全27件 (27件中 1-27件目)
1
どうでもいい話かもしれませんが、きょう笑いのツボにはまったことを一席。友人宅の昨日の夕食は、麻婆豆腐だったらしい。いつもと味が違うな~と思いながらも、文句を言わずたべたらしい。しかし、料理が冷めてくると、なんだか変だ、妙に食べにくい事に気がついたらしい。勘のいい人は、題名から判断して、何が起こったかお解りですね。そうです、片栗粉がなかったので、そこの奥さん、変わりに寒天を入れちゃったらしい。彼が食べ終わるのを待たずして、麻婆豆腐は、豆腐とそぼろのゼリーとなったとさ、、、、(笑)何か笑っちゃいました。この奥さん、結構天然入っていて好きなんですが、、、最近面白い話を聞かなかったので、心配していたところです、、、(^_^)ふむ、、、、タイムリーだ。ついでに、おまけに、、、彼の家で起こった珍事、もう一つ、「今日のご飯は?」「しゃぶしゃぶよ」「おぉ、楽しみ・・・」「??????」「で、肉は?」「これ」「これ豚でしょ?」「そう、。。」「え~、」それは我慢しよう。。。「で、ナンデこんなに大きいの?、、それも一枚だし、、、」「そうなのよ、生姜焼きのつもりだったんだけど、なんだかしゃぶしゃぶが食べたくなったものだから、、、(^_^)」(爆)彼は、たった一枚の生姜焼き用の豚肉を、しゅぶしゃぶして食べたそうです。見てみたかった~、そんなしゃぶしゃぶ。食べたくない~~!そんなしゃぶしゃぶ。(爆)・(爆)追記、友人の彼は、狂牛病が話題になって以来、食卓に肉が無いといつも嘆いております。せめてビーフカレーが食べたいと、、、ちなみに、我が家は、どんなモノでも鱈腹たべられる楽しい食卓でございます、、、いいだろ~ >○○さん(^_^)
August 31, 2005
コメント(0)
ある時、タイムドメインの由井社長が、昔オーディオメーカーに勤めていた時、旅先ヨーロッパのコンサートホールで聞いた素晴らしい演奏のことを、楽しそうに話してくださったことが有りました。色んな写真を見ながら話す彼の瞳は、本物の音楽を聴く人たちが幸せそうな微笑みを浮かべるのと同じように、輝いていたのを覚えています。羨ましく思った翌日、なんと嬉しいことにウィーンに行かないかとお誘いを受けました。以前つとめていた会社の社長が、連れて行ってくれると言う。それもたった5万でだよ。ラッキー(^_-)-☆クリスマスシーズンで、雪景色のウィーン、楽友会館がボクを呼んでいる、、、オペラ座は、改装工事で休館中だったのが、残念だったけど、楽友会館には、当日券で入ることができた。楽友会館というのは、1869年にギリシャルネッサンス洋式で建てられた、音の良いコンサートホールとして有名なところで、西洋クラシック音楽の中心だったところです。今でも毎日のように演奏会が催されているところ。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサートでも有名ですね。その日は、ザルツブルグの市民楽団の演奏だった。眩しいばかりの、黄金の壁、優しく身体を包み込むような澄み切った弦楽器の響き、どれととっても文句の付けようのない、計算し尽くされた設計だとわかる。これが、本物のコンサートなのだ。その音を聞いたとき由井さんが説明してくれた意味がよく理解できた。由井さんは、こんな音をオーディオで実現したかったのだ。由井さん曰く、「どんなに素晴らしい演奏家でも、最高の演奏はその演奏家の生涯の中で、それほど多くはないんです。演奏家も人間ですから、コンディションや色々な事情で、ホントにベストな状態で演奏できる事は、数えるほどしかないと言うことです。」でも、CDやレコードの中にその最高の演奏がしっかり記録されていて、今でも聞くことができるわけです。その最高の演奏を、コンサートホールの再現を、オーディオでは不可能だとされていた、その原音の再生を、彼は実現しようとしたわけです。昔から人は、喜びを音楽で表現し、悲しみを音楽で分け合い、団結を音楽で確かめ合って来た歴史があります。音楽が持っている素晴らしい力、想像力、感動させる何か、、、素晴らしい演奏家や作曲家が残してくれた宝物の様な音を、そのままの音で、僕たちに届けてくれる、こんな素敵な贈り物は、今の時代だからこそ大切にしたいし、広めていきたいと思うのです。今のボクにとって、タイムドメインのオーディオで聞く、極上の音楽が、ホントの意味で音を楽む事を通してのヒーリングなのです。タイムドメインの音がヨーロッパで絶賛されるのは、彼らが音楽を日常の楽しみとし、そしてそれを作り上げてきた先人達を誇りに思っているからに違い有りません。それでは、今夜も、楽友会館で聞いた演奏を思い出しながら、タイムドメインから流れる名演奏で、気持ちよく眠りにつきたいと思います。と言いながら、まだ仕事が残ってるので、なかなか寝られない。(´。`)
August 30, 2005
コメント(0)
お水と言っても、水商売の話じゃないですよ、、、(^_^) 爆昨日、水のことについて書いたら、色々質問を受けちゃいましたので、今日も水の事について少しお話しします。水って身近に有りすぎて、意外と知らないことがおおいですよね。浄水器や水関連商品の宣伝文句なども、小難しいキャッチフレーズを使って、さも良さそうに宣伝しているモノが多く見られますが、だまされないように気を付けましょうね。水についての宣伝文句等を、気を付けて見てください。たとえば、「水の粒子が細かい」とか、「水の分子集団が小さい」などと書かれたモノは、ウソです。少し考えれば、小学生でも分かることなのですが、水の分子構造に大きいも小さいも有りません。そして、水の分子集団と言うのは、クラスターと呼びますが、これが小さいときの水の状態を水蒸気と言いまして、これが少し大きくなると液体になり、もっと大きくなると、塊、つまり氷となります。要するに、水のクラスターは、温度によって変わります。もしその水のクラスターが小さいのでしたら、それは、温度の高い状態に置かれた「水」と言うだけの話ですね。ですから、そう言うことが水の善し悪しに関係することはないのです。あと、水道栓に磁石のような輪っかを付けるものもありますが、あれも意味をなさないそうです。浄水器も過信してはいけないらしいです。その理由は、浄水器での効果は、塩素やその他の不純物を取り除くことなのですが、フィルターを変えなかったりすると、逆に衛生上よくないからです。だって、消毒に使う塩素等がなくなった水ですよ。普通の水道水より早くいたみますし、細菌も繁殖しやすくなりますからね。まぁ、多少の細菌を飲んだところで、もともと人間には免疫力がありますから、それぐらいでは直ぐに病気になったりはしませんけどね。(^^ゞ(笑)おかしくなってしまった水を元に戻して、本来の「水」を飲みたいものですよね。鉄が酸化したら錆びますが、水も酸化します。酸化した「水」、塩素等の混じった「水」を還元して、料理や飲み水に使いたいと、思い始めて、色々水のことについて調べて行く内に水の大切さと、不思議さを実感しています。ですから、ボクは出掛けるときは、家で作った「還元水」をペットボトルに入れて、持って歩くようにしています。第一この水、美味しいですから、、、(^_^)皆さんも水のこと、おろそかにしないで、考えてみましょう!美味しい水が有れば、ご飯も美味しく炊けるし、コーヒーも美味しく飲めます。もちろんお茶や煮物や水割りだって、、、そして、身体も美味しそうになりますよ(^_^)水を還元するってことと、良い音楽をいい音(元通りの音)で聴くってことは、細胞レベルで喜ばしい事じゃないかと、思っています。 ねねね。なんか、一人で盛り上がってきました、の、で、「水」についても、色々書いていこうと思い始めました。興味のある方、良かったら、また読んでくださいね。質問等、なんでも訊ね下されば、知っている限りお答えしたいと思います。最初はタイムドメインの事で、ブログを立ち上げたはずなのに、なんか、手を広げすぎかな。でも、まぁ、本物をみんなに広めようってのが、ポリシーなので、それも良し、と、自分勝手に納得。。。。
