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いつものように、20連休最後の1日は、あっという間に来た。過ぎてみれば、短すぎる長期休暇、というのは、子どものころの冬休みと何も変わらない。最後の一日、といっても特にやることは変わらない。午前と午後、2回のピアノ。その間に弓36射。散歩など。休み中、やったいろいろなことをまとめてみたい。【弓】狙えるという点で、かなり改善。この射ちかたなら、トリガーレスでもいけそうな気がして、ここ数日HBCに戻している。【ピアノ】『シューベルト即興曲NO2』は、少し遅い速度なら、そう躓かずに通せるようになった。発表会では『夕焼け小焼け・赤とんぼJAZZ』を弾くので、6月の地方予選までには完全に仕上げておく余裕はある。その『夕焼け小焼け・赤とんぼJAZZ』はまだ音を外すところ、スウィングのキレが悪いところがあり、そこを直している。【麻雀】天鳳は、四段昇格以来絶不調。これから朝の半荘をするが、どうだろうか。ラスを引くことが多い。など、三大趣味の話でした。
2025.01.14

今朝は4時に目が覚めた。それから5時近くまで、寝床でごろごろ。それから、さっきの記事を書き、朝ご飯。天鳳で半荘、1位でようやく620点になる。などと書くと、あいつはお気楽な生活してていいね、などと思われるだろうが、否定はしない。朝、考えていたのは、今日の予定。最近、歩いてないし、ちょっと生協くらいまでは歩こうか、とか、今日はシューベルト即興曲NO2をまずがっちり午前中に弾いて、午後からは都道府県駅伝、大相撲初日もあるけど、その間に「夕焼け小焼け・赤とんぼJAZZ」もちょっとは弾いて、弓も30本くらいは三階で、などと考えながら、体は動かしている。まず、昨日の洗い物の残りを洗って、食洗機の中の食器を片付ける。それから、洗濯物を一番乾く居間に干してあるので、それを取り込む。それから、朝食を準備した。サラダとウィンナー、ポテト、パンにバターとガーリックパウダーを置いて焼いた。昨日の残った珈琲。サラダは妻の分も作った。大体、朝食は各自、昼食は麺類で自分、夕食は妻という感じになっている。昼食は、昨日の焼き餃子が残っているから、ラーメンでも作ろうか。それから、珈琲を新たに淹れてやっと着替え。珈琲を淹れる間、居間の掃除、まあ、簡単にやった。本格掃除は週1と決めている。家事は、生活そのものであるが、それでお金が入ってくるわけではない。だからついつい軽視されがちだが、仕事もセミリタイアしたし、自分もそれなりにやっている。別に嫌いではない。生活を維持するためには、サボってはいけない営みの一つだ。ひと月も家事を怠けると、たちまちゴミ屋敷になる。
2025.01.12
前回、1月4日の打ち初めは、1位、2位、3位、3位とあまり揮わなかったのだが、昨日、第二戦目。来月は2回の旅行があり、いずれも土曜日にかかるので、せいぜい2回しか行けないので、今月は大会を含めて5回参戦予定だ。さて、昨日の戦績は1位、1位、2位、4位だった。3時間半、半荘4回だった。1位2回は、最初の半荘と最後の半荘。最初は、東2局の親番で、トイトイ・ホンイツ・三暗刻に役・役、ドラ3という三倍満を上がり、後は降り気味に打っての楽勝。7万点を越える大勝ちだった。最後は、オーラスの親まで最下位。そこからしぶとく上がり続け、確か4回目に、中、ホンイツ、ドラ3のハネ満をトップ目の冷えピタから上がり、大逆転のトップ。こういう勝ち方が一番気持ちいい。2戦目に、冷えピタにはトップをまくられたので、一矢報いた快勝だった。3戦目はとうとう4位、ラスを引いてしまった。自摸れば四暗刻で親番のN君にリーチ負けしたのが最後まで響いた。それ以降、配牌、自摸とも低調で、ラス目なのに降りるほかない状況だった。天鳳で、三段から四段に昇格するには、600点から始めて、1200点に到達しなければならないのだが、トップでも確か+30、2位+10、3位-10だが、4位は-70と大きい。つまり、ラスを引かないことが最重要になるので、リアル麻雀でもそれを心がけていたのだが、先週と昨日8半荘で4位が1回、3位2回でー90。1位3回、2位2回+110、つまり+20しか前進していないことになる。その天鳳は今580。三段になってから、ラスが1回、それを何とか回復して原点まで戻ったが、3位が2度続き、この点数。今のところ、自分の打ち方自体は変わっていないのだが、少し考え方の変更が必要になってきている。
