することができる。むろんそれが個人につながってくることではありますが、単独行動よりはチームワークを必要とする行動のほうに分があると考えていいでしょう。もう一つ大切なのは、集団行動においては個人的な利益や欲望を優先させてはいけないということです。この場合は、集団の利益が個人の利益につながるのですから当然です。自己の利益を優先させるような場合は、この卦の持つ吉は一転して凶へと移行する。易の根本には「変化してやまない」という思想がある。吉がいつまでも吉ではなく、凶がいつまでも凶ではない。このことも記憶しておくことが大切です。何か大きな計画をみんなで決行するのはうまく運ぶと解することができます。 ●初9:歩む道に気を配れ。どんな道を歩もうとも天はそれを知っている。同人于門。无咎。(どうじんもんにおいてす。とがなし。)「門を開けて広く世間の人と交わる。問題はない」。交際を積極的に広げる時です。心の門戸も開いて皆と仲良くしましょう。 ●二6:人と協調する精神の持主は光を得てつまずかない。同人于宗。吝。(どうじんそうにおいてす。りん。)「宗」は身内,親族のこと。「身内,親族ばかりと交際するようではよろしくない」。あなたは自分の殻に閉じこもっていませんか。人を 色分けしていませんか?偏屈な態度を改め、視野を広く持ちましょう。 ●三9:人のことは祝福してやって、他のことに思いわずらうな。伏戎于莽。升其高陵。三歳不興。(じゅうをもうにふくす。そのこうりょうにのぼる。さんさいおこらず。)「戒」は兵、「莽」は草むらのこと。兵を草むらに伏せ、高い丘に登って偵察する。兵を挙げるのは三年間はとても無理だ」。雌伏三年の 気持ちで頑張る時です。上司に謀反など起こしても実りません。身の程知らずの野心は失敗の元です。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 ●四9:他人を認めなさい。そうすればあなたも認められる。乘其[土庸]。弗克攻。吉。(そのかきにのる。せむるあたわず。きち。)「垣」は城壁のこと。「城壁に登って中を視察した。とても攻め入ることが出来ない。悟って手を引けば吉」。今、あなたのやろうとして いることは、あなたの力量を超えています。すなわち、高望みというものです。深追いせず諦めるのが賢い時です。 ●五9:良い人間と行なえば良い行ないとなる。同人先号[口兆]而後笑。大師克相遇。(どうじんさきにはごうとうしてのちにわらう。だいしかちてあいあう。)「号[口兆」」は泣き叫ぶこと。「大師」は大軍のこと。「天火同人の時、最初は泣いたりわめいたりすることがあるが、後には笑うこと ができ る。つまり大軍を出して戦に勝ち、やっと仲間と会うことができるからだ」。滞っていた難問がやっと解決する時です。積極的に動きましょう。最後に笑うのは あなたです。◎大変良い時です。 ●上9:人の過去を問うな。人の未来を思うな。いまの評価がすべてである。同人于郊。无悔。(どうじんこうにおいてす。くいなし。)「郊」は郊外、田舎のこと。「同士が郊外に集まった。悔いはない」。会社勤めの人は、本社で出世しようなど考えず、地方の支店で満足 すべき時です。無理は禁物、退く方が無難です。 「マーフィの易易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k13.html九四。乘其墉。弗克攻。吉。○九四。其の墉(かき)に乗(のぼ)る。攻(せ)むる克(あた)わず。吉。六二と志を通じようと欲して、九五を討つべく城の垣根に登って形勢を窺(うかが)う。九五の権勢は強く、とても勝ち目がないことを覚(さと)る。己の分を知り、不義を恥じて改心(之卦)すれば禍(わざわい)転じて福となす。象曰、乘其墉、義弗克也。其吉、則困而反則也。○其(そ)の墉(かき)に乗(のぼ)るは、義、克(あた)わざるなり。其の吉なるは、則(すなわ)ち困(くる)しみて則(のり)に反(かえ)ればなり。城の垣根に登って形勢を窺う。大義に欠けているので勝ち目はない。不義を恥じて改心すれば禍転じて福となす。不義の自分を心から恥じて悶々(もんもん)と苦しみ、正しい道に復(かえ)るのである。(占)この爻が出たら、今やっていることの他に希望していることがあって、どうすればよいか、いろいろと考えているが、すでに他の人に先を越されている(自分が希望していることを、先駆けて行なっている)という時である。そこで、今は自分が希望していることを行なうことはできない時だと悟り反省して、自分の志を転換させれば、吉運を招き寄せるであろう。○高い所に登って大衆を指導する時である。○事を成し遂げることが難しいことを悟って中止する時である。○諺に云う「骨折り損のくたびれもうけ」という時である。(占例)友人がやって来て、次のように言った。「今、一つの事業を立ち上げようと思っている。そこで、その事業の吉凶と成敗を占ってほしい」と。そこで占筮したところ、同人の四爻が出たのである。易斷は次のような判断であった。同人の卦は、天下の大衆が志を同じくして事を為し遂げようとする時ゆえ、事業内容は公益に資するものと知っておくべし。九五という権力と資金力を具えた者と六二という明智と聡明さを具えた者とが、陰陽相応じて事業を成し遂げるのである。けれども、九三と九四という二つの爻は、九五と六二の間に存在しているので、九五と六二の関係を羨ましく思って、九五と六二が取り組もうとしている事業を妨害して、九五に取って代わって六二に取り入ろうとするのである。今回は、あなたが立ち上げようとしている事業を占って四爻が出たところから推しはかると、あなたは誰かが取り組もうとしている事業を羨ましく思って、その事業を妨害して、その人から事業の権利を奪い取ろうと考えているのではないか。けれども、その人にはその善からぬ企みを隠して、自分に近い立場の九三と組んで、その人から事業の権利を奪い取ろうとしているのではないだろうか、いかがであろう。爻辞に「墉(かき)に乗(のぼ)る。六二と志を通じようと欲して、九五を討つべく城の垣根に登って形勢を窺(うかが)う」と書いてあるように、城の隙間に隠れて敵の様子を窺っているように、高い所に居を構えて隠れて悪しきことを企てているのではないか。けれども、そのような悪しき企ては結局、成し遂げることはできないので、今のうちにそのような悪しき企ては捨ててしまうにこしたことはない。このことを「攻(せ)むる克(あた)わず。吉。九五の権勢は強く、とても勝ち目がないことを覚(さと)る。己の分を知り、不義を恥じて改心(之卦)すれば禍(わざわい)転じて福となす」と云うのである。諺に云う「骨折り損のくたびれもうけ」というような時である。所詮うまくいかないことを実行しようとして、苦労だけ重ねることになる。このことを象伝に「則(すなわ)ち困(くる)しみて則(のり)に反(かえ)ればなり。不義の自分を心から恥じて悶々(もんもん)と苦しみ、正しい道に復(かえ)るのである」と云っているのである。その後、伝え聞くところによると、易占の通りになったということである。
2019.09.17
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キーワード 停滞否。之匪人。不利君子貞。大往小来。 (ひはこれひとにあらず。くんしのていによろしからず。だいゆきしょうきたる。)「否」は否定の否で、塞がって通じないこと。「天地否の時には人の道がまともに行なわれない。君子がいかに貞正を守って事を行なおう とし ても、行なえない。大人が追い出され、つまらぬ小人がのさばっている時だからである」。天地否の時は正しいことや常識が通じず、まさに「不毛」の時です。 ま た、人との不和も多く、生活も思わしくなく、孤独な時です。このような時は正論は控え、つまらない者とは極力関わらないことです。会社でも派閥抗争に加 わったり、業者からワイロをもらったりしないことが肝要です。 〔大意〕この卦は地天泰(ちてんたい)の反対で『易経』「大往き小来る」と書かれている。否は否定の否であり、通じない、ふさがることです。自分の希望や計画がなかなか達成しないことを暗示しているわけです。すべてが正常な状態ではなく、かりに自分で正しい、絶対に大丈夫と思うことでもなぜかだめになる、俗にツキがないというのがこれです。一体こういうときにはどうしたらいいか。 ついてないのだから、消極的になったほうがいいか。たし気がおとろえているのだから、行動においてはひかえ目であることは必要ですが、心が消極的になるのはまちがいです。「一度あなたの理想を設定したら、怒りとか批判とか悪罵(あくば)とかを問題とせずに、それに忠実でいることである。あなたの心の掟と、善意、正直、誠実に基づいた生活の型に断固として忠実でありなさい」というマーフィー博士のこの卦に対するメッセージは、ツキのないときどう対処したらよいかを教えてくれています。 つきのなさ、運の悪さを口にすることは、潜在意識の働きを否定することです。潜在意識はそれでも忠実に慟きますが、その方向はあなた自身がいま口にしているツキのなさの方向なです。このメカニズムはたいへん恐ろしい。あなたは不運を望むつもりはなくても、自分自身でそれを望んでいるのと同じことだからです。この卦の持つキーワード「停滞」は、あなた自身を試すものといってよいかも知れません。逆境、苦労の多いときにあなたは何を考え、どう行動をするのか。そこで必要になってくるのは知識ではなく知恵です。苦労が人を育てるという言葉を思い出し、勇気をもって現状打開に取り組むことです。 ●初6:黙想と祈りのとき、偉大な力を信じてそれに委ねよ。抜茅茹。以基彙。貞吉。亨。(ぼうをぬくにじょたり。そのたぐいをもってす。とおる。)「茅」はイネ科の多年草。「茹」は草の根が連なること。「彙」は仲間のこと。「茅を抜くとその根が連なって抜けるように、仲間と協力 することだ。貞正にして吉。通じる」。チームワークを大切にする時です。天地否の時、悪い仲間の誘惑もあるでしょう。