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ネタバレ解説第一弾は、現状の所、美奈代達がまとめて敗北した唯一の魔族軍メースにして、いまややられキャラのイメージさえある「サライマ」です。【だいたいの解説】・魔族軍の戦争初期から中期の主力メース。・カヤノの愛騎で、山梨県白州で美奈代達を全滅に追い込んだ名誉ある騎。・魔帝軍配備の8世代魔帝軍標準メースで、正規軍では二線から三線配備。辺境軍では一線で運用されている。・ティアリュートなども正規軍時代はこの騎の運用経験がある。・格闘戦に秀でた運用が得意な汎用メースで、この世代で新型操縦システムが採用された関係で、操作性が先代のツヴァイと比べて格段に向上している。・装甲はツヴァイより薄い反面、出力はかなり上。・世代交代の関係で民間市場に出回っているため、人間界に送られるメースとしてはツヴァイに次いで多い。・騎体色はオレンジのため、紅葉から「ミカン」と呼ばれたが、はっきり言って高性能騎。・性能はさすがに数千年を経たツヴァイでは比べ物にならず、カヤノを驚かせていた。・戦闘機でいえばF-16辺りで、武装オプションは現在の魔族軍運用メースの中では最も広く、マーケットの在庫も豊富なため、大量に導入されている。【ネタバレ】・イメージはZガンダムの「マラサイ」……もじって「サライマ」。ようするに↓コイツ。・私のネーミングセンスってこんなもんです。ううっ……(涙)・それでも、作者がガンダムシリーズで一番好きなMSはコイツなので、こいつの登場には作者は結構、入れ込んでいます。・ですから、これからも魔族軍の主力メサイアとして活躍させるつもりです。●お知らせ●「ヴァルキリーズ・ストーム」は「小説家になろう」様にて掲載中です。作品中の用語集は「Wiki」にて作成中です。よかったら見て下さいね?
2012.12.30
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うつ病を患い、仕事を辞めさせられてから4ヶ月が経過しようとしています。外は雪です。 何とか再起を果たそうと求人に募集しても全部アウト。 よく来るのは建築営業くらい。これやってた大学時代の同期が、業績上げられずに最後には私と同じうつになって自殺してる。何だか地獄からのお誘いが来たみたいで怖い。しかもいろいろ知ってる会社だから、絶対に就職できない所だし。 そんなこんなで、某転職サイト何個かにスカウトに登録しても全然ダメです。 次はどうしようもないのが現実。 そんな私の所へ、ここ2日連続して同じ所からスカウトが来ました。 しかも大手様っ!! これって奇跡!? 急いでメールからサイトへ――― でも……。 雇用形態 契約社員・雇用期間 24ヶ月・試用期間 1ヶ月・入社日から2年間の契約社員となります。(更新は予定しておりません。) 更新は予定しておりません……(  ̄_ ̄) 勤め先は鎌倉。 だけど契約社員……もうやだよ。契約ってだけでどんだけコキ使われてすり身にされたか。その挙げ句にうつ病だよ? そんな私へのスカウトでも、2年以降の更新なしってひどいと思う。 完全に切り捨て前提じゃん。 私は正社員希望だっての(≧ヘ≦) !40ババア議員のヘソだしルックよかヒドい話だ。 こんなのばっかだから民主党にロクなのいないって言われるんだよなぁ。 唖然とした。 まぁ、この救いようのないおばさんの場合、説明なかったら女子プロの悪役と言われても納得出来る姿さらして何したいのやら。 リングで目立ったら選挙に勝てるの?消費税率引き上げに世論が同意するの?マニフェスト詐欺に許しが出ると? 真面目な話、議員バッチつけた人の活躍の場と違うと思うんだよね、それが立ったところがリングって何だよ。自民党とデスマッチでもやりたきゃ国会でやろうよ。 こういう時だから、民主党は街灯に出て演説でもしてた方が良いと思うんだ。次の選挙だけじゅなくて、本気で国を動かしている自覚があれば……議員さんなんだよ。元アイドルでバラエティしか仕事もらえないおばさんタレントじゃないんだよ。 この人、海外の大学まで出たゆーしゅーなアタマして、バッチの重みもわかんないのかなぁ。ないからこんなことしてるのかも知れないけどさ。 でもまぁいいや。 私は私の仕事がしたい。 こんな所でも頑張れば華も咲くかもしれないし。 応募だけでもとせっせと準備していたら、こんな記事がありました。 三菱電が防衛・宇宙事業で費用の過大請求、防衛省など指名停止 ……え? ……(ごしごし) ……えーと。メールに何て書いてあったっけ? こんにちは。 担当の●●です。あなたに同社で応募が始まったばかりの求人のご案内です(→この時点で日本語ヘン(笑))是非ご検討くださいませ。===============================【企業名】 三菱電機●●システム株式会社 【職種名】●●=============================== 三菱電機●●システム株式会社―――(ノ▼ο▼)ノ オォオォオオオ!! 記事に騒ぎがあったの鎌倉って書いてあったし、指名停止喰らってる所の求人って大丈夫なの!?(w(゚o゚)wパニクる私!) これってさぁ、次の指名停止に備えるために契約社員ってこと? それとも、ほとぼり冷めるのが二年くらいだから、その間は契約で済ませようってこと?(ロイター記事では1カ月以上18カ月の間の指名停止らしい) そんなどうでもいい勘ぐりはしてしまう。 三菱って大手だし、防衛産業って何かいいなぁ。勤め先き古都というか、あの鎌倉だし、憧れだよなぁって、そこそこ思いはじめてたのに!! 契約社員で2年間のみの更新無し。しかも会社は指名停止処分……せめて努力次第で契約更新有。正社員登用有りってならやる気も出るけど……これは無理っぽい。大手の人切る時の非情さは酷すぎるほどわかってるから……。 なんだか残念通り越してコメントつけづらいことでした。 ほんと、こういうのばっかり。 スカウトさん、お願いだからもう少し……もう少し、いい案件下さい!
2012.01.28
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月夜茶会開設2400日突入記念です!●桜井美奈子の日記より 水瀬君がバカでアホで単純で救いがたいほどの子供だって、何度思ったかは忘れたけど、実はそんな私の予想の遥か斜め上の存在だったと、今回ばかりは思い知らされた。「超能力?」「そう」 お昼にルシフェルさんとお弁当を食べた時のことだ。 何故か水瀬君がお弁当も食べずに自分の席でじっ。とスプーンを見つめてる。 お弁当、忘れたのかと思ったら、昨日からずっとあの調子なんだという。「ほら」 ルシフェルさんが手作りのティラミスの入ったタッパを開きながら言った。「昨日、テレビで超能力者の番組やってたでしょう?」「ああ。思い出した。スプーン曲げがどうのって」「そう。それ」「あれ見て感動したそうで……台所からフォーク持って来るなり、曲がれ曲がれってうるさくて」「で、曲がったの?」「まさか」 ルシフェルさんからティラミスの載ったお皿を受け取った。ルシフェルさんのお菓子、おいしいんだよねぇ……。「最後はフォーク睨み付けて、“曲がらないと指で曲げちゃうぞ!”だって」「へぇ?」「魔法騎士が何で超能力なんかに興味を持つかが、今ひとつ理解出来ないのよね。私には」「……同感」「ルシフェ」 ついに飽きたのかと思ったら、スプーンを手にしたまま、水瀬君が近づくなり、「やってみて」とルシフェルさんにスプーンを突き出した。「何を?」「だから。スプーン曲げ」「……」 ルシフェルさん、スプーンを受け取ると指に挟んでいとも簡単にスプーンをへし曲げた。やっぱり騎士の力って強いなぁ。「そうじゃなくて!指で曲げちゃだめでしょ!?」「何で曲げろと?」「超能力!」「私、そんなのない」「ルシフェにはその才能があるんだよ!」「いらない」「テレビで言ってたもん、超能力は訓練すれば誰でも身につくって!」「……私、そんな訓練受けたことない」「超能力者になりたくないの!?」「なりたくない」「何で?」「何でって……」 さすがにルシフェルさんもあきれ顔だ。「あのね?何かでスプーン曲げたとして、それに何の意味があるの?」「カッコイイとか、仕事で便利とか」「使わないから、そんなの……そうね」 ルシフェルさんは、ぽつりと言った。「どうせなら、お金を生み出す力とかなら欲しいかな」「……ルシフェ」 水瀬君は、ルシフェルさんを見下すというより、哀れむような顔で言った。「今は超能力の話しているんだよ?」「……殴ったあと、このスプーンで脳みそほじくり出してあげようか?」「超能力には、スプーン曲げ以外にも」 スプーンをねじ曲げられた挙げ句、こよりのようにされた水瀬君は、かつてスプーンだった金属の塊を弄ぶルシフェルさんの前にカードを取りだした。「カードを使った手品が」「今、手品って言った」「い、言い間違えただけだもんっ……さぁっ!」 水瀬君は、カードを四枚、両手で広げてルシフェルさんに突き出した。「一枚取って」「……」 無言でカードを引き抜いたルシフェルさん。「……で?」「これは透視の超能力!―――あなたが引いたカードはジョーカーですっ!」「……」「……」 自身満々に断言する水瀬君だけど、私達は沈黙するしかなかった。 問題はカードの引かせ方だ。「これ、わかって当然でしょ?」「あのね、水瀬君」 私も言うしかなかった。「カードの中身を見ながら引かせて、それが何のカードだったなんて、当てたも何も」「……そういうものなの?」「当たり前でしょう!?」「でも、ババ抜きなら僕の勝ちだもん!」「……好きにして」「じゃあ、僕も色々やったんだから、何かルシフェ達も超能力見せてよ!」「忘年会の隠し芸じゃないの……だから、ないって言ってるでしょう?」「……あ、そうだ」 私はふと思いついた。 葉子に頼まれて、昨日渡すの忘れてたアレ……あ、あった。「水瀬君?」「何?」「窓際に立って、後ろ向いて?」「?これでいい?」「うん。私も超能力見せてあげる」「えっ!どんな!?僕でも出来る?」「やってみるから、それで判断して」「うんっ!ちなみに何?」 私は虫眼鏡をカバンから取り出して、水瀬君の黒いブレザーに焦点を当て、何をしようとしているかを教えてあげた。「これから水瀬君が燃え出す手品です♪」 数分後。「あ、戻ってきた」「ひ、酷いよ桜井さんっ!」 ブレザーの背中が黒焦げになった水瀬君がずぶ濡れになって戻ってきた。「どう?人体発火の超能力」 面白くてつい笑ってしまった。「ううっ……す、スゴい」「でしょう?」「でも、クラスメートを焼き殺すのはダメだよ?ね?もう止めてね?」「考えておくわ」「うん。じゃあ、次は予知能力!」「……萌子ちゃんに聞きに行ったら?」「高いもん!お兄ちゃんである僕にだって似たような力は」「……あるわけないでしょ」「あるもんっ!ルシフェ」「……これから先、会話は全て一秒百円が必要です」「どこのぼったくりライン使ってるの?僕には見えるよ。数年後にはルシフェルが博雅君に捨てられて落ちぶれ果てた、それはもう惨めな姿が……」「……へぇ?」 ボキリボキリ ルシフェル拳が鳴った。「あっ!?そう遠くない未来に、僕がルシフェルに殴られる予感が!」「褒めてあげるわ」 ルシフェルさんが椅子から立ち上がった。「ご褒美に一発サービスしてあげるから、歯を食いしばりなさい」 夜。 葉子と一緒にご飯を食べた後のことだ。 私は食後のお茶を飲みながら、目の前でお手伝いとして洗った食器を布巾で拭う葉子の手にフォークやスプーンがあるのを見て、ぽつりと言った。「スプーン曲げなんて、出来るはずないのにねぇ」「スプーン曲げ?」 洗い物をしていたお母さんが一瞬、手を止めた。「あの超能力ってヤツ?」「そう。私のクラスに熱中している子がいてね」「ふぅん?」お母さんは、そう呟くなり洗い物を再開した。「お姉ちゃん。スプーン曲げってなぁに?」「ん?スプーンを握って。曲がれっ!て強く思うとスプーンが曲がるっていうのよ」「へぇ?」 葉子は手にしていたスプーンをじっと見つめだした。「ああ、葉子?あり得ないから、そんな真面目に」「曲がれぇ……曲がれぇ……」 我が妹ながら、その熱心な顔つきがとても可愛い。ホント、抱きしめてあげたい。 だけど―――「……えっ?」 その時、私と葉子の目の前で、葉子の握っていたスプーンがまるで溶けでもしたかのようにへにゃりと曲がった。 私はそれを確かに見た! 本当に曲がった! 嘘みたいっ!「お、お母さんっ!」「お母さぁん。見て見て!」 驚いた私と自身満々にスプーンを差し出す葉子に、お母さんは再び洗い物の手を止めた。「何?美奈子、さっさと飲み終えたら、お風呂の準備を手伝いなさい。何でもかんでも葉子の方がお手伝いしているなんて、お姉ちゃんとして恥ずかしくないの?」「そうじゃなくて!」「ほら、お母さんっ!」「何?葉子、あら?」「スプーン、曲がれって言ったら曲がったの!」「スゴイでしょ?お母さんっ!」 興奮気味に言う私だけど、お母さんは曲がったスプーンを葉子から受け取るなり、「そうねぇ……でも、これだとご飯が食べられないわ」と困りが顔だ。「え?そうじゃなくて……」「まぁ、これ美奈子のだから、スプーン使うお料理を美奈子の分だけなくせばいいんだけど」「それ、解決じゃないっ!」「でも葉子、たいしたものねぇ」「えへへっ」 お母さんに頭を撫でられて満面の笑みを浮かべる葉子。「……まぁ、いいか」「へ?」 お母さんは、掌で曲がったスプーンを撫で始めた。「直れぇ……直れぇ……」「ちょ?お母さん?」 何して―――そういいかけて、私は動きを止めた。 びっくりしたなんてもんじゃない。 お母さんの手の中で、葉子が曲げたスプーンが元通りになっていくんだ!「……えっ?」「ほら、直った」 にこっと笑ったお母さんの手の中には、どこも曲がっていないスプーンが一本、光っていた。「葉子?これ、もう一回磨いたら、棚に戻してね?」「はぁいっ!」「……どうしたの?美奈子、さっさとお風呂準備して」 超能力者。 それはもしかたら、意外な所にいるのかもしれない。 そう思う出来事だった。
2012.01.21
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●昼食時 明光学園 屋上「……だから」 屋上のベンチに座り、あんパンの包みを開きながら、ルシフェルが言った。「水道が止まったのは私のせいじゃないでしょう?」 早朝、水瀬の家の近所で水道管が破裂した影響で断水になったのは、確かにルシフェルの責任ではない。 それで今日のお弁当作りの当番だったのにと、水瀬に文句を言われても困る。「しかも、お腹すいたからって、授業中に途中でコンビニで買ったパンとおにぎり食べちゃうし」「……ううっ」 水瀬は物欲しそうに指をくわえながらルシフェルを見つめるだけ。「それをかなめ先生に見つかったからって、私にごはんもらえなかったなんて涙ながらに語る?私、先生に水瀬君を虐待してるって思われたじゃない」「よくやってる。もっとやれってけしかけられたクセに……」「餓死するまで許してやるって怒られたじゃない」「それ、怒られたっていわない」「食いしん坊の水瀬君を万年欠食児童にするのに私がどれ程苦労するかを考えると、気が遠くなるわ……私、可哀想」「ワケ分かんないよぉ……ルシフェ……弟がお腹すいたって泣いてるよ?」「―――お小遣い、あげたばかりでしょう?」 不意に、ルシフェルの目がギロリと水瀬を睨み付けた。「おんなちょっと、お小遣いじゃないもん!」「何に使ったの?私、渡す時に今月のお昼代込みって、封筒に書いておいたよね?」「……忘れてた」「それで?」「欲しかった調理道具セット買って、包丁をまとめて研ぎに出したら全部無くなった」「……自業自得」 ルシフェルはパンをかじりながらそっぽをむいた。「必要性を感じない」「けちっ!」「けちじゃないでしょう?水瀬君が非常識なの、わかる?」「わかんないけど、せめてお昼食べるお金貸して。桜井さんも綾乃ちゃんも今日はいないから、お弁当分けてもらえる人がいないんだよぉ……」「水道水でも飲んだら?一応、タダだし」「それがカワイイ弟に対するお姉ちゃんの言葉!?」「カワイイとは思ってないし、それに、姉って、どう書くか知ってる?支えて、いろいろ配る者と書くの。勉強になったわね」「……それ支配者って読まない?普通」「立って木の上から見るだけの親より、私の方が直接的に生死に関わってるの……ごちそうさま」「ああっ!」 水瀬が愕然とする間に、あんパンを平らげたルシフェルが、そっと手を合わせた。「あーっ。おいしかった♪」「あ……あっ!」 滝のような涙を流し、身を震わせる水瀬だったが、その目はルシフェルの脇に置かれたコンビニ袋に希望の灯を見いだした。「る、ルシフェ!その中に入ってるその赤い包みは!」「これ?本日のメインディッシュ、麺屋コロスケのやきそばパン」「微妙なソースの味付けで発売と同時に業界を震撼させた、い、一日10食限定、葉月市内では伝説とまで呼ばれる麺屋コロスケのやきそばパンを、ルシフェが!?」「……それ、一々、そんなに驚くこと?」 怪訝そうな顔をして、包みを開く手を止めたルシフェルの前で、水瀬が愕然とした表情のまま続けた。「味の基本が米軍のレーションのルシフェが!?ハギスを世界一おいしい食べ物と豪語して、あれにマーマイトかけて食べるのが生き甲斐だと言い切った、あの狂気の味覚を持つルシフェ―――がっ!」 水瀬の最後の言葉は、ルシフェルの拳で止められた。「……言いがかりはよして」「戦争まで、魔法騎士としてよりその狂った味覚で知られてたのは本当でしょ?」「うるさい……あれ?」「へっ?」 ルシフェルがぽかん。として自分の膝の上を眺めている。「どうしたの?」「私のやきそばパンが……ない」「へ?」「盗んだ?」「食べてないよ」「じゃぁ、今すぐ見つけなさい。時間三分……二分、一分。時間」「早いよ!」 殴られたくない一心で水瀬が辺りを見回すと、そこにはスキップしながら遠ざかろうとしている、褐色の肌を持つ長身の男がいた。「ま、まさか!」「ははっ」 やきそばパンをほおばりながら振り返ったのは、この学園では番長として知られる草薙だった。「ルシフェちゃん、ごっそさん♪」「……」 草薙は、凍り付いたままのルシフェルにウィンクどころか投げキッスまでして屋上から姿を消した。「……ま、まぁ」 慰めるかのように水瀬は、ぽんっ。とルシフェルの肩を叩いた。「味音痴のルシフェルに食べられるより、草薙君に食べられる方が幸せかもね。意外と食通なんだよ?彼」「……何してるの」「へ?」 わなわなと怒りに震えるルシフェルが静かな怒りを込めて水瀬に言った。「支配者様のご飯を盗まれて、それで何、奴隷が指くわえてるの」「支配者どころか、支配者様になって、しかも僕、奴隷?」 そんなのあり?と、水瀬はくってかかったが、 ガッ! ルシフェルの手が水瀬の意見を握りつぶすようにその喉をわしづかみにした。「問答無用―――取り返してきて」「草薙君のゲロ、食べるつもり?」「……使えないね」「無茶苦茶だよ!」「……無能」「ひどいっ!」「……とりあえず」 ルシフェルはビニール袋からもう一個の焼きそばパンを取りだした。「もう一個を食べるとするからいい。明日、絶対に弁償してね」「そっち頂戴っ!」「私が食べるの」 膝にすがりつく水瀬に、ルシフェルはそっけなかった。「水瀬君は水道に行きなさい」「……そんなに水が欲しかったら、死に水飲ませてやるんだからっ!」 制服のブレザーの懐に手を突っ込んだ水瀬が取りだし――― グキッ! いや、鈍い音と共に、ルシフェルによって手首をへし折られた水瀬の手から落ちたのは、その辺の駄菓子屋の店先で売っていそうな、水色の水鉄砲だった。「……ひ、ひどい」 腕を押さえながら、その場にうずくまった水瀬が泣きながら抗議した。「マンガでもあるまいし、学校に銃なんて持ち込むはずがないって、ちょっと常識があればわかることなのに……」「……学校に水鉄砲なんて持ってくる?常識的に考えて。それに」 ぐいっ。 ルシフェルは焼きそばパンをベンチに置くと、水瀬のブレザーを背中からまくりあげ、その腰に手を突っ込んだ。「……ほら」 その手に握られているのは拳銃だった。「どこにどう隠していたかは聞かないけど、これはどう見ても本物だよね」「り、リアルでしょう?それもオモチャ」 バンッ! 破裂音がして、水瀬の髪の毛が数本まとめて宙を舞い、その頬に傷が走った。「水瀬君が遊ぶには危険過ぎ。だから没収」 ルシフェルは、硝煙をあげたままの拳銃をパンの入っていたビニール袋に放り込んだ。「ダメっ!放課後、取引があるんだからっ!僕の生活と命がかかってるの!」「どういう仕事始めたらそういうセリフが出てくるかな。高校生で」「ううっ……」 泣きながら、水瀬の手が床に転がっていた水鉄砲に伸び―――そして「隙ありっ!」 照準もロクにあわさず、ルシフェルめがけて水鉄砲のトリガーが引かれた。「……」 ひょいっ。 ルシフェルはちょっと水鉄砲の筒先を指で軽く押しやって水の直撃をあっさり回避した。「無駄っていうか、何考えてるの?」「……目的達成」「?」 ルシフェルは、手にしかけたモノの異質感に、動きを止めた。 はっ!となったその視線の先にあるのは、ベンチに置かれたままの焼きそばパン。 それは水鉄砲の水を浴びてグチャグチャになっていた。「あ……あ……」「へへんっ。いい気味だよ」「食べ物粗末にしていいの!?お百姓さん達に失礼だと思わないの!?」「ここで真面目に返してくるとは……な、何だよ!パンは少し濡れたくらいで食べられるもんっ!」「そんなに言うならっ!」 ガンッ! 血と肉片がついたままの水瀬の前歯が華麗に宙を舞う中、ルシフェルの掴んだ焼きそばパンがその口の中へと押し込まれた。「自分で食べなさいっ!」 モガッ!? モガァァッ!! モグモグモグ 泣きながら、水瀬の口元には笑みが浮かんだ。「……ごちそうさま」 ワナにはまったとルシフェルが気付いた時には遅かった。「私を騙していいと思ってるの!?」「パン一個くらいでケチケチしないでよ!ケチっ!」 逃げる水瀬とルシフェルの追いかけっこが始まった。「左翼大隊筆頭騎士のクセに!世界最強騎士とか言われてるクセに!」 飛んでくる魔法攻撃を回避しつつ、水瀬は挑発するように言った。「焼きそばパン盗まれてやんの!あーっ!カッコ悪い!みんなに言いふらしてやるんだからっ!」「このぉっ!」 怒りに我を忘れたルシフェルは、とっさに床に転がっていたバレーボールをわしづかみにすると、水瀬めがけて投げつけた。 距離としては数メートルと離れていない。 その距離で彼女が渾身の力を込めて投げつけた、そのボールは――― バンッ! 階段の壁に命中するなり、まるでお手本の如く綺麗に跳ね返って、そしてルシフェルの顔面を直撃した。 後ろにぶっ倒れ、目を回したルシフェルの姿をちらっと見るなり、水瀬は水瀬でガッツポーズをとり、そして歓声と共に不思議な踊りを始めた。「やった!はじめて、はじめてルシフェに勝ったぁぁっ!こんな嬉しいことはないっ!今日のカレンダーに花丸しておこうっ!ぶっ倒れたルシフェを携帯で……どう使うかわかんないけど、とにかく写真に収めて―――」 そこまで舞い上がった水瀬は、床に転がってきたバレーボールを見事に踏んづけ、「んぎゃっ!」 後頭部をイヤと言うくらい、床にたたきつけて昏倒した。「……で」 職員室の席に座り、前に並んだ二人を前に南雲はため息をついた。「二人とも、飯の後、何してたか覚えていないだと?」「……はい」「……そうです」「魔法攻撃で建物壊した理由が二人ともわからないなら、とにかくに水瀬の責任だな」「へっ?」「そうですね」「あ、あの?」 意味がわからないが、とにかく嫌な予感しかしない水瀬がオロオロする中、南雲とルシフェルは予め打ち合わせでもしていたかのように頷き合った。「屋上で連続爆発があった後、授業に出てこないから覗きに行ったら二人ともぶっ倒れていた理由……か……なんだろうなぁ」「私も興味があります」 ルシフェルは真顔で頷いた。「もしも、私達を瞬時に気絶させる程の実力者がこの学園にいたとしたら」「……うむ」「……あの、お二人とも?僕は一体」「ああ、水瀬。まだいたのか?校舎の修理費は親父さんに請求書送ってやる。親父さんにはすでに電話済みだ。そういう話になっている。俺は反省文百枚で落とし前をつけてやる。温情に感謝しろ」「ルシフェは!?」「被害者確定だからな。無罪に決まっているだろうが」「いえ、先生。私達を昏倒させた犯人を確保する方が」「そう……だな。水瀬も心当たりはないんだな?」「知らないよ!とっ捕まえて僕の代わりに請求書回してやるぅっ!」 まさか自分達を気絶させたのが単なるバレーボールであることを、この二人が卒業した後まで知ることがなかったのは、ある意味幸せかもしれない。 ただ、この件が他に漏れて、明光学園の上にはルシフェルを倒した騎士がいるとか何とか、七不思議に近い伝説が生まれたのはまた別なお話となるわけで……。
2012.01.20
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●桜井美奈子の日記より 予備校の帰り道、いつも使っている道が通行止めになっていた。 白い和紙で出来た行燈を何十倍にも膨らませたような、大きな照明の下で機械がうなりを上げる下に置かれた、「緊急工事 通行止め」と書かれた標識の前には警備員が立っていた。 参ったな。 そう思ってもしかたない。道を変えた。 住み慣れた地元だから道を間違えることなんてない。 そう思っていたのに、気がつくと私は全然知らない道にいた。 道を照らしていた街灯がいつの間にか途切れ、自転車のライトだけを頼りに左右を見回しても、似たような板塀がずっと続き、人気もない。 一体、地元にこんな所があったのだろうかと首を傾げたくなる中、こぎ疲れた私は自転車を止めた。 携帯電話で時間を確かめると、既に午後の10時を回っていた。 予備校を出たのが9時だから1時間もうろうろしていたことになる。 家から10分とかからないはずの場所からどうやったらこんな所に入り込んだのか不思議でしかない。 携帯で家に電話しようとしたら何と圏外。 途方に暮れたけど、仕方ない。 本当は怖くて泣きたいけど、仕方ないから灯りのある家で電話を借してもらおうと思って、自転車を進めた。 まっすぐな道の左右には平屋建ての古ぼけた、しかも同じような団地みたいな造りの家々が並び、その一軒たりとも灯りがついていない。町ごと留守にしているんだろうか。 やっと見つけたのは、小さなお店。 店先には野菜や雑多なものが並んでいて、一見すると何屋さんかわからない。 焦っていた私は、もう夜の10時を回っているというのに、まだ開いているそんなお店の前に自転車を止めると、何の疑問も抱かずに店の中へと入っていった。 店の中には誰もいなかった。 なんだろう。 お茶みたいな匂いがする店内は、ほんの数歩歩けば奥に行き着くほど狭い。 奥は格子模様の付いたガラス戸になっていて、レースののれんが下がっている。 その手前にはレジがあった。 店の中は雑然として、魚や肉や野菜が壁に並んでいる。 真ん中には棚が一つあって、懐かしい名前のお菓子がいくつか並んでいる。 最近、見なくなった、昔ながらの店。そんな感じがした。「すみませぇん」 店先で声を上げる。 何度か続けると、奥のガラス戸が開いて、中から痩せたおばあさんが出てきた。 寝間着だろうか、水色のパジャマからのびる細く骨が浮いた痛々しいまでの手足を見た途端、自分が何だか申し訳ないことをしている気がしてならなかった。 ガラス戸の向こうは、どうやら畳敷きの部屋になっているらしい。 そこから店先に降りる途中、おばあさんは、もごもごと何か口の中で呟いた。 いらっしゃい。 そう言ったのかもしれない。 入れ歯を忘れているのだろうか、しわくちゃな口をしたおばあさんは、ずっと下を向いたまま、手をだらんと下げている。 気味が悪いけど仕方ない。「あ、あの……電話をお借りしたいんです。あ、その前に、ここは葉月市のどの辺でしょうか」「……」 おばあさんは一言も答えない。 ただ、下を向いたまま。「あ、あの?」 耳が遠いんだろうか。 そう思って、私は店の中へと一歩踏み込んだ。 するとおばあさんは小さく頷くと、下げた右手を動かして、レジの横に置かれていた、缶ジュースを掴むなり、私の方へと突き出した。「……どうぞ」 しわがれた、別な所から聞こえてきたような声がそう言った。「ど、どうも」 私は小さくお礼を言うと、目的をもう一度告げた。「電話、お借りしたいんです。電話料金はお支払いしますから」「……どうぞ」 おばあさんは缶ジュースを突き出した姿勢のまま、再びそう言った。「あ……あの」 私はジュースを売ってくれと言った覚えはない。「で、電話を」 ふいに、鼻を甘い匂いが刺激した。「えっ?」 横を見ると、すぐ真横にイチゴが山積みにされたお皿があった。 振り向くと、パジャマ姿のお爺さんが、私にお皿を突き出してた。 そして、唸るような声で言った。「……どうぞ」「い、いや……あの」「……どうぞ」「……どうぞ」「……どうぞ」 地の底から這い上がってくるような声に耳を塞ぎたくなる。 助けを求めるように出口を見ると、いつの間にいたんだろう、同じようにパジャマを着た人達がずらっと、手にお皿を持って立っていた。 その人達全員が一斉に言う言葉は一つ。 ……どうぞ。 ……どうぞ。 食べろ。 皆、そう言っている。 途方にくれるしかなかった。 食べればいいのかもしれない。 だけど、何だろう。 食べちゃダメだ! そんな考えが沸き上がってくる。「……どうぞ」 皿に載せられたイチゴが頬に触れた。 ひんやりとするその冷たさが、体を芯まで冷やす。 私は知らずに膝がガクガクと鳴っていた。 何だろう。 鼻が痛い。 煙をまともに吸い込んだように痛い。 そして―――何? この暑さ。 眼が痛い。 まぶたを開けていられない。 目に涙が浮かぶ中、私は意を決してイチゴに手を伸ばそうとした。 たった一個。 たった一個を食べればいいんでしょう? 覚悟して、イチゴのヘタをつまみ、眼をつむって口をあけた。 その途端――― グイッ! スゴイ勢いで首を引っ張られた私は、地面にひっくりかえった。 背中を打ち付けたせいだろう。すごく痛い。「大丈夫?」 顔をしかめながら背中をさすっていると、誰かのそんな声がした。 目を開けると、私をのぞき込んでいる顔があった。 水瀬君だ。「……えっ?」「おばさんから、まだ戻らないけど、そっちで遊んでいないかって電話があったんだよ」「……あ、あれ?私」「危なかったね」「っていうか、あれ、何なの?私、何か妙な所に迷い込んで、変なお店に入って」「周り、見て」 言われるままに周りを見回す。 驚くしか無かった。 さっきまでいたはずのお店はどこにもない。 私は、無機質な石と石の間に倒れていた。 石。 それが墓石だとすぐにわかった。 何故か私は、お墓のど真ん中で尻餅をついていた。 見回すと、私の自転車がすぐ近くに転がっている。「大丈夫?」 その声に振り返ると、水瀬君が立っていた。 この人達。そう言いかけたけど、自分の周りには水瀬君以外の誰もいない。 そして、手の中には、腐ってカビの生えたイチゴが握られていた。 何かの勘違いなんだろうか。そうは思ったけど、とにかく水瀬君に今起きたことを説明しようと努力したけど、舌が回らない。 水瀬君の前でうーうー唸るのが精一杯。 そんな私を前に、水瀬君は黙って腐ったイチゴで汚れた私の手をハンカチで拭うと、ポツリと言った。「迷い込んじゃったんだよ」「迷い込んだ?」「そう。偶然が重なった結果、桜井さんは死者の国への扉を潜ったんだ」「死者の国?」「うーん。死者に呼ばれたとも言うかな?ほら、知らずに迷い込んだ所が、実は心霊スポットだったって、ああいう感じ」「……ここ、そういう所なの?」「この辺りに、昔、大きな病院があったんだって」「えっ?」 やだ。 私はそういう話は大嫌いなのに!「赤色戦争の頃の話だけどね?その病院は葉月港に入った負傷兵を受け入れていた。 ところが、南方帰りの伝染病患者に気づけなくて……やって気がついた時にはもう手遅れ。病院全体と、その周辺一帯は深刻な汚染に陥っていた。 これ、当時はまだワクチンも何もない伝染病でね? 唯一の対策は患者との接触を禁止することで、感染拡大を防止するのが精一杯。感染したら死ぬのを待つだけ」「……」「医師も患者も、そして住民の人達もバタバタ死んで……ほら。そこに一連の犠牲者を慰める供養塔があるけど」 水瀬君の指さした時には、大きな石碑が建っていた。「最後は大風が吹いた火に病院を含むこの辺り一帯が大火事で焼けることで一段落がついたんだって。閉鎖された一帯の住民は一人残らず死んだっていうから、スゴイ火事だったんだろうね」「大火事?」「伝染病の拡大を恐れた誰かが放火したんじゃないかって。風上の数カ所から火の手が上がった。盛んに燃えても消防には誰からも通報もなくて、消防が動いた時には閉鎖されていた地帯は火の海。手がつけられなかったというよ」「……殺された」「まぁ、放火は殺人だからねぇ」「で、でも、それと私のあれは何が。私、何もしてないよ?」「当時、その伝染病はね?」 水瀬君は、軽く石碑に手を合わせると言った。「他人に感染させると、助かるって思われていたんだって」「感染?」「そう。食べ物に菌を混ぜて、何も知らない人に感染させれば、伝染病はそっちに移って、助かるって」「何それ。か、風邪じゃあるまいし」「当時の人からすれば、そんな迷信でも縋りたい程、必死だったんだよ。みんな、桜井さんを感染させることで、病気から逃れたかったんだろうね。死んだ後でも」「死んだ後でも?」「死者の世界の食べ物を食べると、その世界から帰る事が出来なくなるっていうじゃない。日本神話では“黄泉戸喫(よもつへぐい)”、似たような神話はギリシアにもあるよね。収穫の女神のデメテルの娘ペルセボネの話」 さすがにぞっとした。 ジュース。 イチゴ。 あそこにいた人達が持ってきた食べ物。 それはすべて、私を生かしておかないための毒に等しい存在だとは……。 た、食べなくてよかった。 食べたら、生きて帰る事が出来なかったなんて……。 我慢してよかった。 よかったけど……。 ……あれ?「……ちょっと、待って」 そう。 何かおかしい。 何が?「何?」「―――あのね?」 私は、水瀬君の肩に両手を置き、水瀬君の動きを封じた。 水瀬君の肩骨がメキメキ悲鳴を上げてるけど気にしない。「質問に答えて」 顔面蒼白の水瀬君が何度も頷いた。「私があの世界で、どうしてそんな状態になっていたか知っているの?私、何も説明していないけど」「そ、それは―――」「私がそんな所に迷い込んだってのが、そもそも嘘なんじゃないの?」「ち、違うもん」「そうよね」 私はにこっと笑ってみた。「そ、そう……」 すると水瀬君は引きつった笑顔を返してくれた。 だからすかさず、「手頃な犠牲者探していたら、偶然私がいたから、“面倒臭いから桜井さんでいいや”みたいなノリでやってのけただけだもんね?」「そう!面白いスポットがあったから、誰か驚かせてやろうと思ったら、偶然、自転車に乗った桜井さん……が……」 自信満々に言い出した水瀬君の顔がみるみる蒼くなっていく。「成る程」 逃げだそうとした水瀬君を肩でつるし上げ、逃走手段を封じた。「ジタバタするな」 ごめんなさい! つい出来心で! そんな命乞いを始めた水瀬君の言葉は無視して、私は言った。「―――お楽しみはこれからよ?」●翌日 葉山の日記より「おい、桜井」 珍しく自宅から登校した俺は、夜勤明けの涼子さんからのメールを読み終え、その関係で数人のクラスメートと話をした後、最後に桜井に訊ねた。「何?」「公園が血まみれだったっていうけど、お前、何かやったのか?」「……血まみれって……それでどうして私に聞くの?」「いやな?涼子さん、夜勤だったんだけど、挽肉状態になった水瀬が病院の焼却炉に放り込まれていたっていうから、綾乃ちゃんかと思ったら、本人は無関係っていうし、ルシフェルさんも知らないっていうか、水瀬って誰?って聞かれたし」「……生きてるの?」「ああ。集中治療室から出られないけどな……おい」「えっ?」「今、舌打ちが聞こえたぞ」「そう?石碑で殴り倒すだけじゃ足りなかったかなぁって……」 俺はもう、何も聞くことが出来なかった。 水瀬……お前、何をやったんだ。
2012.01.07
