HOLINESS EMBODIED IN THE ASIA-PACIFIC CONTEXT 導入 欧米人がアジア人に教えることについて。
[1] Holiness Embodied in Community
A. Spirit and Structure ウェスレアンはそもそも人の組織に強い関心をもつ。共同体に具現化されるホーリネスでは、組織をどう理解するかを避けて通れない。英国メソジズムの組会やソサエティ。米国のF.アズベリーの働きやキャンプミーティング。米国メソジスト教会の巨大化、硬直化。自由なホーリネスを求める諸団体の設立。19世紀後半のアメリカ事情。20世紀初頭の日本の様子。バクストン、救世軍、カウマン夫妻、OMSの働き。米国での初代教会への復古を求める機運。自由な霊の働きとしてのペンテコステ運動。ホーリネス運動とペンテコステ運動との間の考察。霊の具現化を考える際に、組織をどうとらえるかは避けて通れない課題。 B. Holiness and Community 個を強調する西洋文化と、集団を意識する東洋文化。個の過度な強調は、西洋的であって、聖書的ではない。心の中の霊的なニーズとともに、社会の中の具体的なニーズに応えるホーリネス。受肉された救い、受肉されたホーリネス。エゼキエル書36~37章の考察。コリント教会の、偶像にささげた肉の問題。交わりの重要性と、自由のはき違い。ローマ書12章を、東洋文化のメガネで見た考察。倣うということ。倣うことをしない西洋人。E.スタンレー・ジョーンズとアシュラム運動。共同体としての礼拝行為。互いの徳を高め合うための霊的な賜物。アガペの愛、兄弟愛。互いに平和を保って生きる。共に喜び、共に悲しむ。教父の時代の修道僧。中世ヨーロッパの修道院生活。ヨーロッパにおける個人主義の台頭。アナバプテスト。共同社会の中にみる人間の必要。2つの世界大戦にはさまれた時代の、近代主義と根本主義の論争。ホーリネスを口で語ることと、その語る人の生き様が伝えている無言のメッセージ。生活の禁欲主義的な面のみられた米国でのホーリネスの側面。聖い内なるいのちと、聖さを装う外側の行ない。聖霊の、愛にねざした働き。 C. The Circumstance of Embodied Holiness 受肉したホーリネスと、集合体としての証しのわざ。アジアにみる集団回心。その実際と、ある意味での合理性。坂本誠師の指摘する日本文化の特徴。♪Jesus Loves Me, This I Know♪と、♪Jesus Loves the Little Children♪の兼ね合い。集団的回心と、集団的“聖化”? エペソ3章。中国でのリバイバル。
[2] Holiness Embodied in Compassion 個人の信仰の完成を求めるホーリネスと、他者への関心が視野に入っているホーリネス。霊的なことと、社会的なこと。愛のわざと、単なる聖さ。ウェスレーの山上の説教の理解。ウェスレーの富や財産の理解。贅沢と倹約生活。ウェスレーの経済倫理。聖めと社会問題。英国での奴隷制度と教会。米国での、メソジスト監督教会と、ウェスレアン・メソジスト教会、フリー・メソジスト教会の派生。個人の倫理と、社会ベースの倫理。この世の諸課題に直接的に働く神の恵み。マハヤナ仏教とウェスレアンの立場。