そうした者たちとズルズルと行動をと もにして一網打尽の憂き目に遭わないよう用心することです。 ●二6:ヘつらう者、口のうまい者に気をつけよ。包承。小人吉。大人否亨。(ほうしょうす。しょうじんはきち。たいじんはひにしてとおる。)「包承」は他に包み込まれ従うこと。「得体の知れない者がはびこる時、このような者に素直に従って小人は吉かもしれない。だが,大人 はキッパリと付き合いを断って,通じる」。能ある鷹は爪を隠すべき時です。自分の信ずる道を守りましょう。 ●三6:もがくな。もがけばもがくほど転落は早められる。包羞。(はじをつつむ。)「恥ずかしいことを包み隠している」。内部に問題を抱えている時です。やましい秘密を隠し持っていたり、まだ、下心を持って人に接し ていたら、信用を失い孤立してしまいます。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 ●四9:内なる力に呼びかけよ。有命无咎。疇離祉。(めいありとがなし。たぐいさいわいにつく。)「疇」は同類のこと。「離」はつくこと。「天命に従っていけば問題はない。志をおなじくする者と協力することでお互いに幸せにな る」。会社の中では上司の命令に良く従うべき時です。幸せを皆で分かち合うような広い気持ちで過ごすことです。◎天地否の中では良い時です。 ●五9:自然にさからうな、自然はまちがいをおかさない。休否。大人吉。基亡基亡。繋于苞桑。(ひをきゅうす。たいじんはきち。それほろびんそれほろびんとす。ほうそうにつなぐ。)「苞桑」は桑の木の根元のこと。「天地否の状態が止んだ.大人ならば吉である。しかし、亡びるかもしれない、亡びるかもしれないと桑 の木の根元につなぎ止めるように慎重に行動することだ」。台風の目に入ったような時です。すなわち、ここにきて一息つけますが、ゆめゆめ油断することなく 警戒を緩めないことです。 ●上9:心を静め、時分を自然と調和させよ。傾否。先否後喜。(ひをかたむく。さきにはふさがりのちにはよろこぶ。)「天地否の時が傾いた。初めは塞がっていても、後には喜ぶことになる」。 闇の中に光が差し始め、先が見えて来ました。苦しみ転じて喜びとなる時です。◎天地否の中では良い時です。 「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k12.html
2019.09.16
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キーワード 平和泰。小往大来。吉亨。 (たいはしょうゆきだいきたる。きちにしてとおる。)「泰」は安泰、通じるということ。「地天泰の時、つまらぬ小人(しょうじん)が出て行き、大人(たいじん)が寄ってくる。吉にして通 じる」。地天泰の時は、君子が集まり、小人が去ったような時です。人間関係も和気あいあいと協力的で、万事がスムーズに運びます。万事順調の時です。めで たくて平和であるこの卦は、易者の看板のシンボルとなっています。 しかし、天下泰平の時は、いつの世も長く続くわけではありません。「盈つれば食(か)ける」のが世の常です。謙虚な気持ちで現状維持を心がけ、現在の安泰 の時をできるだけ永続きさせるようにしましょう。 〔大意〕これは易では良い卦の一つです。『易経』には「泰は、小往き大来る」とあり、運勢学的には非常な盛運に当たる。自信をもって事に対処していいときです。すべての点であなたは恵まれています。では、この運の昇り調子は何に支えられているかといえば、それは泰です。泰には安泰、やすらかといった意味のほかに「通じる」という意味もある。ここでいう「通」は意志の疎通の通であり、いわば他人との関係がうまくいくことで、あなたの心は安泰となり、それがすべての幸運の基になっているということです。「あなたの心が平和であり、神と調和しているときには、あなたは家庭、事業など、あなたの人生のあらゆる面において平和を見出すだろう。しかもそれだけでなく、あなたはあなたがもっとも望んでいる願望を獲得するだろう」これはマーフィー博士のこの卦に対するメッセージですが、博士がいう乎和は、すべてが順調に運んでいることによって得られるものと考えられます。人間はどんなときに平和になれるか、心の平安が得られるかといえば、それは問題や困難がないことではなくて、 それに勇気をもって対処できるときです。いわばすべての事柄についてやる気を失わないで、忍耐強く取り組んでいけるとき、人間は自己に自信を持ちます。そしてその自信が物事を成就させるのです。よく「何々がどうなれば自分もどうこうする」と注文をつける人がいますが、そういう人は永久に注文をつけ続けている。条件付きで何かをしようとする人は条件なしでは何もできないのではなく、本音はしたくないのです。潜在意識の力を発揮させるためには、何よりも先に自分の心を安定させることなのです。 ●初9:そのなすところはみな栄える。抜茅茹。以基彙。征吉。(ぼうをぬくにじょたり。そのたぐいをもってす。ゆけばきち。)「茅」はイネ科の多年草。「茹」は草の根が連なること。「彙」は仲間のこと。「茅を抜くとその根が連なって抜けるように、仲間と協力 して前進すれば吉」。チームワークをフルに活用することでうまく行く時です。◎良い時です。 ●二9:外部現境を変えるのは、自己が変わることによってのみである。包荒用馮河。不遐遺。朋亡得尚于中行。(こうをいるひょうかをもちう。かいせず。ともほろぶればちゅうこうにあうことをう。)「荒」は荒野。「馮河は徒歩で大河を渡ること.。「遐遺」は遠きを残す、すなわち遠くの人を忘れること。「朋亡」は私情にとらわれな いこと。「中行」は正しい道。「荒野を開拓し、徒歩で大河を渡るような度量と勇気があり、遠くの人を忘れずに、私情にとらわれないで中道を得る」。思い 切って実行に踏み切って良い時です。細心の注意と気配りに基づいた勇断であるべし。◎良い時です。 ●三9:あなたの心の動きに注意せよ。すべてはそれが決定しているからだ。无平不陂。无往不復。艱貞无咎。勿恤。基孚于食有福。(たいらにしてかたむかざるなく。ゆきてかえらざるなし。かんていなればとがなし。うれうるなかれ。それまことならばしょくにおいてさいわいあり。)「艱貞」は困難に耐えて貞正を守ること。「食」は欠け、衰えること。「平らなものは傾かないということはなく、往ったものは帰ってこ ないということはない。困難に耐えて貞正を守っていれば問題はない。心配しなくとも良い。誠があれば衰えの中にも幸いがある」。栄枯盛衰は世の習い、治に 居て乱を忘れぬ態度で日々精進すれば、見ている人はちゃんといるものなのです。 ●四6: 安易に援助の手をさしのべるな。それは相手の自尊心や自発性を奪うことだ。翩々不富。以基鄰。不戒以孚。(へんへんとまず。そのとなりをもってす。いましめずしてもってまことあり。)「翩々」はひらひらと飛ぶ様子。「戒」は警戒し疑うこと。「鳥がひらひらと飛ぶように、自分の富は心にもかけずに隣人と協力し合 う。警戒することなく誠を持って対することだ」。自分は金持ちだなどと威張らずに、お隣りとも真心をもってよく付き合うときです。謙虚さが大切。 ●五6:人との約束はすべて調和と善意に基づいたものであるべきである。帝乙帰妹。以祉元吉。(ていおつまいをとつぐ。もってさいわいありげんきち。)「帝乙」は殷の紂王の父。「帝乙が妹を優秀な臣下に嫁がせた。このようであれば幸いを得られ大いに吉」。いろいろな人と良い関係の作 れる時です。部下にもすばらしい人材がいます。人の力を借りて目的が果たせる時、また果たすべき時。◎大変良い時です。 ●上6:心の中で難問に手向うことをひかえよ。そうすれば解決は向こうからくる。城復于隍。勿用師。自邑告命。貞吝。(しろからぼりにかえる。しをもちいるなかれ。ゆうよりめいをつぐ。ただしけれどもりん。)「隍」水の渇れた濠。「師」は戦争。「邑」は村。「城壁が崩れ去って元の隍に復ってしまった。出兵してはならない。命令が村から出さ れるようでは貞正にしていても恥をかくことになる」。屋台骨が折れ、せっかく築き上げてきたものがガラガラと無残に崩れ去る時です。会社も家庭も統制がな くバラバラです。あなたが上司であるならば、部下に信頼されずに命令が無視されてしまうでしょう。◎あなたの考え方、進み方に大きな欠陥があります、よく反省し、方針の転換をしましょう。 「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k11.html
2019.09.15
