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まるちゃんは、元気ですみんなのおかげです今年もめいっぱいはりきって生きてました来年もまるまる茸らしく生きていきますなにとぞ来年も変わらぬおつき合いをよろしくお願いいたしますみんなにとって心あたたまる一年でありますように幸せいっぱいの一年でありますようにみんなぁ~~~ 愛してるよ~~~♪
2004年12月31日
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今さらながら、桃井かおり姐さんのエッセイ『賢いオッパイ』。古本屋さんの百円コーナーで見つけて、おぉ~とすかさず買った。【最近、鏡の前の私の丸いオッパイは、知らぬ間に三センチほど下に位置を変えたが、お陰で外すボタンがふたつ増えて、すこぶるYシャツが綺麗に着こなせるようになった。 首から胸へと、広がりを増した胸もとは、賢いオッパイを連想させて、どこか涼しげで気に入っている。 こうしたオッパイなら、もう誰と恋したっていい気がしている。どんな恋をしても、かまわない気がして、いい歳をして、近頃、私はますます無邪気になった。】なんて、ステキな文章。かおり姐さん独特の言い回しや言葉遣い。私はすぐに夢中になって読みふけってしまった。「歳をとるって、賢くなって、なんだかオッパイが膨れてくみたい!」と言う初井言栄さんや、「生まれて、生きて、生き慣れ、親しんで、生き長らえる。着物だってあなた、毎日着てりゃ、誰だって着れるようになるわけよ。十年着こなしてりゃ、そのうちいつかあぁたぁ、着崩してんだから」と、ただ丸いだけのオッパイを抱えたかおり姉さんの背中を、ポンポン勢いよく叩いて言った沢村貞子さんを、綺麗に人生を生き崩して、さっさと逝ってしまった、と書いている。あー、そうだなぁ。着物だってきちんと基本通りに着られる技術を持っているから、だんだんに粋に着崩していくことが、身についていくんだ。やたらに衿をぬいたり、前をはだけたりしたら、ただだらしがないだけ。きちんと人生のルールで生きてきた人だけが、かっこよく生き崩すことができるんだ。【若者とは未熟なのではなく、未経験なだけだ。つまらん痛手を受けて、牙を抜かれた男よりずっと質がいい】かおり姐さんが三十才を過ぎてからは、恋人らしき相手はことごとく年下の少年だった。オカマのオネーサンに「淫行だ!」「幼児誘拐だ!」などとこづかれるのを承知で、せっかく生まれた恋を、機嫌よく迎えられる女になったそうだ。懲りることなく恋をして、汗臭い少女から、涼しい体になったおかげらしい。少年と恋をするのって、どんな感じだろう? と少しでも思ったあなた! このエッセイを読んだら、あ~、こんなふうにステキなんだ♪ と、絶対に自分と年の違わない母親を持つ、まるまって眠る少年と、恋をしてみたくなること請け合いだ。私は...オッパイが三センチどころではないし、バレエで鍛えた体もないし、かっこよくタバコも吸えないし...なにより、もう、無邪気に恋ができないような気がする。そういえば、一つ思い出した。もう十五年くらい経つかもしれないけど、舞台で十六才だったキムタクと共演した時のこと。鬼の蜷川氏に怒鳴られ、思うように演技ができず、そのまま稽古をお開きされてしまったキムタクが、トイレに篭って悔し泣きをしたそうだ。一時間もたった頃、トイレのドアを開けたキムタクの目に入ったのは、誰もいなくなった稽古場に、一人かおり姐さんが座ってタバコを吸っている姿。「気がすんだぁ? じゃあ、ご飯でもいこうかぁ」って。何かのインタビューでキムタクが言ってた。蜷川さんと桃井さんがいてくれたから、今の自分がいるんだって。松田優作の死んだ時。初七日に未亡人が言ったこと。「優作は優秀だから、この世の修行が早く済んで、向こうで三段階くらい一遍に進んで、上のほうのランクにいるらしいの」これを聞いてかおり姐さんは考えた。【今はただこの体を使って、壊れるまで使いきると、何の未練もなく、「ああ、そういう事ですか」と、あんな写真のような笑顔で言えるのでしょうか】そして、自分の葬式は、自分からの最後の奢りだからと、遺言状を用意し、それぞれの人への香典返しを記し、極上の寿司も注文済みなのだ。しっかり、遺言状も載せている。家族とのつかず離れずの距離をもった、気持のいいつき合いを読んでいると、いい育ち方をしたかおり姐さんの、本質の部分が見えたような気がする。犬の「タマゴくん」とのことや、元彼との再会のし方や、車に対する愛情なんかが、とても繊細に語られている。このエッセイの後半は、ユーラシア大陸一万キロのシベリア鉄道の旅と、「ネイチャリングスペシャル地球を歩く」という番組の、二カ月をかけてアフリカを横断した旅のお話。誰よりも都会が似合い、オンザロックの氷の音が似合い、誰よりもかっこよくタバコを吸う、ハンサムな大人の女であるかおり姐さんが、砂漠の中でシベリアの列車の中で、生きることだけに必死になって、それでも自分の世界を築き上げていく様子に、心を打たれた。恋の斑な思いに染まりながらも、それを気持いいこととして受けとめ、ステキな友人や先輩の死に直面して、もう歳をとれなくなった先輩たちに、こうなったら、誰よりも長生きをして、生き崩してみせてやらねば! と思っている。後書きには、私たち読者に向けたメッセージ。【知り合いでもない、体の関係もない、血が繋がってもいないあなたと、こんな時間がもてるなら、こんな関係も悪くない。と、思って下さい】私は、中学生の頃から「桃井かおり」に憧れていた。私にとって、大人の女の代名詞だった。『青春の蹉跌』『もう頬づえはつかない』『幸せの黄色いハンカチ』『夕暮れまで』などの若い頃の作品は、いつか私もあんなふうになりたいと思わせてくれた。『前略おふくろ様』では、かわいい海ちゃんのキャラクターが大好きだった。『疑惑』や『東京夜曲』では、熟した女性の個性的な魅力を披露してくれた。ジャズシンガーとしてのかおり姐さんからも、目が離せない。ピアノに寄りかかり、けだるそうな雰囲気で、ハスキーな歌声を聞かせる。私が少年だったら、間違いなく彼女のペットにしてもらいたいと願う。ポケットに入れたドロップを、金にするのか銀にするのかわからないでいる少年と恋をする、大人になってもポケットにドロップをいれているハンサムな女性。百歳を越えても、私を魅了し続けてほしい、永遠のあこがれの人だ。≪旅をするように生きる≫≪まずはキスから始めよう≫かおり姐さんの口癖...ステキ♪【追記】楓ちゃんが教えてくれたステキな記事 桃井かおりさんのお父様が、娘について語っている。こんな父と娘だったら...というお手本のようなもの。お父様のご冥福をお祈りします。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【賢人訓より】 大弁は訥なるが如し...たいべんはとつなるがごとし 本当に雄弁な人は、むだなことを言わないので、かえって口べたに見える。 調子に乗ってしゃべりすぎると、相手に軽くみられてしまうもの。 余計なことを言うよりも自分の思っていることをしっかり伝えていこう。
2004年12月26日
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贈り物 見つめること手をにぎることほほえむこと抱きしめることあなたの話に 耳をかたむけること私の持ってる力を 全て集めてあなたにそっくり差し出そうあなたをあたためようあなたを笑わせようそして私も幸せになろうあなたの背に手をあてようあなたのぬくもりと 私のぬくもりがまじり合う時を 感じようさあ あたたかくなったねずっと そばにいるよずっと ずっとね☆。.:*:・'゜★メリークリスマス★゜'・:*:.。☆。
2004年12月25日
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昨夜は、忘年会とクリスマスパーティーのはしご。思ったとおり、しっかり二日酔いの今日。それでも、暗くなるとまた飲めるのは相変わらず。我ながら、あきれてしまうね。6時から始まった、学校給食の忘年会。いくつかの学校の給食調理員や栄養士の集まりということで、おばちゃんパワー炸裂。私の学校のメンバーは3名出席したが、残業などで、1時間ほど遅刻しての参加だった。遅れたために急いで会場に入ると、そこはもう大盛り上がりの様相。カラオケで歌い、踊り、拍手やかけ声が...すっかりシラフの私たち3人は、追いつこうとビールを飲みまくった。グラスに数杯飲んだところで、やっと落ち着き、改めて周りを見回してみると、お酒を飲んでいるのは、集まった20人くらいのうち、わずか数人。え~~~! なんでこんなに盛りあがってるんだぁ! テーブルの上に並んでいるのは、オレンジジュース・ウーロン茶・サイダーなどのビンばかり。信じられない! 酔っ払い集団としか思えないこのあり様。さすが、おばちゃんたちはパワフルだ\(^0^)/8時半にこの忘年会会場を後にして、7時から始まっている行きつけの居酒屋さんでのクリスマスパーティーに向かう。店に入るやいなや、駆けつけ3杯の掛け声に、生ビールを一気飲み。良い子は真似しないでね、うふっ。私の到着を待っていてくれたらしく、着いてすぐにビンゴゲーム♪ 賞品は中身がわからないように、同じクリスマス柄の包装紙で包まれている。私は2番目にビンゴ! 貧乏症&欲張りな私。一番大きいものを選んだ。開けてみると.......ティッシュ5箱! ...まぁ、いっか!こちらでは、正真正銘の酔っ払い集団と化した常連客同士、さしつさされつ、カラオケやゲームで盛りあがり、めちゃくちゃ明るく楽しいお酒だった。その勢いのまま、二次会へ。近所のお寿司屋さんへ、約半数が席を変えた。気分良く酔っ払った常連客の一人会社社長が、「ここは俺のおごりだ~~~!」と太っ腹発言。みんなの大拍手を受け、彼も嬉しそう。お金持ちだから、いいかぁ! 社長、ありがと♪この席では、会話が盛りあがり、楽しい時間を過ごしたが、この一年色々あった私を気づかってくれた隣のおばちゃんの言葉に、心が全開になって、涙ぐんでしまった私。お酒が入ると、人のやさしさが倍になって心に染み込む。その後、トイレに立った私。出てきたら、一人の男友達が外で待っていて、「大丈夫か?」って。涙ぐんでいたのを、ななめ前の席から見ていたらしい。そんな優しい言葉をかけられて、またもやウルウルの私。旦那様以外の男性の優しさは、時に一番のなぐさめになるね(^^)こうして酔いどれまるちゃんの一日は終了。午前1時の帰宅。けっこう早かったのねぇ(オイオイ)忘年会は、鎌倉時代に始まったそうだけど、この頃は「年忘れ」といって、歌を詠み合うような厳かなものだったらしい。江戸時代になって、庶民が一年の憂さをはらすために、仲間たちと集まって飲むようになったということ。今のようなどんちゃん騒ぎをする忘年会になってきたのは、明治時代。年末年始の帰省を前に学生が集まって飲んだり、官僚がボーナスと仕事納めが重なってハメをはずしたりしていたのがルーツらしい。夏目漱石の『我輩は猫である』の中に「忘年会」という記述があるので、この頃にはすでに浸透していたようだ。いずれにしても、年に一度の忘年会。色んな飲み会があるけど、忘年会はまた特別な感じがする。最近では、おつき合いをしない若い子がたくさんいるようだけど、職場の人たちや仲間の意外な一面を見られる絶好のチャンス。お酒を飲めても飲めなくても、人間ウォッチングのつもりで参加しても面白いかも。みなさんは、どんな忘年会で盛りあがっているんだろう。楽しいお酒でいい時間を過ごし、来年へのエネルギーを蓄えていこう! くれぐれも、飲みすぎ、ハメのはずしすぎにはご注意を。最後に大受けだった笑い話をひとつ。トイレにてA:「コンコン(ノックの音)」B:「どうぞ」あっはははははっ!!! ん? 面白くない? まぁ、いいじゃないの。笑って一年を締めくくりましょ♪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【賢人訓より】 《徳孤ならず 必ず隣あり》...とくこならず かならずりんあり 徳のある人は孤立しない。必ず、そばに理解者が現われる。 つまり、立派な人格を持った人は、多くの人々から慕われ、信頼も厚いということ。ただ、才能があるだけでは人はついて来ないのだ。
2004年12月23日
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私の誕生日(12月16日)に、お友達からのプレゼントは「トランプ」だった。天使のステキな絵が、幸せいっぱい連れて来てくれそうなカード。【ANGEL CARD】~52の天使からの愛と幸せの贈物~通常のトランプよりも、少し大きめ。カードの表にはたくさんの天使たちが...このカードは、普通にトランプとして遊ぶ事もできるけれど、一枚一枚にステキなメッセージがはいっているので、シャッフルしたカードを一枚抜き出して、メッセージを受け取るのも楽しい。今、悩んでいることに何かヒントがほしい時、元気がなくなってどうしていいかわからない時、決断をしなければならないことがある時、誰かとケンカをしてしまった時、悲しいことに出会ってしまった時、幸せいっぱいの時も、喜びに満ち溢れている時も、このカードをひいてみる。ひく時には、なによりも直感を大切に。これ! って思ったカードを選ぶ。そして、書かれているメッセージを素直に受け取り、自分自身の解釈で、一日の目標としたり、道標としたり、癒しとしたり...様々に活用すればいい。新しい気づきを得るかもしれない。私が今朝ひいたカードは、ダイヤの10【結実(みのり)】だった。《宇宙の法則によって 人は自分の思いと行いの結実(みのり)を手にします 素晴らしい思いと行いの種子を蒔きましょう》種は小さなもの。大それたことなど考えなくてもいいんだ。朝、気持よくみんなに「おはよう!」と言おう。できるだけ笑顔で一日過ごすことにしよう。おいしかったら「おいし~い♪」と言おう。会った人のステキなところを一つだけでも見つけてみよう。元気な「おはよう」の種は、いい一日の始まりをみのらせてくれるだろう。笑顔の種は、和やかな雰囲気をみのらせてくれるだろう。「おいしい」の種は、作ってくれた人の笑顔をみのらせてくれるだろう。「ステキ」の種は、もらった人に「ルンルン」をみのらせてくれるかもしれない♪このカードを作った人は、不思議な体験をしたらしい。ある日、東京青山で、何気なく見上げた空に、とても淡い虹色を帯びた光と共に、空を埋めつくすようなエンジェルの大群を見た。そして、「この高い高い空の彼方、上の世界には、あんな風に、何千何万何億ともしれない、神さまのお使いがいるんだ」と思ったそうだ。以来、何度も天使を目撃し、感覚とひらめきを通して送られてくるメッセージを受け取るようになる。そして気づいたことは、こうしたメッセージは、単に個人のためではなく、自分を道具として、広く人々のために伝えられていく目的をもっている、ということだった。彼女は、「天使のメッセージ」という本を出版することになった。このプレゼントを私に贈ってくれた友人は、とてもステキな男性。彼のところに遊びに行ったときに、私はバッグに中に「ツキの天使がやってくる秘密のレッスン」という本を持っていた。この本を彼に見せようと思っていたからだ。私が、この本の話をしようとした時、彼が、「とてもいいものを見つけたんだ」と言った。そして見せてくれたのが、このトランプだった。私は、驚いた。天使つながり...トランプに入っていた冊子の最後に書いてある言葉。【メッセージは、あなたの直感に共鳴してやってくる、あなたの心への道標です。リラックスして、感じて味わって、探求を楽しんで下さい。気づきと成長のヒントや励ましをもたらす力は、いつでもあなた自身の中にあります】こんな素晴らしいカードをプレゼントしてくれた、ステキな友人に感謝! 彼の奥さんの胸には、天使のペンダントがキラキラと輝いていた。ジョーカーだって、こんなにかわいい♪ 愛の天使はカードの表の真ん中にいる【天使のメッセージ4 ANGEL CARD】 中森じゅあん 大和出版中森じゅあんの部屋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【賢人訓より】 《濫觴》...らんしょう 濫觴(らんしょう)とは物事の始まりのこと。孔子の弟子の子路(しろ)は、目立ちたくて派手な着物を着て、ふるまいも荒々しかった。 ある日、孔子はそんな子路に対して、こう注意した。「長江(ちょうこう)は、大きな川でひん山から流れ出てくるが、その水源は觴(さかずき)を濫(うか)べるくらいのわずかなものにすぎない」 どんなものでも始めは小さなもの。そこからだんだんと成長していくことを認識しなければならない。
2004年12月20日
