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もっちん4476さんComments
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古墳時代前期初頭(3世紀中葉~後葉)には、円筒形または壷形、少し遅れて器台の上の壷を乗せた形の朝顔形埴輪などの円筒埴輪が見られた。これら筒形埴輪は、地面に置くだけではなく、脚部を掘った穴に埋めるものへと変化した。前方後円墳の広がりとともに全国に広がった。
前期前葉(4世紀前葉)には、これらの埴輪とは別の系統に当たる家形埴輪のほか、蓋(きぬがさ)埴輪や盾形埴輪をはじめとする器財埴輪、鶏形埴輪などの形象埴輪が現れた。初現期の形象埴輪については、どのような構成でどの場所に建てられたか未だ不明な点が多い。その後、墳頂中央で家形埴輪の周りに盾形・蓋形などの器財埴輪で取り巻き、さらに円筒埴輪で取り巻くという豪華な配置の定式化が4世紀後半の早い段階で成立する。そこに用いられた円筒埴輪は胴部の左右に鰭を貼り付け鰭付き円筒埴輪である。
さらに、古墳時代中期中葉(5世紀中ごろ)からは、巫女などの人物埴輪や馬や犬などの動物埴輪が登場した。またこの頃から、埴輪の配列の仕方に変化が現れた。それは、器財埴輪や家形埴輪が外側で方形を形作るように配列されるようになった。あるいは、方形列を省略することも行われている。さらに、靭形埴輪の鰭過度に飾り立てるようになったり、家形埴輪の屋根部分が不釣合いに大型化したりするようになる。
畿内では古墳時代後期(6世紀中ごろ)に前方後円墳が衰退するとともに、埴輪も次第に姿を消していったが、なおも前方後円墳を盛んに築造した関東地方においては埴輪も引き続き盛んに作られ続けた。

元々、吉備地方に発生した特殊器台形土器・特殊壷形土器は、墳墓上で行われた葬送儀礼に用いられたものであるが、古墳に継承された円筒埴輪は、墳丘や重要な区画を囲い込むというその樹立方法からして、聖域を区画するという役割を有していたと考えられる。
家形埴輪については、死者の霊が生活するための依代(よりしろ)という説と死者が生前に居住していた居館を表したものという説がある。古墳の埋葬施設の真上やその周辺の墳丘上に置かれる例が多い。
器財埴輪では、蓋が高貴な身分を表象するものであることから、蓋形埴輪も同様な役割と考えられているほか、盾や甲冑などの武具や武器形のものは、その防御や攻撃といった役割から、悪霊や災いの侵入を防ぐ役割を持っていると考えられている。
人物埴輪や動物埴輪などは、行列や群像で並べられており、葬送儀礼を表現したとする説、生前の祭政の様子を再現したとする説などが唱えられている。このような埴輪の変遷は、古墳時代の祭祀観・死生観を反映しているとする見方もある。

