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岐阜城先代が始めて ほったらかしになってるお城巡り・・・2代目が引き継いで ほそぼそでも書いていこうとおもうんだけど とっかかりは近いところからってことで キムタクの映画でも出てくる岐阜城に行ってきたよ このお城は先代が10年くらい前にアップしてるんでダブるんだけど 10年ひと昔っていうじゃん 新たな気持でご覧ください! 天気も良かったからいい写真が撮れたし この日は(2023年5月18日)気温が33度まで上がる予報が出てたので とても徒歩で登るのは無理とおもい ロープウェイにしたのね 中は割と広くて詰めれば30人くらいは乗れそうかな コロナが収束に向かい外国人観光客の姿も珍しくなくなってるよ 岐阜城の建っている金華山(旧稲葉山)は 標高350メートルくらいなのでロープウェイはほんの数分で着いちゃいます でも新緑の景色は最高! 料金は往復券で大人1100円でした 15分ごとに出発してます 素敵なかわいい添乗員さんが説明してくれるよ 駐車場からロープウェイ乗り場まで5分 上ってお城を観て周辺を散策して下ってきてお土産とか買ったりして駐車場にもどっても2時間くらいかな ロープウェイを降りると少し歩いて登らなければならないわ 自然が多く残ってるので野生動物もいるから イノシシ注意なんかの看板があるんだよ ほかにも秋になるとスズメバチの被害もあるし ハイキングのつもりでいると危ないこともあるのよね 毎年ハチに刺される人は必ずいるよ! 天守閣が見えてきた! もちろん再建されたお城です しっかりとした記録や図面などがほとんど残されていないので当時を再現してるわけじゃないそうですが 山の上にそれほど大きくない天守が似合ってるとおもう お城の中は資料館で最上階は展望台みたいなみたいなものね 入場料は大人200円よ! お城はかなりきれいになってる 大河ドラマ「麒麟が来る」のときに合わせて化粧直ししたらしいわ では展示内容をいくつか紹介します 山のふもとには絢爛豪華な信長公の館が作られていたそうです でも関ヶ原の戦いの討伐戦で焼けちゃったらしいわ 今は発掘作業が進み どのような規模かが判ってきて次のような想像図もできるようになったみたい 織田信長公の木像 これは復元されたものね ちょっと現代的 信長公が好んで着用したという西洋風の甲冑とマント(これも伝聞や想像から復元されたものみたいだけど) 信長公と言えば「西洋かぶれ」も有名なんだけど 好奇心旺盛な人だったのよね 世界地図が描かれた屏風 これはどうも本物みたい こういう品をそばに置いていたっていうから 日本国内だけでなく世界というものに関心があり夢も感じてたのかもしれないわね 地球儀と眼鏡 信長公の時代のものなのかちょっとわかんないけど 新しいものへの関心が高い人だったという意味の展示かな? ここでウンチクを言うと オーストラリア大陸がヨーロッパに知られたのはクック船長などが到達した17世紀ごろからなので 信長公の時代より後なのね この地球儀にはオーストラリアが描かれてるから18世紀ごろのものじゃないかな?(ただし 古い地球儀にあとから描き加えたのかもしれないけど) 天守最上階からの眺め 岐阜城は先代のブログでも「景色が最高」って書いてあるんだけど ホントその通り! 天気のいい日に登れば素晴らしい眺望をたのしめるよ まず清流長良川が上流から下流まで流れゆく様子を一望のもとに観ることができるの これは岐阜城からじゃないと味わえないわよ ドローン使えばって? 登って自分の眼で観なきゃ!きっと鵜飼の夜は幻想的なんだろうな 次の写真はお城へ登ってくる参道 向かって左側は険しい崖になってて簡単に攻めてこれないのね 実際にすごい傾斜で落ちたら危ないよ ロープウェイで降りてきました 売店ではいろんなグッズを売ってます お土産も豊富にあります いま「日本百名城」に入ってるお城には 御朱印が用意されてるよ! 