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もっちん4476さんComments
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形象埴輪(東京国立博物館)
埴輪とは、日本の古墳時代に特有の素焼きの焼き物。古墳上に並べ立てられた。日本各地の古墳に分布している。
埴輪は、3世紀後半から6世紀後半にかけて造られ、前方後円墳とともに消滅した。基本的に中空である。造り方は粘土で紐を作り、それを積み上げていきながら形を整えた。時には、別に焼いたものを組み合わせたりしている。また、いろいろな埴輪の骨格を先に作っておき、それに粘土を貼り付けるなどした。型を用いて作ったものはない。中心的な埴輪には、表面にベンガラなどの赤色染料を塗布した。畿内では赤以外の色はほとんど用いられなかったが、関東地方では、形象埴輪にいろいろな彩色が施されている。埴輪には、古墳の墳丘や造り出しなどに立て並べられた。埴輪は、大きな円筒埴輪と形象埴輪の2種類に区分される。さらに、形象埴輪を大きく分けると家形埴輪、器財埴輪、動物埴輪、人物埴輪の4種がある。埴輪からは、古墳時代当時の衣服・髪型・武具・農具・建築様式などの復元が可能であり、貴重な史料である。

埴輪の起源は、弥生時代後期後葉の吉備地方の首長のお墓であると考えられている弥生墳丘墓(例えば、楯築墳丘墓)から出土する特殊器台・特殊壷(特殊器台型土器・特殊壷型土器とも呼称される)であるといわれている。
3世紀中葉~後葉になると、前方後円墳(岡山市都月板1号墳、桜井市箸墓古墳、兵庫県たつの市御津町権現山51号憤)から最古の円筒埴輪である都月円筒埴輪が出土している。この埴輪の分布は備中から近江までに及んでいる。このことから、埴輪の成立地を吉備に限るという見解は改められるかも知れない。ところで、最古の埴輪である都月円筒埴輪と最古の前方後円墳の副葬品とされる大陸製の三角縁神獣鏡とが、同じ墓から出土しないで、前者が出ると後者が出ないし、その反対もあることが知られていた。しかし、兵庫県たつの市御津町の前方後円墳権現山51号墳の後方部の石槨から三角縁神獣鏡が5面発見され、石槨すぐそばで都月型円筒埴輪が発見された。現在はこの一例だけである。
なお、前方後円墳の出現は、ヤマト王権の成立を表すと考えられており、前方後円墳に宮山型の特殊器台・特殊壷が採用されていることは、吉備地方の首長がヤマト王権の成立に深く参画したことの現れだとされている。吉備勢力の東遷説もある。
「日本書紀」垂仁紀には、野見宿禰(のみのすくね)が日葉酢媛命の陵墓へ殉死者を埋める代わりに土で作った人馬を立てることを提案したとあり、これを埴輪の起源とする。しかし、考古学的には上記のような変遷過程が明らかとなっており、この説話は否定されている。

テーマパークに復元された埴輪太陽公園(姫路市)