遊心六中記

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2019.03.08
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カテゴリ: 探訪
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JRの「嵯峨嵐山」駅 で下車し、南口からトロッコ嵯峨駅の建物の傍を西に進みます。徒歩5分で、渡月橋から北にのびてくる道路にある 「野々宮」バス停 に至ります。ここから 京都バスで「愛宕念仏寺前」に て下車。愛宕念仏寺前が今回参加した史跡探訪講座 (資料1) の集合場所です。今回の探訪行程での主なスポットは次のとおりです。、
愛宕念仏寺~鳥居本・化野念仏寺~祇王寺~二尊院~常寂光寺~檀林寺址・野々宮神社

2時間弱早い目に嵯峨嵐山駅に降り立った時は天気が良かったのですが、まず個人的探訪をしていた途中から小雨もよいになりました。集合時刻(12:45)には小雨です。探訪の開始から終了までは雨が降ったり、止んだりという状況でした。
さて、今回も事後学習と記録整理を兼ねてのご紹介です。レジュメと諸資料を参照しながらまとめてみます。

バス停はその名の通り、「愛宕 (おたぎ) 念仏寺」の山門前です。バスを降りると、山門(仁王門)に向かって右手前にあるこの 石標と案内板 がまず目に止まります。
石標には、「洛陽第十六番愛宕寺」と刻されています。現在この寺の所在する北西には「愛宕山 (あたごやま) 」があります。現在は山頂に愛宕 (あたご) 神社がある山です。
なぜ「愛宕」を愛宕山の近くに在りながら「おたぎ」と読むのか?  その理由は、

この案内板の最初に説明されています。
聖武天皇の娘・称徳天皇(生年718-没年770)により、現在の東山松原通の地に寺が建立されたそうです。この地は当時、山城国愛宕郡 (おたぎごおり) と称され、愛宕郡に初めて建てられた寺だったので、「愛宕 (おたぎ) 千観内供 せんかんなぐ :918-974)が寺を中興します。そして、 等覚山愛宕院 と号する天台宗延暦寺の末寺となります。「千観は生涯念仏を絶やすことがなかったということから『念仏上人』と称され、寺の名前も後に 愛宕念仏寺 と言われるようになりました。」 (資料2)

江戸時代に出版された『都名所図会』には、 「等覚山念仏寺」 (資料3)
「六波羅密寺の西にあり。(むかしはこの辺りを愛宕里といふ。今この名は当寺に止まりて、世人愛宕寺と称す)真言宗にして、開基は弘法大師、中興は千観内供なり」と。
ここから建立当初真言宗のお寺が廃寺となった後、中興時に天台宗になったことがうかがえます。

大正11年(1922)に堂宇保存の目的でこの地に移築された のです。しかし第二次世界大戦中に無住寺となり、昭和25年(1950)の台風災害の被害甚大のため廃寺となります。 昭和30年(1955)に仏像彫刻家西村公朝が住職となり、京都一の荒れ寺の復興が始まった と云います。後でその一部をご紹介する1200体に及ぶ羅漢石像は、復興祈願に賛同した参拝者により彫られた石像なのです。昭和55年(1980)からさらに本格的な復興事業が行われ、現在に至るそうです。 (資料2)

羅漢石像群は、今ではこの寺の一つの名物となっています。雨・風・雪に曝され、歳月を経て一部苔蒸した羅漢石像群が境内に味わいのある雰囲気を加えています。
私がすぐに連想するのは、伏見区深草の石峰寺境内にある伊藤若冲の関係した五百羅漢石像群の景色です。



仁王門は江戸中期に建立された門で、1980年に解体復元修理されたそうです。
三間一戸、単層、切妻造、銅板葺の楼門です。
この仁王像は鎌倉時代の造立で、京都市指定文化財になっています。 (資料2)
京都市内では最も古い仁王像と言います。

         仁王門を入ると、すぐ右側にこの「羅漢洞」があります。

入口手前に、 風神・雷神の石像 が置かれています。
この建物は、中央が通路を兼ねていて今回は通り抜けただけになりました。 ここには、西村公朝師の制作による蓮華蔵世界の天井画、釈迦の壁画、十大弟子像が祀られているそうです (資料2) また、改めて違う季節に訪れたいと思います。


お寺は山の斜面を数段に開平した境内地ですので、仁王門を入ると正面の先で右折し、ジグザクとした石段道を上ります。 「羅漢道」 と名づけられています。

        階段の入口に、この 「二王像」 石像が置かれています。






石段を上る途中で北東方向の道路側を眺め下ろすと、 境内地の端に本堂側に向いて 、つまりお寺の山門前の愛宕参道である道路に背を向けて、 2箇所にびっしりと羅漢群像が見えます



      この境内地の南端側に 「地蔵堂」 が建っています。
ここには、 平安時代初期造立の火除地蔵菩薩坐像が祀られている そうです。 (資料2)