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キーワード 踏む(導く)虎 の尾を履むような危険な時履虎尾。不咥人。亨。 (とらのおをふむ。ひとをくらわず。とおる。)「履」は草履の履で踏む、実践するということ。「天沢履の時、虎の尾を履むような危険はあるが、人に噛みつくことはない。通じる」。 この卦の上卦・天は怖いおやじ、下卦・沢はか弱い少女を意味し、剛健なも のに柔弱なものがそろりそろりと従っている姿です。天沢履の時は、危険がいっぱいの時ですが、虎の尾を履むような気持ちで自分を先立てず、先輩や上司の意 見に従って進むことです。そして、「親しき中に礼儀あり」で、いかなる時でも礼儀を失わず、人の道を履み行うことです。 なお、天沢履は女子裸身の卦ともいわれます。すなわち、卦象を見たらおわかりのとおり、一人の女(陰)が五人の男(陽)を三爻の股の所で相手にして いる姿です。異性問題にはとくに気をつけましょう。〔大意〕「虎の尾を履むも人を…」と『易経』にある通り、これはかなりの危険を暗示しています。虎とはあなたから見て、とてもかなわない強大な力を持った存在のことです。しかしそのような存在に対しても、自分が理にかなっていれば、何も恐れることはないし、あなたの敵になったり、破滅させたりすることはないーーーということです。履( )は人間としてつねに踏むべき道のことを意味しています。必要なのは節です。たとえば目上の者に対する礼節ということもその一つです。また同輩に対する節度ある接し方、自分が優位な場合でもひかえ目な態度をとる、といった基本的礼節は、すべての人間関係において欠くことのできないものです。自然界では弱肉強食の原理が働いている。しかし、そこには目に見えない別の法則性もあるということを知る必要があります。強いから勝つ 弱いから負けるといった単純なものではない。強いと見える者が実は弱者で、弱いと見えた者が実は強者であったーこうした逆転はしばしばおこっている。なぜそれが可能かといえば、虎の尾を踏んでも大丈夫な人がいるからです。そういう人は、むしろ虎に近づかない者よりずっと可能性は広がる。それによって、柔が剛を制する方法論を学ぶことができるからです。人生にとっていちばんマイナスなのは無意味な恐怖心です。では、恐怖心をなくすにはどうしたらいいか。アメリカの詩人ニマーソンはこういいました。「あなたがいちばん恐れていることをしなさい」逃げたり、避けたりしていては、一生を消極的な形で暮らさなければならない。勇気も確信も忍耐も自信も永遠に獲得することはできない。この卦は積極人生を選択することをすすめている。と同時に、その方法論として礼節を重んじ柔軟、同和の精神を持てということです。●初9:理を重んじる者には幸いがおとずれる。素履。往无咎。(そりゆきてとがなし。)「飾り気なく素直に進めば問題はない」。あるがまま、あなたらしさを大切にする時です。●二9:己に忠実であれ。そうすればあなたは決して誤たない。履道坦坦。幽人貞吉。(みちをふむたんたん。ゆうじんていにしてきち。)「幽人」は山の中に隠れ住む人のこと。「坦々と道を行く。一人、心静かに世捨て人の如く、貞正にしていれば吉」。周囲の雑音に惑わ されず、我が道を行く時です。本業を守り、表立った行動は差し控えましょう。引っ込むが正解。●三6:自分の良 いところに目を向けよ。眇能視、跛能履。履虎尾。咥人。凶。武人爲于大君。(すがめよくみる。あしなえよくふむ。とらのおをふむ。ひとをくらう。きょう。ぶじんたいくんとなる。)「眇」は片目が悪いこと。「跛」は片足が悪いこと。「目が悪いのに充分に見えるふりをし、足が悪いのに充分に歩けるふりをして進む。 こういう具合なので虎の尾を履(ふ)んでしまい、ガブリと噛み付かれる。凶。並みの武人が総大将になったようなものだ」。実力もないのに、自信過 剰で大言壮語しているような時です。この世の中、空いばりが通用するほど甘くはありません。ところで、この爻は天沢履の中でも、ズバリあなた(陰)が異性 (陽)に囲まれていることを示しています。しかも、三爻は人体では股のところです。異性関係にはよくよく注意する必要があります。油断すると素っ裸にされ る恐れがあります。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。●四9:つとめて良いわざを心がけなさい。履虎尾。愬愬終吉。(とらのおをふむ。さくさくたればついにきち。)「愬愬」は恐れ慎むこと。「虎の尾を履んでしまった。怖れ慎んでいれば最終的には吉」。危険いっぱいの時ですが、気を抜かずに慎重な 態度を貫けば大丈夫です。◎良い時です。●五9:あなたの決定は賢明なものでなければならない。夬履。貞厲。(ふむことをさだむ。ただしけれどもあやうし。)「夬」は決断、決行のこと。「堂々と進むことを決断する。貞正にしていても危うい」。礼儀正しく進む時です。独断専行は危険です。●上9:最善を期待し最善を尽くすことがあなたの役目である視履考祥。其旋元吉。(ふむことをみてしょうをかんがう。それめぐればげんきち。)これまで行ってきたことを振り返り、じっくり反省する。誤った道を進んできたのなら立ち帰って大いに吉」。過去の経験を生かし、将来 の目標を定める平安な時です。他の人の意見や前人の行ないも参考にすること。◎大変良い時です。「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k10.html
2019.09.14
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キーワード 抑制 渋滞に巻き込まれたような時小畜。亨。密雲不雨。自我西郊。 (しょうちくはとおる。みつうんあめふらず。わがせいこうよりす。)「小畜」は少しとどめること。「風天小畜の時、通じる。厚い雲が立ちこめてきたが、雨はまだ降ってこない。やがて、西のほうから降り だすことだろう」。風天小畜の時は周囲の状況が悪く、うまくいきそうでいかず、進めそうで進めない。すなわち目的地の手前で車の渋滞に遭ったような時で す。このような時は、何事も時期を得ていないわけですから、いたずらに前進しないことです。しばらくは学問などに打ち込み、コツコツと実力を蓄えて機が熟 する日を待つことです。〔大意〕畜(ちく)はとどむの意で、障害をあらわす。ただし小畜なので、その障害は大きなものではない。したがって、確信をもって忍耐努力すれば願望は成就することになります。障害はあなたの目の前に現われてきます 障害は取り除かねばなりません。しかし、真の障害物は何かといえば、それは目に見えないもの、それもあなたの心の中にひそんでいる悪い習慣です。それが克服できれば、他のいかなる障害も、克服できないものは一つもありません。障害や困難はどんな人にもやってきますが、それは「絶対に解決できないことはない」とマーフィー博士はいいます。なぜですか。それはいかなる困難も障害も、その人に見合った(解決可能なもの)かたちでしかやってこないからです。ヒラ社員に社長の悩みはないし、政治家の悩みをそうでない人間が持つことはない。金持は税金の心配をしているが、庶民はそんな心配はしない。親は子供の心配をするが、子供は子供の心配をしない。このように、障害も困難もすべてその人の境遇において立ち現われる。だから解決できないということは絶対にないのです。あるのは「とても無理だ」というその人のあきらめの気持だけです。さて、この卦では困難や障害は避けられないが、それは大きなものではなく、やがてはかなえられるとしています。「密雲あれど雨降らず」ひと雨くるかと思って準備をしていたら雨雲はたれこめたが、結局、降りはしなかった。本当に降ると思って外出をあきらめた人は.バカを見る。あせらず、あわてず、あきらめず、忍耐と努力が必要なのはこういうときです。何か計画を実行しているようなとき、まくいきそうなのに、小さな障害が出てなかなか先に進めない。こういうときはイライラしたりすることなく、どっしりと構えることです。●初9:すぐに歩むものは、良い物に拒まれることはない。復自道。何其咎。吉。(かえるみちよりす。なんぞそれとがあらん。きち。)「途中で引き返す。何の問題があろうか。吉」。手を出しかけてハッと我に返る。風天小畜の時に適った正しい選択です。平常心を取り戻 して、現状維持といったところ。●二9:どんな場合でも物事を強いようとしてはならない。牽復吉。(ひかれてかえるきち。)「友人に引かれて帰る。吉」。持つべきものは良き友人です。人の意見に素直に従いましょう。◎良い時です。●三9:感情を静め、あなたの内なる声に耳を傾けない。輿説輹。夫妻反目。(よふくをとく。ふさいめをそばむ。)「輿」は車、「輹」は車軸のこと。「車の車軸が外れて車が壊れてしまい進めない。夫婦でケンカするようなものだ」。内部分裂がもと で、大切なことが台無しになる時です。夫唱婦随の精神を見習って、強引さ性急さを控えること。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。●四6:他の者に支配されてはいけない。有孚。血去愓出。无咎。(まことあり。ちさりおそれいず。とがなし。)「愓出」は危険が去る意味。「誠がある。血や膿が出てしまって恐れも去った。問題はない」。誠意を尽くせば、難問が解決しうる時で す。慌てないこと。●五9:志の堅固な者は守られる。有孚。攣如。富以其隣。(まことあり。れんじょ。とみそのとなりをもってす。)「攣如」は手を取り合うこと。「誠があって、手を取り合うようにしっかりと心を合わせて相親しむ。富も隣人と分け合う」。成功は皆で 喜ぶもの、共存共栄の時です。◎大変良い時です。●上9:すべてには時がある。心を安らかにしてそっとしておくことである既雨既処。尚徳載。。婦貞厲。月幾望。君子征凶。(すでにあめふりすでにとどまる。とくをたっとびのす。ふはただしけれどもあやうし。つきぼうにちかし。くんしゆけばきょう。)「望」は満月のこと。「ついに雨が降って、その恵が行き渡るように、徳も、車に戴せるぐらいに盛大になった。このような時、本来,陰 であるべき婦人が貞正にしていても危うい。月が満月に近づいて輝きを増し、一層歯止めが効かなくなった。こうした時には、君子であっても進むことは 凶」。目的をすでに達成したのに、まだ不満足で進もうとしている時です。これ以上の欲は出さずに、有終の美を飾りましょう。「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k9.html
2019.09.13
