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2013.01.03
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カテゴリ: 身辺雑事
今日は、愚生の70何回目かの誕生日。そこで、以下に2009年と2010年の1月1日に本ブログに載せた「誠実一路」「誠実一路再び」を再録します。

昨年1年と言わず、ここ数年の間、本当に神様に対して誠実であり続けたか否かを考えてみるとき、未だ生臭い煩悩に悩み、時に神様のことが頭から全く抜け落ちたような行動をとってしまう、「至誠如神」など夢のまた夢の偏屈老人です。

そして、この年初の誕生日に思うことは、今一度バプテスマ( 洗礼 )の初心に立ち返り、我が身を見つめ直したい、残り少ない人生をより神様に近付くことによって少しでも充実したものとしたいということです。左様心から願っています。


「誠実一路」

両親が付けてくれた愚生の名前には、「誠」の字と「一」の字が入っています。

山本有三の「真実一路」や、北原白秋の「巡礼」

 真実一路の旅なれど
 真実、鈴ふり、思い出す

ではありませんが、両親はきっと子供に「誠実一路」、つまり「誠実のみを信じ、それを貫くこと」を願ってくれたのでしょう。



ただ、この誠実ということも、何に対してということを考え出すと、仲々難しく、最後は「神」に対してということになるのでしょう。

「至誠通天( 至誠天に通ず )」という言葉は、よく目にしますが、「中庸」に出てくる言葉は、「至誠如神( 至誠神の如し )」で、矢張り神様を意識しているようです。

人生の最後を全うするために、少しでも「至誠如神」を「一路」目指したいと年の初め、叶わぬ望みを懐く偏屈です。


本編へのコメントです。
(美都後門さん)
お誕生日おめでとうございます。
三度目の正直ではありませんが、「誠実一路」を常に心がける偏屈さんにはただ脱帽です。
どうぞこれからもますますご活躍下さい( でもどうせでしたら、あまり高尚にならず、山岡鉄舟のように、あらゆる方面にご活躍下さい )。

(偏屈老人)
美都後門さん
三つ子の魂百まで、また、バカは死ななきゃ治らないとか申します。






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Last updated  2013.01.03 08:03:19
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