セミリアイア「晩年」日記

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2020.03.28
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カテゴリ: 評論
コロナウィルスは「重大な局面」だそうで、東京での感染爆発が心配されている。上野公園などは、花見のための歩道まで通行止めになり、人が集まることを極端に警戒している。渋谷の109は土日休業。スタバも一斉休業だそうだ。都知事の会見で、スーパーには人が押し寄せたが、予め仕入れを多くしていたので、品切れという事態は避けられた。新橋は、サラリーマンが、今日はまっすぐ家に帰ると、インタビューに応じていた。

テレビの論調は、「無自覚な若い人たちが、自粛要請を無視して、花見などに出かけるのは困ったものだ」「若い人は無症状でも感染している場合があり、もっと社会人、国民としての自覚を持ってほしい」などという具合に、批判のターゲットを若者にした感がある。

確かに若者が街に遊びに行くのは「不要不急」だろう。そして、スーパーに年配者が押し寄せるのは「不要不急」とはいえない。しかし「絶対に今日必要」というわけでもない。であれば都知事が要請した途端に行くこともない。必要な時に、土曜でも日曜でも行けばいいのだ。金曜日にスーパーに長い列を作った彼らも「密集」を作り出している。

重症化しやすいのは高齢者や持病のある人だとすれば、その人たちが外出を特に「自粛」しなければならない。外に出ずに、家の換気を十分に行い、どうしても必要な場合にだけ買い物や病院に行けばいい。WBSで、ロサンゼルスのスーパーが朝7時から8時に開いていて、その時間帯は高齢者専用だというのを紹介していた。非常に合理的だと思う。日本は高齢化社会なのだから、そういう取り組みがあってしかるべきである。

マスコミの論調が支持されるのは、さまざまな理由で家に閉じこもっていなくてはならない高齢者の不満が、「不要不急」なのに街に遊びに出かける若者への怨恨感情と結びつくからである。そもそも、高齢者の出かける先に若者はほとんどいない。逆に渋谷のカフェは結構混んでいて、「密集」「密室」「密接」の三条件を満たしていたが、そこに高齢者の姿は皆無だった。

イタリアは今でも大家族社会で、週末になると一族が集まり、食事を楽しむ。そこでは三世代が密集し、親密な関係を作っている。死者数が突出して多いのは、そのためだという解説を現地に住んでいる日本人の漫画家がしていて、なるほどと思った。コロナウィルスがなければ、それはとてもいい社会である。

それにたいして、日本では独居老人も多く、特養などに隔離されている高齢者も多い。彼らの多くは、子ども世代、孫世代と親密な関係を作っているとはいえないだろう。日本で感染爆発に至らないのは、高齢者と若い世代の断絶があり、高齢者が社会から孤立しているからだ。コロナウィルスがあってもなくても、それは寂しい「無縁社会」であるには違いない。

自分たち高齢者を顧みることなく、浮かれ騒いでいる若者を不快に思う感情はウィルス以前から社会の底流に流れていた。ウィルスをきっかけにその感情が噴出したとしても不思議ではない。こうして日本社会はますます「不寛容社会」となっていくだろう。





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最終更新日  2020.03.29 05:00:30


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