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キーワード 結合仲 良く和気あいあいと進む時比。吉。原筮。元永貞无咎。不寧方来。後夫凶。 (ひはきち。ぜいにたずねげんえいていにしてとがなし。やすからざるものまさにきたる。こうふはきょう。)「後夫」は遅れる人の意味。「比」は親しむこと。「筮」は占い、天の意志のこと。 「水地比の時は吉。人と親しむに当たっては、筮に尋ね、すなわち天の意志を伺い、大いにいつまでも貞正を保てば問題はない。ただし、こういう親しむ時に は、心が安らかではない者まで親しもうとしてやって来る。とくに、遅れてやって来るような者は、打算的で信用できず凶」。この卦が出たら、人の助けが得ら れる時です。大いに人と親しみ、協力関係を築くことです。しかし、善にも悪にも見境なく親しみやすい時ですから、交際する人の選択には注意しましょう。ま た、水地比の時には、競争の多い時でもありますから、あなた自身も人に遅れをとることなく、機先を制することがポイントです。その場合も、仲良くすること を念頭に置くこと。 〔大意〕「比は、吉なり」と『易経』にあるように、この卦は幸運をあらわしていますが、そのボイントは人とのコミュニケーションがうまくいくことにあります。人のあなたへの高い評価、人との協力によって、あなたの計画は遂行され、成功するのです。そのために、あなたがすべきことの最善の策は何でしょうか。それは他人との付き合い方でしょうか。マーフィー博士は「そうではない」といっています。「人間関係で悩んでいる人は、他人との折り合いの悪さで悩んでいるのではない。自分との折り合いの悪さに悩んでいる」のです。したがって、まずすべきことは自分と折り合いをつけることである。自分と折り合いがつけば、自然に他人との付き合いもスムーズにいくようになります。また、現実に自分が自分で考えて好ましいものでないなら、理想の自分、「かくありたい自分」というものを想定し、その自分と接することです。人問関係には「類友の法則」というのがあって、似たもの同士が集まってくる。これは自然の世界でも、たとえば植物の分布などを見ればわかります。動物でも同じです。人間の場合もこの自然の法則は適用されているのです。だから、自分の周囲に集まってくる人間のタイプを知れば、自分がどんな人間であるかがわかります。それがもし好ましいも のでないとぎはまず自分に問題があると思い、あなたは現実の自分より理想の自分と付き合うようにすべきなのです。子供が問題を起こしたようなとき、よく周りが悪い、友達が悪いといったいい方をする親がいますが、客観的にそれは事実であったにしろ、原因を他に求める姿勢そのものが問題です。いかなる事柄も、自分に起きたことは自分の内部にその原因があるのです。 ●初6:行いと真実をもって他人を愛せ。有孚比之无咎。有孚盈缶。終来有他吉。(まことありてこれにひすとがなし。まことありてふにみつれば。ついにきたりてたのきちあり。)「缶」は酒を入れる土器のこと。「他」は思いがけないの意味。「誠をもって親しく交わる。問題はない。その誠が素朴な土器に満ちるよ うに豊かであれば、ついには思わぬ喜びもえられる」。あなたの飾らぬ真心、努力が人を動かし、予想外の喜びが訪れる時です。◎良い時です。 ●二6:すべての人に好意と活気をふりまけば、あなたの繁栄は約束される。比之自内。貞吉。(これにひするうちよりす。ていにしてきち。)「心の中から親しくする。貞正にして吉」。あなたの方から誠意を尽くして親交を求めるなら、良い援助の得られる時です。◎良い時です。 ●三6:自分の家族を苦しめる者と付き合うな。比之匪人。(これにひするひとにあらず。)「普通の人とは思えぬような得体の知れない者ばかりと親しくする」。とても正常な状態の時とはいえません。あなたの親しくしている 人、あなたがやろうとしている事など、思い当たることはありませんか?◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 ●四6:いつも、ほどよく塩で味つけられたやさしい言葉を使いなさい。外比之。貞吉。(ほかこれにひす。ていにしてきち。)「外部の者とも親しくする。貞正にして吉」。たとえば、職種に関わらず交際することは自らの教養を高め、視野を広めてくれることで しょう。目上の助力を求めることです。◎良い時です。 ●五9:正し い者の願いごとはかなえられる。顯比。王用三驅失前禽。邑人不誡。吉。(ひをあきらかにす。おうもってさんくしてぜんきんをうしなう。ゆうじんいましめず。きち。)「禽」は獲物、「驅」は馬を走らす意味。「邑人」は村人、「誡」は警戒し疑うこと。「水地比の道を明らかにする。王が狩の時に三方か ら獲物を追い詰め、前方より逃げる獲物は逃がす。去るものは追わずの姿勢であれば、村人は警戒心を起こさない。吉」。完璧さをしつこく追い求めず、寛大な 気持ちで接することが大切です。腹八分目を心がけましょう。◎良い時です。 ●上6:心の中の混乱は失敗と損失を招く。比之无首。凶。(これにひすしゅなし。きょう。)「首」は主のこと。「親しくしようにも主たる相手がいない。凶」。 仲良くすべき時に、天の意思に背き、とうとう人から見放されたような時です。あなた自身も、“クビ”の憂き目に遭うかもしれません。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k8.html
2019.09.12
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キーワード 軍隊師。貞。丈人吉。无咎。(しはただし。じょうじんはきち。とがなし。)「師」は師団の師、すなわち戦争のこと。「丈人」は器の大きな人のこと。 「地水師の時、貞正でなくてはならない。実力のある司令官に率いられるなら吉。問題はない」。地水師の時は、職場でも家庭でも争い事が多く苦労の絶えない 時です。この卦が出たら、集団の争い、戦争を意味するとともに、集団を動員するための大義名分と集団を率いるしっかりとした指導者が必要であることを表わ し ます。各爻では、戦争の時の指導者の対処法が場面に応じて解説されています。 〔大意〕師(し)は戦争、軍隊、兵をあらわす。『易経』には「師は、貞なり。丈人なれば吉にして咎なし」と書かれています。これをもって人と争う、戦争をしてよいと解釈することはできません。マーフィー博士によれば、軍隊とは「あなたの心の中にあるいろいろな考えアイデア、意見、信念、心象をあらわしている」からです。つまり軍隊とは、自分の心の中で訓練され、制御された外へ向かうエネルギーと解すことができます。あなたの心はあなた自身の指導者であり、また兵卒でもあります。兵よく働くためには、指導者がしっかりしていなくてはならないわけです。真の指導者であるためには、つねに正しくなければなりません。大切なのは良いこと悪いことを選別する能力で、これができて最終的に選り分けられた事柄が潜在意識に送り込まれて、あなた自身の兵卒の資質となるのです。一般的にこの卦は危険や困難をあらわしますが、それは消極的になれということではなく「正しければ吉」ということです。『易経』にある「丈人なれば吉」とある丈人とは長老のことで、良くでできた人に率られた軍隊なら、その戦いは正しく、勝利を得ることができるという意味です。勇気をもって敢然と問題に立ち向かうことが大切だが、同時に熟慮し、困難や苦労にくじけてはならない。そのためには永遠の真理をはぐくみ、あなた自身の心の中の雑多な仲間をそこに導かなければなりません。問題の解決に失敗するのは、ほとんどの場合、自己に確信が持てないからで、ゆるぎない信念で事に当たれば、いかなる難間といえども勝利することができる。実際の行動の前にあなた自身の心の中で行なわれたことが勝敗のカギをにぎっているのです。 ●初6:宇宙、自然の秩序にさからってはならない。師出以律。否臧凶。(しいずるにりつをもってす。よきにあらざればきょう。)「戦争の時は規律が第一である。規律が守られなければ凶」。あなたの生活態度、勤務態度が緩んでいるのではありませんか。出足が肝 腎。まず、規律を正すことです。 ●二9:偉大なる存在に相談しなさい。あなたには大いなる知恵がさずけられる。在師中吉。无咎。王三錫命。(しちゅうにありきち。とがなし。おうみたびめいをたまう。)「有能な指令官が中心にいる。問題はない。王から三度も命令が下る」。この卦で唯一の陽で、有能な司令官であることを示します。信頼 と引き立てをバックに、大いに能力を発揮できる時です。◎良い時です。 ●三6:心の共同墓地をつくってはいけない。死人は死人にして葬らせよ。師或輿尸。凶。(しあるいはしかばねをになう。きょう。)「尸」は屍のこと。「戦争をして屍を車に載せて帰る。凶」。認識が甘く、実力も不足しているので、負け戦は見に見えています。病気や 大ケガにも用心しましょう。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 ●四6:悪くなるまで待ってはならない。ただちに最善の策をはじめよ。師左次。无咎。(しさじす。とがなし。)「左次」とは退くこと。「前線から退く。問題はない」。退却も立派な戦の道です。今は一歩退いて静観すること。 ●五6:恐怖、怒り、恨み、復讐心に心を支配させてはならない。田有禽。利執言。无咎。長子師師。弟子輿屍。貞凶。(かりにきんあり。しつげんによろし。とがなし。ちょうししをひきう。ていししかばねをになう。ただしけれどもきょう。)「禽」は賊。「長子」は能力のある人。「弟子」は能力のない小人のこと。「田を荒す賊がやって来た。命令を発したほうが良い。問題は ない。優れた人物はよく軍を率いる。小人に任せるなら、屍を担って敗走することになるので、貞正であっても凶」。妨害の多い時です。作戦としては優秀な参 謀を選んで一任することです。 ●上6:誠実と正直と信念があなたを勝利に導く。大君有命。開国承家。小人勿用。(たいくんめいあり。くにをひらきいえをうく。しょうじんもちうるなかれ。)「大君は、戦争に勝って功労者を諸候に任じる。国を開いて家を興させる。小人は登用してはならない」。戦い済んで、論功行賞の時で す。功労があっても、責任ある立場につかせる人物は、良く選ぶことです。小人は小人にすぎません。◎良い時です。 「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k7.html
2019.09.11