2025.01.12
この前も書いたことだが、日銀はついこの間まで「2%の安定的物価上昇には至っていない」と言っていたのに、このところは「物価と賃金の好循環が生まれつつあるが、その動向を見極めたい」と言ってなかなか利上げに踏み切れない。2%という所謂インフレターゲット路線は、もうそれを越えて現実化してしまったということになるだろう。賃金上昇も確かに続いていて、大卒新入社員初任給が30万を超すところも出てきた。「景気」は「気」である、というのはよく言われる言葉だが、それは高度経済成長期の「隣の車が小さく見えます」などというCMにつられて、ついつい軽自動車から大衆車に、大衆車から小型車に、そして「いつかはクラウン」という具合に、人生のステップアップとともに、消費のレベルをあげていくことが幸福である、と皆が信じていた時代の「気分」のようなものだ。ところが、今の日本の状況は、まったくそれに当たらない。何よりも、団塊の世代がすべて後期高齢者に、ポスト団塊世代の多くが高齢者になっていて、依然として人口のボリュームゾーンを形成している「超高齢社会」は、「隣の車は免許返納でなくなってしまった」という時代なのだ。この世代の主たる収入である年金は、マクロ経済スライドという仕組みで、決して物価上昇にも賃金上昇にも追いつかないことになっている。ほどほどの年金とアルバイト程度の収入があっても、自分の人生がステップアップなどしないことはよく分かっているのだから、この世代の消費は年を追う毎に、尻すぼみになっている。そして、団塊ジュニアと呼ばれるロストジェネレーションの世代は、非正規率が多く、最低賃金が上がったから、それなりに懐は潤ったが、老後に関しては希望がまったく持てない。それどころか、この世代の非正規で老後を迎えた人は、新たな社会保障の対象となるだろう。運良く正規雇用となっていても、役職定年制など50歳を過ぎれば賃金上昇もなく、老後のために新型NISAなどの投資を行うのが精一杯で、モノやコトを消費する余裕はあまりない。何より、子育てにお金がかかるので、「豊かさ」を実感している人は少ないだろう。そしてその下の世代となると、これは完全に人口的にはマイノリティである。この世代の一部の人間が「大卒初任給30万」なのだが、それを打ち出した企業は、ごく一部の正社員と多くの非正規雇用で成り立っているのだ。だからこそ、昨年の6,7月、つまり賞与の月を除けば実質賃金は低下を続けている。中小零細企業は賃上げなどできないし、最低賃金が上がっただけで、赤字転落する中小企業はごまんとあるのだ。日銀が利上げできないもう一つの理由は国の借金、つまり国債の償還である。歳出の30%を占める国債償還は、1%利上げすると数千億円増える。だから足元の物価は体感で10%以上上がっているのに、インフレ抑制のための利上げはできないのだ。日本がそういう出口の見えない危うい状況にいるのだということは、あまり言われない。このまま、物価高が続けば低年金高齢者の貧困が加速し、そこから餓死などの問題が深刻化するだろう。
2025.01.11
