2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全6件 (6件中 1-6件目)
1
今の職場は毎年GWと言ってもカレンダー通りでまとめて連休にはならなかったのだけど昨年末から突然、お休みを長く取るようになり。GWも7連休!と思ったら29日に受付だけ集まってレセをすることに。そういえば年末とGWだけは一日休日出勤があるのだったっけ。年末はとてもそれどころじゃなかったのでお休みさせてもらったのだ。と言うより、昨年の夏以降、レセにはもうほとんど関わってないのだった。医療事務と言えばレセするのが一番のお仕事。そこを外されたのは相当ショックだった。でも、その方が楽は楽なのでまぁ、いいかって思うようにしていた。今回、一年ぶりぐらいにお声がかかったのだけど正直、私と同僚は必要ないのでは、、と思いつつもせっかくなので参加することに。一年やらないとすっかりどこを見るのか忘れていて通常、一時間で見られるのが1,5倍下手したら2倍ぐらい時間がかかった。けれども所見が一か月分まとめてゆっくり見られるので患者さんがなぜここに来てどういう対応をしていてそして経過がどうなったのかがよく分かるのが面白い。私の場合、勤務日数が少ない上に時間が無く急いでるとどうしてもその場の対応だけで精一杯で細かい所まで見られない。治ったらもう来なくなるけどそれもその時に居合わせないといつ治ったかも分からない。と言うようなブツ切れの状態になってしまうのでまとめて診療内容を見られるのは貴重なのだ。さて今回、同僚はお子さんの急病で来られず(インフルが実は流行ってます~~)たぶん、初めて?先輩二人と3人だけでランチを食べに行った。実は辞めた看護士さんの事で色々と話したい事があったし同僚が居たら言えない事もあって(話が広がるので)思い切ってすこしだけ話をしてみた。看護士さんが辞める最後の日にたまたま私と二人だけだったのだけどそれもたまたま時間的に余裕があり彼女がお茶を買ってきてくれて「ちょっと話そうか」と言われてなぜ彼女が辞める気になったのかどういう思いで仕事をしていたのか、これからどうしたいかなどなどを色々話してくれたのだった。普段は会ってもバカみたいな話しかしないのになぜかその日はマジモードで深い話をしてくれた。まぁ,結局、今の職場には福利厚生が全くないのと(正社員なのに社会保険も年金も無い)ベテラン看護士さんへの不満が大きな原因だったようだけど。10年一緒にやってきてとうとう我慢の限界が来た模様。二人しかいないのに、二人しか居ないから?なのかな。。反対に、辞めた後、ベテラン看護士さんの方も物凄い言い方で。「正直、あの人が辞めてすっごくスッキリした!ストレスが無くなった!」って。お互いにそんな事、言い合うなんて悲しすぎる。。その辺の事を知ってるのかどうか先輩たちにさらっと探りを入れたら一人の人はほぼ何も聞いてないようで^^;辞めた看護士さんと一番付き合いの長い先輩はおそらく聞いていたようだけどあえてそこは触れず。「不満がなくっちゃ辞めないよ」とだけ。なのでそれ以上は話すのを辞めた。久々に先輩たち二人といて思った。この人たちは本当に性格がいいんだなぁって。人のことをアレコレ言ったり陰口叩いたり絶対しない。その場に居ない人の事をそもそも話題にも出さない。この二人がトップでいるから受付は居心地がいいんだな~って。一方、いつも一緒になる同僚とベテラン看護士さんは二人揃って陰口、噂話が大好きであること無いことで盛り上がり。二人とも辞めた看護士さんには相当、お世話になったはずなのに辞めてせいせいしたと悪口ばかり。。。自分がしてもらった恩も忘れて文句だけ言ってる。辞めた人のことを悪く言うなんて・・・聞いていて本当に胸が悪くなる。おそらく看護士さんが色々と博識だったり院内の事情通だったりで二人共、敵わないことが多く、それが悔しかったようだ。