August 29, 2005
コメント(7)
台所に浄水器って、もう当たり前くらいに普及してますよね。でも、風呂場にまで浄水器を付けてる方は、まだまだ少ないかと思います。風呂場に浄水器!! これ、絶対お薦めします。今住んでいる地域は、昔から水は美味しい地域なんです。以前は100%地下水だったので、夏は冷たくて、冬は暖かいし、飲料水としても、非常に美味しかったのでした。でも今は、地下水だけではまかないきれず、他から水を混ぜて水道水としている状況なのです。まぁ、地下水だから良い水と言うのも今や地質汚染等の問題で幻想になりつつありますからね。我が家では、水に感心を持ち、色々自分たちで調べてみました。わざわざ検査薬まで用意して、試験管に色んな水を入れて実験までしました。実は市販のミネラルウォーターは、水道水よりミネラル成分が少ないとか(ヨーロッパ系のミネラルウォーターは、ミネラル成分が多いけど、硬水なのでご飯炊くとまずい)、面白いことが分かってきました。その辺のことは、また、追々書いていきたいと思いますが、今回は話題は風呂場です。ボクは乾燥肌で冬になると肌がかさかさして、風呂にはいるとかゆくて仕方なかったのです。家の浄水器を買い換える相談をしているとき、カタログを見ていて風呂用の浄水器に目がとまりました。そう、飲料水も毎日使うけれど、風呂にだって毎日入る。これは良いかも知れないと、一週間お試しで使わせてもらうことにしました。その時は梅雨の頃だったと思いますので、冬のカサカサ肌の具合とかは試すことは出来ませんでしたが、な、な、なんと、足のかかとの革質化した部分(堅く白くなって、冬などひび割れして痛かったし、軽石でも奇麗に削れなかった)も、こすると垢が取れるようにぼろぼろと奇麗になりました。たった一週間の使用でです。やはり思った通り、効き目バツグンでした。直ぐに契約して購入し、現在も使用してますが、3歳の子供もあせもや肌荒れは殆どなく、我が家ではもう手放せないアイテムの一つとなりました。特に女性の方、アトピーの方や子供には、風呂用浄水器はお薦めしたいです。間違いなく肌にも効果あると思いますので、美容にも良いかもしれませんね。只、浄水器関連の販売方法には色々と問題を起こしている業者も多いですから、商品を吟味するのはもちろんですが、販売業者の選択にもも注意する必要がありますけどね。毎日が温泉気分、、、楽しいですよ。
August 28, 2005
コメント(5)
何歳頃から物事を記憶していて、それをどれくらい思いだれるだろう?ボクは、おそらく3歳頃から思い出すことが出来ると思う。当時住んでいた家の構造、カギの開け方、隣の家との境目の通路、近所に住んでいた伯父さんのバイク、自分の玩具を友達に取られて涙を浮かべながら。橋の上から見た真っ赤な夕焼け、川に落ちていた自転車(聞くところに寄ると、その自転車に乗ったままおじいさんが川に落ちて死んだらしい)、割れた植木鉢(ボクが割った隣の家の)今すぐ思い出せるだけでももう少し有るように思う、それらは256MBのスティックメモリーに保存できるぐらいの量で、切り取られた映像として思い出すことが出来る。全て3歳ぐらいの映像だ。3歳の一年間暮らしていた家の周辺の映像なので、3歳の頃なのだと分かる。自分の子が今3歳で、いろんな事を認識し始めているのを見て、ふとそんなことを考えるようになった。子供が言葉をしゃべり出すとき、最初は単語の羅列なんだけど、ある時突然文章に変わるときがある。それは、まるで最初から言葉を知っていて、失語症の人が言葉を思い出したかのように、はっ、っと気が付いたかのようにしゃべり出すのが面白い。そうやって、自分の幼い頃のことを思い出しながら、今現在3歳の我が子を見ていると、やってる事が酷似している(^^ゞ(笑)。何だか笑えてくる。しからなきゃいけない場面でも、笑えてくる。だからむやみにしからなくてすむ。記憶のフラッシュバックに寄り、行動が反射的(感情的)でなくなるようだ。幼い子の気持ちを大切にしましょう! などとは言わないけれど、気持ちは分かる。でも悪いことは悪いことだ!だから、こういう風にしなさいとか、これはダメだよとか、普通のトーンで言い聞かせる事が、いつもでは無いにしろ、少しし易くなるかも知れない。小さくてもチャント小さいなりに考えてるんだよ。だから真っ向から、勝負を挑むわけです。根気の勝負です。この勝負大人にとっては、結構手強い相手なんですよ。だって相手は、ただただ繰り返す根気に関しては、大人の及ぶ所じゃないぐらい長けてますからね。怖さとやさしさをメリハリを持って表現してやらなや、子供にはわかりにくいとおもうから、これはいいんじゃないかな?みなさんも、その子と同じ年だった頃の自分の記憶をたどりながら相手をしてやると面白いんじゃないかな?「負うた子に教えられ」と言いますが、この根気と言うか、訳の分からんモノ、どう出るかわからん手口に、果敢にも挑んで行く姿勢と言うか、若い時は大なり小なり誰でももっていた行動力をもう一度奮い立たせてくれるんですね。子供って(^^ゞ(笑)「初心に返れ」と言われても、もう手あかに染まった大人は、そう簡単に初心になんか戻れませんから、これは、願ってもないチャンスかも知れません。世の中の「おとうさん、おかあさん」子育てしましょ!頑張りましょ!こんな風に考えてみると、訳もなく面白いでしょ。。。。(^_-)-☆
August 27, 2005
コメント(6)
つづきですので、翳りゆく桃源郷ー○○湖温~(1) →(2) → (3)の順にお読み下さいそのステージが終わると、他の客は帰っていった。w一緒に出て行きたかったが、どうも明るいところで顔を合わせるのが、怖くて、そのまま残っていた。曲が流れて、最後のステージだと告げるアナウンスがあり、次のショーが始まった。おぉ、なんと色っぽくてきれいなおねえさん!ポスターに載っていた踊り子さんだった。はじめから出てきいたら、さっきまで居た客も喜んだだろうに!ますます悪い気がして、自分だけが見ていることに気が引けた。しかし、2分ぐらいしたときダンスをやめてしまった踊り子のお姉さんが、驚いた事にステージから話しかけてきた。「客もいないし、もうやめてもいい?」とけだるそうに言った。「????」客が居ないって、ココにいるボクは何? あんた誰に話しかけてるの?金払ってないけど一応客でしょ、それに客も呼んできたじゃないか~~~。心の中で、叫んだ。経験したことのない事に囲まれていると、人間はちゃんとした判断を下せない。「はい」と言ったと思う、とにかく頷いていた。しばらくして、音楽がぷつりと止まり、ぼんやりと客室灯が点いた。ぼーとした光と同じくらいぼーとして動けなかった。たぶん何も考えていなかったと思う。何分か過ぎただろうと思うが、気が付いたら明るいステージに、先ほどの踊り子さんが立っていた。「ごめんね。もう劇場閉めるって言ってるから・・・」「お客呼んできてくれたんだってね」「ありがとね」「これからみんなで飲みに行くんだけど・・・」「よかったら一緒にどう?」「いいんですか?」と言ったつもりだが、おそらく苦笑いをしただけだったと思う「じゃ、裏で待っててくれる?」