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●桜井美奈子の日記より それからは大騒ぎだった。 水瀬君の体を半ば貫通したスタンブレードを、誰もどうやって抜いていいかさえわかんない。 秋篠君と羽山君が、聖護院先輩からサラシをひったくって傷口を止血。 その間に、保険医の西桜寺先生が呼ばれた。 西桜寺先生は、今年の春に保険医になったばかりの人。 お姉さん系のおっとりとした美人で、校内でも一二を争うだろうとさえ囁かれる巨乳の持ち主。 その先生が、真っ青になった聖護院先輩に抱きかかえられて道場に飛び込んできたのは、博雅君と羽山君が、スタンブレードを抜くかどうかで口論の一歩手前になった時。「もう、お茶が冷めちゃうじゃない―――あらあら。悠理君、スゴいことになっちゃったわねぇ」「先生っ!」「こんなことで、悠理君が死にはしないわよぉ」 刀が突き刺さった人の前でそんなこという先生、初めて見た私は絶句するしかない。「ほら―――いいから抜いて」 先生は、手にしていた、閉じられた扇子をピラピラ動かして羽山君に言った。「治癒魔法かけたいけど、邪魔だから」「しかし」 博雅君が心配したのも無理はない。「内臓―――特に肺か心臓に傷がついていたら」「それでも直すのが」 先生は、その巨乳……じゃない。白衣につけられた金色の飾りを指さした。 療法魔導師の徽章。 つまり、この先生は治癒魔法の使える魔導師だってこと。「私のお仕事なの」「しくじっても、俺のせいだとか言わないで下さいよ?」「大丈夫よぉ」 西桜寺先生はにっこり笑って言った。「業務上過失致死で処理してあげる」 すぐに行われた治癒魔法による治療は、治癒魔法が使われるのを始めて見た私にとっては、「こんなもの!?」とびっくりするくらい、あっさりと終わった。「―――まぁ、こんなものでしょう。ところで」 道場に横たわったままの水瀬君。 その横にしゃがんでいた西桜寺先生は立ち上がりながら言った。「どういう騒ぎかしら?」「あ……あの」 どうしよう。 聖護院先輩と月宮先輩が互いの顔を見合った時だ。「―――突き技禁止じゃなかったの?高原さん?」「えっ?」 先輩達がギョッとなった。 ―――あなた、言ったの? ―――まさか! 聖護院先輩と月宮先輩のアイコンタクトが、先生を連れてきた聖護院先輩が、高原さんのことを、何も語っていないことを告げていた。「―――そんなにカワイイ殺気放っているのはあなただけですもの。やったの、あなたでしょう?」 皆の視線が集まる先。 そこには、試合開始のポジションにポツンと立っている高原さんの姿があった。 高原さんは、静かに頷いた。 道場は、それからすぐに閉鎖され、部員達は帰宅を命じられた。 水瀬君は安静をとるために保健室で一晩過ごすという。 南雲先生に言わせれば、ベッドで眠れるんだからあいつも文句はないだろう。とのことだ。 傷も心配だけど、水瀬君が普段、どこで寝ているかの方が心配だ。「ったく、あの大馬鹿野郎っ!」 私達は、居場所を求めて食堂に入ったけど、そこでドンッと乱暴に椅子に座ったのは羽山君だ。「あんな女子に殺されかかってどうするんだ!」 場所を移動したせいだろうか。 少し、頭が冷静になってきた。 事件はまとめればこうだ。 高原さんの突き技が水瀬に命中。 問題はそこだ。 たかが突き技。 それだけじゃない。 否、それでは済まなかったんだ。 スタンブレードの切っ先は、水瀬の体に突き刺さった。 練習中の事故。 形はそうだろうけど……。「いくらなんでも、たかが突き技だぞ?それをあのバカ、西桜寺先生が駆けつけてくれたことと、テメエのゴキブリ並の生命力がなかったらあの世生きとは何事だ!」「……まぁ、そう言うな羽山」 おごりだ。と、博雅君がお茶を持ってきてくれた。「あの突き技は凄まじいものがあった。俺でも避けられた自信はない」「俺が賭けで負けた方もすさまじいぞ」 羽山はカップを受け取ると、一息に中身を飲み干した。「……なぁ」「ん?」「水瀬……大丈夫かな」「ふっ……心配なら最初からそう言え」「……ちっ」「心臓には命中していない。あいつはあいつで、無意識に避けたんだろう」「もみ消しに苦労するだろうな。この件は」「……ああ」 博雅君は、羽山君の真向かいに座ると、緑茶の入ったカップに口をつけた。「学校側としても不祥事だ。何しろ、スタンブレードの突き技は原則禁止。しかもあの子、切っ先を潰した標準タイプを使っていなかった。公になれば、あの子の監督責任まで含めて、学校が責任を問われることは避けられない……」「しかし」 羽山君は、缶を弄びながら言った。「あの子、どういうことだ?切っ先が尖ったスタンブレードなんて、どこで手に入れたんだ?」「気付かなかったか?」「何を」「あの子……ブレードに細工していたぞ」「細工?」「ブレード切っ先に事故防止の保護キャップを着用する義務は知っているだろう?あの子、そのキャップの下をヤスリか何かで削っていたんだ」「まさか!」「間違いない。殺傷力を持つように細工していたんだよ―――あれと同じ事やったら、校則違反所じゃない。それを知らないはずはないんだ。この学校の生徒として」「おい、博雅」「ん?」「そろそろ、ダイコン達の締め上げが終わる頃だ。話を聞きに行かないか?」「……そうだな」 博雅君の視線が、私達にむいた。「私もいい?」 一緒に来るか? 博雅君の視線は、その確認だ。 私はそれを察して、自分から名乗りを上げた。「友達、あんな目に遭わせてくれた理由(ワケ)、納得のいくように説明して欲しいもの」「……ダメよ」 道場の中では先生達が高原さんの取り調べをしているらしい。 丁度、道場から出てきた聖護院先輩に状況を尋ねたけど、先輩は肩をすくめた。「あの子、頑固だから。あそこまでいけば褒めるしかない」「何も言わないのか?」「殺意すら否定しないんだもの」「はぁっ?」「ど、どういうことですか?」 私は思わず訊ねた。「高原さん、水瀬君を殺すつもりだった!?」「怒鳴ろうが胸ぐら掴もうが、とにかく、あの子、どうしてあんなことしたのか、その理由を語ろうとしないのよ。“アイツが悪い”の一点張りで」「アイツが……悪い?」「ねぇ、光信。高原と水瀬君って、何か関係が?」「んなこと、俺が知るか」 羽山君は肩をすくめた。「そういうことは、信楽の方が詳しいだろう?どうだ?」「いゃあ……」 美亜が首を横に振った。「水瀬君にたぶらかされたとか、そういうのはないと思うよ?水瀬君、年上好みだし」「……そう」「だが、殺すとなれば余程のことだぞ?普通」「だから、心配なのよ」 聖護院先輩は言った。「この部にとっても、あの子は必要なの。いっちゃ悪いけど、つまらない騒ぎで失いたくないのよ。その……水瀬君とどういういざこざがあったかは知らないけど」「エリカ」 道場から月宮先輩が出てきた。「1年の桜井さんって人、知ってる?」「えっ?」「南雲先生が呼んでこいって。まだ校内にいるはずだから」「つまり、尋問ってワケですか?」「そういうことだ」 南雲先生は苦い顔で頷いた。「相手が男で、ここが戦場ならいくらでも吐かせる方法は知っているが。相手は女子だからなぁ」「それはちょっと……」 私は道場の真ん中に正座したまま、微動だにしない高原さんを見た。 ピンッと伸びた背筋が、本当に道場という場所に似合っている。 肩の所で切りそろえられた銀色の髪に、白い肌。 その小柄な体格もあって、何となく、水瀬君に似ているなと、そう思わせる雰囲気を高原さんは持っている。 そんな子に、南雲先生の言う「吐かせる方法」を使われるのは、同性として、いや、人間として避けたいところだ。「このままだと、西桜寺先生の尋問になる」「それでいいじゃないですか」「どうも……それもマズいんだ」「はい?」「先生の言う尋問は―――いや。そんなことはどうでもいい。とにかくお前、高原を説得して、理由を聞き出してくれ」「と言われても」「聞いてくれたら」 南雲先生は、周囲を見回すと、その巨体をかがめて私に小声で言った。「美亜の掴んでいるお前絡みの弱み。証拠を処分させるが」「やります」 ……とはいえ。「どうしたものかしら」 それが、本音だ。 まるで座禅でもしているかのように目をつむる高原さん。 交渉の余地があると思えない。 第一、水瀬君と高原さんって、どういう関係なんだろう? 道場で対峙した時、水瀬君は妙に遠慮がちだったし……。 ……ん? ……そういえば、水瀬君、変なこと言っていたな。「さっきのこと……怒ってるの?」 たしか、水瀬君はそう言っていた。 さっきのこと? そう。 水瀬君は、高原さんの何かを見た。 高原さんは、それを怒っている。 じゃあ。何が? ……答えると思えないけどなぁ。 私は、自信ないけど、高原さんの前に座って、訊ねた。「高原さん」「……」「水瀬君に、何を見られたの?」 ……あっ。 反応があった。 高原さんの閉じられた目が開いた。 だけど、高原さんは私と視線を合わせようとしない。 まだ、心を開いてくれていない証拠だ。「誰にも言わない。女の子として恥ずかしい所、見られたんだ」「……」 カマをかけたけど、乗ってこない。 でも、それ以外は考えられない。「誰にも言えないようなこと、水瀬君に見られた。だから、あんなことをしたんだ」「……」「……そういうことか」「……」「後でいいけど、私には本音を教えてね?誰にも言わない。守秘義務は守るのが私のポリシーだから」「……」「これから先は、あくまで個人的興味なんだけど」 断っておいて、私は訊ねた。「どんな気分?人を殺すのって」「……」「あと一歩で、人殺しになるところだったんでしょう?楽しい?人殺すのって」「……」「お父さんとお母さん、悲しむと思うけどなぁ。娘が人殺しじゃぁ」「……」「お父さん達に、なんて報告するの?あなたの娘は立派に人を殺しました?」「……」「……」 しばらくの沈黙の後、高原さんはぽつりと言った。「……ない」「えっ?」「二人とも、もういない」「……」「お父さんは、戦争で死んだ。お母さんはとっくの昔に死んでいる」「……ご」 ごめんなさい。 そう言いかけて、私は語気を強めた。「だったら、どうしてお父さんやお母さんに顔向け出来ない、人殺しなんてマネしたの!」「殺さない方が、余程私のハジだ!」 私に誘われるように、高原さんが怒鳴った。「あんな所、私の代わりに見られたら、逆にあなたが殺していたはずだ!」 ハッ!となった高原さんは、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。「……わかった」 私は言った。「あなたが恥ずかしいと思う何かを水瀬君がのぞいてしまった。あなたは女としての羞恥心から、水瀬君を殺そうとした……間違ってないわね?これで報告するから、間違いがあるなら、今のうちに言って」「……」「……ないわね?」「あのね?」 グイッ。 私は高原さんの胸ぐらを掴み上げた。「私は一般人だし、人を殺す度胸も覚悟もない。騎士でなくても、人めがけてこんなことしたことない。ましてこの先どうすればいいか、わかんない。でもね?」 そう。 私は一般人。 そして、高原さんは戦闘人種たる騎士だ。 一般人が騎士の胸ぐらを掴んで無事で済むはずがない。 それがわかる高原さんが、びっくりした顔を浮かべている。 私は、そんな高原さんに言った。「友達殺しかけてくれた相手に、ごめんなさいもない、そんな態度とられると腹が立つ。それだけは覚えておいて」 言うだけ言うと、私は呆然とする高原さんを突き飛ばして道場を出た。
2011.04.16
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「覚悟っ!」 気迫と共に動いた来夢は、呆然としたままの水瀬に容赦なく襲いかかった。 グシャッ! ドンッ!「この馬鹿野郎っ!」「高原っ!」「医者よ医者っ!」 ………… …… … 一体、何が起きたのかは考えたくない。 ただ、水瀬は、自分が夢を見ていることは、はっきり自覚していた。 でなければ、この人が僕の前にいるはずがない。 水瀬の夢。 それは、水瀬の過去のことだった。 2年前。 国連軍呼称“ホテル・ライン” 魔族との戦争において、“大反攻”作戦が実行に移された頃。 当時の水瀬が所属していた部隊は、警視庁騎士警備部と共同作戦をとっていた。 連日の戦闘の中で、水瀬はある人物を出会った。 背の高い、ニヒルな顔立ち。 語る言葉も皮肉めいた物言いが多い、軍服もラフに着こなす、警官とは思えないほどやさぐれた人物。 いつもタバコを手放さない。 タバコの匂いの中に、妖魔特有の血のにおいがプンプンする、危険な人物。 警視庁の高原警部だと、名前は人づてに知った。 思春期の男の子が、不良に憧れるように、水瀬もまた、彼に憧れた。 水瀬は、彼になりたいと、本気で思っていた。 彼の歩き方や仕草。 そのしゃべり方。 ちょっとしたことまで、何とかマネようと、無駄な努力をしていたのが、当時の水瀬だった。 そんな水瀬が、一つだけ出来ないことがあった。 タバコだ。 どうやって火をつけているのか。 水瀬は、それがどうしてもわからなかった。 警官達の忘れ物から盗んだタバコを一本、こっそり物陰で口にくわえ、火をつけても、タバコの端が焦げるだけでどうしても火がつかない。 警部は格好良くタバコを吸っているのに、どうして? すっかり、タバコに熱中していた水瀬が、自分の前に誰か立っているのに気付いたのは、その時だった。 高い背が日の光のほとんどを水瀬から奪う。 不意に、あたりにタバコの匂いが立ちこめた。「?」 逆光で顔が見えない。 まぶしそうに、水瀬が上を見上げた時、「くわえたまま、息を吸え」 声は重いが、どこか愉快さをかみ殺したような、人をバカにしたような声がした。 水瀬は、それが誰の声か知っていた。「あ……あの」 水瀬は、本気で気まずく思った。 自分を見下ろしているのは、高原警部だった。 別に怒っているようには見えない。 どうやら面白がられている。 それだけはわかった。「口にくわえて」 高原警部は、もう一度そう言うと、ポケットからタバコを取りだし、口にくわえた。「息を吸え」 水瀬は言われたとおりに息を吸った。 火をつける前のタバコ独特の匂いと、焦げた先端の匂いが混じったものが、水瀬の気道に入り込んでくる。「そのまま」 ポケットから取りだしたジッポの火が、水瀬のタバコの先端に火をつけた。 生まれて初めて吸ったたばこの煙が、肺の中へすぐに飛び込んでくる。 ゲホッ! 水瀬は激しく咳き込むと、口元を抑えた。 頭がグラグラして気持ちが悪い。 こんなもの、何がいいんだろう。 指に挟んだタバコを前に、困惑する水瀬に、高原警部は言った。「気持ち悪いだろう?」「……はい」「そのうち、慣れてくる。これが無しだと耐えられない位にな」「ほ、本当ですか?」 こんな気持ち悪いのに? その言葉を、水瀬は口には出さなかった。「娘からはやめろやめろの大不評だが……父親とタバコはワンセットだ」「……はぁ」「そのうち慣れろ。二十歳過ぎてからな?」と小さくウィンクした。「―――それと、だ」 タバコをどうしたものか迷う水瀬に、高原警部は言った。「ガキが警官の前でタバコ吸うとどうなるか、知っているか?」「えっ?」「―――こうだ」 ガンッ! 水瀬の脳天を高原警部のげんこつが直撃した。「―――っっ!」 瞼の裏に星が飛んだ水瀬は、その痛みに思わず頭を抱えた。 悲鳴すら言葉にならない。「わかったか?」 そう訊ねられても、水瀬は頷くのがやっとだ。 父親のげんこつより痛いものが、この世に存在するとは思わなかったのが、水瀬の本音だ。「人前で吸うのは二十歳過ぎてからだ―――それ以下はバレないように吸え」 警官とは思えない一言を残して、高原警部は踵を返した。「―――ああ。そうそう」 ピンッ そんな音がして、高原警部の方角から、弧を描いて飛んできたものが、水瀬の頭に命中した。 痛くない。 すごく軽いものだ。「?」 手に取ると、握りつぶされたタバコの空箱だった。「―――捨てておけ」 理不尽だ。 その時は、そう思った。 だが、水瀬はその理不尽さが、何だかとても好きになった。 タバコは吸えなかったが、水瀬は高原警部を追い求めることはやめなかった。 ……ああ。 あの人の得意技も、平突きだったなぁ……。 左利きで、突き技の鋭さはすごいものがあったっけ。 …… 意識がはっきりしてきた。 体が妙に痛い。 どこかケガしているな。 体の感覚が戻るのを感じながら、水瀬の意識は、夢から遠ざかっていった。●●でっちの助六より いろいろありましてご迷惑をおかけしています。 連載再開です。 断筆状態が続いていたせいで、執筆能力がかなり落ちています。ほとんどリハビリ中の状態です。頑張りますので、これからも気長におつきあい下さいませ。 鷹嶺の御主人様。 いつも励ましてくれてありがとうございます。 出来ればお金と就職先も……ぐすっ。
2010.07.31
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道場を離れた来夢が歩いていく先には、小さな社がある。 明光学園の敷地に神社があることを知ったのは、その目立つ銀杏の林のせいだ。 銀杏を拾って生活の足しにしようと足を運んで以来、小さな社は幾度と無く水瀬の寝床として利用された過去がある。 銀杏の葉が色づき始めている。半ば青い葉を樹から奪い取る風は柔らかい。 風の匂いも、夏の盛りを過ぎ、物静かな優しさを含んでいる。 それ感じ取った水瀬は、ああ。もうすぐ秋だなぁ。と、そんなことを思った。 来夢の歩き方は、相当、剣の訓練を受けた者独特のそれ。 後ろに対しても隙というものがないと褒めてやりたいが、その中に水瀬はいなかった。 水瀬から見ると、どこか、まだぎこちないのだ。 10でいったら7が良いところ。 未完成さがその挙動に明らかに見て取れる。 ただ―――「?」 水瀬は、何度となく、その歩みを見ながら首を傾げた。 自分は、あの子を過去に見たことがある? 覚えがない。 でも、何だろう? どこかで見たような、この既視感は何だ? 地面に敷き詰められたような銀杏の葉を踏みしめながら歩いていた来夢は、不意に社の前で足を止めた。 そして、手にしていたスタンブレードを引き抜くと、何度も柄の握り具合を確かめていた。 柄を左に握っている。 どうやら、来夢は左利きらしい。「?」 一瞬、追跡に気付かれたかと思ったが、どうやら違う。物音も立てずに銀杏の樹の影に隠れて気配を消した水瀬を、来夢は見つけることが出来ていないのは、こちらを見ない来夢の動きから明らかだ。「何……してるの?あの子」 耳をそばだてた水瀬の耳に、来夢の呟く声が聞こえてくる。「……今度こそ」 来夢は、スタンブレードを一度、鞘に戻すと社に手を合わせた。「今度こそ、上手くいきますように」「?」 一通りの祈りが終わったのか。 来夢はスタンブレードを鞘から抜いて振りかぶると、気合い一閃。剣を振り下ろした。「……」 残心の姿勢のまま、余韻に浸っているのか、ぴくりとも動かない来夢は、スタンブレードを横に一凪ぎして再び鞘に戻した。 その間、ずっと来夢は瞑目したまま。「……」 すうっ。 大きく息を吸い込んだ来夢は、「やったぁぁぁぁっっ!!」 突然、何度も飛び跳ねながら歓喜の声を上げた。「完璧!パーペキだぁっ!!」 それまでの剣士然とした態度はどこへやら。来夢は年頃の元気な女の子として、元気に飛び跳ねている。 その動きが不意に止まったのは、来夢が水瀬の存在に、その時初めて気付いたからだ。「―――あっ」 凄まじく気まずいと言わんばかりに、凍り付いた来夢。 自分がやっと気付かれたと知った水瀬は、銀杏の影からこっそりと頭を下げた。「こ……こんにちは。あの」 何とか、話を合わせようと、水瀬はおずおずと問いかけた。「さっき……かけ声で上げていた」「……」 わなわなと、体を震わせる来夢の顔は真っ赤だ。「ア●ンストラッシュって……何?」「っ!」 来夢は、水瀬を突き飛ばすと、その場から逃げ出した。「?」「何してたんだ!」 水瀬が道場に戻ると、練習は再開されていた。「お前が戻るまで、模擬戦お預けだったんだぞ!?」 あぐらを掻いた羽山が水瀬の襟首を掴むと、ヘッドロックして水瀬の頭をグリグリやり出した。「痛い痛いっ!」「こら光信!」 エリカが怒鳴る。「暴力禁止!弱いものイジメしない!」「こいつのどこが弱いヤツだ!」 羽山が怒鳴り返した。「コイツは俺より強いぞ!?」「ウソおっしゃい!みっともない!」「本当だって!」 口げんかが始まった羽山とエリカの間近で、水瀬は自分に突き刺さる殺意に気付いた。 道場の端で正座する来夢だ。 凄まじいほどの眼光でこちらを睨み付けている。 眼光を物質化することが出来れば、凄まじいモノが飛んでくるだろうことは請け合いだ。 水瀬は、あのアバン●トラッシュとかいうのは、見てはいけない何か、願掛けやおまじないの類だったのかなぁ。と、全く見当違いのことを考えたりもしたが、考えた所で飛んでくる殺気をどうすることが出来るわけでもない。 どうも、敵を作ったらしい。 それだけははっきりとわかった。「じゃあ、いいわよ」 エリカが軽く咳払いをして言った。「その子の実力、見てあげようじゃない」「ノド痛てぇ……バカダイコンが。後でほえ面かくな?」「あの……羽山君?何だか、歓迎したくない事態になったご様子ですが?」「喜べ水瀬」 羽山は怒り心頭の顔で言った。「もし、万一、例外的に、無様に負けるようなバカやらかしたら……」「したら?」「俺からぶん殴られる特典付きだ」「いりません」「ラーメンと餃子、卒業するまで俺におごるというオプションまでついているんだ。どうだ?とってもお得だろう?」「羽山君……頭、大丈夫?」 ガンッ!「痛いっ!」「ぐちゃぐちゃ言わずにやってこい!俺の面子潰したらブッ殺すぞ!?」「理不尽だなぁ……」「うるせぇ!ダイコンっ!剣貸せ剣っ!」「ダイコンダイコンうるさいのよ!この単細胞!」 エリカは羽山に怒鳴ると、後輩達を振り返った。「―――高原っ!」「はいっ!?」 びっくりした顔をした来夢が、自分を指さした。「わ、私ですか?」「ちょっと―――その子の相手してあげて」「で、ですけど私、素人の、しかも女の子相手に剣振るうのはちょっと……」「心配するな」羽山は言った。「コイツはこれでも男だ」「……え?」「見てみるか?」 羽山は水瀬のズボンに手をかけた。「アレ丸出しにしてやれば、嫌でもわかるだろ?」「やめてエッチ!」「……ホント」 正座したエリカが冷たい視線を羽山に投げつける。「たいした博愛主義ね」「だからといって」 エリカのスタンブレードをマトモに脳天にくらった羽山は、タンコブにタオルを当てながら抗議した。「これはないだろう?」「……女だけじゃなくて、男まで対象とは」「んなわけあるか。俺は涼子さん一筋だ」「よく言うわよ。ズボンに手をかけた時のあの動きは手慣れていたわ」「……同人誌の読み過ぎだ」 そんな二人の前。 道場の中央でスタンブレードを手に対峙するのは、水瀬と来夢だ。 互いに一礼すると、間合いを取った。「……あのね?」 下段の構えを取る水瀬が、おずおずと訊ねた。「さっきのこと……怒ってるの?」「試合中に」 来夢は冷たい表情のまま、剣を下段にしっかりと構えた。「相手に話しかけるのは、ルール違反です」「……そう」 水瀬は、来夢の構えを見て、うずうずしていた。 筋がいいのは間違いない。 だが、構えがなっていない。 力が無駄にかかっている。これではダメだ。 だけど…… 何だろう。 水瀬は、また、首を傾げた。 僕は、この子とどこかで会っているの? この既視感は、何? 高原来夢 出会った覚えはない。 親戚なはずはないし……「問答無用―――行きますよ?」 すっ。 膝が曲がり、腰が低くなる。 来夢の持つスタンブレードが下段からゆっくりと動いた。 刃を横に寝かせ、まっすぐに伸ばされた手の上に剣の嶺が乗る。「お、おい?なんだアレ」「……」 エリカは首を左右に振った。「あんなの……見たことない」 恐ろしく奇妙な構えを前に、「……へ?」 水瀬はきょとん。とした顔で動きを止めた。「その……構えは……」
2010.07.31
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翌日。「テメェ!本当に覚えておけよ!?」 激怒する羽山君につれられて、私達は剣道部へ向かった。 騎士科が訓練に使うトレーニングセンターから少し離れた場所。 小さくてオンボロな、こぢんまりとした昔ながらの建物。 それが、剣道部の道場だ。「普通科の剣道部は格闘技センター半分くらい使ってるのになぁ」 秋篠君がそうぼやくのも無理はない。 格闘技センターは本当に広い。 大学部や中等部と共用だけど、それでも下手なジムより施設が整っているんだ。「しかたないよ」 未亜は言った。「向こうは全国大会連続出場の強豪。こっちは趣味でやってる弱小部っていうのが、周りの評価だもん。それに」 エーイッ! ハーッ! 道場の中からは気迫のこもった声が響いてくる。「騎士剣道部がこうなっちゃった理由も、そういう所使っていたからっていうのが、あるからねぇ」「どういうこと?」「あの格闘技センターって、本当に最初は、騎士科の剣道道場を中心として建てられたんだよ」 未亜は言った。「普通課の剣道部や、柔道部が隅っこで小さくなってやってるしかなかった。んで、つけあがったんだと思うけど……ある日、規模と実績を笠にした騎士科の生徒達が部活中にふざけて剣振り回して」 未亜はため息と一緒に吐き出すような口調になった。「普通科の生徒、三人死んだんだよ」「三人も?」「よく手入れしてないスタンブレード振り回して、柄の部分から刀身がすっぽ抜けたんだって」「スタンブレードの規格と運用が強化された事件だよ」 秋篠が言った。「スタンブレードの柄と刀身を一体型にすることが義務づけられたのは、この事件があってからだ。事件そのものは、学校やメーカー巻き込んだ泥仕合の裁判が示談になったのは10年以上たった去年のことだよ」「そう。それで、騎士科の剣道部は1年活動停止。ふざけた挙げ句が死人出した不祥事が響いて、部の評価はがた落ち。栄光の後の後は」 未亜は手を斜め下に動かした。「落ちるだけ」「……」「今の連中がこんなボロい所にいるのは、周りに騎士がいない環境を望んだからだよ。誰も巻き込まないようにって」「ふうん?」 ハァッ! フンッ! 気迫の声と共に、ハードラバー製のスタンブレードがぶつかり合う。 狭い道場の中は、何とも言えない熱気に包まれている。 私は、ちらりと羽山君と秋篠君を見た。 何だろう。 それまでと二人の雰囲気が違う。 顔が本当に引き締まって―――カッコイイ。 騎士としての何かが、この熱気に目覚めさせられたんだろうか? 二人の体から、何だかオーラが放たれているようなそんな気さえする。 だけど―――「ふぅん?」 同じ騎士なのに、そういうのを全然感じさせない水瀬君がぼやいた。「こんなに動いて、お腹、空かないのかなぁ」「そういう問題じゃないと思うけど―――あっ」 未亜が私を軽く叩きながら言った。「あそこあそこ!」 道場の一番奥。 今、防具に身を包んだ二人が剣を交えていた。 周りの人達と比べても、動きが段違いにいい。 まるで最初から打ち合わせでもしているのかと聞きたくなる位、互いの攻撃を紙一重で交わし、交わされている。「あれ、部長の月宮先輩と聖護院先輩だよ」「……へえ?」 どっちがどっちだかわかんないけど、勝負は一瞬でついた……んだと思う。 片方のスタンブレードが脳天ギリギリで止められ、もう片方のスタンブレードの切っ先がのど元に突きつけられている。「相打ち?」「いや」 羽山君は言った。「聖護院の突き技が先に入った」 そうなんだ。「違うだろう。羽山」 秋篠君がそれを否定した。「絶対、月宮先輩の一撃の方が先だ」「そんなことはない」「いや、絶対、月宮先輩だ」 ……。 お互い、普段は仲いいけど、騎士としての何かが絡むとそうはいかないらしい。 互いににらみ合いに近くなった所で、二人の手が同時に掴んだのは、 水瀬君の襟首だ。「―――水瀬」「どっちが先だった」「……あんなの、相打ちだよ」 水瀬君は宙ぶらりんになったままで言った。「実戦じゃ意味がない」「意味が……ない?」「実戦で大切なのは」 羽山君に降ろしてもらった水瀬君は言った。「生き残ることだよ。あの場合、どっちが先で後でも、戦場じゃ共倒れは避けられない。一々差し違えていたら命がいくつあっても足りない」「……なら、どうする?」「本当に実力のある騎士同士っていうのは」 水瀬君は言った。「相手の実力が自分と同等以上なら戦わないよ」「なんだそれ」「自分より強いのと戦わなければ、最強だから」「納得できるか……おっ?」 気がつくと、こちらに気づいたのだろう。防具の面をとった二人がこちらに向かって歩いてきた。 ……うわ。 二人とも、びっくりするくらいの美人だ。 オレンジ色の髪。くりっとした猫のような瞳をした可愛らしい女性と、見るからに外人とおぼしき金髪の女性だ。「―――久しぶりね。光信」 金髪の女性が、日本語で話しかけたのは羽山君だ。「聖護院なんていうから、まさかと思ったが」「相変わらず、鈴紀には弱み握られてるみたいね」「―――うるせぇ、ダイコン」「っ!」 それまでの勝ち誇ったような口調はどこへやら、あからさまにカチンと来た。という顔の金髪の女子生徒が羽山君を睨んだ。「少なくとも俺はイヤイヤ来てるんだ。ここで帰ってもいいんだぜ?」「―――なら、帰んなさいよ」「何?」「鈴紀に言っておくわ。光信は使い物になりませんって」「―――っ!」「使いものにならない、負け犬に用はないの」「言ってくれるじゃねぇか……ダイコンの分際で」「私にそんな口聞いて良いの?涼子さんとはメル友なんだけど?」「よろしく頼む」 涼子さんの名前を出された羽山君は、ポンッと金髪の女子生徒の両肩に手を置いた。「……節操のなさは相変わらずね」 休憩時間。 部員達が三々五々、思い思いの場所で休憩している。「今度の大会は」 オレンジ色の髪をした女性が部長の月宮桜香(つきみや・おうか)先輩。 どこかで見たと思ったら、去年の生徒会副会長だった人だ。「私達にとっても最後の大会だし、負けたくないのよね」「就職絡んでいるから?」「え?ああ、私達」 月宮先輩が、金髪の副部長さん、聖護院エリカ先輩と軽く目配せした。「大学進学組だから」「―――へ?」「騎士として仕事ってのも悪くないけど、もっと別なこともしたいのよ。出来れば一生、長く続ける仕事見つけたいし。エリカはエリカで家継がなくちゃいけないし」「……あの旅館と教会か?」「そう。女風呂除いた光信が逆さづりにされたあの尖塔、まだ残ってるわよ?」「……勘弁してくれ。あれは鈴紀にそそのかされて」「その気になる辺り、あんたって本当に単純よね。で?男子、任せて良いわね?」「負けてもいいんだろう?」「ええ」 エリカは頷いた。「無様に負けてきなさい。笑ってあげるから」「くそっ……おい、水瀬、お前も参加しろ!」「僕?ダメだよ」 水瀬は、ずっと視線を一カ所に向けたまま言った。「魔法騎士は、そういうの、出ること禁止」「ああ……」 桜香は、ポンッと手を打った。「水瀬君だっけ?君、第四分隊なんだ」「はい。だから、僕はダメです」「残念だなぁ」 エリカは言った。「見るだけで、そこのエロガキなんか比べ者にならない位、筋がよさそうなのに」「エロガキって誰だよ……」「光信、黙れ……どうしたの?」 水瀬は無言で開かれたドアを指さした。 そこには、他の部員と混じることもなく、一人だけ開かれたドアから差し込む光を浴びながらスタンブレードの手入れに熱中する女の子がいた。 銀髪を肩の辺りで切りそろえ、リボンを結んだまるで日本人形のような女の子は、剣と自分以外、この世に存在しないと言わんばかりの熱心さで手入れに没頭している。「高原さんのこと?」「高原?」「高原来夢(たかはら・らいむ)。次期女子部長候補」「……無理じゃないかな」 水瀬はぽつりと言った。「あれじゃ」「?」「……おかしいなぁ」 水瀬は首を傾げた。「あの子……でも」 不意に、来夢が立ち上がると、スタンブレードを手に外に出た。「ごめんなさい」 水瀬はそう言うと、その後を追った。
2010.07.31
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●桜井美奈子の日記より「剣道部の助っ人?」 羽山君の言葉に、思わずラーメンを食べる手を止めた。 場所は明光学園近くのラーメン屋“来々軒”。 建物はオンボロだけど、おいしいし安くてボリュームがあるから、生徒達には大人気のお店。 私達も学校帰りによく寄る店。「そうだ」 水瀬君の前に座った羽山君が頷いた。「……何だか、迷惑そうって顔だねぇ」 未亜が言うのももっともだ。 何故か、羽山君は苦虫を噛み潰したような顔だ。「いろいろあってな」 そう言うと、羽山君は餃子を食べた。 一口で餃子2つ平気で食べる羽山君の食欲は半端じゃない。「でも、剣道部って一般人の人達用じゃないの?」 水瀬君が訊ねた。 そう。 まず、剣道部って所から話がおかしい。 羽山君は騎士だ。 戦闘人種たる騎士と、一般人が肉体で勝負して勝てるはずがない。 いくら剣道といえど、それに変わるところはない。 水瀬君の疑問は当然だ。「っていうか」 羽山君は、自分の皿が空になったと気づいて、水瀬君の餃子に箸をのばす。「騎士部門だってあるんだぜ?」 ラーメンを食べていた水瀬君は、その動きに気づいて、慌てて餃子の皿をかっさらおうとするけど、それより羽山君の箸の方が早かった。 水瀬君のお皿の上から餃子が全て消えた。「ひ、ひどいっ!」「本当にヒドイ話だろう?」「ぼ、僕の餃子!」「また鈴紀がらみだ。迷惑だってお前だって思うだろう?」 餃子が一気に羽山君の口の中に消えていった。「ううっ……」 水瀬君が半泣きの恨めしそうな顔でその光景を見つめている。 気づいているのかどうなのか、羽山君はそのまま続けた。「騎士だって―――というか、むしろ剣については騎士の方が重視されるべきスキルだ。だから、剣道部だって騎士向けのが存在する」「……ウチにもあるの?」 私がこっそり訊ねたのは、未亜だ。「昔は強かったんだよ?」と、未亜は言った。「全国最強って言われて、剣道部に入るためだけに全国から騎士が入学してきたってくらい」「ふぅん?」 でも、おかしいな。 私、剣道部に騎士がいるってこと自体知らなかった。 自校の生徒にも影が薄いなんて。「モグモグ……まぁ」 餃子を口に放り込んだ未亜は言った。「そんな時代も数十年前のことだし、段々弱くなってね。今じゃ、普通科の生徒達がやってる方が主流になってさ。騎士科の生徒達でもよっぽど剣に興味がないと参加しない位で……」 未亜は思い出したように言った。「本当なら、今年の4月で廃部になるはずだったんだよ」「……へぇ?」 そんなに実績無いんだ。「ところが、今の三年で女子が二人、ものすごく強いの入ってね。この二人が全国制覇。それで廃部は免れたんだけど」「つまり、女子剣道部でしょ?」 私は目の前に座る羽山君と秋篠君をまじまじと見た。「……」「―――何を想像しているんだ」 それまで黙っていた秋篠君はあきれ顔で言った。「騎士部門は男女一緒だからな」「……そうなの?」「というか」 未亜は言った。「ウチ、規模が小さいから、男子と女子分けていたら部が成り立たないんだよ」「……ああ」 私は思わず頷いた。「それで助っ人ってわけだ」「そういうこと」 羽山君は、水瀬君にコップを渡すと頷いた。「水瀬、水な?」「……」 無言でグラスを受け取った水瀬君は席を離れた。「それで」 私は水瀬君の残していたチャーシューを食べながら聞いた。「鈴紀先輩絡みって?」「さっき話をしたうちの一人、副部長が鈴紀の友達でさ」 羽山君は憮然とした顔で、水瀬君のどんぶりに残っていたラーメンを自分のどんぶりに移した。「―――で、鈴紀が俺に言ってきたって訳だ」「それで、羽山君が秋篠君を誘った」「……いや」 秋篠君は首を横に振った。「実は、俺の従兄弟が部活やっていてな」「……ああ。そういうこと」「大会に頭数が足りないっていうから、とにかく出てくれればいいって約束で」「……正直」 あーっ!? 空になったどんぶりを前に呆然としている水瀬君を後目に、私達は会話を続ける。「俺達男子部門はオマケだよ」「オマケ?」「ああ。期待されているのは男子じゃない。下手すれば」 水瀬君の手から水の入ったグラスをもぎとった羽山君は言った。「他の女子だって、みんなどうでもいいのかもな」「……どういうこと?」「警察の騎士警備部が、二人の採用を狙っているんだ」 水瀬、いつまで立ってるんだ? 声も挙げず号泣する水瀬君にそう言い放つ羽山君。 ……ちょっとヒドいかな。 チャーシュー食べちゃったのは私だけど。「騎士警備部だけじゃないよ」 未亜が言った。「陸軍の騎士科も」「すごいじゃない、その二人って将来約束されたようなものね」「二人はいいさ」 なんか―――これ、変に甘いな。 羽山君は顔をしかめたまま、チビリチビリとグラスの水を飲んでいる。「気の毒なのは他の連中」「他の?」「だってそうだろう?周りは就職はともかく、剣が好きでやってるんだ。それが仲間の引き立て役というか―――噛ませ犬みたいな扱いじゃ、面白くないだろう?」「剣道部って……裏を返せばそんな感じなの?」「羽山君の考えすぎだと思うけど」 水瀬君は言った。「二人が頑張ってるのは、後輩達に部費残してあげたいからだよ?」「何でそんなこと知ってるんだ?」「騎士警備部の採用担当してる人、知ってるから」「お前が?」「お父さんの愛人だから。スゴい美人さんでエラいんだから」「そういうこと、はっきり言うなよ」「羽山はそういう理由だろうが」 おごりだ。 秋篠君は別に頼んでいたジャスミン茶を手渡してくれながら言った。 感謝!「俺は別だ」「従兄弟のため?」「ああ」 秋篠君が頷くと、未亜がニタニタと変な笑みを浮かべた。「にゃあ……女の子狙いだもんねぇ……冬矢(とうや)君だっけ」「え!?何それ!」「桜井、ホントはゴシップ好きなんだな」「コホン……とにかく」「―――まぁ」 秋篠君はカップから立ち上る香りを楽しみながら言った。「明日、部活に顔を出すことになってるんだ。顔を出せば……おい、羽山?」 秋篠君の横にいた羽山君が突然、お腹を押さえてうつむいた。 青くなった顔から脂汗が流れている。「ど、どうしたの?」「ち、ちょっとトイレ」 席を立った羽山君は小走りにトイレに向かう。「―――さてと」 何故か水瀬君が平然と席を立った。「支払いは羽山君で、と」 そのまま帰り支度を始める。「おい?」 秋篠君が止めた。「お前、友達に何か起きたら」「友達のラーメン食べるからだよ」 水瀬君はニコリと笑いながら、ポケットから出した小瓶を小さく振った。 強力!よく効く下剤。 瓶に張られたラベルには、そう書かれていた。「―――帰るか」「にゃあ。羽山君、ゴチ」 こらっ!「にゃあ?美奈子ちゃん、払ってくれる?」 羽山君、ごちそうさまです。
2010.07.31
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2009年度の結婚したいアニメキャラランキング1位の娘(笑)の再販が決定しました。軽音部を舞台にゆる~い高校生活を描いた『けいおん!』より、ちょっと人見知りなレフティベース担当「秋山澪」が再販です!●スムーズ且つキチッと決まるfigmaオリジナル関節パーツで、劇中のあらゆるシーンを再現。●ブレザーやスカートなど要所に軟質素材を使う事でプロポーションを崩さず、可動域を確保。●表情は微笑み顔と、怖がりな澪らしい怯え顔、恥ずかしがり屋な面をのぞかせる泣き顔の3種類をご用意。●愛用ベースはストラップ付き。更に収納可能なベースケースも付属します。●演奏時のものやピースサインなど、バリエーション豊かな手首パーツが付属。●さまざまなシーンを可能にする可動支柱付きのfigma専用台座が同梱します。 これは買いです!
