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前に書いた2つの日記・新島襄と八重のお墓を訪ねて・新島襄の肖像画を描いた伊藤快彦今年の1月に京都で新島襄ゆかりの地を歩いてみたときの日記ですこのとき、わからなかったことがいろいろありました なぜ新島襄と八重のお墓が若王子の山頂にあるのか? なぜ八重のお兄さん、山本覚馬のお墓もここに? なぜ伊藤快彦は新島襄の肖像画を描いたのか? その肖像画はなぜ今同志社にあるのか?先日、私の疑問に答えてくれる1枚の紙を入手しました熊野若王子神社でいただいたものですその紙は『新島襄・八重(八重子)と熊野若王子神社とのご縁』という題で始まってます。それによると…山本覚馬は京都府顧問の職にあり、当時若王子神社の26代宮司だった伊藤快彦と接点があったと。画家、伊藤快彦は若王子の宮司でもあったんです。新島襄が学校創立に伴いアメリカから招いた宣教師が亡くなったとき、埋葬する所がなく困っている。という話を伊藤宮司は山本覚馬から聞きます。当時のキリスト教に対する偏見が理由です。そこで「(当時社領地の)山の頂上だが葬れるのでは」と伊藤宮司が申し出た、とあります。それが「同志社共同墓地」私が新島襄と八重のお墓参りをしたときに目にした、たくさんの十字架の墓石。更に、47歳の若さで新島襄が他界したとき、父親の眠る南禅寺に葬られるはずが、まだ残るキリスト教への偏見のため叶わず、同墓地へ埋葬されたそうです。山頂にある新島襄のお墓には、「葬儀の後、学生に担がれてここに埋葬された」とありました。そういういきさつがあったんですね。当時画家として上京していた伊藤宮司は、新島襄の訃報と若王子山に葬られた因縁を想い、肖像画を描いたそうです。その後帰省し、同志社の生徒であった小崎継憲の勧めで同志社に寄贈したそうです。その肖像画は現在、同志社の礼拝堂に掲げられている。山本覚馬がこの墓地に眠る理由については書かれてなかったけど、こういった縁があったからなのでしょうか==========================================================
2013.05.18
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かなりお気に入りのトクトクきっぷですJR四国のバースデイきっぷ四国に2年程住んでたけど、そのときはこのきっぷの存在を知らずに損した気分ずっと四国に住んでる友人に聞いてみたけど、なんと今でも知らなかった誕生月の3日間、JR四国全線が乗り放題(本州側は児島から)しかも!特急のグリーン車が利用できるんです。これはホンマすごい四国の特急を乗られた方はご存じでしょうが…海沿いも山の中も振り子狭い座席だと結構しんどいですが、グリーン席だと1人掛け-通路-2人掛け、1列に3人でゆったり普通車とは比べられないくらいラクチンで、気分はリッチバースデイきっぷは10,000円同行者も3人まで同じく1人10,000円で購入できます発売場所は四国内の駅、旅行代理店となってますが、大阪にJR四国の旅行相談窓口、ワープの梅田支店があり買うことができます私はここで買いました。買いに行けないって方は、郵送対応もあったと思うので確認してみてください(去年は確かありました)詳しくはJR四国のここでバースデイきっぷを使った四国遍路旅はまたアップしたいと思います===============================================
2013.05.14
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2013.05.07
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