なんで、誘われたんだろう。そんなことをぼんやり考えながら、歩道の縁石に乗ったり降りたりしながら、みんなが出てくるのを待っていた。「お待たせ!」声を掛けてくれた踊り子さんと、先ほどのおばちゃん達がにぎやかに裏口から飛び出してきた。「行くよ!ぼうや」と言わんばかりの勢いだ。少し歩いたところにある飲み屋の2階の座敷で、飲み会は始まった。着くまでずっと、着いてもしばらくは、【なんでこうしてみんなと一緒にいるんだろう、酒を飲んでるんだろう】と心の中で呟き続けていた、と思う(^^ゞ(笑)しかし、あの普通だったおばちゃん達が、実は凄く面白くて芸達者だったって事が分かったとき、なんだかとても得した気分になって、無性に嬉しかった。この人達にも歴史があって、昔は人気を博した踊り子さん達だったんだねって、当たり前だけど、当たり前の事に気が付いた事に嬉しかったのかも知れない。かなり酔っぱらっていたので、話の内容まではよく覚えていないけど、人の心のひだに、これほど微妙にそして上手に触るような会話を今まで経験したことがなかったな~って、思うくらい感心して、酔いしれた。ここで、おばちゃん達が披露してくれた、得意技を一つ紹介しておきましょう(^_^)あそこに入れたゆで卵を、M字開脚した股から、放物線を描くように「ポ~ン」と飛び出させるんですよ。これを見たとき、何故かそのユーモラスな放物線と「ポン」という音が笑いのツボをついてしまい、声が出なくなるくらい笑ってしまった。ポスターに載ってた踊り子さんは、次の日から他の土地の小屋にでる予定だそうで、先に宿に帰っていった。年上の踊り子さん達にとても可愛がられている感じがした。人の心の温かさに包まれているかのように、、、。出て行きしなに振り返った時の、やさしい笑顔に心が癒される思いがした。その笑顔を見たとき、まだ若い踊り子さんだった時のおばちゃん達に逢いたくなった。みんなそうやって、受け継いできたものがあるんだろうなと思う。以前「親指Pの修業時代(上)、(下)」松浦理英子著 を読んだとき、この時の事を思い出した。相手の心を満たすことが如何に難しいかを考えさせられた小説だったが、この時の体験が重なって、より深い部分にまで踏み込んで考えさせられた気がする。今では、もう殆どのストリップ小屋がなくなってしまい、もうそんな世界はなくなりつつ有るのかも知れない。しかし、人とのふれあいの温かな部分は、ボクのこころの何処かで、まだ温かいままだ。ー<完>ー翳りゆく桃源郷ー○○湖温~(1) →(2) → (3)の順にお読み下さい
August 26, 2005
コメント(0)
つづきですので、翳りゆく桃源郷ー○○湖温~(1) →(2) → (3)の順にお読み下さい「いらっしゃいませ!、いらっしゃいませ!」「可愛い子があなたを待ってますよ」「旅の思い出に、あなたを夢の世界へ! どうですか? そこのおにいさん!!」「おにいさん! っっっって!」何故か、ボクはハッピを着せられ、客の呼び込みをさせられていた。券を貰って出かけたのは、ストリップ小屋だったのだが、どうも客の入りが悪く(と言うか誰もいなかった)、これでは始められないから、今日は閉めるみたいなことを言われたのだ。「え~~」と言う顔をしていたのか、何も言っていないのに「そんなに言うなら、兄さん客をよんできてよ」「そうだね、3、4人呼んできたら始めるからね」「じゃ、これ着て、頼んだよ!」頼んだよって、どういう事だよ。確かにボクはただ券の客だけど、客は客だろ! と思いつつ、何故かハッピを着て呼び込みをしてしまっていたのだ。知らない土地だし、乗りかかった船だし、なんか面白そうだし、それだけ?って思われるかも知れないけど、こんな経験したくても出来ないような気がして、やってる内に楽しくなって来たのを覚えている。で、頑張った甲斐があり、4人の客が入ってくれた。客はボクを入れて5人、ステージが始まった。紫系のライト、ムードミュージック、何だかぱっとしない演出のステージ。しかし、ぱっとしないのはそれだけではなかった。踊り子さんが、年寄りだ! おばちゃんの域を超えている。呼び込んだ4人に悪い気がして、うつむいてしまった。次のステージが始まった。今度は、普通のおばちゃんだった。普通のおばちゃんがこんなとこに出てきちゃいけない! それが感想だった。少し期待しながら次のステージが始まった。こんな低い次元で期待してしまっている自分の順応性に呆れたが、出てきた踊り子を見てもっと呆れた、さっきよりもっと普通のおばちゃんだった。でも入口に貼ってあったポスターには、もっと若くて可愛い踊り子さんが載ってじゃないか!こんなんじゃ、さっき呼び込んだ人たちに囲まれて、袋だたきにされる~~と、真剣に悪い気がして、身体がちぢこまった(こんな場所にいたら、大きく成らなきゃ、、w )次のステージは、やっとまともな女の子が登場!しかし、短い! 曲は2分半ぐらいで終わり、同時にそのステージも終わった。wつづく、、、翳りゆく桃源郷ー○○湖温~ → (3)
August 25, 2005
コメント(0)
つづきモノですので、翳りゆく桃源郷ー○○湖温~(1) →(2) → (3)の順にお読み下さいそれはGWを利用した気ままなツーリングの旅だった。その当時の愛車KAWASAKI GPZ-400Fにまたがり、高速に乗ったり下道を走ったりしながら、まずは山口県湯田温泉まで一気に走った。湯田温泉街は、一度だけ訪れたことがある。その数年前に旅巡業のバイトで来たのだ。5年ほどしか経っていないのに、妙に懐かしく泊まった宿の前で、不思議な感覚を味わった。それはきっと、置かれた状況のや目的の違いによる単なる感覚の相違なのであろうが、ホントにそれだけ何だろうか?その時よりも寂れた風にも思え、それはおそらく時代の流れを感じたからなのかも知れない。5月と言えば、ふぐの季節でもないので、今回はふぐを食するのはパスして、今回の旅の目的とする日本海側をツーリングすることにした。まず、まるで山口県にあるような記述をよく見かける津和野(実は島根県なのだ)に寄り、街を散策する。こぢんまりとした城下町の風情である。だが、もう、二度と来ることのない街のように感じた。今まで一度しか訪れていない街は、いったいどれぐらいあるのだろう。付き合った女の子の数より多いのは確かだ。wさて、本題の○○県の○○湖には、その足で向かう。津和野でゆっくりし過ぎてしまい、○○湖に着いたのは、もうすでに日も傾きかけたころだった。連休中と言うこともあり、そして小さな温泉街ともなると、それ程沢山の宿もない。順番に回ったがどこも満室で断られた。布団部屋でもかまわないと、ドラマみたいなセリフも使ってみたが、結果は同じだった。最後のホテル、このホテルでダメだったら、野宿しかないかと腹をくくっていた。やはり断られた。しかし「あの・・・もう全部まわられたのですか?」ボクが、よほどガッカリしていたのか、そんな風に訊ねてくれた。うなずくボクに、「知り合いがもう少し先で民宿をしているんですが、訊いてあげましょうか?」と。自分が嬉しそうな顔をしていることが、相手の顔を見ても分かるぐらい、嬉しかった。その民宿の女将さんは、とても優しく遅い時間からの客にもかかわらず、笑顔で対応してくれ、心が温まるのを感じた。今では、その時どんな話しの流れだったかは思い出せないが、食事の後、その女将さんにこの界隈の事をいろいろと訊ねていると、「ここらは殆ど遊ぶところもないですからね」と言いながら、ふと思い出したかのように。「あっ、そうそう、こんなもんで良かったらどうですか」「行ってご覧になられます? 知り合いがやってる所ですが」と言って、招待券の様なものを手渡してくれた。「せっかくですから、行ってみます」そんな経験をする事になるとは、想像もせず民宿を出た。つづく、、、翳りゆく桃源郷ー○○湖温~→(2)