2010.02.27
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「―――ミナセ」 正面の闇の中から、女の声がした。 まだ年は若い。「―――28年前を忘れたとは言わさないぞ」「……28年?」「28年です」 次は右後方から。 正面の声より落ち着いた声だ。「あの屈辱……私達は―――永遠に忘れることは出来ません」「あ……あのね?」「……28年もの長き間、私達は苦しみ続けてきた」 正面の闇の声は怒りに震えている。「寝ても覚めても……あの時の屈辱、悔しさ、痛み……全てが私達を狂わせる」 水瀬は、自分を取り囲む者達の感情の変化を敏感に感じ取った。 それは、怒りであり、悲しみであった。「あの……僕は」 だから、水瀬は余計に困惑せざるを得ない。 28年前といえば、自分はまだ生まれていない。 生まれる前のことでどうして僕が命がけで責任をとらなければならない? そんなバカな。「偶然とはいえ、この極東の島国で貴様と出会えたことに……私は感謝する」「あの……何度もすみませんが……お話が全っ然、読めないのですが?」「ここで」 ザッ! 闇の中から放たれる凄まじいほどの殺気の結界が水瀬を完全に封じ込めた。「ここで、貴様を殺すっ!」「だから―――」「八つ裂き程度で済むと思うなよ!?」「僕は―――わっ!?」 四方八方から飛んでくる飛び道具。 水瀬が驚いたのも無理はない。 先程の飛び道具から身を守ってくれた魔法障壁が一瞬にして貫通されたのだ。「対魔法防御が!?」「貴様が何者か、そんなことはとうにお見通しだ!」 パシッ! 闇の中から飛び出してきたのは、黒い装束をまとった自分と同じくらいの年頃の少女達。 黒髪のボーイッシュなタイプの少女が、奇妙な形状のナイフを手に襲いかかる。「そう簡単に死ねると思うな!?」「―――くっ!」 タンッ! 水瀬は、黒髪の少女の一撃をかわすと、地を蹴った。「逃がすかっ!ベスッ!ディアナッ!」「―――えいっ!」 宙(そら)では圧倒的優位に立つはずの魔法騎士である水瀬が、いまや防戦一方だ。 金髪をツインテールにしてあどけない女の子が、右斜め後ろに出現。 同時に投擲された10本近い飛び道具―――投げナイフが襲いかかってくる。「これって!?」 水瀬は目を見開いた。 相手のスピードが速すぎる。 ナイフをかわすのがやっとだ。 ―――違う。 そう。 違う。 この彼我の速度差は何だ? 何だ? この違和感は!? 時間が経つにつれて、まるで相手が徐々に速くなっていく様に思えてならない。 思えて? 違うっ! 実際に速くなっているんだ! それさえ違う! 相手が速くなっているんじゃない! 自分が、遅くなっているんだ! 一体、何が!?「“ここ”では私達の方が上だっ!」 黒髪の少女はそう叫ぶ。「逃げたつもりだったろうが、私達に誘い込まれたことに気づかないとはな!」「―――くっ!」 その言葉を、水瀬は否定出来ない。 時間が経てば経つ程、自分が不利になっていくだけだ。「これ……高いのに!!」 水瀬は、懐から護符を取り出すと、護符に封印された呪文を発動させた。「なっ!?」 シュンッ 空気が抜けるような音を立て、突然“エモノ”の姿が消えた。 “敵”を切り刻むつもりで振り下ろしたナイフが虚しく宙を斬る。「バカなっ!」 黒髪の少女は、目を見開いて周囲を見回した。 敵の姿はどこにもない。 完全に、消えていた。「ど、どうして!?」 崩れずにいた工場の屋根に着地して再び周りを見回す。「どういうこと!?ベスッ!」 黒髪の少女の近くに着地したのは、金髪のメガネ少女。 勝ち気な印象を与える黒髪の少女と違い、恐ろしく大人の印象を受ける落ち着いた少女だ。「“結界”が不完全だったの!?」「いえ……」 “ベス”と呼ばれた少女は思案顔で首を横に振った。「“結界”は完璧でした。“敵”の魔法に対しては」「じゃあアイツは!?」「テレポートで逃げたのは間違いありません」「結界が完璧で、どうしてテレポートが使えたのよ!」「ですから」 ベスはニコリと微笑んだ。 「“あの御方”以外の魔法が発動されたのです。たとえば、呪符とか」「やめてよ、その呼び方!アイツをそんな呼び方するなんて!」 黒髪の少女は掴みかからんばかりの勢いで怒鳴った。「あんた、自分がアイツに何されたかわかってるの!?」「―――ええ。わかってるわ。アリス」 ベスはニコリと微笑んだ。「ただ、あなたと私では、相手に対する想いが違うだけ」「……あの時、あなたは誓ったはずよ?」「当然、覚えているわ?」「ならっ!」「誓いにウソはない」 ベスは手にしたナイフを服の中へしまい込んだ。「あなたは憎いから、私は愛しているから―――だから殺すの……あの人を」「……」「ああ。エルシィ?」「は、はいっ!?」 先程、水瀬にナイフを投げつけたツインテール女の子が、驚いて飛び跳ねた。「な、なんですか!?お姉さまっ!」「その帽子についている針」「―――えっ!?」 ベスは、エルシィと呼ばれた少女に近づくと、そっと少女の帽子を指さした。「魔法による発信器ね」「エルシイっ!」「もう。アリスったら、エルシィが怖がっているでしょう?どうしてイジメるの」「だって、発信器しかけられるなんて!」「さすがはあの御方ね。あの瞬時にそんなマネをするなんて」「―――っ!エルシィっ!壊しなさいっ!」「待ちなさい。エルシィ」 ベスは言った。「そのままにしておきなさい。そして、大切に身につけておくのです」「―――えっ!?」「針には糸がついている―――あの御方は、その糸をたどってきます」「……“発信器(それ)”をエサに誘い出すと?」「クリス。その通りです。私達が一々探す必要はどこにもありません」「そうか……ならいい」「では、今回は失敗でしたが、次は成功させましょう」「女に襲われただと?」 場所は、南青山の某高級マンションの一室。 ウィスキーをストレートであおる由忠の前で、水瀬は腕に包帯を巻きながら頷いた。「うん。戦闘能力は高くないけど」「戦闘能力が低い雑魚が束になったとしても、お前にゃ勝てまい……で?」 薄暗い照明だけの室内で、由忠はグラスをベッドのサイドテーブルに置いた。「―――殺したんだろうな?」「ううん?」 腕の具合を確かめた水瀬は、床に転がっていたクッションに座った。「逃げた」「逃げた?……敵がか?」「僕が」「お前の方が!?」「うん。綾乃ちゃんトコのおばさんから売りつけられた呪符使った。 だって、こっちの移動速度は遅くなるし、向こうは速くなるしで」 水瀬は、あの廃工場で起きた現象を説明した。 由忠は、怪訝そうな顔になった。「陥穽結界(かんせいけっかい)に墜ちただけじゃないのか?」「何ソレ」「あらかじめ、ターゲットの魔法特性を把握しておき、それに対応した結界のこと。いわばターゲット専用の結界のことだ。対高位魔法騎士戦の常識だ」「ということは、あれは僕専用の?」「いや……おそらく、お前によく似たターゲットだろう」 由忠はボトルを掴みながら言った。「陥穽結界(かんせいけっかい)はかなり強力だ。もし、陥っていたら、お前は魔力を発揮出来ない。となれば、確実にお前でも殺されている」「そんな結界、すごく手間がかかるシロモノだよね?」「ああ―――魔法特性を把握・分析するだけでも膨大な時間と手間がかかる」「ふぅん?」「―――心当たりが?」「ううん?」 水瀬は首を横に振った。「よくわかんない―――もし、これからも僕を狙うなら向こうから来てくれるだろうし」「そうか……」 カラン。 由忠の手の中で氷が鳴った。「親として言えることは―――降りかかった火の粉は払いのけろ……位だな」「うん」 水瀬は頷くと、クッションから立ち上がった。「ありがと。お父さん―――じゃっ!」 ガッ! ゴキッ! 由忠は頷くと、とっさに駆け出そうとした息子の襟首を捕まえた。 息子の首からヘンな音がしたことに、由忠は何の感心もみせない。「―――まぁ、待て」「い、痛たたっ……は、離してよ!バスに遅れちゃう!」「……地獄行きのバスならいくらでも呼んでやる」「……ううっ」「コレについて」 由忠が親指で指し示すのは、二人のいる室内。 ガラスは割れ、カーテンは破れ、家具は軒並み粗大ゴミ同然に砕かれている。 由忠の座るベッドの奥では、水瀬が見たことのない裸の女性がシーツにくるまって震えていた。「どう言い逃れするのか、聞かせてもらおうか?」「……えっとね?」 水瀬は顎に人差し指の先をつける独特な仕草の後、言った。「予め設定しておくテレポートの座標は、簡単にわかんないところがいいなって、そう思ったの。で、お父さんが愛人との逢い引きに使うのこの部屋なら問題ないだろうって。 でも、いざ使ってみたら、テレポートの反動で室内グシャグシャ。しかも偶然、お父さん達がお楽しみの最中だった―――と」「悠理」 由忠は額の青筋を一つ増やした。「いいか?覚えておけ。この部屋は、逢い引き用の部屋なんかじゃない」「違うの?」「この女の部屋だ」「……ああ」 ポンッ。 水瀬は感心したように手を叩いた。「手切れ金?」「違う!」「代官山に新しく借りたマンション、あそこに本命がいるのかと思ってたんだけど?それとも、高円寺の方だった?てっきり、一番古いここ、手切れ金にしたのかと」「ば、バカモノっ!」 由忠の拳が虚しく宙を切り裂く。「何というヤバいことを!」 由忠は、後ろから放たれる殺気を確かに感じた。「―――由忠さん?」 それまでシーツにくるまって震えていたオンナが、まるで蛇のように由忠にからみついた。「い、いや、由紀子!誤解だ!息子のイタズラだ!」「悠理君でしたね?」「は……はい」 よく見れば、びっくりするくらいの美人だ。 その美人が、水瀬がビビるくらいの声色で言った。「お家に帰りなさい―――ここから先は、教育上問題です」「は……はい」 あまりの迫力に押された水瀬は、バカのように首を縦に振るだけだ。「ゆ、悠理っ!何とかしろっ!」「お母さんと警察、どっちがいい?」「どっちもいらんっ!」「じゃ、樟葉さん」「殺すぞ!」「じゃ、どうしようもない」「こ、この!」「由忠さんっ!」「い、いやだから!」「愛人の地位は受け入れます!でも、でもっ!私だって辛いんですよ!?日陰者と言われ、耐えに耐えて我慢して!でも、でもっ!」 水瀬の目の前で、妙齢の美女が由忠の頭をわしづかみにした。「せめて、せめてもの救いだと信じていたのに!け、決して!決して、二股はかけないという約束を忘れたの!?」 ギリ……メリ……メリ…… 由忠の頭のあたりから奇妙な音が聞こえ始めた。「お、落ち着け室町警視正っ!警視庁のキャリアが―――ぐぁっ!」「そんなに!」 後ろで束ねられた長い黒髪が巨大なツノのように逆立った。「迷宮入り事件の犠牲者になりたかったなら、もっと早くおっしゃっていただければよろしかったのにっ!!」 ―――ぐがぁぁぁっ メリメリメリ……ッ そろそろ、限界を迎えるだろう父親の頭蓋骨の危機を前に、水瀬はペコリと頭を下げ、「―――失礼しまぁす」 そう言い残して、ベランダから姿を消した。 父親の悲鳴なんて、今の水瀬にとっては知ったことではない。 割れた窓からいろんな家具が飛んできて、パンツ一丁の由忠がベランダでクッションを楯に必死の説得を試みていようとも。 二股をかけられたことにキレたオンナが、包丁を台所から持ち出して、全裸のままベランダで由忠を刺し殺そうとしても―――だ。 それが、この父子の関係だった。 …… 合掌。
2010.02.27
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「おばあちゃん?」「う……うん」 美奈子は頷いた。「桜井美那って、確かに私のおばあちゃんの名前」「いくつで亡くなったの?」「……確か」 美奈子は指折り数えた。「75……だったかな」「早死にだね」「―――そう?」「桜井美那の子……“の”が小さいのと、“那”の字が曖昧な書き方しているから、おばさん、“美”と“子”だけで桜井さん宛の荷物だって思ったんだね。きっと」「で……でも」 美奈子は、泣き出しそうな顔で水瀬に言った。「ど、どうしてお母さんに?」「……」 水瀬は、首を横にふった。「おばさんに心当たりがあるかもしれないし、ないかもしれない」「―――答えになっていない」「……桜井さん」 水瀬は、包み紙の宛先をもう一度、見た。「何?」「桜井さんのお父さんって、もしかして婿養子?」「―――う、うん」 美奈子は頷いた。「お母さんは家付きの一人娘だったんだよ?この家と、隣近所は全部、ウチの土地だったって聞いたことが」「―――成る程ね」 水瀬は、しきりに感心した様子で言った。「相手は、かなり古い情報しか掴んでいない―――そう判断して良いね」「古い……情報?」「そう」 水瀬は頷いた。「多分……ううん?これ、送ってきた人が知っていることは、桜井さんのおばあさんに子供がいる事と、ここに住んでいることだけ。この情報の中に、桜井さんのお母さんや、桜井さん自身が含まれているかといえば……」「お、お母さんが!」 美奈子は怒鳴るような声で水瀬の声を遮った。「お母さんが何したら、こんなモノを!?」「それはわからない」 水瀬は平然と答えた。「何を考えて、こんなモノを送ってきたのか。どうして、桜井さんのおばあさんやお母さんが相手なのか。どうして、桜井さんのお母さんの名前を、相手は知らないのか」「……」 少しだけ冷静に、美奈子も考えてみた。 宛先は美奈子の母―――らしい。 だが、宛先に祖母である“桜井美那の子”と書いている。 意図的に書いたのでなければ、相手はその名を知らないことになる。 送りたい相手の名前を調べないなんて、バカな話は考えられない。 しかも、中身は人間のミイラの一部。 美奈子には、相手の意図が、まるで分からない。「理沙さん起こして、桜井さんとおばさんの警備を頼むよ」「え?」「何かあってからじゃ遅いから」 水瀬は、そう言うと、不意に美奈子の左手を掴んだ。 ひんやりした水瀬の手の感触。 そして、その手がしたことは―――「―――えっ?」 水瀬の手が離れた左手の薬指。 そこには、銀色に輝く何かがはまっていた。 ―――指輪だ。「あ、あの!み、水瀬君!?」 美奈子は右手で左手ごと指輪を押さえると、顔を真っ赤にしてその場にへたり込んだ。「こ、こここここここここ」「……コケコッコー?」「こ、こ、こういうのは困るっていうか嬉しいけど、なんだかどさくさっぽいし、お母さんいるし、まだプロポーズしてもらってないし、こういう大切なモノをくれる時は、雰囲気というか、場所を選んで欲しいというか、特に私にも心の準備が必要だというか……(中略)……まだ私達高校生なんだし、婚約までする必要は、でもやっておいてくれると心底安心だというか……あっ、めまい」「……どうしたの?」「だ、だって」 美奈子は呼吸を整えながら、震える声で言った。「あのね?突然、指輪もらったから……」「……そんなに嬉しい?」「……」 首を傾げる水瀬と指輪を交互に見た美奈子は、呼吸を再び整えると、感情のない、冷たい声で言った。「水瀬君?」「何?」「この指輪……どういうつもりで私の指にはめたの?」「あっ、それ?」 水瀬は自身満々に答えた。「追跡装置に反応する機能が仕込まれてるんだ。僕の自信作」「……」「……どうしたの?」「……」「さ、桜井さん?どうして包丁なんて持ってきたの?あ、あのね?文化包丁って刺されたら危ないんだよ?」「……」「さ、桜井さん?ぼ、僕、何かした?」 水瀬は文化包丁からしたたる自らの血で、以下の一文を美奈子に書かされた。 贈与証明書 『私こと水瀬悠理は、桜井美奈子に対し、 下記を贈与したことをここに証明します。 贈与品 婚約指輪(追跡機能付)一式 以上』「ひ……ひどい目にあった」 理沙の部下達が桜井邸周辺を見回っていること。 そして指輪に仕込んだ追跡装置が正常に機能していることを確認した水瀬が、ボロボロになった体を引きずって桜井邸を出たのは夜の11時を回った頃だった。 人気のない夜道を歩きながら、水瀬はずっと考え込んでいた。 桜井美奈子。 少なくとも両親に至るまで犯罪記録はない。 ごく平凡な家庭の、何の取るに足りない少女。 近衛でさえ、そう認めたはずだ。 その子に、ミイラの手首を? 一体……何が目的だ? 警告? 水瀬が最も最初に連想したのは、それだ。 じゃ、何の? もし、警告だとして、何故、ミイラの手首でなければならない? 第一、あのミイラは誰? 気が付けば、水瀬は公園にさしかかっていた。 公園の入り口にある電話ボックスの灯りが暗闇の中でもの悲しい光を産み出している。「―――いけない」 水瀬は、ルシフェルに連絡をいれるのを忘れていることに気づいた。「連絡いれないと、お小遣いへらされちゃうからね」 水瀬が電話ボックスのドアを開いた、まさにその時。 ズンッ!! 鈍い音を立て、電話ボックスは粉々に吹き飛んだ。 ―――まいったな。 水瀬は宙を舞いながら舌打ちした。 破壊され、炎上する電話ボックスが足下から遠ざかっていく中、水瀬が心配したのは己の身の安全ではない。 ―――あれ、僕が弁償することにはならないよ……ね? そういうことだ。 近くに監視カメラはなかったはずだから、 ―――とっとと逃げる。 これに勝る対応はない。 一度、民家の屋根に着地、再び跳躍しようとした瞬間は、その時だった。「っ!!」 シュンッ 水瀬の頬を何かがかすめた。 とっさに体が動いたから助かったようなものの、反応が少しでも遅れていたら、今頃、水瀬の命はなかったろう。「―――くない?」 騎士としての水瀬の“眼”は、飛来した物体の形状を把握していた。「くないなら忍び……だけど」 違う。 何か、今、飛んできたモノは、何かが違う。 飛び道具というか、投擲出来るナイフなのは間違いない。 ただ、柄についた金属製のU字は一体? どこかで見たけど、思い出せない。 水瀬は大きく後ろに飛び去りながら、敵の位置を掴んだ。 前方に2人、後方に3人の5人。 敏捷性、攻撃の命中精度云々、どれをとっても、戦闘能力はそれほど高くない。 敵としての脅威は低い。「殺しちゃ……まずいか」 水瀬は“魔法の矢”の出力を低めに設定することに決めた。 夜の住宅街。 街頭と家々の窓から漏れる灯りが、宝石の海さながらに飾り立てる中、水瀬は宙を異動する。 敵を殺さないと決めた。 その理由の一つが、敵の狙いを知ること。 そしてもう一つが―――トンッ。トンッ。 屋根を跳ねる複数の音。 敵が空を飛べないことは、跳躍を繰り返す動作から間違いない。 つまり、敵は魔法騎士ではない。 だから、水瀬は同じように跳躍を繰り返し、“ここ”に来た。 ここ―――つまり、廃工場だ。 長い間放置され、屋根に大きな穴が開いた、さび付いた工場跡。 穴から入る月明かりが唯一の照明の世界。 まるで青白いスポットライトを浴びる俳優の様に、水瀬はその中へと降り立った。 タッ―――ズサッ タッ―――ススッ 同じように降り立つ音は恐ろしく軽い。「……あのね?」 水瀬は、抜刀しない状態の霊刃を片手に、闇の中へと語りかけた。「僕―――女の子を殺したくないの」 返答はない。「僕、ここまでされる恨み買うような覚え、ないんだけど」 シュン―――シュシュシュシュンッ!! 返事の代わりは、得体の知れない飛び道具。 キィンッ! 水瀬はそれにたじろぐ様子もなく、ただ元の姿勢のままでいる。 起きた変化は、その周囲に、砕かれた飛び道具の破片が散乱しただけだ。「答えて―――僕に何の用?」「―――ミナセ」 正面の闇の中から、女の声がした。 まだ年は若い。「―――28年前を忘れたとは言わさないぞ」
2010.02.27
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「美奈子ぉ?荷物が届いたわよぉ?」 玄関からの母の声に、リビングでテレビを見ていた美奈子は、怪訝そうな声をあげた。「私に?」 心当たりがないが、ソファーから立ち上がると、美奈子は玄関に出た。 玄関で、美奈子の母が細長い包みを抱えていた。 茶色い包み紙で乱暴に包んだらしい。あちこちが破れていたり、シワがよっている。 美奈子は、一目でマトモな業者からの郵便物ではないことを悟った。「何?またヘンな本?」「ヘンじゃないわよ」 包みをうけとった美奈子は、答えながら重さや包みを調べる。「普段は参考書頼んでいるの。私はマジメな本を頼んでいるんだって」「男の人同士でナニするお話が、あなたはマジメなお話だって?」 エプロンにハンコを仕舞いながら、美奈子の母は言った。「お父さんとお母さん、どこで育て方間違えたのかしら」「な、何の話?」「ベッドの下にHな本隠すなんて、あなた男の子じゃないんだから」「見たの!?」「―――あなたね」 美奈子の母は、あきれ顔で娘を見た。「あんな所に隠しておくなんて、見てくださいって言ってるのと同じだって、何でわからないの?」「っ!」「―――で?」 美奈子の母は、娘が持つ荷物を指さしながら言った。「その中身は?」「―――知らない」 美奈子はふてくされた顔で答えた。「大体、荷物に送り主の名前が書いてないもの」「心当たりは?」「―――ないなぁ」 美奈子は首を傾げた。 何度か荷物を振ってみるが、音がしない。「開けてみるか―――お母さん、ハサミ貸して?」「成る程……ね」 出されたコーヒーを飲みながら頷いたのは理沙だ。 テーブルの上に広げられた包みの中身を前にして、平然とした顔でクッキーまでかじっている。 包みの中身を見た途端、母親が卒倒。自身も腰を抜かした美奈子は、震える指で電話を掴んだ。 相手は理沙。 半ばパニックになった美奈子から必要事項を聞き出した理沙は、10分程で来てくれた。“途中、道ばたに転がっていた”と言う、背中にタイヤの跡がくっきり残る女の子の襟首を掴んだ理沙は、未だテーブルに放り出された包みを見た後で、平然と美奈子にコーヒーを要求した。「これは、警察(わたし)に連絡寄こして正解だわ」「で……ですよね」 美奈子は、包みの中身を見ようとしない。何とか見ずに済ませようと下を向いている。「お母さん、寝込んじゃって……」「普通はそうじゃない?」 理沙は、手袋をした手で、興味深そうに包みの中身を取り出した。 包みは、段ボールの箱に真綿を詰め込んで、そこに中身を収めていた。 美奈子が揺すっても音がしなかったのは、この真綿のせいだ。「ふぅん……?」「あの……理沙さん?」 美奈子は、下を向いたままで訊ねた。「何?」「よく、そんなの持てますね」「やだ♪」 理沙は笑った。「こんなの怖がってたら警官やってられないわよ?」「……」「年寄りの孤独死の現場なんて行ってご覧なさい。人生観変わるから」「……遠慮します」「で?」 理沙は、自分の横に座る小柄な女の子に尋ねた。「水瀬君?どう見る?このオモチャ」「―――へ?」 美奈子は思わず理沙を見た。 理沙はニヤニヤした視線を一度だけ、美奈子に向けた。「お、オモチャ?」「あったり前でしょう?」 理沙は笑いながら答えた。「これがホンモノだったら、私がひっくり返っているわ!?」「なっ……!」「いい?美奈子ちゃん」 理沙はコーヒーカップをテーブルに置くと、身を乗り出して美奈子に言った。「これは、名探偵桜井美奈子に対する挑戦?違う違う。これはね?嫌がらせっていうの。こういうオモチャを送りつけて、美奈子ちゃんが困惑する姿を“想像”して悦にいる。そんな小者がしかけた、タチの悪い、くだらないイタズラ」 理沙は、まるで美奈子に噛んで言い聞かせるように言葉を句切りながら言った。「これはニセモノで、送られてきた理由はイタズラ。わかる?」「は……はぁ」 美奈子は、理沙の横に座って、理沙の言う“オモチャ”を矯(た)めつ眇(すが)めつ 眺める女の子―――水瀬の反応を待った。 臭いまで嗅ぐ水瀬は、無言で理沙にそれを手渡した。 理沙は自信満々で訊ねた。「よく出来てるけど、これって何製?」「?」「ラバー製にしては……こう、張りというか、何というか」「……切断は鉈か手斧だね。鋭い刃物は使われていない」「そういう風に見えるように造ったんでしょう?その……特殊メイクで」 美奈子は、水瀬が言おうとしていることがわかって、目の前が真っ暗になった気がした。「……お姉さん」 水瀬は、理沙に両手でしっかりとそれを握らせてから言った。「桜井さんと仕事でつき合っているんだから、そろそろ現実見た方がいい」「……どういう意味?っていうか、キミとのつきあいなら納得できるよ?それ……って」 理沙の口は、それ以上の言葉を紡げなかった。 水瀬の目を見たからだ。 水瀬の目は、決してふざけていない。 本気だ。 機械のような冷たい視線の先にあるのは、自分が両手で持つ物体。 美奈子の母親を卒倒させ、自分が呼ばれた原因。 理沙は、それと水瀬を交互に見た。「……まさか」「殺人事件にはならない……と、思う」 水瀬はテーブルに置かれたコーヒーに手を伸ばした。「……器物損壊……か、遺体損壊……は、違うかなぁ」「……」 理沙は三回深呼吸して、手にしたモノを綿の上に置いた。「―――つまり?」「細かいことは鑑識じゃなくて、専門機関に任せないと僕にもわかんないけど」 水瀬は言った。「性別不明。はっきり言えることは、人間の、右腕の手首から上のミイラだってこと」「そ、そんなものを!」 卒倒した理沙が椅子から転げ落ちそうになるのを抱き留めた水瀬の前で、美奈子が半泣きになりながら言った。「な、何で私に!?」「……あのね?」 包みの中身―――人間のミイラの一部―――を、美奈子に見えないように包み紙で隠した後、 ソファー、貸してね? 理沙を抱きかかえた水瀬が理沙をソファーに横たえる。「……多分だけど」 水瀬は美奈子に振り返った。「これ―――正確には、桜井さんに送られたんじゃないかも」「ど、どういうこと?」「うん……」 水瀬は、困惑したような顔をした。「単に、僕のカンなんだけど……」「カン?」「うん……よく見て?」 水瀬が美奈子の前に広げたのは、包みだ。「切手が二千円分も貼り付けられているし……」 水瀬の指が、宛先の文字を指した。「桜井さんは、自分宛だって言われて、そのまま信じちゃったんだと思うんだ」「……あっ」 美奈子は思わず声をあげた。 そこに書かれているのは、自分の家の住所と、そして――― 桜井 美那の子 ―――そう、書かれていた。「桜井美那って……誰か知っている?」「う……うん」 美奈子は困惑気味に頷いた。「き、去年亡くなった私のおばあちゃん」
2010.02.27
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ビリッ! 胸元に響いた音に、ついに固く閉じられていた瞳が見開かれた。 乳房を乱暴に握りしめられる痛みが、全身を螺旋のように駆けめぐる。 せめて逃れようと体をよじらせるが、ベッドに拘束された身では逃れようもない。 乳房に舌が這い回るおぞましい感覚に悲鳴を上げる。 やめてくれと、何度も哀願するが、それさえ耳に届いていない。 出来ることがあるとすれば、この悪夢が一瞬でも早く終わってくれることを祈るしかない。 祈る? 何に? 神から最も遠い存在である私は、何に祈る? 女として最も大切な場所を覆い隠す布が外された。 自分の身に、これから何が起きようとしているのか、わからないわけではない。 信じたくないだけだ。 誰にも触らせたことはない。 誰にも、見せたことさえない。 その場所が今、乱暴に開かれ、男の見せ物になっている。 体が壊れてもいい! 男の視線から逃れるなら、死んでもいい! 狂ったように暴れるが、万力のような力で腰を押さえつけられた身で、逃れることは出来ない。 抵抗することさえ、言葉で嬲る口実を男に与えるだけだと思い知らされるだけだ。 下腹部に走る虫酸が走るような嫌悪感が、徐々に鈍いような、くすぐったいような、不思議な“刺激”へと変化して行く。 下半身が、むず痒い。 弄ばれ、聞くに堪えない言葉にまじり、卑猥な音が耳に届きはじめたのは、それからすぐのことだ。 水をこねくり回すような音が、何を意味するか。 その音源が自分であるという羞恥と屈辱が、精神を容赦なくむしばんでいく。 ―――みんなが、こんなこと、されたんだ。 もはや為す術もなく、耐えることだけが、出来ることだと思い知らされた。 ―――ディアナも、クリスも、ベスも……みんな、こんなこと、されたんだ。 不思議系のディアナ。 ボーイッシュなクリス 大人っぽいベス。 大切な友達。 彼女たちもまた、こんな屈辱を味わわされたんだ。 そう思うだけで、涙があふれてくる。 不意に、腰を拘束していた力が緩んだ。 一瞬――― 終わった? 疑いつつも、希望の光を見た気がした。 だが……「っ!!」 体が引き裂かれた。 本気でそう思ったほどの激痛に、美声を讃えられる喉から悲鳴が絞り出される。 自分の体に、何が入れられたのか。 自分の体が、どうなったのか。 女の子として ―――否。 女としてわかる。 男が、容赦なく体を弄び始める。 腰同士が激しくぶつかり合い、血の混じった水音が響き渡る。 そのたびに遠のく意識を、乳首に走る甘い痛みが現実へと引き戻す。 痛みにグシャグシャに泣き崩れた顔、乱れた髪を直す余裕なんて、ない。 ただ、これが悪夢であること祈るだけだ。 何が夢で、 何が悪夢で、 何が現実なのか――― 何も判らなくなっていく。 ―――ソノウチ、キモチヨクナッテイクヨ? 男は、強引に唇を奪い、舌を顎の中にねじ込んでくる。 吐き気を催す嫌悪感の中で、そう囁かれた。 そうかもしれない。 屈辱より 苦痛より 快楽の方がいい。 溺れてしまえば、きっと、そっちの方がマシ。 いつしか、そう思うようなった。 痛みが快楽に変わるように。 悲鳴ではなく、歓喜の声が出ますように。 溺れてしまえば、逃げることが出来る。 私は、逃げてしまえばいいの? 逃げる? 何から? 悪夢から。 悪夢って? 今、されていること。 男の動きが激しさを増し、息が荒くなっていく。 男がうめき声をあげた、次の瞬間、 胎内に、焼けるような熱が走った。 体そのものが焼き払われたような悪寒の中、暗い闇の中へと、意識は落ちていく。 ぼんやりと浮かぶ、自分を見つめている男の顔。 女の子としか思えない顔。 そこに浮かぶ視線は、あからさまなまでに、自分を見下していた。 ―――許さない。 遠のく意識の中、自分が男を睨み付けることが出来たかわからない。 ―――絶対に、許さない!! その言葉を心に刻みつけ、意識を失った。 ぐったりとする女から身を離し、少年は改めて女の体を眺めた。 ―――自分が女にしてやった。 男の身勝手な言い分を呟きながら眺める女の体は、折れそうなほど華奢だ。 体つきからすれば、中学生。 自分と同じくらいだ。 その体は、鎖と革手錠によってベッドに拘束され、女の子からは白い白濁物と共に、うっすらと血が流れている。 ツインテールの金髪が乱れ、白い肌には、自分が残したキスマークが淫らな跡を残している。 その全てが、少年を満足させる。 ベッドの脇に置かれたタバコに火をつけ、数回吸った。 肺に入り込む煙にむせび、少年は灰皿にタバコをねじ込んだ。 ―――これで 涙の跡が残る端正な顔を眺めながら、少年は思った。 ―――5人全員、僕のモノになった。 僕のモノ。 そう思うだけで、再び下半身が熱を帯びる。 ムラムラとした、どす黒い欲望がわき上がってくる。 もっと、女を楽しみたい。 女が快楽に溺れる姿が見たい。 先日、やっと絶頂を覚えたのはあの巨乳のメガネだったな。 清楚な女があれ程乱れてくれるのは、思い出すだけでたまらない。 少年は、ベッドから降りると、そのまま部屋を後にした。 少年はその時、忘れていたのだ。 自分がモノ扱いした少女達が、一体、どういう存在であるかを。 ぐったりとした少女が横たわる部屋の外。「なっ!?」 ドカバキグシャッ! 少年の短い悲鳴と、骨肉を砕く音が響く。 すぐにドアが開かれ、入ってきたのは4人の少女達。「……エルシィ」 ベッドの脇に立つ黒髪の少女が、ベッドの上に横たわる少女を沈痛な視線で見る。「エルシィにまで手を出すなんて!」 黒髪の少女は、きびすを返すと部屋を出ようとした。「アリス、どうしたの?」 その腕を止めたのは、メガネをかけた少女。「止めないでベスっ!あいつを殺しにいくのよ!」 アリスは答えた。「袋だたきにしてダストシューターに放り込んだだけじゃ、気が収まらないっ!」「力を封じられた私達には、彼は殺せないわ」「―――くっ!」「復讐の時を待つのよ。アリス」「……」「クリス、ディアナ」 メガネをかけた少女、ベスは、アリスから手を離すと言った。「エルシィを連れて逃げます。金庫は破ったわね?」「はい」「現金が日本円で10億ですから、しばらくは暮らせます」「よろしい―――」 ベスは、ちらりとアリスに視線を向けた。「あなたがリーダーよ?アリス?」「―――っ!」 カッと頬を赤く染めたアリスは気色ばんで言った。「逃げるわよ!?いずれ、絶対に、この国で、あの男を殺すために!」
2010.02.27
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慶応三年八月「―――これですね」 そう、指を指された先にあるモノを見た時、沖田総司が出来たことは、うめき声を口の中で殺すことだけだ。 地獄の底へ下るような、深い地の底への旅の果てに、彼はそれを確かに見た。「こ……これは」 キュッ 思わず後ずさった総司の横に立つ少女が、そっと総司の手を握った。 手に伝わる、華奢で柔らかい感触が、総司の心に生まれた戦慄を和らげてくれる。 ―――連れてこなければよかった。 総司は、少女の横顔へ盗み見るような視線を送り、後悔した。 これは、女子供の見ていい代物ではない。「時雨殿」 斉藤一が言った。 相変わらずのポーカーフェイスのせいで、感情が判らない。「……これは一体?」「私の先祖にして、前任者です」 時雨。 そう呼ばれた女は、楚々とした声で答えた。 いつの間に着替えたのだろう。 白装束に身を包み、髪を下ろした女が目の前のモノを見上げる視線を外そうとはしない。 モノ 松明と龕燈提灯(がんどうちょうちん)に照らされた先にあるモノ。 漆黒の闇の中に浮かぶそれを見た総司は最初に巨大な干物を連想した。 黄ばんでボロボロになった布に包まれた干物が岩壁に張り付いている。 本気でそう思った。 近藤や土方から、“その世間ズレした発想をどうにかしろ!”と叱られてばかりの総司は、天性の純粋さ故にそう発想したにすぎない。 否。 総司でなくても、そう思ってしまう。 黄ばんだボロ布は白装束。 干物の上部には、油が抜けた黒髪が張り付いていた。 そう…… 人間の―――ミイラだ。 十字架にかけられた罪人のように、手を左右に広げ、まっすぐ立った姿勢のまま、ミイラは岩壁に張り付くような姿勢で、その場にいた。「記録では慶安4年(1651年)、由井正雪の乱があった年になりますね」 時雨の斜め後ろに立つ背の高い男が、場違いなほど飄々とした声で言った。「それから200年以上―――よく持ったモノです」 男は、そっと手を合わせた。「200年に渡り、この天下を乱す者を防ぎきった貴女に感謝します」 光に照らし出された長い髪は、何一つ答えない。 ぼろぼろに崩れかけた皮膚と肉もまた、無言のまま。 黒く窪んだ眼窩に宿る光は、ない。「……はい」 時雨は小さく、しかし、力強く頷いた。「これからは―――私です」「私は一体、何年を保つことが出来るのでしょうか」「何年でも」 男は楽しげに頷いた。「それこそ、千年万年、千代に八千代に」 クスッ。 時雨はそっと袖で口元を抑えながら笑った。「最後に笑わせていただき、感謝いたします。松笛殿」「あなたには」 松笛―――そう呼ばれた男は、頷き返した。「私を殺してもらえる―――そう、信じていたのですがね」「これもまた、運命(さだめ)というものです」「運命(さだめ)―――ですか」 ふうっ。 ため息と共に、松笛は言った。「イヤな言葉です」「本当に」「本当ですよ―――さて」 松笛は振り返った。 そこには、目の前に存在する不気味な物体を前に、言葉を失っている侍達の一団がいた。「新撰組の皆様には、力仕事をお願いします」「力仕事?」 斉藤がいぶかしげに言った。「まさか、“あいつを降ろせ”とか、いわねぇだろうな?」「正解です」 岩肌をよじ登り、ミイラを降ろす作業に入った新撰組の隊士達を見守りながら、「……お話は、聞いているのですが」 沖田の横に立っていた少女が松笛に言った。「今、目の前に現実として存在しても尚、信じられません」「“彼女”は、“器”にすぎません」 松笛は言った。「器の強弱が、中身をこぼさない秘訣ではありますが」「一体、誰がこんな残酷なことを」「水瀬家は絡んでいない―――?」「知りません」 少女はムキになってそっぽをむいた。「私は水瀬家からは追放された身です」「唯一の正統なる後継者はあなただというのに」 松笛は、残念そうな顔で少女の端正な横顔をみつめた。 松明に照らし出される少女の若々しい肌が、陰鬱な世界に染まりかけている心を、浄化してくれる。「どこもそうですけど、お家騒動は」「その話は」 少女は松笛の言葉を遮った。「しないでください」「……それが、お望みでしたら」 ミイラが降ろされるのを見守りながら、松笛は頷いた。「華より団子。家より総司君ですね?雫(しずく)殿は」「なっ!?」 一瞬にして耳まで真っ赤になった、雫(しずく)と呼ばれた少女が、何かを言い返そうとした時、「ちょっと」 つんつん。 雫の肩を何かがつついた。 振り返ると、妙齢のびっくりする程の美女が自分の後ろに立っていた。 名を、梅。という。「雫ちゃん。お化粧するから手伝っておくれ」「はい」「まぁ、あんたにゃ」 赤い天鵞絨(びろうど)の絨毯が敷かれ、石の上に据えられた幾本もの蝋燭が白装束の女性を照らし出す。 化粧道具を用意しながら、梅は言った。「いろいろ恨み辛みもあるけどさ」「……」 時雨は、正座したまま、無言でその言葉を聞く。「女同士で、最後にしてやれるのはこの程度さね」「ありがとうございます」「よしなよ。礼はいらないさ。ねぇ?雫」「はい」 雫は力強く頷いた。「時雨様?お梅さんは、お化粧がとても上手なんですよ?私もしっかり教えてもらって、いつかお梅さんの死に化粧を」 ガンッ!! 梅の一撃が、雫の脳天に炸裂した。「ったく!総司君に毒されすぎだっての!」 頭を抱えてうずくまる雫を睨み付けた梅は言った。「私ゃ遊郭育ちさ。化粧はお手の物。責任もって、三国一の美人に仕立ててやるよ?」「降ろしたぜ」 女性達が化粧に勤しむ中、むしろの上に降ろされたミイラを前に、斉藤は言った。 その顔には、あからさまな嫌悪感が漂っている。「それにしても、コイツは一体?」「聞いていませんか?」 松笛は、おや?という顔になった。「俺達が聞いているのは、こいつとあんたの道中を護衛することだけだ」「そうですか?」 松笛は首を傾げた。「近藤局長にはお話したのですがねぇ」「どこでだ」「酒の席で」「あの飲みすけが酒の席でのことなんて覚えているもんか!」 斉藤が言った。「翌日にゃ、小便と一緒に全部流しちまってるわ!」「……成る程?」 無理もない。 松笛は、不思議と何度も頷くと、不意にミイラを指さした。「この道中の目的は、このミイラにあります」「……」 斉藤達は、訝しげに松笛と横たわるミイラを見比べる。「どういう意味だ?それは」「このミイラの子宮の中には、恐ろしいほど厄介なモノが巣くっています。ミイラは、それを封印するための器なのです」「……つまり」 京の都に来てから幾度となく、敵として味方として目の前の男と関わってきた斉藤は、不親切極まりない松笛の説明を、脳内で補足した。「何だか得体の知れないバケモノを、女の体に閉じこめているって寸法か?」「ご明察」「壊しちまえ。んなモノは」 斉藤は、とっさに部下の隊士が持っていた松明を掴んだ。「こんな干涸らびてるんだ。盛大に燃えるだろうよ」 斉藤が、ミイラに松明を近づける。 それを止めたのは松笛だ。「―――破壊することは出来ないのです」 その声は真剣だ。「かつて、阿部清明、倉橋(くらはし) 時深(ときみ)が束になって何とかしようとして出来なかった」「……燃やす程度じゃすまねぇ、ってか?」 松笛は無言で頷いた。「ならせめて」 隊士に松明を押しつけ、斉藤は訊ねた。「こいつの腹の中に何がいるのか、それと、あの女は何なのか、教えてくれ」「ここまで来たのです」 松笛は頷いた。「聞く権利はあるでしょう」「……」「河内時雨……あなた方にとっては敵の中の敵。彼女はこの」 松笛の指先には、ミイラがいた。「彼女のご先祖様に代わり、新たなる“器”となる」「……器には、何を入れる?」 松笛から、斉藤達が何を聞いたのか。 隊士の全員が、一切、語ることなく世を去ったため、一切が不明のままである。 ただ、斉藤の言葉として、こんな言葉だけが残っている。「近藤さん達は、俺達に何も言わなかったんじゃない。 何も言えなかったんだ。 もし、俺が近藤さん達の立場でも、そうしただろう。 “それ”を知っているなら、誰でもそうするさ」 約200年前の話であった。
2010.02.27
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F.S.Sのファンとしてん十年。みなさんは、ニュータイプに昔、テレビCMがあったのご存じですか?(今については、テレビ見ないしニュータイプも卒業したので知りませんが)さてここで私の記憶のみが根拠という恐ろしい三択クイズです。問:ナイト・オブ・ゴールドが全国放送でその姿をさらしたのは、いつでしょう。1.私的に悪夢の劇場版が放映された時2.ガレキの特集3.ニュータイプ付録のポスター紹介。下手したら2かもしれませんが、私的には3です。1はないと思います。あれ流すなら……ねぇ?本当にニュータイプのCMでナイト・オブ・ゴールドのポスターが紹介されて、それからこの世界に入ったのが私ですから。まぁ……外れていても、戯言でスルーしてください。ん十年前の話ですから。……本題にもどします。昔から欲しくて欲しくて(無限ループ)仕方ないレッドミラージュのフル装備バージョン(?)です。……売り切れみたいです。F.S.S系って、そろそろ人気も無くなってきているのかなぁ……永野センセ。続きを書いてください。というわけで、最強のレッドミラージュです。このシリーズでは、近衛が後に開発する人類最強メサイア“白龍”のモデルです。さらにいえば、広域火焔掃射装置(スイーパーズフレイム)は、文字通りのこいつのインフェルノ・ナパームそのものです。ですから、美奈代達が広域火焔掃射装置(スイーパーズフレイム)装備で空を飛んでいたら、こんなイメージです。本当にかっこいいので、未だに大好きです。下のリンクからショップへ移動します。もう少し詳しい画像が楽しめます。PCはこちらモバイルはこちら
2010.02.20
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……買おう買おうと思っていて、ついに買い損ねたシリーズNo1。F.S.SのエンゲージSR1[通常版]です。再販したら欲しいなぁ。ちなみに、祷子の駆るD-SEEDのモデルはこの騎です。エンゲージSR1=D-SEEDの図式は公式設定だと思ってください。以下をクリックすると、お店のサイトへ移動します。もう少し詳しくみれるかも(^^)。PCはこちらモバイルはこちら
2010.02.20
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けいおん!のあずにゃんが1/8完成品とねんどろいどフィギュアとなって登場です! この子が出てきてから、個人的にけいおん!は面白さを増したと思います。 私的には、澪より好き。 こういう妹がいたら……私は犯罪者確定ですね(苦笑) 両方とも、発売は6月。 誰か買ったら私に下さい!!
