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銀の時計をうしなへるこころかなしやちよろちよろ川の橋の上橋にもたれて泣いてをり(室生犀星『小景異情』その3)さて、今日1時間目に生徒が口頭で発表する「銀の時計とは何か、自由に論じなさい」という課題について、ここで自分も考えておきたい。「銀の時計」というものを童話的なもの、すなわち幼児的なものの象徴と捉える見方もあるが、自分はその見方をとらない。ひょっとすると、「銀の時計」が登場する童話もあるのかもしれないが、この時代にそれが、現実に存在する大人用の「高級品」であることを考えると、そうは解釈できないだろう。単に「時計」ではなく、「銀の」とある。もちろん銀よりも金の方が高級であり、金時計なら、大きな会社の社長とか国会議員の先生とかが懐中時計として持っていそうだ。では、「銀の時計」を持っている「大人」とはどういう人か。例えば、市役所である程度までは偉くなった役人の永年勤続の記念品などということもあるだろう。つまり、能力のある庶民が、真面目にそれなりのところで長年働いて、そのご褒美として手にするもの。そういうまともな生き方。それが「銀の時計」が象徴するものではないか。「銀の時計を失う」とは、そういうこの時代のモデルである立身出世的生き方を、もはや人生の価値とはしない生き方を選んだ一人の詩人の嘆きと読める。この詩が、例の「ふるさとは遠きにありて」という詩に続くものであることを考えると、また「ちょろちょろ川」が養家の近くを流れる犀川である可能性に思い当たると、次のように解釈できる。犀星は帰郷し、自分の不幸な生い立ちを思いだしている。犀川の橋の上で、子どもの時にその小さな流れを見た自分は、今の自分でもあり、子どもの自分でもある。詩人として成功することもかなわず、金の無心に帰郷している今の自分は、とっくに「銀の時計」を人生の到達点として手にするような生き方を失ってしまっている。子どもの時、この小さな流れを飽くことなく見ていた自分は、そんな考えもなく、ただ家に居場所がないから、ここに来ていただけだ。しかし、今、考えてみると、自分はその時にすでに自分は「銀の時計」を失ってしまっていたのであり、そうとも知らず、飽かずこの流れを眺めていた「自分」はいとおしくもあり、かなしくもある。以上が、自分のこの詩の解釈だが、誰しも何かを失いつつ生きているのが、人生というものではないか。流れる星は、今が綺麗でただ、それだけに悲しくて流れる星は、かすかに消える思い出なんか残さないで君の欲しいものは何ですか僕の欲しかったものは何ですか(吉田拓郎 『流星』より)
2021.11.25
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というコンクールがあることを知ったのは、ひと月ほど前である。基本は「大人のピアノ」コンクールというような意味合いが強く、「六十の手習い」(昔は「五十の手習い」と言ったのだが、平均寿命も延び、言い方が変わったようだ)でピアノを始めた人たちが、ステージで演奏するという体験が、できるというもの。もちろん、子どもたちも出られるが、大人とは違うコース設定。「”音学”ではなく”音楽”がやりたい」というコピーがついている。6月4日、北海道予選札幌開催が決定している。決勝は東京。最初は、「う~ん、来年かな」と二人で話していたのだが、どうせなら、今年出てみようか、と昨夜、大九州市で買った皿うどんを食べながら、話した。来年といっても必ず出られるわけでもなく、札幌開催があるかどうかも分からない。楽しそうなことがあったら、先延ばししない、というのが、妻と自分の共通の考えだ。そういうお年頃である。自分はジャズ・ポピュラー部門でファジルサイ「トルコ行進曲JAZZ」か、久石譲「人生のメリーゴーランド」。妻は同じ部門で「糸」というふうに考えている。まあ、自分は中級くらいだろう。妻は初級B。演奏時間4分以内なので、「メリーゴーランド」は多分ぎりぎりかもしれない。全国に進めるとは、思っていない。弓もそうだったが、世の中には凄い人がいっぱいいる。しかし、「”音学”ではなく”音楽”がやりたい」と言っているではないか。ステージの緊張感を含めて、楽しいのではないか。
2023.04.20
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昨日は、朝に少し頑張って記事を書き、射場に。帰ってきて、サンドイッチを作り、ピアノをちょっと弾いてから出勤。授業を二時間やってから、昼食。退勤後、健康麻雀。久々の1位、2位、2位という悪くない成績だった。帰宅後、妻と散歩。5時半だったので、昼寝をやめて、夕食。ジャーマンサラダが旨かった。その後、ピアノ。ちょっと疲れが出たのか、妙な夢を見た。電車で宴会に行こうとするのだが、途中で眠って、乗り越してしまい終着駅まで。しょうがないから戻ったが、再び寝過ごし、今度は始発駅。弓の集まりだった。もはや、どうしようもないな、と思ったところで目覚めた。今日の理事会が面倒なのかもしれない。やはり、昨日はちょっと過密スケジュールすぎたらしい。今日は、午後にまたがり授業3時間。夜は理事会。明日は、ピアノの先生が来て、午後は市のスポーツ振興課に行かなければならない。あれこれ考えると、今朝の練習は止めておく方が無難だな、という結論に達した。
2022.06.09
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