August 24, 2005
コメント(0)
家を建てることに伴う煩わしい事が、じわじわ押し寄せてきた。(^_^)モデルハウスを廻って、あんな家がいいとかこんな家がいいとか言ってるうちは、とても楽しい時期ですよね。しかし、いざ土地を何処にするかと言った具体的な決断を迫られると、これが簡単にすますことの出来ない諸事情が浮き上がってくるんですね。その土地の隣近所、周囲の環境、校区、建坪率等の建築に関わる諸条件などなと、複雑に絡み合っていて、これがまた大変(^_^)。こちらは、いわばよそ者ですから、現在周りにお住みの方がとやかく言うのは、当たり前のことだと思うのですが、やっぱり後から入っていく者としては、いざこざを起こしたくはないし、かといって大幅な計画変更もしたくない。ん、悩むところだ。融資がらみの資金面の問題も同時に進行している訳で、そしてこれは仕事の合間に処理していかなければならないのですよね。今まで、他人事のように「大変だなんだな~」などと、気楽なことを言ってられない事に成ってきたぞ。おまけに夢は大きく、家を建てるなら、ヘーベルハウスと来たもんだ。(^_^)まだまだ、思ってもいなかったいろんな事が押し寄せてくるのだろうけれど、やるしかないから、頑張ろうと思っている、なんだかんだ言っても嬉しい悩みなのだからね。(^_^)
August 23, 2005
コメント(2)
一応前回までのお話しでこのこのシリーズはお終いなのですが、この入院生活で、笑えるような恥ずかしい思いをしたことで、なんだか恥ずかしいという感覚が変わったような気がしています。自分がどれほど嫌な思いをしていても、周りの人にとっては愉快な事って可能性もあるわけだ。と言うよりきっとそれは愉快な事だろうと思う。要するに他人の不幸は面白いわけだ。(^_^)「不幸=面白い」この構図は、散々使い古された構図なんだと気が付いた。そしてこの構図に「どんでん返し」で終わるという逆転の構図によって、スカッとした感覚と笑いがこみ上げて来るんだね。ディズニーのお話にしても、民話、寓話、童話など、みんなこの構図にあてはまるじゃない?「みにくいアヒルの子」の様な分かりやすい逆転劇は、じつはその辺にゴロゴロ転がっているわけですよ。嫌なこと辛いこと悲しいことが起こったとき、それは絶好の笑えるチャンスなのかも知れないと思うようになったわけですね。そう思うことで、辛いことでも楽しめるようになるわけです、言い方を変えると、障害物があるとそれを乗り越えようとする力が湧いてくる、って言う感じでしょうかね。これは、お笑い系の基本なのかも知れませんが、実生活でもなかなか役立つかも知れませんよ。この入院生活が終わる頃、いつも優しかった看護婦さんと何だかいい感じになって、しばらくお付き合いをした。女性の優しさと怖さを同時に実感した、高校最後の夏の話でした。と言うことで、うれし恥ずかし体験シリーズは、まだまだ始まったばかりです。お暇なときにでも、また読んでくださいませ。
August 22, 2005
コメント(0)
今夜は、淀野競馬場で花火大会がある。丹後から急いで帰ってきて、何とか間に合った。桂川の堤防にじんどって車のなかから、みんなで眺めることができた。雨が降ってきたので、外には出られなかったからなのだ。風向きが悪く、ちょうど煙の中で花火がまるで雷のように炸裂している状態だった。「スターマイン」(連続発射打ち)のプログラムは何処の花火大会でも定番中の定番になっていて、やっぱり連発は派手で花火の花形って感じでした。それにしても、風向きのせいで煙が旨く流れなかったために、せっかくの花火の細かい細工が、思うように鑑賞できなかったのは残念だった。花火、好きだな。
August 21, 2005
コメント(0)
朝、それは普通の朝だった。朝というのこういう風に始まるんだと実感した朝だった。子供の声に目覚め、子供の誘いに促され、海にで戯れた。穏やかな海に浮かび雲を眺めた。ゆっくり動く雲を眺めながら海にただただ浮かんでいると、自分の身体が自然と一体化した様な錯覚に包まれるのだ。それが、なんとも心地よく力が抜けていく自分をなんだかほほえましくも感じる事が出来て幸せな気分を満喫出来た。子供達と戯れる。それ自体が不思議な思いでもあり、充実感を伴う生活を感じるひと時だった。
August 20, 2005
コメント(0)
スロースタート今日から丹後のリゾートマンションを借りて、この夏初めての休暇をゆっくり過ごすことに。。。朝から仕事の整理とか色々あってなかなか出発できなかった。近所で仲良しの奥さんと子供さんを連れて、車を走らせた。総勢7人の楽しい休暇の始まりだ。途中で野田川の15万本の向日葵を見る為に寄り道をしたが、残念なことに14日に向日葵は刈り取られたそうで、見ることは出来なかった。リゾートマンションには夕方到着。ゆっくり大浴場(それ程大きくはないが)に入り、みんなでトランプ遊びなどして、早めに就寝。波の音が聞こえて、癒し効果バツグンのロケーションのなか、一人そうそうにソファーで寝入ってしまった。日頃の疲れが爆発したように、寝てしまったようだ。夏の休暇の過ごし方としては、慌ただしくも満足出来るスタートだった、、、と思う(^_^)
August 19, 2005
コメント(2)
3時間あまりの時間が流れた。検査としては、大がかりなものだった。その間、意識は麻酔により麻痺させられて、夢さえも見ることのない、空白の時間がただ、ながれていた。いや、正確に言うと空白のまま、何事もなくそのままでいて欲しかった。意識は、ぼんやりとではあるが、着実に戻り始めていた。目もくらむような、手術用のライトをを中心に次第に周辺がぼやけていく、ぼんやりとしたいてハッキリとした光景だ。思考回路がいつの間にか動き出したのか、「あぁ、終わったんだな」そう感じた。それと同時に何か違和感を感じた。胸騒ぎににたざわつきが、しだいに人の声の集合体で有ることがわたった。違和感を感じた理由も、理解できたのだった。そのざわつきは、人の声だった。10人程の、若い女の子達だ。遠くにいたときは、大きなざわつきだったのが、こちらに近づくに連れ、少しずつ静かになって来たのだ。それは、まるで、ホラー映画のアングルショットににている。ズームインしながら、カメラが引いていくショットににている。それが、結果として違和感となって不安をあおる事になる。そうやって、ささやかな不安感を10人の女の子達が、運んで来たのだ。だが、その不安感に気づくにはまだ、意識の立ち直りが、追いついていなかった。その女の子達は、看護実習生だった。実習が終わったのと、ボクの検査が終わったのが、ほぼ同時だったらしく、「ちょうど良い機会なので、患者さんを病室まで運んであげてください。」と、実習の先生らしき女の先生に声を掛けられていた。「はーい」と元気よく、10人の看護実習生たちは返事をして、まるで練習でもしてあったかのように、手際よくストレッチャーの周りを取り囲んだ。まるで、TVジョッキーという番組で、女の子が布で出来たカーテンの中で生着替えをする場面を想像させた。その時のボクは、ストレッチャーの上に検査着の前をはだけた状態で、下半身もあらわなままだったのだ。自分が、どのような状態に於かれているかを瞬時に理解する事が出来ず、只、感覚として寒さを感じているだけだった。検査室は、ひんやりとしていて少し寒かった。その中で3時間あまりいたのだから、身体は冷え切っていて、ホントに寒かったのだ。