「It Don’t Mean a Thing, if It Ain’t Got That Swing(スウィングしなけりゃ意味ないね)」というのは、デューク・エリントンの口癖だったそうで、同名のジャズの名盤もある。一昨日のレッスン。先生に、『夕焼け小焼け』の冒頭部分が、どうもリズムが違うと指摘された。それ以来、悩んでいて、何度もゆっくり弾いたり、メトロノームで確かめたり、居間にいるときもテーブルを叩いてみたりいろいろやっていたら、気づいた。自分の弾き方が、もう一つスウィング感が出ないのは、理論的には説明できる。例えば、「四分音符+八分休符+八分音符」という譜面の時、普通の演奏なら「タン・ア・タ」というリズムで弾くが、「♪+♪=3連符」という指定、つまり「スウィング」の指定がある時は、「タン・(タ・タ=3連符の2つ分の休止)・タ(3連符の最後の1つ分)」というリズムになる。つまり、休符部分が1/2ではなく2/3になり、最後の音符も1/2ではなく1/3になるということだ。1/2で弾くと、演奏にキレがなくなる。つまりスウィングしなくなるのだ。そんなことは、分かっているのだが、どうしても休符の後の入りや、速く弾く部分では、キレがわるくなってしまう。曲全体を「タ・タ・タ」の3連符で捉えていないから、ちょっと早く入ってしまい、結果、1/6だけ長く弾くことになってしまう。『夕焼け小焼け』は、小学校唱歌で、原曲のリズムは4拍子、典型的な日本歌謡のリズムだ。そもそも、これをスウィングで演奏するのは日本人の感性には抵抗があるのかもしれない。実際、YouTubeでは、しっとりとしたリズムのままのアレンジが多いし、スウィングのアレンジもあるにはあるが、決して上手とはいえない。だから、あえてスウィングしないアレンジで弾くのもあり、なのだ。実際、もう一曲『赤とんぼ』は、同じジャズアレンジでも、あえてスウィングの指定を無視して、しっとりと弾くことにしたのだ。だが、『夕焼け小焼け』の方はキレッキレのスウィングで弾きたい。同じジャズのアレンジでも、まったく対照的な奏法で弾くと、面白いな、と考えたのである。まあ、これから、テーブルをたたきながら、swing感を体におぼえさせようか。
2025.01.10

FBにも載せたのだが、昨日朝、あと10ポイント(2位以上)で三段というところまできて、1位。やっとのことで、また三段になった。以前は四段までいったのだが、突然IDとPWを要求され、メモも見つからず、というか本当は見つかったのだが、まさかIDが「ID:」から始まるとは思わず、いくらやっても入れなかったので、諦め「新人→9級・・・」と一つずつ昇給、昇段して三段まで復帰したと言うことである。対戦相手から感じる自分の印象では、二段までは結構いるが、三段は滅多にいない。「一般卓」では、四段はほぼいない。四段以上は、「上級卓」で打てるから、みなそちらに行く。有料会員になれば、一級でも打てるのだが、そこまでは、と思っている。1位+30、2位+10、3位+-0、4位-35のポイント制で、昇段するにはとにかくラスを引かないことが大事だ。3位以上なら、マイナスはない。いや、三段では3位-10だったかもしれない。1月の自分の1位率は25%ほど、全体順位は300位台だから、強い人はまだごろごろいるのだ。「天鳳」で基礎練習をして、健康麻雀の最強卓で勝つ、というのが自分の麻雀での目標である。ハコ割れで半荘が終了するから、半荘1回にさほど時間を要さない。打牌時間の制限があり、長く考えることもない。長くなると自摸切りされてしまい、「あ、それダメ!」と思っても後の祭り、ということもたまにある。まあ、ピアノや弓では、技量以上のパフォーマンスはできないが、麻雀は覚え立ての素人でも、運が良ければ勝てる。それが面白いところだ。「天鳳」でも新人が、有段者を食うことは普通にある。そういう中でも、長く打てばやはり技量の差が出てくるのも、それ以上に面白い。四段にはなるべく早く、できれば年度内に上がっておきたい。
2025.01.09
亡くなった母はいつもこう言っていた。「遊ぶためには、健康じゃなくてはいけない。自分だけでなく、家族も元気でなくてはいけない。そして、遊ぶためのお金がなくてはいけない。健康で、家族に問題もなく、お金があっても、時間がなければ遊べない」本当にその通りだと、この歳になると実感する。まず、健康と家族。昨日、年に一度の胃カメラだったが、幸いもう7年前のモルト型リンパ腫は寛解していて、胃カメラでもまったく異常はない。ついでにPSA値も測ったが、前回より数値は微減。生検はやらなくていいことになった。一度MRIを撮るが、前立腺に関しては、大丈夫だろうと思う。