登城記念に手に入れました もちろん有料で1枚300円 お寺や神社へ行ってもらう御朱印と同じような感じね これから行くところでは集めていこうとおもってるの お城への参道の途中ではお賽銭を入れて厄除けのお札がいただけますよ これは金額を問いません 2代目は5円入れてもらってきました(3枚も!)ヤバいかな おうちの入り口に貼っておくもので 一番上に「門札」と書いてあります それと今年も「お城スタンプラリー」やってるんだね 5月11日からスタートしていて12月28日までです 対象になってるお城は12城で 最初にアプリをダウンロードして 行った先のお城にあるQRコードでスタンプを読み込んでいく仕組みのようです 先代は一所懸命やってたみたいだけど 2代目は追い詰められてるような気がしちゃうのでやりません のんびり廻りたいもん! お城は愛知・岐阜・三重・静岡・滋賀の5県にあるもの 5~6年前は確か長野や北陸・近畿まで入ってたらしいけど 多分ハード過ぎてみんな途中でやめちゃったんじゃないかな 今回ので見るとかなり縮小されてるわねえ さて 次回はいつどこになるかまだわかんないけど お城ファンのみなさんは期待して待っててね!
2023年05月22日
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お城スタンプラリー第4回 9月3日(水曜日)はお昼から時間があったので郡上八幡に行ってきました。非公式サイトの家から車で片道1時間強。半日しか時間がなかったので郡上八幡城の一か所ですが、その分写真をたくさん載せますね♪郡上八幡城 岐阜県郡上市にあります。岐阜県は北の飛騨地方と、南の美濃地方とに分けられますが、郡上というのは境目にあたる微妙な位置で、奥美濃と言われることもあります。でも山が多く雪もよく降るし、気候風土は飛騨地方に近いですね。お城は山の上に在り、眼下には城下町があります。マップで見るとこんな感じ。 小さくて申し訳ありませんが上のマップの中央に山内一豊夫婦の像があります。確認できますか?次の写真がそれです。左上に小さく見えるのが郡上八幡城の天守閣です。 土佐にあるべきこの二人の像が何故ここにあるかというと、初代八幡城主である遠藤盛数の娘が一豊の妻・千代であると云う家系図がこの地方には各所にたくさん残っているんです。近年にはそれを裏付けるような家系図や陣立図が高知県でも発見されているようで、一応「千代の出身地」と名乗っています。 それでは、まず城下から城を眺めてみます。それほど高い山ではないことがわかりますね。 では天守閣近くに行ってみましょうね。 山城らしいどっしりとした風格ですが、お城はどこか模型っぽい雰囲気もありますよね。天守閣を近くで見るとこんな感じ。 もともとのお城は焼失していて、これは再築されたものですが、ふつう再築というとほとんどが鉄筋コンクリートです。でも郡上八幡城は木造にこだわって立て直された非常に珍しい事例です。再築工事中の骨組みの写真が残っていました。 建物の中の様子を見てもまさに木造建築です。雰囲気はありますね。 天守から城下を見下ろすとこんな感じです。町が魚の形をしていると言われてますがどうなのかな? 城下町に降りてくると郡上踊りの提燈が下がっています。7月に始まって9月13日までかな、今もまだ期間中なんですよ! さすが小京都と言われるだけに、古い町並みが残っています。大正時代頃の街並みとのこと。 名水として有名な「宗祇水(そうぎすい)」はこちらの路地の奥。 この社の下からこんこんと湧き出ています。 郡上八幡で有名になったのは食品サンプル。あちこちにお店があります。これは巨大なハンバーグとビビンバ。 最後にパンフレットを載せてということで、少しでも郡上八幡のことが分かっていただけましたか?今年も踊りは行けなかったのですが、暑い夜の郡上踊りはダイエットにもいいとか。さて、しばらくは忙しいので次のお城をを回ることができません。10月になったら頑張ります。ではまたね! http://professor-mino.blogspot.com/
