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明日は待ちにまったお休み友人と京都へ行ってきますすご~く楽しみ リュックに入れるものは・・・ハンカチ、ティッシュ、お財布、ケイタイ、ガイドブック・・・おっと、ビデオカメラも忘れてはいけないマイビデオカメラは、私の旅には欠かせん私は一人で旅をすることが多いので、旅の思い出とともに、記録として残しておこうと一昨年急に思い立ち、ビデオカメラを購入しましたでも、メカにはめっきり弱いため、まだまだ十分に使いこなせていなのが現状です勉強しなくっちゃ いつも旅をするときには、自分でプランを立てて行くのですが、今回は、友人が電車の時間から、お昼ご飯、おやつのおいしいところまで、すべてリサーチをしてくれましたありがたや~私はよく、友人から宴会の幹事や、旅行の手配など任されることが多いのですが、最近分かってきたことがありますそれは・・・・私がはりきって、計画を立てたり、ものすご~く楽しみして待っていると、体調をくずすのです日ごろの行いが悪いせいか・・・(思いあたる節もなきにしもあらず・・・笑)なので、最近友人たちは、幹事を交代してくれていますありがとうございま~す 今日は早めに寝なきゃと思っているものの、ちゃんと寝れるかなぁまるで、遠足を楽しみ待つ子どもの気分です
2008年02月28日
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私の好きな言葉の一つに「温故知新」という言葉があります孔子の言葉で有名ですよね「故きを温ねて、新しきを知る」温ねて(たずねて)・・・という響きが好きです 孔子が師たる者の資格として述べた言葉で、それまでに学び、覚えた事柄を、よく吟味し温め返して新しい事柄を知り得るの意であると、辞書には書かれていますでも、私は”故郷を訪ねる”そんな風にもとれると思うのです 故郷は、誰にも必ずあるはず。その故郷の懐かしさに思いを馳せるとき、どんな感情がよみがえってくるのでしょう? そこで生きていた時間や、共に過ごした人たち、夢中で遊んだ場所、見上げた空などが、さまざまな思い出とともに、一つ一つの独立した場面としてよみがえってくる。思い出は、常に繋がっているものではなく、1シーンごとの切り抜きによって構成されていることに気づくのです。そしてそれらの時間がいかにかけがえのない時間だったかということに気づくのではないでしょうか? 「故郷を訪ねる」・・・・歴史を訪ねる 私たちの今は、歴史の積み重ねです。ここで一度、その歴史を訪ねてみませんか? 3月20日(木)春分の日あさの旅カウンセリングオフィス主催「大人の遠足♪世界遺産の旅in東寺」が開催されます「文化や歴史に触れることで、自分が何を感じ、何を考えるのか」そこにはきっと、たくさんのヒントが隠されているはず。何を感じるのかは、その時の自分のココロのコンディションに影響されます。自分のココロの状態を知る一つの手がかりになるのです古都を歩く そこで何を感じたって、どんなことを考えたって、それは自分だけの世界に繋がる大切な扉を開ける一つの鍵になるはずですその扉を開いて新たな世界を感じてくださいそこには、故郷のような懐かしさや優しさ、温かさがきっと待っています さぁ、歴史浪漫を感じる旅への出発です
2008年02月26日
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金曜日の朝:「ううん・・・鼻水が少しでるなぁ」「よし、風邪のひき始めに薬」その夜「薬効かないよ~」ということで、この週末は風邪ひきさん日曜日に楽しみにしていた友人との約束も次週へと延期になりました 必ず、季節の変わり目に体調を崩す私それが分かっているから、毎日の外出後はうがいと手洗いは決して忘れませんそれなのに~ よくお笑いのコント(ドリフ)なんかで見ませんかどじをふむと、同じ失敗をしないように気をつけようとする。でも、気をつけていても、今度は違うことが起きまたしても失敗する。そして、また、前回、前々回で起きたことが起きないように注意していると、新たなものが予想外に起こってまたまた失敗する・・・それが何回か続いて、しまいに名セリフ「ダメだこりゃ~!」というわけです。私も、風邪をひかないようにと、気をつけていたのに、結局最終的には、いつものように季節の変わり目にしっかり風邪ひきさんになってしまっているわけですまさに「ダメだこりゃ~!!」の境地です 一日中家の中で過ごすわけですから、読みたい本や、見たかったDVDをみようなんてはりきっているところ・・・・母親からの一言「今日は、しっかりやすみなさい」とホホ・・・また、明日から元気に過ごすためには、少しエネルギーを蓄えておく必要があるみたいです普段落ち着きのない私にとって、風邪で休んでいる時は唯一、自分の体を労わろうとできる、体優先の生活に切り替わるときなのですこの時間は、侮れませんね