首と肩の左前部分の痺れは続いているが、痛みに変わるようなら、もう一度脳外科に行くことになっている。妻も、自分もいろいろな薬を飲みながらの生活だが、一応健康だと言えるだろう。子どもたちは、それぞれ頑張っている。娘も息子も、働き盛りといっていい年齢だ。が、健康は老化とともに少しずつ失われていく。もう、体が悲鳴を上げるような運動はできない。やったとしても、それは遊びではなく、ただの苦役だ。老眼鏡無しでは、活字が読めなくなっている。しかし、これは不健康ではなく、正常な老化だと思う。お金については、これまでたびたび書いてきたように、決して金持ちではないが、そう貧しくもない。倹約するところは倹約して、火水木の仕事もちょっとは足しになって、うまく立ち回るところはそうして、要はやりくりがついている。500万もする新車に買い換えたり、家を建て替えたりはできないが、今乗っているCX5を乗れるところまで乗って、いよいよダメなら軽自動車に乗り換え、二人の生活には広すぎる家は大体の修理は完了しているので、必要な補修だけにとどめる。広いことは悪くない。いろいろな用途に部屋を使えるし、妻とも距離を保って生活できる。ほしい家具はもうない。家電は壊れたら買えばいい。最後に、「時間」。これは、そんなことを言うと、現役の方から見れば叱られそうだが、結構忙しい。例えば、今日は1階の掃除をそろそろしないといけない。昨日は病院だった。午後はJTBに二人で行った。まあ、これは遊ぶための準備だからしょうがない。1月15日から半月は授業がびったり入っている。あと13時間で、今年度の授業は終了する。整形には2回。長年、主治医をしていただいたドクターが病気で閉院となりそうなので、紹介してもらったクリニックに1回は行かないと・・・など、自分の場合、家事、仕事、通院や妻の送迎等の時間は、生活に必要なものだ。しかも、一日は短い。朝、どうしても早起きしてしまうから、夜9時には寝ないと、体がもたない。が、正直に言えば、遊ぶための準備時間、つまりピアノの練習、弓の練習が一番長く、それだって「遊び」の一部であるには違いない。とにかく、こういう生活ができるだけ長く続くように、必要な努力はしなければならないし、するだろうと思う。
2025.01.08
自宅3階で、一日おきくらいに30本ずつ射っている。アウトドアまでは、基礎練習のみ、と思っている。アウトドアになったら、50mで300点は射てるようにしておきたい。目標は、道内どこかの試合で一勝すること。そのためには、エイミングがすべてだと思う。どうやって、精度の高いエイミングを、少し長く保てるか。リリースはその後、自然についてくると思う。仕事もあるし、他の趣味もあるので、なかなか遠征には行けないのだが、幸いなことに、朝は早く目が覚める。火水木以外の朝は、極力、射場に出るようにしたい。理事会の仕事などからは完全に手を引いたので、後は純粋に射つことを楽しみたい。
2025.01.07
エリーゼの道予選が6/2。全国本選が、自分の場合は12/23・24。今年の場合は、全国でジャズポピュラーC部門、クラシックE部門で金賞を獲ることだ。エリーゼ大賞は、クラスを上げたからちょっと難しいかもしれないが、獲れたら嬉しい。そこで弾く曲の練習をこのところ一日2回、1時間半くらいはかけてしている。『即興曲NO2』は二度繰り返される音階的旋律の部分は、ほぼ暗譜しているが、躓くと楽譜を見ないとやり直せなくなる。つまり、完全な暗譜には程遠い。『夕焼け小焼け』はなかなかswing感が出ない。いろいろやっているが、今ひとつ乗れない。『赤とんぼ』はswingをやめて、しっとりと弾くことにしたが、去年の『人生のメリーゴーランド』に比べると、どうしても劣っている気がする。それが原曲のもつ力なのか、こちらの奏法の問題なのかははっきりしない。昨日の植物園のピアノでも、3曲とも弾いたが、『人生のメリーゴーランド』の拍手が、断トツにすごかった。ピアノは、しかし、始めたころと比べると、明らかに腕が上がってきた。今が一番面白いところかもしれない。まあ、エリーゼのコンセプトは「音学ではなく音楽を」なのだから、そう悩まず、楽しむことを第一に考えたい。明日が今年の初レッスンである。ついでにもう一つ、弾き語りはフォーク酒場でやっているのだが、吉田拓郎に加え、浅川マキのレパートリーを増やしたい。ハスキーな低音なので、原キーで十分歌える。何より、ジャズトリオのバックがいいので、そこを何とかしたい。今『今夜はおしまい』というのを練習している。代表曲『夜が明けたら』『かもめ』『寂しさには名前がない』などはこれから。浅川マキの名を知る人は少なくなったし、その歌を知る人はさらに少ない。もう一つは、マイク、カメラなどを探して、YouTubeを開くこと。ピアノでも弾き語りでも。まあ、一人でやる趣味が、そういう場での発表を目指すというのは、年に1回のエリーゼやストリートピアノと同じで、一つの目標にはなる。
2025.01.07
(1)仕事2025年度で46年目の教員生活に入る。最近、教職は評判が悪い。「ブラック」だそうだ。私立の場合、特にそうで、酷いところは本当に酷い。自分の出身校は、当時は道内屈指の進学校で、200人ほどの在籍があったが、三桁の順位でも北大には入った。トップレベルは、東大、京大。今ほど何が何でも「国公立医学部」という雰囲気はなかった。自分は東北大だが、本当は早稲田に行きたかった。が、当時早稲田、慶応でも東北大を蹴って入る人間は稀だっただろう。その母校は、これ以上ないくらい酷い凋落ぶりで、北大ですら現役で数人、医学部も現浪合わせても5人ほど、しかもその中に私立も含まれる。それが、そうなってしまったのは、学歴コンプレックスの塊のような人間が上に立って以来である。中学校を作ってから、急速な凋落が始まったのだが、職場の雰囲気がとにかくよくない。何人も教師が辞めていく、と聞いている。幸い、自分の勤務先はそんなことはない、と思う。自分が校長の時に、残業代がちゃんと出るようなシステムを作った。だが、肝心のベースアップはする余裕もないし、おそらく定期昇給も止まっている。ボーナスは、それこそ中小企業のレベルでしか出ていない。あと1期校長を続けていれば、それは正しただろうが、授業も出来ない校長の仕事は、最低だった。一方、進学等では不振を極めている。元々そんな学校ではなかったのだが、特進を立ち上げて15年くらいの間は、破竹の勢いがあった。その真ん中に自分はいた。3年の担任を何回やったか覚えていないが、おそらく10回ではきかない。酷い退潮が始まったのは、やはり中学を作ってからである。力のある教員が定年などを機に、教壇から去っていった。退潮がどうしようもなくなったころ、副校長になり、校長を務めた、というかやらされた。定年規定のない校長を62歳で辞めてからは、5年間、週20時間のハーフの常勤。その後3年間は非常勤で、25年度は、非常勤4年目ということになる。就業規則では、非常勤の年齢規定も70歳の年度までで、次年度は特例採用となる。まさか、こんなに長く勤めることになろうとは、思っていなかったが、そろそろ教員生活が終わりに近づいているのは、十分自覚している。そういう中で、今年の仕事の目標を掲げておきたい。1.いつでも「最高の授業」をするべく努力する。文章、特に現代文を読む力をつける授業は、ずっと目指してきたことだ。が、すべての「教養」が「ノウハウ」へと変質していく時代にあって、「現代文」の意義は教師にとっても、生徒にとっても分からなくなってきつつある。そういう状況の中で「現代文」という科目はなくなり、「論理国語」と「文学国語」という訳の分からない科目が登場した。小難しい文章どころか、文章そのものを読まなくなってきているのだ。共通テストでは「実用文」という大問まで現れた。嘆かわしいことである。そういう状況でも、自分は今まで通りの授業をさらにリファインして、「読解」ということの面白さを伝えたい。自分自身の読解力は、主として大学院の演習授業で培った。ドイツ語の文献を、じっくりと読むことを通じてである。新年度の授業はまだ決まっていないが、おそらく今年と同じことになるだろう。2.仕事は、火水木の3日間しかしない。