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「いらっしゃいませ~!」 私は、カウンターの中から、カラオケの音量に負けぬよう、せいいっぱいの大声でそのお客を迎えた。30代前半くらいに見える。濃いグレーのコートにビジネスバッグを持った、見るからにサラリーマンといういでたち。店は年末ということもあり、ほぼ満席状態だったが、「こちらにどうぞ!」と、一つだけ空いていたカウンター席に手招いた。温めたおしぼりを広げながら、「寒いですね、お仕事の帰りですか?」と聞く。彼は、小さな声で「はい」と言った。頼まれたビールをお酌しながら、「初めてのお客さんだな」と確認し、話を向けるがあまりのってはこない。一人で飲みたい人なのだなと合点して、ほおっておくことにした。カウンターの中で、つまみを作り、伝票をチェックし、洗いものを片付け、テーブル越しにお客と会話を交わす。カラオケの音、笑い声、踊りまくっている人や、手拍子をしている人、テーブルの間をスタッフが忙しそうに行き来している。一息ついてタバコに火をつける。と、さっきのお客がバッグをかかえて立ちあがり、トイレへと入っていった。カウンターのお客さんにビールをついでもらい、飲み始めた私の目の端に、さっきのお客がドアから出て行く後ろ姿が。「かずちゃん、あのお客さん、会計すんでるの?」バイトの男の子に聞くと「もらってないよ」と言う。「やだ、ちょっと追いかけて連れてきて」の私の声に、かずちゃんが後を追った。ほどなく、かずちゃんに背中を押されるように彼がもどって来た。私は、飲み屋の優しいお姉さんの笑顔で「会計、忘れちゃったね」と言いながら、《¥1000》と書いた紙を渡す。彼は俯いたまま、何も言わない。私は内心「まいったねぇ」と思い、もう一度彼に向き直った。「お金、ないの?」 小さく頷いたのがわかる。またもや「まいったねぇ」と、心でつぶやいた。私の店は、繁華街からも駅前からも少し離れた所にあるため、ほとんどが常連客で、いわゆる一見の客というのは珍しい。知らない顔でも、誰かの紹介だったり、近所の人だったりと、全くのフリーのお客というのはめったにないのだ。何度か来てくれている人ならば、ツケでもいいのだが、初めての人となると、たとえ千円でもそうはいかない。ましてや、最初からお金を持たずに来店したのだ。この時はまだ、私もさほど腹を立てていたわけではなかった。「まいったねぇ」くらいのもんだ。しかたがないので、何か身分証明書のようなものをおいていってくれと、言ってみた。彼は、いやいやをするように首を振り、何も持っていないと言う。免許証でも、腕時計でも、なんでもいいからと言っても、何もないと言う。私はだんだん腹が立ってきた。「それじゃあ、お家に電話して、お金持ってきてもらって」と言ってみると、彼が手を出した。一瞬、なんの意味かわからなかったのだが、電話代の10円さえもないらしい。私はあきれながら、10円玉を2,3個彼に渡し、電話ボックスへ押し込んだ。数分後、出てきた彼は、「女房が来るから」とボツリと言った。カウンターの隅に座ってもらって、彼の奥さんの登場を待った。彼は、淹れてあげたお茶にも手をつけないまま、一時間も過ぎたろうか? 店のほうも、だいぶ空いてきて、何人かの常連客だけになった頃、やっと奥さんがやってきた。その姿を見て、私は驚いた。大きいのだ。彼は身長160cmほどの痩せ型。片や、奥さんは170cmはあろうかと思われる。加えて横にもでかい。さらに私を驚かせたのは、彼女の背には、まだ六ヶ月くらいの赤ん坊が眠り、右手には2才くらいの子供、左手にはそれよりもう少し上の子供を連れている。化粧ッ気もなく、髪はボサボサで、起き抜けで出てきた様子だ。そりゃあそうだろう。時間は午前1時を回っている。入ってくるなり、彼女は「ママさんは?」と誰にともなく聞いた。「私です」と言うと、深深とお辞儀をして「あの、おいくらでしょうか?」と言う。「あ、千円です」と答えた私の手に、財布から出した千円札をよこし、「申し訳ありませんでした」とまた、頭を下げた。二人の子供は、パジャマの上にジャンバーをはおっただけの格好で、彼女のコートの裾を握りしめている。私は、なんだか悪い事をしているような気になった。彼女は徐に、彼女の夫である彼の腕をとると、「帰るよ!」と言った。その目には、憎悪のような激しい光りがあり、私は心の中で一歩後ずさりした。居合せた人たちも、みな黙って成り行きを見守っている。立ちあがった彼の背を突き飛ばすように促し、ドアを開けて出ていく間ぎわに、もう一度、私に頭を下げた。あっけにとられていた私は、慌てて「ありがとうございました」と言ったが、もうドアは閉まる寸前だった。「みっともないったらありゃしない!」という彼女の怒声とともに、ドアがバタンと閉じた。なんてことないと言えば、なんてことないのだ。ただ、めちゃくちゃ後味が悪く、切ない気持になった。日常を持ち込まない夜の世界の中に、生活臭をたっぷり持ち込まれて、その場に居た他の人たちも、すっかり白けてしまった。気のおけない常連客ばかりだったこともあり、「さあ、飲みなおそうかぁ!」と声をかけたが、今ひとつ気持が持ち直さずに、この夜は早々に店を閉めてしまった。今ごろの季節になると、なんとなく思い出す店でのひとこまだ。肩を落とした冴えない男、幼子3人の手を引いて千円の支払いをしに来た女、おびえたような子供の目、普段の生活が見てとれるようなやりとりが、見てはいけないものを見てしまったような気にさせられた。そして、ただただあっけにとられて見送ってしまった自分に、情けなさを感じた。もう少し優しい態度ができなかったろうか? 子供にジュースの一杯も飲ませてあげられなかったろうか? 奥さんにお茶でも淹れてあげられなかったろうか? 優しい言葉のひとつもかけてあげられなかったろうか? 今でも思い出すたびに、軽い後悔が胸をよぎる。せめてあの家族が、平和に穏やかな日々を過ごしていることを祈りたい。あの子供たちがすくすくと笑顔で成長していることを願っている。そんなことで、あの時、優しくなれなかった自分への、免罪符としているのかもしれない...・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【賢人訓より】 《道は近きに在り、而るにこれを遠きに求む》...みちはちかきにあり、しかるにこれをとおきにもとむ 人が行うべき道は、ごく身近なところにあるのに、わざわざ遠いところに求めようとすること。 難しいことをしようとしても結局はできないで終わってしまうもの。 家族を大切にし、みんなと仲良くする。そういったあたり前のことができれば、それでいい。
2004年12月17日