「あの、、、ちょっと寒いんですけど・・・」と気弱に声を発する。ボクの声は何かに吸い取られ消えていった。「あの、、、ちょっと寒いんで何かかけてもら・・・・」また、声は吸い取られていった。視界がハッキリしてきた目で、ボクの周りに群がる顔を眺めた。そこには、女の子達のにこやかな笑顔があった。そして、輝いている20の瞳が。そして、不思議なことに20もの目が有るのにも関わらず。どの一つとも目が合わない事に気が付いたのだ。どうしてだ、みんなそんな顔をして何を。。。その時やっと、自分の於かれている状況を全て把握した。こいつらは、ボクの股間を見ている。それもみんなそろって目を輝かせて見ている!「やめてくれーーー、だから寒いって言ってるじゃないか!早く何か着せてくれよ~~~~~。」そう、叫びたかった。それに、見られて嫌な理由が、それも大きな理由があった。寒いところに長時間さらされたボクのちんちんは、小さく縮み上がっていたからだ。もともと平常時は大きくないのに、それが、今までにないほど小さくなっている状態なのだ。なぜだ~~~~、昨日からの辱めは、このためのプロローグだったのか~~~~。やめてくれ~~~、見ないでくれ~~~なんでも言うこと聞くから、お願いだ~~~そんな気持ちとは裏腹に、10人の看護見習い生に囲まれたストレッチャーは、病院の廊下を抜けエレベーターに乗り、病室へと向かっていった。この光景自体は、何の変哲もない病院の出来事、いや出来事と言うほど大げさな事ですらない。だけど、女の子というカーテンの内側で何が起こっているか誰か~~~誰か気づいてくれ~~~~~~~~そして、病室の扉の前まで来たとき、まるで台本にそう書いてあったかのように、何本かの手がそっと伸びできて、検査着を着せてくれたのだった。そして何事もなかったかのように、自分のベッドに移され、シーツを掛けられた。6人部屋なのに、まるで広い個室のように感じた。女の子たちが、出て行ったことさえ気づかなかった。しばらく、寝かされたまま、ぼーと天井を見つめ、頭の中が真っ白になったままだった。しばらくして、その時の女の子の一人が、病室に入ってきて、すごくさわやかでにこやかな顔で、「17なんやって、わたしらといっしょやね」と、言った。その笑顔がものすごく可愛かった。「うん」それだけ言って、さわやかに帰っていった。何故彼女は、そんなことをわざわざ言いに来たのだろう。今だに、そのことが不思議でならない。そして、何故彼女だったのだろう。その彼女は一番可愛かったのだ。その顔とその表情は今でも鮮明に覚えている。一番可愛かったその子が、言いに来たことの意味することが何なのかは判らないが、それがもう一つの人生の始まりだったような気がする。そしてそれはそんなに悪くない人生の始まりだった。おまけはこちら→ もう一つの人生ー始まり(4)
August 19, 2005
コメント(2)
新しいHDを購入し、とりあえずノートパソコン(PowerBookG4)を分解し、新しいHDを入れる。と書けば簡単そうだが、、、、(>__
August 18, 2005
コメント(0)
家を建てるって、大変な事ですよね。我が家も自分の家が出来ればいいなと、夢を見つつ暮らしておりました。と言うのも数年前に田舎の土地が河川工事に伴う買収に掛かったからです。しかしまぁ、行政がとろいのか担当者がとろいのか、はたまた土地柄なのか、計画自他は遅々として進まずの状態が続いていたのですが、去年の台風23号の被害が大きかった為に災害対策の面からも早急に河川事業を進める事になったのですね。予算が付くと話が早いわけで、やっと事業が進み出したと言うわけなのです。もともと祖父から受け継いだ土地ですので、出来れば祖父の意向を盛り込んだ資産運営と言うことで、アパートだったその土地が売れたら、賃貸併用住宅にしたいと思うようになったのでした。別に祖父の意向を直接聞いた訳ではないのですが、小さい時に見ていた祖父の生き方、考え方の片鱗でも受け継げたらと言う思いなのです。昨日は、花火で癒され、今日は、同じ街に土地売買という現実的な話でやってきたのでした。気に入った家を建てると言う「夢」と売り買い、契約と言う「現実」が、昨日見た花火の向こう側に何があるのかを考えさせられた1日でした。花火を作る苦労がどんなモノかは、良くは知りませんが、一瞬の輝きの為にどれだけの知恵と労力を注ぎ込んでいるかなんて、見る者にとっては関係ないのかもしれませんが、ホントはその感動を生み出すのは、作り手の気持ちと知恵と労力なんですよね。しっかり計画立ててがんばらなきゃ(^_^)そう言えば、今度購入したい土地、近くで花火大会があるな~
August 17, 2005
コメント(3)
結婚してから毎年恒例の、宮津の花火大会に行ってきました。今年は、昼間に京都市内で用事をすませてから、出掛けたので少し遅めのスタートです。実は早めに行って、野田川町の15万本向日葵を見てから行く予定でしたが、用事が長引いたためそれはかないませんでした。それは、次回のお楽しみ。宮津の花火は、規模としては大きい方ではないのですが、灯籠流し、鐘楼流し、花火と盛りだくさんの内容で、堪能できます。7時から灯籠流しと鐘楼流しがあり、7時半から花火が始まるのですが、灯籠が漂う波間に花火の光が鮮やかに映り込み、夜空と海に映る花火と灯籠と炎を上げる鐘楼船の演出が、見る人を幻想的なパノラマの世界に連れて行ってくれるように思えますよ。ちょっと大げさかな?(^^ゞ(笑)でもでも、やっぱり花火を見る環境としては、一番好きかな!今度結婚するときは、その人と見に来ようと思っていた花火大会。それが、実現して、毎年家族で訪れることができて、幸せ大会でもあります(^_^)
August 16, 2005
コメント(2)
銀行に行ってきた。そして怒っている。(^_^;)その対応の悪さと 態度と姿勢。都市銀行にとって一般客など、どうでもいいのかと問いかけてみたくなるのだった。義母の件での手続きがあり、最寄りの都市銀行に連絡を入れると、そこは出張所みたいで、市内の支店に来てくださいと言われた。義母は、車いすを使用していて、その旨対応してくれた方に訊ねると、「エレベーターもありますし、障害者にも対応できています。」とのことだったので、安心して出掛けていったのでした。と・こ・ろ・が~~~~トイレは和式しかないし、手すりは付いていない1確かにエレベーターはあるけれど、それだけやん!!それが、障害者にも対応できているってことなの?それとも、障害者の人でも対応します、口座開いてもらってもいいよ、ぐらいの意味なの?障害者を必要以上に大事にしろという訳じゃないけれど、自分でトイレに行けるぐらいの設備と配慮は必要なのではないかな?で、新たに口座を作る必要があると言うことで、新規口座の窓口で口座作成の依頼をすると「お宅の街にも窓口がありますでしょ、そちらでも作れますよ」ときた。カチッ、ブチッ!!そちらが、来いと言うからわざわざ来たのに、そんな言い方ないっ、、、でしょ。あなたは、経緯など知らないかも知れませんが、たとえ知らないとしても、その言い方はおかしいんじゃない?若い子ならともかく、いい年をした大人が。。!前の銀行でも憤りを感じたので、銀行変えたのに!どうなってんの銀行さん!文句ばかり言うのも嫌なのでこれぐらいにしとこう。(^^ゞ(笑)
August 16, 2005
コメント(2)