この歳で、仕事しかないというのは何か心が病んでいるか、経済的にやむを得ないかのどちらかだろう。自分にとって、仕事はとても大事だし、非常に楽しいのだが、それはこれまで通り火水木に限定することにした。だから、月7、金7の「公民探究(倫理)」もやらない。長年、引き受けてきた「講習」も引き受けない。それは、基本的に専任の仕事だからだ。はっきり言って、後進を育てるなどということは考えたことがない。どう教えても、自分の水準で授業ができるとは思えないし、教えるだけ無駄だと思うからだ。とにかく火水木は、準備を含めて仕事である授業に集中する。どちらにしても、今は、これまで何度も書いてきたように「職業的余生」である。その余生において、自分の幸福を実現していきたい。
2025.01.05
2025年、7月には71歳になる。そんな年齢で、「今年の目標」などという子どもじみたことを考えようとするのは、なぜだろう。「目標を立て、それを実現すべく計画を立て、日々その計画を実行する努力を続け、目標を達成する」という近代の人間中心主義並びに工業主義、個人主義の残滓が自分の精神の内奥に染みついているからだろうか。そして、それを日々老いていく状況に抗うための術としようとしているのだろうか。目標を立てようが、日々努力をしようが、自らの生は突然終わることもある。若いときは、それは「理論上の真理」だったが、今は「実感」である。このところずっと左の首、肩が軽く痺れるが、それは脳梗塞の前兆かもしれない。高校の時から、すでに喫煙歴は50数年。このところ本数は半減したが、やがて肺癌になるかもしれない。首の痺れは、脳外科の診断では、頸椎ヘルニアの再発が原因と言うし、自分たちの世代に「受験は要領」などというベストセラーを現役東大生として書き、今は「60代・・・」「70代・・・」「80代・・・」などという蔦屋で15分もあれば立ち読みできてしまう本を出して相変わらず稼いでいる和田秀樹は、「70代になったら、煙草はやめる必要がない。そこまでいって発癌しないのは、そもそも肺癌を発生する遺伝子がない可能性が高い」などと言っている。そういうことで、安心しているわけではないのだが、とりあえず毎年の健康診断では特に異常はない。そういう自らの状況の中で、実現しないかもしれないが、それに向かって努力する目標を掲げることで、自分はハイデガーの言う「非本来的自己」を生きようとしている。ハイデガーの「本来的自己」とは、「死へと向かう存在であることを理解し、そのようなものとして生きる」自己である。それは「日々刻々、死の意識を持って生きる」ということだろうが、「そんなことはできないね」と思う。できないからこそ、ハイデガーは大学人としてフライブルグ大学の総長という立身出世を遂げたのだろうし、その就任演説で、時局に阿るかのように、ナチス擁護の論陣を張ったのではなかったのか。ここまで書いて、いい加減に疲れたので、具体的目標は明日書くことにする。
2025.01.04

1月2日(木)。3日ぶりくらいに3階に上がって、36射。弓は相変わらずのPSE PHENOMENA。レフティ転向の直後は、弱い弓を譲ってもらって使っていたが、あいにくの迷彩柄。それで、購入したのだが、初心者用。競技モデルとしては最低限のスペックしかない。まあ、自分の腕にちょうどいい。リリーサージプシーは相変わらずで、SPOTHOGGから一番手前のCARTER EMBERに最近替えた。フェザータッチよりはちょっと固めの設定。ついでに、今の射についてちょっと覚え書きを。1.セットアップから弓を水平に持ち上げ、下げながらドローイング。こうすると非力でも40ポンドはまだ引ける。最近その前に背中を反らしてから、頭の位置を固定して引き始めるようにしている。2.フルドローの後、アンカリングの前に、レンズを通して的を見て、予備的エイミングをすることにしている。これだと、ズレが最小になる。3.アンカリングと同時に、最終的エイミング。以前は、そこからズレていたが、今は5mだと少なくともズレない。18mのままのサイトなので、矢は7点のラインに中れば、ピッタリという感じだ。矢は6本揃っている20-12。4.アンカリングと同時に、親指をトリガーに「載せる」感じに置く。指の圧を感じながら、背中の真ん中あたり、肩甲骨を意識していると、「切れる」。絶対に「切らない」。大体、こんなふうに、せめて一日おきくらいには、三階近射を続けたい。