2008年02月24日
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大学の友人からの、合格知らせ大学院に合格したそうです本当に素晴らしい秋の入試に失敗し、浪人を覚悟に今日まで決してあきらめずに、自分の信念を貫き通した彼女には、頭が下がりますそして、一緒に泣き、笑い、時に怒り、さまざまな感情の交流を仲間同士で育むことの大切さを、大学の友人たちに教わった貴重な時間でした私の大学生活は、学ぶことは元より、友人たちと、夢や、今自分が感じていること、思っていること、そして、学びに対する姿勢など、本当にさまざまなことを、近くの喫茶店で時間を忘れて話込むことも少なくありませんでした友人たちとの出会いは私に大きな影響を及ぼしたといっても過言ではないぐらい、かけがえのない大きな財産となりましたそう思えるのも、彼女たちが常に学ぶことに対して真摯であったから・・・誰一人として、いい加減な気持ちで、勉学に取り組んでいた人はいなかったと言い切れます皆負けず嫌いの勝気な性格の持ち主でした。(もちろん私もその中に含まれますが・・・。)だから、”好敵手”なのです。でも、ライバルが失敗したからといって、喜ぶ者、笑う者はいません。ライバルが転び、立ち上がれないときは、その者の側まで駆け寄り、一緒に立ち上がれるまで側にい続ける・・・そんな関係でした今後、それぞれの道を歩むことになりますが、何年たっても、私たちは”好敵手”でいることでしょう。友人たちが、それぞれのフィールドで頑張っている限り、私も負けません 今朝、福太郎と散歩をしながら、手袋の中の手がじんわり汗ばんでいることに気づきました。もう、春の陽気がすぐそこまできている。長く厳しい冬は終焉を迎えつつあるのだということを感じました。ひょっこりと顔をだした「春の知らせ」もう、すぐそこまできています
2008年02月22日
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行ってきました「身毒丸」すっかり蜷川ワールドの虜になってしまいました 舞台があがると同時に、薄暗い中に、ポツンポツンと明かりが灯っている。そこには幻想的な空間が広がっていました。そして、何もない空間の舞台奥から、一列にならんだ俳優たちが歩いてくるのです。舞台上からは火花が散り、その下ではいかにもこの世の世界では見られない光景が繰り広げられていました。音楽は、見ている者を日常から非日常へと誘うかなのような、心も身体も解きほぐしていく、そんな神が奏でる旋律が流れているようで、一気に「身毒丸」の世界へと見ている者を惹き込んでいくのです。瞬きをするのも惜しいと感じるられるほど、一瞬一瞬の俳優陣の動きは見逃せません舞台場面が変わるときですらも、いちいち肌理細やかな舞台演出に溜息がでるほどです。徹底した舞台演出でした身毒丸と継母である撫子の禁断の愛は、お互いを傷つけ合いながらも、それでもお互いが惹きつけられていく官能的な世界を見事に作りだしていました。1時間30分という短い時間ではありましたが、舞台を見ている間は、日常の煩わしいことは一切忘れられ、どっぷり非日常空間に浸っていました。もしかしたら、現代人は、こういった、非日常空間を探し求めているのかもしれません。そして、こういった時間を意識的に作ることなしに、我々の生活する世界ではやり過ごすことはできないのではないでしょうか?だからこそ、多くの人たちに演劇鑑賞や、映画鑑賞、音楽鑑賞などを含めた芸術鑑賞が支持されているのでしょうね。そして、それらを求める我々に応えるように、表現者がいることも忘れてはなりません表現者・・・いろんなジャンルで、伝え方や表現の仕方が異なり、とても興味があります我々がそれらを求めるとき、それは、自らの心の状態に起因していると思いませんかだから、その時々によって聞きたい音楽も変わるし、見たい映画でだって変わるはず・・・私たちは、常に自分の心と対話をしながら、物事を決めているんですよね 帰りの電車の中で買ったばかりのパンフレットに夢中になって目を通していると、ありました!蜷川氏の持論「力を抜かないことが清潔感に繋がって、観客の心を打つ」「力を抜かないことが清潔感に繋がる」か・・・そんな表現の仕方があったとは実感として感じられるからこそ生まれた言葉なんだろうなぁと思います今日、こうして素晴らしい演劇に出合えたことに感謝すると同時に、幸せをかみしめながら、自転車を思いっきりこいで家まで帰りました