可愛い新人の看護婦さんの、たどたどしい剃毛作業のおかげて、大変はずかしい思いをしたことがウソのように思えるほど、鬼瓦婦長の顔が脳裏に焼き付いてしまったその数時間後、、、、。もやもやしながら、トイレに行ったのです・・・「なんじゃこれーーー!」その時の、情けない光景、笑わないやつはきっといないでしょう。チンチンの周辺に、まるで映画の中に出てくる中国人風のひげのように残された毛、普通なら、誰にでも見られる箇所じゃないので、そんなに気にしなくても良いのかもしれません。で、でも~~~。明日は検査なんだ~~~~!また、違う可愛い看護婦さんに、こんな姿を見られると思うと・・。気が付けば40分以上トイレの中で、呆然としていたようです。「どうかしましたか?」と看護婦さんの呼ぶ声で、やっと我に返ることができた。病室に戻っても考えることも出来ず、本を読んでも文字をなぞる事すら出来ないまま同じページを見つめていた。夜中までそんな状態がつづく、眠ることもできない。「そうだ!、やっぱり、それしかない・・・」病院なので、刃物類は、持ってないし、そのころはひげも濃くなかったので、ひげそりもない。そして、その結果、出てきた結論。もう一度、剃ってもらおう!!それしかない!意を決して、真夜中のナースステーションへ向かった。歩いても歩いても、たどり着けないほど、遠く感じた。やっとたどり着いた。「どうしたの?」と、夜勤の看護婦さん一番喋りやすい看護婦さんで良かった~。しかしその安堵感は、それ程長くは続かなかったのだ。「あ・・の・・、、」ーーしばしの沈黙「??」看護婦さん「あの~、明日検査なんで、今日剃って貰ったんですけど・・・」「そやね、明日検査やったね、しんどい検査やし、がんばってね!」と、やさしい看護婦さん「はぁ、・・・ありがとうございます」「毎週毎週、検査ばかりで大変だね、でも、明日のが終わったら大きな検査はもうないみたいだし、がんばってね。」と、もう一人の大人っぽい感じで茶髪の看護婦さん。「それは、いいんですけど・・・」「どうかしたん?」と茶髪の看護婦さん「なんかヘンなんで、もう一度やり直して貰えませんか?」やっと言えた!「なにを?」 しばらく沈黙その沈黙が、何かの起爆剤のような作用をしたのか、全てを理解した気さくで明るい看護婦さんは、彼女の明るさを200%発揮したかのように、「が、はははははぁ~~~」と大笑いをした。つられて、もう一人も。とても困った顔をしていたボクに気づいて、また沈黙が戻った・・・。そして彼女は持ち前の明るさで「だいじょうぶ、だいじょうぶ!」「はい、、、、、、」としか言えなかった。何が大丈夫やねん、と心の中で叫びながら、病室へ。今の出来事で、恥ずかしさが分散したのか、しばらくして眠ってしまった。数時間後にまたも、辱めを受けるとも知らずに。ぐっすり寝たわりに、目覚めは悪く、何だかボーとしたまま用意をすませ、検査室(手術室)へ扉を開けて、ほっとした。そこに居たのは、鬼瓦婦長だった。可愛い看護婦さんだと思いこんでいたので、なんだか笑えた。「この人だったら、ビジネスライクに淡々と事を進めてくれるだろうし、何より恥ずかしさを感じることが少ない」と心の中で呟いていたた。が・・・検査着をはだけた、ボクの股間をみた鬼瓦婦長は、昨夜の看護婦さんの10倍以上大きな、そしてあざけるような笑い声をあげ、「ははは、何これ、情けないわね!綺麗にしてあげるわ!!!」と、言ったが速いか、ちぎれるかと思うほど、チンチンをおもいっきりつまみ上げカミソリで、ジョリ・ジョリ・ジョリ・・・「だから~、やり直してくれっていったやん!!!!」声にならないまま、麻酔にかけられ、意識だけがもうろうとしていった。これで、全てが終わったと思った、そのはずだったんだ。何もかも終わって欲しかった。その3時間後何がボクを待ってるのか、知る由もなかった。つづく・・・(^_^)続きはこちら→ もう一つの人生ー始まり(3)
August 15, 2005
コメント(2)
待望のiTunes Music Storeが、やっとこさ日本上陸ですね。お堅いJASRACやレコード会社のお偉方のせいかどうかは知りませんが、こんなに時間がかかることに多大な損失を感じないんて、大名商売的気質がいつまでも残っているとはいかがなものかと。力のあるショップにだけ、売れ線の新譜を流し、非力なショップには注文しても出荷しないような事を平気でしていたのに、こんな時だけ「平等性」だの「妥当性」だの、筋の通らないコメントには閉口してしまいますよ。開始4日目で100万曲を販売してしまうショップに、どれだけ左右されるか気になるところですね。従来の仕入れと販売という方法をとらない、オンライン配信形式の曲の販売と言うものが、メーカーやJASRACにどのような変化をもたらすのか、見守っていきたい。こ難しい話はさておき、この大手の音楽配信をどうとらえますか?また、どんな風に利用されるのでしょうか?急に昔の曲が聴きたくなるってことがあります。でも、アルバムを買う程でもなく、レンタル店にも置いてない様な場合、歯がゆい思いをよく感じていました。iTunes Music Storeの販売ランキングをみていて、そう言う気持ちを感じている人たちの多さを表しているような気がしてなりません。しかし、これが最高の販売形態ではないことは事実です。音楽自体の質という観点からすると、圧縮されたファイルは、どんなに技術的に向上したとはいえ、原音とはいいがたいものです。ですが、販売形態の多様性と、膨大な曲のデータベースとして、その存在価値は、今後多方面でその意義を実感できることでしょう。なんだかんだ言いながら、素直に喜んだニュースの一つでした。
August 14, 2005
コメント(0)
お盆と言うこともあり、今日は日帰りでお墓参りに、福井の永平寺まで行ってきました。名神高速は、帰省ラッシュで少々混んでいましたが、北陸道はすいていて1時間ほど余分に時間が掛かった程度で無事到着。早々にお墓参りを済ませ、親戚が経営している土産物店に立ち寄り、美味しいおそばと胡麻豆腐をご馳走になり幸せな気分。店先で「御利益だんご」を売っているお店ですので、みなさんも行かれたときにはお立ち寄りを(^_^) おそばのお薦めは、「ぶっかけおろしそば」です。そうそう、もう一つ幸せな気分になったことがあります。夜に福井で有名な焼鳥屋さん「秋吉」に行ったのですが、そこの定員さんの気持ちの良い対応に、とても幸せな気分で帰宅することができました。義母には障害があるので、車いすで行ける店ということで、この店にきめたのですが、この店は個室がカラオケボックスになっていて、車いすでも揺ったりと食事が取れるので、前回も利用したことがあったからです。帰り際に義母がトイレに行きたいと言うので連れて行きましたが、和式のトイレしかなく用が足せずに困っていたところ、店員さんが声を掛けてくれました。同じ和式でも段差のあるタイプだと何とか座ることが出来るのですがと申し出ると、「男性用のトイレは、たしか段がありますので」と言って段取りをしてくれ、義母は、無事に用を足すことが出来た次第です。その店員さんの気持ちのいい対応に、凄く幸せな気分になりました。そのアルバイトの店員さんは、介護関連で働く予定だと言うことでしたが、なかなか出来ることではありません。こういう介護士さんが増えて欲しいものですね。忘れちゃいけない、「秋吉」の焼き鳥も、すごく美味しかったです。幸せを感じたお盆の1日でした。
August 13, 2005
コメント(0)
昨日の夕方から、MacのHDが調子悪くなり、とうとう動かなくなった、バックアップもしばらくしてなかったし、ちょっと凹んでいます。仕事のデータが取り戻せるかどうか、やってみないとわからないけど、辛いな。怒ってしまったことは、仕方ないので、何とか最善をつくすだけですね。がんばろ。(^_^;)みなさんも、バックアップをしましょうね!
