行政書士徒然日記

行政書士徒然日記

PR

×

Calendar

Favorite Blog

自分の言葉に責任を New! もっちん4476さん

素盞嗚(スサノオ)… 素盞嗚さん
*Sowing Seeds In H… Sakura_sakuさん
桜と向日葵と秋桜に… はあちゃん0408さん
風に吹かれて 唯我独尊7さん

Comments

きゅうりやのばんちゃん @ Re:病気入院(11/16) きょう、足跡を見つけました。 うれしか…
kotona♪ @ あけましておめでとうございます タケルさん、早く良くなってくださいね♪ …
総徳 @ 謹賀新年 明けましておめでとうございます まだ…
総徳 @ え! 大丈夫? なんだ、なんだ! 緊急入院ですか! …
Mrs. Linda @ Re:病気入院(11/16) 暫く更新がないのでどうなさっているのか…

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

タケル0127

タケル0127

Freepage List

2009.07.29
XML
カテゴリ: 歴史

200px-Kaishu_Katsu_2.jpg

 勝海舟/勝安芳(かつ かいしゅう/かつ やすよし)は、江戸時代末期から明治期にかけての幕臣、政治家。位階勲等は正二位勲一等伯爵。

 幼名は麟太郎(りんたろう)。本名義邦(としくに)、維新後改名して安芳。これは幕末に武官官位である「安房守」を名乗ったことから勝安房(かつ あわ)として知られていたため、維新後は「安房」をさけて同音(あん-ほう)の「安芳」に代えたもの。勝本人は「アホウ」とも読めると言っている。海舟は号で、佐久間象山から受領の篆刻「海舟書屋」から取ったものである。

 父は旗本小普請組(41石)の勝小吉、母は信。幕末の剣客・男谷信友は従兄弟にあたる。海舟も十代の頃は剣術修行に多くの時間を費やしている。家紋は丸に剣花菱。

 山岡鉄舟・高橋泥舟と共に「幕末の三舟」と呼ばれる。1887年哲学館(現:東洋大学)を創設した井上円了と親交があり、多くの寄付をしているため、「哲学館も三恩人」の一人と呼ばれている。

 また、専修学校(現:専修大学)の繁栄にも尽力し、専修学校に「律増甲乙之以正澆俗 礼祟升隆之制以極頽風」という有名な言葉を贈って激励・鼓舞した。

画像 245.jpg

 勝海舟は文政6年(1823年)、江戸本所亀沢町の生まれ。父・小吉の実家である男谷家で誕生した。

 曽祖父・銀一は越後国三島郡長鳥村の貧農の家に生まれた盲人であった。江戸へ出て高利貸し(盲人に許されていた)で成功し巨万の富を得、検校の位を買い、米山検校を名乗った。銀一の子・平蔵は、御家人株を入手して男谷家を興した。男谷家はのちに旗本に昇進した。その三男が海舟の父・勝小吉である。小吉は三男であったため、男谷家から勝家に養子に出された。勝家は小普請組という無役で小身の旗本である。勝家は天正3年(1575年)以来の御家人であり、系譜上海舟の高祖父にあたる命雅(のぶまさ)が宝暦2年(1752年)に累進して旗本の列に加わったもので、古参の幕臣であった。

 幼少時、男谷の親類、阿茶の局の紹介で11代将軍徳川家斉の孫初之丞(後の一橋慶昌)の遊び相手として江戸城へ召されている。一橋家の家臣として出世する可能性もあったが、慶昌が早世したためその望みは消えることとなる。

 生家の男谷家で7歳まで過したのちは、赤坂へ転居するまでを本所入江町(現在の墨田区緑4-24)で暮らした。

画像 250.jpg






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009.07.29 16:06:26 コメント(2) | コメントを書く
[歴史] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: