遊心六中記

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2021.03.20
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カテゴリ: 観照
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先日(3/14)平城宮跡を探訪した後大宮通りに戻り、奈良国立博物館の特別陳列を見るために、この大宮通りを東に進みました。近鉄奈良駅を通り過ぎると、「大宮通り」は「 登大路 」に改称されます。

奈良国立博物館に行く際には、主にJR奈良線奈良駅経由で出かけることが多く、近鉄奈良駅近くにまで来ることが久しぶりでした。 登大路の南側歩道 を歩み始め、春日ホテル、登大路ホテルの前を通りすぎて、 目に止まったのが冒頭のこのモニュメント です。
この道を利用していた頃にはなかったものです。



基礎に相当する部分を外して拡大してみました。

その 裏面 も撮ってみました。逆光です。ハンディなデジカメのオートでは暗い写真しか撮れません。
画像処理してみました。こんな感じです。

このモニュメント、「 奈良瓦幡 」と称され、 左は「いづる月」、右は「さくらうらら」 と題がついています。
図柄をみて、奈良の寺々の甍と若草山の上に月が出ている風景と、奈良の春を彩る桜の美しさ並びに春の心地よさの雰囲気は奈良を象徴している印象を抱きました。

​(ばん)​ 」というのは、ネット検索してみますと、「デジタル大辞泉」(小学館)の説明が手軽に出て来ました。それに付いている写真を引用します。 (資料1)

「幡」は梵語(サンスクリット語)の訳で、「仏・菩薩(ぼさつ)の威徳を示すための仏具で、法要や説法のとき、寺院の境内や堂内に立てる飾り布。三角形の首部の下に方形の身をつけ、その下に数本の脚を垂らしたもの。はた。」と説明されています。


平城宮跡いざない館で入手した「第一次大極殿」のリーフレット (資料2) にも、イラスト図で大極殿の内庭に幡が建つ姿が描かれています。

             リーフレットのイラスト図を引用しますとこんな感じです。
第二次大極殿遺構の場所には南門との間に幡を建てる設備が復原されています。

少し検索リサーチをしてみて、当時の報道資料を入手できました。 (資料3)
それによれば、 「古都奈良」に来訪者を迎える瓦幡(モニュメント) という趣旨だとか。この奈良瓦幡の裏面に刻されていますが、「国際ソロプチミスト奈良ー平城」が創立20周年を記念してこのモニュメントを2007年に寄贈されたそうです。

岩井珠恵 さんで、瓦の製作は山本瓦工業の 山本清一 さん。「奈良時代からの瓦製作技法をいろいろ用いて表現する」​​ (資料3) という意図が託されたそうです。​
「作者がデザインを考えながら興福寺の境内を歩いている時、南円堂の前から三笠山を振り返ると三笠山の上に白い月(昼間)が出ていた」 (資料3) とか。そこからデザインのイメージがふくらんだそうです。
「いずる月」は「静(心)のイメージ」、「さくらうらら」は「動(活動)のイメージ」とのこと

国際ソロプチミスト という組織を私は知りませんでした。これを機会に調べてみました。「国際ソロプチミストは、国際親善と理解活動及び友情を通じて
      ・女性の地位向上
      ・高い倫理基準
      ・万人の人権
      ・平等、開発、平和
 を求めて努力することを目的としています。」という組織体だそうです。 (資料4)

 ごく最近、こんなタイトルの本を読みました。 森郁夫著『東大寺の瓦工』
東大寺が建立されるときには、「 造東大寺司 」という組織が創設され、その組織下に「造瓦所」ができたと言います。
また興福寺も当時は独自に瓦づくりの窯を設け瓦工が所属していたそうです。東大寺建立の際には、 造瓦所 が設けられて製瓦するとともに、興福寺の瓦所からも瓦を調達していたという記録が残っていると言います。
奈良時代からの伝統的な製瓦技術が、現在も営々と奈良瓦として継承されているのでしょうね。