2008年02月20日
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昨日から今日にかけて、10時間ほどの睡眠時間をとりました。おかげで、朝起きたときは、気分爽快気持ちが軽くなるような、そんな爽やかさを感じました私の場合、嫌なことがあっても一晩寝ると忘れられるという特技をもっているので、睡眠は欠かすことができません。中学生のとき、試験の結果が出るたびに落ち込んでいましたその日一日はどん底まで落ち込むのですが、一晩寝ると次の日には、何事もなかったかのように、元通りおかげで、勉強をせず、試験で落ち込む・・・その繰り返しの3年間でした さて、よく寝た~と、そんな爽やかな目覚めになったにも関わらず・・・ 実はなんとも奇妙な夢を見ていたんです(夢の話なので、それほど詳しくは覚えていないので、覚えている範囲でお話しますね) 今まで、私が好きになった人たちが現われ、何を言うでもなく、消えていってしまう。そうこうしているうちに、私は誰か分からない人の子どもを身ごもるのです。でも、私は子どもを産み、育てる自信がないと悩みます。そんな時、一人の老婆が私に、「産まない選択もあるけど、産んでみることもできる」というのです。それでも私はどうすることもできません。両親にこの事態を知らせるにも、誰の子であるかも分からず、途方に暮れていると・・・あることに気づいたのです。それは、誰の子であるという問題の前に、私は誰も好きになっておらず、肉体関係をもった人は一人もいないということでした。すなわち、子どもを身ごもることができないという事実を悟ったのです。 そして、私はこう叫びました。「私は、心の底から好きになった人の子どもしか産むことができない」と・・・・ なぜ、こんな奇妙な夢を見たのでしょう。 明日、ずう~っと楽しみにしていたお芝居を見に行きます藤原竜也主演「身毒丸」ですその印象的な言葉「母さん、もう一度ぼくを妊娠してください」それが、夢にまで表れてきたのでしょうか?なんとも奇妙な夢でした それでも、夢から覚めるとなんだかココロにエネルギーを注入されたような、清々しい風が私の中を吹き抜けていくようなそんな感覚を覚えましたそして、私がこれから出会おうとしている大切な人への想いが感じられた一瞬でした
2008年02月19日
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今日は5歳年の離れている妹の誕生日ですクルクルのくせッ毛の髪、、クリクリの大きな目、ぽっちゃりとした小さな体・・・それが、私の記憶に残っている幼い頃の妹ですその一方で、私は、ツンツンのストレートの髪、一重の小さな目、ぽっちゃりとした大きな体・・・まさに姉妹であって姉妹でないような・・・・それに、残っている写真なんかを見ていると、フリフリの可愛いスカートを履いて、ウインクなんかしちゃってる妹と、怪我して鼻頭が赤くなっている私この違いって何なんでしょうね そして、それから十数年がたちました。妹には大事な男性も現われ、とても楽しそうです一方姉は・・・年が離れているせいか、両親は、「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい!」と叱ることや、おやつは姉の方が少し多く、妹の方が少ないなんてこともありませんでした。(それは当たり前のことただ、私の食い意地がはっていただけなのかも・・・まさに願望)私は自由奔放に、姉と妹という区別をつけられずに育ったため、私は姉として妹を可愛がる術を知らずに今まできてしまったように思います。だから、今だに私は妹とケンカをしてしまうのですそれも私のわがままが原因本当にダメな姉なんですそして、ケンカの後の妹からのメール:「さっきは言いすぎた・・・ごめんね」という言葉に機嫌を良くする私・・・妹に甘える、本当にダメダメな姉なんです・・・。あちゃ~しっかりした妹は、時には姉になり、そしてまたあるときは妹になり、そうやって大人気ない姉を支えてくれているのです「姉よ、頼むからしっかりしてくれ」きっと、私だけが知らない我が家の合言葉なのかもしれません今夜の誕生日会では、ちゃんと妹に「お誕生日おめでとう」と、恥ずかしがらずに言わなきゃなぁって、子どもか
2008年02月18日
