シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2026年03月19日
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カテゴリ: 神秘体験空間
菊と刀と石油とバットと東のオールドメディアと西のレールウェイ


米国は、今回いち早くジャッジ選手が参加を表明したから、至上最強とも呼ばれる選抜チームができたが、日程上、米国にはまだWBCよりもメジャーリーグを優先する傾向が残っている。だから、次回のWBCはメジャーのデータベースボールを中核とした、恐らく中南米のメジャー選抜チームが今回と同じように実力の上で中心となっていくのだろう。

そこにAIがどう導入されていくのかはまだわからないが、審判のストライクゾーン判定の不公平感をなくすには必須のように思われる。いずれAI審判が出てくるのを期待したい。というのも、メジャーの審判は誤審が多く、米国人審判ばかりでは、公平感を欠き、毎度の誤審では明らかにレベルも劣るからである。

さて、優勝チームの、ベネズエラといえば、トランプの攻撃で、米国の裏庭といわれ、南米なのは知っていたが、正直いって、地図上の正確な場所は把握していなかった。WBCがなければ、日本人の大半はほとんど関心のない国だったかもしれない。そこで、ベネズエラが野球大国になった理由をググってみた。

米国によるベネズエラ攻撃 関連ニュース:時事ドットコム

なぜベネズエラはサッカーより野球が強いのか? WBC で侍ジャパンと対戦する国の歴史と文化 - STUDY HACKER (スタディーハッカー)|社会人の勉強法&英語学習

【なぜ野球か?】石油が加速させた「スポーツの地図の塗り替え」
ここで、多くの人が抱く疑問に答えましょう。「なぜ南米の国が、サッカーではなく野球なのか?」

じつはベネズエラの野球の歴史は古く、1895年にはすでに首都カラカスで公式試合が行われていたという記録があります。ただ、この文化が国全体に根づき、制度として確立されていった背景には、20世紀の「石油」が大きく関わっています。
 巨大な油田が発見されると、採掘のために大量のアメリカ人技術者が流入しました。彼らは各地に野球場を整備し、余暇にベースボールを楽しんだのです。その文化と施設が、ベネズエラ社会に一気に浸透していったのです。
 ブラジルやアルゼンチン、コロンビアがサッカーに熱中したその時代に、 米国企業の資本と文化の流入を直接受けたベネズエラは、野球という独自の強みを磨き続けました。
「選択と集中」が生んだ、野球大国
 ビジネスや学習の世界でよく知られる 「ランチェスター戦略」—— 弱者が強者に勝つための本質は「特定の一点へのリソース集中」です。
 ベネズエラの歩みはその比喩として見事なほど当てはまります。南米で唯一、FIFAワールドカップに出場していない代わりに、野球という領域に人材と情熱を注ぎ込んだ結果、通算400人以上のMLB選手を輩出し、ドミニカ共和国に次ぐ中南米第2位の野球人材大国へと成長を遂げました。』

「ランチェスター戦略」 —— 弱者が強者に勝つための本質は「特定の一点へのリソース集中」です。』が野球大国の戦略としてあったという。米国人が石油採掘とともに持ち込んだのがベースボールで、米国の資本と文化を継承し発展させたのが、ベネズエラの野球文化だったようである。

確かに日本戦では山本投手の低めを捨てて、カウントを取りに行くやや甘い球を好球必打でとらえていた。投手攻略のランチェスター戦略といえるかもしれない。そこで、日本の野球と比べてみるために、ググると、以下のサイトに出くわす。

日本野球の歴史 野球殿堂博物館

『1878(明治11) アメリカ留学から帰国した平岡 熈が、わが国初の本格的野球チーム「新橋アスレチック倶楽部」を結成。
1905(明治38) 早大チームが初の米国遠征を行い、最新の野球技術を学んで帰国。
1906(明治39) 応援の過熱により、早慶戦が中止となる。
1907(明治40) 慶大が初めて外国チーム(ハワイ・セントルイス)を招待し、国内初の有料試合を行う。
明治時代末には、早稲田の渡米遠征や外国チームの来日など海外との交流により、日本野球は大きく進歩した。さらに、1910年には慶応の直木松太郎によりはじめて米国の野球ルールを全訳した『現行野球規則』が出版された。
1915年、全国中等学校優勝野球大会(現在の夏の甲子園大会)開催。 1924年には全国選抜中等学校野球大会(現在の春の甲子園大会)も始まった。
1925(大正14) 秋季より早慶戦が復活、東大の加盟により東京六大学リーグ戦始まる。
1926(大正15) 明治神宮野球場完成。
1927(昭和2) 都市対抗野球大会始まる。