さて、明日3月21日で展覧の会期が終了するのですが、奈良国立博物館で特別陳列されていたのが、一つは恒例の 「お水取り」の特別陳列 です。
チラシの 表面
上部に「二月堂縁起(断簡)」の部分が紹介されていますが、製作が室町時代・天文14年(1545)と明かな「二月堂縁起 上巻」も展示されていました。
 こちらは 裏面 です。
今回、私は久々に「 二月堂修中過去帳 」を再見しました。ふと思い出し「 青衣の女人 」が記されている箇所を過去帳の展示部分の中に見つけることができました。源頼朝も記されていました。
過去帳「青衣の女人」については、東大寺の公式サイト内の「年中行事」のページでもその伝承が説明されています。
裏面の中央に「 二月堂声明 」の部分図が紹介されています。能の謡本と同様に、声明の節回しが様々な折れ線の添え書きで示されています。結構複雑です。微妙な節回しや抑揚が折れ線の形状で示されているのでしょう。
今回興味深いと思ったのは、かなり懇切丁寧な練行衆のためのマニュアル文書が記録されているという点です。「 新入心精進之事 」という題名の文書がわかりやすい事例として展示されています。 「二月堂和上日記」「大導師覚悟記」「大導師加供祈句」 が併せて「 練行衆の姿 というセクションに 展示してあります。これらもマニャル文書の類いだと思いました。また、 ​「二月堂内の指図」というセクションに 展示の ○○日記、○○執行記という​ 4点の文書​ も同種の覚書のようです。如何に伝統を継承するかの工夫の一つなのでしょう。一方、おもしろいと感じ、関心を抱いたのは 杉本健吉筆「修二会画帖」 です。洋画家が画帖に修二会の行事と練行衆の姿を 墨絵で 描いている作品だったことです。 (資料5)

もう一つが、 「帝国奈良博物館の誕生」の特別陳列 です。


副題が「設計図と工事録にみる建設の経緯」 です。設計図などが展示されているという程度しか事前知識がなく、このチラシも当日館内で入手しました。
会場で初めて、設計を担当したのが 片山東熊博士 だったことを再認識しました。現在は「 明治古都館 ]という名称になっている建物の設計者が片山東熊博士だということは以前に京博でその建築の経緯展示があった時から知っていました。しかし 「帝国京都博物館」の設計の前に「帝国奈良博物館」を設計していた ということは記憶になかったのです。
チラシの裏面に載っていますが、建築部材の実物大図面の展示などは見てわかりやすいしおもしろいものの一つです。木製の「 帝国奈良博物館表昇降口雛形 」は実に精巧なものでした。

ご覧いただきありがとうございます。

参照資料
1) ​ 幡 デジタル大辞泉 ​ :「weblio辞書」
2)案内リーフレット「特別史跡 平城宮跡 第一次大極殿」(文化庁文化財第二課)
3) 報道資料「瓦幡(モニュメント)の寄贈に伴う除幕式の開催について」平成21年12月16日
      平城遷都1300年祭  奈良県文化観光局ならの魅力創造課
4) ​ 国際ソロプチミストとは ​ :「国際ソロブチミストアメリカ 日本中央リジョン」
5) 「令和3年 特別陳列『お水取り』(2月6日~3月21日)出品目録」

補遺
飛鳥時代の瓦がいまなお屋根に!? 奈良市の世界遺産・元興寺 ​ :「LINEトラベル」
奈良山瓦窯跡 ​ :「木津川市観光ガイド」
過去帳「青衣の女人」 ​ 年中行事 :「東大寺」
杉本健吉 ​ :ウィキペディア
杉本美術館 ​ ホームページ
日本の精神風土に根付いた美の世界 ​ :「白鳥正夫の関西ぶんか考」
  杉本健吉、色紙・墨《二月堂お水取り 「松明上堂」》(1945年) の掲載あり
片山東熊 ​ :ウィキペディア
奈良国立博物館 ​  ホームページ
奈良国立博物館 ​  :ウィキペディア

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Last updated  2021.03.20 22:42:38コメント(0) | コメントを書く


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