2014年09月04日
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お城スタンプラリー第3回 8月31日(日曜日)は滋賀県のお城3か所を回ってきました。夏休み最後の日でしかも日曜日とあってかなり渋滞しました。比較的近い3つのお城なんですが、移動に思わぬ時間を取られて1日仕事になりました。以下紹介します。長浜城 最初に行ったのは長浜城。木下藤吉郎が姉川の合戦〜小谷城の浅井攻めの功績から北近江3郡を与えられたときに築いた城です。今は鉄筋コンクリートの資料館ですが、琵琶湖畔に美しい姿で建っています。まずは公園の噴水の向こうに見える長浜城です。 近づいて見たときの天守(資料館)です。重心が低く安定感のある姿です。何となく岐阜城に似てるかな。岐阜城はまだ行ってないので別の機会に載せます。 同じ敷地内の歴史資料館では特別展が行われていました。 彦根市の方角を眺めると、小さくかろうじて彦根城が見えましたよ!前方の小高い丘の上に天守閣が確認できます。お分かりになりますか?彦根城 次は彦根城です。長浜からは普通なら車で20分くらいですが、彦根城近くに来ると渋滞でした。まず彦根城といえばお堀。お城をぐるっと取り巻いて、内堀と外堀が完全に残っています。素晴らしいですよ。 平山城(ひらやまじろ)と呼ばれる,平地のちょっとした山に造られたお城の代表格。でも高低差は結構あるのでかなり登らないといけません。 この橋は2時間ドラマなどでよく使われる場所のようです。 国宝の天守閣。それほど大きいものではありませんが、建築当時のままに近い状態で今日に残る貴重なお城です。美しい姿に感動。 お城の中もほぼ当時のまま。天守閣に住んでたわけじゃなく有事の際の要塞ですから、中は意外と狭いんですよね。階段は75度くらいの勾配で危ないです。犬山城より急ですね。狭い階段が各階に1か所なので上り下りが時間がかかります。人も多いし、入ってから最上階まで20分くらいかかりました。 別角度からの天守閣。何処から見ても美しいです。安土城跡 最後に安土城跡へ行きました。ここは「日本どまんなかお城スタンプラリ」ではなく、「信長夢街道スタンプラリー」のポイントです。下の写真は登り口。この山上に城跡があります。 階段の勾配はかなりきついし、一段一段の段差が大きいので汗だくになりました。下の写真は天守跡に近い場所。緩やかになってきています。 石段のあちこちには墓石が見られます。建設時の石材不足のため、信長が近在の寺などに命じて拠出させたものらしいです。宗教を信じていなかったと言われる信長らしいです。 天守閣の跡です。それほどの面積じゃないですね。 せっかく城跡までいったのにスタンプは置いてなく、どこにあるのかと思ったらJR安土駅前にある安土城郭資料館だということなのでそちらにも行くことに。 ここで面白いものを見たのですが、次の写真です。これは当時来日していた宣教師のうちの絵心のある人が描いた信長の肖像画と伝えられるものです。かなりリアルで、日本画の肖像とも印象が違います。どちらが近いのでしょうね? 安土城の屏風です。安土城は日本で初めて外国に紹介された城ということで有名ですね。 最後に、頂いてきたパンフレットを載せておきます。だいぶ集まってきましたよ! http://professor-mino.blogspot.com/
2014年09月01日
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お城スタンプラリー第2回 天気は悪かったのですが、時間があったので近いところを2か所2時間ほどで回ってきました。夏休みなので子供連れのお客さんはちょこちょこ来ていましたね。もちろんスタンプラリーの台紙を持った子供もいましたよ。大垣城 まずは地元の大垣城。第二次大戦の空襲で焼けてしまったので鉄筋コンクリートで再建されたものです。平地にお堀に囲まれて立っていて国宝だったのですが、その面影はありません。当時の姿から見てみます。