August 13, 2005
コメント(2)
高校三年の時の恥ずかしい体験話です。高二の2月、バイク事故で、肋骨4本、両手骨折して、脾臓破裂して、胃腸痙攣を起こして2ヶ月ほど入院した事がありました。退院後もしばらく後遺症に悩まされた為、高三の夏休みを利用して検査入院したときの話です。こう言うと悲惨な話みたいですが、臨死体験したような事故を起こしたわりには、笑える話です。しかし、この時の臨死体験が後の人生を大きく変えてしまったのも事実です。2度目の入院は、毎週検査漬けの日々でした。ある時、動脈からのカテーテル検査をすることになって、剃毛(あそこの毛をそる)事になりました。担当の看護婦さんが新人で、その上、可愛いい人だったのですが、これが悲劇の始まりです。(^_^;)新人さんなので、もちろんそう言う作業ははじめて。ベテランならつまみ上げてさっさと処理するところなのですが、そこはやっぱり新人、恥じらいたっぷりに、洗い立てのタオルを局部にあて、周りから剃っていくのでした。こう言うと、いたって普通の作業のようですが、洗い立てのタオルってゴワゴワしていて、局部を刺激的すぎるのです。こちらは、病気とはいえ元気盛りの高校生でございます。どのような変化が起きたかは、想像するまでもありません。少しずつかたく、大きく変化するそれを、どうして止めることが出来るでしょうか?「やめてくれー」と心の中で叫びつつも、剃毛作業は続きす。ボクの心の声:「それ以上こすったら・・・」看護婦さん:「すぐに終わりますからね」ボクの心の声:「直ぐに終わるだと! ならビジネスライクに しろ! その恥じらいはなんだ~~」看護婦さん:「痛くないですか?」ボクの心の声:「気持ちいいから、困ってるんじゃないか!」看護婦さん:「もうすぐですから」ボクの心の声:「もうすぐいってしまうちゅうねん」ボクの心の声:「だから! そんなにタオルでこするなー」もう、これ以上続けられると、そのゴワゴワのタオルが、はじけ飛ぶ事になってしまうのは、目に見えています。「もうだめ」と思ったその瞬間・・・・・・。「どう?大丈夫?」と、扉をノックすることもなくずずかずかと部屋に入ってくる、鬼瓦のような顔をした、婦長さん姿が。。。。鬼瓦が天使に思えた、まれにみる瞬間です。あの作業が、あのまま続いていたら、ボクはどんなに恥ずかしい思いをしたことでしょうか?(^_^)その瞬間、むくむくと起きあがろうとしていたボクのものは、元の姿以上に、いやそれ以下にふにゃふにゃとしぼんでしまったのです。それまで、親戚の人と一緒に風呂に入るのも恥ずかしかったボクですよ。あの状態があと、1分、いや、30秒続いていれば、死んでしまったかもしれません。が、しかし、そんな恥ずかしがり屋のボクが、恥を捨ててしまった出来事が、次の日に起こるなんて、鬼瓦の婦長さんに助けられた時には、思ってもいなかったのでした。つづく、、、、、(^_^)続きはこちら→ もう一つの人生ー始まり(2)
August 12, 2005
コメント(0)
英和辞典で"Present"をひいてみると、大まかに言って3つの意味があるようです。1,現在の、、、今の、、、今日の、、、2,贈り物、プレゼント、みやげ3.提供する、上演する英語もラテン語系の言語なので、ひもとくとこんな感じ。"pre[前に]"+"esse[be動詞]"「前にある」と言うのが語源のようなのですが、よく考えるとぼやっとではあるけれど、なかなか奥深いな意味があるような気がしてきますね。単純に考えてみますと、、「今と言うのは、贈り物として上演された芝居」という風にもとれませんか?生きていくこと、そのままなんですよね。それぞれがそれぞれの役割を一生懸命演じ、みんなで協力し合って一つの作品を作り上げるって事、それが要するに今を生きるって事なのかな~と。何回も死にかけた事があるので、今の生活じたい「贈り物」なのかも知れないと時々思いますが、だからって、人のためになることばかりをしてるわけでもなく、自分本位になることだって多々あるわけで、自分のこと周りのこと、もっといっぱい大切にしなきゃいけないって、時々は思い直すようにしたいものです。しかし、何故に言葉には、こんなに色んな意味が存在するんだろうね。確かに、感情や描写をより正確に表現するには、沢山の言葉を必要とするのかも知れないし、もし言葉に一つの意味しかなかったら、恐ろしい量の言葉を駆使しなければしゃべれないことにのなるから、一つの言葉に幾通りもの意味を持たせることによって、言葉の量を減らせてるのかも知れない。一つの言葉に、沢山の意味を持っているのは、どちらかと言うと英語の方が多いかも知れない。なのに英語の方が完結で分かりやすい言語だと言われているようだ。どうしてだろう?わかりにくい意味体系を持っているから、分かりやすくしゃべろうと努力した結果、"Yes"or "No"で完結化したのかも知れないな、と勝手に想像してるんですが、、、どうでしょう?しかし、言葉を駆使しなくても分かり合える状況や感情はありますし、ホントはこんなに沢山の言語すら必要ないのかもしれないと思ってしまうのです。気持ちありきで、考えてみましょうよ。「今=贈り物」だと思って、今日一日を過ごしてみたいと思います。
August 12, 2005
コメント(0)
みなさんは、初めて自分の好みで洋楽を聴いたのは、どんなアーティストでしょう? ボクは、小4の時に"ダイアナ・ロスとシュープリームス" の "ラブ・チャイルド"に魅了されたのでした。今みたいにモー娘。もいないし、スマップのようなアイドルもいない時代でしたが、それにしても、ませた子供でしたね。次に聴いたのが、"ジャニス・ジョップリン" 。さらに渋みをましてます。小4の子供が聴く音楽じゃないかも知れませんが、子供ながらにも、これにはシビレタ。もう一つシビレタもの、それは、大学生だった従兄弟のお兄さんが持っていた、オーディオセットだった。いわゆるコンポですね。これが、アームに分銅の様な重りを付けて針圧を調整するタイプの、非常に扱いにくい代物でした。でもしかし、それにもシビレタ小4だったのです。それ以来、ステレオセットが欲しくて欲しくて、2年間お年玉や小遣いをためて、やっと中学に入る頃にステレオセットを手に入れる事が出来た。その時の喜びと感動は、わかります?その間。世間ではFM放送局が開局してたり、我が家にもカラーテレビがやって来たりと、ワクワクする出来事で、気持ちはウキウキ頭はくらくら、、、。大阪万博で聴いた"マレーネ・デートリッヒ" や、シタールの響き(ラビ・シャンカールだったと思う)、生で聴くアフリカ音楽、次から次にと、新鮮な感動が渦巻いていた。音楽が与えてくれる感動、鳥肌が立つ程の気持ちよさ、記憶の深淵まで響き、涙さえ溢れさせる不思議な力、それらはその時その時を鮮やかに切り取り、心の中にしみ込んでいったように思う。そして今、それらの音楽達にふたび出会うことが出来た。時間の隔たりや、環境の変化をも超越した、不思議な体験をしている。それが何なのか、次回へつづく。
August 12, 2005
コメント(0)