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【なにもかも丸々括り十二月】 まるまる茸だんだんと年が押しつまってくると、色んな事を括るようになる。有名人をつかまえると「どんな一年でしたか?」、報道番組の冒頭では「災害の多い一年でした」、スポーツ関係では「アテネで盛りあがった一年でした」「プロ野球界が揺れた一年でした」etc、etc...「○○な一年でした」という表現をする。これを聞くと、あーもう年末なんだなぁ...なんて思ったりもして、私にとってはどんな一年だったんだろうとふと考えてみる。アキアカネさんの日記で、流行語大賞のことが話題になってた。アカネさんも、独自で流行語ベスト10出されていたけど、こちらのほうがよほど世間をみてらっしゃるなぁと思った。どなたが選考委員だったのか知らないが、「チョー気持いい~~~!」が流行語大賞ナンバー1っていうのは、どうもねぇ...あ、北島康介くんはステキだし、彼がどうこう言うんじゃなくて、「流行語」となると違うんじゃないのぉ~と感じてる私。《この賞は、一年の間に発生したさまざまな「ことば」のなかで、軽妙に世相を衝いた表現とニュアンスをもって、広く大衆の目・口・耳をにぎわせた新語・流行語を選ぶとともに、その「ことば」に深くかかわった人物・団体を毎年顕彰するもの》っていうのが流行語大賞の定義。「チョー気持いい」はテレビや雑誌でずいぶん目にしたけれど、口・耳という部分ではそんなににぎわせたような印象は、私にはない。自分の周囲では「気合いだー!」とか「残念! 斬りっ~!!」「間違いない!」なんていう言葉のほうが、耳にしたし自分でも使ってた。しかも、誰が発表の原稿を作ったのか知らないけど、波田陽区の言葉は順番違ってるよ~!「って言うじゃない… ○○斬り! …残念!! 」って載ってる...このネタなら、「斬り!!!」が最後に来るんじゃないのかぁ。流行語大賞に選んどいて、間違って掲載してるのもどうなのよ。ん? 私が間違っていたら、誰か叱って~l(^^;)『今年の漢字』も発表されたらしい。《災》2004年の今年の漢字、第一位はこの文字が選ばれた。清水寺で森清範貫主が《災》の文字を大書し、来年は災い転じて福となり《和》むような一年にしたいものだと仰った。確かに、今年は異常な台風の上陸と大地震の発生、イラクでの人質殺害など、天災や人災と思われるものばかりが目立った。アテネオリンピックでの日本人の活躍を誇る《金》の文字は第四位だったし、第三位にも《震》の文字が登場。地震はもちろん、プロ野球界にも激震が走ったことも含ませている。大きく引き離された次点には《韓》の文字が。こんなに大災害に見舞われた年でなければ、第一位となったろう。間違いない!! (^^;)私自身の今年の文字は《絆》。夫婦の関係を見直すような事件(ちょっと意味深、うふふ♪)があったり、身障者の姪っ子(3才)が七五三を迎え家族の絆を改めて感じたり、長い間不倫を続けていた友人がけじめをつけたりと、人と人との繋がりをとても強く意識してきた一年だったように思う。大好きな大河ドラマ「新撰組」でも仲間の絆を深く考えさせられた。近藤勇や土方歳三にあの時代、『今年の漢字』は? と聞いたら、迷わず《誠》と答えるんだろうな。オダギリジョーの斉藤一が見られなくなって、かなり寂しい私。あ~~~、かっこよかったなぁ♪ クールで力のあるまなざし...ステキ♪ あ、すいません、全く関係なかったし...(^^;)そう言えば、十二月十四日は「討ち入り」の日。赤穂の四十七士の時代には、きっと庶民は、口をそろえて《忠》と言うに違いない。片や、吉良家の縁があった方たちはどうだろう? 《怨》? 笠間から赤穂に移された浅野家を助けるために、塩の製造法を教えた吉良家の恩を仇で返すような販売促進をした浅野家に、逆恨みされて殿様の首を刎ねられたのでしょ? ほんとは...。その後だって、「忠臣蔵」として世に広まってしまった「赤穂事件」のおかげで、吉良家の人々は、ずいぶん肩身の狭い思いをしてきたんだろうからねぇ。こりゃあ、やっぱり《恨》か《怨》になっちゃうんじゃないのぉ。『今年の漢字』同様、住友生命企画の『創作四字熟語』十選は、さすがに素直に世論が反映されていて納得だ。《様様様様》(ヨン様)や《負犬実幸》(ふけんじっこう)は、思わず「うまいっ!」と叫んでしまった。流行語大賞も、せっかく公に募集して選ぶんだから、素直に順位どうりに発表してほしいなぁ。選考委員なんていらないんじゃないのかあ。いずれにせよ、来年は、言葉の十二月の括りには、楽しい言葉、やさしい文字が並ぶように祈りたいものだ。災害に遭われた方々には、心からお見舞い申しあげます。厳しい季節、健やかに過ごすことができますように。少なくとも、家族そろって暖かい場所で、新年を迎えることができますように...・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【賢人訓より】 《天網恢恢、疎にして失わず》...てんもうかいかい、そにしてうしなわず 恢恢(かいかい)は広く大きいという意味。 天の網は広くて大きく、目は荒いようにみえるけど、何ひとつ取り逃がすことはない。 つまり、悪いことをすれば、いつかは必ずばれて、報いを受けるということ。お天道様はお見通しなのだ。
2004年12月14日