私はアホなので色々教わることも多くとても助かったので素直にへーって聞いてたけど^^;それが「悔しい・ムカツク」ってなる人もいるんだねぇ。。まぁ、でも、辞めた看護士さんもこの二人の事は不満を言ってたのでお互い様か(笑)私は一体、どっちだったんだろか???嫌われてたのか、好かれてたのか、あるいはどっちでもなくどうでも良かったのか^^;結局、思いのたけを全て正直に言ったのは私にだけだったみたい。何でかねぇ~~???ただ愚痴を言いたかっただけ?それとも私を通してみんなに言って欲しいのかな?と思ったけれどいまさら、そんなこと言っても何も始まらないのでもう辞めよう。ここに書いて昇華しよう。新しく来た看護師さんは若くて可愛くて礼儀正しく清潔感があってとてもよい人。ベテラン看護士さんもちゃんと立てて上手くやって行ってる。臨床心理士になるために通信で大学へ行ってるそうなので人の気持ちが分かるのだろうか、下手なことは言わない感じ。あまりにもいい人なのでストレス溜めないで欲しいな。長く勤める予定はないようなので大丈夫かな。それにしても看護師ってこのご時世でもすぐに再就職先が見つかる、スバらしい職業ですね。私も一時はなろうかなと思ったこともありましたが絶対にミスが許されない仕事なのでおっちょこちょいの私には無理!っと分かりました。お金の間違いや計算違いは後からでも何とかなるけど注射打ち間違えとか点滴間違えたなんてシャレになりませんからねー。ええ。
2011.04.29
コメント(0)
お仕事始めて丸4年が過ぎました。(えっ?ホント??)体外の治療費を稼いだらすぐにでも辞める予定だったのに、、、、ほんのちょっとの腰かけのツモリだったのに、、、、人生とは不思議なものですね。10年ぶりの社会復帰おまけに未経験の仕事だったので一年目はマジで倒れる寸前まで頑張ったので翌年時給が上がり2年目も先輩が突然の産休に入る事になり穴埋めとしてさらに上の仕事を任されるようになったら翌年も時給が上がり。すっかり毎年、上がるものだと思い込んでいたら3年目は楽していたら据え置きのまま。まぁ、でもいいや、現状維持でと思ったら4年目になって突然、仕事は干されるわ、戻っても週イチになるわ。あまりの扱いに本気で辞めようと思ったこともあったけれど。。。結局、なんだかんだで続けています。人生でひとつの職場でこんなに続いたことはありません。不妊治療という目的が無かったらおそらくとっくに辞めていただろうな。体外に入ってしまうと治療しながら都合よく休める職場なんてそうそう無いから。5年目の今年、もはや時給UPするかなんてこと脳裏にかすりもしなかった。お給料袋の明細を頂いて帰宅して見たらびっくり!!時給が上がってました!!!ひえぇ~。奇跡だ。。。週に1~2回程度しか働いてないのに。奥様にお礼を言おうにも、もう連休入っちゃった。。。次回お礼を言わなくっちゃ。そういえば震災以来、奥様ともスムーズに会話が進んで何となく雰囲気がいい感じだった。そういえば電車が止まって先輩たちが出勤できなくて頑張ったこともあったっけ。(すでに忘れてた)また一度大きくトラぶって、それ以来、何となく心が許せなかったSEの人がいたのだけど震災の時にたまたま一緒に職場にいてその時の彼の対応がとても素晴しかったのですっかり見る目が変わってしまい、「なんだ、本当はいい人だったんだな」「熱いからすぐ切れちゃったりするけど情が濃い人なんだな」と分かり。何となく関係修復的な感じになり。今思うと、トラブった時は大変だったし、辛かったけどあそこで辞めなくて良かった。誰かを恨んで辞めてもしこりが残るだけで何も解決にはならない。我慢してプライドも何も捨てて踏ん張って残って、その結果、わだかまりが解けた。そう言う意味では震災も悪くはなかったかも。(亡くなられた方々には不謹慎な発言ですが)痛みがあってそれで学ぶこともある。のであれば、この震災もきっと同じことだ。規模が大きいけれどこの教訓を生かして脱・原発なのだ!
