シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2008年04月14日
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カテゴリ: トークドラマ
 BSフジで、「電車男」の再放送をやっている。理想的純愛物語である。非常に懐かしさを覚えてしまう。

 「電車男」はかつての「101回目のプロポーズ」を思い起こさせる。主人公は、中年と、若いオタクの違いはあるが、どちらも、一見、女性にもてないタイプで共通している。

 それよりなにより、非現実的な、男性の女性に求める、純な理想的展開のドラマストーリーにあるように思える。

 どちらも、女性は、手に届かない憧れの存在である。手に届かない憧れの存在だからこそ、かえって、対照的に、主人公の純粋さを際立たせている。

 そして、重要なのは、どちらの女性も、純粋に、惨めな男の愛に応えようとしている点である。それが、かえって、男性に健気さ、純真さを思わせ、更に憧れの対象にしてしまうのである。

 「101回目のプロポーズ」をみたとき、漫画「めぞん一刻」と、「銀河鉄道999」を混ぜ合わせたような気がした。「101回目のプロポーズ」の主人公が、星野鉄郎という、「銀河鉄郎999」の主人公と同じ名前であったのもあるが、いずれも、女性をどこか神聖視している点で、似たような感じを受けたからである。

 このような女性を神聖視する見方は、男性特有のものに思える。なぜなら、私の経験からいえば、女性はもっと計算高い生き物であると思うし、端的にいえば、腹黒い存在といえるからである。なにより女は自然に嘘をつくからである。男性には決してみせないが、奥深く、女性は悪魔のように、密かに何かを隠し持っているようである。

 それはさておき、男性は、非常に単純な生き物だと思える。もちろん、女性に比べればである。逆にいえば、女性は非常に複雑な生き物であると思う。大半の男性は、女性の演技を見破れないだろう。というか、女性は演技するうちに、その者になりきるようだからである。

 さてさて、いま、女性が女性らしくないのは、男性が男性らしくないせいであるという話もあるが、どちらが先でどちらが後でもなかろう。つまりは、純粋な恋愛が少なくなったせいであるように思える。



 かつて、中世の騎士の間では、憧れの貴婦人を誰もが心に抱いていたという。そのような憧れの女性のためには、ときには命をも投げ出す騎士道の精神があったという。貴婦人も、そのような若い騎士に笑顔を振舞うことで、その志に応えたという。

 日本の江戸時代にも、武士は刀で殺すが、お茶屋の○○ちゃんは、目で殺すというような狂歌もあったという。

 さてさて、このような純粋な人間の徳性は何処にいってしまったのだろうか?

 あるブログをみていて、宮沢賢治という名を聞いて、宮沢賢治こそ、そのような純粋な人間の徳性をもっていた存在のように感じた!

 宮沢賢治は、田んぼを歩くときは、舗装された道を歩くのではなく、田の中に入って、鳥のように、「ほほほぅ」と鳴きながら、飛び跳ねるようにして歩いたという。宮沢賢治は、まるで、自然のなかの人間だったという。

 このような姿、イメージを浮かびあげると、なんとなく、宮崎アニメのトトロが思い浮かんだ!

 宮沢賢治は、トトロだったのかもしれない。日本のアニメが、いま世界中に広がるのは、汚れた心を、洗い流す効果があるのかもしれない。

 「ほほっ、ほほっ」と。





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Last updated  2008年04月14日 22時04分12秒
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