1945(昭和20) 11月18日に神宮で全早大対全慶大を挙行。プロ野球も11月23日に東西対抗を行う。
1946(昭和21)学生野球、社会人野球、プロ野球が復活。』

野球伝来150年に「令和の怪物」「村神様」のすごさを教えてくれた「記録の神様」の地道な情熱 : 読売新聞


以上のサイトから、ベネズエラの『1895年にはすでに首都カラカスで公式試合が行われていたという記録があります。』に比べると、日本では、すでに1878(明治11)年に野球チームができていたのだが、国内というよりも、米国遠征による米国との交流で行われていたようである。公式記録が定着するのは1910年で、国内での日本人同士の公式試合が行われるのが、『1915年、全国中等学校優勝野球大会(現在の夏の甲子園大会)開催。 1924年には全国選抜中等学校野球大会(現在の春の甲子園大会)も始まった。』とあるので、ベネズエラから、約15年くらい遅れて野球が国民に浸透したことになる。

明治維新以来富国強兵のこの国では、日清戦争が1894年にはじまり、ついで日露戦争が1904年から1905年まで、そのあと1937年の日中戦争に突入するまでの間に、1924年に高校野球がはじまり、10年遅れて、1934年にブロ野球もはじまるが、1937年の日中戦争から1941年の米国参戦の太平洋戦争へと、次第に戦況が不利になっていき、野球どころではなくなっていくのがわかる。

つまり日本に野球が本格的に定着するのは、終戦後の1945年の戦後の復興からで、前回も紹介したが、背後のGHQの3S政策が有効に働いてきたのが、読売のポダムこと正力と、現代の高野連にもつながる朝日のポカポンこと緒方などのCIAによる情報工作などから伺える。

読売のポダムと朝日のポカポン 新聞人を世論誘導に悪用した CIA の大罪 - MEDIA KOKUSYOMEDIA KOKUSYO




読売のポダムと朝日のポカポン 新聞人を世論誘導に悪用した CIA の大罪 - MEDIA KOKUSYOMEDIA KOKUSYO


話が野球から離れてしまうが、現代の阪神巨人戦の根底にも通じるので、あえて続けるが、この国を二分する大きな流れを日本史の中世から鑑みると、室町体制が崩壊し、信長による天下布武で、秀吉による豊臣政権樹立によって形ながらも、公武合体が図られ、八切史観では、武士はブジン(不信)の被差別部落民出からの古神道系で、公家は大陸からきた唐を源流にする藤原(トウゲン)の仏教体制なので、秀吉による天下統一とは、公家ら仏教徒と武士ら古神道部落出の神仏習合ともいえるわけなのである。

このように大局的にみれば、信長の天下布武は、キリスト教を利用した外圧による武力革命で、仏教徒の公家カースト身分制の改革が目的なので、だから、裏切られたと分かったイエズス会は、外堀を埋め、国内が二分するのを恐れた朝廷の近衛前久や細川藤孝や足利義昭らの工作により、信長政権は打倒されて、美濃派閥を取り込んだ家康派と尾張近江派閥を取り込んだ秀吉派にわかれて、秀吉派が懐柔されて、秀吉の天下統一となり、キリスト教は排斥されて、秀吉が唐入りさせて、新たに大陸から持ち込んだ仏教支配体制になる。つまり秀吉は、キリシタン大名を排斥して、新しい仏教を創設しようとしていたようなのである。しかし、道半ばで亡くなったのは、以下のサイトをみればわかる。