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【寒がり君と暑がり君】寒がり君と暑がり君がいました。今日はとても寒い日。まるで雪でも落ちてきそうな曇り空です。教室の中は、大きなダルマストーブが赤々と燃えて、外の寒さを感じないほどの暖かさです。給食が終わった昼休み、暑がり君が言いました。「僕、暑くて暑くて汗だくだよ。ストーブの炎小さくしてもいいかな?」すると寒がり君が言いました。「外は雪が降りそうなくらい寒いんだよ。火を小さくしたら、僕は凍えちゃうよ」何人かの子供たちが「そうだ、そうだ」と賛同します。一方、暑がり君の味方をする子供たちも...「こんなにあったかすぎたら、眠くなっちゃうよ。もう少し火を小さくしてもいいだろう?」「絶対ダメ!」「そんなのヤダよー」「暑くて苦しいよ!」教室の中は、子供たちの大きな声が飛び交います。しばらく大騒ぎをしていると、何となく教室の中の気温が下がっているような気がします。「あ! ストーブが消えてるよ!」「ストーブ係、石油がないんじゃないの?」ストーブ係の子が、石油タンクを確認すると、石油はまだまだたくさん入っています。「なんで消えたの?」「壊れちゃったのかな?」「暑がり君が火を小さくしろなんて言うから、ストーブが怒っちゃったんだよ!」寒がり君のひと言に、暑がり君はしょんぼりしてしまいました。「誰か先生を呼んできてよ」学級委員が職員室に走ります。そうしているうちにも、教室の中はどんどん冷えてきて、寒がり君はふるえ出しました。暑がり君は、このくらいがちょうどいいので、心の中で「ざまーみろ」と思いました。でも、ふるえている寒がり君を見て、ちょっぴりかわいそうになったのです。暑がり君は、自分のジャンバーを持ってきて、そっと寒がり君にかけてあげました。寒がり君はびっくりして暑がり君を見ます。小さな声で「ありがとう」と言いました。暑がり君のジャンバーは、とても大きくて暖かく、少しずつふるえもおさまってきました。暑がり君の味方をした子供たちが、寒がり君のようにふるえている子に、それぞれセーターやジャンバーをかしてあげました。みんなストーブの周りに、寄り集まって体をくっつけているので、ますます暖かです。「どうした、どうした」そこへ、先生がやってきました。さっきまで大ゲンカになりそうだったのが、みんなニコニコしています。学級委員はキツネにつままれたような顔をしています。先生が少しストーブを点検して火を点けると、ストーブはまた赤々と燃え出しました。みんなビックリして、ストーブを見つめていましたが、少しずつ教室の中が暖まってきました。「暑がり君、ありがとう。もう大丈夫だよ」と寒がり君が、ジャンバーを返しました。暑がり君は、少し笑って「うん」と答えました。でも、暑がり君は暑くて、もう顔を赤くしています。「先生、暑い人もいるんだ。僕たち寒がりは何か一枚着るから、火を小さくしてよ」寒がり君の提案で、ストーブの火は小さくなりました。教室の中は、春のような気持ちのよいあたたかさと、みんなの笑顔でいっぱいになりました。先生も微笑んでいます。空の上では、雪を降らせようと準備をしていた冬の神さまが、すっかり手を止め、にっこり笑っていました。 終わり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【賢人訓より】 《己の欲せざる所は人に施すなかれ》...おのれのほっせざるところはひとにほどこすなかれ 孔子は弟子の子貢(しこう)から「このひと言なら一生守るべきだということばはありますか?」と聞かれた時に、こう答えた。「それは、恕(じょ・思いやり)、つまり、自分がしてほしくないことは人にはしないことである」
2004年12月09日
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日本テレビ「歌の大辞テン」で、冬の曲の特集をやっていた。一位はスマップ「夜空ノムコウ」 この曲は世代を超えて人気が高いということだった。【あれからぼくたちは 何かを信じてこれたかなぁ・・・ 夜空のむこうには 明日がもう待っている】上位には、時が経っても色褪せない曲が...桑田桂祐「白い恋人達」、山下達郎「クリスマス・イヴ」 ドリカム「WINTER SONG」 オフ・コース「さよなら」などなど...私は冬の歌と言えば、どうしてもユーミンだ。たくさんの冬の歌がある。「ロッヂで待つクリスマス」「恋人がサンタクロース」「真冬のサーファー」「ブリザード」など、きりがない。中でも好きなのは、「サーフ天国、スキー天国」厳密には冬の歌ではないけれど、情景が浮かんできて楽しくなってくる。【ゲレンデのカフェテラスで すべるあなたにくぎづけ派手なターンでころんで 煙が舞い立つスタイルなんてどうでも あなたらしけりゃ最高プロの選手もコーチも 出る幕がないよ自然は雪や太陽つれてレビューを見せに来る夕映え 樹氷を染めればしばらく地球は止まってるスウィングしてる粉雪 Highな気分にさせるよつれてゆこうかこれから スキー天国へ】世代的には、アリスの「冬の稲妻」やふきのとうの「白い冬」、かぐや姫の「赤ちょうちん」なども冬の歌に加えてほしいなぁ。風の「なごり雪」も好きだけど、この曲はどちらかというと春かな?ドリカムも冬の歌の宝庫。「LAT.43°N」はよくカラオケで歌った。【あなたの街ではもう雪が降りる頃会えないもどかしさが不安に変わる・・・・・・・・・・・・・こんなに遠い場所でどんなに想っていてもいつかは忘れられる雪と距離に邪魔されて・・・・・・・・・・・・・】切ないね。冬の歌は淋しい曲が多いけど、一押し明るい幸せそうな曲はこれ♪広瀬香美「ゲレンデがとけるほど恋したい」【絶好調真冬の恋 スピードに乗って急上昇熱いハート とけるほど恋したいブレイク寸前 幸せへのゴール私だけに White Love Song歌ってほしいの】微笑ましい恋人同士の歌で~す。こんなふうに明るく恋してた時代があったっけ(^^)
2004年12月08日