2010.02.20
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「私も最初から」 イーリスは言った。 教会の鐘の音が厳かに響く中、暖炉で薪が小さくはぜた。「神を信じていたわけではない」「へえ?」 水瀬はコーヒーメーカーの具合を注意深く見守りながら、適当な返事をした。「こんな日に出る話題とも思えないから驚いた」「……そうだな」 小さく苦笑して、イーリスは窓の外を見た。 12月24日―――クリスマス・イブ。 教会のミサを終えた後も友達と話し込んでいた華雅女子学園の生徒達も、三々五々、寮への帰路に就き始めている。「そういえば」「ん?」「子供が亡くなったって聞いたけど?」「ああ」 イーリスは小さく頷いた。「数日前、用務員の娘さんが感染症で亡くなった」「あの感染症は魔法治療出来ないからね」「うむ……気の毒なことをした。まだ洗礼前だった」「洗礼前に死ぬと、どうなるの?」「天国に行けない」「薄情」そう言いかけて、水瀬は首を傾げた。「天国と地獄の概念もない神道の司祭の息子のセリフじゃないか」「昔からそう言われている」 イーリスは聞かなかったことにした。 宗教論争なんて興味すらない。「神は哀れみ深い御方とはいえ、洗礼という教義が絡むと話が違ってくるらしいな」「イーリスさんはどう思っているの?」「それは」 イーリスは、少し言い淀んだ様子で黙った後、言った。「私の信仰と絡む話だ」「?」「……こんな日だ」 イーリスは窓辺に腰を下ろし、星のない夜空を眺めながら言った。「奇跡の話ってのをしてやろう」 イエス・キリストが洗礼を受けないで死んだ子供に天国の門戸を開かない。 そうは言っても、洗礼を受けずに死んだ子供の魂だって、どこかにいかなければならない。 ヨーロッパの人々は、イエスの代わりを、キリスト教より前から伝わる言い伝えに出てくる天地の神、多くは女神に託した。 仏教徒が地蔵菩薩の慈悲に縋るのと同じく、その慈悲が子供達の魂の世話をしてくれると信じたのだろう。 故郷を戦果に焼かれ、組織に引き取られた私が修行に出た先はドイツ帝国バイエルン地方。 この一帯でもそんな考えがあってな? “ペルヒタ母さん”という人が、子供達の面倒を見てくれることになっているんだ。 このペルヒタ母さんは、アルプスの山の下にある、地底(ウンタースベルク)に国を持っている。 ペルヒタ母さんは、その、誰も知らない国で、洗礼を受けずに死んだ子供達の魂を大切に面倒を見ている。 どんな国かって? 誰も見たことはないが、想像して見ろ。 明るくて、暖かで、現世で救われなかった弱き魂に与えられた天国の代わりの国。 不自由一つするものか。 そうでなければ、子供を失った親がたまらんだろう? 地獄の賽の河原で満足する方がどうかしているんだ。 ―――ただ、この地底(ウンタースベルク)の子供達にも問題はある。 名前がないんだ。 ん? 違う。 親が名付けた名ではなく、教会の洗礼で受ける名のことだ。 死んだ後も神の前で通る名は、この時つけられた名だ。 これがないために、地底(ウンタースベルク)の子供達は、誰も彼も名無しなんだ。 ……。 ……名無しの一号二号って、お前な。 “色々、有利になるような名前がいい”って理由で“悠理”と名付けられたお前が言うか? ……知らなかったのか? お前のご両親から聞いたんだが? ……まぁいい。 泣くな。 このペルヒタ母さんが、年に数日間、子供達を地上で遊ばせることがあるんだ。 クリスマスから「東方三博士の日」、つまり1月6日までの12日間だ。 この間に、夜道を歩いていると、道の向こうから風に吹かれた粉雪のようなものがふわふわと漂いながら通り過ぎるのを見ることがあると昔から言われている。 それが、地底(ウンタースベルク)の子供達だ。 私もそれを見たんだ。 修行があまりに厳しく、師匠も厳格で、ついに耐えられずに逃げ出したんだ。 食べるものもなく、外套もなく、ただ寒さと飢えでふらふらになりながら、村から村へと逃げていた。 どこへと聞かれてもわからない。 当時の私は、誰だろうと大人という生き物すべてが恐怖の対象だったからな。 ただひたすらに、大人のいない世界がないか。 それを探していたような気がする。 そんなある日の深夜。 ある街で、石畳の続く道を歩いていた。 教会の鐘の音と、家々のドアに飾られたクリスマス・リースで、初めてその日がクリスマスだと知った。 雪が降りそうな曇天と暗い夜道がいやが上に心細くさせてくれた。 私は無意識に灯りを求めて石畳の中をさまよった。 いくつか角を曲がった先で、私は小さなたき火を見つけた。 たぶん、集会か何かがあったんだろう。 クリスマス飾りや食べ残しが散乱する中、消し忘れたらしい小さなたき火だったが、私にとってはオアシスそのものだった。 私は駆け寄って、たき火の残り火で体を温めた。 食べ残しらしい、凍りかかったチキンの残りかすをゴミ箱からみつけ、食べあさった。 数日ぶりの暖と食べ物だ。 クリスマスの奇跡だと、私は少しだけ嬉しかったよ。 どうやったら、このたき火の側で誰にも見つからずに眠ることが出来るだろう? そんなことを考えていたら、いつの間にか雲がきれて月明かりが差し込んできた。 私が、自分の目の前の道を、何かが通り過ぎようとしているのに気づいたのは、その時だった。 最初は雪がちらついてきたとしか見えなかった。 だが、よく見て驚いた。 それは雪なんかじゃない。 月明かりの下を子供達が歩いていたのだ。 どの子も白くて長いシャツを着ていた。 知っているか? 白は罪汚れのない純潔の印なのだ。 深夜の寒い中、シャツ一枚で軽やかに、楽しげに進む子供達。 私は最初こそ、恐怖を越えて唖然としてその子供達の列を見送っていたが、子供達が浮かべている本当に嬉しそうな顔を見ていると、なんだか私までうれしさがこみ上げてきた。 ところが、子供達の列の一番後ろ。 よたよたと歩いている小さい子供がいた。 みんなについていけないんだ。 何故? その子の白いシャツが、その子には長すぎたのさ。 私の前を通り過ぎようとするわずかな距離でさえ、その子はしょっちゅう裾を踏んづけて躓いてばかりだ。 本当のちびすけだったんだ。 ……水瀬、お前よりちびはこの世にいる。 良かったな。 ……とにかく、その子が私も気の毒になってな? 思わず声をかけたんだ。「おいで。ちびすけ(フーデルヴァッフル)。シャツを短くしてあげる」 あの子が私の声に気づいて、私に近づき、私はシャツをしばってやる。 そうすれば、あの子は転ばずにすむようになる。 そう思った。 だが、そうはいかなかった。 ちびすけ(フーデルヴァッフル)。 私にそう呼ばれた子は、驚いた顔をして、私に向かって叫んだんだ。「お姉さん。どうもありがとう。今、僕に名前をくれたね。僕の名前はちびすけ(フーデルヴァッフル)だ!これで天国にいけるよ!」 突然、そう叫ばれてびっくりする私の前で、罪汚れのないことを示す白い服が不意に光り輝き出したのはその時だ。 光があまりに強くて、私は思わず目を覆った。 私はもう何も見えなかった。 だけど、そのおかげで私の耳は、その子が名前をもらったことのうれしさに、思わず心の底から叫んだ声がはっきりと聞こえた。「やったぁ!やったぁ!やったぁ!」「―――へえ?」 水瀬はコーヒーメーカーから視線を離した。「それで?」「私は翌日、組織に連れ戻された。修行は厳しくなる一方だったが、それでも私がそんな日々に耐えられたのは、この一件があってのことさ」 イーリスはコーヒーを注ぐ水瀬をちらりと見ると、再び視線を空に向けた。「神は存在する。その慈悲は、例えどれほど時がかかろうとも、必ず全てに訪れる。なら私にも……きっと」「……なるほど」 水瀬はコーヒーを注ぎながら訊ねた。「イーリスさんにとって、救いって何?」「さぁな」 悪戯っぽく肩をすくめたイーリスが苦笑した。「願い事は口にするとかなわなくなるというからな」「―――意地悪」 水瀬はコーヒーをイーリスに手渡した。「はい。とりあえずメリー・クリスマス」「メリークリスマス―――おっ?」「どうしたの?」「……雪だ」「本当だ」 水瀬は言った。「ちびすけ(フーデルヴァッフル)達のお出ましだ」 そして、何度もちびすけちびすけと言い続けた。「どうしたんだ?」「ううん?」水瀬は少しだけ残念そうに言った。「何人か救えたかなと思って」「ただそう叫ぶだけで人が救えるなら、いくらで言ってやる」 イーリスは「水瀬の」と言い置き、息を吸うと窓の外にむけて怒鳴った。「お前はバカ!」「はすっぱ!」「ちびすけ!」「暴力女!」「性格破綻者!」 二人は笑いながら互いの悪口を一通り叫んだ後、互いに笑い出した。「悪くないな」「大声あげるのって、いいストレス発散だよ」「そうだな」 言いかけたイーリスと水瀬の前で、窓の外で光が走った。 僕はちびすけ! 僕はバカ! 僕は―――!! 私は―――!! やったぁ! やったぁ!「……」「……」 窓の外から聞こえてきた何十人もの歓喜の声。「……どうする?」「どうするって言われても……」 その夜。 イーリスは、神様からさんざん怒られる夢を見たという。
2009.12.19
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「お待たせしました」 数分後。 右手の甲をさすりながら、鼻を赤くした美奈子が言った。 その真横では、水瀬が壁にめり込んでいた。「目をつむっていますから、どうぞご自由に」「……拳が顔にめり込んだの、初めて見ました」 女のあきれ顔を後目に、美奈子は目をつむり、耳を塞いだ。 その仕草にクスリと小さく笑った女は、つぶやくように言った。「そういう律儀な性格は、嫌いではありません」 そして、その視線を、壁から剥がれて床に落ちた水瀬に向けた。「―――水瀬様?」「痛たたっ……はい?」 美奈子の必殺技“めりこみパンチ”をモロに喰らった水瀬は、顔を押さえながらつぶやく。「何で避けられないんだろう……」「よろしいですか?」「あ……戻った。どうぞ?」「これを見ても―――」 衣擦れの音がして、女の体から脱がされた衣服が床に落ちた。 女が、自ら衣服を脱いだのだ。 白い陶器のような艶めかしい、一糸まとわぬ肌が、水瀬の前にさらけ出される。 突然の出来事に、水瀬の視線は、女の肌に釘付けだ。「思い出していただけませんか?」 女がゆっくりと水瀬に近づく。「あ……あの……」 水瀬は目を見張って女を見続ける。 ゴクリ 水瀬の飲み込んだ生唾の音が妙に高く響く。「―――この体は」 女が自らを抱きしめるような仕草をする。 その細い両腕の中で、豊かな双丘が、男を狂わせんばかりに歪む。「あなただけに抱かれた……あなただけのものなのに……」「だ、だから」 自分が誘われていることはわかる。 だが、女の言っている言葉の意味がわからない。 女は、自分と肉体関係があったと。そう言っているのだ。「僕は祷子さん以外の女の人は―――えっと」 水瀬はどもりながら言った。「ナターシャさん位しか……えっと」「まぁ……」 女の手が、そっと水瀬に伸びる。「私達は……女の数に入らないのですか?」「っ!」 水瀬の喉が、自分でもびっくりした程素っ頓狂な声を上げた。 女の手が伸びた先。 そこは、水瀬の男性として最も弱い部分だったのだ。 そこをはい回る女の手。 それは、水瀬にとっては久しぶりに快楽であり、快楽に慣れていない水瀬という男の子には刺激が強すぎた。 水瀬は、自分の体が、その手に正直に反応したことを、嫌が上にも悟った。「……まぁ正直ですこと♪」 水瀬の男性としての反応を楽しむように、女の手が艶めかしい動きを見せる。「ご立派ですね……これが……」 時に強く、時にいとおしむように動くその動きに、水瀬はもう動けなかった。 ―――祷子さんだけ祷子さんだけ。 水瀬は何かを呪文のようにつぶやくだけだ。 ただ、それが決壊前の堤防に過ぎないことを、水瀬自身がもう悟っていた。「私の……純血を……」「あ……あの……」 半分泣きそうなまでの水瀬の声に、女は楽しげに答えた。「これは罰です」 不意に、女の手が水瀬から離れた。「私は、あなたに復讐します」「へっ?―――んっ!?」 水瀬は、不意に自分の唇がふさがれたことに驚いた。 女の顔が、びっくりするくらい、近い。 女に抱きしめられ、その体の柔らかさと、言いようのない香しい香りが、水瀬の男性としての本能を狂わせようとしていた。 ―――祷子さん。ごめんなさい! 水瀬は心の中で叫んだ。 ―――ちょっとだけ! 水瀬の腕がそっと女を抱きしめようと動く。 だが、女はその手から逃れるように、水瀬から離れた。「え?」「……今晩は、ここまでです」 いつの間にか床に落ちていた衣服を手にした女は、晴れやかに微笑んだ。「お仕事がありますので」「……へ?」 お仕事。 その言葉に、我に返った水瀬は、とっさに美奈子を見た。 水瀬の目の前で、いつの間にか、女と同じスーツを着た別な勝ち気そうな黒髪の女が、まるで汚物を見るような眼で水瀬を睨んでいる。 その腕の中に、ぐったりとした美奈子がいた。「しまっ!」 水瀬が腰の霊刃に手を伸ばした時には遅すぎた。 フンッ。 勝ち誇った様な視線を残し、美奈子を抱きかかえた女が水瀬の目の前から、かき消すように消えた。 瞬間異動(テレポート)だ。「私達は、まだしばらくこの国にいます」 女の声に、水瀬は目を見開いた。「ま、待って!」「―――ではいずれ」 優雅な仕草で挨拶する女の姿が、水瀬の前から消えようとしていた。「こ、こんなの困るっ!」 女は答えることなく、その姿を消した。 後には、ガラスや家具が散乱する部屋と、風に揺れるカーテンだけが残された。「ぼ……僕」 テレビの音だけがむなしく響く部屋で、水瀬は悔しそうに、困ったように言った。「……僕」 その視線は現実を見ていない。 水瀬が見ていたのは、脳裏に焼き付けられた、あの女のみせた胸であり、下半身の茂みであり、そこから連想した、女との、それこそ「小説家になろう」の通常版では表現出来ないレベルの激しい妄想だった。「ぼ……僕……」 はぁ……はぁ……。 水瀬は、荒い息のまま、消えた女に救いを求めるように言った。「ばっきんばっきんなんですけど……」 その姿勢は、無様なほど前屈みだった。
2009.11.29
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「災難だったね」 美奈子はそう言うと、そっと水瀬の前にコーヒーカップを出した。「うん」 目の回りに青あざをつくって、ぐったりとした水瀬は、車のトランクに押し込められたと勘違いした理沙によってボコられた挙げ句、ようやく身の潔白を理沙に納得してもらったばかりだった。「尋問と拷問をつけて欲しいなぁ……理沙さんって」「カンカンだったものね」 いいつつ、美奈子は噴き出した。「笑い事じゃないよぉ」 恨み言を言う水瀬がコーヒーに口を付けた。「……おいしい」「よかった」 その一言に、美奈子は嬉しそうな顔になった。「インスタントだけどね」「おいしいよ?」 水瀬は小さく微笑む。 そんな些細なことが、美奈子にとっては何より嬉しい。 ……ただ。「1909年7月、ダーバンからケープタウンに向け航行中に、200名を超える乗員乗客と共に消息を絶った貨客船ワラタ号は、“オーストラリアのマリー・セレスト号”とも呼ばれ―――」 ガランとした家の中。 テレビの音だけがやたらと大きく感じられる。 家の中にいるのは、自分と男の子だけ。 普段なら狭いとさえ感じる家が、妙に広い。 世界中に、自分達だけしかいないんじゃないかと、錯覚してしまう。 のどが乾く。 心臓が妙にドキドキする。 普段、学校で一緒にいる時とは全く違う。 学校では服のことなんて、何も意識したことはないのに。 今は違う。 服じゃなくて、何故か下着のことが気になってしまう。 お風呂はどうしよう。 お風呂入ってもらって……それから……。 ふと、そんなことをとりとめもなく考えている自分に気づいて、慌てて首を左右に振って、考えを振り払おうとする。「……どうしたの?」「え?」 水瀬に首を傾げられ、美奈子は慌てて笑って誤魔化そうとした。「な、何?何かヘンなの流れた?」「……?」 水瀬は怪訝そうな顔になった。「すごく慌てている」「や、やぁねぇ!」 美奈子は笑いながら言った。「そ、そんなことないわよ!」「ふぅん?」 水瀬はそれでも言った。「テレビ、一緒に見る?」「う、うん」 テレビの前に置かれたソファーに座った水瀬が、ポンポンと軽くソファーを叩く。 美奈子は、まるで地雷の上に座ろうとしているように、恐る恐る水瀬の横に座ると、注意深く水瀬との距離をとろうとした。「……あの」 水瀬は、困惑したように言った。「僕、席、離れたほうがいい?」「そ、そんなことないっ!」 美奈子は思わず出た大声に、自分で驚いた。「い、いいのよ!?その場でデーンとしていて!」「そ、そう?」 水瀬は何とか話題を作ろうと話しかけた。「お弁当、おいしかったね」「う、うん」 言われた美奈子は泣きたくなった。 男の子と二人きりの食事だ。 未亜あたりなら、手作りの料理がテーブルを飾っているはずだ。 それに引き替え、水瀬が来ると聞いた途端に、コンビニ弁当をホカ弁に格上げするだけしか発想出来なかった自分が悲しすぎる。 何度も料理を学ぼうと思っても、そう思うのは後悔するその時だけで、後になればどうでもよくなってしまう。 瀬戸綾乃は、アイドルとして忙しい中、いつも水瀬にお弁当を作ってくるし、水瀬はそれを楽しみにしている。 それをパンをかじりながら見ている自分が水瀬においしいと言ってもらえるのが、ホカ弁やインスタントコーヒーでは―――。 私は本当に、水瀬君に女の子として意識してもらえているんだろうか。 美奈子は、それが本気で不安になってきた。 ふと、水瀬の横顔を見る。 美奈子の横で、コーヒーを飲む水瀬は、料理番組に熱中している。 視界に美奈子が入っている様子はない。 はぁっ。 美奈子は小さくため息をつくと、左手の薬指を見た。 本当なら世界中で一番輝くべき銀色の輝きが、なんだか冷たく感じられてしまう。 あなたにとって、一番大切な人。 婚約指輪とは対。 由忠の言葉が頭の中で何度も繰り返される。 水瀬君は、この指輪の由来を知っているの? 何度も、そんな言葉が脳裏を横切り、そして喉で消える。 その答えを知りたいような、知りたくないような。 複雑だった。 答えを知ることで、水瀬との関係が進展すればいい。 二人きりの、今の時間と世界は、そのためにあるようなものだから――― だけど、 拒まれたら? 自分の勘違い……いや、自意識過剰だと、この場で思い知らされたら? それが―――怖い。 このままでいい。 このまま、友達でいよう。 水瀬君に拒まれた後、私は友達でいられる自信はない。 なら……。 そう思いつつ、体は異性としての水瀬を意識しつづけている。 一体、水瀬君は、今のこの状況をどう思っているんだろう。 それが気になる。 ……そんなことが次々と頭に浮かんでは、消えていく。 結局、友達という微妙なラインでダンスを踊る美奈子の周りで、じれったいような、それでいて、心地よいような、不思議な時間がゆっくりと過ぎていくだけ。 いつも通りだ。 ピンポーン 不意に、チャイムが鳴ったのは、21時の時報が鳴った時だ。 思わず、ビクッとなった美奈子は、席を立った。「こんな時間に?」 水瀬は時計を見て怪訝そうな顔になった。「未亜ちゃんかな?」「まさか」 美奈子は言った。「あの子は結構、そういう所、モラルがあるのよ?」「ふぅん?」 ピンポーン ピンポーン チャイムの音は続いている。 誰かが出るまで鳴らし続けるつもりだろう。 リビングから玄関に向かおうとした美奈子を止めたのは水瀬だ。「―――まって」「えっ?」「僕、出るよ」「で、でも」「自分の立場、わかってね?」「……あっ」 そう。 何故、水瀬がこの場にいるのか、それで思い出した。 自分の護衛。 それなのに、ここで不用心な振る舞いをすれば……。「ご、ごめんなさい」 美奈子は神妙な顔で謝った。「でも……いいの?」 チャイムは未だに続いている。「うん。ただ、桜井さんは、ここにいて?」「う……うん」 水瀬はチャイムが鳴り続ける玄関で、ドアの前に立った。「……」 そっと、ドアノブにのばしかけた手を止める。「……」 恐る恐るという顔でリビングから顔を伸ばして水瀬の背中を見守る美奈子の耳に、ドアノブが回された音がした。 ―――その途端。 バンッ! その瞬間。 美奈子には、何が起こったかわからなかった。 目の前が真っ白になった。 とっさに目をつむったはずなのに目に何も映らない。 誰かが自分を抱きかかえたのはわかるが、それが誰なのかがわからない。 ギィンッ! ギンッ! ズンッ! ガシャァァァンッ!! 何かが連続して壊れる音がする。「ち、ちょっと!?」 美奈子は見えない目のまま、慌てた様子で怒鳴った。「い、今の、何の音!?」「ごめんね?桜井さん」 すぐ近くで水瀬の声がした。 どうやら、抱きかかえているのは水瀬だと、それで美奈子は見当をつけた。「窓ガラスとドア、後で弁償させるから」「な、何?割れたの?」「……割られた」「―――それは言いがかりです」 きっぱりとした、それでいて優しげな女の声が美奈子の耳に入ったのは、その時だ。 まるでチョコレートケーキを連想させる声が言った。「ドア越しに魔法矢(マジック・ミサイル)を撃ち込まれたのはそちらでしょう?」「ちがっ!」「なっ!?」 水瀬の慌てた声に、美奈子が血相を変えた。 美奈子の眼がようやく復活しつつある。 美奈子の眼に、ぼんやりと水瀬らしい人物の輪郭が映りだした。「こちらのお家にご迷惑がかかってはと、私達はきちんとこちら窓に対しても、解除魔法(アンロック)で入ろうとしましたのに。そこにまで魔法矢(マジック・ミサイル)を撃ち込まれたのは……」 クスクスと笑う声が後の声を消した。「水瀬君っ!」 美奈子の手が水瀬の口を容赦なく引っ張った。「私の家、何だと思ってるの!?」「ご、ごめんなひゃいっ!」「修理費、全額負担してもらうからね!?」「は、はいっ!」「―――さて」 痛む眼を酷使して、美奈子はようやく、その声の主を見ることが出来た。 金髪の眼鏡をかけた、自分達よりやや年上の女性。 白いスーツがとてもよく似合う。 優しげな眼が、美奈子に微笑んでいた。 その美しさにポカンと見とれてしまう。「お話はまとまりましたか?」「……あ、あの」 美奈子は、それが自分の家に侵入してきた相手であることを、ようやく思い出した。 水瀬に抱きかかえられたままの美奈子は、やっと答えた。「……どうぞ」「感謝いたします」 物腰優雅に会釈するだけで、これほど魅力的に見えるものかと、同じ女として嫉妬を越えた感情さえ抱く美奈子の前で、金髪の女性は言った。 びっくりするほど、一言一句がはっきりと聞き取れる声だ。「―――では、同道をお願いいたします。桜井様」「……えっ?」 狙いは、自分だと美奈子は知った。「先日の贈り物は、お気に召していただきましたか?」 「あ、あなた!」 驚く美奈子に、女は微笑んで言った。「桜井……えっと」「桜井……美奈子、です」 美奈子は、思わず答えてしまった。「……ああ」 女は、美奈子が見とれるほど慈しみにあふれた眼を微笑ませた。「感謝いたします。桜井……美奈子様」「……同道って、どこへ?」「あなたは別です」 女はきっぱりと言った。「我が主より、同道を命じられているのは、桜井美奈子様ただお一人」「一緒に僕もいい?」「……妨げるものあれば」 不意に、女の声に冷たさが走る。 怒っているのは間違いない。 この緊迫した中、不謹慎だと思いつつ、美奈子は、 ―――美人が怒ると怖いなぁ。 そう思った。「殺せと―――そう命じられています」「じゃあ、その主(あるじ)さんの所へは、僕は僕で行くことにするよ」 水瀬は言った。「名前と住所、教えて欲しいな」「……はぁ」 何故か、女はため息をつくと、優しい口調ながら、有無を言わさぬ強い声で言った。「お・こ・と・わ・り・し・ま・す」「交渉は決裂……かな?」 水瀬はむしろ楽しげに言った。「この前、言った通り、僕は女の子と戦わない主義なの」「……」 それまで微笑んでいた女の顔から感情が消えた。「女の子とは戦わない?」 その声には明らかな侮蔑が含まれていた。「よくもそんなことを、私達の前で言えますね……」「だから」 水瀬は言った。「僕、君達と出会ったことないんだけど」「……なら」 女は小さく、まるで自虐的なまでの笑みを浮かべ、言った。「思い出して差し上げましょう」「思い出す?」「ええ」 女は微笑みながら頷いた。「ただし、お願いがあります」「……」 警戒する美奈子と水瀬の前で、女は言った。「美奈子様」「わ、私ですか?」 突然、声をかけられた美奈子は、思わず自分を指さした。「はい」 女は微笑んで頷くと、美奈子に意外な事を言った。「少し―――眼をつむっていて下さい……耳も塞いでいてくださるとありがたいのですが」「は、はい」 美奈子は目をつむり、耳を塞ぎかけ、自分の体勢にようやく気づいた。「水瀬君」「何?」「降ろして」「はい」 言われた水瀬は、抱きかかえていた手をそのまま離したものだから―――
2009.11.29
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「語っただけで……死んだ?」 ルシフェルが怪訝そうな顔で由忠に訊ねた。「あり得るんですか?」 ルシフェル自身は、全く話を信じていない。 よしんば、現実の話だとしても、それは単なる偶然が重なった結果程度にしか思っていない。「あり得ないことが起きたから、結論として“呪われている”という噂が出たんだ」 由忠はルシフェルの反応を楽しむかのように答えた。「―――また、こんな話もある」「我を過ぐれば憂ひの都あり、 我を過ぐれば永遠の苦患あり、 我を過ぐれば滅亡の民あり 義は尊きわが造り主を動かし、 聖なる威力、比類なき智慧、 第一の愛我を造れり 永遠の物のほか物として我よりさきに 造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ、 汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ。 ―――わかるか?」「ダンテの『神曲』地獄篇ですね」「そうだ」 由忠は満足げに頷いた。「よく知っておるな。よく勉強しているな」「ありがとうございます……あの、それで」 ルシフェルが訊ねた。「ダンテと河内時雨……どういう関係が?」「河内時雨が死亡したとされる年から約20年後、先程の事件から数年後のことだが……河内時雨について調べていた歴史学者が一人、ある人物を訪ねた」「誰です?」「松笛貴臣(まつぶえ・たかおみ)―――幕末から明治にかけて最大最強と呼ばれた魔導師。河内時雨とは双璧をなすことは、さっき教えた通りだ」 ルシフェルは無言で頷いた。「私の知る限りだと、松笛と学者のやりとりはこうだ」 問う「河内時雨は、本当に浪士達の暴行により死んだのか」 答う「それでは不満かい?」 問う「違うのですか?」 答う「そう思うならそう思うといい」 ―――そして、松笛は席を立つと、朗々とこの一節を口ずさんだという。 なおも意味がわからないと食い下がる学者に、松笛は言った。 ―――彼女は門になったのだよ」「いくらでも解釈出来る言葉ですね」 聞き終えたルシフェルは、首を傾げた。「……門」「松笛は謎の多い人物でな。少なくとも、河内時雨が京都で捕縛されたのと時期を同じくして姿を消している。上に大がつく魔導師である彼女であるから?彼女を殺した、或いは殺せたのは、彼だけだというのが定説なんだ」「本人は否定しているんですか?」 ルシフェルはもっともらしいことを訊ねたが、由忠は首を横に振った。「先程の問答しか記録が残っていないから何ともわからん」「……成る程?それで」 ルシフェルは首を傾げた。「……お義父様は、伝説を信じているのですか?河内時雨の話は呪われているって」「伝説と言えば伝説だが」「……あの」 義父が顔を曇らせたことに娘としてイヤな予感を感じたルシフェルは訊ねた。「まさか、伝説じゃなくて、事実なのですか?」「河内時雨の死については、正直、俺も詳しいことは知らない。詳しいのはむしろお袋だろう」「御婆様が?」「ああ。俺は河内時雨のことに関わるなとお袋から言われた」 由忠はコーヒーを飲み干した。「小学生の夏のことだ。河内時雨の記事を、何かで読んでな?興味があったのでお袋に聞いたんだが―――“あなたを関わらせる訳にはいきません”と言われた。お袋からそう言われたのは、それが最初で最後だ」「関わることを許さない?水瀬家当主として?」「それだけ、厄介な話だということさ」 由忠はコーヒーカップを娘に渡した。 ルシフェルは、脇に置いてあったコーヒーメーカーからいれたてのコーヒーをカップに注いだ。「よく考えて見ろ。河内時雨が勤王家だというのは建前というか、一般的な知識に過ぎない」「はい」 ルシフェルは頷いた。「しかし現実は、幕末の大魔導師」「そう。では聞くが、それがどうしてこうも世論の話題に上ってこないと思う?」「……え?」 ルシフェルは、父親からの突然の質問にすっかり面食らった。「だ、だから、タブーだから」「そう」由忠は頷いた。「河内時雨の話題そのものに、触れること自体がタブー視されているんだ。総じて言えば、河内時雨と言えば、幕末史のタブーの代名詞だ」「……どうして?」「そう考えること自体がタブーなのさ」「答えになっていない」「……その答えを、少なくともお袋は知ってるんだ」 由忠は、渡されたコーヒーカップから昇る香りを楽しみながら言った。「いいか?幕末にも派手に立ち振る舞い、葉月湾まで作り上げたわが一族の中でさえ、河内時雨については資料が残っていない。口伝さえお袋が断ったせいで伝わっていない。その意味を考えて見ろ」「今、とんでもないこと聞いた気がしますが……絶対的なタブー?」「そうだ」 由忠は頷いた。「俺も個人的に調べたさ。結局、河内時雨を世に出そうとした者は、必ず不慮の死を遂げている。事故死、自殺、突然死」「……消された?」「そう見るべきだ」「ふぅん?」「だからですか?」「ん?」「桜井さんの荷物に、河内って名前があったことが心配になったのは」「そうだ」「河内時雨って、子孫はいないのですか?そんな人なら、子孫の所になにか記録でも」「そこまでは―――知らんというか、」 由忠は顎の下をポリポリと掻いた。「河内時雨で血筋は絶えたはずなのだ。もし、傍流もしくは、河内時雨の子孫が存在していたら」「していたら?」「とんでもないことだ」「?」「水瀬家と倉橋家……そして河内家は共に巫女の家系だ。同じ巫女でも、性格が違う。わが水瀬家や倉橋家は、別名「戦巫女(いくさみこ)」と畏怖された、バリバリの戦闘系だ。だが、河内家は違う」「違う?」「……生け贄の巫女だ」「生け贄?」「ああ……代々、といっても、正しくは数百年に一人の割合で生け贄を差し出す程度だったそうだ。今は本家が途絶えた今となっては、何にどんな儀式を経て生け贄を捧げていたか知る術はないがな」「……まさか」「俺が心配になった理由は」 由忠は真顔で言った。「その、桜井美奈子が河内時雨の子孫だとしたら、相手の狙いが全部読めるからだ」「……あっ!」 ルシフェルは真っ青になった。「そ……そんな!」「わかったようだな」 由忠は娘の聡明さに満足するかのように、感慨深げに頷いた。「敵は、ミイラを送りつけることで、生け贄を求めた。そして、その生け贄として、河内時雨の子孫たる巫女として」「……」「―――桜井美奈子を指名したんだ」
2009.09.26
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●事件発生より遡ること約百年前 東京日本橋 美術の白蛾堂「ご存じでない方がいらっしゃるとは存じませんでしたので」 ある夏の夜。 化物絵ばかり百点以上を集めた展覧会にあわせ、店の主が呼びかけた百物語の会の席上、飛び入りで壇上に登った小柄な老人がはげ上がって広い額を手ぬぐいでぬぐった。 盆提灯の弱い灯りが、歪に、しかも薄く映し出すのは、壇と向き合う聴衆達。 見る人が見れば、その中には名だたる文士や著名人が多数混ざっていることがすぐわかる。 皆、そういう人々の口から語られる怪談話を目当てで来ている。 飛び入り、しかも老人の話に興味はない。 それを承知の上で、老人は語り続ける。「そうですね。そうかも知れません。河内時雨(かわち・しぐれ)なんてご存じないですよね。失礼いたしました。何しろ、関係者だと、自分のご先祖様が絡む人物は皆、世に知られていると思いこむものでして……」 皆、そんな老人の声を聞くともなしに弁当を口に運ぶ。 壇上の声より、蓮飯に芋幹という亡者向けの弁当の献立の方にこそ興味があるようだ。「河内時雨は、名前の通り女性で、幕末を生きた人物です。 熱烈な勤王家でして、幼少の明治大帝の乳母を任じられたこともあります。 かなりの美人としても知られていたそうです。 それで…… ……それで、ですね? ううむ。 ……いや。 語るというものは難しいですな。勢いでここまで登ったものですが、今になっては後悔さえしています。 さて……どこから話したものか……。 …… ああ、池田屋事件や寺田屋事件はみなさんご存じでしょう? それと同じような事件が、やはり京の都であったのです。 紅屋事件……知らないですよね。 知っていたら、それこそ歴史通も歴史通だ。 ……ははっ。申し訳ないですな。 紅屋事件とは、朝廷に対するクーデター未遂事件です。 その頃、河内時雨は、勤王の念強く、それ故に宮中を辞し、志士達の中へと身を投じていました」 一体、怪談なのか歴史の講釈なのか全くわからないような話が続く。 短くまとめると、河内時雨とは、美貌と知識で知られた元女官上がりの勤王家で、京都に集まる志士達の間では、知る人ぞ知る人とまで呼ばれるようになった人物だ。 美貌と知識、そして残忍さで。 その思想は苛烈で、敵対者は容赦しない。必ず残忍な方法で、しかも周囲への見せしめ同然のそれは非道い方法で殺す。 志士だろうが誰だろうが、彼女の意志にそぐわない者は、全て殺される。 それ故に周囲に次第に疎まれるようになった。 後に明治新政府を率いる者達が台頭する中、志士の間で急速に立場を失いつつあった彼女は、一部急進派の志士と共に、宮中に忍び込んで帝を誘拐、倒幕の軍を挙げようと企てたが、身内の裏切りにより、企てはすぐに露見した。 彼女の仕打ちを恨み、あるいは恐れた者達により、いわば売られたのだ。 そんなことは露ほども知らないまま、彼女は常宿にしていた紅屋で新撰組により拘束され、江戸へと送られることになった。 老人の話は、ここから段々とおかしくなってくる。 それまでの、岩から染み出すような淡々とした口調はなりを潜め、ポツリポツリとした口調になっただけではない。 恐ろしく話が下手になったどころではなく、話にさえなっていない。 まるで言葉が一々喉に詰まるような、そんな様子で喋る。 皮肉なもので、話の順序も何もかもすべてを無視する格好が、逆に聴衆の興味を引いた。 老人の断片的な話を続ける。 河内時雨を江戸まで運ぶ任に就いたのは、京都にて金で雇われた浪士達。 彼女は彼らによって街道から外れた場所に監禁された挙げ句、女としての生き地獄を味わうことになった。 拷問に等しい男達の嬲りの繰り返し。 最後には、酒に酔った浪士達が嬲り者として切り刻まれて殺された。 高尾太夫の吊し斬りの方がまだ可愛げがあるほどの陰湿な方法により殺された河内時雨の亡骸の有様は、翌日、酔いの醒めた浪士達でさえ震え上がったほど。 その死体はそのまま米俵に押し込められ、近くの洞窟へと放り捨てられたという。 表面上は、逃走を企てたため、やむを得ず殺害したとして。 この話が怪談なのは、これから先。 ―――この事件の後、浪士達は次々に奇怪な死に方をした。 河内時雨の怨霊のなせる技だと、話を知った人々は恐れを抱いた。 これだ。 …… ……よくある古いタイプの怪談。 そういえばその程度の価値があるかどうかの程度。 何しろ話し方が支離滅裂すれすれである。思い出したことをただ口にしているようにしか思えない。 ただ、不思議とそれが真実味を産み出しているとでもいうのか、聞く者の心を掴むのも皮肉なことに事実だ。 それ故か、最初こそ問題にしなかった聴衆達も、知らず知らずに聞き耳を立てずにはいられなかった。 老人の口からポツリポツリと語られる河内時雨の怨念のみがなせる技としか言い様のない浪士達の死に様。 聴衆達は、いつの間にか弁当にのばした手を止めている。 そして――― この話が、本当の怪談話であることを、聴衆達は目の当たりにすることになる。「……こうして浪士最後の一人が亡くなりました。この時、河内時雨は」 浪士達の死を一通り語りきった老人がしきりに額の汗をぬぐう。「この時……河内時雨は」 汗を拭く手ぬぐいが老人の手から落ちた。「この……時……かわ……れ……は」 弾に立った老人の足が、まるで崩れ落ちるように老人は壇上に倒れた。「もしもし?」 驚いて壇上に登ったのは司会担当者。 彼に語りきった揺すられた老人はハッとして起きあがると、再び語り出した。「この時、河内時雨は」 老人が語り出したのは、既に語った場面―――つまり、河内時雨が自らの死を悟り、常人には計り知ることさえ出来ない怨嗟を込め、口を開く所だ。 そこはもう聞いた。そうは言いたいのだが、老人の様子を前に、聴衆からは野次さえ出ない。 不気味、不可思議、異常――― 虚ろにして血走ったような老人を表現する言葉を聴衆は既に失っていた。「この時……河内時雨は……このと……かわ……れは」 老人の顔が蒼白になり、まるで壊れたレコードのように同じ言葉を繰り返す。 さすがに聴衆達からもざわつきが起きる。 わざと同じ言葉を繰り返して我々を担いでいるのか? それにしては、あの老人の様子は一体?「かわ……は」「もしもし?」 聴衆が騒ぎ出す以上、司会としても放ってはおけない。 壇上に上がると、司会は老人の肩を揺すった。「それからどうしたんです?河内時雨はどうなったのです?」 返事がない。 司会はもう一度、怒鳴るように注意する。「ちょっと、あなたね―――えっ!?」 老人は、演壇にしがみつくようにして絶命していた。 老人の死は、当時の新聞によって世間の話題に登ったのは言うまでもない。 そしていつしか、誰が言い出したのか、世間には暗黙のルールのようなものができあがった。 曰く――― 河内時雨の話は呪われていると―――
2009.09.26