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キーワード 争い訟有孚塞。惕中吉。終凶。利見大人。不利渉大川。(しょうはまことありてふさがる。おそれてちゅうすればきち。おわればきょう。たいじんをみるによろし。たいせんをわたるによろしからず。)「訟」は訴える。「惕」は天命を尊重すること。「天水訟の時、誠があっても塞がって通じない。天命を尊重して中止するなら吉。最後ま でいい分を貫こうとすれば凶。有識者に相談することだ。大川を渡ってはならない」。この卦は訴訟を表わし、したがって、天水訟の時は激しい対立やもめ事の あ る時です。こうした時は、互いに我を張って平行線のままですから、あなたのほうから折れて和解策に転じる心構えが賢明です。また、是が非でもやり遂げよ うと頑張ることがかえってマイナスになる時です。第三者に相談するなどして、冷静に考え、強引なやり方は改めること。 〔大意〕争いは自分に理があるように思えても、実は自己の狭量の心に起因していることが少なくない。内部にある怒り、敵意に支配されてはいけません。「否定的な考えを建設的な考えに入れ代えること」が必要です。万事に誤解、錯覚、行ぎ違いが生じ、八方ふさがりになるというのがこの卦ですが、手だてがないわけではありません。『易経』には「傷れて中すれば吉」とあるように、やり過ぎをいましめ、ひかえ目に事を運べば良いめぐり合わせになります。また「大人を見るに利ろし」ともあり、これは年上の信頼で含る人、上司など相談し、その忠告に従えば良いということです。同時に忠告を聞く態度は謙虚であることが肝要です。「良薬は口に苦い」というように、正しい忠告は耳に痛いものです。まして争いの渦中にある人にとっては、ときにせっかくの忠告も反発の材料となるでしょう。しかしそう感じるときのあなたは、怒りや憎しみ、あるいは自己正当化によって、判断の目を曇らされているのです。「忠告には天の声、天の意志がある。たとえどんな内容のものであっても、あなたの聞く態度によって必ず有益なものになる」ことを知るべき です。争いは潜在意識の理論からいえば、いかに自分の側に正当な理由があっても、心理的な影薯は自己にとってマイナスです。それは肯定思考に反するからです。人生にトラプルは避けられないし、妥協してばかりいられないと思われるかも知れませんが、争いごとでは勝っても負けても良いことはあまりないのです。なぜなら争うこと自体が両者の関係をより悪化させ、修復不可能な状態にしてしまうからです。争わず問題を解決する方法を見つけるべきです。それにはすべてを肯定的に考えることです。 ●初6:問題からはなれて、偉大なる創造主と波長を合わせなさい。不永所事。小有事。終吉。(ことするところをながくせず。すこしきことあり。ついにきち。)「訴え争いを長引かせずに切り上げる。少々ゴタゴタがあっても最終的には吉」。先を見越して、争いを早めに避けるほうが利口です。小 さな事にはこだわらないこと。 ●二9:強制的な意志の力を用いると含は、反対のものを手に入れることになる。不克訟。帰而逋。其邑人三百戸。无[生/目]」。(うったえをよくせず。かえりてのがる。そのゆうじんさんびゃっこ。わざわいなし。)「逋」は逃げてコソコソ隠れること。「邑人」は村人のこと。「訴えに勝てない。逃れて帰る。関係する三百人の村人たちにも災いが及ば ずに済んだ」。勝ち目もないのに勢いに任せて不満をぶつけないことです。ひとまず退却すること。 ●三6:あなたの協力者の神性に敬意を表しなさい。食旧徳。貞厲終吉。或従王事无成。(きゅうとくにはむ。ただしければあやうきもついにきち。あるいはおうじにしたがいなすことなし。)「旧徳」は旧禄のこと。「王事」は王命による日常の仕事のこと。「主人の所へ帰って、今までどおり養われる。貞正していても危うい が、最終的には吉。日常の仕事をしていれば、たとえ功績がなくても良い」。今まで 行なってきた事が平凡でも一番良い時です。移り気は良くありません。 ●四9:偉大な知恵の発動は目に見、耳で聞くことができるとは限らない不克訟。復即命。渝安貞吉。(うったえをよくせず。かえりてめいにつき。かえてていにやすんずればきち。)「渝」は変わること。「訴えに勝てない。帰って主人の命令に従う。心を入れ替えて貞正に安んずれば吉」。自分の原点、自分の本来の仕 事に立ち返るべき時です。目上の人に従いましょう。 ●五9:あなたの祈りは幸福な結末を招くだろう。訟元吉。(うったえげんきち。)「訴えて勝ち、大いに吉」。実力も備わり、正義のために堂々と戦って勝利を収める時です。この機会に決着をつけること。◎天水訟の中では良い時です。 ●上9:あらゆる悪は、ねたみや争いのあるところから生まれる。或錫之〓帯。終朝三褫之。(あるいはこれにはんたいをたまう。しゅうちょうにみたびこれをうばわる。)「〓帯」は礼服。「終朝」は午前中のこと。「王より礼服を授けられたが、朝のまつりごとが終わるまで三度もこれを取り上げられてし まった」。労して功無しの時です。天意に逆らって策略を駆使し、一時的に訴えに勝った姿です。しかし、結局信用も 人望も失い、空しさだけが残ることでしょう。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。※コンピューター上で表示されない古語 は「〓」で表示しました。 「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k6.html
2019.09.10
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【キーワード 】待つ(チャンスの到来、ネルギーの補給)需。有孚光亨。貞吉。利渉大川。 (じゅはまことありおおいにとおる。ていきち。たいせんをわたるによろし。)「需」は待つこと、「光」は大いに、ということ。「水天需の時、誠があれば大いに通じる。貞正にして吉。時期を待って大川を渡っても 良い」。 水天需の時は、待てば必ず来る、これがポイントです。ただし、「慌てる乞食はもらいが少ない」というように、早く手に入れようと焦ったり、急進してはなり ません。静観しつつ、常日頃、あなたの持っている実力や知識の手入れを怠らず、さらに磨きをかける姿勢が大切なのです。それも悠々と飲食を楽しみながら。 すなわち、水天需の時は心と体にたっぷりと栄養を摂らせて、将来、大川を渡るための準備をする時なのです。各爻では、どのようにして待つべきかが場面に応 じて解説されています。 〔大意〕「待て、しこうして希望せよ」(デュマ。)チャンスというものは、いつも目の前にあるといっていいでしょう。「チャンスに出会わない人など一人もいない。ただそれをつかまなかったというだけだ」(デール・カーネギー)では、チャンスはどうやってつかむか。 ごく ふつうに考えれば積極的な行動こそチャンスをつかむのにもっとも効果的な方法です。しか 一方で「チャンス、チャンス」といたずらに突き進むのもまた危険です。マーフィー博士は、チャンス獲得がなかなかできない人は「どこかで大自然の法則にさからった生き方をしている 」と指摘しています。そういうときは「潮にさからって泳ぐのをやめ、時の流れとともに生きるようにすれば、潜在意識はチャンスを逃さない」待つことを消極的にとらえてはなりません。心の中では、つねに準備をし、自己の望む場所を探しているのです。これは潜在意識の理論によれば、想像力の活用です。外見ではじっと静止しているごとくに見えながら、実は心の中では生き生きと活動が行なわれている。この状態がチャンスを待つということなのです。そこではつねに最善を期待し、その最善が訪れることを確信する必要があります。もしマイナスのイメージが襲ってきたら、それを否定しなさい。時刻通り列車がくることを確信している人は、駅で待っことができます。そこには不安や心配やイラ立ちはありません。逆に疑っている人は待っことに耐えきれません。この卦には「大川を渉るに利ろし」と書かれています。あせらず待てば事は成就するということです。「急(せ)いては事を仕損じる」といい「急がば回れ」あるいは「待てば海路の日和あり」といいます。待つことも積極的な行動なのです。 初9:すべてのものは一緒になって良い方向に作用している。需于郊。利用恒。无咎。(こうにまつ。つねをもちうるによろし。とがなし。) 二9:あなたを邪魔するのはあなた以外にいない。需于沙。小有言。終吉。(しゃにまつ。すこしきことあり。ついにきち。) 三9:恐怖とはまちがったことを信じることである。需于泥。致寇至。(でいにまつ。あだのいたるをいたす。) 「寇」は敵、賊のこと。「水際の泥地で泥にまみれて待つ。敵が攻めてくる」。動けばやられる、油断大敵の時です。じたばたせず、息 を殺して待つことです。◎あなたの考え方、進み方に問題があります。よく反省し、改めましょう。 四6:災いはあなたには来ない。ただ黙していればよい。需于血。出自穴。(ちにまつ。あなよりいず。)「血の中で待つ。やがて穴の中から脱出できる」。困難の真っただ中、力強い援助がある時です。脱出の時までじっと待ちましょう。 五9:至高の存在があなたに益をもたらすことを信じよ。需于酒食。貞吉。(しゅしょくにまつ。ていきち。)「飲食をしながら待つ。貞正にして吉」。間もなく、待望の渡し舟が到着します。待った甲斐があったというもの。英気を養って、心安ら かに悠々と待つことです。◎大変良い時です。 上6:川をわたるとき、水はあなたの上にあふれることはない。入于穴。有不速之客三人来。敬之終吉。(あなにいる。まねかざるのきゃくさんにんきたるあり。これをけいすればついにきち。)「速」は待つ。したがって「不速」は待たない、すなわち思いがけないの意味。「穴にはまり込んでしまった。思いがけない客が三人やっ て来る。丁重にもてなせば最終的には吉」。窮地に陥る時ですが、思わぬ人から思わぬ援助が得られます。受身に徹すること。 「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k5.html
2019.09.09