この状態で残ってたら素晴らしかったと思いますが、まことに残念。 では今の姿を見てみると 別の角度から 河川に囲まれて水害の多いこの地域を象徴する浸水のあと。写真の真ん中あたりの石垣に、明治の大水害の時の水位が横線で刻まれています。お城のここまで浸かったということは町はすべて水没ですね。 町を見下ろす。平地に建てられた城なのでそれほどすごい眺望ではありません。 大垣城は関ヶ原の戦いで石田三成が最初に本陣を置きました。合戦ののち、家康の兵によって攻め落とされました。その様子がジオラマで復元されています。墨俣一夜城 同じ大垣市内の墨俣町にあります。藤吉郎の出世物語の原点として有名ですね。稲葉山の岐阜城を攻めるため信長に命じられた木下藤吉郎は蜂須賀衆とともに一昼夜で築いた砦です。資料館が建てられていますが、これは大垣城をモデルにしたもので、実際は一夜で作ったというだけあって粗末な砦だったようです。その絵図が次の写真です。 長良川の中州に築かれたもので、現地に行くとその名残をとどめてはいます。現在の姿はどうかといえば 秀吉像とのツーショット 名古屋方面を眺めています。手前は犀川、その向こうが清流長良川ですが、先日の台風や連日の雷雨などで増水しています。水が青々としているときはきれいな風景なんですが・・・ 東海道と中山道を結ぶ脇街道「美濃路」の宿場として栄えた墨俣宿のほうを眺めています。当時を復元したジオラマと比べてみてください。 岐阜方面を見ると雨に霞んで稲葉山(現在は金華山といいます)が見えました。長良川の向こう岸に県庁と県警本部のビル。そのむこうにうっすらかすんでいるのが稲葉山で、頂上に岐阜城があります。見えるかな? 一夜城の敷地内には、お約束の豊国神社があったり、秀吉ゆかりのひょうたんが飾ってあったりします。今日貰って来たパンフレットを載せて終りにします。 http://professor-mino.blogspot.com/
2014年08月17日
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ナゴヤ球場で予定されていたウェスタンの中日-阪神戦がグランドコンディション不良のため中止! 名古屋まで出かけて1日何もしないのもバカみたいだし、せっかくなのでお城スタンプラリーに切り替えました。今年も一からのスタート。つぎの写真が台紙ですが、昨年は14か所だったのが20か所に増えています。松本城や富山城も入っていた、かなりきついです。3月から始まってるのでかなりの出遅れですが、どこまでいけるか頑張ってみます。名古屋城さて、名古屋に行ったんだから最初は名古屋城です下は復元中の本丸御殿表玄関です下から見上げた天守閣、威圧されます名古屋城から見たナゴヤドーム、ビルが邪魔ですが見えます小牧山城次に小牧山城に行きました ここは去年も紹介しました小牧山から見たナゴヤドーム、辛うじて見えます。手前は名古屋空港国宝犬山城 今日のメインは犬山城。去年は行けなかったんです。久しぶりですが、建設当時の姿が残っている数少ないお城で国宝に指定されています。木曽川沿いの小高い山に建てられていて風景に溶け込んだ姿がとても良いですね。古風な天守閣は落ち着きがあります別の角度から見上げるとお城の上から中庭をみおろす 回廊も木製でちょっと怖いです木曽川を見下ろす 先日の台風でまだ増水していますね 建物の中も木造 階段は昔の状態ですからとても急傾斜で、女の子はパンツが見えそう。このお城に上るときはスカートは禁物ですよ。名古屋方面の眺め さすがにナゴヤドームは見つけられませんでした今日行ったところのパンフレット どれだけ集まるかなもう一つ、こんなスタンプラリーもやってます。4か所なので何とかなりそうです 写真では分かりにくいですが、平日なのにお盆休みの人が多いのと、その人たちが子供を連れてきているので、すごく人が多かったです。お城からお城までの道中もずっと渋滞。3か所回っただけなのにドッと疲れました。 http://professor-mino.blogspot.com/