都市史 19  大仏殿

天下人豊臣秀吉の『茶』は、『侘茶』ではなく『バサラ茶』なの? 歴史好きのつぶやき


そして今度は、秀吉の死後に、国外貿易継続の豊臣政権と国内経済立て直しの徳川政権との間に紛争が起こり、関西の公家政権と関東の武家政権に再び二分し、家康は関ヶ原で勝利すると、秀頼の豊臣体制を孤立化させて、朝廷から切り離し、秀吉の持ち込んだ仏教を方広寺事件で逆に咎めて、関東に従来あった古神道由来の薬師寺系の仏教を、天海などを用いて保護重用し、朝廷には京都所司代をおいて、徳川家から娘を送りこんで婚姻関係を結び骨抜きにして、薬師寺系仏教による公武合体を、幕末の明治維新が起こるまで持ち越した。

京都所司代 - Wikipedia


江戸時代になると、薬師寺系仏教カースト制度が中途半端におわったのと、三代家光から、本能寺の変の首謀者の斎藤利三の娘お福が春日局として君臨し、稲葉家などを重用して、済州島出身の綱吉の母桂昌院に権勢が引き継がれて、関東に多かった古神道系の薬師寺仏教を貶めるために、綱吉に、生類憐みの令を出させて、原住民の毛皮取りなどの職業を奪って、信者を弾圧したので、五代綱吉以降から、モラルが崩壊し、賄賂が横行するようになり、大奥が益々権力を掌握して、豪勢になっていき出費がかさんだために、その権勢を削ぐために、頻繁に大奥改革が吉宗、松平定信、水野忠邦と続いて施行されるが失敗し、いよいよ幕末になって、大久保一翁などが、「奥から潰れる」と言ったような様相となり、大老井伊直弼が幕府大事と外様大名を安政の大獄で弾圧したので、長州薩摩などが反発し、外圧頼みで改革してきた日本の風習に従って、戦国時代のキリスト教宣教師が、幕末にはイギリスのフリーメーソンになり、ペリーの黒船襲来になりかわって、西から原住民系の南朝の後醍醐天皇の系統の大室帝を掲げて、倒幕運動から文明開化などをお題目とした明治維新へとつながっていった。

春日局 - Wikipedia

桂昌院 - Wikipedia


このような大きな日本史の流れを読み取ると、外圧により、関西と関東に大きく二分されてきたのがわかる。戦国では関西が秀吉の豊臣政権で、関東が家康の徳川政権、幕末では西の薩長官軍と、東の江戸幕府。もっと過去に遡るのなら、鎌倉期では、東の北条政子と西の後白河法皇となる。

明治維新で、薩長明治政府ができるが、これまた外圧の、朝鮮との外交問題で、洋行組の薩摩の大久保派と大アジア合従連衡構想の西郷派に分かれて、西郷が明治帝に遣使を具申するが、入れられずに、下野し、薩摩に独立国をつくろうとし、明治政府が二分されるのを恐れて、西南戦争が起こされた。その前には東と西の分立を予測するかのような、神仏分離の廃仏毀釈が行われている。

神仏分離 - Wikipedia

征韓論 - Wikipedia


この外圧により、二分される流れはその後も継続し、戦時中では、陸軍の親ソ統制派と、反ソ新英米皇道派や海軍にわかれていく。以前紹介した茂木誠氏の動画によれば、この二分した勢力の統制派がスターリンに利用されて、陸軍は南進し、またジョンコールマンの書からもわかるが、英国チャーチルから支援の勧誘を受けたルーズベルトが、参戦する気のなかった米国民を、日本軍の真珠湾奇襲攻撃により、米国世論を一変させて、米国を参戦させ、日本軍を中国から追い出したかった蒋介石の罠にまんまとハマってしまう。どうして日本人はこんなにもおバカでお人良しなのか、大局的観点がすっかり抜け落ちて、仲間割れする性分が、この二分された流れからもよくわかる。

そのような戦中からの二分勢力が、いまの左翼と右翼として、いわや負の遺産としてオールドメディアの偏向報道などに受け継がれている。このようなゴミ売りとウソヒのプロレスに騙されて二分されて戦場に送りこまれるほど馬鹿な国民は他には見当たらない。オールドメディアが流す、このようなプロレスごっこに付き合うのはやめて、令和になったのだから、自分なりの趣向をもつべきである。