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つれづれなるままに、日暮らし硯に向かひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。(『徒然草』序段) 日常の中で心に浮かんでは消えてゆくとりとめもないこと。とりとめのないことと分かりつつも、消えていかないことがある。 最近の私は、肩に力が入った緊張した状態が続いているような気がします毎日、毎日何かに追われ、次の日のこと、次にしなければならないことを常に頭の中で考えているのですその時を生きていないのですだから、ひずみが生じるのでしょうね・・・私のココロは今、休息を求めています。何もせず、何も考えることのない場所で、ボーッとしていたいそんな時は無性に水族館に行きたくなるのです水の中を自由自在に泳ぎ回る魚や、水槽の水面が光を受けて、キラキラ輝いて見える、あの光景をボーっと眺めていたいそんな風に思うのです。 やらなければならないことは、探せばきりがないほど出てきます。そして、それらは生活を圧迫してきます。だから、その循環をどこかで変えていくことが大切なんですよね。少し変だなぁ・・・と思ったら、今の生活を見直してみることが一番きっと、何か大切なことに気づくはず 先のことを考えて、楽しみに思うことや、不安になること。いろんな思いを抱いて皆それぞれ生きているんですよねでも、先のことばかりに目がいって、今の自分に気づいてあげれなかったり、今という時間を意識してあげないと、振り返ってみたときにそこには、”すっぽり”と大きな空洞が出来上がってしまっている・・・そして、その空洞に不安や怒りや悲しみなどの、普段の生活の中で抑圧された感情が蓄積されて、その空洞は不快感でいっぱいになり、その思いが溢れ出したとき、どうすることもできない状態になってしまうのです。だから、たまには、自分のココロのメンテナンスが必要なんですよね私が自分のココロの状態を知るとき、それは、とりとめのないと分かっていても、それが消えていかないとき。そんなときは、要注意「そろそろ、メンテナンスの時期かぁ・・・」と、思うわけですメンテナンス時期は決して無理はしません。自分をすご~く甘やかします「それでいいんです」さっそく、次の休みにでも、水族館へ行ってきます
2008年02月16日
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昨日、友人と、キリンビールの工場見学に行ってきました実のところ、私はビールは飲めないのです「仕事の後の一杯、思いっきり汗をかいた後の一杯は格別だ」なんて、ことをよく耳にしますが、私の場合、焼酎派ですから分からないのですでも、お酒は好きです最近はもっぱら梅酒ばかり 話は、ビール工場見学に戻りますが、製造過程にはものすごく興味をもっており、興味津々で参加してきました原料となる「大麦」「ホップ」「水」どれも、おいしいビールを作るためには欠かせないもので、実際に原料となる麦やホップを手にさせてもらいました麦は、コーヒー豆みたいに焙煎させることで、「黒ビール」の原料となったり、ホップは”フワフワかさかさ”した手触りが印象的でした。そして、ビールに独特の香りと苦味を与え、泡立ちをよくしてくれる重要な働きをするそうですなるほど~の連続でした。すご~く広い工場内であるにも関わらず、働いている人の姿を見かけることが本当に少ないことに驚きました案内してくださったお姉さんの話によると「全てが機械化されたため」だそうです。ん・・・なるほど。でも、なんだか寂しいよなぁでも、社内全体で避難訓練なんかがあると、「こんなに多くの人がいたんだぁ(笑)」と改めて感じるんですって。そういう感覚って”おもしろい”私も、大学に行っていて、知らない人だらけでしたもん! 私は、人の気配が感じられ、一緒に仕事をしていると常に感じられる空間で働きたいなぁと、その時感じながらも、機械によって、ものすごいスピードで、ビールができあがっていく工程を食い入るように見ていました。それは、それは圧巻でしたよ一つのこと、一つのモノをじっくり時間をかけながら、多くの人の手で作り上げることに、私は今後携わっていくんだろうなぁ・・・と、未来の自分に思いを馳せながら、最後のお楽しみビールの試飲会場で、友人と乾杯をしましたキリンビールのラガーは、「熟成」という意味があるそうなのですが、私自身も、未来に向けて、今熟成し、機が熟した頃に、新鮮な泡と、おいしいビールのような心地良いスカッとした刺激を多くの人に提供できるような人でありたいなぁと思いました工場内を案内してくださったお姉さんはとても素敵な方で、ビールもお姉さんも大好きになりました
2008年02月15日