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近所の方から、大量の柚子をいただいた。けっこう大ぶりのものを10個ほど...父が大好きなので大喜びしたのだけれど、みかんのように食べるわけではないので、さて、どうしよう? ということになった。色々考えて、母が半分を砂糖漬けにし、2個は料理に使うために別にして、残りは皮を剥いて細かく切って冷凍庫へ。これで、柚子の季節じゃない時期にでも、柚子の香りが楽しめる♪と、喜んでいたら友人から、またもや大量の柚子が...これまたでかい! 自宅で獲れたものということで、半ば顔を引きつらせながら「ありがとう」と嬉しがった。さぁて、どうしよう? と再度、母と一緒に考えた。そこへ、父帰宅。「ただいま、これもらっちゃった♪」と、スーパーの袋に入った、何やらいい匂いのするものを見せた。いやな予感...集金に伺ったお宅に柚子がたくさんなっていたので、「大好きなんですよ」と言ったら、もいでくれたらしい。こちらも10個ほどある...(ーー) 嬉しい悲鳴とは、このことか...近所の方にもらっているから、お隣さんとかに分けることも憚られ、親類や友達にお裾分けすることにして決着(^^;) ただし、数個残してね♪ ということで、冬至はまだまだなのに、今日は思いがけずに柚子湯となりました\(^0^)/タオルで作った袋に入れて、湯船にプカプカ♪ う~~~ん、いい香り。抱きしめたり、もみもみしたり、柚子のお風呂を堪能した♪いつもはカラスの行水の私。今日は30分以上も入ってた(笑)日本人に生まれてよかったなぁ...なんて、しみじみ思ったりしてね。私が住むこのあたりは、農家がたくさんあって、その時期に収穫されるものがおんなじだから、ナスが獲れる時はナス、キャベツが獲れる時はキャベツ、白菜が獲れる時は白菜、と一気に集まってくる。お出かけして帰ってくると、玄関ドアのところに大根が3本立てかけてあったり、キャベツの山ができてたり、キュウリが袋に入ってドアノブに下がっていたり...本当に嬉しいかぎり(^^)こんなふうに旬の時期に旬のものが食べられるのは、幸せ♪ おかげで我が家は、野菜を買う必要があんまりないの。昨日は、元気いっぱいの葉っぱがついた大根と、ネギをいただいて、今夜のおかずになりました。大根の煮物と柚子の砂糖漬けを魚に一杯やって、大根の葉を入れたお味噌汁♪ 持つべきものは、優しいご近所さん。感謝、感謝です。無駄にしないように、しっかりいただきますよ。ネギがあまりに立派なので、「明日は、鍋だね♪」と母。明日の晩は、日本酒といきますかね(^^)謝謝☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【賢人訓より】 《道聴塗説》...どうちょうとせつ 塗(と)は道のこと。 道でたまたま聞きかじったことを、すぐまた同じ道で他の人に離すことをいう。 つまり、よくわかりもしないのに、右から左へ受け売りして得意がること。 そんなことをすればかえって信用を失うだけ。
2004年12月05日
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いつもの午後。昼食の後のいつもの仕事に取り掛かる。洗浄室に入り、食器洗浄機に火を入れる。いくつかのポリバケツにゴミ袋をセットし、残飯をあけるためのザルやバケツを用意する。食器を浸すための水槽に熱湯を張りながら、運ばれてくるワゴンを待つ。やがて渡り廊下を押されてくるワゴンの上で、食器がガチャガチャと立てる音が聞こえてくる。次から次へと運ばれてくるワゴンには、汚れた食器や、スープなど液体を入れるバケツ型食管、揚げ物や焼き物を入れるバット、デザートなど量の少ないものを入れるハンドバックと呼ばれる小さな容器、食事時に出たゴミなどなどが乗っている。紙ゴミやプリンなどのプラスチック容器を分別してそれぞれの袋に入れ、食管やバットのフタを取り、残飯をザルにあける。食器を水槽に浸し、ワゴンを拭く。いつもの光景、いつもの作業...。しかし──────今日は少し違う。バットに配管した料理...。献立は、ハンバーグ。レトルト食品でも、冷凍食品でもない、ハンバーグ。そう、今日は手作りなのだ。450個ほどのハンバーグを作った。タネを混ぜ、こね、量り、丸め、空気抜きをし、形づけて鉄板に並べ、オーブンで焼く。段取りがすべての作業の命となった。朝から準備をし、担当を決め、流れるように作業をしなければ、とてもじゃないが、間に合わない。私は量ったタネを丸めて、空気抜きをする係。両掌でキャッチボールをするように、パンパンとするアレだ。ハンバーグを作ったことのある方なら、みんな知っているだろう。量るのが一人、私の係が二人、形づけて鉄板に並べるのが二人、焼きあがったハンバーグを各クラスごとに数えてバットに納めるのに一人。ソース作りも同時進行で進んでいく。最初は和気藹々と進んでいた行程だが、時間とともにみな無言になっていく。自分の作業に集中し、ここでも時間との戦いになる。何枚もの鉄板が生ハンバーグで埋まって、オーブンの中へと。焼きあがりを確認し、中心温度を計って栄養士さんのOKをもらった後、バットに配管していく。ソースをかけてフタをし、各クラスのワゴンに乗せられる。どうにか間に合い、ホッとした空気が流れ、みんなに笑顔がもどる。私はといえば、まるで延長18回、さらに再試合完投したピッチャーのような気分で肩があがらない。他の仲間たちも同様のようだ。それでも、達成感でいっぱいになり、あとは子供たちが笑顔を見せてくれるかどうか、結果を待つのみ。そして、前述の午後の仕事の風景にもどるのだ。フタをされたままのバットを持ってみる.........軽い! すごく軽い!もどかしくフタを取ってみる。調理員たちの顔がのぞく。やったぁ~~~~~~~♪ ほとんどからっぽ! みんな、満面の笑顔♪廊下の掃除に現れた3年生の子供たちから、「ハンバーグ、すご~く美味しかったぁ」の声がし、私たちの笑顔は満面の二乗くらいになった。これだよぉ、これ!!! これだから、こたえられない。時間に追われた緊張感や、肉体の痛みなどが、どこかへ吹っ飛ぶ瞬間だ! こんな喜びを味わえる仕事は、素晴らしい。この仕事を与えてもらったことに感謝。不平や不満は、そりゃあたくさんある。待遇のことやお給料のことや安全対策のことや危険手当のことやetc、etc...