実際、オールドメディアが洗脳ツールと化していた昭和のプロレスでは、ゴミ売りのジャイアント馬場の全日本と、ウソヒのアントニオ猪木の新日本にわかれていたし、昭和の野球では、ゴミ売り巨人の東日本での一極集中人気と、アンチ巨人の、西の阪神、広島、パリーグにわかれていた。

そのような昭和では、巨人ファンには金持ちが多く、アンチ巨人には貧乏人が多いなどの陰口がいわれたもので、巨人戦がプラチナチケットになっていた。これらの噂がオールドメディアの広報活動の成果なのだろう。それら現代の広報活動の根源を古代にまで遡ると、古代史では、渡来弥生系と、原住縄文系にわかれ、そして、オカルト色を加味するなら、アトランティス人とレムリア人にわかれるのだろう。

さて、話を野球に戻すと、戦後の地上波の野球の広報が、ゴミ売りに端を発しているのが、その背景のGHQの3S政策の、いわゆるCIAによる愚民化政策にあり、元々は反共政策なのがわかるが、そのアンチというと、コミュニスト共産左翼の労働運動で、教科書狩りなどの教科書問題にあったようだが、当時田中角栄の物まね「まあそのぉ〜」が流行った子供だった自分には、非常に違和感を感じさせたものである。ちなみに教科書問題のAIの回答は以下である。



AIアシスタント
「歴史教科書狩り」という言葉は、特定の歴史観に基づく教科書の記述内容を巡る問題や対立を指す可能性がありますが、この言葉自体は一般的な表現ではありません。より広く「歴史教科書問題」として認識されており、これは歴史教科書の記述や解釈を巡って、国内外で発生する様々な問題を扱うものです。

📝 歴史教科書問題の背景
歴史教科書問題は、国際関係や内政が絡み合った政治的な争点となることがあります。

🌍 歴史教科書問題の事例
歴史教科書に関する問題は、多岐にわたります。

戦前の南朝正当論: 明治時代には、小学校の国定教科書における南北朝時代の記述を巡り、南朝を正当とする立場からの批判がありました。
墨塗り教科書: 終戦後、GHQによる軍国主義・国家主義的な教育からの転換として、不適切と判断された教科書が墨塗りされる対応がありました。
近隣諸国条項: 1982年には、中国・韓国との間で教科書検定を巡る外交問題が発生し、その解決策として「近隣諸国条項」が教科書検定基準に導入されました。
沖縄戦の集団自決: 沖縄戦における集団自決の記述を巡り、教科書の内容が訂正された事例もあります。
八重山教科書問題: 特定の地域の教科書採択を巡る問題も発生しています。

📚 教科書検定と採択制度
日本の教科書は、文部科学大臣の検定を経たものが使用されます。

検定: 歴史的「事実」の確定や歴史事象・事件の解釈、評価など、歴史観に関わる重要な側面を持っています。
採択: 都道府県教育委員会が採択地区を設定し、現場教員や管理職などで構成される調査研究委員会が審議します。住民が公募で加わる場合もあります。』

このAIの回答ではわからないのだが、『近隣諸国条項: 1982年には、中国・韓国との間で教科書検定を巡る外交問題が発生し、その解決策として「近隣諸国条項」が教科書検定基準に導入されました。』を持ち出してくる大人の大半が日教組関係なのが、高校生になるとわかってくる。

自分は私立高校出身で、男子校だったので、日教組の教師はなぜだか陰では馬鹿にされていた。恐らく教師面して、思想を押し付けてくるからだろう。不思議なのは、自分も敗者の一人なのに、自分は度外視して、上から目線で勝者の振りをして勝者の論理を押し付けてくるところである。

「反省しろ」というのなら、「お前こそ反省しろ」と、このような連中には、お笑いのジミー大西氏のギャグのように、「ジミー頑張れよ」の振りに、「お前もな」の返しが必要なのがわかる。自分がやるべきことを人に押し付けてくる無責任な輩には要注意である。