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今日は、バレンタインディ今年の私には無縁の日であると思っていました でも、その思いが一つの素敵なチョコレートとの出合いにより、HAPPYバレンタインになったのですそのチョコレートは、「貝合わせショコラ」という商品で、京都の嵯峨野の作られているものです名前の通り、大きな蛤の貝殻の形をチョコレートでかたどり、そのチョコレートに、美しいデザインが施されているのです。また、そのデザインというのが、私の大好きな「源氏物語」の中に登場する「朧月夜」「夕顔」をイメージした本当に素敵なものなのですお見せできないのが、こんなに口惜しいことなんて、今まであっただろうか・・・と、いうぐらい本当に素敵なチョコレートなのです そんなチョコレートをいただいた私は、「もうバレンタインディなんて私にとって、無縁だわ・・・」なんて、そんな悲しいことは言っていられません それに、今日こんな光景を目の当たりにしましたある店の駐車場で、女の子が、紙袋をもってそわそわした様子で誰かを待っているようでしたそこに、一台の車がスーッと駐車場に入ってきました。すると、その女の子が、その車に嬉しそうに、でもどこか恥ずかしそうに、駆け寄って行き、その車に乗っていた主と嬉しそうに話していましたその光景を見たとき、「そうだ、今日はバレンタインディだったんだぁ」と、今日という日を再認識したほどですその光景がとてもキラキラしていて、二人だけの恋の世界って、こんなにも、美しい輝きを周りに発散するものなんだということを知りました素敵な場面に遭遇できたこと、そして素敵なチョコレートに出合えたことやっぱり今日は、HAPPYバレンタインです
2008年02月14日
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友人と食事をし、その帰りに、最終時間上映の映画を観終わると、23時45分普段ならとっくに夢の世界に入り込んでいる時間のはずが・・・妙な気分 映画館は、デパートの中にあるので、駐車場への帰り道、私は普段目にしない光景を横目にしながら、足早にエスカレーターを降りていく・・・と、そこには、23時を過ぎ、人気のないデパートの商品たちが、一日の疲れを癒し、静かに眠っているかのようでしただって、明日は誰かに買われていくことになるのかもしれないのですもしかしたら、仲間たちとの最後の会話を密かに楽しんでいるモノもいたでしょうね夜のデパートはミステリアスであり、メルヘンがいっぱいです までの帰り道、普段走っているお馴染みの道であるにも関わらず、光景がここでも違うことに気づきました車通りが少ないせいか、また、今まで映画を観ていて非日常世界に浸っていたせいか、眠気から、思考回路が変なところに接続されたのか・・・今この時間(夜中の12時を過ぎています)を走っている自分がともて楽しくて楽しくてこのまま、横浜ベイブリッジにまで走って行ってしまおうかと、なぜ、ここで横浜ベイブリッジと地味に自分にツッコミながら、悠々とした気分の傍ら、眠気と戦いまたしても、戦い・・・なんとか家路に無事たどり着きました 昨日、ブログの中で紹介しましたが、国立国際美術館で、「夜の女王」(1951年)という作品に出合いました縦長のカンバス一面が、紺色(藍色?)で、縦長に白い線が一本入っている、そんな絵になぜか私は惹かれました凛としたその作品が、「なぜ夜の女王」と今だに私の中では謎が未解決のまま・・・ 車を運転しながら、【夜の女王】(作品)は好きだけど、私は「夜の女王」には当分なれそうにないなぁ・・・としみじみ感じまだまだ、私は太陽の光を常に真上で感じていたい、そんなお年頃のようです
2008年02月12日
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昨日、大阪の「あさの旅カウンセリングオフィス」の主催する【大人の遠足in国立国際美術館】に参加してきました美術館は多くの人でごった返していて、最近私が訪れた美術館のどこよりも人が多いことに驚きました 美術に興味・関心をもっている人の多さの表れなんでしょうね 現代美術を見ていると、「これは何を描いているの 」と頭の中がでいっぱいに・・・でも、【大人の遠足】に参加されている人たちの作品に対する捉え方や、感じ方を聞いていると、まさに自分との対話を繰り広げているような感覚を与えてくれます〈芸術作品という一つの媒体を通して、自らのもつ世界に触れること〉それが、芸術作品との対話の仕方なんではないでしょうか 主催者のA先生は、参加者一人一人のもつ世界を大事にし、他者との温かな共有の空間を作ってくれました受容された空間は誰もが居心地がよく、優しい気持ちになれるのですそれって、きっと、一体感なんでしょうね本来、親との間で感じながら育つことがベースとしてありますが、現代においてその一体感は希薄になりつつあり、情緒的なやり取りを嫌う傾向にあると感じることがあります。