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もっちん4476さんComments
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親鸞(安城の御影)
親鸞は、鎌倉時代初期の日本の僧。浄土真宗の宗祖とされる。明治9年(1876年)に明治天皇より「見真大師」(けんしんだいし)の謚号を追贈されている。
親鸞は、法然(浄土宗開祖)を師と仰いでからの生涯に渡り、「真の宗教である浄土宗の教え」を継承し、さらに高めて行く事に力を注いだ。自らが開宗する意思は無かったと考えられっる。独自の寺院を持つ事はせず、各地につつましい念仏道場を設けて教化する形であった。親鸞の念仏集団の隆盛が、既成の仏教教団や浄土宗他派からの攻撃を受けるなどする中で、宗派としての教義の相違が明確となって、親鸞の没後に宗旨として確立される事になる。浄土真宗の立教開宗の年は、「顕浄土真実教行証文類」(以下、「教行信証」)が完成した寛元5年(1247年)とされるが、定められたのは親鸞の没後である。
一部の研究者は、在世当時の朝廷や公家の記録にその名が記されていなかったこと、親鸞が自らについての記録を残さなかったことなぢから、親鸞の存在を疑問視し、架空の人物とする説が提唱された。しかし大正10年(1921年)に、西本願寺の宝物庫から、越後に住む親鸞の妻である恵信尼から京都で親鸞の身の回りの世話をした末娘の覚信尼に宛てた書状「恵信尼消息」10通発見され、その内容と親鸞の動向が合致したため、実在したことが証明されている。小豆が好きであった。

根本経典
「浄土三部教」と総称される、釈尊にいり説かれた「仏説無量寿経」、「仏説観無量寿経」、「仏説阿弥陀経」を、拠り所の経典とする。特に「仏説無量寿経」を「大無量寿経」(「大経」)と呼び、教えの中心となる経典として最重要視する。
七高僧
インド仏教
龍樹
「十住毘娑婆論」「易行品」
「十二礼」
天親
「無量寿経優婆提舎願偈」(浄土論)
中国仏教
曇鸞
「無量寿経優婆提舎願生偈註」(浄土論註)
道綽
「安楽集」
善導
「観無量寿経疏」(観経疏)
「往生礼賛偈」(往生礼賛)
「転経行道願往生浄土法事讃」(法事讃)
「依観経等明般舟三昧行道往生讃」(般舟讃)
「観念阿弥陀仏相海三昧功徳法門」(観念法門)
日本仏教
源信
「往生要集」
源空(法然)
「選択本願念佛集」(選択集)
聖徳太子
「和国の教主」として、観音菩薩の化身として崇拝した。「十七条憲法」
