セミリアイア「晩年」日記

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2021.06.02
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カテゴリ: 仕事


今週は、試験で監督はまったくゼロ。明日の授業2時間だけである。

しかし、実際は今週でも、採点に2時間すでにかけていて、今日持ち帰る答案で、また2時間。入試問題作成で2時間。とまあ、表面上の仕事時間の3倍くらいの持ち帰り。それでもたかだか8時間だろうが、と言うかもしれないが、普段でもこんな感じで家でいろいろとしているので、規定を越えそうな週も時々ある。

そもそも時間管理されていないので、実際のところどうかと言っても無意味なのだが、とにかく給与は格安だ、と自分では思っている。自分のもらう本来の年金の7割程度。高卒初任給レベル、と言えば大体分かるだろう。

まあ、それでも幾分か家計の足しにはなっているらしく、我が家の総資産は車を買ったり、家を直したりした分くらいしか減っていない。

「持ち帰り」については、自分はさして苦でもない。というか、持ち帰らないと、試験作成や教材研究はできない。一人で集中してやる時間が必要だ。専任はそこを大きく勘違いしている人間が多い。教材研究は指導書を斜め読みしてすませている。酷い場合は、指導書をコピーしてノートに貼って授業に行く。指導書など、まったく参考にならないというだけの知識量がある教員は数人しかいない。

また、持ち帰ろうが帰るまいが、教師という仕事は全人的なものなので、意識は常に教えるというところにある。それにしては生徒の名前をなかなか覚えないのだが、本質は誰に教えるかより、何を教えるか、だと自分は思っている。例えば、今回の「現代文B」の「憲法への招待」という文章で扱ったのは、平等と自由の問題だった。

「所得が平均値の半分以下のAと2倍以上のBに実質的平等を確保するには、どのような『異なる取り扱い』が必要か。また、その取り扱いの正当な根拠は何か。全文を参考にして論ぜよ」というのがメインの記述問題。満点の解答者は数人。

解答例。

AとBの所得税を累進課税によって、Aからより多く徴収し、Bからはより少なく徴収する「取り扱い」が必要である。これによって、Aから徴収した税を使って、社会的弱者や経済的困窮者の『健康で文化的な最低限度生活』(憲法25条)を保障できるという正当な根拠があり、『実質的公平』を達成する適切な手段だといえる。

とまあ、こんな具合なのだが、運動会で生徒が可哀想という理由で、タイム別のグループを作り、徒競走をするなどという「異なる取り扱い」は、なぜ馬鹿げているのか、などという現在の問題を考える契機になる。最近で言えば、ワクチンを首長が先に接種したとかで騒いでいたが、この「異なる取り扱い」には正当な根拠があり、それを堂々と言わなかったのが問題なのだ。「みんな同じ」という「形式的平等」論者、あるいは「平等」という概念自体が常に他者との比較の上で成立する問題であって、近代を作ったもう一つの概念である「自由」とは性質の違うものだ、ということを知らない人間がいかに多いかを知る契機ともなる。先の例で言えば、タイム別のグループを作って競争させられる子どもたちは、決して「自由」ではない。

そして、そんなことは指導書には決して書かれていないのだ。






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最終更新日  2021.06.02 13:02:48
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