でも、一体感を感じるには、やはり温かな情緒的なやり取りを行うことが大切であり、まさに、昨日それらを体感することができました 集中し、さらに自分との対話を繰り返しながら多くの作品に向き合うことで、疲れも多少ありますが、それ以上に、他者と居心地の良い空間を共有できたこと、そして自分の今の気持ちに向き合うことができ、高揚した気分のまま、大阪から帰途に着きました もし、このブログを読まれて興味をもった方がいらしたら、一度参加されてみてはいかがでしょうか あっ、忘れてはならない大阪といえば、お好み焼き~もちろん、食べて帰りましたよ
2008年02月11日
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今日、東海地方でめずらしく雪が降りました午前中から降り始めた雪は、お昼ごろには、すっかり外の世界一面を真っ白に覆いつくしてしまうほどでした朝、出掛けがけに感じた、外の空気のただならぬ冷たさは、この雪の前兆を物語っていたようです そりゃあ、寒いはずだわ 雨は、一年のうちに幾度となく出合いますが、雪って、春夏秋冬のうちのこの時期「冬」だけなんですよね。 だから、雪が降ると少し特別な感覚を抱き、心なしかすこし嬉しくなって、小躍りしたくなっちゃうのかなぁ虹を見た日や、台風がきて窓から荒れ狂う外の様子を見ていたりすると、なんだかわくわくしちゃうんですよねこの後に、何か楽しいことが待ってるんじゃないかなぁって・・・ 一定の速さで、一秒のくるいもなく、しんしんと降る雪を、温かいコーヒーを手にしながら眺めていると、 幼い頃、雪が降ってあまりにも嬉しくって、家の前でを作ったり、友人と雪合戦をしてさんざん楽しんだ日の夜、熱を出してうなされていたことや、 大好きだった彼と、二人の思い出の詰まった車の中から「はらはらと舞い散る雪」を眺めながら、別れ話をした、切ない気持ちを思い出しました 次の休みにでも行こうと考えている歌川広重展は、まさに雪を扱った作品です。広重の描く、「雪」の情緒が醸し出す世界観は、江戸時代に生きた人々の叙情的な思いを表現しているのでしょうねだから、私は広重の絵を見ていると、その世界に引き込まれてしまうのです。 現代人と江戸時代の人の「雪」に対するイメージは異なるでしょうが、 きっと自然との対話の仕方は今も昔も変わらず、個々の人の心の中で確実に行われているんだろうなぁと思うのです
2008年02月09日
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今日は、久しぶりのお休み午前中にお寺参りに出掛けてきましたこの時期になると、私はお寺に報告に行きます。「今年も、頑張ります!」とね・・・ 突然ですが、私が心理学を学び、携わるようになったのは、ある人の存在がきっかけでしたずっと、心理学という学問に興味をもってはいたものの、大学は国文科に進学と、思いに反した進路を歩んできました。そんな時、「自分の人生、悔いの残らないような生き方をしてほしい」そんなメッセージをその人から受け取りましたそれまでの私の生き方は、自分のことであってそうでないような・・・そんな感覚のもとで生きてきました その人との関係を通して、「自分が何をやりたいのか」という、自分の気持ちに素直に向き合った結果、心理学にたどり着いたのです。 吉本ばななの『なんくるない』(pp.128より)【そういうタイミングに動くことこそが、きっと、全てなのだ。求められているときに 求められた動きをすること・・・(省略)そしたら扉は開く。別に幸運に向かってというわけではなく、ただ、自分の道に向かって。とてつもなく大きな流れにのって。】 きっと、その人は私にとって、必然的に現われた人だったのだろう・・・そして、大事なことに気づかさせてくれました今の私のエネルギーの源はそこからきているのですその人との一体感を感じられるから、私は頑張れるのです そして、今日、夢に向かって頑張っている友人に「夢叶」のお守りを買いました
2008年02月07日
