月夜茶会

月夜茶会

2010.07.31
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 道場を離れた来夢が歩いていく先には、小さな社がある。
 明光学園の敷地に神社があることを知ったのは、その目立つ銀杏の林のせいだ。
 銀杏を拾って生活の足しにしようと足を運んで以来、小さな社は幾度と無く水瀬の寝床として利用された過去がある。
 銀杏の葉が色づき始めている。半ば青い葉を樹から奪い取る風は柔らかい。
 風の匂いも、夏の盛りを過ぎ、物静かな優しさを含んでいる。
 それ感じ取った水瀬は、ああ。もうすぐ秋だなぁ。と、そんなことを思った。

 来夢の歩き方は、相当、剣の訓練を受けた者独特のそれ。
 後ろに対しても隙というものがないと褒めてやりたいが、その中に水瀬はいなかった。
 水瀬から見ると、どこか、まだぎこちないのだ。

 未完成さがその挙動に明らかに見て取れる。
 ただ―――

「?」
 水瀬は、何度となく、その歩みを見ながら首を傾げた。
 自分は、あの子を過去に見たことがある?
 覚えがない。
 でも、何だろう?
 どこかで見たような、この既視感は何だ?


 地面に敷き詰められたような銀杏の葉を踏みしめながら歩いていた来夢は、不意に社の前で足を止めた。
 そして、手にしていたスタンブレードを引き抜くと、何度も柄の握り具合を確かめていた。
 柄を左に握っている。


「?」
 一瞬、追跡に気付かれたかと思ったが、どうやら違う。物音も立てずに銀杏の樹の影に隠れて気配を消した水瀬を、来夢は見つけることが出来ていないのは、こちらを見ない来夢の動きから明らかだ。
「何……してるの?あの子」
 耳をそばだてた水瀬の耳に、来夢の呟く声が聞こえてくる。

「……今度こそ」

「今度こそ、上手くいきますように」

「?」
 一通りの祈りが終わったのか。
 来夢はスタンブレードを鞘から抜いて振りかぶると、気合い一閃。剣を振り下ろした。

「……」

 残心の姿勢のまま、余韻に浸っているのか、ぴくりとも動かない来夢は、スタンブレードを横に一凪ぎして再び鞘に戻した。
 その間、ずっと来夢は瞑目したまま。

「……」
 すうっ。
 大きく息を吸い込んだ来夢は、

「やったぁぁぁぁっっ!!」

 突然、何度も飛び跳ねながら歓喜の声を上げた。

「完璧!パーペキだぁっ!!」

 それまでの剣士然とした態度はどこへやら。来夢は年頃の元気な女の子として、元気に飛び跳ねている。
 その動きが不意に止まったのは、来夢が水瀬の存在に、その時初めて気付いたからだ。
「―――あっ」
 凄まじく気まずいと言わんばかりに、凍り付いた来夢。
 自分がやっと気付かれたと知った水瀬は、銀杏の影からこっそりと頭を下げた。
「こ……こんにちは。あの」
 何とか、話を合わせようと、水瀬はおずおずと問いかけた。
「さっき……かけ声で上げていた」

「……」
 わなわなと、体を震わせる来夢の顔は真っ赤だ。

「ア●ンストラッシュって……何?」

「っ!」
 来夢は、水瀬を突き飛ばすと、その場から逃げ出した。

「?」



「何してたんだ!」
 水瀬が道場に戻ると、練習は再開されていた。
「お前が戻るまで、模擬戦お預けだったんだぞ!?」
 あぐらを掻いた羽山が水瀬の襟首を掴むと、ヘッドロックして水瀬の頭をグリグリやり出した。
「痛い痛いっ!」
「こら光信!」
 エリカが怒鳴る。
「暴力禁止!弱いものイジメしない!」
「こいつのどこが弱いヤツだ!」
 羽山が怒鳴り返した。
「コイツは俺より強いぞ!?」
「ウソおっしゃい!みっともない!」
「本当だって!」
 口げんかが始まった羽山とエリカの間近で、水瀬は自分に突き刺さる殺意に気付いた。
 道場の端で正座する来夢だ。
 凄まじいほどの眼光でこちらを睨み付けている。
 眼光を物質化することが出来れば、凄まじいモノが飛んでくるだろうことは請け合いだ。
 水瀬は、あのアバン●トラッシュとかいうのは、見てはいけない何か、願掛けやおまじないの類だったのかなぁ。と、全く見当違いのことを考えたりもしたが、考えた所で飛んでくる殺気をどうすることが出来るわけでもない。
 どうも、敵を作ったらしい。
 それだけははっきりとわかった。