でも、それとこれとは全く別。引き続き、手作りおいなりさんも。こちらも大好評だった。900個のおいなりさん作りに、「美味しかったぁ!」の一言と笑顔を見たいがためにまた奮闘したのだ。午前中の苦労は吹っ飛び、またもや清々しい思いで、午後の仕事に励む。ある意味、手作り献立はチャレンジなんだ。時間との戦いはもちろんだけど、失敗が許されない一発勝負。ハンバーグのタネも、油揚げの味付けも、これがうまくいかなければ全てはパーだ。やり直す時間も、材料もないのだから真剣だ。きっと神様が、私たちに力を与えてくれているのだろう。調理室には、天使たちがいっぱいいて、応援団扇やラッパなどを持って、応援してくれているに違いない♪今月は、ミルクくずもち、マカロニグラタン、おからコロッケ、リンゴジャム、と手作りのものが盛だくさんだ。ハンバーグでいい思いをした私たちは、新たに気合いを入れて、手作りのものに挑戦していくのだ。喜びに満たされた心を抑えきれなくなるような感覚を味わえる給食のおばちゃんは、最高の仕事だ♪気合いだぁ~~~~~~~~\(^O^)/ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【賢人訓より】 《確乎不抜》...かっこふばつ どんなことにも動揺せず信念を守り通すことをいう。 簡単に達成できる目標なんてどこにもない。時間がかかってもいい。一度目標を決めたら、何があってもくじけないで、その目標に向かって突き進もう。
2004年12月03日
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十二月、極月、年満月、春待月、臘月...などなど、俳句の世界では、色々な別名がある。「師走」もその一つ。先生も走るほど忙しい...というのが語源だとよく言われるが、真相はわからない。色んな説があるのだ。街には、クリスマスソングが流れ、あちらこちらでツリーの点灯式が行われている。国をあげての特別な宗教を持たない日本人は、お正月には神社で初詣をし、ハロウィーンやクリスマスにはキリスト教徒となり、お盆や葬式には仏教徒となる。柔軟と言えば柔軟。伝統の行事や冠婚葬祭には、きちんと作法を守る優等生であり、新しいイベントを受け入れる大らかな心も持っている。信仰とは、全く別のところでの理解なのだから、しかたがない。楽しいことはどんどん来い! って感じ。賛美歌の中で牧師さんに結婚の誓いをし、神社に初詣に行き、クリスマスにはパーティーを開き、浄土真宗のお寺で墓参りをする。私もこんな人間ですよ(^^;)話はそれたけど、もう今年もあと一ヵ月を残すのみ。何となくあわただしく、せわしなく、あおられているような気分になる。別段、今年中に何かをしなくてはならないことがあるわけではないのに、どうも、落ち着かない。私の場合、誕生日も一緒にやってくるのでなおさらだ。この44才という1年間に、自分自身に胸をはれるような何かを残しただろうか? そんなふうに考えると、お尻をたたかれているような、背中を押されているような、妙に焦る気持ちが湧いてくる。押し詰まったこんな時こそ、悠然とかまえ、やるべきことはすべてやった...と微笑んでいたいものだ。先の俳人たちは、こんな慌ただしい世間の中にあっても、泰然自若としていたようだ。【大空のあくなく晴れし師走かな】 久保田万太郎 この忙しい時に、空を見上げどこまでも晴れていることに感動しているのだ。きっと晴れやかな気持ちになるようなことがあったのだろう。何かを成し遂げたのかもしれないし、恋が実ったのかもしれない。私も、こんな気持ちで一ヵ月過ごしていけたらいいなぁ...【毛糸編み来世も夫にかく編まむ】 山口波津女 山口誓子の奥さまの句。この季節、とても心が暖まる句だ。夫婦の仲が想像できる。来世までも同じ人と添い遂げたいと願えることは、今生いかに幸せだったかがわかろうというものだ。【言葉にもリボンかけたくて聖夜】 上田日差子 なんともかわいい句。言葉にもリボンがかけられたら、どんなにか気持ちが伝わるだろう。意地を張った憎まれ口も、買ってしまった売り言葉にも、ハートの飾りや赤いリボンがついていたら...想像しただけで可笑しくなる♪【かりに着る女の羽織玉子酒】 高浜虚子 虚子先生はお風邪を召しているらしい。羽織の持ち主は、奥さま? 娘? 恋人? 愛人? 「女の」という一言が入っただけでドラマが生まれる。さすが巨匠だなぁ。【恋いくつ手袋いくつ失ひし】 鈴木栄子 手袋はなくしやすい。いったいいくつなくしたのだろう。同じように恋も失いやすいもの。最後に実る恋は、手袋のように暖かく心を包んでほしいもの。【息白くして愛しあふ憎みあふ】 鷹羽狩行 生命力のある句だなぁ。息が白いのは、こんな寒い時期にしっかりと命のある証拠。愛しあうのも憎みあうのも、すごいエネルギーがいるもの。大好きな句。年末も押し迫ったこんな時期に、ゆっくり俳句の観賞などをしていられるのも、また幸せ...。追いつめられて青くなるタイプの私。日にちが指折り数えられるようになるまでは、こんな調子でいるのだろう(^^;)【風流な人凡人となる師走】 まるまる茸著名な先生方、勝手な解釈いたしました(^^;) 私は、師ではないので走りません。あ! 調理師だった! (笑)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【賢人訓より】 《百里を行く者は九十を半ばとす》...ひゃくりをいくものはきゅうじゅうをなかばとす 百里の道を旅する者は、九十里まで来たら、ようやく半分まで来たと考えるくらいがちょうどいい。 何事もゴールが見えてくると、つい気を緩めてしまうもの。最後まで気をひきしめて慎重にしなければならない。
2004年12月01日
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