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●葉月警察署「あんのクソガキ!」 ルシフェルを伴って警察に出向いた美奈子の前で理沙が額に青筋を立てていた。 パトカーから出た所で何者かに襲われ、パトカーのトランクに押し込められた。 理沙に言わせると、「清廉潔白の手本のようなこのワタシに、そんなマネするヤツは一人しかいない」となるが、主張自体に無理があるとしか、美奈子には思えない。 ゴム手袋にマスクという格好で美奈子達が通されたのは、証拠品を保管しておく保管庫横の部屋。 証拠品を調べるための部屋で、普通は一般人が入れる所ではないという。 装飾も何もない、ガランとした中に、テーブルと椅子だけが置いてあるだけの、まるっきり取調室のような、殺風景な部屋に入って来るなりの理沙の第一声がそれだ。 すっかり驚いた美奈子が、困惑気味に訊ねた。「あ、あの……理沙さん?」「ああ……ゴメン」 ゴム手袋をした手で小脇に箱を抱えた理沙が、片手で謝罪を示した。「あんた達の事じゃないわ。あの(自主規制)のこと」「……確かに」「ルシフェルさん。仮にも弟なんですから」「それでわかるあたり、あんた達もどうなのよ―――はいこれ」 理沙は小脇に抱えていた箱をテーブルに置いた。 その中身を知っているだけに、理沙は気味悪そうな視線を箱に向ける。「こんなの……見てどうするの?」「私だって見たくありません」 美奈子は苦笑しつつ答えた。「でも、この中に、今回の事件の鍵が眠っている。私にはそう思えるんです。見て良いですか?」「名探偵殿の挑戦に期待するわ―――どうぞ?」「……」 ミイラの手首そのものには、さすがに美奈子は手を触れなかった。 ガラス板の上に置かれたミイラの手首を興味深そうに見ているのは、ルシフェルだ。 その横で、美奈子はミイラの手首が入っていた包みや箱を調べる。 理沙はその前でぼんやりとしているだけだ。「うーん」 手首を包んでいた綿まで調べたが何か目新しいモノは何も出なかった。「何を知りたいの?」 理沙は頬杖を付きながら美奈子に訊ねた。「何か……手がかりがあればって」「そんなの」 理沙はフンッと鼻で笑った。「警察が徹底的に調べたけど、何も出てないわ」「……ですよね」 小さく笑う横では、ルシフェルが手を伸ばしてデスクライトを点灯しようとしている。 一つのことに熱中すると周りが見えなくなる。 弟の水瀬と恋人の博雅が揃って賞賛しつつも嘆くルシフェルの悪癖だ。 美奈子の横で、デスクライトが点灯する。 横からの灯りを美奈子が認めたのは、郵便小包の包み紙を広げていた丁度その時。「……」 包み紙には、 桜井美那の子 そう、書かれた万年筆の文字。 美奈子は、その文字に気を取られていた最中だった。「どうしたの?」 じっ。と、宛名の文字を見続ける美奈子の様子に気づいたのは理沙だ。 ルシフェルはどこからか虫眼鏡まで取り出してミイラにかかりっきりだ。「理沙さん」 美奈子は言った。「筆跡鑑定の人、お願い出来ますか?」「成る程?」 原則として現場保存、現場観察、資料の保全を職務とする一警察署の鑑識課は、筆跡の担当を行わない。 主に県警本部単位で設置される科学捜査研究所の仕事だ。 部外者である美奈子が知るはずもないことだが、それでも心得があるという人物が鑑識課にいてくれたことが美奈子には幸いした。 一時出向していた科学捜査研究所で、文書鑑定も経験したという鈴木という初老の男性が美奈子の話を聞いて頷いた。 その手には、美奈子から渡された包み紙がある。「筆跡がおかしいというんだね?」「はい。万年筆の文字ですが、筆運びが妙にぎこちないというか、これって、意図的なのか、それとも本来、こういう書き方する人なのか」「……ふむ」 ごま塩頭を短く刈り込んだ頭を頷かせながら、日に焼けた赤ら顔をしかめ顔にする鈴木は、包み紙を凝視する。「そうだね。指摘の通りだと思う。これは意図的だと見るべきだろうね。インクのにじみ具合からして、筆を動かすあちこちで躊躇するように筆を止めている。」「何故でしょうか?」「筆跡を隠すためか……」 鈴木は、ちらと美奈子を見た。「どうしてだと思う?」 その目と表情は、あからさまに美奈子を試していた。「……この内容で、筆跡を隠す必要がどこにあるかがわかりません」「内容については何とも言えないが、キミでも私でも、村田警部補でも、似たような書き方をしたことがあると思うよ?」「えっ?」「人が文字を覚える中で、避けて通れないことがあるだろう」「……」 美奈子はきょとん。とした顔をしたが、「手本を真似た」 そう、言ったのは理沙だ。「鈴木巡査部長。これはつまり」「そう」 鈴木は頷いた。「おそらく、誰かの書いた手本を見ながら書いたんだろうな」「それってつまり」「桜井美那の子……書かれている文字は難しくない」 鈴木はゆったりとした声で、まるで諭すかのような口調になった。「それでも、手本を必要としたとしたら、その理由は?」「えっ?」 鈴木の問いかけに、理沙が眉をひそめた。「巡査部長?そんなバカなことが」「ある」 鈴木は力説するように頷いた。「そうするしかないケースが、存在するんですよ」「……」「判るかな?名探偵殿。ついでに私からの情報だが、この万年筆の使い手は、万年筆の扱いに慣れていない。万年筆の筆圧から見て、腕力は弱く、繊細だ。そこから言えることは」「……書いたのは女?」「おそらくね。“の”の書き方というか、筆運びからして、筆記体を書き慣れた筆運びで無理矢理、日本語や漢字を書いたという印象を私は受ける」「つまり!」 美奈子は言った。「これを書いたのはぬ」「わかったようだね」 鈴木は嬉しそうに頷いた。「これを書いたのは、日本語の記述になれていない、外国人の女性だ」 鈴木は自分の結論に満足そうに頷くと、包み紙を美奈子に返そうとして、手を止めた。「……ああ、そうそう」「はい?」「宛先は本来、違ったみたいだね」「……へ?」「美那の子というところにはないんだが―――見てご覧?」 鈴木は、美奈子に虫眼鏡を手渡しながら言った。「桜井という文字の下に、鉛筆で書いたんだろう下書きの痕跡がある。本来、下書きに沿って文字を書こうとしたが、何らかの理由でそれが違ってしまった。鉛筆の下書きを消して、その上に別な手本に書かれた文字を見ながら、真似書きした。そんな所だろう」「―――で」 美奈子はじれったそうに鈴木に尋ねた。「何て書いてあったんですか?」「かわちだよ」「かわち?」「河の内で河内。私にはそう読めるがね」「……河内」●その日の夜 水瀬邸「河内?」 ルシフェルの報告に、由忠の動きが止まった。「河内と言ったのか?」「はい」 由忠の前に立つルシフェルは頷いた。「本来、犯人が送りたかった相手は、桜井美那の子ではなく、河内美那の子ではないかと」「……桜井美奈子とその親に心当たりは?」「全くないそうです」「……」「……」 由忠は、それからしばらく身じろぎ一つせず、何かを思い詰めたかのように考え込んでしまった。「……まさかな」 ふっと、笑顔を浮かべたのは、それからかなりの時間が経ってからだ。 声をかけようか躊躇していたルシフェルがホッとした顔になる。「ありえない……か」「お義父様?」「いや済まない。河内と言うので、まさかと思ってな」「お心当たりが?」「……ああ」 由忠の表情が曇った。「幕末の頃の日本史は学んだか?」「大凡の流れは」 ルシフェルは頷いた。 よもや美奈子経由で興味を持った新撰組や志士系のBL小説で得た知識だとは口には出せないが。「うむ―――幕末、日本で魔導師の双璧を成していたのが、松笛貴臣(まつぶえ・たかおみ)と」「……その人と?」「―――河内時雨(かわち・しぐれ)という女性だ」「……」 少なくとも、BL小説に出てきた名前ではなかったので、ルシフェルは首を傾げた。 その反応で、名前を知らないと判断した由忠は、フォローするかのように言った。「判らなくて当然だ。普通、河内時雨の名は歴史の教科書にも出てこない、明治政府によって抹殺された名だからな」「抹殺された?」「まだ夜も早いから教えてやろう。河内時雨については、こんな伝説がある」 由忠は、語り出した。 幕末の闇にその人ありと謳われながら、歴史に名を止めることもなく消えた希代の女魔導師河内時雨の名が、唯一、公式の場で語られた現場で起きた世にも奇妙な出来事を―――。
2009.09.26
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●朝 水瀬邸 時間を少し戻す。 水瀬家の朝食が終わった席。 ルシフェルが作ったご飯に味噌汁、目玉焼きと焼き鮭という、日本の伝統的な朝食が食卓を飾る。 世界最強級の二人が近くにいることに安心したのか、無性にお腹の空いた美奈子は、気が付くと大盛りご飯を2回、おかわりしていた。 好きな男の子の父親と姉の前で食べまくったことにようやく気づいたのは、茶碗を置いた後だった。 一瞬、戻せば何とかなるかと、とんでもないことを思いついたが、実践することだけはやめておいた。「それだけ食べることが出来れば、大丈夫だ」 茶碗一杯をゆっくりと済ませた由忠は、満足げに頷いた。「見事な食べっぷりだ。安心したぞ」「き……恐縮です」 言われた美奈子は、赤面して小さくなるしかない。「お義父様」 そんな美奈子をチラと見て、クスリと笑ったルシフェルが言った。 食事を終えた由忠に茶を出したり、食器を片づけたりと、その手が止まることはない。 制服の上に割烹着姿のルシフェルは、美奈子の目からみても何だか恐ろしく新鮮に思えてならない。 ―――料理、本気で覚えようかな。 そう、思う。 そんな美奈子の視線に気づかないのか、ルシフェルは由忠に言った。「病院が連絡がありました」「死んだか」「……どうしてそんなに嬉しそうな声、あげるんですか?」「なんだ、生きているのか」「“手の施しようがありません。今晩が峠です”って息子がお医者様に言われたら……」「毎度毎度、祝杯を何度無駄にする気だ?あのバカは……で?一生寝たきりくらいの朗報はあるんだろうな」「先程、退院しました」「……ちっ。費用はあいつ持ちだろうな」「当然です」「ならいい」「はい」 心底、水瀬が気の毒になった美奈子の前で、由忠が沢庵に楊枝を突き刺した。「それと、水瀬君からですけど、警察からの依頼があって、病院にしばらく残るそうです」「ん?」「村田警部補―――ご存じですよね」「ああ……」 天井に視線をさまよわせる義父の顔を見て、ルシフェルが顔をしかめた。「お義父様」「ん?」「理沙さんの、一体何を想像したんですか?」「ん?顔とか階級とか、実績とか」「……どうして、実績思い出して鼻の下が伸びたんですか」「……」 由忠は、何もなかったかのように、口の辺りを手で覆った。「悠理はその件について何か言っていたか?」「検死を頼まれたとか」「検死?」 由忠は怪訝そうな顔をした。「誰か死んだのか?」「山中なんとかいう若い女性……私もその程度しか」「山中美智子か?」「えっ!?」 驚いた声をあげたのは美奈子だ。「山中美智子って!」「知っているのか?」「親戚です。今、お母さんがお通夜に」「25歳……自宅は台東区か」「お義父様?どうしてそこまでご存じなんですか?」「ここに書いてある」 由忠は、そう言って、手元に置いてあった新聞を美奈子達に手渡した。「不審死の妻を葬儀場へ~あきれた夫逮捕へ 失踪した後に、自宅付近で死体になって発見された山中美智子さん(25)の遺体を、警察に届けることなく自然死と偽った夫・山中忠夫容疑者が○日、警察により逮捕された。 「妻が不審な死に方をしたとなれば、社会的信頼に傷が付く」と、山中容疑者は妻の死を偽った動機を説明している。警察が美智子さんの遺体を確保したのは葬儀場、すでに家族や職場関係者が参列し、僧侶による読経が挙げられている最中だったため、一時葬儀場は騒然となった。 この件については、死亡診断書を偽造したとして、知り合いの医師も事情聴取を受けており、警察は、容疑がかたまり次第立件する方針だ」●桜井邸「参ったわよ」 美奈子の母は、疲れた様子で首を横に振った。 場所は美奈子の家のリビング。 美奈子の横にはルシフェルがいた。「死因は心臓発作って聞かされていたのよ?美智子ちゃん健康そうだったのにって、みんな首を傾げていたら、突然、警察が来て、他殺の可能性があるだの検死するだの」 美奈子の母はお茶を飲みながら続けた。「最後にはダンナさんが逮捕されるでしょう?あれ、ダンナさんが殺したのかしら」「それはわかんないけど……」 興味津々という顔をする母親に困惑気味の表情を浮かべる美奈子はルシフェルを見た。「その美智子さんって、親戚か何か?」「やだもうっ!」 美奈子の母は美奈子を叩く素振りをした。「美智子ちゃんとは遊んだことあったでしょう?山梨にブドウ狩りに行ったの覚えてない?」「いつの話?」「あんたが2歳の時」「覚えているわけないでしょう?」「お母さんは覚えているわよ?」「……その」 ルシフェルが口を開いた。「美智子さんは、つまりは美奈子ちゃんの?」「まぁ、一言で言えば親戚ね」 美奈子の母は頷きながら答えた。「勝年さん―――つまり、おばあちゃんの弟の血筋。」「桜井さんって、親戚は多いんですか?」「いえ?逆よ。勝一郎さん、つまり美智子さんのお父さんは3年前にガンで。お母さんは戦争で亡くなっているから、美智子さんも身寄りがないのよ」「―――えっ?」「正直」 美奈子の母は、首を傾げながら言った。「桜井家っていうのは、本当に細い家系でね?びっくりするくらい親類縁者はいないの。最近はお葬式もこじんまりとやるらしいけど、それでもあの若さなら、親兄弟、親類集まればそこそこの数になるのが普通でしょう? だけど、桜井家はそうはいかないのよ」「どうして?」「そりゃあなた。人がいないんだもの。今回のお通夜だって、会社と交友関係抜きにしたら誰もいないような感じで、お母さんが親族席の上座よ?……まぁ、知っている限り、親類集まるとなれば、10人集まった覚えないものね。あなただってそうでしょう? お母さんが小さい時からそう。 お父さんのお葬式の時、お母さんに聞いたものよ。“ウチはどうしてこんなに人が少ないの?”って」「そしたら?」「……おばあちゃんが亡くなる少し前に聞いた話だけど」 美奈子の母は、湯飲みにお茶を注ぎながら言った。「桜井って姓は、明治に入ってから……もっと正確には、葉月市に来てから名乗った姓。それ以前のご先祖様がどんな姓を名乗っていて、どこに住んでいたのか。誰も知らないの」「え?」「サムライだったのか、農民だったのか……誰も知らない。それが私達桜井家のご先祖様」「た、例えば」 美奈子は無い知恵絞って訊ねた。「お寺とか。ほら、過去帳ってあるでしょう?」「まぁ無理ね」 美奈子の母は首を横に振った。「明治維新でこの一帯焼け野原でしょう?うちが檀家になってる居菩寺だってその後に再建されているから」「……過去帳が残っていない?」「ルシフェルさん。その通り。明治維新で、あのお寺も一度、村ごと消えたから」「……消えた?」「そう」 頷いたのは美奈子だ。「それまでの葉月は、単なる小さい漁村に過ぎなかった。漁村といっても、港といえる港もないようなところ。あるのは遠浅の海岸と砂浜だけ」「……へえ?」 ルシフェルの知る葉月市は、軍需企業の工場が乱立する一大工業都市にして、世界的に知られた近衛軍の軍都だ。 半円形の深い港は大型船舶が常に出入りを繰り返し、上空を飛行艦が行き来する葉月市しかイメージ出来ないルシフェルには、この軍都が昔は長閑な漁村だったと言われても、ピンとこない。「江戸城攻略を目指す新政府軍と、それを阻止したい幕府軍双方の魔法騎士達が激突したのがこの葉月村付近。一連の戦闘中に、原因不明の爆発が発生して、葉月村は消滅。当時、残っていた住民で助かった者はいない」「……」「何しろ、爆発のエネルギーは、遠浅の海岸をえぐり取ったくらいだもの。その結果生まれたのが、今の葉月湾」「地形を変える程の爆発?」「そう。爆風と熱線で両軍共に壊滅的な打撃を受けた両軍。特に江戸防衛を目指す幕府軍に与えた影響はかなりだったみたいね。江戸城無血開城は、この葉月湾の誕生と引き替えだったわけ」「……成る程」 ルシフェルは頷いた。「お寺の過去帳も、葉月市が出来てからしか残ってないでしょうしねぇ……」 美奈子の母は、そう言って肩をすくめた。「美智子さんが亡くなれば、桜井の血筋は美奈子だけになるのねぇ」 ●近衛軍某施設「“マルタ”が口を割りました」 入室してきた女性士官が、敬礼の後にそう言った。 マルタ―――漢字変換すると“丸太”だ。 即ち、物言わぬモノ。 この女性士官が―――いや、関係する者達が、その相手を人間扱いしていないことは、それだけでわかる。 口を割ったんじゃなくて、割らせたの間違いだろう。 それを聞いた由忠と水瀬は、その突っ込みだけはしなかった。 割らせるよう、命じたのは彼ら自身なのだ。「フリーランスの何でも屋です」「依頼主は?」「ペーパーカンパニーです。“マルタ”自身が良いように利用されていたことになります」「……そんな所だろう」 由忠はタバコを灰皿にねじ込んだ。 フリーランスの何でも屋に仕事を依頼する連中で、まともな者がいた例(ためし)は、由忠の生涯でも数えるほどしかない。「ホンモノの村田警部補は?」 椅子の背もたれにもたれかかり、目を閉じて女性士官の話を聞いていた水瀬は、目を開けずにそう訊ねた。「警察病院内の駐車場に停車していたパトカーのトランクから発見されています」「……そう」「実行犯は水瀬少佐だと、村田警部補は見ているようですが」「……後で否定しておく」 水瀬は目を開いた。「……どう見る?お父さん」「ここでは大佐と呼べ」「……どう、見るの?」「連中の狙いは間違いなく、あの美奈子という女の子だった」 由忠は息子に言った。「部屋に強行突入、対象を拉致する。それが狙いだったが、相手が悪すぎたな」「だからわかんないんだ」 水瀬は首を傾げた。「何で?どうして桜井さんが狙われるのか」「……確かに、怨恨の線は考えられないな」 由忠も、デスクの上に広げられた書類を眺めながら頷くしかない。 書類――― それは全て、桜井美奈子に関する近衛の調査報告だ。 生年月日から過去の経歴といった月並みなものから、一体、どうやって調べたのか。それ自体が疑わしいほど、美奈子の人格に関わる重大な内容を書き連ねたものもある。「この書類」 デスクに手を伸ばした水瀬は、興味なさそうに書類を片づけながら言った。「言いたいことは、桜井さんが“シロ”だってことでしょう?」「……そうなるな」「所でお父さん」「ん?」「桜井さんのスリーサイズをメモしていたけど、何するの?」「お前は体重をメモしていたろう」「……二人とも」 ゴホン わざとらしい咳払いをした二人が、女性士官の視線から逃れるように会話を続ける。「……書類上、“シロ”だ。では、事態が収拾出来ん」「桜井さんが狙われる理由……」「そう言えば悠理」「何?」「お前―――前に面白いモノを見たと言っていたな。何でも、あの桜井美奈子に送られてきた荷物に入っていたという」「?」 水瀬は、しばらく考えた後、ようやく思い出した。「ミイラの手首のこと?」「それだ」「若い女の手首だけど」 水瀬は、父親に怪訝そうな顔をした。「ミイラだよ?」「……お前は俺に何をしろというんだ」「……」「……」「……そう言えば」 水瀬はポンッと手を叩いた。「宛先がヘンだった。桜井さんじゃなかったんだよね。あれ」「ん?」「桜井美那の子……そう、書かれていた」「誰だ?それ」
2009.09.26
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「悪いわね」 翌日、水瀬は理沙に呼び出された。 呼び出された場所は警察病院。 しかも死体安置室だ。「―――それにしても」 理沙は安置室のドアを開く手をとめた。「どうしたの?それ」「……いろいろありまして」 悲しげにそう答える水瀬は全身包帯とギプスだらけだ。 死体よりも死体らしい。 理沙は本当にそう思った。「彼女と修羅場にしても派手すぎるわよ?」「……ううっ」「本当みたいね……はいはい泣かないの」「グスッ、それで?」「今回のホトケさんは」 理沙に促された水瀬は、安置室に入った。 薄暗い照明しかない上に、空気がよどんで線香の臭いでもなければ気が狂いそうな、そんな部屋。 普通の神経の持ち主なら、入ることさえ躊躇って当然の場所だ。 白い布がかけられた寝台が一つ、置かれている。 香炉に立てられた線香から白い煙が上がっている。 水瀬は軽く手を合わせた。「ホトケ様の名前は―――」 理沙は、開きかけたバインダーを脇に挟んだ。「まだ言わなくて良いわ」「?」 水瀬は怪訝そうな顔で理沙を見た。「まず、死体を調べて、意見を聞かせて」「外見だけでいい?」「……」 検分を終えた水瀬は、死体に白い布をかけ、再び手を合わせた。 死体は30代の女性。 死に顔に苦悶の表情がなかったのが唯一の救いだ。「どう?」「どう……って」 水瀬は困惑した様子で、何度も首を傾げた。「この人、どうしたの?」「何が?」「……内臓っていうか」 水瀬は、白い布をかけられた死体に視線を送りながら言った。「お腹の中で何かが爆発したみたいな裂け方してる」「死因は失血死」 理沙は死体から視線を外さずに答えた。「検死の結果も、内部からの何らかの圧力による内臓器の破裂が認められている」「……腸で?」「子宮がね……跡形もないって」「……オモチャでも入れたの?」「どこの世界に爆発するようなのがあるのよ」「世の中、いろいろいるから」「……本気でそう思っている?」 その質問に、水瀬は黙った。「そんな馬鹿げた死に方したマヌケを見せるために、私が水瀬君をここに?」「……僕が異常だと思うのは」 水瀬は言葉を選びながら言った。「死体の損傷もだけど……」「死体そのものの状況なんだよ」「?」 理沙は、表情を変えずに、じっと水瀬を見た。 その視線に促されるように、水瀬は言葉を続けた。「子宮付近に、魔力が発動した痕跡がある……信じられない」「どう?」「どう作用したらこうなるか、まるでわかんないけど」 水瀬はしきりに首を傾げる。「かなり強力……としか言い様がない」「―――それと?」「魂が崩壊している」「―――崩壊?」「強い魔力に接する場合、もしくは強い魔力を持つ者に憑依されるなどして、魂がその強い魔力と融合もしくは同調した際、魔力に負けて吸収されたり、破壊されることがある。その典型的現象になっている」「お葬式、あげるだけ無駄じゃないの?それって」「―――魂の救済がお葬式っていうなら、そう」 水瀬は頷いた。「死後3日くらいは経っているけど?」「ええ」 理沙は頷いた。「死亡推定時刻は3日前の午前2時頃。死体発見は同日午前10時過ぎ。死体は白装束を着用した状態で、自宅付近のベンチに横たえられていた」「……」「何が起きたの?」「―――私が知りたいわよ」「どんな実験したのかな。それとも儀式?」「だから」 ヘンな質問をする水瀬に、理沙はあきれ顔だ。「―――肝心のこと、聞き忘れていた」 水瀬は死体から離れ、安置室から出ようとして、思い出したようにドアの前で止まると、くるりと振り向いた。「この人、誰?」「やっと話させてもらえそうね」 理沙はようやくバインダーを開いた。「山中美智子(やまなか・みちこ)。年齢25歳。職業会社員。ENC社葉月支店の経理課勤務。結婚歴有。夫は葉月忠夫(はづき・ただお)SLC社葉月支局勤務。夫婦仲は良好」「……」「山中美智子は6日前の21時に退社したのを最後に失踪、家族から捜索願が出ていた。死体発見は自宅付近でよかったんだけど」 理沙は肩をすくめた。「夫婦共に大企業勤務でしょ?事件になってもらっては困るってわけでいろいろとあったのよ」「?」「まず、不審な死に方してる以上、警察に届け出る必要があるのに、それをしていない」「……うん」「知り合いの医者に偽の死亡診断書書かせて、火葬届けも出したんだけど」「……へ?」「所が、ホトケさんが見つかった所を、近所のうるさいバアさんが見ていたのよ。で、このバアさん。警察へご注進してくださったワケ」「……へぇ?」「警察も一応、事情聞いたら死因から何から支離滅裂。素人がどんなに頑張っても、プロならわかるのよ。 ほら。病院以外、自宅でさえ、少しでも不審な死に方した場合、警察に届け出る義務があるんだけど、ダンナはそれを無視した。 それが立派な犯罪で、“これ以上やったらしょっ引くぞ!”って脅したら、全部白状してくれた。 警察が死体抑えた現場がね?お通夜の真っ最中。 もう大騒ぎになったそうよ? 参列した人達、みんな急病で死んだと思っていたら、他殺の可能性があるなんて言われたもんだから」「……葬儀屋さんもお気の毒に」 水瀬はそこで、理沙に訪ねた。「旧姓は桜井?」「―――大正解♪」 理沙は満足げに微笑んだ。「水瀬君はこういう方面には頭の回転が速くて助かるわ♪」「昨晩は、僕がお相手出来なくて悪かったね」「いいわよ」「……」「……」 理沙の動きが、止まった。「私、何かヘンなこと言った?」「昨晩……誰に相手してもらったの?」 理沙の手が動いたのは、その瞬間だった。 懐に突っ込まれた手が抜かれた。 そう思った次の瞬間――― 水瀬を、何かが襲った。 ただの弾丸ではない。「?」 展開した魔法防御壁に突き刺さったのは、無数の短い針。「これ―――短針銃(たんしんじゅう)?」 超硬質の針を大量に、高速で撃ち出すため、金属でもボロボロにすることができる恐るべき代物。 無論、その殺傷能力の高さと、非人道性、超至近距離にのみ有効という、使い勝手の悪さから、正規部隊で使用される代物ではない。 まして警察官である理沙が使うことはありえない。「どこの誰か、聞いておく必要がありそうだね」「ば、馬鹿なっ!」 理沙は目を見開いて水瀬を見ていた。「魔力防御でどうして!?」「対魔力加工でもしてあった?」 水瀬は楽しげに口元を緩めた。 その途端、 ジュッ 小さな音を立て、防壁に突き刺さっていた針が蒸発して消えた。「―――なっ」「おあいにくさま」 愕然とする理沙に、水瀬は心底楽しげに微笑む。「さて……いろいろ喋ってもらうからね?」 水瀬の魔法が理沙を襲ったのは、その直後だった。
2009.09.20
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「お茶をいれようか」 由忠が急須に手を伸ばした。「い、いえっ!」 美奈子が慌ててその手を止める。「わ、私がやりますからっ!」 襖の向こうから、 グシャッ! ボクッ! メキョッ! ……凡そ人体から聞こえてはいけない音が、瀬戸綾乃の罵声と、水瀬の命乞いの混じって聞こえてくる。「聞き慣れないかな?」「い、いえ」 由忠の問いかけに、美奈子はとっさに答えてしまい、慌てて口元を抑えた。「普段からああだからね。あの子にも困ったものだ―――ん?」 不意に、由忠の視線が止まった。 視線の先にあるのは、急須を握る美奈子の手だ。「……」「……あの?」「……いや。何でもない」 そう言いつつ、由忠の視線はずっと美奈子の手に注がれる。「―――あっ!」 由忠の湯飲みに茶を注ぎ終えた美奈子は、自分の手元を見て、由忠の視線の意味を知った。 左手の薬指に光るのは銀色の指輪。 飾り気も何もないが、それでも今の美奈子にとっては、大切なものだ。 深い意味はない。 頭ではわかっている。 女の子として期待する意味は、この指輪にはない。 それでも、 それでも、 ―――好きな人にもらった。 それだけで、美奈子にとっては大切な指輪なのだ。 「こ……これは」 どうしよう。 美奈子は困惑気味に手を隠そうとした。 私にとっては大切だ。 だけど、“悠理君にもらいました”と言ったら、父親としてどう思う? 本来の意味にしか捉えないだろう。 それでいいの? 自分からの問いかけに、答えることが出来ない。 単なるプレゼントです。 オモチャです。 そう言いたいの? そう言われたいの? そんな、自分からの問いかけに、答えられない。 ―――追跡装置に反応する機能が仕込まれてるんだ。 あれは、単なる照れ隠しだ。 本当は、ちゃんと指輪に意味を込めてくれているんだ。 美奈子は心のどこかで、そう願っている。 水瀬君は、私のことを――― そう、信じている。 それを、口に出すことで、誰かに否定されることを、美奈子は心から怖れる。 「……悠理か?」「……えっ?」 思わず見た由忠の顔は、心がとろけそうになるほど、優しさに包まれていた。「その指輪だよ」「……」「その指輪はね?」 ―――何を外に逃げようとしてるんです! ―――吹き飛ばされたフリしても許しませんからね!?「……」 どうやら庭に放り投げられた水瀬を追って、綾乃も外に出たようだ。 ハアッ。 それを確認し、小さいため息をついた由忠が小声で言った。「綾乃ちゃんには内緒にして欲しい」「……は?」「それは……お袋から悠理に与えられた指輪だ」「これですか?」「返せとはいわないさ」 困惑する美奈子の表情に、由忠は苦笑した。「あいつも忘れているのか何なのか……あの性格だからね」「……ははっ」 ―――やっぱり。 愛想笑いを浮かべながら、美奈子は内心で泣いた。 ―――これは、オモチャだったんだ。 水瀬君が私にくれた理由は……やっぱり……。「あなたにとって、一番大切な人にあげなさい。お袋はそう言ってあいつにくれた代物さ」「縁日か何かでですか?」 上手く笑うことが出来たかどうか、自信がない。「まさか」 由忠は大げさなほどに肩をすくめた。「普通の銀なら、あいつと俺は触ることが出来ない。そいつは天界の最高級ミスリルで作られた代物―――恥ずかしい話だが」 由忠は頭を掻いた。「俺が妻に送った婚約指輪とは対になる代物だ」「―――えっ?」「まぁ……あいつが、“そこまで”の意味を込めているか?そう聞かれれば首を傾げるしかない。“一番大切な存在”が、恋人ではなく、一番のクラスメートなのかもしれないからね」「……あっ」「そう落ち込まないでくれ。物事は、悪い方へと考えると、悪い方へと向かうぞ?」「……はい」「……物好きな話だとは思うが」 憮然として湯飲みに口を付けた由忠は、すっと立ち上がった。「ここを動かないで欲しい」 その手には、いつ、どこに隠していたのか、一振りの刀が握られていた。「悠理は……使い物にならないな。あのバカ息子め」 由忠が庭に面した襖に向け、一歩を踏み出した途端――― バンッ! 突然、襖がけたたましい音と共に開かれ、何かが部屋に飛び込んできた。 黒い大きな塊。 美奈子には、そうとしか捉えることが出来なかった―――それ。 ザンッ!! グチャッ! バンッ! そんな音がして、室内に鉄のような臭いが漂い始める。 ―――血の臭いだ。「―――っ!」 由忠の背後。 別な部屋に通じる襖。 それまで白地に水墨画が描かれた質素だが品のいい印象を受けていたその襖は、二つの真っ赤な、そして大きな染みによって汚されていた。 そして、襖の下には二つの黒い物体が転がっている。 黒い物体は、襖と床とに描かれた赤い線で繋がっている。 人間の死体だ。「女子供も見るモノではないが……」「お気遣い、感謝します」 美奈子は震える声で気丈に答えた。「でも―――私は大丈夫です。どうぞ心おきなく戦ってください」 ふっ。 由忠は楽しげに鼻を鳴らした。「悠理にはもったいないな」 ズダダッ! 大きく開かれた襖。 その先に広がる闇の中から鈍い音が連続して響く。 美奈子はとっさに畳の上に伏せた。 「騎士に銃が効くと―――」 由忠は全く動いてさえいなかった。「本気で思っているバカがまだいたとはな」 ザンッ ザシュッ 時代劇の殺陣で聞こえそうな音が、闇の中から聞こえてきた。 間を開けて、月を隠していた雲が動いた。 少しずつ、庭を月明かりが照らし始める。 月明かりに誘われるように闇の中から出てきたのは、黒髪の美少女―――ルシフェルだ。 その手には、由忠同様、抜き身の刀が握られている。「遅くなりました」 刀を仕舞いながら、ルシフェルは養父である由忠に頭を下げた。 そんな仕草でさえ、銀色の月明かりに照らし出され、まるで一枚の絵画のような美しさとなっている。「かまわない。ご苦労だった」「不審者と見なし、とっさに斬りましたけど―――」 ルシフェルはその時、初めて美奈子の存在に気づいたらしい。 少し、驚いた表情を見せた。「お父様?これは一体―――?」「さて?俺がわかることと言えば、」 由忠は肩をすくめた。「これから忙しくなりそうだ。その程度さ」
2009.09.20
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●喫茶 南風「で、何が判ったの?」「いろいろよ」 理沙は、不機嫌そうに空になったコーヒーカップをソーサーに置いた。 妙にげんなりした顔をしている。「何も食べないの?」「……食べられないのよ」「?」「食べようとしても……いろいろ思い出しちゃってさ」「そういうもの?」「断っておくけど」 理沙はバッグから資料を取り出しながら言った。「私も年頃の女なんですからね」「……」「……」「……」「何、ポケッとしてんのよ」「……え?」「えっ?て、何よ」「ごめんなさいお姉さん」 水瀬は突然、両手をあわせた。「?」「お姉さんが女だってことをね?完璧に忘れてた」「……」「―――続けていい?」 未だに硝煙を吐き続ける拳銃から空薬莢を抜き取る理沙の目の前では、水瀬が泣いていた。 理沙も拳銃で撃つだけでは飽き足らなかったらしい。 水瀬の頭には、銃尻で殴られて出来たでっかいタンコブが5つ、山を作っていた。「……ぐすっ……はい」「あの手首だけど、20代女性のモノだそうよ」「若い女?」「ええ……大体、今から200年から300年前のもの」「古いね」「どこかの発掘現場から盗んででもきたのかしらね」「日本で……ミイラ?」 水瀬は首を傾げた。 ミイラといえば、エジプトや南米くらいしか思いつかないのだ。「ミイラの輸入なんて出来るの?」「ダメでしょう?でも、日本でもミイラに近い、肉が残った死体は出るの。検証した大学のセンセに教わったけど……」 理沙は顔をしかめながら言った。「意外と知られていないけどね?日本全国、何百年前の死体が残っていることはザラなのよ」「へぇ?」「土壌とか、いろいろな条件が重なった結果らしいけど」「ミイラで?」「多いのは死蝋(しろう)の方。でね?例えば、脳みそとかかなり綺麗に残っているのよ」 死蝋とは、ミイラと並ぶ永久死体の一種。 死体が何らかの理由で腐敗を免れ、死体内部の脂肪が変性し死体全体が蝋状(もしくはチーズ状)になったものである。 「死蝋(しろう)っていえば、八墓村(やつはかむら)だっけ?あれでも」「そう。最も有名所ではイタリア、カプチン・フランシスコ修道会のロザリア・ロンバルド……日本では福沢諭吉ね」「あの一万円札が?」「……もう少し、表現があるでしょう?……ううっ。思い出しちゃった……参ったわ」「お姉さん」 水瀬は理沙が全く食事をとらない理由に見当がついた。「その、死蝋ってヤツ、見ちゃったんだ」「……そうなのよぉ……」 理沙はテーブルの上につっぷした。「面白そうだって保管庫に連れて行ってもらったら……真っ白な脳みそが……ヘンな色した死体が……ホルマリンのプールにプカプカ……あの男が天保年間、あっちが慶長年間の死体ですよ……だって」「……歴史的なモルグだね」「新人時代に老人の孤独死の現場入って以来よ……あの臭い……あの肌の色……ううっ」 うぇっ。と声をあげた理沙は口元を抑え、ウェイトレスの持ってきたコーヒーのお代わりを一気に飲み干した。「……僕も、死体はいろいろみているけど」 ソファーの背もたれにもたれかかり、吐き気と闘う理沙を見ながら、水瀬は言った。「アレは、慣れない人は絶対慣れないだろうことはわかるよ?」「……私はダメね」 理沙は自嘲気味に口元を緩めた。「でも、それでいいと思う。警官としての仕事はとは別だと思うから」「……うん」 水瀬は笑って言った。「腐乱死体の話、平気で語るようじゃ、お姉さん本気でもらい手なくなるもんね」「……そうね」 どこかひっかかるものを感じながら、理沙は小さく頷いた。「それと、桜井すみれさんの件だけど」「誰?」「桜井すみれさん」「そんな人、今まで登場していたっけ?」「どういう表現よ。美奈子ちゃんのお母さんのことよ」「……」 水瀬は、美奈子の母の容姿を思い浮かべ、「名前と外見が一致しない」「失礼なこと言わないの!」 と、理沙に怒られた。「今じゃすみれどころか、カボチャみたいな典型的なオバさんだけど」「お姉さんも十分失礼だよ」「……すみれさんのこと、ここでは“お母さん”って呼んでいい?」「その方がありがたい」「ミイラの手首については、お母さんにも心当たりはないそうよ。おばあさんの美那さんもないだろうって」「そうそう」 ポンッ。と、水瀬は手を叩いた。「おばあさんって、どんな人だったの?」「調べたけど、普通の人生。学校出てすぐに美奈子ちゃんのおじいさんと結婚。一人娘のすみれさんを設けた……あとは昔の専業主婦の典型的人生って言えば事足りる」「……そんな人に、どうしてあんなモノを」「名指しだもんねぇ」 理沙はちらりと水瀬を見た。「……どうするの?」「とりあえず」 水瀬は言った。「相手の動きを見る」「動き?」「あれがどういう意味なのか。単なる嫌がらせか、それとも桜井さんに対する挑戦か」 水瀬は席を立った。「警備してくれているんでしょう?動きがあったら教えてね?」「うん……わかった」 何故か、水瀬は小走りにドアに向かった。 その後ろ姿を見送った理沙は、テーブルに残された伝票に気づいた時は遅かった。「クソガキぃっ!金払ってけぇっ!」 そんな水瀬が、父親に呼び出されたのは、夕方の買い出しの最中だった。「忙しい」 携帯電話に一言、そう告げると、無視を決め込んだ。 内容なんて知らない。 どうせロクなことじゃないだろう。 そう思って水瀬は携帯電話の電源を切ろうとした時だ。 新しい着信があった。 美奈子からだった。 先日の事件のこともある。 水瀬はすぐに電話をとった。「もしもし?」 その電話で、美奈子は意外なことを水瀬に頼んできた。 曰く――― 一晩、泊めて欲しい。「どうしたの?」 ボストンバッグを手にした美奈子が水瀬邸にやって来たのは、それからきっかり1時間後のことだった。「ご、ごめんね?」 美奈子は、心底申し訳ない。という顔で玄関に立っていた。 ドアを開き、水瀬は美奈子を家へ入れた。「親戚に不幸があって、お母さん、しばらく帰れないって」「お父さんは……」 そこまで言って、水瀬は黙った。「そう」 美奈子は頷いた。「九州へ単身赴任中」「それで僕の所へ?」「葉月に親戚がいなくて、友達の所へって……」 美奈子が困ったような顔になった。「……迷惑、だった?」「ううん?」 水瀬は言った。「そろそろルシフェルも帰ってくるし、問題ないよ」「そっか」 心底、ホッとした顔の美奈子が、嬉しそうに言った。「お世話になります♪」 事態が変わったのは、夕食を終えた頃だった。「はぁい」 チャイムの音を聞いて、何も考えずに玄関に出た水瀬は、目の前に立つのが父親だと判った途端、 ピシャンッ! 即座に玄関のドアを閉じた。「どういう意味だ貴様っ!」 ドアの向こうで父親の怒鳴り声がする。「鍵をかけるな!何だ今のゴトッて音は!?貴様、つっかえ棒しているだろう!ドアを釘で打ち付けるな!……暗くなった?照明まで消すな悠理っ!」「今、この家は留守です」「ぶち破るぞ!」 由忠がドアを蹴飛ばした。「息子の前でそのような振る舞いは、教育上問題が」「親を閉め出すのが息子の振るまいか!」 さらに怒鳴ろうとした由忠は、“待てよ?”という顔になった。「―――悠理」「……僕はいません」「お前、まさか女、引っ張り込んでいるんじゃないだろうな!?」 その声は、心底勝ち誇ったような声色をしていた。「僕は留守です」「綾乃ちゃんに通報するぞ!」「……どうぞ」「いい度胸だ!」「ようこそいらっしゃいました。お父様」「そういうことなら」 水瀬邸の茶の間。 ちゃぶ台に向かい合わせに由忠と水瀬、そして美奈子が座る。 由忠―――この場合、好きな男の子の父親―――と初めて出会った美奈子は、しきりに緊張していた。「最初から理由を言えばいいものを」 由忠はあきれ顔で息子に言った。「何を一々怖れる?」「……だって」 水瀬は不満げに口を尖らせた。「……その」「……ああ」 由忠は苦笑しつつ携帯電話を取り出した。「例えば」 カシャッ そんな音がして、携帯のフラッシュが光った。「こうして……こうだよな?……俺が、お前と美奈子ちゃんのツーショットを撮って」 ピピッ 随分不器用な様子で、由忠は携帯を操作する。「……そして、綾乃ちゃんに送りつけるようなマネでもしないか心配だった……というんだろう?」「ち……違うよ」 水瀬は、横に座った美奈子をチラリと見て言った。「桜井さんが迷惑するから」「何を言うか」 由忠は携帯を操作しながら言った。「クラスメートだろうが」「う……うん」「大体」 由忠は携帯から目を離さずに言った。「おかしいな。これでメールはどう操作するんだ?」「あ……あの」 美奈子が席を立つと、由忠の携帯を覗き込んだ。「アドレスは打ち込んでありますよね?じゃ、ここのボタンを押して」「ああ……これで送れるのか」 メール送信中の画面を見て、由忠は心底感心した。という表情になった。「ありがとう。息子も私も、こういう方面はどうにもダメだ」「いえ……恐縮です」 美奈子ははにかんだような笑顔を浮かべ、小さく頭を下げた。「いい子じゃないか……どうした悠理?」 美奈子が見ると、水瀬は真っ青になっていた。「……水瀬君?」「あの……」 水瀬は恐る恐る、という表情で指さしたのは由忠の携帯だ。「お父さん?今、誰に、どんなメール送ったの?」「文章は書いていないぞ?」 由忠は答えた。「単に、写真付きメールというのを送るのにはどうしたらいいか。そう思って……」 由忠も、“ハッ!”という顔になって自分の携帯に視線を向けた。 “やってしまった”という言葉が、これほど似合う顔も珍しいだろう。 美奈子は、水瀬親子二人の表情を見てそう思った。 ピンポーン(チャイムの音) ガチャ(ドアの鍵の音) バキィッ!(ドアが壊された音) ドスドスドス(廊下を歩く音) ガラッ!(襖が開かれた音)「―――悠理君?」 ギギギギ……ッ 油が切れたようなゼンマイ人形のような音を立てながら、背後からの声に水瀬が振り返る。 そこには、百万人のファンを魅了して止まないトップアイドル、瀬戸綾乃がにっこりと微笑んでいた。「この写真」 微笑みながら、水瀬の前に突き出したのは、綾乃の携帯。 その画面には、美奈子と水瀬のツーショットが映し出されていた。「どういうことか」 とっさにテレポートで逃げ出そうとした水瀬だったが、 グイッ! 神速の動きを見せた綾乃が、テレポートを始めた水瀬の右足を掴むと、襖に叩き付けた。 水瀬はテレポートに失敗し、上半身で襖を破った。 その水瀬を襖から引きはがしながら、なおも綾乃は笑顔で携帯を掴んだままだ。「―――説明してくださいね?悠理君?」