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我が家の家宝といえば、“フクちゃん”こと、犬の福太郎であります朝と晩には、必ず家族の誰かとフクちゃんは一緒に散歩にでかけます雨の日も、風の日も、雪の日も、そして夏の暑い日も、フクちゃんは決して休むことなく散歩にでかけます・・・ 我が家の合言葉が「フクちゃんの散歩行った?」となるぐらいに福太郎の散歩は、欠かすことのできない、極めて重要な任務なのです ある日の会話母:「私、北海道に行きたいわ!」私:「私も行きたい!おいしいものたくさんあるよね?」妹:「私も!・・・でも、福太郎の散歩はどうする?」母・私・妹:「お父さんがいるじゃん!」父:「(無言・・・・)」母:「アーぁ、お父さんすねちゃった!」と、日常繰り広げられる、福太郎の散歩をめぐる会話。 そして、父親の存在って・・・ それでも、今日もフクちゃんと散歩にでかけ、彼がおしりを”フリフリ”させながら、歩く後姿を見ながら、いつまでも、元気でいて欲しいと願わずにはいられないのです
2008年02月05日
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同じ一日を過ごすにも、家で過ごすときと、外にでているとき、仕事をしているときとは、本当に時間の感覚が違うんですよね・・・・ホント、不思議・・・・私は、日曜の夜が嫌いですそれぞれの人が、それぞれの時間を楽しく過ごしているんだろうなぁ・・・と想像して、自分と比べてしまうのです・・・私の日曜の夜の過ごし方といったら、見たくもないテレビを見ていたり、何か楽しいことないかなぁと考えたり・・・と、何かしていないといけないような、そんな気になってしまうのです。でも、何もする気が起きない1週間のうちでもっとも、元気がでない時間なのです。そして夕飯を食べてから、眠るまでの数時間がとてつもなく長く感じるのですなんだか淋しい私・・・でも、今年の私はきっと違います何もやる気がおきなければ、何もしない・・・でも、好きな映画を観たり、お菓子を食べたり、本を読んだり、ドライブに行ったり・・・いろんなこともできるはず日曜の夜は、何もかもお休み(思考も停止)にして、自分のココロと体と相談しながらその数時間の過ごし方を決めてみるのもいいのかも
2008年02月04日
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誰かと話をしているときに、考え方の違いを感じることは少なくありません。いろんな考え方があって当然いいのですが・・・それでも、その言葉が誰かを傷つけていることもあるのです。今日、私は少し悲しい思いをしました その人の価値観で考えた結果の言葉によって、自分が否定されているように聞こえたのです というのも、言葉だけでなく、表情、そしてその人から発するもの・・・それらを、敏感に感じ取ってしまう私・・・きっと、その人から発せられた言葉は、今の私には触れられたくないことだったのでしょう・・・誰にも、触れられたくない何かがあるはず。今は、そっとしておいてほしいときもある。自分のココロに波風を立てたくなく、夕凪を感じていたいと思う・・・そんなときがあったっていいじゃないか言葉によって傷ついても、こうやって、自分の思いを言葉で綴ることで、癒されることもある言霊パワーなのだろうか・・・
2008年02月02日
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本日、大学での集大成ともいえる、“卒業論文発表会”がありました無事終わり、ほっとしていますそして、何よりも、卒論を大学が評価してくれたことが嬉しくて仕方ありませんでも・・・私が頑張れたのは、指導をしてくださった、担当教授をはじめ、諸先生方、また友人が支え、アドバイスをくれたおかげなのですそして、大学に通わせてくれている両親が、私が勉学に全力で取り組み、学べる環境を作ってくれているのですそんな大事なことに、今日ようやく気づきました自分ひとりでは何もできません。だから、周りの人に助けてもらえばいいのです。でも、そればかりではなく、自分がどこまでできるのか、挑戦してみることも大切ですそして、自分のできることで、恩返ししていくのですそれが、新たな世界へと通じる扉となり得るのではないでしょうか?謙虚に学び続けることがいかに、自分にとって、必要なことかを感じることができましたそう感じられた今日が、新たな学びへの出発の日となります多くの人たちに支えられ、今の自分があること、夢を見続けられることに感謝し、今、自分ができることに専念していきたいそれが、私の宣誓です
2008年02月01日
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