
家族が亡くなった時、一般常識としては公開葬儀が行われます。
NHKと民放で葬儀費用の高騰が取り上げられ、過去のしきたりによる葬儀が見直されてきています。
仏式葬儀費用の中で、一番納得がいかないのは「戒名代」と言われるものではないでしょうか。
古くからのしきたりに照らせば、戒名の位の高さは、その家の誇りでもあったわけで、その誇りを現在も維持できる状態の資産家か富裕層であれば、何の問題はなく、私の檀家に持ち上がっている、寺の新築費用寄付金に於いても、寺側の意向をそのまま反映した檀家総代会議による、戒名の位に応じた寄付金額指定も素直に受け入れられるでしょう。
しかし、私の周りを見た場合、その様な裕福な檀家ばかりとは言い切れず、それでも、一般常識に照らして檀家を抜ける事までは考えられず、数十万円の新築寄付金も仕方なしと、納得せざるを得ない事になっているのではと考えられます。...(もしかして檀家の皆さん余裕があり、檀家の中では私が一番貧困なのではとの事もあり得る)

前回のブログの「宗教法人の闇」で述べていますが、私の家の寄付金指定額は40万円です。
私は40万円の大金の捨て銭にはとても納得できず(葬儀の儀式以外に寺に行く事など皆無であり、私にとっては寺が新築されることに何の意味もない)の理由により、寄付金も拒否しまして檀家も脱退すると伝えましたが、本日の13日、寺の御前様が盆供養に訪れました。
私は、私の基金拒否と檀家脱退の意向が寺役より住職に伝わっていると思っていましたから、今年の盆供養はこないと踏んでいましたので、ありゃりゃ~なんと~。
失礼を承知で、玄関先で、「私の今は同居家族はいづ独り身ですので、私の後々の事は妹夫婦に伝えてあり、私の家の仏壇に収まっている肉親の仏の供養は、私の肉親への深い想いとして、自分の意思で行っていますので、私の宗教観から檀家の意味が亡くなった為、檀家を脱退せていただきます」
理屈を言ってくると想定していたのですが、思っていたより素直な御前様で、苦笑いで「わかりました」
。
一年に3回、春と秋のお彼岸とお盆に供養に訪れますから、そのたびに仕事の手を休め、供養代の用意をします。
供養代は2~3千円ですので金額的には苦にはなりませんが、私の宗教観に照らした場合は、ただただ面倒くさい、なし崩し的な慣習と思っていましたから、これにて厄払いが出来たと一安心です。
こんな不道徳な私でも、亡くなった祖父母と父母に対しての愛情と思い出には、深い想いを忘れることは出来ないのです。
毎日のように、仏壇の中にいる家族に簡単な挨拶をして一日が始まり、時間のゆとりを見て線香をあげ、仏壇に向かい手を合わせて「何とか頑張って人生楽しんでいるよ、もう少しでそっちに行くよ~」と話しかけています。
もちろんの事、お彼岸とお盆と父母の命日には花を捧げて、お墓参りは欠かすことなく行っています。
檀家は私の宗教思想により抜けましたが、日本人に受け継がれている精神だけは、心の奥底に持ち続けていきたいと思っています。
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