初めて海外旅行をした。もう15年も前の話。転職をしてまもなく、会社の慰安旅行があった。連れて行って貰えるとは思ってなかったので、ラッキー!とばかりに、ウキウキしてい出かけた旅行でした。なんせ初めての海外旅行だからね。洋楽や洋画、とりあえず西洋文化にドクされて育ってきた世代としては、一応あこがれのアメリカなのだ。フライトも快適に、何の問題もなくLA国際空港に到着、一応社内旅行なので、ホテルまで一緒に行くのだが、少し時間があったので、空港内のカフェでお茶でもって事になり、同じ車に乗る予定だった数名で、小さなカフェのカウンターにならんだ。めんどくさそうに店の女の子が注文をきく。「コーヒー」「ビール」「オレンジジュース」「アイスオーレ」「ジンジャーエール」さて、クイズです。最後まで出てこなかった飲み物はなんでしょう?昔茶店でバイトしていた時、お客さんが「アイスミティ」と注文したとき、その呼び名を知らなくて恥をかいたことがある。別にそれは、恥でも何でもないんだけどね。和製英語って言葉があるが、アメリカで「アイスオーレ」はないでしょう(^^ゞ(笑)これは、米製フレンチとでも言うんでしょうか?無理矢理直訳したとしても「氷と牛乳」ですから、冷たいミルク入りコーヒーが出てくるわけもなく、「アイスオーレ」を注文した方の飲み物はいつまで経っても、出てこなかったのです。持ってきたガイドブックのページをめくる手が止まり、「おれのオーレまだかな?」とぼそっと呟く。「これじゃないですか」あまり面識がないボクは、笑いをこらえながら、控えめに言ってみる。「これ?、、、、」しばらく無言はい、ここでクイズ第2弾!「アイスオーレ」を頼んだ人の前にトールグラスに入って、冷や汗をかいていた飲み物とは、いったいなんだったでしょう?「んなわけないでしょう」彼はまじめに、そう答えた。「だって、他の人の注文は全部出てきてるし、ちゃんとグラスに入って◎◎さんの前にもおいてありますよ。」と、ボクそこに置いてあったのは、異常に大きなトールグラスにたっぷりのクラッシュアイスの中に窮屈そうに押し込まれた水だった。「だってこれただの、水やん」「アイスオーレじゃ通じないんじゃないですか?メニューにもそんなのないですし」「だってココ茶店でしょ、普通あるでしょ」「とりあえず、他のものを注文し直した方がいいんじゃないですか」ボクがそう言うと、彼は少し考えて渋々注文をした「アイスコーヒープリーズ」店の女の子は、そのトールグラスをひったくるように持ち上げ、中身を投げるようにすて、新しいクラッシュアイスを山盛りグラスに流し込んだ。注文した彼は、再びガイドブックに夢中だ。思った通り、店の女の子は、熱いコーヒーを山盛りのアイスの上から流し込み、「超アメリカンなアイスコーヒー」を何なのよって顔でカウンターの上に置いた。注文した彼は、シロップと一緒に出されたミルクをたっぷり入れて何事もなかったかのように飲んでいたのが、妙に笑えたのだ。もちろん新入りのボクは、心の中で、この笑える状況を一人でバカうけしていたのは、想像できますでしょう。では、クイズ第3弾!!!なぜ、彼の注文は、ただの水だったのでしょうか?危篤にもこのブログをココまでお読み下さった、賢明なるあなたでしたら、すぐお解りですよね(^^ゞ(笑)「アイスオーレ」を早口で数回言ってみてください!お解りになりましたか、そうです、「アイスオーレ」→「アイスウォーター」つまり、「アイスと水」になって、出てきた訳です。そもそもアメリカでは、アイスコーヒーはあまり飲まない。そして、「カフェ・オ・レ」は、フランス語で、コーヒーとミルク。自分の日常を何処にでも持ち込むと、こういう事が起こると言う見本みたいなお話しでした。その旅は、その方との珍道中になるのですが、またの機会にお話ししたいと思います。では、みなさんもアメリカで「アイスオーレ」をご注文なさるときは、是非とも「アイスオーレ、シルヴプレ」と、おしゃれに決めてみましょう(^^ゞ(笑)あっ、ちょっと追記しておきますが、「アイスオーレ」の彼は、勘定を払うとき、8ドル以上払ってました。しっかり最初に出てきた「スペシャルドリンク」の料金も払わされていた事になりますね。1000円の「超アメリカンアイスコーヒー」ですね。「ただの水」は、だだ(無料)ではなかったのですね(爆w
August 11, 2005
コメント(0)
タイムドメイン・スピーカーをご存じですか?音響工学の常識を覆す本物のスピーカーのことを!ここでは、タイムドメインと音楽、そして感動を呼ぶサウンドをメインに、その他、日常にころがる色々なことの中に目を向けて、本物を探してみようというテーマで綴っていきたいと思っています。まず第一回目は、タイムドメインとの出会いから、、、、(株)タイムドメインの由井社長との出会いは、1997年の事でした。ボクの知り合いが、「凄いスピーカーを開発中の研究者がいるから、会いに行きませんか?」と誘ってくれ、音に対して多少なりとも興味を持ってるボクとしては、何の迷いもなく奈良の研究所まで出向いていったのです。2ヶ月前に潰瘍の手術を受け、やっと車の運転が出来るようになった様な身体でしたが、そんなことがどうしたの?って言うくらいウキウキとした気持ちで出かけて行ったのを今も鮮明に覚えています。その研究所は、奈良のサイエンスプラザと言ういかにもって言う名前の施設の中にあり、さも最先端の技術の生まれる場所なのだろうと心を躍らせながら足を踏み入れたのでした。初対面にもかかわらず由井社長は、まるで昔からの知り合いのように、穏やかに出迎えてくれました。そしてその目は、人間の純粋な思いを輝きに変えて光っていたのです。そしてしばらく楽しく語らっていたその時、隣の部屋から聞こえてくるピアノの音に釘付けになってしまったのです。研究室に入ってきた時から流れていたピアノ曲は、聞き覚えのある曲でした。「キース・ジャレットのケルンコンサートだ!」しかし、隣の部屋から聞こえてきているのは、どう聴いてもピアノの生音なのだ。そう、どう考えてもそんなはずはないのです。キースが隣の部屋にいるわけもなく、他の人がキースと全く同じようにピアノを弾くことが出来るとは思えない。「あのピアノ、、、」と言いかけるととても嬉しそうに、「隣の部屋にいきましょう!」誘われ、ぞろぞろとみんなで隣の部屋にはいった。そこには、無造作に置かれた、GS-1 と言うスピーカーが目に入った。「ははーん、なるほどこれが鳴っていたのか」と思った瞬間由井さんが嬉しそうに、「今ならしているのは、この試作機です」目が点になるという表現があるが、この時の驚きの為にその言葉があるかのように思えるほどの驚きだった。その試作スピーカーは、手のひらに載せても余るぐらい小さな玩具みたいな代物だった。さっきから聞こえているのは生ピアノの音だったんですよ!。その音がこんな小さなスピーカーから出た音だとは、夢にもおもわなかった。そしてもっと驚いたことに。その前で目をつぶって、その音を聞いたとき。その驚きは未だに、脳裏にこびりついている。目を閉じた瞬間に、そこにグランドピアノが現れ、キース・ジャレットがそのピアノを弾いているような映像が見えたのです。大げさだと思われるかも知れませんが、これは体験した人にしかわからないことなので、信じてくださいとは言いません。そう、スピーカーが鳴っていると言う感覚がしないのです。そうスピーカーが消えたのです。そこで鳴っているのは、紛れもなくピアノだったのです。興味のある方も、信じられない方も、タイムドメインスピーカーの音を聴いてみてください。音の話をしているわけですから、いくらリアルな音だと、言葉で表現しても理解して貰うのは難しいのはわかりすぎるほどわかっています。聴いて貰わないとわかって貰えないと思います。そして、感じて貰いたいです。同じ気持ちを!「スピーカが消える」瞬間の感動を!
August 11, 2005
コメント(2)
全27件 (27件中 1-27件目)
1
![]()

![]()