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【キーワード】青年の愚かさ(無知、背のぴ、教育の必要)蒙亨。匪我求童蒙。童蒙求我。初筮告。再三涜。涜則不告。利貞。(もうはとおる。われどうもうをもとむるにあらず。どうもうわれをもとむ。しょぜいはつぐ。さいさんすればみだる。みだるればすなわちつげず。ていによろし。)「蒙」とは、木をおおいつくしてしまうつる草のことで、文字どおり朦朧としていること。「山水蒙の時、通じる。教える側が生徒を求め るのではなく、生徒が先生を求めて教えを乞うのが本来の教育の姿である。第一回目の初筮は正しい答えを告げるが、何度も何度も占うと、疑う心によって天が 正しい答えを告げない。貞正であればよい」。山水蒙の時は、先が朦朧として見通せず、あたかも将来が未知数の子どもの状態です。したがって、この卦は教育 の卦ともいわれます。ここでは、学ぶ側の意欲に基づく自主性と謙虚さが教育の原点であり、易の精神と共通するものであることが述べられております。山水蒙 の時には、未熟な自分を啓発するよう、良き指導者を求めて、学問や稽古ごとに励んで教養を高めることです。童心に帰るべし。 〔大意〕蒙(もう)は無知蒙昧の蒙。若い者の未成熟をあらわしています。同時に若さはさまざまな可能性をはらんでいる。大切なのは、自己の未成熟を自覚し、謙虚に努力することである。また年代を経た知恵、 年長者、 指導的立場にある人間には、 敬意の念をもって接することも忘れてはいけません。何より璽要なのは、精神的価値について学ぶことで、情報や知識だけに偏らない賢明さが望まれます。自分ばかりでなく、身近な人が未成熟の場合もある。さらに進路決定に関する悩みといったものもある。これらの難題を解決するには、自己の内部にある偉大な力の存在に気がつくことからはじめなければなりません。「あらゆる進歩のためには、謙虚に学ばなければならない。われわれが学ぶのは、教師に教え方を学ば せるためではない」とマーフィー博士は言います。また「真の教育とは、人間は神とともに楽しむために生まれたきたことを自覚し、われわれの中に存在する無限の財宝を発見する方法論を知ることである」ともいっています。成熟のためには学ぶことが必要ですが、その学んだことが不安や心配、恐怖心を増大させたり、他人を不幸にしたりするのでは何にもならない。人間が成熟するとは、知識よりも知恵の働ぎを高めることなのです。あなたの若いとぎにあなたの創造主を覚えよ」という聖書に書かれた言葉は、東洋で生まれた不滅の知恵の書である『易経』と期せずして一致しています。現代の学歴社会は知恵よりも知識を、内面よりも外面を重視している。現代の混迷した社会情況は、社会全体が「未成熟の愚かさ」の証明です。本当の成熟、人間的成長をこそわれわれは目指すべきだといえましょう。 ●初6:しつけを欠いた愛はない。愛を欠いたしつけはあってはならない。発蒙。利用刑人。用説桎梏。以往吝。(もうをはっす。もってひとをけいするによろし。もってしっこくをとく。もってゆけばりん。)「刑」は刑罰、「桎梏」は手かせ足かせのこと。「無智蒙昧の者がいる。刑罰を用いるぐらいに厳しい態度が良い。わかれば手かせ足かせ を外してやる。いきすぎた仕打ちは良くない」。物事の始めに当たっては厳しい態度で臨むべきですが、限度は知っておくことです。 ●二9:寛容であれ。人をさばけば自分もさばかれる。包蒙吉。納婦吉。子克家。(もうをいるきち。ふをいるきち。こいえをよくす。)「包」は包容すること。「道理のわからない者を包容し、妻を迎えて吉。子がよく家を治める」。良き指導者の態度です。縁談のある人は 乗ってみるべし。◎山水蒙の中では良い時です。 ●三6:すべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。勿用取女。見金夫不有躬。无攸利。(じょをとるにもちうるなかれ。きんぷをみてみをゆうせず。よろしきところなし。)「その女を妻に迎えてはならない。金持ちの男とみれば近づいて、身持ちが悪い。良いことはない」。文字通り、縁談は避ける時です。金 持ちの男を目当てとするような打算的な行動では、良い事はないでしょう。金銭のトラブルに巻き込まれないよう心すること です。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 ●四6:ビジョンのないとき人はほろびる。困蒙吝。(もうにくるしむりん。)「無知蒙昧の愚かしさに苦しんでもどうしようもない」。あなたが孤立無援なのは、人の忠告もろくに聞かないからです。人からわからず 屋といわれないよう頑固な考え方を改め、教養を高めることです。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 ●五6:あなたは自分の成長と進歩を信じる必要がある。童蒙吉。(どうもうきち。)「学ばんとする童子のように素直で謙虚である。吉」。何事も学び取ろうとする素直な態度があなたをぐんと成長させます。先輩の意見を 素直な態度で乞うこと。◎山水蒙の中では良い時です。 ●上9:許すことと大目に見ることは同じではない。罰も必要である。撃蒙。不利為寇。利禦寇。(もうをうつ。あだをなすによろしからず。あだをふせぐによろし。)「寇」は敵、賊のこと。「思い上がった無知の者を厳しく指導する。この者が他人に対して迷惑とならないように、また、この者が他人の 憎しみを買わないようにするのが良い」。敵をつくらぬよう、言動に注意する時です。今は守りの姿勢で過ごすこと。 「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k4.html
2019.09.08
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【キーワード】初めに困難がある(試練、忍耐、希望)屯。元亨利貞。勿用有攸往。利建侯。(ちゅんはおおいにとおるていによろし。ゆくところあるにもちうるなかれ。こうをたつるによろし。)「屯」は伸び悩むこと。「水雷屯の時、大いに通じる。貞正であれば良い。今は進んではならない。諸侯にやってもらうのが良い」。この卦は、早春に厚く積もった雪(水)の下から若芽(雷)が必死に出ようとしているのですが、雪の重圧にさえぎられて立ち往生している姿です。すなわち、タイミングが悪いのです。水雷屯の時、もし、やるべきことがあれば昔、王が地方に諸侯を置いたように、自ら手を下さずに人にやってもらえとあります。雪解けを待って、動かずじっと我慢の時です。 ◎三大難卦に次ぐ難卦です。〔大意〕物事がすべて思惑通りに順調に運ぶことは稀です。とくに物事のはじめには、創草期の苦労がつきまとう。そこで挫折したり、強引に運んだりすると、惨めな結果を招くということです。「人は栄誉を得る前に試練を受けなければならない」(ソロモン王)のです。仕事でも受験でも恋愛でも、現実には苦しみのほうが多い。しかしそれを忍耐して乗り越えて、ほじめて輝かしい成功が獲得できるのです。この卦は初春、草の芽がまさに地上に生え出ようとするイメージで、そこには生まれ出ずる苦しみがあって当然です。スムーズに苦労もなくいくことはまずない。しかし「最後まで耐え忍ぶ者は救われる」のです。正しく考え、正しく感じ、正しく行なう――この卦が出たときの心的態度はこうあるべきでしょう。そこには大宇宙の偉大な力、あるいは自己の潜在意識への全幅の信頼があります。あきらめ、短絡的な発想、怠惰は敵です。試練は天の与えたものとして受入れ、あせらず忍耐しながら希望を持ち、努力することが大切です。行く手は決して闇ではなく、願望の成就、目的の達成があるのですから、潜在意識の理論を知る者には忍耐も努力もできるはずです。物事にはおのずと時節というものがある。種をまいてから収穫までには、一定の時間が必要である。待つ勇気、希望を持ち、幾多の障害に耐える勇気が豊かな収穫をもたらす。待てば、収穫の秋は必ずめぐってくるのです。大自然の循環に例外は絶対にない。それを待てない人は忍耐力も勇気もない人です。●初9:偉大な力に導かれていることを実感しつつ、忍耐せよ。磐桓。利居貞。利建侯。(ばんかんたりていにおるによろし。たてられてこうたるによろし。)「磐桓」とは大きな石のこと。「大きな石のようにどっしりと動かずに貞正を守るのが良い。諸侯(地方の責任者)ぐらいが良い」。会社で言えば、地方で頑張る時でしょう。才能があっても今は中央を目指さず、現状で努力することです。●二6:ボートの中にしっかりと座り、心を静めなさい。屯如。邅如。乗馬斑如。匪寇婚媾。女子貞不字。十年乃字。(ちゅんじょてんじょ。うまにのりてはんじょ。あだするにあらず。こんこうせんとす。じょしていにしてじせず。じゅうねんにしてすなわちじす。)「屯如」「邅如」「斑如」は、行ったり来たり、うろうろすること。「寇」は敵、賊のこと。「字」は結婚すること。「馬に乗ってうろうろと近寄ってくる男がいる。敵ではなく求婚しにきたのだ。しかし、女子は貞操固く結婚しない。十年後に結婚する」。不遇の時が長く続きます。今は、何事も 動き回らず、力をつけることです。苦しくとも安易な方向を選ばないこと。●三6;夜明けは必ず訪れる。いまいるところにじっとしていよ。即鹿无虞。惟入于林中。君子幾不如舎。往吝。(ろくにつきてぐなし。ただりんちゅうにいる。くんしほとんどすつるにしかず。ゆけばりん。)「虞」とは案内人のこと。「鹿狩に行ったが、案内人がいない。林の中に迷い込んだ。君子たるもの、こんなことはやめたほうが良い。これ以上進んだら恥をかくことになる」。何事も深追いしないが一番の時です。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。●四6:種には水をやり、肥料を与えなさい。乗馬班如。求婚媾往吉。无不利。(うまにのってはんじょ。こんこうをもとむゆけばきち。よろしからざるなし。)「班如」とは、うろうろすること。「馬の乗ってうろうろしていたら、求婚してくる者がいる。これは進めて良い。よろしい」。協力が大切な時、人に求められて行なうことぐらいは良いでしょう。●五9:人に手向うな。それは敵に利する結果を招く。屯其膏。小貞吉。大貞凶。(そのこうをちゅんす。しょうていはきち。だいていはきょう。)「軟膏を塗ったところ、全体にきれいに塗れず、一ヶ所に固まってしまった。小さい事は吉であるが、大きな事は凶」。何事も思うように進まない時です。今は大きな事に手を出さないこと。●上6:感謝のうちに目をさまし、ひたすら祈り続けなさい。乗馬班如。泣血漣如。(うまにのりてはんじょ。きゅうけつれんじょたり。)「漣如」はひっきりなしに泣くこと。「水雷屯の動いていけない時に馬に乗ってうろうろしていたからバチが当たったのだ。血の涙 をながして泣き叫んでいる。」孤立無援の状態です。しかし、悲しみのどん底の今を耐え抜けば道が開けてきます。あと少しの辛抱。◎あなたの考え方、進み方に大きな欠陥があります。よく反省し、方針の転換をしましょう。「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k3.html