2025.01.03
朝から雑煮、昼は大晦日の蟹鍋に、手をつけていなかったエリーゼ副賞の花咲ガニ(根室花咲港で揚がるたらば蟹)をまるまる一匹分入れたうどんすき、夜はお節の残りをせっせと消化・・・代謝機能は歳とともに衰えるばかりなのだから、体重が大晦日の夜より1kg増えるのは当然の結果である。しかも、「弾き初め」、「打ち初め(麻雀・天鳳)」はしたが、射ち初めはしていない。妻と年賀状を出しに郵便局まで歩いたが、それとて2400歩。たいしてカロリー消費にはなっていないだろう。たとえ30射でも、引いて、狙って、射るという一連の動作は、結構な運動になるのだと思った。
2025.01.02
昨日は、何だか疲れがたまり、昼の間にかなり寝ていた。いつもどおり、夕方からお節パーティ。今朝は、さすがに4時ころ起きて、体調も戻った。それで、駄句を思いついたついでに、ここで今年の抱負(などというほどのこともないのだが)でも書いておこうかと。元旦は、妻とお雑煮をというのが慣わしなので、それは妻が起きるのを待ってのことにした。当ブログも346,000ほどの総アクセス数となり、昨日も相変わらず 「(Ora Orade Shitoriegumo)」の解釈についてが4アクセスで、5,400台。長く読まれ続けている。驚いたのは、つい一週間ほど前のクリスマスの日に書いた、面接練習。が110アクセスもあり、350の総アクセス数。読者の少ない日記なので、一つの記事が一日100を超えるなどということは滅多にない。多分、これから「面接試験」がある高校生が読んだのだと思う。別に、アクセスを稼ごうとか、そんな気はさらさらないし、また、ここで匿名の誰かと交流したいなどとも、まったく思っていない。ただ、朝の暇潰しとして書いているだけで、今年からは、例えば、朝練、仕事の準備など、暇潰しよりも優先順位が高いことがあれば、毎日は書かないことにしようかと思っている。SNS上の交流なら、今まで出会ったアーチャーの方々、高校の同級生などと、FACEBOOK上でしている。去年の1月から始めて(というより、いろいろいじっていたら始まってしまって)「ともだち」は120人を越えた。意外だったのは、卒業生の方々との交流が、当初思った以上に復活したことで、なにしろ「名前を忘れる」ことで有名な教師だから、こちらが覚えているのはちょっと意外なのだろう。が、印象深い生徒、クラスというのはあるもので、そういう人たちとの交流が復活するのは嬉しい。さて、今年は、ここで何を書こうかと、考えていたのだが、一応、列挙してみよう。1.国語教師としての授業についての考え方、指導の方法、教材解釈などを、小論文などを含めて、ある程度、体系的に書き残しておきたい。今回、意外なほど読まれた面接練習。だが、その半分は教員かもしれないと思っている。高校で「国語」を教えることについて、自分の考えを書いておきたい。2.凡百のアーチャーの一人として、その練習の方法や課題について、昔のことを含めて、書き残したい。このスポーツが、なぜ自分を惹きつけるのか、ということも。3.日本社会がこれからどうなるのか、その中で、自分が一高齢者として、妻とともにどう生きているのか、ということを時評、あるいはエッセイとして書き残したい。もちろん、現在の趣味であるピアノの練習についても。と、書いてくると、ああ、そうか、今まではどうでもいいことも書いていたな、と思う。今年は、当たり障り日常の日常のトピックについては、FBに写真付きで載せていこうと考えている。ここでは、少し長い文章を、できるだけ読みやすく書いていくことにしたい。今年もよろしくお願いいたします。
2025.01.01
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