2009.09.20
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「おばあちゃん?」「う……うん」 美奈子は頷いた。「桜井美那って、確かに私のおばあちゃんの名前」「いくつで亡くなったの?」「……確か」 美奈子は指折り数えた。「75……だったかな」「早死にだね」「―――そう?」「桜井美那の子……“の”が小さいのと、“那”の字が曖昧な書き方しているから、おばさん、“美”と“子”だけで桜井さん宛の荷物だって思ったんだね。きっと」「で……でも」 美奈子は、泣き出しそうな顔で水瀬に言った。「ど、どうしてお母さんに?」「……」 水瀬は、首を横にふった。「おばさんに心当たりがあるかもしれないし、ないかもしれない」「―――答えになっていない」「……桜井さん」 水瀬は、包み紙の宛先をもう一度、見た。「何?」「桜井さんのお父さんって、もしかして婿養子?」「―――う、うん」 美奈子は頷いた。「お母さんは家付きの一人娘だったんだよ?この家と、隣近所は全部、ウチの土地だったって聞いたことが」「―――成る程ね」 水瀬は、しきりに感心した様子で言った。「相手は、かなり古い情報しか掴んでいない―――そう判断して良いね」「古い……情報?」「そう」 水瀬は頷いた。「多分……ううん?これ、送ってきた人が知っていることは、桜井さんのおばあさんに子供がいる事と、ここに住んでいることだけ。この情報の中に、桜井さんのお母さんや、桜井さん自身が含まれているかといえば……」「お、お母さんが!」 美奈子は怒鳴るような声で水瀬の声を遮った。「お母さんが何したら、こんなモノを!?」「それはわからない」 水瀬は平然と答えた。「何を考えて、こんなモノを送ってきたのか。どうして、桜井さんのおばあさんやお母さんが相手なのか。どうして、桜井さんのお母さんの名前を、相手は知らないのか」「……」 少しだけ冷静に、美奈子も考えてみた。 宛先は美奈子の母―――らしい。 だが、宛先に祖母である“桜井美那の子”と書いている。 意図的に書いたのでなければ、相手はその名を知らないことになる。 送りたい相手の名前を調べないなんて、バカな話は考えられない。 しかも、中身は人間のミイラの一部。 美奈子には、相手の意図が、まるで分からない。「理沙さん起こして、桜井さんとおばさんの警備を頼むよ」「え?」「何かあってからじゃ遅いから」 水瀬は、そう言うと、不意に美奈子の左手を掴んだ。 ひんやりした水瀬の手の感触。 そして、その手がしたことは―――「―――えっ?」 水瀬の手が離れた左手の薬指。 そこには、銀色に輝く何かがはまっていた。 ―――指輪だ。「あ、あの!み、水瀬君!?」 美奈子は右手で左手ごと指輪を押さえると、顔を真っ赤にしてその場にへたり込んだ。「こ、こここここここここ」「……コケコッコー?」「こ、こ、こういうのは困るっていうか嬉しいけど、なんだかどさくさっぽいし、お母さんいるし、まだプロポーズしてもらってないし、こういう大切なモノをくれる時は、雰囲気というか、場所を選んで欲しいというか、特に私にも心の準備が必要だというか……(中略)……まだ私達高校生なんだし、婚約までする必要は、でもやっておいてくれると心底安心だというか……あっ、めまい」「……どうしたの?」「だ、だって」 美奈子は呼吸を整えながら、震える声で言った。「あのね?突然、指輪もらったから……」「……そんなに嬉しい?」「……」 首を傾げる水瀬と指輪を交互に見た美奈子は、呼吸を再び整えると、感情のない、冷たい声で言った。「水瀬君?」「何?」「この指輪……どういうつもりで私の指にはめたの?」「あっ、それ?」 水瀬は自身満々に答えた。「追跡装置に反応する機能が仕込まれてるんだ。僕の自信作」「……」「……どうしたの?」「……」「さ、桜井さん?どうして包丁なんて持ってきたの?あ、あのね?文化包丁って刺されたら危ないんだよ?」「……」「さ、桜井さん?ぼ、僕、何かした?」 水瀬は文化包丁からしたたる自らの血で、以下の一文を美奈子に書かされた。 贈与証明書 『私こと水瀬悠理は、桜井美奈子に対し、 下記を贈与したことをここに証明します。 贈与品 婚約指輪(追跡機能付)一式 以上』「ひ……ひどい目にあった」 理沙の部下達が桜井邸周辺を見回っていること。 そして指輪に仕込んだ追跡装置が正常に機能していることを確認した水瀬が、ボロボロになった体を引きずって桜井邸を出たのは夜の11時を回った頃だった。 人気のない夜道を歩きながら、水瀬はずっと考え込んでいた。 桜井美奈子。 少なくとも両親に至るまで犯罪記録はない。 ごく平凡な家庭の、何の取るに足りない少女。 近衛でさえ、そう認めたはずだ。 その子に、ミイラの手首を? 一体……何が目的だ? 警告? 水瀬が最も最初に連想したのは、それだ。 じゃ、何の? もし、警告だとして、何故、ミイラの手首でなければならない? 第一、あのミイラは誰? 気が付けば、水瀬は公園にさしかかっていた。 公園の入り口にある電話ボックスの灯りが暗闇の中でもの悲しい光を産み出している。「―――いけない」 水瀬は、ルシフェルに連絡をいれるのを忘れていることに気づいた。「連絡いれないと、お小遣いへらされちゃうからね」 水瀬が電話ボックスのドアを開いた、まさにその時。 ズンッ!! 鈍い音を立て、電話ボックスは粉々に吹き飛んだ。 ―――まいったな。 水瀬は宙を舞いながら舌打ちした。 破壊され、炎上する電話ボックスが足下から遠ざかっていく中、水瀬が心配したのは己の身の安全ではない。 ―――あれ、僕が弁償することにはならないよ……ね? そういうことだ。 近くに監視カメラはなかったはずだから、 ―――とっとと逃げる。 これに勝る対応はない。 一度、民家の屋根に着地、再び跳躍しようとした瞬間は、その時だった。「っ!!」 シュンッ 水瀬の頬を何かがかすめた。 とっさに体が動いたから助かったようなものの、反応が少しでも遅れていたら、今頃、水瀬の命はなかったろう。「―――くない?」 騎士としての水瀬の“眼”は、飛来した物体の形状を把握していた。「くないなら忍び……だけど」 違う。 何か、今、飛んできたモノは、何かが違う。 飛び道具というか、投擲出来るナイフなのは間違いない。 ただ、柄についた金属製のU字は一体? どこかで見たけど、思い出せない。 水瀬は大きく後ろに飛び去りながら、敵の位置を掴んだ。 前方に2人、後方に3人の5人。 敏捷性、攻撃の命中精度云々、どれをとっても、戦闘能力はそれほど高くない。 敵としての脅威は低い。「殺しちゃ……まずいか」 水瀬は“魔法の矢”の出力を低めに設定することに決めた。 夜の住宅街。 街頭と家々の窓から漏れる灯りが、宝石の海さながらに飾り立てる中、水瀬は宙を異動する。 敵を殺さないと決めた。 その理由の一つが、敵の狙いを知ること。 そしてもう一つが―――トンッ。トンッ。 屋根を跳ねる複数の音。 敵が空を飛べないことは、跳躍を繰り返す動作から間違いない。 つまり、敵は魔法騎士ではない。 だから、水瀬は同じように跳躍を繰り返し、“ここ”に来た。 ここ―――つまり、廃工場だ。 長い間放置され、屋根に大きな穴が開いた、さび付いた工場跡。 穴から入る月明かりが唯一の照明の世界。 まるで青白いスポットライトを浴びる俳優の様に、水瀬はその中へと降り立った。 タッ―――ズサッ タッ―――ススッ 同じように降り立つ音は恐ろしく軽い。「……あのね?」 水瀬は、抜刀しない状態の霊刃を片手に、闇の中へと語りかけた。「僕―――女の子を殺したくないの」 返答はない。「僕、ここまでされる恨み買うような覚え、ないんだけど」 シュン―――シュシュシュシュンッ!! 返事の代わりは、得体の知れない飛び道具。 キィンッ! 水瀬はそれにたじろぐ様子もなく、ただ元の姿勢のままでいる。 起きた変化は、その周囲に、砕かれた飛び道具の破片が散乱しただけだ。「答えて―――僕に何の用?」「―――ミナセ」 正面の闇の中から、女の声がした。 まだ年は若い。「―――28年前を忘れたとは言わさないぞ」
2009.09.19
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「美奈子ぉ?荷物が届いたわよぉ?」 玄関からの母の声に、リビングでテレビを見ていた美奈子は、怪訝そうな声をあげた。「私に?」 心当たりがないが、ソファーから立ち上がると、美奈子は玄関に出た。 玄関で、美奈子の母が細長い包みを抱えていた。 茶色い包み紙で乱暴に包んだらしい。あちこちが破れていたり、シワがよっている。 美奈子は、一目でマトモな業者からの郵便物ではないことを悟った。「何?またヘンな本?」「ヘンじゃないわよ」 包みをうけとった美奈子は、答えながら重さや包みを調べる。「普段は参考書頼んでいるの。私はマジメな本を頼んでいるんだって」「男の人同士でナニするお話が、あなたはマジメなお話だって?」 エプロンにハンコを仕舞いながら、美奈子の母は言った。「お父さんとお母さん、どこで育て方間違えたのかしら」「な、何の話?」「ベッドの下にHな本隠すなんて、あなた男の子じゃないんだから」「見たの!?」「―――あなたね」 美奈子の母は、あきれ顔で娘を見た。「あんな所に隠しておくなんて、見てくださいって言ってるのと同じだって、何でわからないの?」「っ!」「―――で?」 美奈子の母は、娘が持つ荷物を指さしながら言った。「その中身は?」「―――知らない」 美奈子はふてくされた顔で答えた。「大体、荷物に送り主の名前が書いてないもの」「心当たりは?」「―――ないなぁ」 美奈子は首を傾げた。 何度か荷物を振ってみるが、音がしない。「開けてみるか―――お母さん、ハサミ貸して?」「成る程……ね」 出されたコーヒーを飲みながら頷いたのは理沙だ。 テーブルの上に広げられた包みの中身を前にして、平然とした顔でクッキーまでかじっている。 包みの中身を見た途端、母親が卒倒。自身も腰を抜かした美奈子は、震える指で電話を掴んだ。 相手は理沙。 半ばパニックになった美奈子から必要事項を聞き出した理沙は、10分程で来てくれた。“途中、道ばたに転がっていた”と言う、背中にタイヤの跡がくっきり残る女の子の襟首を掴んだ理沙は、未だテーブルに放り出された包みを見た後で、平然と美奈子にコーヒーを要求した。「これは、警察(わたし)に連絡寄こして正解だわ」「で……ですよね」 美奈子は、包みの中身を見ようとしない。何とか見ずに済ませようと下を向いている。「お母さん、寝込んじゃって……」「普通はそうじゃない?」 理沙は、手袋をした手で、興味深そうに包みの中身を取り出した。 包みは、段ボールの箱に真綿を詰め込んで、そこに中身を収めていた。 美奈子が揺すっても音がしなかったのは、この真綿のせいだ。「ふぅん……?」「あの……理沙さん?」 美奈子は、下を向いたままで訊ねた。「何?」「よく、そんなの持てますね」「やだ♪」 理沙は笑った。「こんなの怖がってたら警官やってられないわよ?」「……」「年寄りの孤独死の現場なんて行ってご覧なさい。人生観変わるから」「……遠慮します」「で?」 理沙は、自分の横に座る小柄な女の子に尋ねた。「水瀬君?どう見る?このオモチャ」「―――へ?」 美奈子は思わず理沙を見た。 理沙はニヤニヤした視線を一度だけ、美奈子に向けた。「お、オモチャ?」「あったり前でしょう?」 理沙は笑いながら答えた。「これがホンモノだったら、私がひっくり返っているわ!?」「なっ……!」「いい?美奈子ちゃん」 理沙はコーヒーカップをテーブルに置くと、身を乗り出して美奈子に言った。「これは、名探偵桜井美奈子に対する挑戦?違う違う。これはね?嫌がらせっていうの。こういうオモチャを送りつけて、美奈子ちゃんが困惑する姿を“想像”して悦にいる。そんな小者がしかけた、タチの悪い、くだらないイタズラ」 理沙は、まるで美奈子に噛んで言い聞かせるように言葉を句切りながら言った。「これはニセモノで、送られてきた理由はイタズラ。わかる?」「は……はぁ」 美奈子は、理沙の横に座って、理沙の言う“オモチャ”を矯(た)めつ眇(すが)めつ 眺める女の子―――水瀬の反応を待った。 臭いまで嗅ぐ水瀬は、無言で理沙にそれを手渡した。「よく出来てるけど、これって何製?」「?」「ラバー製にしては……こう、張りというか、何というか」「……切断は鉈か手斧だね。鋭い刃物は使われていない」「そういう風に見えるように造ったんでしょう?その……特殊メイクで」 美奈子は、水瀬が言おうとしていることがわかって、目の前が真っ暗になった気がした。「……お姉さん」 水瀬は、理沙に両手でしっかりとそれを握らせてから言った。「桜井さんと仕事でつき合っているんだから、そろそろ現実見た方がいい」「……どういう意味?っていうか、キミとのつきあいなら納得できるよ?それ……って」 理沙の口は、それ以上の言葉を紡げなかった。 水瀬の目を見たからだ。 水瀬の目は、決してふざけていない。 本気だ。 機械のような冷たい視線の先にあるのは、自分が両手で持つ物体。 美奈子の母親を卒倒させ、自分が呼ばれた原因。 理沙は、それと水瀬を交互に見た。「……まさか」「殺人事件にはならない……と、思う」 水瀬はテーブルに置かれたコーヒーに手を伸ばした。「……器物損壊……か、遺体損壊……は、違うかなぁ」「……」 理沙は三回深呼吸して、手にしたモノを綿の上に置いた。「―――つまり?」「細かいことは鑑識じゃなくて、専門機関に任せないと僕にもわかんないけど」 水瀬は言った。「性別不明。はっきり言えることは、人間の、右腕の手首から上のミイラだってこと」「そ、そんなものを!」 卒倒した理沙が椅子から転げ落ちそうになるのを抱き留めた水瀬の前で、美奈子が半泣きになりながら言った。「な、何で私に!?」「……あのね?」 包みの中身―――人間のミイラの一部―――を、美奈子に見えないように包み紙で隠した後、 ソファー、貸してね? 理沙を抱きかかえた水瀬が理沙をソファーに横たえる。「……多分だけど」 水瀬は美奈子に振り返った。「これ―――正確には、桜井さんに送られたんじゃないかも」「ど、どういうこと?」「うん……」 水瀬は、困惑したような顔をした。「単に、僕のカンなんだけど……」「カン?」「うん……よく見て?」 水瀬が美奈子の前に広げたのは、包みだ。「切手が2000千円分も貼り付けられているし……」 水瀬の指が、宛先の文字を指した。「桜井さんは、自分宛だって言われて、そのまま信じちゃったんだと思うんだ」「……あっ」 美奈子は思わず声をあげた。 そこに書かれているのは、自分の家の住所と、そして――― 桜井 美那の子 ―――そう、書かれていた。「桜井美那って……誰か知っている?」「う……うん」 美奈子は困惑気味に頷いた。「き、去年亡くなった私のおばあちゃん」
2009.09.19
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ビリッ! 胸元に響いた音に、ついに固く閉じられていた瞳が見開かれた。 乳房を乱暴に握りしめられる痛みが、全身を螺旋のように駆けめぐる。 せめて逃れようと体をよじらせるが、ベッドに拘束された身では逃れようもない。 乳房に舌が這い回るおぞましい感覚に悲鳴を上げる。 やめてくれと、何度も哀願するが、それさえ耳に届いていない。 出来ることがあるとすれば、この悪夢が一瞬でも早く終わってくれることを祈るしかない。 祈る? 何に? 神から最も遠い存在である私は、何に祈る? 女として最も大切な場所を覆い隠す布が外された。 自分の身に、これから何が起きようとしているのか、わからないわけではない。 信じたくないだけだ。 誰にも触らせたことはない。 誰にも、見せたことさえない。 その場所が今、乱暴に開かれ、男の見せ物になっている。 体が壊れてもいい! 男の視線から逃れるなら、死んでもいい! 狂ったように暴れるが、万力のような力で腰を押さえつけられた身で、逃れることは出来ない。 抵抗することさえ、言葉で嬲る口実を男に与えるだけだと思い知らされるだけだ。 下腹部に走る虫酸が走るような嫌悪感が、徐々に鈍いような、くすぐったいような、不思議な“刺激”へと変化して行く。 下半身が、むず痒い。 弄ばれ、聞くに堪えない言葉にまじり、卑猥な音が耳に届きはじめたのは、それからすぐのことだ。 水をこねくり回すような音が、何を意味するか。 その音源が自分であるという羞恥と屈辱が、精神を容赦なくむしばんでいく。 ―――みんなが、こんなこと、されたんだ。 もはや為す術もなく、耐えることだけが、出来ることだと思い知らされた。 ―――ディアナも、クリスも、ベスも……みんな、こんなこと、されたんだ。 不思議系のディアナ。 ボーイッシュなクリス 大人っぽいベス。 大切な友達。 彼女たちもまた、こんな屈辱を味わわされたんだ。 そう思うだけで、涙があふれてくる。 不意に、腰を拘束していた力が緩んだ。 一瞬――― 終わった? 疑いつつも、希望の光を見た気がした。 だが……「っ!!」 体が引き裂かれた。 本気でそう思ったほどの激痛に、美声を讃えられる喉から悲鳴が絞り出される。 自分の体に、何が入れられたのか。 自分の体が、どうなったのか。 女の子として ―――否。 女としてわかる。 男が、容赦なく体を弄び始める。 腰同士が激しくぶつかり合い、血の混じった水音が響き渡る。 そのたびに遠のく意識を、乳首に走る甘い痛みが現実へと引き戻す。 痛みにグシャグシャに泣き崩れた顔、乱れた髪を直す余裕なんて、ない。 ただ、これが悪夢であること祈るだけだ。 何が夢で、 何が悪夢で、 何が現実なのか――― 何も判らなくなっていく。 ―――ソノウチ、キモチヨクナッテイクヨ? 男は、強引に唇を奪い、舌を顎の中にねじ込んでくる。 吐き気を催す嫌悪感の中で、そう囁かれた。 そうかもしれない。 屈辱より 苦痛より 快楽の方がいい。 溺れてしまえば、きっと、そっちの方がマシ。 いつしか、そう思うようなった。 痛みが快楽に変わるように。 悲鳴ではなく、歓喜の声が出ますように。 溺れてしまえば、逃げることが出来る。 私は、逃げてしまえばいいの? 逃げる? 何から? 悪夢から。 悪夢って? 今、されていること。 男の動きが激しさを増し、息が荒くなっていく。 男がうめき声をあげた、次の瞬間、 胎内に、焼けるような熱が走った。 体そのものが焼き払われたような悪寒の中、暗い闇の中へと、意識は落ちていく。 ぼんやりと浮かぶ、自分を見つめている男の顔。 女の子としか思えない顔。 そこに浮かぶ視線は、あからさまなまでに、自分を見下していた。 ―――許さない。 遠のく意識の中、自分が男を睨み付けることが出来たかわからない。 ―――絶対に、許さない!! その言葉を心に刻みつけ、意識を失った。 ぐったりとする女から身を離し、少年は改めて女の体を眺めた。 ―――自分が女にしてやった。 男の身勝手な言い分を呟きながら眺める女の体は、折れそうなほど華奢だ。 体つきからすれば、中学生。 自分と同じくらいだ。 その体は、鎖と革手錠によってベッドに拘束され、女の子からは白い白濁物と共に、うっすらと血が流れている。 ツインテールの金髪が乱れ、白い肌には、自分が残したキスマークが淫らな跡を残している。 その全てが、少年を満足させる。 ベッドの脇に置かれたタバコに火をつけ、数回吸った。 肺に入り込む煙にむせび、少年は灰皿にタバコをねじ込んだ。 ―――これで 涙の跡が残る端正な顔を眺めながら、少年は思った。 ―――5人全員、僕のモノになった。 僕のモノ。 そう思うだけで、再び下半身が熱を帯びる。 ムラムラとした、どす黒い欲望がわき上がってくる。 もっと、女を楽しみたい。 女が快楽に溺れる姿が見たい。 先日、やっと絶頂を覚えたのはあの巨乳のメガネだったな。 清楚な女があれ程乱れてくれるのは、思い出すだけでたまらない。 少年は、ベッドから降りると、そのまま部屋を後にした。 少年はその時、忘れていたのだ。 自分がモノ扱いした少女達が、一体、どういう存在であるかを。 ぐったりとした少女が横たわる部屋の外。「なっ!?」 ドカバキグシャッ! 少年の短い悲鳴と、骨肉を砕く音が響く。 すぐにドアが開かれ、入ってきたのは4人の少女達。「……エルシィ」 ベッドの脇に立つ黒髪の少女が、ベッドの上に横たわる少女を沈痛な視線で見る。「エルシィにまで手を出すなんて!」 黒髪の少女は、きびすを返すと部屋を出ようとした。「アリス、どうしたの?」 その腕を止めたのは、メガネをかけた少女。「止めないでベスっ!あいつを殺しにいくのよ!」 アリスは答えた。「袋だたきにしてダストシューターに放り込んだだけじゃ、気が収まらないっ!」「力を封じられた私達には、彼は殺せないわ」「―――くっ!」「復讐の時を待つのよ。アリス」「……」「クリス、ディアナ」 メガネをかけた少女、ベスは、アリスから手を離すと言った。「エルシィを連れて逃げます。金庫は破ったわね?」「はい」「現金が日本円で10億ですから、しばらくは暮らせます」「よろしい―――」 ベスは、ちらりとアリスに視線を向けた。「あなたがリーダーよ?アリス?」「―――っ!」 カッと頬を赤く染めたアリスは気色ばんで言った。「逃げるわよ!?いずれ、絶対に、この国で、あの男を殺すために!」
2009.09.19
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慶応三年八月「―――これですね」 そう、指を指された先にあるモノを見た時、沖田総司が出来たことは、うめき声を口の中で殺すことだけだ。 地獄の底へ下るような、深い地の底への旅の果てに、彼はそれを確かに見た。「こ……これは」 キュッ 思わず後ずさった総司の横に立つ少女が、そっと総司の手を握った。 手に伝わる、華奢で柔らかい感触が、総司の心に生まれた戦慄を和らげてくれる。 ―――連れてこなければよかった。 総司は、少女の横顔へ盗み見るような視線を送り、後悔した。 これは、女子供の見ていい代物ではない。「時雨殿」 斉藤一が言った。 相変わらずのポーカーフェイスのせいで、感情が判らない。「……これは一体?」「私の先祖にして、前任者です」 時雨。 そう呼ばれた女は、楚々とした声で答えた。 いつの間に着替えたのだろう。 白装束に身を包み、髪を下ろした女が目の前のモノを見上げる視線を外そうとはしない。 モノ 松明と龕燈提灯(がんどうちょうちん)に照らされた先にあるモノ。 漆黒の闇の中に浮かぶそれを見た総司は最初に巨大な干物を連想した。 黄ばんでボロボロになった布に包まれた干物が岩壁に張り付いている。 本気でそう思った。 近藤や土方から、“その世間ズレした発想をどうにかしろ!”と叱られてばかりの総司は、天性の純粋さ故にそう発想したにすぎない。 否。 総司でなくても、そう思ってしまう。 黄ばんだボロ布は白装束。 干物の上部には、油が抜けた黒髪が張り付いていた。 そう…… 人間の―――ミイラだ。 十字架にかけられた罪人のように、手を左右に広げ、まっすぐ立った姿勢のまま、ミイラは岩壁に張り付くような姿勢で、その場にいた。「記録では慶安4年(1651年)、由井正雪の乱があった年になりますね」 時雨の斜め後ろに立つ背の高い男が、場違いなほど飄々とした声で言った。「それから200年以上―――よく持ったモノです」 男は、そっと手を合わせた。「200年に渡り、この天下を乱す者を防ぎきった貴女に感謝します」 光に照らし出された長い髪は、何一つ答えない。 ぼろぼろに崩れかけた皮膚と肉もまた、無言のまま。 黒く窪んだ眼窩に宿る光は、ない。「……はい」 時雨は小さく、しかし、力強く頷いた。「これからは―――私です」「私は一体、何年を保つことが出来るのでしょうか」「何年でも」 男は楽しげに頷いた。「それこそ、千年万年、千代に八千代に」 クスッ。 時雨はそっと袖で口元を抑えながら笑った。「最後に笑わせていただき、感謝いたします。松笛殿」「あなたには」 松笛―――そう呼ばれた男は、頷き返した。「私を殺してもらえる―――そう、信じていたのですがね」「これもまた、運命(さだめ)というものです」「運命(さだめ)―――ですか」 ふうっ。 ため息と共に、松笛は言った。「イヤな言葉です」「本当に」「本当ですよ―――さて」 松笛は振り返った。 そこには、目の前に存在する不気味な物体を前に、言葉を失っている侍達の一団がいた。「新撰組の皆様には、力仕事をお願いします」「力仕事?」 斉藤がいぶかしげに言った。「まさか、“あいつを降ろせ”とか、いわねぇだろうな?」「正解です」 岩肌をよじ登り、ミイラを降ろす作業に入った新撰組の隊士達を見守りながら、「……お話は、聞いているのですが」 沖田の横に立っていた少女が松笛に言った。「今、目の前に現実として存在しても尚、信じられません」「“彼女”は、“器”にすぎません」 松笛は言った。「器の強弱が、中身をこぼさない秘訣ではありますが」「一体、誰がこんな残酷なことを」「水瀬家は絡んでいない―――?」「知りません」 少女はムキになってそっぽをむいた。「私は水瀬家からは追放された身です」「唯一の正統なる後継者はあなただというのに」 松笛は、残念そうな顔で少女の端正な横顔をみつめた。 松明に照らし出される少女の若々しい肌が、陰鬱な世界に染まりかけている心を、浄化してくれる。「どこもそうですけど、お家騒動は」「その話は」 少女は松笛の言葉を遮った。「しないでください」「……それが、お望みでしたら」 ミイラが降ろされるのを見守りながら、松笛は頷いた。「華より団子。家より総司君ですね?雫(しずく)殿は」「なっ!?」 一瞬にして耳まで真っ赤になった、雫(しずく)と呼ばれた少女が、何かを言い返そうとした時、「ちょっと」 つんつん。 雫の肩を何かがつついた。 振り返ると、妙齢のびっくりする程の美女が自分の後ろに立っていた。 名を、梅。という。「雫ちゃん。お化粧するから手伝っておくれ」「はい」「まぁ、あんたにゃ」 赤い天鵞絨(びろうど)の絨毯が敷かれ、石の上に据えられた幾本もの蝋燭が白装束の女性を照らし出す。 化粧道具を用意しながら、梅は言った。「いろいろ恨み辛みもあるけどさ」「……」 時雨は、正座したまま、無言でその言葉を聞く。「女同士で、最後にしてやれるのはこの程度さね」「ありがとうございます」「よしなよ。礼はいらないさ。ねぇ?雫」「はい」 雫は力強く頷いた。「時雨様?お梅さんは、お化粧がとても上手なんですよ?私もしっかり教えてもらって、いつかお梅さんの死に化粧を」 ガンッ!! 梅の一撃が、雫の脳天に炸裂した。「ったく!総司君に毒されすぎだっての!」 頭を抱えてうずくまる雫を睨み付けた梅は言った。「私ゃ遊郭育ちさ。化粧はお手の物。責任もって、三国一の美人に仕立ててやるよ?」「降ろしたぜ」 女性達が化粧に勤しむ中、むしろの上に降ろされたミイラを前に、斉藤は言った。 その顔には、あからさまな嫌悪感が漂っている。「それにしても、コイツは一体?」「聞いていませんか?」 松笛は、おや?という顔になった。「俺達が聞いているのは、こいつとあんたの道中を護衛することだけだ」「そうですか?」 松笛は首を傾げた。「近藤局長にはお話したのですがねぇ」「どこでだ」「酒の席で」「あの飲みすけが酒の席でのことなんて覚えているもんか!」 斉藤が言った。「翌日にゃ、小便と一緒に全部流しちまってるわ!」「……成る程?」 無理もない。 松笛は、不思議と何度も頷くと、不意にミイラを指さした。「この道中の目的は、このミイラにあります」「……」 斉藤達は、訝しげに松笛と横たわるミイラを見比べる。「どういう意味だ?それは」「このミイラの子宮の中には、恐ろしいほど厄介なモノが巣くっています。ミイラは、それを封印するための器なのです」「……つまり」 京の都に来てから幾度となく、敵として味方として目の前の男と関わってきた斉藤は、不親切極まりない松笛の説明を、脳内で補足した。「何だか得体の知れないバケモノを、女の体に閉じこめているって寸法か?」「ご明察」「壊しちまえ。んなモノは」 斉藤は、とっさに部下の隊士が持っていた松明を掴んだ。「こんな干涸らびてるんだ。盛大に燃えるだろうよ」 斉藤が、ミイラに松明を近づける。 それを止めたのは松笛だ。「―――破壊することは出来ないのです」 その声は真剣だ。「かつて、阿部清明、倉橋 時深(くらはし ときみ)が束になって何とかしようとして出来なかった」「……燃やす程度じゃすまねぇ、ってか?」 松笛は無言で頷いた。「ならせめて」 隊士に松明を押しつけ、斉藤は訊ねた。「こいつの腹の中に何がいるのか、それと、あの女は何なのか、教えてくれ」「ここまで来たのです」 松笛は頷いた。「聞く権利はあるでしょう」「……」「河内時雨……あなた方にとっては敵の中の敵。彼女はこの」 松笛の指先には、ミイラがいた。「彼女のご先祖様に代わり、新たなる“器”となる」「……器には、何を入れる?」 松笛から、斉藤達が何を聞いたのか。 隊士の全員が、一切、語ることなく世を去ったため、一切が不明のままである。 ただ、斉藤の言葉として、こんな言葉だけが残っている。「近藤さん達は、俺達に何も言わなかったんじゃない。 何も言えなかったんだ。 もし、俺が近藤さん達の立場でも、そうしただろう。 “それ”を知っているなら、誰でもそうするさ」 約200年前の話であった。
2009.09.19
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大日本帝国東京都内。 地球上の同じ都市で奇しくも、 「……」 ピッ ピッ ピッ ピッ 全く同じタイミングで、同じタイプの体重計にそんな音をさせる二人の少女がいた。 そして―――●東京都千代田区 宮城「日菜子が?」「はい」 夏期休暇で全寮制の学校から戻ってきた妹が、朝からジャージ姿で出かけようとする。 それを見た長姉、麗菜は、何かと運動したがらないもう一人の妹を誘うように言ったのだが、「運動すると言い出したのは、日菜子姉様です」「……」 よく見ると、少し離れたところで、黒いジャージ姿の日菜子が、いかにも体が固そうな動きで、準備運動らしきことをしていた。 動きからして、どうやら日菜子はラジオ体操を思い出せる限りやろうとしている。 ところが、全然ラジオ体操になっていない。「九条の方が体柔らかいわよ?あれは」「ハハッ」 手を腰にして体を後ろに反らせた途端、痛そうに腰をトントンとたたき出す。 そんな日菜子に、麗菜が気づいたことがある。「春菜」「はい?」「―――日菜子が着ている“あれ”って」「そうです」 麗菜がびっくりするほど体が柔らかい(いろんな意味で)春菜は、開脚ストレッチをすると、足におでこをつけた。(日菜子がやったら股が裂けるな) そう思う麗菜に、春菜は答えた。「サウナスーツです」「あれって、ダイエットには効果ないでしょう?」「はい」 春菜は頷いた。「体温が上がると脂肪は燃焼しにくくなりますし、汗が流れた分は、後の水分補給で元に戻ります」「意味ないどころか、邪魔だと?」「はい」「それを知っていて、止めないの?」「麗菜姉様は、止めますか?」「……」「……もうダメ、ですか?」 汗だくになってその場にへたばった日菜子は、無言で頷いた。「……って」 春菜は、今まで走ってきた道を見た。「まだ、1キロ走ってないですけど……あっ」 春菜は、姉に言った。「タマが何かくわえて走ってますよ?……あの白い布って、もしかして姉様のショーツでは?……あれ?」 日菜子が脱兎の如く駆け出していったのを、春菜は唖然として見送った。「次は水泳ですか?」 結局、タマを追いかけて10キロ以上を走った日菜子は、汗だくのサウナスーツを脱ぐと、春菜から手渡された微炭酸入り飲料を一気に飲み干し、水泳をやると言い出した。 単に暑いから水に浸かりたいんだろうと見当をつけた春菜は、つきあいで水着に着替えた。 ―――少し、きつくなってきたな。 愛用の水着の胸部分の締め付けがきつくなってきたことに気づいた春菜へ、殺意に近い羨望の眼差しを姉からヒシヒシと受けつつ、プールに向かう。「姉様?とりあえず」 プールに入ろうとする日菜子が手にしたものをやんわりと掴みながら言った。「浮き輪はやめましょうね?」「―――ごちそうさまでした」 姉が半分泣きながら恨みのこもった視線を向けるのを無視した春菜は、昼食を終えた。「やっぱり、スープパスタは大好きです♪」「……グスッ」「さ。午後はトレーニングですよね?姉様♪」 日菜子は、自分の前には水しか置いていないテーブルを離れた。 ご飯やパンに比べ、体内に取り入れたときのエネルギー効率が格段によいのがパスタの特徴だ。 パスタに多く含まれるビタミンB群、特に白米の10倍とも言われるビタミンB1の効果により、パスタは食べた後は素早くエネルギーとなる上、余分なエネルギーも脂肪として体につきにくい。 また、その70%が糖質とはいえ、果物などに含まれる糖質とは異なり、体への吸収がとても穏やかな分、ほかの食べ物よりも満腹感が長続きし、長時間にわたりエネルギー源となってくれる。 さらに食物繊維が豊富なのも特徴。腸からのコレステロール吸収を抑え、腸に溜まった老廃物を押し出してくれる効果も期待出来る。 それだけに、パスタはダイエットに向いている食べ物だ。 実際、麗菜がこっそりとダイエットする時は主食がパスタに切り替わることを、春菜は知っているし、それを春菜自身がまねている。 肝心の目の前の姉は、単に二人がパスタ好き程度にしか認識していないが……。 「これだけやったら絶対激やせ」 そう書かれたメニューに従い、日菜子は必死にトレーニングマシンを操作する。「姉様のご厚意は無駄にはしません……とはいいますけど」 どう見ても、トレーニングは筋力増強を目的としたもので、日菜子の望む脂肪燃焼を目的としたものではない。 しかも、「あれ?」 達筆な麗菜の手で書かれたそのメニューのタイトル。 その端っこに、何か恐ろしく小さい文字が書き込まれているのに、春菜はその時、初めて気づいた。「?」 その意味を理解した途端、目の前で歯を食いしばってトレーニングする日菜子が、春菜は恐ろしく哀れな存在に思えてきた。「……私も負けていられません」 トレーニングメニューを終えた日菜子に春菜が差し出したのは特製ドリンク。「恐ろしくドロドロしてるけど、何が入っているか?ですか?」 その問いかけに、春菜はニコリと笑って答えた。「プロテインです。ダイエットに効果ありますよ?」「もう寝ちゃったの?」 麗菜は壁の時計を見た。 古い独逸製の柱時計は、麗菜のお気に入り。 その時計が教えてくれる時間は、午後8時を少し回った所だ。「はい」 紅茶を飲みながらホクホク顔でワッフルを口に運ぶ春菜が頷いた。「もう疲れた。もうダメとか」 春菜は楽しげに日菜子の口調を真似てみせた。「いつも怠けているからよ」 ソファーに座った麗菜は、メイドが出した紅茶に口を付けた。 お気に入りの茶葉が醸し出す香りが心地よい。「適度に運動していれば―――ねぇ?」「本当は、日菜子姉様って、恐ろしく運動神経がいいんですけどねぇ」 春菜は何度も頷くと、ワッフルの残りを口に放り込んだ。「不思議です」「まぁ―――ね」「それにしても姉様?」 春菜はイタズラっぽく訊ねた。「タマに姉様のパンツ持ったまま走らせるなんて、考えましたね」「あなたもアドリブでよくフォローしてくれたわよ」「しかも、特殊部隊兵士向けの、筋力増強用訓練メニューをやせるなんてウソついて」「私、やせるとは言ってないわよ?」「そうでした♪」 春菜は笑って言った。「激やせ“したらスゴい!”でしたよね?」「本当、あの子はバカ正直だから」「今日一日、効果があったと思います?」「最後のプロテインで台無しです」 春菜は言った。「プロテインのダイエットがあることは知っていますけど、まさか日菜子姉様、食べた分だけやせると勘違いするなんて思いもしなくて」「1キロがぶ飲みしたんだっけ?」「―――はい」「逆に増えるわね。確実に」「明日から、ご飯はコンニャクをメインにするそうです」「私、コンニャク嫌い」「実は私も」 二人は小さく笑いあった。「―――春菜?」「はい?」「今日一日、日菜子と一緒に過ごして」「はい」「楽しかった?」「はいっ」 春菜は満面の笑みを浮かべて頷いた。「おかげで、麗菜姉様が日菜子姉様をイジる理由が判った気がします」「でしょう?」「はいっ♪」「明日はどうしようかしら?」「筋肉痛がどうのっていうでしょうから―――」「あっ、それいいわね?」「きっと姉様、お布団から出てこなくなりますよ?」―――同じ頃、 心配する両親をよそに、早々に布団に潜り込んだのは綾乃だ。 アイドルは体力勝負である以上、普段から体を動かす分、実際、日菜子より綾乃の方がやせるという意味では有利なはずだ。 その綾乃が、何をどうしようと、どうしてもやせることが出来ない理由は一つだ。 ムクッ。 布団に潜り込んで寝息を立て始めた綾乃が、不意に起きあがった。「やっと寝てくれました」 布団から出た綾乃は、軽く手を叩いた。 すると、どこに潜んでいたのか、二人のメイドが、机の上にケーキと紅茶を並べ始めた。「ハアッ♪」 フォークを両手で握り、幸せそうな顔をする綾乃が言った。「28センチホールを一気に食べる醍醐味♪カロリーとか怖くて、この子の体使わなくちゃ、とても味わえません♪」 パンッ 両手を合わせた綾乃が言った。「日々、努力をしてる綾乃さん。本体である私、ティアナが、その努力を有効に活用してさしあげますね?」 キラリッ 磨き抜かれたフォークが光る。「いただきまぁす♪」