2019.09.07
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【キーワード 】受け入れるもの(女性原理、潜在意識)坤元亨。利牝馬之貞。君子有攸往。先迷後得主。利西南得朋東北喪朋。安貞吉。(こんはおおいにとおる。ひんばのていによろし。くんしゆくところあり。さきんずればまよいおくるればしゅをう。せいなんにともをえとうほくにともをうし なうによろし。ていにやすんずればきち。)「坤為地の時、大いに通じる。牝馬のように貞正であれば良い。進む場合、先頭に立てば迷い、一歩遅れていけば主人を得る。西南方面(広々とした大地で陰の同類)に行けば友が得られ、東北方面(険しい山々で陽を意味する)に行けば同類の友は失うがそれで良い。貞正で心安らかにして吉」。坤為地は地と地が二つ重なった全陰の卦で す。母なる大地の、優しく地味な姿です。牝馬が牧場でのんびりと牧草をたべている情景です。あなたは先頭を きって進むことを好むかも知れません。しかし、坤為地の時は人の後ろからついて行き、人の意見に従い,裏方や女房役に徹した方が成功しやすい時なのです。「我れ先に」でなく「お先にどうぞ」の気持ちが求められる時です。〔大意〕すべて陰からなる卦です。その意味するところは乾為天(けんいてん)と同じ「大いに望みがかなう」ですが、乾為天が男性的原理に支配され能動的なのに対し、こちらは女性的原理に支配されています。潜在意識の属性は陰にあり、それは受け入れることによって、偉大なものを創造するという点で母性的創造に関わります。『易経』には、「坤は、元いに亨る。牝馬の貞に利ろし。…先んずれば迷い、後るれば主を得」とあり、従順であることが、成功や目的達成に重要であることを示しています。ただ坤(こん)は潜在意識による創造ですから、この卦はきわめて無意識的な側面を持っています。願望や計画を持つことは大切だが、その実践に当たっては、信念と信頼をもって潜在意識に委ねることが肝心です。「無限の知恵と無限の知力を持つ潜在意識に願望を引ぎ渡しなさい。そしてあなたの意識する心が静かに確信を持って、正しい考えを行なえばあらゆることはあなたの望む通りに実現する」のです。善を考えれば善がそれにともない、悪を考えれば悪がそれにともなう――これが潜在意識の法則です。どんな事柄についても、誠実で正しい方向で思考し行動することです。目先の利益や憎悪の感情で事を行なうことは、あなたの目標達成を妨げるばかりか、かえってマイナスの結果を招きます。健康、安定、平和の中で行なわれた成果こそが、真にあなたの幸福をもたらしてくれるのです。女性が妊娠し出産するプロセスで必要な状態と同じものが、人生の成功のためにも大切であるということです。●初6:つとめて良いわざにはげむことを心がけよ。履霜。堅氷至。 (しもをふみてけんぴょうにいたる。)「薄い霜も思いもよらず厚い氷になる」。全陰の卦の最下位の時、陰気くさい、取るに足らない言動が、いつの間にか取り返しのつかない 厚い氷のようにならないよう充分注意しましょう。早期発見、早期治療がポイント。●二6:そのなすところはみな栄える。直方大。不習无不利。(ちょくほうだい。ならわずしてよろしからざるなし。)「正直で品行方正で大きな徳の持ち主、これ以上教わるまでもない」。今後も坤為地の精神でまっすぐ素直に進みましょう。◎良い時です。●三6:偉大な者の導きに従え。含章可貞。或従王事。无成有終。(しょうをふくむていにすべし。あるいはおうじにしたがえば、なすことなけれどもおわりあり。)「章」とは知識、才能のこと。「王事」とは王命による日常の仕事のこと。「才能をひけらかさず貞正にしておくことだ。日常の仕事を真面目にやっていれば、目立つようなものでなくても終わりを全うすることができる」。いくら才能があっても、発揮するタイミングというものがあります。会社 ではルーチンワークに徹する時ですが、くさらず本分を全うすること。●四6:何事も思い煩うな。すべてはよくなっていく。括嚢。无咎无誉。(のうをくくる。とがもなくほまれもなし。)「嚢」とは袋のこと。「袋の口をくくるように、発言に注意し、散財を控え、平々凡々と過ごすことだ」。慎みと用心が必要な時です。出 るクイは打たれます。●五6:道は楽しく、みな平安である。黄裳元吉。(こうしょうげんきち。)「黄」とは天子の色、「裳」とは現在のスカートに当たり、従うということ。「坤為地の謙虚な姿で従い進めば大いに吉」。坤為地の精神を見事に実践している姿は、まるで温厚な天子のように光り輝いています。 ◎大変良い時です。●上6:否定的な考えとあらそうな。建設的な考えにとって代えよ。龍戦干野。其血玄黄。(りゅうやにたたかう。そのちげんこう。)「玄」とは天の色、「黄」とは地の色。「龍が野で戦いを挑んで血まみれになっている」。坤為地の精神を忘れ、上へ上へと突き進み、戦 い傷ついた姿です。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省して、改めましょう。 「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k2.html
2019.09.06
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キーワード 創造的なもの(男性原理、顕在意識)乾。元亨利貞。 (けんはおおいにとおる。ていによろし。)「乾為天の時、大いに通じる。貞正であれば良い」。乾為天は、天と天が二つ重なった全陽の卦で す。天高く大宇宙の元気が満ち満ちており、活気と勢いがあります。こうした時には、万事に前向きに高い目標を持って人生を開拓しましょう。この卦が出た ら、仕事などで超多忙な時です。ただし、いくらやる気満々といっても、陽の勢いのままあまりに昇りすぎたり、やりすぎないようにしましょう。驕らず、周囲 の人の意見を聞く余裕を持ち、気持ちを引き締め、バランスをとって進みましょう。各爻は龍の一生の物語で解説してあります。〔大意〕『易経』には 乾は、元いに亨りて貞きに利ろし」と書かれています。この元、亨、利、貞はしばしば「春夏秋冬」に対置されます。すなわち元(げん)は春であり芽生え、出発、亨(きょう)は夏ですくすくと成長発展していくさま、利(り)は秋の実り、子となって翌年に備える――いわば物事の生成発展をあわらします。「至高な力と結びつけば、その力はあなたの生命の中で活動するようになる」その至高の力とは宇宙、大自然を創造した根源的な力で、そうした力は一人ひとりの人間にも宿っているということです。顕在意識が現在の状態をあるがまま肯定的に受け入れるならば、それは潜在意識の中に眠っている善い種子に水をやり、太陽光線を与えることになり、そこから豊かな実りが得られるでしょう。すべてが陽からなるこの卦(か)は、男性的原理の象徴で、正しい心で積極的に取り組めば物事がよくかないます。あらゆる面で昇り調子、物事は順調に運び、計画の実行はゴーサイン。願望は成就されるでしょう。ただし幸運は待っていても、向こうからやってくるほど都合の良いものではありません。自ら望み、準備し、行動することが大切です。「人間は自己の運命を創造するのであって、これを迎えるものではない」とフランスの作家ヴィルマンはいいました。運命論者のいう運・不運は他動的に与えられるのではなく、自らの思考と行動によって選択し、獲得するものです。この卦で注意する必要があるのは、すべてが陽で肯定的である点で、陰陽思想は変化してやまないものだけに、短気、高慢、自信過剰はせっかくの良い卦を逆に不運に変えてしまうことです。●初爻 穏やかにして信頼しているならば力を得る。潜龍勿用。 (せんりゅうもちうるなかれ。)「潜龍」とは田んぼの中に潜んだ龍のこと。「潜龍の時、自分の力をひけらかしてはならない」。今は、会社でいえば新入社員です。あな たには自分で思っているほど実力はありません。周囲の人もあなたの力を認めてくれていません。じっと我慢して力を蓄えましょう。●二爻 尊敬し信頼している人に相談せよ。見龍在田。利見大人。 (けんりゅうでんにあり。たいじんをみるによろし。)「見龍」とは田んぼの上に上がってきた龍のこと。「龍が田んぼに上がった時、有識者に相談することだ」。会社でいえば、あなたの存 在がようやく認められ、主任になり受付に配属されたような時です。しかし、頭角を現し始めたといっても、まだまだ経験不足の時です。上司や見識ある人の指 導を謙虚に受けましょう。◎良い時です。●三爻 リラックス あらゆる心痛や争いから解放されなさい。君子終日乾乾。夕惕若。厲无咎。 (くんししゅうじつけんけん。ゆうべまでてきじゃくたれば、あやうけれどもとがなし。)「惕若」とは畏れ慎むこと。