先日の同期会の「47年後の卒業文集」。自分はこんな駄文を綴った。
「自由への逃走」だった。自由「からの」でもなく、自由への「闘争」でもなく、「自由への逃走」だった。
「自由からの逃走」なら、E・フロムが書いたように、与えられた自由の中、自己責任において物事を決める重苦しさに耐えられなくて、ヒトラーのようなカリスマにすべてを委ねただろう。だが、あの時代、そんなカリスマはどこにもいなかったし、「自己責任」などどうでもよかった。
♪どこへ行こうと勝手だし
何をしようと 勝手なんだ
押しつけられたら逃げてやれ
気にするほどの奴じゃない。 (吉田拓郎『知識』より)
「自由への闘争」なんて、もちろん不要だった。自由は、すでに僕の手の中にあったのだから。たとえ、後から考えると、それが傲慢で滑稽極まりない思い込みだったとしても。
まさに、そんな気分で僕は高校の3年間を過ごし、そこからさらなる自由へと逃走して、大学生になり、大学院生になり、またこの街に戻ってきた。その都度、僕は自由を少しずつ手放し、再び戻ったときは、もはや自由ではなかった。
その時以来、今に至るまで、「自由」へと「逃走」していたあの時代は、懐かしくも、愛しくも思われる。
♪私は今日まで生きてみました
そして、いま、私は思ってます
明日からもこうして生きていくだろうと (吉田拓郎『今日までそして明日から』)
・・・さて、今日はこれから社会福祉法人の評議員会。明日から、5連休なので、たっぷりと練習したい。
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