            境内地の山側には、びっしりと4段に羅漢さんが勢揃い。

この境内地の 北端側には本堂 があり、本堂から西側に石段でさらに山側の高みにある境内地につづいています。右に一部写っているのが本堂(重文)です。


本堂前面の中央部には半蔀 (はじとみ) が設けられ、格子戸が嵌め込まれています。
両側に板戸があります。 (講座の説明が始まり全景が撮れませんでした。補遺のウィキペディアで全景をご確認ください。)
建物はご覧のとおり、装飾性の少ない簡素な和様建築で、方五間、単層入母屋造、瓦葺です。
「梁に文保二年(1318)の銘をもつ。須弥壇の格狭間には鎌倉時代の特色をみせる。内陣天井は二重折上小組天井。」 (資料1) とか。本堂内は拝観できませんでした。
本尊は十一面千手観音菩薩 で、鎌倉時代の作で、リーフレットには 「厄除け千手観音」 と記されています。 (資料2)
『都名所図会』には、「本尊観世音は千観の作なり。左右の脇士は毘沙門・地蔵尊・千観内供自作の像を安んず」 (資料3) と説明しています。この本尊は、江戸時代には六波羅観音として信仰を集めてきたそうです。 (資料1)
昭和時代に出版された『昭和京都名所圖會』には、「右に吉祥天女像(平安)、左に千観内供像を安置し、左右の脇壇上には二十八部衆を安置する」と記されています。
衰微の苦難を経ていますので、その間に変化が見られるようです。
なお現在、 木彫の千観内供座像(重文・鎌倉時代)は京都国立博物館に寄託 されています。 (資料5)
鬼瓦


      本堂の左側の背後を眺めると、「天河大弁財天社」が祀られています。
本堂左側の石段脇にも羅漢群像。

                        こんな感じの羅漢さんたち。

本堂と地蔵堂の中間で東端側に 「ふれ愛観音堂」 があります。

堂内には 「手で触れて拝むために作られた観音さま」 (資料2) が祀られています。このお堂は 絵馬堂 でもあります。

          お堂の右側で目に止めた三者三様の羅漢さん。

  お堂の左側の羅漢群像


本堂左側の石段の南側にも、羅漢、羅漢、羅漢さん・・・・。



    石段を上がったさらに一段高い境内地には、 「多宝塔」 が建立されていて、


石造如来立像 が安置されています。 取り囲む形で羅漢さんたち が集まっています。


多宝塔の右側、近くに 「愛染橋」 が架かり、そこからさらに石段が続きます。

こちらは遠望しただけですが、石段の先のさらに高い境内地には、 「虚空蔵菩薩立像」 が安置されています。



本堂に向かって左側には、一段低い境内地にこの屋根が見えます。上層の宝形造の銅板葺屋根上には鳳凰と思える像が載っています。こちらの楼側に降って行きました。

      3つの鐘が初層に吊されていて、 「三宝の鐘」 と名づけられています。
「仏法僧の三鐘としてその音律によって仏の心を自然界に伝えています。」 (資料2) とのことです。

石段を降ると、入口に 「鷹巣楼」 という名称が右側に刻まれています。
ということは、屋根の上の鳥は鷹像なのでしょうか。


境内崖下の一隅に石仏群があり、その左に石塔2つが立っています。
右側は「南無阿弥陀佛」と刻された名号塔婆(室町) で、「清水寺の千日詣で結願供養塔としてつくられたもの」 (資料4) と言います。永正9年(1512)の銘があるそうです。 (資料1,4)
左は「地蔵尊像を陰刻した板石塔婆(室町) である」 (資料4) とか。陰刻状態を観察するゆとりはありませんでした。かなり不明瞭な感じです。

この後、最初にご紹介した羅漢洞の通り抜け通路を通って、仁王門に戻ります。

余談です。江戸時代に出版された『都名所図会』には、上記の火除地蔵を「火伏地蔵」と記しています。そして、「毎歳正月二日、経を読みて諸人火伏の札を出す。これを天狗宴 (てんぐのさかもり) と称す」と紹介しています。 現在「天狗の宴」と称する行事は、秋の紅葉祭りとして 行われ、「千観厄除札を授与。天狗様から厄払いの御加持が受けられます」という形で継承されているようです。 (資料6)


雨降る中の仁王門全景をとりたかったのですが、参拝客が門前に集っておらあれたので、半分だけを撮りました。愛宕参道を鳥居本に降ります。

つづく

参照資料
1) REC「京都の古社寺を巡る 35 ~化野の寺社~」 2019.3.7
 (講座レジュメ資料 龍谷大学非常勤講師 松波宏隆氏作成)
2) 「愛宕念仏寺」 拝観当日いただいたリーフレット
3) 『都名所図会 上巻』 竹村俊則校注 角川文庫
4) 『昭和京都名所圖會 洛西』 竹村俊則著 駸々堂 p326,327
5) ​ 木造千観内供坐像 ​  :「文化遺産データベース」
6) ​ 法要 ​ :「天台宗愛宕念仏寺」

補遺
天台宗 愛宕念仏寺 ​ ホームページ
愛宕念仏寺 ​  :ウィキペディア
千観 ​  :「コトバンク」
西村公朝 ​ :ウィキペディア
NHK人物録 西村公朝 ​ :「NHK」
  「あの人に会いたい」の動画あり。十大弟子像の一部紹介も含まれています。

吹田市立博物館2018年「西村公朝 芸術家の素顔」特別展 開会式 ​ :YouTube
西村公朝.特別展2018展示作品ご紹介 ​ :YouTube
あの人の人生を知ろう ~ 西村公朝 ​ :「文芸ジャンキー・パラダイス」
西村公朝 ① Ngoマインド大学院=NMS=NGO MIND SCHOOL ​ :YoyTube

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Last updated  2019.03.28 09:49:17
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