「君子たるもの、一日中 乾乾と仕事に励み、夕べになるまで慎重に頑張れば、危うい地位であるが問題はない」。易は課長の地位は大変だと見ます。今は本業に専念して頑張りましょう。粘りと気配りが大切です。●四爻 いっさいのことを愛をもって行なうべきである。或躍在淵。无咎。(あるいはおどりてふちにあり。とがなし。)「龍が池の淵から天に飛び立とうとしている時、問題はない」。 会社では、社長の側近の部長の姿です。いくら実力が備わっていても、社長から睨まれて地方へ飛ばされてはおしまいです。焦らず、分限を守って慎重に行動しましょう。目標までもう一歩。●五爻 成功者、指導者、心の豊かな人の忠告はあなたに幸運をもたらす。飛龍在天。利見大人。 (ひりゅうてんにあり。たいじんをみるによろし。「龍が天高く昇った時、有識者に相談することだ」。堂々たる社長の姿です。時と所を得てまさに絶好調の時です。ただし、優秀な部下の意見をよく聞いて進むような度量の広さも必要です。 ◎大変良い時です。●上爻 他人の健康と幸福、成功と平和を望むことをしなさい。亢龍有悔。(こうりゅうくいあり。)「亢龍」とは昇りすぎた龍。「昇りすぎた龍は後悔することになる」。進むを知って退くを知らず、強気でやりすぎ、周囲から浮いてしまった姿が「亢龍」なのです。これ以上進めば心臓が止まって昇天してしまうか、燃料切れで墜落してしまうでしょう。◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。「マーフィの易い」J.マーフィ(昭和61年、産能大学出版部)及び以下を参照しています。http://www.keisho.server-shared.com/64/k1.html
2019.09.05
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もう一つ、もちろん、方位学を活用するということは、できるだけ凶方を避け、吉方のほうだけに行動を起こすことにあることは言うまでもありません。しかし、ある場合には、たまたまどうしても凶方の方角に行動せざるをえないというようなことがあります。たとえば、競馬ファンだったら、ぜったいに見のがせない大レースの―つである春の天皇賞は、天皇誕生日に、京都競馬場で行なわれることになっています。天皇誕生日は、4月29日です。このように、日時と場所がきまってしまっている場合、たまたまその方角が本命殺とか暗剣殺のように悪い方角に当たっていたとしたら、どうしたらいいのでしょうか。このまま競馬場へ行き、いくら慎重に良い馬券を買おうと推理してみても、総はずれに近いさんざんな結呆となってしまうことは目に見えています。そうかといって、日時や競鳥場の場所を変えてもらうわけにもいかず、もちろん、この日のために自分の住みかを、良い方角のほうへ移すなどということは、とうていできる相談ではありません。では、待ちに待ったこの日に 競馬場へ行くのはあきらめ、せいぜい良い方角にある場外馬券売場を探して、そこで馬券を買い、一人寂しくテレビの前に寝ころがっているしか仕方がないのでしょうか。じつは、一つだけ抜け道があるのです。それは、「方位よけ」とか「方違え」とか呼ばれる方法です。「方違え」という言業は、古典の得意な人ならごぞんじでしょう。平安時代の貴族は、旅に出る場合、目的地の方角が悪いときには、わざわざ遠まわりをして、目的地へ向かう方角を変えるのがふつうでした。この方法を利用するのです。たまの大レースですから、一時問ほど早く家を出たとしても、さして苦痛ではないでしょう。そして、たとえば、京都駅前など、その日競馬場との方位関係がいい場所の喫茶店でゆっくりお茶でも飲んだりなどして、一時間ぐらいの時間をすごしていただけばいいのです。はやる気持ちをおさえ、自分の推理に最後の検討をくわえ、しかも、凶方の影膀からのがれられる、まさに一石二鳥の方法というわけです。この方法をとれば、いまの例のように、凶方に向かって行動していることからくる不幸や災難が最小限度に食いとめられるだけでなく、運機が好転してきたときには、そのチャンスをいち早くつかむこともできるのです。さあ、これでもうこの本の使い方はすっかりマスターされたことでしょう。 あとはあなた自身でじっさいにやっていただくだけです。最後に一言申しそえれば、人の幸福というものは、たしかにそれぞれ生まれつき与えられた枠のようなものがあります。しかし、たとえば、40のものを与えられても、それをとことんまでつかみきれば、50のものを与えられて、それを半分しか活かせない人よりも、はるかに幸せだと言えるでしょう。私は、あなたが自分の与えられた幸福の枠を、とことんまで活かしていただくために、すこしでも役に立てばと思ってこの本を書きました。このことを頭に置いていただいたうえ、この本を敢大限に活用し、おおいに幸せをつかんでください。◎出典 「改定方位学入門」高木彬光著 カッパブックス及びブログ作者の収集データーによる◎
2019.09.04
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最後に、二つばかり説明をつけたしておきます。―つは、ある問題に関して、日の九星盤を使うか、月の九星盤を使うか、年の九星盤を使うかという判断のしかたです。いままでの例で、ほぼおわかりのことと思いますが、かんたんに言えば、一日で終わるものは日の九星盤、一日で終わらないが一カ月ぐらいで終わるものは月の九星盤、それ以上にわたって問題が継続するものは年の九星盤を使うということになります。これは、いろいろな幅をもった問題をその幅にふさわしい単位でとらえられるという、方位学の大きな長所の一っです。たとえば、同じ旅行でも一日で終わってしまうような旅行なら、日の九星盤ですが、何日間も滞在したり、旅先の同じ地方を歩きまわったりするようなときは、月の九星盤でその滞在地やその地方の方位を調べたほうがよいのです。買物にしても、日用品や洋服程度のものならば、日の九星盤を使います。しかし、株でも買うようなときなら、その日のうちに売ったり買ったりすることは、玄人以外にはないでしょうから、目先の値上がりをねらうにしても、月の九星盤を使うべきです。これが家のような一生に何度という買物なら、とうぜん年の九星盤を使わなければなりません。ただし、引っ越す日をいつにするかというような問題では、日の九星盤を使うことになります。こういうふうに、問題によって、日、月、年の九星盤を使いわけることが、方位学の重要なボイントの―つなのです。◎出典 「改定方位学入門」高木彬光著 カッパブックス及びブログ作者の収集データーによる◎
2019.09.03
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まえの例のつづきの問題です。そのバーティの席上で、あなたがA君とB店とC君と、三人の男性に会ったとしましょう。どちらもほかの条件では大差がなく、A君はあなたの家から見て西北、B君は西、C君は北東に住んでいるとします。数日後にほとんど同時に、この三人からデートを申し込まれたとしましょう。あなたはだれを選びますか?対人関係や恋愛・結婚の問題では、最初のめぐりあいをとくに重要視する必要があることは、まえに説明したとおりです。幸いこの場合には、その日がはっきりしています。ですから、ここではやはり2月7日、つまり八白の日の九星盤を使わなければなりません。すると、まず、C君の住んでいる北東の方角は、五黄の星の向かい側、つまり「暗剣殺」の方角に当たることになります。これでは、C君とはぜったいにうまくゆかないでしょう。つぎに、A君の住んでいる西北には九紫の星があり、B 君の住んでいる西には一白の星があります。 ところが、この二つの星は、ともに四緑生まれのあなたにとっては良い星です。両方角とも凶方とのかさなりもありません。さあ困りました。いや、この場合も、じつはいっこうに困る必要はないのです。この二つの星の性格のちがいは、その星のいる方角からあらわれる男性の性格に影響を与えているのです。その影響の結果であるそれぞれの男性の性格や将来性のちがいは、恋愛・結婚運のところにくわしく出ているでしょう。「一白の星のある方角からあらわれる男性は・・・」と、「九紫の星のある方角からあらわれる男性は・・・」というところを読めばいいのです。それを読んで、あなたのお気に召すほうを選べばいいのです。◎出典 「改定方位学入門」高木彬光著 カッパブックス及びブログ作者の収集データーによる◎
2019.09.02
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以上の例は、いずれも、行動を起こす方角を知るためのものでした。しかし、もちろん、すでに場所がきまっていて、方角もきまっているような場合でも、それをどうするかということを、方位学で知ることができます。たとえば、あなたが、昭和26年生まれの女性だったとします。そして、昭和56年の2月7日に、あなたの家から見て北西に当たる家のお友だちの誕生日のパーティにさそわれたとします。そのときあなたならどうしますか?その答えは、さきほどのこの本の使い方を応用して、つぎのような手順で、かんたんに出るのです。まず、昭和26年生まれの人は四緑の生まれです。つぎに、昭和56年2月7日は、巻末の表(下表)をひくと、八白の日であることがわかります。そこで、四緑のブログで記した九星盤を開いて、八白が中央にくる九星盤を調べます。すると、お友だちの家のある北西の方角には九紫の星がはいっています。九紫の星は四緑生まれの人にとって良い星です。しかも、凶方とのかちあいもありません。これなら、このバーティに出席したら、楽しくすごせることはまちがいないでしょう。◎出典 「改定方位学入門」高木彬光著 カッパブックス及びブログ作者の収集データーによる◎
2019.09.01
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