2011.04.27
コメント(0)
昨年の今頃、夫の祖母が亡くなりました。がー!その前日から高熱を出して倒れていた私。。。(春先に毎年、大風邪引くようです)お通夜もお葬式もパス。今年は先月すでに風邪も引いてデトックスも済み無事に参加できました。ところで私たち夫婦は結婚式もしてないし、夫の方の親類はお正月やお盆に集まって会う習慣もなく。結婚して12年間、夫の親類方に会ったことがなんと一度もありませんでした。ので、今回が嫁デビュー!ので、ちょっと緊張・・。うちの実家の方は親類と言っても母方は岐阜にいてこっちは父の妹が二人(叔母夫婦&従妹一人ずつ)のみなので法事の時もごく少数なので気を使う事もありませんが夫の方は義父の兄妹と祖父の兄弟と祖母の兄弟といて紹介されても誰がなにやら、とても一度で覚えられません。。。祖父も祖母も地元の人だったので親類もそのまま地元に大勢いるようで。地域ど密着。地元でご商売されてる人が多く下町なのでせっかちで口が悪くてテンポが速い。義父は埼玉の人で農家の人が多く親類方も比較的大人しめ。めちゃめちゃ正反対な人たちが一同に会してるので、た、対応がーー。しかし江戸っ子さんたちと話してるとまるで落語の世界ですね・・。うちの夫がなぜ時々ガラが悪くなってしまうのかよく分かりました。この人たちのDNAなんですね!!!!(笑)てめぇこのヤロ、ふざけんな、バカヤロ、これがフツウの表現なのです。うちの実家は隣の区で祖父も父も東京生まれの東京育ちだけどそんな言葉遣いをする人は誰もいません。同じ東京でもだいぶ違うもんだわぁ。。でも、夫と同じように口は悪くても腹には何もないので正直で分かりやすくていいかもしんない。うちの親類方は表面は穏やかで礼儀正しいけど腹の中は。。。。だもんねぇ。。この日は朝から大雨で一瞬晴れたかと思うと突風が吹き時に横殴りのどしゃぶりとめまぐるしいお天気。お墓もお寺も実家の近くなので歩いて行くのでタイヘンでした。しかし法要後のお説教でご住職が「雨はこの世の穢れを洗い落とすお清めの意味もありますので故人もきっと喜ばれるでしょう」と。また震災についても触れられて「祖母にだけでなく28日は震災から49日にあたるのでその事を少しでも心の中にとどめてお参りをされると亡くなった方々のためになるので、」とおっしゃってました。うちの実家の方のお寺はわりと大きめでかなり豪華な感じなので修行中の方も沢山いて住職さんは最後に出てきてお経だけあげてさっさと引っ込んでしまいお話なんてしてくれたことが無い。けれどこのお寺は小さいけれどとてもお手入れが行き届きお庭も綺麗でなんだかほっとする感じの場所。住職さんもよくお墓であちこちお手入れしてみえる。(どうやら大黒さんもなくお一人のよう)地域密着な感じでアットホーム。本来のお寺とかお墓ってこんな感じだったんだろうなぁと。お説教も心に染みる内容で、私、涙が出てしまいました。。会食もお寺の隣の出来たばかりの会場で仕出し弁当と聞いてたので期待してませんでしたが、懐石料理 青山 のお弁当とかでなかなか豪華で美味しかったです。引き物はとらやの和菓子でしたし。義両親ちょっと気張った?よう。うちは財政困難な折なので一銭も出さず。申し訳ないっす。そういえば、人生で初の親類からのお子さんは?攻撃に逢いました。これがウワサの~~!!って感じでしたが。12年も経ってるのでもはや、まだ、とも言えず、ただ居ませんと答えるしかない。不思議と嫌な気持ちにも何もならず。通過儀礼的なものだろうし、単なる挨拶程度にしか感じませんでした。むしろ夫の方がオタオタしてたのでおかしかったなぁ。とりあえず9時半に実家について終わったのが3時。気を使ったので仕事より疲れた。。。実家にも寄らないでそのまま帰宅して着替えて爆睡しちゃったもんね。でも、ようやくお役目を果たせたようで気持ちはスッキリしました。また一年後、、、、ガンバロウ。。
2011.04.23
コメント(0)
