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ACEのウェブにニュースを二つアップしました。ひとつはグローバルタスクフォース発足の話。もうひとつは、ウォールマートの児童労働についての報道の翻訳記事です。トップページの左側にリンクが張られていますので、クリックしてみてください。
2005.12.08
シンポジウムで出たオム君への質問の中で、答えきれなかったものについて、以下追加で聞きましたので、みなさんに共有します。カイラシュにも同じようにしたかったのですが、次の日朝早い便で帰ってしまったため、聞けませんでした。。。1. 学校では今どのような勉強をしていますか?政治、物理、化学、数学、英語、ヒンディー語、サンスクリット語、環境、コンピューター、体育などの科目を勉強しています。「コンピューターを習っているんですか?コンピューターは学校に何台あるんですか?」と聞いたところ・・・「コンピューターは2台あります。でも電気が来なかったり安定していないので、使えないこともよくあります」という答えでした。2. BBAのスタッフに助けられてから、家族を会うことはできましたか?私がBBAに助けられたときの経緯を説明します。BBAの活動家が私を見つけたら、私の両親のところへ行き、児童労働は家族にとってよくないということを話しました。しかし父は「児童労働はよくないことはしっているが、うちは家族の数が多く、経済的に苦しいため、(子どもを学校に通わせることは)不可能だ」と答えました。それに対してBBAのスタッフは「私たちの団体にはAshramという施設があります。一度来て見てみてください」といいました。父親を含めた4-5人がBal Ashramを訪れ、活動を見学した後に、私がAshramに来ることに合意しました。これには村長も説得されました。私はこの後、Ashramで生活するようになりました。この間村に帰ったのは、始めの6ヶ月間Ashramで生活した後のディワリのお祭りの時(4日間)だけです。それから6年間Ashramで生活した後、今年の6月からは自分の村を子どもにやさしい村に帰るために、村に戻って家族と一緒に生活しています。<マニッシュさんからの補足>Bal Ashramでは、6ヶ月をひとつの区切りとして、100人の子どもたちが交代でここで生活し、教育や職業訓練をうけ、子どもたちはその後このAshramを巣立っていきます。しかし、100名のうちの15~17人は、Ashramに残り、活動家としての教育を受けます。オム君もその1人で、村に帰る前は、Ashramで生活し、そこから公立の中学校に通いました。<「村に戻ったときの家族や近所の人たちの反応は?」との追加の質問に対し>はじめは、「何で帰ってきたの?教育を終わらせてから戻ってくるんじゃなかったの?」という反応でした。でも、私が「自分の村の子どもたちが学校に通っていないので、行けるようにしたい。そのために協力してください」と言ったら、親も近所の人も協力的になりました。4.お父さんの債務はどうだったのでしょうか?兄弟が児童労働をしているということはないんですか? おじいさんが村の暴動に巻き込まれ亡くなりました。その時に裁判に勝って賠償金をもらったので、借金はそのお金で返しました。私が働いていた時には、兄は学校に通っていました。妹たちはまだ幼かったので、家で遊んでいました。学校にも行っていなかったし、仕事もしていません。なぜ私だけ働かなければならないんだろうと思っていました。
2005.12.07
アンケートの声を以下いくつか紹介させてください。感想、決意、疑問、気持ち、などなど様々な内容のコメントがありました。主催者として、フィードバックをいただけたこと、また、本当に多くの方がご自身の感じられたことを共有してくださったこと、感謝感激です。質問:児童労働について、今日のシンポジウムを聞いて考えたこと、思ったことを教えてください。※()内は、年代、性別、シンポジウムを何で知ったか※<>内はこちらからの補足です。「関係ない」と思ってしまったら、終わりだと思います。自分にできること、やらなくちゃいけないことをやっていくことが、どんなに小さくても日本や世界を変える一歩になると信じて、やっていきたいと思います。ACEも団体そして考える問題としてはあまりにも大きく困難だと思うけど、あきらめずにまずはいろんな人に炎をともしていってください。(20代女性、シャプラニールのML)子ども宣言の「わたしたちは現在」という考え方が、目からウロコだった。児童労働にあっていた子どもが、いま運動の担い手となっているのがうれしいです。知ったからには、関心を持ち続けようと思います。2007年、マーチ参加します!(30代 女性、<ACEのイベント案内>ポストカード)<2007年に子ども・若者の平和のグローバルマーチを開催すると、カイラシュ氏から発表があり、会場の多くの方が「参加します!」と挙手されました>「児童労働」を許してしまう社会の背景をもっと知りたい。今の日本の「勝ち組・負け組」の状況と非常に似通ったものがあるのではないか。代田さんの紹介されたパキスタンの少年の「ここで何を発言しても、殴られも蹴られもしない」という言葉は深く印象に残った。カイラシュさんもおっしゃるとおり言葉で「理解」するだけでなく「行動」が重要ということを深く思った。(40代、メーリングリスト)フェアじゃない。絶対やっちゃいけないこと。なくさなきゃ(30代女性、アムネスティ日本のメーリングリスト)貧困を解決しないと、児童労働は解決しないのでは?であるならば、児童労働をアピールする目的が、よくわからない。間接的解決の一つの要因としてなのか?よくわからなくなってしまった。