2009.09.05
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美奈子は、ペンションのドアを開けた。 玄関ホールの奧はカウンターになっていて、脇には暖炉があった。 カウンターではエプロン姿の男が皿磨きの最中だった。「いらっしゃい」 美奈子を出迎えたのは、まだ40前だろう、中年と呼ぶには若い男。 背が高く、スラッとした容姿は精悍さを感じさせる。「部屋、ありますか?」 美奈子は努めて平静に訪ねた。「シーズンオフですから、他にお客様はいませんよ」 男は皿を置くと、カウンターから出てきた。「ご主人?」「はい―――湖見物ですか?」「はい」 美奈子はドアを閉め、頷いた。「シーズンは紅葉の頃……失礼ですが、季節外れですよ?」「……忘れたい思い出なんですけど、でも、この湖が忘れられなくて」「ああ……」 沈んだ声の客の態度に配慮したんだろう。主は美奈子をカウンターに誘った。「ウェルカムドリンクになります」 よく手入れされたティーカップに入った琥珀色の飲み物。 美奈子は一口、口をつけた。 甘すぎず、かといって薄くもない。 口の中に清涼感が広がっていくような、不思議な味だった。「おいしいですね」「ありがとうございます」 主は軽く頭を下げた。「当宿自慢のハーブティーです。裏の畑でいろんなハーブを育てていまして」「そうなんですか」 ―――それでか。 美奈子は、宿に入る時、嗅いだ“とてもいい香り”の正体を悟った。「では、宿帳にご記入を―――部屋にご案内します」「はい」 案内された部屋は角部屋。 ベッドが二つ。 手入れされた部屋には汚れ一つ無い。「いい部屋ですね」 美奈子は素直にそう言った。「ありがとうございます」 無邪気なまでに喜ぶ主が頭を下げる。「夕食は地物野菜をふんだんに使った自慢料理です。露天風呂もありますのでご利用下さい」「桜井さん」 水瀬との接触があったのは、美奈子が料理に舌鼓をうち、露天風呂を満喫しているまさにその時だった。「―――っ!!」 露天風呂の岩陰から突然顔を出した水瀬に、美奈子は思わず風呂に体を沈めた。「な、なななっ!?」 慌ててタオルで前を隠す美奈子に、水瀬は何でもない。という顔で言った。「宿の中に異常は発見出来なかった。宿の中は安全だと思う」「……」「お料理、おいしかった?」「―――ねぇ」「何?」「私、異常を見つけた」「な、何?」「女の子が入浴してるってのに、平気な顔して顔を出す男の子よっ!」 ガンッ! 美奈子の投げつけた洗面器が、水瀬の顔にクリーンヒットした。 翌日「よく眠れましたか?」「はい」「朝食のご用意を」「いえ」 美奈子は言った。「朝食は食べないんです。チェックアウトお願いします」 美奈子は、手続きを終えると主に言った。「ハーブティー美味しかったです」「―――またお越しを」 ドアの向こうは、相変わらずの霧の世界だった。 まるで霧の中を泳いでいるような錯覚さえ覚える世界で、美奈子は湖を目指して歩く。 背後を振り返ると、10メートルほど後ろにぼんやりと人影らしきモノが見える。 手はずでは、変装した水瀬のはずだ。 ―――さて? 旅行客に変装した水瀬は、美奈子の背後を、距離を詰めないように注意しながら歩く。 カッ「―――あっ」 それは、本当に一瞬だった。 石に足を引っかけた。 それだけだ。 水瀬は、すぐに視線を美奈子にむけた。「――― えっ?」 水瀬は目を見開いた。 前を歩いていたはずの美奈子の姿が―――消えたのだ。 ザザッ 水瀬の変装した旅行客が小走りに通り抜けていく。「やっぱり、あなたを狙っていたらしい」 水瀬が通り過ぎた藪の中から、そんな声が小さく聞こえたのは、それからしばらくしてからだ。「―――お知り合いで?」「……いえ」「霧が晴れるまでもう一度、宿に戻りませんか?ハーブティーをごちそうしますよ?」 美奈子と、宿の主だった。 ―――心配で追跡したんです。 美奈子を追いかけてきた理由を、主はそう告げた。 たしかに、傷心旅行を装っていたし、後ろからは不審者が追跡していた。 すべてでっち上げだが、かといって否定出来ない美奈子は、主の言うとおり、素直に宿に戻った。「木陰から手招きされた時は、正直びっくりしました」「この辺は私の庭のようなものですから」 主はハーブティーを勧めながら答えた。「でも―――ありがとうございました」 美奈子はハーブティーを飲んだ。「……霧が晴れるまでは、しばらくかかるでしょう」 主は窓の向こうに広がる霧の世界に視線を送った。「霧の中にいると」「……」「世界が本当に狭く思えますよ」「……そうですか」「ええ……」 主はチラリと時計を見る。「駅に行っても、次は2時間後です。クッキーもありますからしばらく話し相手になってもらえますか?」「私の方こそ」 美奈子は、体がホワホワと浮き上がるような、不思議な感覚に身を任せつつある自分に全く気づいていない。 一体、それほどおいしかったというのか。 それとも単に美奈子が意地汚いのか。 ハーブティーを何杯も飲んだ美奈子が、主の話が毎年の宿泊客の話題になった時、言った。「3人、行方不明になってるそうですね。もしかして、さっきみたいに誘ってどこかに連れて行ったんじゃないんですか?」「……やっぱり」 主は冷たい視線で言った。「何かご存じでここに来たようですね」「……へ?」 妙に頭がぼんやりする。 世界がグラグラして、横になりたくてしかたない。 美奈子は何とか姿勢を保とうと、カウンターを両手で掴もうとするが、力が入らない。「あ……あれ?」「私には娘がいたんです」 それは、本当に現実なのか? それとも夢か? 目の前がぼやけ始めた美奈子の耳に、聞こえてくる主の声が、本当に主の声か、美奈子は地震がなかった。「私は娘を愛していた。子を成す程ね。ところが、娘は事故で死んだ。死んだ時はそれは悲しかった。 愛した娘と離ればなれになるのが、この身を裂かれるより辛かった。悔しかった。 だから私は“あること”をして、娘と一つになったのです」「……」 美奈子は、自分がカウンターの椅子から転げ落ちたことさえ気づかない。「でもね?私は娘と一つになったことで、神からの罰を受けました」 カウンターの向こうから出てきた主の手には、薪割り用の手斧が握られていた。 床に倒れる美奈子を前に、主は舌なめずりしつつ、斧の刃を確かめた。「若い女性の肌を見ると―――食欲が抑えられなくなるのです。 吹き出す血を全身に浴び、生ぬるい血潮を飲み干さなければ、喉がかわく。赤黒く蠢く肉を喰らわなければ空腹を満たすことが出来ない!」 ハァ……ハァ…… 荒い息の下、男は震える手で続けた。「私は女性の血肉を求め、飢えるという神罰を受けた!さぁ、あなたも私と一つに―――!」 手斧が美奈子めがけて振り下ろされようとしていた。「……御苦労様」「桜井さんには、悪いコトしたわね」「今回のことは、記憶操作して、消しておくよ」「事件に巻き込まれて記憶消されるって……この娘、これで何回目よ」「前の壁に埋められていたミイラ化した死体見た時で5回目だから」「ホント……お気の毒」 場所はA市内の病院。 廊下に置かれた長いすに座る水瀬に、横に座る理沙が言った。「飲まされたのは、香草(ハーブ)というより麻薬だそうよ」「……やっぱり?」「先生に聞いたけど、一定の種類をあわせると合法の香草(ハーブ)が麻薬と同じ成分を産み出すんだって」「……後遺症は?」「ないけど……あの子飲み過ぎたらしいわね。普通なら一杯か二杯が限界なんだそうよ?2、3日は静養が必要だって。ご家族にはどう説明する?」「事件調査が長引いたってことにする。桜井さんもうまく言いくるめて、近くの温泉に泊まって……宿のご主人は?」「水瀬君の一撃喰らって、今集中治療室。発狂している可能性が高いから、精神鑑定の手配している」「……そう」「愛する子供失って狂った―――そんな所よね」「……うん」「愛する子供を食べてしまうなんて……」 理沙は両手で体を抱きしめるように身震いした。「私には信じられない」「青頭巾」「……へ?」「ペンションの名前。出来すぎだよ」「なにが」「江戸時代に書かれた『雨月物語』に、『青頭巾』って名前の話しが出てくる。 旅をしていた改庵禅師が、宿を求めて里に入り大きな家を訪ねると、禅師を見た人達から「鬼が来た」と騒ぎ立てられ、逃げられる。 どうやら、理由は自分の僧衣にあるらしい。 何とか誤解を解いた改庵に、家の主がわけを話した。 近くに山寺があって、徳の高い阿闍梨がいた。 だが、一人の稚児に迷い、これを寵愛するようになった。 この稚児が病で死ぬと、阿闍梨は腐敗し、腐臭を放ってもなお、稚児の遺体に寄り添ったままになった。 挙げ句が、気が狂ったまま死肉を食らい、骨を舐め尽くし、食い尽くした。 そのの地、阿闍梨は鬼と化し、墓をあばいて屍を食うようになったので、皆が恐れているという」「……」 似てるでしょ?と、水瀬は冷たい笑みを浮かべた。「―――で、そのなんとかいう、狂った坊さんはどうなったのよ」「結局、改庵禅師に教化……まぁ、宗教的な正しい教えを受けて成仏した……ってところかな」「あの宿の主には、いなかったわね」「そこが物語と現実の違いだよね」 水瀬はポツリと言った。「現実の残酷さって、そういうところにあると思う」「警部補」 背広姿の若い刑事が、理沙に近づいてきた。「ペンションのハーブ畑から白骨化、もしくは白骨化しかかっている女性の頭部が4つ、それに砕いた骨と内臓の痕跡がみつかりました」「……骨と内臓がいい肥料になったでしょうね」 ちらりと水瀬を見た理沙は言った。「水瀬君。絶対に今回のこと、桜井さんの記憶から消しておいてね?」「どうして?」「人間の骨肉で育ったハーブティー。飲みたい?」「……消しておく」 水瀬は、げんなりした顔で頷いた後、刑事に尋ねた。「内臓と頭部と骨は見つかったけど―――筋肉は?」「ハーブを育て始めたのは2年ほど前だそうです」 刑事は、それだけ言った。「―――もういい」 水瀬は吐き気を抑える仕草で首を左右に振った。「どういうこと?」 理沙は刑事と水瀬の言いたいことがわからないらしい。「理沙さんも肉料理すればわかるよ」「はぁ?」「ハーブティーはね?おまけなんだよ。理沙さん」 水瀬は言った。「どういうことよ。どうして、主はハーブなんて育てたの?客寄せじゃないの?」「違うよ。ハーブを育てた理由は―――多分、一つ」「何よ」「―――肉料理に変化をつけるため」 どういう心の闇が主に生まれたのかは知らないし、知りたくもない。 どちらにせよ、その後しばらく水瀬と、話を聞いたルシフェルは肉を食べる気になれなかったという。
2009.08.12
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水瀬の携帯が鳴ったのは、水瀬が公園の水で夕飯を済ませた所だった。 電話の相手は父、由忠だった。「何か用?」 卒業まで女装の刑に処された息子に(父親として当然)腹を立てた由忠によってまたも家を勘当された水瀬の声はかなりとげとげしい。「用があるからかけている」 対して、話題になるとすれば不祥事ばかりの一人息子にいい加減、頭に来ている由忠の声もまた、決して友好的ではない。「……もうちょっと」 水瀬は公園の端に生えていたナツメの実をかじりながら言った。「他の言い方が出来ないの?」「わかった。言い直そう」 由忠は噛んで含めるような口調で言った。「用がなければ、この世に必要のない生ゴミ相手に電話をかける程、私はヒマではない」「……お父さん」 水瀬はわき上がってくる怒気を必死に押さえながら言った。「あなたとは、どうしてもいっぺんサシで白黒を……!!」 傍から聞いていれば、一体、血の繋がった親子が電話一本でどうしたらここまで話がこじれるか不思議なほどだ。 水瀬としては不本意だろうが、こういう時、世間の荒波にもまれてきた由忠の方が、上手だ。「お前の知り合いに、探偵がいたな」 完全に無視だ。「紹介するつもりはないからね」「何故」「僕は、クラスメートをお父さんの慰みモノにしたくない」「そして、お前は変装が得意だったな―――特に女装が」 無視されっぱなしの水瀬はしぶしぶ頷いた。「……否定はしない」「お前と、その探偵に仕事を頼みたい。報酬は―――」●桜井美奈子の自宅「おばさんが思うに」 放課後、美奈子の家を訪ねた水瀬に、美奈子の母が言った。「美奈子も、名探偵なんて言われて、いい気になっていると思うの」「はぁ」 母親の横に座る美奈子は、水瀬の持ってきたケーキにかぶりつく葉子の世話に追われている。「大体、泊まりがけで同い年の男の子と……でしょう?」 水瀬にも、美奈子の母が心配していることはわかる。 探偵としての仕事。 しかも、年頃の男と泊まりがけ。 年頃の娘に間違いがあっては困る。 しかし、水瀬も引き受けた以上、ここで引き下がる訳にはいかない。「報酬は十分に」「あのね水瀬君」 美奈子の母は、まるで水瀬の言葉を遮るように言った。「おばさんが言いたいのは、お金じゃなくて」「―――華雅女付属小の推薦特別枠が」「美奈子?」 美奈子の母は静かに言った。「葉子のためにも、しっかり頑張ってくるのよ?」●国鉄 某路線特急列車車内「……どうせ」 目的地に向かう電車の中、美奈子はふてくされたように頬杖をついた。「私ゃ、デキが悪い娘ですよだ」「まぁ、そう怒らないで」 水瀬は笑いながら美奈子に駅弁を手渡した。「おばさん納得させるには、葉子ちゃんは最高のネタなんだから」「―――まぁ、そりゃそうなんだけどさ?」 駅弁の包みを開きながら、美奈子はそれでも納得出来ない。という顔だ。「娘の貞操心配しておいて、葉子の進学ちらつかされた途端、掌返すって親としてどうなのよ」「……息子が公園の水道水飲んで暮らしてるの、無視出来る親よりマシだよ」「……それはそれで悲惨よね」 ガランとした車内にレールの音が響く車内。 美奈子の周囲には、水瀬が買い込んだ駅弁の空箱が2、3個転がっていた。「ようするにね?」 水瀬はことの顛末を話した。 目的地はN県のA市。 この一角にS山という山があり、その麓には湖がある。 この湖周辺は鬱蒼とした森が広がっており、濃い霧が年中立ちこめることから、様々な伝説が語られている。 ここで迷ったら生きて帰ることが出来ないという伝説から、「不帰(かえらず)の森」や、深い霧から「霧の森」と呼ぶむきもあるが、そんな神秘性が特に女性に受けて、観光地としてゆっくりだが人気のスポットになりつつある。 そんな所だ。 そこで先日、宮内省の女性職員が行方不明になった。 宮内省の宝石管理部門担当者で、宝石を一つ盗み出したこと後、その潜伏先としてこのS山付近を選んだらしく、東京駅から、今、水瀬達が乗っている電車に乗ったことは警察も確認している。 「不帰(かえらず)の森」にたどり着いた彼女は、近くの小さな宿屋に宿泊し、翌朝にはチェックアウト。その後、行方をくらませた。 ―――失踪、と呼んでいいよ。 水瀬は説明をそこで切り上げた。「目撃者がそこまではっきりしているなら」 話を聞いた美奈子は首を傾げた。「どこかに逃げたんじゃない?」「S山は交通の便からすれば行き止まり。道は狭い山道が一本しかないし、交通量は恐ろしく少ない。徒歩でだったら一発でバレる。というか、道は事故でその日一日通行止めだったから、彼女が逃げられたとしたら、S湖駅からの鈍行一本だけ」「……それで目撃されていない?山の中歩いて他の道に出た?」「他の道はないよ。原生林に近くて、クマが群れでいる山の中歩いて30キロ以上歩かないとね。ちなみに彼女の失踪当時の服装はパンプスだよ」 パンプスで熊がいる山の中を歩く自身は美奈子にもなかった。「でね?目撃者はいるんだよ」 水瀬は言った。「森の中で見たって人が」「ほら」「森の中に湖があるって話しはしたよね?その湖を見に来たっていう観光旅行中の老夫婦」「……帰(かえらず)の森に?」「呼び名は、森の奧にあった温泉に人を近づけないための方便みたいなものだよ。 今では、霧の森って名前のほうがポピュラーだけどね」「ふぅん?」「話を戻すね?この人は宿をチェックアウトした後、湖に向かっている。 理由は不明。 天気は濃霧。 直後に同じ宿をチェックアウトした老夫婦が、湖見物のために、彼女の少し後ろを歩いていたんだ。だけど湖に近づいたあたりで、二人がちょっと目を離した途端、目の前を歩いていた彼女の姿が―――消えた。というんだ」「霧のせいじゃない?」 美奈子は答えた。「霧に視界を妨げられて、急に曲がったりしたら消えたように見える」「……その老夫婦も徹底的に調べられたけど、リタイアした大学教授夫婦で、疑うべきモノはなにも見つかってない。ウソを言っても意味がない。それに、お父さんも宝石を持ち逃げした程度にしか考えていなかったんだけど」 水瀬は車内販売で買った冷凍ミカンに手をつけた。「……これ、おいしいんだよね」「一個ちょうだい?……で」「調べてみたら、ここ2年の間に、あの湖で3人の女性が行方不明になっていることがわかった。しかも、全員、死体が見つかっていない」「3人も?」「年齢も職業も何もかも違う……単なる偶然と判断されることかもしれない。共通するのは、全員が女性の一人旅で、同じ宿屋に泊まっていたことだけ。 お父さんは、この連続失踪に何かひっかかるものを感じた。 そこで美奈子ちゃんに白羽の矢を立てた」「……旅行者のフリして湖にむかって」 美奈子は冷凍ミカンの冷たい食感を楽しみながら言った。「もし、犯罪絡みなら犯人を誘いだす。目的はその職員を助け出すこと」 ……違う?と、小首を傾げた美奈子に、水瀬はもう一個、ミカンの皮を剥きながら言った。「お父さんは、女性職員の生命について、それほど楽観的な意見はもっていないよ」「……」「最悪、宝石の所在を確認すること。そして本当に事件なら、犯人を確保して警察に突き出す」「……」「それで葉子ちゃんは、華雅女子学園付属小学校の特別推薦枠を手に入れて、桜井さんはバイト代が手に入る」「……いいのか悪いのか」 目的地までは葉月駅から電車を3つ乗り継ぎ、バスで30分の田舎だ。 無人駅のペンキが剥げかけた改札口を出ると、高い山々の麓、鬱蒼と茂る木々から滲み出るような冷気と、冷気が形になったような霧が美奈子達を出迎えた。 人気がまるでない。「平日ならこんなものだよ」 水瀬はそう言いながら、美奈子に包みを手渡した。「いい?桜井さんは今年19歳。帝都大学法学部の一年生。これが学生証。万一、学校に問い合わせが行っても、学生だと認めてもらえるよう、手はずが整っている」「―――で?」「宿のこと?おすすめはローストビーフだって」「へぇ?」「昔は主人と一人娘で経営していたけど、2年前に娘が死亡。ご主人はかなり落ち込んだ後、近頃は立ち直って宿の経営に専念している」「ご主人の周囲の評判は?」「元々人当たりの良さで定評のあった人で、気さくにおいしいハーブ茶をふるまってくれるって、近所の奥様方の評判も上々」「―――ふぅん?」「……どうしたの?」「事件が起きた時期と娘さんが亡くなった時期が一致するのは偶然かな?」「……へ?」「ま、いいわ」 美奈子はリュックを背負った。「お腹空いたし」「……駅弁、いくつ食べたの?」 問題の宿は、駅から徒歩で15分程。 白樺の林の中に建つ手入れの行き届いた白いペンション。 部屋毎に作られた切り妻屋根が、女の子としての感覚からすればお洒落な部類に入る。「これ……か」 謎の事件が起きている以上、その外見がどうであれ、美奈子はさすがに緊張してしまう。「水瀬君は?」「僕は泊まらないよ?」「―――へ?」「外で待機している」「で、でも」「二人連れじゃ、犯人が動かない可能性がある。安心して?全員、ペンションからは生きてチェックアウトしている「……成る程?」 クンッ 美奈子が、“それ”に気づいたのは、その時だ。 クンクン 美奈子は鼻を鳴らした。「どうしたの?」「……ううん?気のせい」 美奈子は首を振った。 ―――何だか、いい香りがしたんだけど。 美奈子は、ペンションのドアを開けた。
2009.08.12
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その時、ドアが開いた。 部屋に入ってきたのは、銀髪の物静かな淑女―――その言葉が恐ろしく似合う、気品のある女性だった。「お待たせいたしました」 60は越えているだろう、背は低いけどしゃんと伸びた背筋。しっかりとした足取りは、体は健康だと教えてくれる。 ―――少なくとも、ドアから入ってきたし、女だからお化けじゃない。 そう思った私は立ち上がって会釈した。「桜井美奈子です。鈴木先輩には学校でいつもお世話に」「まぁ……鈴紀の叔母の克子でございます」 何が気に入ってくれたのか、克子叔母様は嬉しそうに笑った。「こんな田舎にまで鈴紀におつきあい下さってありがとうございます―――鈴紀のお相手は、退屈ではありませんでしたか?」 まるで女子校の先生を連想させるキビキビとした声が、体だけじゃなくて意志まで強いことを教えてくれる。「いえ」 私は答えた。「興味深いお話をうかがっていました」「そうですか。窓が開いていますけど、よろしいですよね?」 克子叔母様は席に座り、ティーセットに手を伸ばしながら言った。「もうそろそろ、主人と弟たちが狩りから帰る時間なんですよ。いつもあそこから入ってくるもので」「……」 なまじ、克子叔母様が楽しげに話すものだから、聞いていて目頭が熱くなった。 私はせめてと思って、叔母様の代わりにお茶を用意してあげた。「桜井さん、お茶をいれるのは上手なのです。お味をお楽しみ下さい」 ―――あらあら、お客様になんて。 叔母様が恐縮する横で、鈴紀先輩が助け船を出してくれた。 珍しいと思うけど、感謝だ。「あら本当に美味しい」 お茶は叔母様の口にあったらしい。よかった。「今日、主人達は鳥を撃ちに沼地まで行ってるんですの。帰って来たらこの絨毯なんて泥まみれでしょうよ。本当に、殿方にはかないませんわ」 克子叔母様は陽気に喋り続けた。「今年は獲物が少ないので主人がイライラしてますの。季節が変わってカモでも来てくれれば違うんでしょうけどねぇ」 私は何故か、背筋がゾッとした。 どうしてこの人は、狩りのことしか言わないんだろう。 狩りに出て帰ってこなくなった人の話をする。 鈴紀先輩の言うとおりだ。 この人は、未だにご主人が狩りから帰ってくると信じているんだ。 それはわかる。 わかるんだけど、どうしてだろう? 何か怖い。 何かが、私を怖れさせている。 叔母様の会話は続く。 話題を変えることさえ出来ないまま、まるで、客のことなんてどうでもいい様子で、空開いている窓と芝生の庭を気にしている。 三年前の今日。 狩りに出たまま帰らないご主人が―――この人は帰ってくるといわんばかりに。 何が怖いか、私はようやく理解出来た。 叔母様自身が、怖いんだ。 狂っている。 叔母様は狂っているんだ。 死んだ人が、帰ってくると何年も信じ続けているなんて、狂っているとしか言い様がないことに、この時、ようやく気づいたんだ。 私は鈴紀先輩に、本気で文句が言いたかった。 今日は、叔父様にとっては命日だ。 そんな日に私をこんな所に連れてくるなんて、本当にこの人はどういう神経をしているんだろう!! それからしばらく、私は鈴紀先輩に同意を求められる格好で叔母様と会話をした。 なにを会話したか覚えていないから、どうでもいいことだろうし、叔母様は「まぁ、そうですの?」と、眠そうな声で答える程度だ。 眠気が飛んだのは、叔母様がついに小さくあくびをした次の瞬間。 ただ、それは私達の会話に感心をもったからではなかった。 叔母様は席から立ち上がって嬉しそうにこう言ったのだ。「ああ。やっと帰ってきました!お茶に間に合ってよかったこと。まぁまぁ泥だらけになって!」 本当にびっくりした。 ついにここまで狂ったか。 私はそう思い、助けを求めるように鈴紀先輩の顔をのぞき見た。 ところが、その鈴紀先輩自身が、恐ろしそうに目を見開いて、窓の外をじっと見つめているのだ。 死体の山を見ても動じない鈴紀先輩が凍り付いている。 その驚愕の表情が何とも言えず怖いと思ったけど、気が付いた時には私も誘われるように窓の外を見ていた。 ―――嘘だ。 私は自分の目が伝えてくる情報を否定した。 ―――あり得ない。 ―――あってはならない! そのはずの光景が、そこには広がっていた。 暮れゆく秋の夕暮れ。 その夕闇の中を、三人の人影が歩いてくるんだ。 三人共、猟銃を持っている。そのうちの一人が肩にかけているのは、白いコート。 その足下には、犬が元気に走り回っている。 しばらくは誰の足音も聞こえなかったけど、そのうちしわがれたような若い男の声がした。「そんなに走るな!」 私は無我夢中でドアを飛び出した。 何もかもがぼんやりしていた。 そのおかげで―――門を飛び出した時、通りかかった車に轢かれそうになり、慌てて飛び退いた先にいた野良犬の尻尾を踏んづけ―――私は全力疾走で逃げ回るハメになった。 ●その日の鈴紀の日記より 桜井さんがドアから飛び出していった。 トイレかと思ったら、そのまま外まで出たらしい。 急ブレーキの音がしたけど、跳ねられた音はしてないし、犬の吠え声と一緒に桜井さんの悲鳴が聞こえるから、交通事故ではないらしい。 叔父様が窓から入ってきたのはその時だ。「やあ、ただいま」 肩にひっかけた白いレインコートを窓の近くの椅子に置きながら叔父様は言った。「泥まみれだけど、もうほとんど乾いているから安心しなさい。ところで、今飛び出していったのは誰だい?」「桜井さんという、鈴紀さんの後輩にあたる方です」 克子叔母様が答えた。「とて変わった方で、あなた達を見た途端、失礼しますともさようならとも言わずに飛び出していったんですよ?全く、幽霊とでも思ったのかしら」「いえ」 私は言った。「その犬のせいです。桜井さんは犬が大の苦手だと言っていましたから。昔、田舎で野良犬の群に襲われて、逃げ込んだ所がお墓だったそうです。桜井さんのご実家のある辺り、未だに土葬だそうで、桜井さん、お気の毒に埋葬されたばかりの穴に落ちて一晩過ごすハメになったそうですの」「まぁ」「それは気の毒に」「はい。穴の周りで犬が歯をむき出しにして唸ったり、吠えたりしたそうで―――幼少期にそんな経験をすれば、誰だって犬嫌いになりますわ」 目の前で心底気の毒という顔で叔母様達が顔を見合っている。 でも、桜井さんは人の話をもっと聞くべきだ。 叔父達は本当に死んでいる。 そして、叔母もまた、つい先頃、病で息を引き取った。 叔父達と叔母、四人の幽霊が出るようになったのは、それからだ。 除霊を水瀬君に頼みたいから、とりあえず窓口たる桜井さんに、幽霊を見てもらおうと思ったのに、説明途中で逃げるとは何事でしょう。 やはりお仕置きが必要かもしれませんね。 ……はい? 一緒に来ないか? 叔母様? どこへです? ……叔父様達と再開出来たから、これから逝く? ああ。 ご同道は謹んでご遠慮します。 ……何だ。 四人を出会わせればよかったんだ。 これなら桜井さんを呼んだ意味がないですね。 ……桜井さん。 人の別荘の前でキャーキャーうるさいですよ? とっとと帰ってください。 片道200キロありますけど。
2009.05.05
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●桜井美奈子の日記より「桜井さん。お話していた叔母は、すぐに参ります」 鈴紀先輩は、17という歳が信じられないほど、落ち着き払っていた。「それまでは私がお相手させていただきますわ」 ―――結構です。 その言葉が、喉元まで出かかった。 ―――さっさと帰してください。 本気で、そう言いたかった。「あら?」 鈴紀先輩は怪訝そうに言った。「お茶も出さないのですか?」「……お客は誰ですか?」「私にいれろと?」「……」 私は不承不承、立ち上がるとティーセットに手を伸ばした。「全く、最近は桜井さんも悪知恵が働くようになって、大変ですわ」 鈴紀先輩が私に文句を言った。「車で横付けして拉致ってようやく」「……素直に来いって電話いただければ」「応じてくださいました?」 法事や腹痛、風邪、葉子の面倒……とりあえず10か20、断る口実を思いついてから答えた。「―――さあ?」「絶対、応じてくださらないってお顔に書いてあります」 鈴紀先輩は、私からお茶を受け取った。「叔母は話し好きな方で、探偵小説のファンでもありますから、桜井さんとはお話が合うと思っていますの」「どんな方なんです?」 私は今、自分達がいる場所を見回した。 何しろ、袋詰めにされ、車のトランクの中に押し込められたあと、袋から出されたのがこの部屋だ。 ここが何県の何市か、海に近いのか山に近いのか、まるでわからない。「この一帯は、すべて私有地です」 鈴紀先輩はそう言った後、小首を傾げた。 ―――わかるか? その目は私にそう問いかけていた。「かなりの資産家の奥様というところですか」 それは間違いないだろう。家具から絨毯にいたるまで、周りの調度品はそうそうお目にかかれる代物ではないことくらい、私にもわかる。 叔母で話し好きな人が、女子高生に相手を求めるくらいだから、一人暮らし……未亡人なんだろうか? でも、私はその考えを否定した。 この部屋は、不思議と男の気配がする。「叔母にとって、今日は少し、特別な日でして」 鈴紀先輩はソーサーにティーカップを戻すと、言った。「丁度、3年前になります。叔母はそれはそれは大変悲しい目にあわれました」 先輩に出会ったんだろう。 私は本気でそう思う。「悲しいめ?」 それでも、私は波風を立てないように問い返した。 よくよく考えれば、鈴紀先輩のいう、「悲しいめ」というのは、おそらく凄く悲劇的なことだ。 普通の殺人事件程度なら、“生命保険のご加入はされていたんでしょう?”程度で斬り捨てる人だ。 その人をして、「悲しいめ」と言わしめる? 私は、少し、興味を持った。「どういうことです?」 私が続きを促したことに満足したんだろう。 鈴木先輩は頷くと言葉を続けた。「今、何月かご存じ?」「十月です」「そう……十月」 鈴木先輩は視線を窓に向けた。 私もさっきから気にはなっていた。 鈴紀先輩の視線の先には大きなサッシ窓があって、十月だというのに大きく開け放たれていた。 秋風というには冷たい風が、広い芝生の庭を通ってサッシから入ると、レースのカーテンを揺らす。「今年は三年前同様、少し冷たい風が入ってきますわ」「三年前と、このサッシと―――何の関係が」「三年前の今日、叔父は、叔母の弟たちと一緒に狩りに出かけました。あの窓を通って―――そして」「……」「三人とも……帰ってこなかった」「帰ってこない?」「ええ。鳥を撃ちに行ったんです。詳しくは知りませんが、狩猟はお気に入りのポイントがあるそうで、叔父はその日もそこへ向かったんです。ところが、途中には沼がありまして、叔父は足を踏み外し、沼に入り込んだのです。普段は固い所も、前日の雨で踏み込むとズブッと……」「……」 芝生の向こうに広がる森の中。 鬱蒼と茂る木々の下、逃れることの出来ない漆黒の沼地にゆっくりとはまりこむ恐怖を想い、私はゾッとした。「死体は今でも見つかっていません。今でも叔父達は―――沼のどこかに沈んでいるんです」「……」「可哀想に―――叔母は、三人ともいつか帰ってくると信じているんです。一緒に狩りに出た猟犬まで、きっと帰ってくる……そう思っているのです。みんなきっと帰ってくる。いつものようにあの窓から帰ってくると」「それでああやって窓を?」「そうです」 鈴紀先輩は頷いた。「毎晩、真っ暗になるまでそこの窓は開けっ放し」「悲しい……お話ですね」 そう思う。 最愛の人が帰ってこない。 死体もないからあきらめもつかない。 いつか―――いつか帰って来てくれる。 そう信じて毎日を過ごすのって、どんな思がするんだろう……。「叔母は」 鈴紀先輩は、ティーカップを指さしながら言った。 私はおかわりを用意しながら言葉を待つ。「叔父達が出ていった時のことを、未だに口にするのです。 叔父は白いレインコートをかかえて、一番年下の弟さんは猟犬に「そんなに走るな」と窘めながら。 叔母は犬が苦手だから、猟犬を部屋に入れようとすると怒るそうです。 弟さんは、そんな叔母の反応が面白くて、わざと猟犬を部屋に入れようとして―――」「叔母様にとって」 私は、鈴紀先輩の語る日々に思いを馳せた。 叔母様にとっては、それはかけがえのない楽しい日々だっただろう。 そんな毎日が―――今はもう、戻ってこない。 可哀想だと、思う。「ええ―――私も叔母の話を初めて聞いた時は、本当に叔父が帰ってくるような気がしたものです」「そうですね」 私も頷いた。「何も知らなければ、今すぐ叔父様が帰ってきても驚きもしません」「そうでしょう?」 鈴木先輩は、紅茶を新しく入れたティーカップに口を付け、満足そうに頷いた。「ですけどね?変なこと言うようで御免なさい。でも、今日みたいにしんとした夕方にこの部屋にいると、私は、今でも叔父達が、あの窓から帰ってくるような気がして……こう、背中がぞくっと……」 鈴紀先輩は背筋をぶるっと震わせた。 その時、ドアが開いた。
2009.05.05