漢方相談の日。ちょうど排卵日翌日だったので高温期の処方に入りたいけどまだのぼせと痒みがあるのでどうしましょう?って状態。ここしばらく寝る前にお酒を飲むようになり。飲んでるとつい楽しくなって寝るのが遅くなり寝つきは良いけど眠り事が浅く睡眠の質も悪くなり、腎虚で熱がこもり痒みとのぼせに繋がるそう。あとは過食が止まらず胃が大きくなって大量に食べてたら一ヶ月で1.5キロ増加。。。胃にも負担がかかって最近ちょっと胃痛が。。おそらく不安や迷いやストレスが食べすぎと飲酒に向かったのだ。少し前までは拒食で今度は過食か。。。極端だなぁ。でも多少お肉がついたほうが顔のシワが伸びる気が(笑)前回は結局、迷った末、タイミングも取らず完璧なお休み周期にした。漢方と整体で身体を整え始めてからはたとえどんな状況でも機会を逃さず頑張り続けて3年近く?休むのも勇気がいるもので。でも休んだら一瞬、空しさもありつつも楽になった部分もあり。今回もまだまだ原発も落ち着き先が不明なままなのでお休みしようかなぁと思っていたのだけど。。。体温はずっと測ってなかったので10日目ぐらいに慌てて測りだし。LHも適当にチェックする程度。しかし昨夜、寝る前になって右の卵巣付近がキュウキュウ言い出して。あんた~ちょっと~ナニやってるの~アタシ出ちゃうわよ~いいの?いいのね?っと卵ちゃんの叫び声が聞こえた。ので、覚悟を決めて気持ちよく寝ていた夫を起こす羽目に。この一ヶ月、色々な事があって迷ったり悩んだりしばらくは立ち止まって考えたりしたけれど冷静になってみれば今の私が妊娠して無事に出産する可能性ってとーーーっても低い確率しかないのだ。体外で2回、採卵まではできたけれど、受精しても分割すらしていないのだから。なのに今、妊娠したらどうしようなんて不安になってるのって。。。アホみたいな話だなとようやく自分で気がついた(笑)タイミングで授かる確率なんて本当に奇跡みたいなもんだ。そんな奇跡が起きるならそのお子ちゃまは相当、奇跡の子。そんな凄いパワーを持ってるならきっとどんな世の中でも乗り越えて行く力があるだろう。そのときは私も覚悟を決めねば。どんな困難にでも立ち向かってその子を守らなくっちゃ。今まで体験したことの無い未曾有の災害が起き、その後の原発問題、一時とは生まれて始めて物資が無くなり、水道が汚染され、自分がどんなに頑張ってもどうしようも出来ない無力感、不安感、余震の怖さ。未だ終息の見えない状況の中でそれでも日本人としてここで生きていかねばならない。逃げるよりも立ち向かう、立ち向かうと言うより受け入れる。この運命を受け入れる。迎い入れる。そう言う腹がほんの少しだけ座った気がする。正直、私が30代ならあと一年ぐらいは待ちたいところだけど。もうすぐ42歳!!!!時間にカギリガアリマス。(弾丸トラベラー風に)もうはや待ってられないんだなぁ~これが。これも定めじゃ。。
2011.04.21
コメント(0)
東京都議会民主が自販機の“節電条例”を提案へとうとう来ちゃった。震災後、原発の問題が起き、電力が足りないとなってから自販機なんて即効、削られるだろうと予測はしていたものの。。実際には撤去の話もなく世間でもあまり話題になってなかったのでちょっと安心しかけた矢先。石原のおっさんなんかが再選しちゃったからだ。まぁ、イチ国民として冷静に考えれば致し方ない面もあるとは思う。電力を必要とするどの業界も痛み分けないとならない。思うが、実際に自販機で食べてる業界は死活問題だ。うちの夫ちゃんの会社はオフィスや学校やコンビ映画館なども顧客がいるけれど屋外の自販機の方がずっと割合が大きい。月給はめっちゃ少ないけれどボーナスがそこそこなのでそれを月々に割り振ってなんとかなっている。しかしボーナスはどこから出るかと言えば支店の半年ごとの売り上げが反映されるわけで。昨年の猛暑ではバカ売れでボーナス+報奨金が出た。それで体外をやりつつ私の収入減(年収でマイナス30万ぐらい)でもなんとかやれたんけど。。この条例どおりになればほとんど夏の売り上げがない、となると冬のボーナスが無くなるということ。そうなったらたとえ妊娠できても生活が成り立たないよ~~~。。私の予測した最悪の状態が本当になるかもしれない。