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子どもの頃思い描いてた秘密基地。それを探す冒険はワクワクする。あの頃の気持ちと地下水脈で繋がってるから。海辺の秘密基地に上陸する。目の前の渚はまるで水鏡。心の透明度も高まる。海辺の秘密基地の管理人・S氏と偶然遭遇。彼こそボクのサボりの師匠。生きる上での楽しい息抜きを伝授してくれる。彼はまた焚き火の達人でもあり、その味わい方はかなり拘り深い。焚き火する場所から始まり、燃やす木の香り、そして火加減の変化まで。焚き火は「時間」と言い切る達人。かつて、そんな贅沢な時間を過ごすためにキャンプする達人にお伴したことがあった。ボクが公私ともに荒れてた時期だった。そんな状況下で彼に誘って貰ったのだった。夕陽を浴びながら始まった海辺のキャンプ。ハッピー泡を頂きながら、火を起こしていく。会話も一瞬止まる点火する瞬間。それは聖なる瞬間に感じられた。火が安定してからは、ダッチオーブンでポトフを煮込む。待ってる間、互いに火を見ながら穏やかなテンションで四方山話。ゆっくり杯を重ねるワインと過ぎる時間。あの日、あのとき、嵐の中の航海で灯台の灯が見えたような思いがしたな。そんなことを思い出しながら、S氏と久々の再会を喜び合い握手した。そして、暫く会ってなかった間の出来事から、これからの事までお互い話した。そんな二人を空高くから鳶が眺めてた。サボりの師匠と再会した時間は僅か。それでも、今のボクにとっては充実したひと時だった。もうかつてのように崖っぷちに立たされてる状況ではない。ただ都会生活を送ってる上では、どうしても閉塞感は避けられない。一般的に言われるセルフコントロール、それはボクにとってシーカヤッキング・トリップなのだと再認識した。シーカヤックというツールを使い、移動しながら大自然から敬虔な思いにさせられ、出会う人からはリスペクトできることを教えられる、そんな旅が好きだ。遠くの旅もあれば、近くの旅もある。費やす時間やお金の大小は関係ない。大事なのは、自分自身をポジティブにさせてくれるかだ。
Jun 28, 2015

都会生活は刺激的な楽しさがある反面、様々なストレスから心にヘドロが溜まりやすい。時にそれが過剰に溜まると心身に支障を来す事も。そんな危険信号をキャッチした際、エスケープと言う名の旅に出るのは自己防衛本能からである。自分が壊れる前に旅へ出るのだ。梅雨の薄曇りの下、久々に三浦半島のレギュラーポイントからシーカヤックでエントリー。ブランクがあった分、リスタートさせるまで腰が重かった。頭の中ではエスケープしなければと分かっていても、気持ちをチャネリングさせ行動を起こすことは容易くない。しかし「たかが遊び、されど遊び」と自分自身を鼓舞させた。先ず辿り着いたのは小網代湾の最奧部。そこにあるのは今話題の小網代の森。ほぼ完全な状態で生態系が守られてるこのエリアは全国的にも珍しい。その影響からなのか、訪れる度にエナジーを頂けるボクのパワースポットでもある。そんな聖地を開発の魔の手から守ってこられたNPOや関係者の方々のご尽力に感謝。 〈つづく〉
Jun 27, 2015

先日話題になった、俳優・榎木孝明氏の不食。 医療的行為の絶食や修行的意味合いの強い断食とは一線を画し、苦痛を伴わずに爽快感を得れるという。 その話を聞いたとき、パッと思い浮かんだのは、自分には不食はできないが不Sならやってみたいということ。 不Sとはボクが勝手に名付けた造語。期間限定で全てのSNSから離脱する意。 特にSNSをやることに疲れたわけではなく、定期的にそうすることが面白そうだと単純に思っただけだった。 実際、ボクが関わってるSNSはTW、G+、LINEだが、その全てから一週間弱離れてみた。結果的には何の苦痛もなく脳内がスッキリ。そこで生まれた余裕で、色々なことを深く考えたりもできた。 しかし、これはSNSから完全に離脱することとは違うなとも思えた。 人は様々な距離感で繋がっている。時には身内が近そうで遠かったり、顔も知らない他人が遠そうで近かったりもする。そんな複雑さに苦しめられるのではなく、むしろ楽しんでしまいたい。そのためには自分の立ち位置を時々試験管に入れるようにして、自分自身で観察するのも悪くないなと。SNSだけでなく、リアル社会においても、自分自身のつまらない感情が鮮明に見え、やがてそれが消えて行くのがわかる。 不Sはボクにとって、きっと持ち物を定期的に整理整頓したり部屋を掃除するのと同じことなのだ。
Jun 20, 2015
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