このような輩が嫌われるのは、宗教の勧誘とどことなく似ているからで、平成に流行った意識高い系にもよく似ていた。とにかく画一的な見方しかできずに自分が常に正しいと自論を押し付けてくる輩が多かった。いまでも地上波でこのような左翼崩れのコメンテーターがよくいる。

そもそも歴史は勝者によって書かれたもので、それは『近隣諸国条項』なども日本が敗者なのだから、勝者の論理なのである。原爆を落としたのは米兵の犠牲をなくすためというのも、従軍慰安婦も南京大虐殺も、勝者の論理なのである。

実際に、日本史だって、八切史観を知るまでは、勝者に書かれた歴史だとは思いもよらなかった。敗者側の視点や敗者の論理などは無視され闇に葬られてきたわけなのである。だから、日本史の歴史教科書問題でも、敗者側の視点も書くべきなのである。つまり歴史には敗者も勝者もなく、人間は常に間違える生き物なので、その間違いを修正していく他はない。

本能寺の変だって、敗者側の視点に立てば、家康や秀吉が勝者なのだから、信長は敗者として抹殺されて、しかもその忠実な部下だった光秀は謀反の汚名を着せられ、責任にされたのだろう。勝者の反対が真相に近いはずなのである。生命を奪われた側は何も言えないからである。しかし、霊能者がみれば、死者とも会話ができ、アカシックレコードリーディングにより真相が明らかになる。

野球の話がまた日本史の話になってそれてしまったが、要するに、この国に野球が定着したのは、ベネズエラが米国との石油の利権を巡って、それがベネズエラの移民の歴史の闇の部分だとすると、ベースボールは、アメリカ文化との融合の光の部分で、ベネズエラと同じように、日本の現代史の闇の部分が、米国によるCIAの資金で生まれた自民党傀儡政権の植民愚民化政策で、野球が、アメリカ文化との日米同盟の光の部分なのがわかる。

そして、その野球を日本に持ち込んだ人物が、平岡凞(ひろし)氏で、この人は鉄道技師だったようである。日本のプロ野球球団に鉄道会社が多いのは、この人に由来しているのかもしれない。パリーグは南海、西鉄、近鉄、阪急で、セリーグは阪神、国鉄だったのだから。だとすると、日本のプロ野球の関東は巨人中日東映などオールドメディア系で、関西はオールドレールウェイ系といえるかもしれない。そういえば、ファミスタにレールウェイズというチームがあった。

平岡凞 - Wikipedia

レイルウェイズ - Wikipedia


野球の発展の影に日本の基幹産業の鉄道業があったわけで、田中角栄は裏日本にレールの代わりに道路で交通網をつくり、日本列島改造計画をぶちあげて道路公団などの公共事業でカネ儲けしたわけである。角栄は国内では敵なしだったが、地上から外に向かって中国と外交した途端に空中戦のロッキードでキッシンジャーに撃墜された。ジョンコールマンによれば中国の李財閥とロックフェラーが石油利権でつながっていたらしいから、角栄は飛んで火にいる夏の虫だったわけである。

このように日本の政治史を野球史から振り返るのも、面白いかもしれないが、日本の野球の将来を考えると、日本特有の産業とつながっていくのが良いと思われる。アニメやゲーム、観光産業はどうなのだろうか? 侍ジャパンと呼ばれる日本野球の進む道がシンクロニシティというか、以下のお馴染みの「人智学らぼ」の動画に示されている。

邪馬台国と卑弥呼の霊学的再考・人智学的視点から見る日本文明の転換と意識の進化 - YouTube



侍とは、菊と刀の統合であり、権力による支配の秩序と破壊による無秩序とを融合し、愛によりバランスする中庸の精神なのである。日本人は組織を脱し、一個人のモナドの単子として覚醒すべきなのである。その参考になる動画をまた「人智学らぼ」から以下に紹介する。

あなたは完成していない・それが人間の本質です 1


未完成だからこそ死んで生きる日々を送るのである。感じるか感じないかは貴方次第!





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Last updated  2026年03月19日 20時58分08秒
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