夫婦二人でフルで働けばなんとかなるけれど。子供がいたら相当、厳しい。。まぁ、しょうがない。震災ショックで夫の実家が新築する事になったので(何しろ築40年以上なので)子供が出来たとしたら夫の実家へ入れて貰うか。。義理両親と同居なんてものすっごーいイヤだけど。最悪うちの実家でも同居できないことも無い。それもすごーいイヤだけどぉ~~!!子供のためならしょうがない、かな。万が一、倒産、転職なんて事になっても家賃がなければ相当、楽。食費と生活費ぐらいは働き者の夫ちゃんなら何をやっても稼いでくれるでしょう。。。多分。
2011.04.15
コメント(0)
はははは~とうとうキタ~!(笑)もうすぐ41歳になる夫ちゃん。18歳から働き始め、くそ重~いジュースの箱(その当時はペットじゃなく缶だったので今より相当重い)を4ケースも5ケースも(エレベータのない古いビルとかだと)階段で一気に運んだり、毎日積み込みもあれば荷下ろしもあり若い頃は相当ハードお仕事っぷりだったけど腰痛には一度もなったことが無かった。同僚では腰痛で仕事を辞めた人も沢山いるのに。腰痛だけでなく肩こりもほぼ無い人でして^^;一方、私は結婚して3ヶ月後に初ぎっくり腰を経験して以来ぎっくりだけでなくそのまま慢性化し一時は腰痛がひどくて寝たきりだった頃もあったっけなぁ。おかげさまで今ではすっかり元気ですが。まず、7日に帰宅後、「やばい、、ぎっくりった。。」とご報告があり。お客さんの所にクレーム処理に行った際に菓子折り持ち上げた瞬間来たそう。そりゃぁ、どう考えてもストレスでっしょぉ。。何しろ1月に支店長になって以来、色々あったもんねぇ。。労働時間が減って身体は楽になったけど精神的には色々と重圧が。。私が聞いても「ふぇ~?そんなミスしますかぁ~??」と言うようなアホなミスをする人も多々おり。(これが年齢限らず、年上でもそんなのがいるのだなぁ)その人たちのフォローで人生初の土下座を経験したり。。その前の土日は部下(24歳)が亡くなってお通夜お葬式とあったし。その上、この震災でさらに通常とは違う対応が必要な上に商品欠品でクレーム付けられたりね~。まぁでも、一ヶ月近く経ってようやく停電も無くなり通常モードに入りつつあるところで来ちゃった。私もそうだけど人間、本当の本当に大変な時は意外と平気なのだ。神経が張り詰めてるので多少の事には耐えられる。しかし、それが落ち着きふっと緩んだ瞬間にドーっと来る事が多い。夫ちゃんもなんとなく慣れて来て気が緩んだのかもなぁ。。珍しく「整体に行こうかなぁ・・・」と自分から言ったので「そうすれば?」と返事したのだけど結局、翌日、普通に仕事へ行き(朝は調子良かったそう)帰ってきてまた不調になり。土曜日の朝、起きたら自分で予約しなさいよ~と言ったのに調子がよさそうだからやっぱりイイや、と。半日ゴロゴロした後はスーツを買いに行き。その間は全く痛みを忘れてて。寝る頃にはちょっと痛い、とか言い始め。日曜日はお花見予定だったのに車の点検だからと言って半日お出かけ。帰宅したのは夜8時近く。。2日間気を使ってなるべく優しくしてあげてたのだけどさすがに私もいい加減にしろ~とぷち切れたら(2日目だったので。。。)夫も珍しくぶち切れ返してきた。翌日は、普通に出勤した。ちょっとだけ心配してたけど結局、治って元気になって帰ってきたっつー。。そうですか。私に怒りをぶつけて治ったのね。まぁ、仕事のストレスなのは明白なので「いざとなったら仕事なんか辞めちゃっていいんだよ。」「二人で退職金持って沖縄に移住しよう!」と言ってあげたのが効いたのかしら。。前は「そんな大変なら仕事辞めちゃえ!」って良く言ってたけど最近は言えなくなっていたなぁ。。やっぱり不妊治療でお金がかかるし。。。子供が出来たら安定した収入が欲しいし。でも、今はそんな欲もどっかへ行っちゃったので素直に辞めてもいいんだよ~と言えるようになった。原発もまだまだ危ない状況を脱してないし。。私の妊活はどーなる事やら。。
2011.04.12
コメント(0)
全6件 (6件中 1-6件目)
1