(20代女性、南メーリングリストというML)今後、大学等で更に児童労働について知らせる活動をしようと改めて決意しました。来年からACE会員になり(月1回程度になるかもしれませんが)ボランティアに行こうと思います。(10代男性、ACEからの案内)規模はとても大きいし、難しい問題だけど、早急に解決に向かってほしいと思った。児童労働は奴隷と同じだという言葉がとても印象に残り、そのとおりだと思いました。どんな問題においても教育はとても大きな力を持つと思うので、その権利をすべての子どもたちに与えてほしいと思いました。(10代女性、インターネット)私は今までストリートチルドレンなどについて調べてきたが、児童労働についても本を読んだりしていた。経は様々なことを知れてよかった。「子どもを利用する大人」がいるのは悲しい事実だけど、「子どもを守り、自分の人生を歩ませてあげよう」と考える人が増えれば、少しずつだとしても状況は変わっていくと思う。ただ、それに政治やそれに関する利益が関係してくることによって複雑になってしまう。難しい問題ではあるけれど、真剣に考えていこうと思う。(10代女性、インターネット)とりあえず、子供をまきこみます(40代、ACEの案内)私たちにできることはなんだろうと日々考えていたのですが、やろうと思えばなんでもできるのだなと思いました。(20代女性、グローバルフェスタにて)知るだけでは何もかわらない、とそう思っていました。でも、今日話しを聞いただけで、心と体がふるえてきました。ほんの少しの時間なのに相手にこれだけのインパクトを与えるとはすごいと感じました。ボクにはそこまでの力はありませんが、一人でも多くの人に伝え、一人でも多くの子ども活動家(大人もか)を育てていく。それがボクにできることだと改めて思いました。(20代男性、<ACEが他団体と共有している>事務所で)日本に住んでいる自分とはほんとに無縁な問題でしたが、現状を知り、これからは地球市民として関心をもって、世の中を変えていく必要があると思いました。(20代女性、NGO NetworkのHP)将来生きている間に、児童労働を少なくとも1/10にしたいです。(50代男性、直接聞いて又はMLで)人々の意識を変えていくことによる、根本的なところ(波線)からの改革の重要さを実感しました。そして4ダイメンションは本当に重要な理論であり、これからもっと広まればなと思いました。又、児童労働によりつくられた品を知らぬ間に使っているのかもしれないと怖くなりました。何か自分にできることからはじめうようというイシキが強まりました。(20代女性、ほっとけないメールマガジン)
2005.12.05

ACE設立記念シンポジウムが終了しました。ボランティアスタッフを含め約120人以上の参加者を前に、カイラシュ氏(SACCS/BBA)、オムくん(元児童労働者)、マニシュさん(リハビリテーションセンターマネージャー)、代田七瀬さん(大学生、児童労働世界子ども会議日本代表)が自分の経験、また活動を語ってくれました。パネルディスカッションで参加者からの質問「カイラシュさんの活動を続ける原動力はどこから?」という投げかけをカイラシュさんにしたら、以下のようなことを話してくださいました。カイラシュさんは昨年7月に子どもたちをサーカス団から救出しようとして襲撃され怪我を負い、またそれでも子どもたちが救出されなかったためハンガーストライキを5日間行ったり、またおなじ活動をしていた同僚2人を過去に亡くすなど、言葉ではいいつくせない苦難がありつつも活動を続けています。「自分がこのような活動をしていなかったら何をしているか、 思いつきません。元々は電気のエンジニアでしたが、 社会の変革を行うべきだと思ったんです。 今日私たちははじめて出会って、今後も直接また会うことがあるかは わかりません。それでも、みなさんのお顔、目をみれば、 みなさんの中に何かが起きたことがわかります。みなさんの心に 灯がともったということがわかるのです。 そのようなみなさんから私は活動を続ける大きな勇気を与えられます。 私は人間の持っている力を信じています。 そしてそれはどの人にも同じようにあると思っています。 私が特別なわけではありません。みなおなじなのです。 みなが人間愛を持って行動することができるのです。 誰も特別ではありません。 あとはどうあなたの中の火をつけるか、ということです。 そしてもし私がそれをすることができたなら、 私は自分自身を止めることはできません。 例えば自分の子どもが屋根から危機に陥っていれば、みなさん無意識に助けるでしょう。いつ助けようと計画したりしませんよね。わたしにとって世界の子どもたちは 自分の子どもとおなじで、その子達が奴隷化され、性的虐待を受けているときに、 黙って座っていることはできないのです。私の中に平和は訪れません。 それとおなじで、性的虐待、奴隷などで苦しんでいる子どもがいたら何も しないわけにはいかないのです。私は政治家でもなく、NGOワーカーでさえないと 思っています。なぜなら人生のミッションとしてこのような活動を考えているからです。 今日2-3時間お話させていただいただけで、多くのことが変わったのではないかと 思います。ここにいるみなさんが、今後活動に参加し、日本でも 変化がおきていくことを感じています。これはもう止められません。 今回日本に来て、私がスピーチをさせていただきましたが、 それだけではないのです。今回みなさんの心に火をともすことを しにきたのです。それが今回できたと思います。ありがとうございました。」
2005.12.05
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