2014年08月12日
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小牧山城に行ってきました 愛知県小牧市は岐阜県との県境にあります。平地の中にポコンと砲台のように山があります。標高は約85メートルですから丘みたいなものですね。 駿河の今川義元を桶狭間に迎え撃って倒し、後顧の憂いのなくなった織田信長は、美濃の斉藤道三の攻略を決断します。信長は桶狭間の戦いから3年後、この小牧山に美濃攻略の城を築き、尾張清須城を出てここに移ります。 信長が拠点としたのは、4年後、稲葉山城(岐阜城)を攻略して居を移すまでの間だけでした。城と呼んでいますが一時的な砦にすぎず、立派な石垣があるわけではありません。今ある歴史資料館のような天守閣があったのかどうかもよく分かっていないようです。 その後、小牧・長久手の戦いで、徳川家康がこの砦跡を拠点にして豊臣秀吉と戦いうまでは荒れたままだったと言われています。 次の写真は北方、岐阜方面を眺めたところ。本当は岐阜城が見えるはずですが今日は少しかすんでしまって、良く見えません。 下の写真は、名古屋城方向ですが、かすんでる上に逆光で、まったく見えません。本当なら、名古屋城も清須城も見えるんですよ。 戦国の三英傑がかかわった城にしては、扱いが地味です。眺めもいいし、いい運動になるし、とてもいいお城ですよ!皆さんにも一度は登ってほしいな。 http://professor-mino.blogspot.com/
2013年11月02日
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岐阜城に行ってきました 岐阜城は岐阜市の東部、金華山の上にある山城です。 岐阜は織田信長が斉藤氏を滅ぼして美濃を制圧した時、初めて中国を統一した周の文王が「岐山に起って天下を治めた」という故事にちなんで「岐の阜」(ぎのさと)すなわち岐阜と命名したと言われています。このお城も、それまでは稲葉山城と呼ばれていましたが、岐阜城に改まりました。 金華山は標高が329メートル。幾つもの登山ルートがあって近くの人たちは歩いて登ったりしてますが、今日は時間もあまりなかったのでロープウェイを利用しました。 上に登ると、頂上の緑の中に天守閣がそびえています。といっても割と小ぶりな天守閣ですね。これは再建されたもので、当時のものは戦国後期に焼失しています。 岐阜の街を見下ろしてみました。眼下に清流長良川が流れていて、その両側に街が開けています。長良川球場なども見えますよ。今日はちょっと雲が多く、遠くはかすんでました。周囲に遮るものがないため360度の大パノラマです。 ちょうど近くの幼稚園の年長組の子供たちが遠足に来ていました。聞いてみたらなんと下から歩いて登ってきたそうです。さすが疲れ知らずですが、家に帰ったらぐったりかもしれませんよ。 ふもとの岐阜公園には、自由民権運動の板垣退助氏の銅像があります。明治15年4月6日、この地を訪れていた板垣は演説後、刺客に刺されて暗殺されました。そのとき「板垣死すとも自由は死せず」の言葉を残したとされます。 岐阜城は城の規模も小さく、展示物などはあまり多くありませんが、とにかく眺めが最高なので一度登っていただきたいですね。もちろん健康のため徒歩で登ることをお勧めしますよ。高齢者の方も沢山登ってらっしゃいますから、負けられません。 http://professor-mino.blogspot.com/
2013年10月11日