「じゃあ、いいわよ」
 エリカが軽く咳払いをして言った。
「その子の実力、見てあげようじゃない」
「ノド痛てぇ……バカダイコンが。後でほえ面かくな?」
「あの……羽山君?何だか、歓迎したくない事態になったご様子ですが?」
「喜べ水瀬」
 羽山は怒り心頭の顔で言った。
「もし、万一、例外的に、無様に負けるようなバカやらかしたら……」
「したら?」
「俺からぶん殴られる特典付きだ」
「いりません」
「ラーメンと餃子、卒業するまで俺におごるというオプションまでついているんだ。どうだ?とってもお得だろう?」
「羽山君……頭、大丈夫?」
 ガンッ!
「痛いっ!」
「ぐちゃぐちゃ言わずにやってこい!俺の面子潰したらブッ殺すぞ!?」
「理不尽だなぁ……」
「うるせぇ!ダイコンっ!剣貸せ剣っ!」
「ダイコンダイコンうるさいのよ!この単細胞!」
 エリカは羽山に怒鳴ると、後輩達を振り返った。
「―――高原っ!」
「はいっ!?」
 びっくりした顔をした来夢が、自分を指さした。
「わ、私ですか?」
「ちょっと―――その子の相手してあげて」
「で、ですけど私、素人の、しかも女の子相手に剣振るうのはちょっと……」
「心配するな」羽山は言った。
「コイツはこれでも男だ」
「……え?」
「見てみるか?」
 羽山は水瀬のズボンに手をかけた。
「アレ丸出しにしてやれば、嫌でもわかるだろ?」
「やめてエッチ!」

「……ホント」
 正座したエリカが冷たい視線を羽山に投げつける。
「たいした博愛主義ね」
「だからといって」
 エリカのスタンブレードをマトモに脳天にくらった羽山は、タンコブにタオルを当てながら抗議した。
「これはないだろう?」
「……女だけじゃなくて、男まで対象とは」
「んなわけあるか。俺は涼子さん一筋だ」
「よく言うわよ。ズボンに手をかけた時のあの動きは手慣れていたわ」
「……同人誌の読み過ぎだ」

 そんな二人の前。
 道場の中央でスタンブレードを手に対峙するのは、水瀬と来夢だ。

 互いに一礼すると、間合いを取った。

「……あのね?」
 下段の構えを取る水瀬が、おずおずと訊ねた。
「さっきのこと……怒ってるの?」

「試合中に」
 来夢は冷たい表情のまま、剣を下段にしっかりと構えた。
「相手に話しかけるのは、ルール違反です」

「……そう」
 水瀬は、来夢の構えを見て、うずうずしていた。
 筋がいいのは間違いない。
 だが、構えがなっていない。
 力が無駄にかかっている。これではダメだ。
 だけど……

 何だろう。

 水瀬は、また、首を傾げた。

 僕は、この子とどこかで会っているの?
 この既視感は、何?

 高原来夢

 出会った覚えはない。
 親戚なはずはないし……

「問答無用―――行きますよ?」

 すっ。
 膝が曲がり、腰が低くなる。
 来夢の持つスタンブレードが下段からゆっくりと動いた。
 刃を横に寝かせ、まっすぐに伸ばされた手の上に剣の嶺が乗る。

「お、おい?なんだアレ」
「……」
 エリカは首を左右に振った。
「あんなの……見たことない」


 恐ろしく奇妙な構えを前に、
「……へ?」
 水瀬はきょとん。とした顔で動きを止めた。
「その……構えは……」







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最終更新日  2010.07.31 12:21:12
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