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滋賀県北近江地方の2つのお城です 近いところでスタンプをゲットしようとお隣滋賀県の長浜城と彦根城に行ってきました。うちからだと、高速道路を使わなくても長浜城まではジャスト1時間。こんなに近いんだから、もっと早く行ってればよかったと思います。8日に行って来たんですが空がどんよりとして、ちょっと雨もようでした。 長浜城は秀吉もごく短期間しかここにいなかったし、江戸初期には解体されてしまったのでこの姿だったのかどうかはわかりません。姉川の合戦の手柄によって秀吉が初めて信長から大名待遇を許され、新しく築いたお城ということです。その時に城下町も綺麗な碁盤の目に整備したと伝えられています。もちろん天守閣などは無くなってしまってますから、現在あるのは鉄筋コンクリートの資料館です。 さて、長浜城から彦根城までは12~13キロの距離。車で15分くらいでいけます。ひこにゃんの大ヒットから、毎年ゆるキャラ祭りも開かれるようになっています。城下町を再現した商店街も見所ですね。 ここは、琵琶湖に面したちょっとした丘というか小山を利用した平山城です。天守閣は小高いところになって結構登らないといけません。以前にも登っているので、今日は上まで行きませんでした。二重のお堀や建物の大半が当時のまま残っていて、国宝に指定されてます。江戸時代当時のことを知るには絶好の教材ですね。 もちろん入口にはひこにゃんが。着ぐるみは1日3回、30分づつ現れるんですが、予定時間が決まっています。タイミングが悪く今回は会えませんでした。帰りにお城の近くのクラブ・ハリエでバームクーヘンを買ってきて食べました。これで14か所のうち6か所のスタンプを押すことができましたこの次は自分の県内の郡上八幡城と岐阜城を目標にします http://professor-mino.blogspot.com/
2013年09月09日
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名古屋城本丸御殿復元工事 第一期完成 河村名古屋市長の肝入りで進められている名古屋城本丸御殿の第一期工事が終わり、5月29日から一般公開されているので観に行ってきました。 復元工事は三期に分けて行われます。今回は東南部分の玄関と表書院が完成し公開されました。総檜で当時の図面に忠実に再建され、工法も当時と同じです。次の写真はきわだ葺きの屋根。柿木の薄い板を幾重にも丁寧に重ねて造るんだそうです。とても手が込んでます。 中に入るとヒノキの匂いが気持ちいいです。 さすがに御三家筆頭の尾張大納言の御殿!豪華絢爛です。書院の中は金箔をはったふすま絵が再現されています。次の写真は狩野派の虎と豹の絵です。復元されたばかりなので眩しいくらいですね。下の写真は会議室みたいな部屋です。次のは謁見の間の床の間ですね。ピカピカでした。 現在、第二期工事も着手されていて、工事中の様子も見学できるようになっています。大きな仮設建物を造って、その中で御殿の再建工事をしてるので、どんな天候でも休む必要無く工事が進められています。 久しぶりに(20年ぶりくらいかな)、天守閣にも登ってきました。5層7階プラス地下室の計8階建の大天守閣は第二次大戦の空襲で焼けてしまったので、今は再建されたものですが、さすがにデカイ! 大阪城ともいい勝負ですね。てっぺんには名古屋名物金のシャチホコが! 見えますか? シャチホコは、そこらじゅうに「これでもか!」というほど展示されてるなあ。やっぱ名古屋城といえばこれだもんねぇ。 天守閣から名古屋駅の方を眺めてみるとこんな感じです。 今こんなイベントもやっています。3か所、7か所でそれぞれ景品が違いますし、全14か所を回るととても素敵なチャンスがあるとのこと。 ということで帰りに清洲城にも行ってきました。信長が半国大名だった頃の居城で、ここから天下布武を目指してスタートした記念碑的な場所ですよね。まずはスタンプ2か所ゲットです。 想像で再建されたものなので、こんなお城だったのかどうかはわかりませんが、なかなか好い雰囲気のお城です。手入れがきちんとされてて好感が持てるなあ。今年はお城のブログも書いていこうかな。根気が続くかどうか・・・ http://professor-mino.blogspot.com/
2013年06月09日
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