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「ごちそうさまでした。先輩!」 ファミレスから出た博雅にぺこんと頭を下げると、ポニーテールが慌てて後を追うように大きく揺れる。 その可愛さに、博雅の顔が緩んだ。「美味しかったかい?」「はいっ!」 女の子―――名を高円寺舞(こうえんじ・まい)という。 クリッとした丸くて大きな目が感動気味に潤んでいた。「お友達には聞いていたんですが、あんな大きいパフェは初めてですっ!」「そうか」 博雅は嬉しげに頷いた。「家族と一緒だと、こういう店はなかなか―――ね」 舞は頷いた。「いつもお料理の広告見るたびに、おいしそうだなぁと思ってもお父様やお母様と一緒だと入れなくて……」「念願がかなったかな?」「はいっ!」 零れそうな程の笑みと共に、舞は再び頷いた。「ルシフェのばかぁっ!」 水瀬がついに怒鳴った。「壁に魔力反射加工がかけられているから危ないって言おうとしたのにぃっ!」「さっさと言って!」「いいんですか?」 映画館の中で舞は心配そうな顔になった。「あの……もっと、大人の映画でも」「でも、見たいんだろ?」「……はい」 博雅達の周りは親子連ればかり。 少なくとも、カップルは博雅達だけだ。 タイトルは“大映まんが祭り” とてもデートで見る内容でもない。 ―――選択、間違えた。 ションボリする舞に、博雅は言った。「さ、始まってしまうよ?」「えっ?」「俺達だって、きっと見れば楽しめるだろ?」「はいっ!」 舞は小走りに博雅の後を追いながら、そっと言った。「あの―――先輩?」「ん?」「―――手を、握ってもいいですか?」 メキッ! 暗い館内にそんな音が響いた。「ルシフェぇ……」 小声で言ったのは水瀬だ。「やめなよぉ……子供が泣くからぁ……」 ルシフェの手が握る通路の手すりは、半ば握りつぶされていた。「お願いだから、警察に通報される前に逃げようよぉ……」「何……あれ」 ルシフェルは、そんな水瀬の声にまるで頓着していない。 スクリーンを前に、観客達に混じって楽しむ博雅達がいるだけだ。「ずっと手を握って―――あんなに楽しそうに」「ううっ……これ、僕も見たかったのにぃ……」 楽しげな笑いの響く中、水瀬に引きずられるように、ルシフェルはその場を離れた。「―――飲み物、買ってくるから」 水瀬は、ルシフェルをソファーに座らせると、“絶対、その場を動かないでね!”と念を押して席を離れた。 ―――ハァッ 思わず出たため息に、ルシフェル自身が驚いた。 ―――私、何やってるんだろう。 そう思うと、自分自身が情けなくて仕方ない。 博雅君が好き。 それにウソはない。 博雅君も、自分を好きでいてくれる。 それも、信じている。 だけど――― 目をつむると、楽しげにしているあの二人の姿ばかりが浮かんでくる。 ―――博雅君は、私と一緒にいる時、本当に楽しいんだろうか。 そんな、疑問と共に。「―――はい」 不意にかけられた、そんな声にルシフェルは目を開けた。「どうぞ?」 目の前で軽く振られる缶ジュース。 それを持つのは―――「ちょっと、いいですか?」 舞だった。「それで?」 日菜子が訊ねた。「どうなったのですか?」「それが―――」 水瀬は肩をすくめた。「二人で、妙に楽しそうに話をしてまして」「博雅様は?」「途中で寝ていたそうです。実は、途中で彼女が抜け出したの、今でも気づいていないそうで」「……はぁ」「とにかく、別れ際に舞ちゃんは言ったそうです」「……何と?」 日菜子はそっと水瀬の胸の中に顔を埋める。 そっと髪を梳く水瀬の手が心地良い。「私にあるのは生まれだけです。華族の出自位しか、私はあなたに勝てるものはありません。つまり、女として何一つ勝てていません。けど、私は博雅先輩が好きです。ただ、その想いだけは絶対に負けません―――そう、言ったそうです」「……」「……そんな話です」「……水瀬は」「はい?」「そんな女の子は、嫌いですか?」「……」「生まれしか誇るものはない。ただ、そんな事しか、自分の優れている所と口にしなければならない―――そんな、女の子は」「ルシフェルは」 水瀬は言った。「こう言い返していました―――“私はあなたをライバルとして認める。正々堂々、勝負しましょう”」「……そうですか」「―――日菜子?」 クイッ。 水瀬は日菜子のあごにそっと手を向けると、顔を自分に向けさせた。 だが、日菜子は水瀬と視線を合わせることを拒んだ。「どうしたの?」「……質問に、答えてもらっていません」「あの言葉は、勇気だと思います」 水瀬は日菜子の形のいいあごの感触を楽しむように指を軽く動かした。「何もないと一笑に付されるかもれしない。相手は美貌をたたえられるあのルシフェです。それでも、他に何もないよりマシ。逃げ回らずに正々堂々と言った辺りはたいしたものです」 そっと、水瀬は日菜子の頬に口づけすると、その耳元で囁いた。「内心、生まれを楯にしたのは、何もないよりむしろ惨めだったんじゃないですか?」「―――それを、私に言いますか?」「日菜子だから、わかってもらえるかと思いまして」「……」「博雅君、今でも実はちょっと落ち込んでいるんです」「……今でも?」 日菜子は、その言葉にひっかかった。「どういうことです?」「舞ちゃん、実は今度、親の仕事の関係で、京都に転校になりまして」「……えっ?」「あのデート、舞ちゃんにとっては、転校前の記念だったんです。デートすること自体が、精一杯の冒険というか、勇気だったんですよ。 それを乗り越えたら、もう恐いものはなかった。 博雅君も、舞ちゃんの転校知ってから、“もっと何か出来たんじゃないか”って、ずっと悩んじゃって」 僕はよくやったと思いますけどね。と、水瀬はそう小さく笑った。「……」「日菜子は、どう思います?舞ちゃんのこと」「とても仲良く出来そうです」 日菜子はそう言って笑った。「同じスタートラインに立つ戦友みたいです♪」 それは、日菜子の本音だ。 生まれ以外、何もない。 ―――私だって、あの容姿には…… 日菜子は、ライバルと認める女性達を思い出して唇をかみしめた。「それで?ルシフェルは?」「それが―――」 水瀬は天を仰ぎ見た。 舞はルシフェルにある意味凄まじい楔を刺して東京を去った。 ―――絶対に、博雅先輩を色仕掛けで奪るようなマネだけはしないで下さいね? 元からマジメで律儀な性格のルシフェルだ。 その申し出に同意して以来―――「その……欲求不満が溜まっているらしくて」「……」 欲求不満。 その意味は、さすがに日菜子にもわかる。 わかってしまう。 だから、「あの……殿下?どうしたらいいと思います?」 そんなこと聞かれても困る。「知りませんっ!」 日菜子は顔を真っ赤にして怒鳴った。「そんなところまでシンパシーを感じさせないで下さいっ!」「え?えっ?」「わ、私だって!」 日菜子は両手で水瀬の顔に触れると、その唇を重ねた。「―――んっ」 水瀬が驚いたほど深く、長いキスに、脳天がしびれそうになる。 水瀬から唇を離した日菜子は、泣きそうな顔で言った。「私だって、いろいろ……そのっ!」「えっ?」「えっ!?じゃなくてもうっ!」 日菜子はじれたように言った。「私だって、今、お尻に何が当たっているか位、わかりますっ!」「―――っっ!!」 今度は水瀬が赤面する番だった。 たまらず天井を仰ぎ見てしまう。「……」「……」「……反省、しましたか?」「……はい」「よろしい♪」 日菜子は言った。「もう少し……こっち方面は……その……待って下さいね」「……舞ちゃんの件と、どっちが先ですか?」「答えは一つです」 日菜子は言った。「あなたの甲斐性次第です」「……女の子のじゃなくてですか?」「……」 日菜子は、じっ。と、自分の好きな相手を見つめた。 どうしてこうも鈍いのか、理由が分からない。 落胆するより呆れるしかない。「水瀬?」「はい?」「今回の件、一番、辛いのは、誰だと思っていますか?」「……」 うーんっ。と水瀬は唸った後、自分を指さした。 で、殿下っ!? おしおきですっ! 室内に、そんな声が響いた。 ●翌日 明光学園「成る程?」 放課後、水瀬は美奈子に舞のことを話した。「好きな人との思い出が欲しかったのね。舞さんは」「思い出?」「そう。だって、もう二度と出会うことも出来るかわからない。もう一度、再会しても、その時、好きで居続けているかわからない。なら、今、この瞬間、自分が博雅君を好きだったんだって、後でいつでも思い出せる思い出があってもいいでしょう?」「……そういうものなの?」「私も、経験があるから」 美奈子は遠くを見つめるように、窓の外に視線を向けた。「博雅君、良いコトしたし、ルシフェルさんにもいい刺激になったんじゃない?」「ふぅん?」 水瀬は、思い出したように手を叩いた。「それで、ある人にね?」「うん」「これを桜井さんに見せて反省させてもらってこいって言われて?」「反省させて……もらう?」 美奈子は首を傾げた。「それ、日本語ヘン」「そう思うけど―――これ」 水瀬は、そう言って、襟元を美奈子に見せた。 それは一種の内出血。 日菜子が水瀬の首筋につけた口づけの跡。 俗に言うキスマークだ。「……」 ピシッ 凍り付いた空気に、水瀬は、よくわからないけど地雷を踏んだことだけは自覚した。 そして――― ●夜 宮中「水瀬は?」「本日は入院です。集中治療室から出られません」「……少し、やりすぎたかしら?」 日菜子はタマの背中を撫でながら呟いた。「女心に鈍いからです……天罰ですよね?タマ?」 ニャア。 タマのその泣き声に、日菜子は嬉しそうに頷くだけだった。
2009.02.21
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ある晩のことだ。「……それで?」 水瀬の膝の上に座った日菜子が、まるでおねだりするように瞳を閉じた。「……んっ」 そっと重ねられる唇の感触。 肌と肌の触れ合いにすぎないはずなのに、どうしてこうも嬉しいんだろう。 日菜子は、そんな泣きたいほどの幸福感をもたらしてくれる感触に全てを委ねる。「……それで、ですね?」 唇を離した水瀬が言う。 肌に感じるほど近い水瀬の顔。 その吐息ですら抱きしめたいほど愛おしい。 きゅっ。 水瀬の服を掴む日菜子の手に、無意識に力がこめられる。「……ルシフェルの事なんですけど」「ルシフェルの?」 日菜子は、少しだけ心証を悪くした。 ルシフェルは水瀬家の養女、水瀬にとっては姉になる。 それはわかる。 わかった上でも、日菜子の“女”としての何かが、この場で水瀬が他の女の名を口にすることを許そうとしない。 日菜子は、それでも―――(悠理が、“私に”相談に来てくれた) それで納得することにした。 納得出来るだけ、自分は成長した。 日菜子はそう思う。 それがわからない水瀬は、日菜子にとって、意外なことを言った。「秋篠博雅君―――ご存じでしたよね?」「……秋篠宮家の三男坊ですね?ルシフェルとはかなりの仲と聞きましたが?」 日菜子は、博雅の堂々とした体躯と、ゴツくて男臭い顔立ちを思い出した。 心根の優しい男というのが、日菜子の博雅から受けた印象だ。「はい。その……彼を巡って」「?」「―――ルシフェルにライバルが出来まして」「は……い?」 ●一週間ほど前 水瀬邸「……」「……」 男臭いゴツイ顔立ちの博雅が無言でこちらを見つめている。 睨んでいる。 その方が正しいほど、じっとりとした視線を浴びる水瀬は眉をひそめた。「……どうしたの?」「だから」「……デートするんでしょ?」「……そうだ」 ヘンな話だ。 水瀬は首を傾げた。 ルシフェルと博雅がデートする。 それを事前に博雅が話してきたのは、初デートの時位だ。 すでに毎週のようにデートする二人なのに、今回に限って一々、何故僕に言う?「……まさかと思うけど」 水瀬は、その答えを思いついた。「ルシフェル以外の女の子が相手―――とか?」「……そうだ」「……」「……」 数十秒、ぽかんとした目で博雅を見た水瀬は、 ―――ちょっと待ってて。 そう言い残して席を立った。「……お待たせ」 戻ってきたのは数分後。 どんよりとした表情の水瀬の手には、巨大な包丁が握られていた。「ちょっ!?」 ギラリと光るその刀身から放たれる殺気に、博雅は思わず後ずさってしまった。 さすがに身の危険を感じた博雅が慌てて怒鳴る。「落ち着けっ!俺はマグロじゃないっ!」「大丈夫―――クマやイノシシの解体はやったことが」「誰を解体するつもりかっ!大体、俺はルシフェルと別れるつもりはないっ!」「―――それ、言い逃れのつもり?」 水瀬は訪中の切れ味を試すように刃先を見つめながら、「姉をキズモノにされて黙っているつもりは、僕にはないよ?」「だからっ!」 博雅は、酒の入った杯をあおった。「―――ふうっ。この前、校外清掃やったの、知っているか?」「僕、熱出して休んだけどね」「……福井先生は“水瀬は生理痛がひどくて休む”と言っていたぞ?“あいつやっぱり!”って、かなり騒ぎになったんだが?」「それで?」「―――さぼったな?」「だから、それで?」「俺はその時、神林の辺りでゴミ捨てで歩き回っていた。そうしたら、中等部の女の子達に助けを求められた。“友達が不良共に囲まれている”とな」「ふむ」 水瀬は博雅の杯に酒を注ぎながら頷いた。「それで?」「不良共2、3人叩きのめしてゴミ箱の中に放り込んでやった。そしたら、助けた相手を見て驚いた。―――お前、高円寺家は知っているな?」「……」 水瀬はしばらく考えた後、記憶にたどり着いた。「侯爵家だったね。確かあそこの一人娘が中等部にいた」「そう。その高円寺家の娘だったんだ」「成る程?」 水瀬は自分の杯を空けた。「それで、博雅君。その総領娘に惚れられたわけだ」「惚れられたかどうかはわからんが……」 博雅は杯をあおった。「とにかく、それ以来、やれお弁当だなんだのと……」「そこまで困るとは……そんなにブスだっけ?その娘さん」「いや?」 博雅は首を横に振った。「かなりカワイイ娘だ」「―――ふうん?」 カワイイ。 水瀬は、博雅から初めてそんな言葉を聞いた気がした。 ルシフェルに対する評価は“美しい”とか“綺麗”だ。 水瀬は、博雅からその言葉を勝ち取った女の子に興味を持った。「どんな子?」「面倒見はいいし、弁当もうまいし、会話も楽しいし、俺とは趣味も合うし、親同士のつきあいもあるし……」「それ……新しいオンナが出来たって、自慢しに来たの?」「だからっ!」 博雅は頭を抱えた。「俺はどうしたらいいんだ!?彼女の出来が良すぎて、交際を断る口実がないんだっ!」「二股」「俺はルシフェルが好きなんだっ!」 博雅は勢い余ったのか、立ち上がって怒鳴った。「俺にはルシフェルがいればいいっ!それにウソはないっ!しかも、明日は彼女と一緒にデートなんだ!」「まぁ、落ち着いてよ」「これがどうやって!?」「もう一杯どうぞ?」「……」 無言で座った博雅は、杯を一気にあおると、すがるような視線を水瀬に向けた。「―――どうにかならんのか?」●翌日 葉月駅前ロータリー付近「……」「……」 駅前ロータリーの噴水前に立つ博雅を、物陰から睨み付けているのはルシフェルだ。 その横では、彼女にボコボコにされた水瀬が自分相手に治癒魔法の展開に忙しい。「水瀬君」 ジーパンにジャケットを羽織っただけというラフな格好のルシフェルは、視線を博雅にむけたまま訊ねた。「狙撃部隊の配置は?」「ないよ」「砲撃支援は?」「言っておくけど、航空支援(ばくげき)も艦砲支援(かんぽう)もないからね」「単独でやるしかないの?」「……あのね?一体、誰と何するつもりなの?」「だから」「最近、瀬戸さんとキャラ被りつつあるね。ルシフェ」「私はあそこまで過激じゃない」「全く……てんで自分を知らないんだから……あっ」 そのとき、博雅の前に現れたのは、髪をポニーテールにまとめた活発そうな印象のある女の子だ。 季節にあわせた暖色系のワンピースがよく似合っている。「へえ?」 思わず治癒魔法をかける手を止めた。 きびきびとした元気のいい動作。滑舌のいい、よく通る声。女の子らしい愛らしい動作。 そして何より――― ―――私は、この人が好きです。 その小柄な体からは、そんなオーラが放たれている。 本当にカワイイ。 その理由は、間違いなく、彼女が恋をしているからだ。「これじゃ、博雅君が断れないのも無理はないな」 水瀬は、男としてそう思う。 はにかむような笑顔で答える博雅との初々しい対比は、水瀬のように色恋沙汰に鈍くても、悪くない相手だと思わせる程、似合うのだ。「うん。元気な妹系ってキャラだね」「……」「ああいう子って、一緒にいれば楽しいだろうね」「……」「退屈しないっていうか……る、ルシフェ!?」 ブンッ! いつの間に抜いたのか、霊刃がルシフェルの手の中で光っていた。「や、やめっ!?」「離してっ!」「何するつもりなの!」「一々、聞く必要があるの!?」 水瀬は、ちらりと博雅達を見た。 まだこちらに気づいていない。「もうっ!」 シュンッ 水瀬の舌打ちだけを残して、水瀬とルシフェルの姿が消えた。 色恋沙汰は人を狂わせる。 それは、わかっている。 実際に間近で経験した、好いた惚れたで身を滅ぼした者の数は、水瀬自身、両手の指ではとても足りない。 その恐ろしさは、水瀬の恋愛感では、その素晴らしさの先に来る。 ただ―――「離してっ!」「だからっ!」 いくら何でも、その狂った相手が姉というのは、本気で勘弁してほしいというのが、水瀬の偽りのない本音だ。「一般人相手に何するつもりなのっ!大人げないっ!」 真っ白に塗られた5メートル四方の部屋の中で暴れるルシフェルを羽交い締めにする水瀬が珍しく姉(ルシフェル)を叱っていた。 一方、叱られた姉は、「水瀬君に言われたくないっ!」 水瀬をふりほどいて怒鳴った。「ここどこっ!?」「監獄の中だよ。僕専用の」「監獄っ!?」「別名“テレポートホイホイ”。テレポートは一方通行(ワンウェイ)しか出来ないから、誰かに開けてもらうしかない」「ならっ!」「また話は終わってないからぁっ!」 チュドォォォォンッ!! 凄まじい爆発音が室内に響き渡ったのは、その瞬間だった。
2009.02.21
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「本田先生は、もう亡くなったんですよ!?」 そう。 問題は、その名物教師が、すでに物故した人物だということだ。 美奈子は学校有志との一人として、教諭の葬儀を手伝ったし、全校集会で校長からその死を聞いたのだ。「しかし!」 葬儀の時、棺桶を担いだ相田教諭は言った。「本田先生が目の前にいるじゃないか!」 大声で言った。「本田先生!」 ピタッ 本田教諭が足を止めた。「本田先生!」 近づくなり、相田教諭は、本田教諭の二の腕を掴んだ。「私だよ!本田先生!相田だよ!」「……」 本田教諭は、ギョッとした顔で腕を見た。 決して、相田教諭の顔を見ない。 そして―――「な、何だ?」「先生?」一緒にいた生徒が怪訝そうな顔になった。「どうしたんです?」「腕が痛い。まるで、誰かに腕を掴まれているみたいだ」「な、何言ってるんですか!?本田先生っ!私ですよ!」 相田教諭は必死に自分を指さすが、「先生―――何か、来たんじゃないですか?」 生徒の一人がそう言うと、本田教諭達の目の色が変わった。「“よからぬ者”が?」「―――はい」「よし!」 本田教諭は力強く頷いた。「“魔除け”をするんだ!皆、ボロ布を探して火を付けろっ!」「はい!」 本田教諭の号令の下、生徒達が廊下に駆け出した。「本田先生!」「相田先生っ!」 美奈子は相田教諭の腕にすがりつくと、無理矢理相田教諭を引っ張った。「おかしいですっ!これは!」「だ、だがっ!」 一体、何をしたのだろうか。 全ての教室から煙が立ち上り始めた。 この煙が厄介者だ。 ただの煙のはずなのに、喉に入ると焼けたように痛み出す。 ひたすら苦しくてたまらない。「ほ、保健室へ!」 美奈子はハンカチで口元を抑えながら言った。「逃げましょう!」「ここは学校だぞ!」「煙に巻かれた生徒を危険にさらすのが、教師の所行ですか!?」「……わかったっ!」 相田教諭は、美奈子の背中を護るように歩き出した。 ちょっと先まで見えないほど立ち上る煙は、渡り廊下さえも覆い隠そうとしていた。「もう少しだ!」 相田教諭の励ますような声に、美奈子は小さく頷いた。 涙が止まらない。 息が苦しい。 喉が痛い。 保健室のドアが見えた! グイッ。 その時だ。 美奈子は前に進めなくなった。 どんなに力を込めても、足が前に進まない。「―――えっ?」 まさか? 美奈子は恐る恐る後ろを振り返って、そして凍り付いた。「―――っ!」 悲鳴が喉に張り付いたように出てこない。 見ると、さっきまで見えなかった二人の姿が、この煙で見えるようになったかのように、幾人もの生徒や教師が、まるで“行くな”と言わんばかりに二人の服を掴んでいるのだ。 どんなに力を込めても、万力で挟まれたように身動きがとれない。「な、何をするっ!」「は、放してっ!」 美奈子達が抵抗しても、生徒達はニコニコと笑っているだけ。 次第に、二人は保健室から引き戻されそうになっていく。「や、やだっ!」「や、やめろといっているだろう!?」 美奈子は泣きながら藻掻いた。 冗談じゃない! こんなのは冗談じゃないっ! こんな人達ともう関わりたくないっ!「やだぁぁぁっ!」 美奈子が手を伸ばした先。 そこには保健室に通じるドア。 そこにさえたどり着ければ!! 美奈子はドアの中から、ツインテールの女の子が顔を出したような気がした。 そして――― ついてに、生徒達の群れの中に取り込まれ、 意識を失った。「学園七不思議の一つにね?」 美奈子は、保険医の三千院教諭からもらったココアを飲みながら、水瀬の説明を聞いた。 その横では、相田教諭も蒼白な顔をしている。 禿頭がさらに薄くなったような、そんな気がした。「“裏学校へのドア”ってあるんだよ」「“裏学校?”」「この学校に愛着を持って死んだ魂が集う、もう一つの別の学校」「……じゃあ、あそこにいた生徒や先生は」「この学校が大好きで、死んでも学校に行きたいって念じていた人達」「―――つまり、死人」「桜井さんも災難だったね」 水瀬は言った。「このドア、封印壊れてるんだ」「えっ?」「封印壊しちゃってね。波長、つまり、向こうに行ける人は誰でも行けるようになっていいたんだ」「……誰が封印、壊したの?」「僕」「……水瀬君」「はい?」「―――お祈りしなさい」「先生もとんでもない目にあわれましたね」 命乞いをする水瀬がボコられる“いつもの光景”を後目に、三千院教諭は相田教諭に言った。 元が巫女という物腰が穏やかな美女に慰められ、普段なら相田教諭は鼻の下を伸ばして喜んだろう。 だが、「……」 その顔は、何かを思い詰めたように深刻なシワを刻んでいた。「どうなさいました?」「私は絶対!二度とあんなところに行くもんですかっ!」 美奈子はそう喚きながら必殺技“めりこみパンチ”を水瀬の顔面に決めた。「―――行きたいよ」 その声は、ようやく三千院教諭の耳に聞こえる程度だった。「行きたい」 今度は、はっきりと聞こえた。「先生?」「相手が死人だか何だか知らないけどね。三千院先生」 はにかむように微笑んだ相田教諭の目は澄みきっていた。「あそこはね?本当に授業を受けたい。学校を満喫したいって思っている連中の集まりですよ」「?」 三千院教諭には、その意味がわからない。 相田はそれを知りつつ、続けた。「騒ぎになる前に、“向こう”の授業を見たんです。みんな、それはそれは熱心に聞き入って、先生達も熱を入れて……楽しそうだった。羨ましかった」 最後は羨望のため息と共に、一気に言い放った。「私もね?あの教壇に立ちたい。本気で勉強したいと思っている連中だけを相手に、本気の授業がしたい。それが、向こうを見た私の本音です」「……先生」「相手が例え、死者でもね」 相田教諭が失踪したのは、それから数日後のこと。 美奈子はあのドアの前に立った。 その向こうから、楽しげな授業の様子が、風に乗って密やかに聞こえてくる。 それは、もしかしたら、美奈子の錯覚かもしれない。 だが―――間違っていないと言う確信だけはあった。―――いいか?ここはテストに出るからね―――この方式のポイントね? 楽しげな声は、あの相田教諭のそれ。 声が、相田教諭の幸せを教えてくれるのだから。 美奈子は、相田教諭がどこに向かったか、知っている。 ただ、それを誰にも言わないだけ。 水瀬や三千院教諭が黙っているのは、自分と同じ考えだからだと、美奈子は確信している。 言わないことが、先生への礼儀だと心得ているから。「一度くらい」 ドアのひんやりした感触を手に感じながら、美奈子は呟いた。「私にも授業してくれても、よかったんじゃありません?―――相田先生」 ―――私も生徒なんですから。 美奈子は、相田教諭からの答えを聞く前に、ドアを離れた。 ハハッ! 勉強は面白いか? はいっ! そんな声がドアから聞こえた気がした。 明光学園七不思議の一つ。 “裏学校へのドア”のお話でした。
2008.12.13
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「あのぉ……」 桜井美奈子は、保健室で珍しい人物と出会った。 3年の物理担当の相田教諭。 来年、定年を迎える老教師。学年が違うため、美奈子は彼の授業を受けたことはない。 ただ、万事事なかれの姿勢と、そしてそこから来る中途半端な授業内容から、生徒達からの評判がさほど良くないことは美奈子も知っていた。 生徒達から、そのはげ上がった頭と頭でっかちの体格から、“マメ球”と呼ばれるこの教師が、午後の保健室でお茶をすすっているのを見ると、老人ホームという言葉を連想してしまう。「相田先生?」「……ああ」 相田教諭は、分厚くて大きいメガネのツルに手をやると、美奈子のネームプレートを見た。「1年の……桜井さんか」「はい。保険医の三千院先生に用事が」「そうか。ご苦労さんだねぇ」 しみじみとした。 そんな言葉が最も似合うほど、相田教諭はのんびりとした声で何度も頷く。「うんうん」「あの……先生?」「ん?」「先生は?」「お茶をもらいにさ……」 相田教諭は、湯飲みをしまうと椅子から立ち上がった。「邪魔になるといけないから、私は失礼するかね」「いえ、あの、先生いないんで」「そうかい……職員室に戻るとするか」「はぁ……」 認知症を心配しつつ、美奈子はドアに向かって歩き出した相田教諭の背中を見送る。「あれ?先生?」 美奈子は思わず相田教諭を止めた。「そこのドアは」「ん?」 ドアに手をかけた相田教諭がゆっくりとこちらを振り返った。「確か、開かないはず」 保健室のある管理棟は学園で最も古い施設だ。 生徒の増減や学園の歴史の中で、幾度となく増改築を繰り返した歴史があり、場所によっては、よく壁を見ると色が違っていたり、ドアがないのにレールだけが残っていることはザラの施設だ。 その中でも生徒達が首を傾げるのが、この保健室のドア。 単なる木製でペンキを塗りたくっただけの、古い学校ならどこにもありそうな、ありふれた引き戸のドアだ。 美奈子は、このドアが、かつて存在した渡り廊下に通じていたことだけは知っている。 この渡り廊下が潰された結果、接していた各棟の通路は壁として塗りつぶされたが、どういう理由か保健室のこのドアだけが残されたこともだ。 壁に釘で打ち付けられ、戸袋にあたる部分には薬の入った棚が置かれている。 つまり、もう開くこともないドア。 教師達も、ドアを残した理由は説明出来ない。「ああ―――そうか」 相田教諭はドアを前に何度も頷いた。「昔はここから渡り廊下に出ていくのが、職員室への近道だったんだけどねぇ」「そのドア、なんで残っていているんですか?」「そりゃ君」 相田教諭は、ニンマリと笑って言った。「何か理由があるんだろうよ」 ―――答えになっていない。 美奈子がそう、口の中で呟いた時だ。「とにかくほら」 相田教諭はドアをスライドさせた。 ドアは滑車を軋ませながら、何でもないといわんばかりのスムースさで開いた。「開くじゃないか」「……」 美奈子が目を見開いたのも無理はない。 “開かないはずのドア”が美奈子の目の前で開き、そして―――「……あれ?」 相田教諭が首を傾げながらドアの向こうに顔を突っ込む。 その先には、美奈子が見たことのない通路が広がっていたのだ。「……おかしいなぁ」 相田教諭は、一度、顔を引っ込めると呟くように言った。「これは……」「せ、先生?」「桜井君、君にも見えるかい?」「は……はい」「ということは、私がモウロクしたわけではなさそうだ」 よし。 相田教諭は、頷くとドアを超えて渡り廊下に足を踏み出した。「せ、先生!?」「どうしたんだね」「どうしたもこうしたも!」 立ち止まった相田教諭に、美奈子は抗議した。「おかしいです!あぶないですよ!」「ここは学校だよ?近道が開いて便利だと思わないか?」「でも」「大丈夫さ」 相田教諭は、そう言い残すとスタスタと歩き始めると、3年棟へと入り込んだ。 棟の中は生徒達が行き来している。 気になることと言えば、誰も美奈子達と視線を合わせない事くらい。 まるで、そこに美奈子達が存在しないといわんばかりなのだ。 そして、決定的な異変に気づいたのは、それからすぐのことだ。「見たまえ。生徒達に何かおかしいところがあるか?」 勝ち誇ったような相田教諭に、「え……あの……」 何故か、美奈子は蒼白になっている。「……」 生徒達は明るく楽しげで、活気があり、穏やかな顔をしていた。 校舎全体に幸福感さえ感じるゆったりとした時間が過ぎている。 万人が学校の理想とする何かに包まれた世界が美奈子達の前に広がっている。 ここで何かを口にすることは、まるで世界に対する冒涜にさえ思えてしまう。 ここは学校の理想だ! それは美奈子も分かっている! わかっているのに! これをどう表現していいのか? 美奈子はそれがわからない。「桜井君」 相田教諭は美奈子に言った。「もう授業になる。教室に戻りなさい」「そ、そうじゃなくて」 美奈子は恐る恐る、指で相田教諭の背後を指さした。「あ……あの人!」「ん?」 相田教諭は振り返って言葉を失った。 廊下の向こうから歩いてくるのは―――「ほ、本田先生?」 教科書と焦げ茶色のスーツに身を包んだ恰幅のいい老人が生徒達と共に歩いてくる。 美奈子達は、その人物を知っていた。 本田教諭だ。 科学担当の教師。 学校の名物教師だった人物。 だが―――「だ、だって!」 美奈子は裏返った声で言った。「本田先生は、もう亡くなったんですよ!?」
2008.12.13
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未亜は水瀬の腕を掴む手に力を込めながら、水瀬に話した。 最近、未亜が本気で収集、発表した「明光学園七不思議」の一つに『C棟のカタカナ落書き』がある。 C棟は4階建て。女子トイレは各階に1つずつ。 そのどこかにカタカナで書かれた落書きがある。 普通なら見逃すか、清掃の時に消される程度。 ただ、それが七不思議に数えられる理由がある。 それは―――「何それ」「だから、本当なんだって!」「落書きに返事したら呪われるって……ありえるの?」「わかんないけど。用務員のシゲさんから聞いたもん!過去にやって精神病院から出て来なくなった女子生徒が何人かいたって!」「……」 水瀬と未亜は、1階から女子トイレを虱潰しに探した。 授業中に使われるトイレは少ない。 ふさがっていたのはたった一つ。 3階の一番奥の個室だ。「美奈子ちゃん?美奈子ちゃんっ!」 カギのかかったドアを未亜が叩く。 返事はない。「人の気配はするけど……」 水瀬は懐から呪符を取り出し、未亜に手渡した。「対霊護符の最新版―――持っていて」「何か見えるの?」「これ……ちょっとマズい」 スカートの内側に隠していた霊刃を取り出しながら、水瀬は未亜に説明した。「建物の中にも霊が溜まりやすい場所ってあるんだ。それがここ」「個室の中に?」「うん。スゴく集まっちゃってる。それが悪さしてるんだよ」「わ、悪さって!?」「……落書き」 ―――下がって。 水瀬は霊刃を抜いた。 霊刃の切っ先がカギを貫通した。「……防火シャッター以来だよね……学校壊したの」「あの時は、大目玉だったけど―――」 未亜は言った。「今度は私も一緒に謝ってあげるから!」「……ありがと」 水瀬はクスリと笑うと、ドアを押した。 ギイッ 木製ドアが軋んだ音を立てて開く。「―――っ!?」 おっかなびっくり中をのぞき込んだ未亜は、口元を抑えて2、3歩後ずさった。 明光学園のトイレは白い。 清潔感を出すためだろうが、それがどうだ? 少なくとも、未亜はこんなトイレを見たことはない。 トイレの中は―――真っ黒だった。 床には美奈子が持ち込んだんだろう。 サインペンが何本も転がっている。「……成る程?」 水瀬は感心した様子で壁を見た。 黒いタイルを使ったんじゃない。 白いタイルに幾度もサインペンで書き込んだ結果、真っ黒になったんだ。「お掃除……大変なんだけどね」 マジックなら大事だよ? 水瀬は一人呟くと、便座に座った美奈子を見た。「桜井さん、大丈夫?」 その呼びかけに返事はない。「……」 美奈子は、焦点の合わない眼で、壁を見つめていた。 サインペンのインクで真っ黒に汚れた手に構うことさえない。 壁に書き込むことを止めようとしない。「……」 水瀬は、ポケットに入っていたウェットテッシュでタイルを拭いた。 美奈子が何を書いているか知るためだ。 タイル一枚が白さを取り戻した途端、美奈子の手が動き、先のつぶれかかったサインペンがタイルに言葉を紡ぎ始めた。「……」 水瀬は、その一文を見た途端、美奈子からサインペンを奪った。 そして、何事かを書き込んだ。「水瀬君―――ひゃっ!?」 グゥォォォォォォォォッ! ビャァァァァァァァァッ! 苦しみ 無念 憎悪 ―――様々な叫び声がトイレの中に響き渡ったのは、その時だった。 思わずその場にへたり込んだ未亜が、再び水瀬に声をかけられるまでには、しばらくの時間が必要だった。「み、水瀬君?」 震える体を励起して立ち上がった未亜の目の前。 サインペンを奪われた美奈子がぐったりとして便器に寄りかかっている。 用を終えたサインペンを床に落とすと、水瀬は美奈子の脈を取っていた。「……眠っているだけ。すぐに戻るよ」「ど、どうなったの?」 「追い出した」「何を?」「霊」「はぁっ!?」 水瀬が指さしたのは、先程、水瀬がふき取った一枚のタイル。 そこには、水瀬の字でこう書かれていた。「落書きした人には、校長先生のお説教が待っています」「……ねぇ」 未亜は半ばしらけた声で訊ねた。「これで、本当に、霊を追い出せたの?」「うん」 未亜はマジマジとタイルを見つめた。 水瀬の書き込みの横には、美奈子の字で 私は水 です。 そう、書かれていた。 “水”と“です”の間はふき取られて判読出来ない。 消したのは間違いなく水瀬だ。 水瀬はその書き込みを読んだ。 読んだ上で消した。 何故? 私に見られたくなかったから? 未亜は水瀬の横顔を見ながら首を傾げるしかなかった。「……んっ」 美奈子の眉がピクリと動いた。「ん?」「気が付いた?」「……水瀬君?」「うん」「……ここ、どこ?」 美奈子はぼんやりとした顔でそう訊ねた。「女子トイレ」「女……子?」 ようやく美奈子の頭が回転を始めた。 ここは女子トイレ。 そして目の前には水瀬君。 女子トイレは女の子しか入れない。 水瀬君は男の子だ。 つまり―――?「キャァァァァァァァァァァッッッ!!」 一体、どこから声を出しているのか。 美奈子はC棟全体に響き渡った程の悲鳴を上げた。「何考えてんのよ!このHスケッチワンタッチっ!」「桜井さん、意味わかんない」「み、美奈子ちゃん落ち着いて!」「未亜っ!?ま、まさかあんたが手引きしたの!?」「だからっ!」 仁王立ちになった美奈子を前に、未亜は何故か、水瀬の目を両手で覆いながら言った。「水瀬君、見ちゃダメだよ!美奈子ちゃん、パンツ、ついでにスカートめくれちゃってるよ!」「……へ?」 美奈子が恐る恐る見た足元。 スカートは完全にめくりあげられ、お気に入りの下着は膝下だった。 つまり、美奈子の下半身は今―――「―――っ!つっっっっっ!」 美奈子が再び悲鳴を上げようとしたその瞬間――― バンッ!「これは何の騒ぎですかっ!?」 トイレのドアが荒々しく開けられ、トイレに踏み込んできたのは、水瀬達にはイヤでも見覚えのある人物。 出武(いでたけ)校長だった。「先程の悲鳴は何ですか!」 そう怒鳴る校長の目の前。 パンツを膝まで下げ、スカートをたくし上げた女子生徒と、尻餅ついたまま、後ろから目隠しされた女子生徒、目隠しをする女子生徒の三人がいた。 校長はその三人を全員知っていた。「1年A組の桜井さんに信楽さんですね!?桜井さん、何ですかっ!そのはしたないにも程がある格好は!そして信楽さんと―――」 問題は、その最後の一人だった。 翌日の学校掲示板『告知 以下の者、女子トイレ侵入の罪により卒業まで女装の罰に処す。 1年A組 水瀬悠理』「ねぇ聞いた?」「うん。1年の水瀬君、桜井って女の子と、C棟のトイレでHしようとして、校長にバレたって」「そうそう!それで、水瀬君が男として責任とったって!」「かっこいいよねぇ!」 掲示板の前で、女子生徒達の無責任な会話が交わされる。 その横を歩くのは綾乃だ。 その顔は何故か血走っていて、髪が逆立っていないのが不思議なくらいだ。 綾乃は携帯電話で誰かとしきりに話している。「水瀬君が登校しているのは分かってるんです。お金に糸目は付けません。探してください。見つけたら?決まってます」 綾乃は背負ったバッグを軽く揺らした。 ガシャッ! バッグからはそんな音がした。「―――二度と桜井さんとそんなマネ出来ないように、“教育”してあげるんです。同罪に処されたくなければ、何をすべきかは、わかっていますね?……未亜ちゃん?」 ●猫小屋より ご無沙汰していました! ネタ切れで書けませんでした……。 リハビリがてらの作品です。どうぞ楽しんでいただければうれしいです!
2008.11.15
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「ねぇ知ってる?C棟(ここ)の女子トイレってさ」「何よ」「ヤバいって噂だよ?知ってる?」「ヤバいって?何がヤバいの?」「知らない」「あのさ……知らないって、逆にヤバくない?」「あははっ。そうかもね」「ううっ……うっ、ううっ……」 クラスメートがそんな会話を交わす移動教室。 その中で水瀬が泣いていた。「ううっ……グスッ……や、やっとだよぉ……」「……よかったねぇ」 未亜がしみじみと頷きながら、水瀬の頭を撫でる。「あと1週間で女装しなくていいって、やっとお達しが来たんだぁ」「うん……あの日から……やっとだよぉ」 女子身体検査の際、校長から出されたお達しは、『のぞきをした者は卒業まで女装してもらう』という、前代未聞のシロモノ。 事故とはいえ、身体検査中の保健室に入り込んだ(正しくは“放り込まれた”)水瀬は職員会議の末、期間限定で女装して登校させられていた。 その措置が、この程、ようやく解除されることが決定したのだ。 水瀬が女装解除を職員会議の議題に上げてもらうまでに払った努力は並大抵のことではない。「学校参加のボランティアにかかさず参加して、その度に他校の男子にナンパされたり告られたり、パンツ盗み撮りされたり、芸能スカウトされたり」「た……大変だったんだからね?その……いろいろと」「もったいない気はするけどねぇ……」 未亜がそう言ってため息をつくのも無理はない。 銀色のツインテールの髪。 くりっとした大きな瞳。 整った顔立ち。 目の前にいる女装した水瀬は、アイドルを見飽きる程生で見てきた未亜でさえ見とれるほどカワイイのだ。 それがもう見納めなんて、残念以外の何者でもない。「職員会議でも反対論巻き上がったって聞いたよ?」「男子生徒に女装させ続けるなんて、そんな人、教師じゃないよぉ……」「……まぁ、生徒の間でも、“ショートにイメチェンしたと思えばいいっ!”って意見もある位だし。ねぇ、美奈子ちゃん。どう思う?」 横に座っていた美奈子に話題を投げかけたが、美奈子は何故か青い顔で席を立った。「ご、ゴメン未亜。私、ちょっとお手洗い」「どうしたの?」「お……お腹……」「始まっちゃった!?それとも陣痛!?」「こらっ!」「水瀬君立ち会ってあげて!パパになるんだから!」 桜井美奈子が、そのトイレに入ったのは本当に偶然のことだった。「未亜ったら……痛たたっ……」 お腹を押さえながら痛みが去るのを待つ。「何が陣痛よ……違うって」 下腹部に力を込めるが、痛みはどうしようもない。 こんな時間に薬は使いたくなかった。「ううっ……最低……。もう一週間だよぉ?」 美奈子に出来ることは、歯を食いしばって痛みに耐えること。そしてせいぜいが壁を見ることだけだ。「……あれ?」 苦しい下、白いタイル張りの壁に、黒い汚れを見つけた。 違う。 文字だ。 文字が書かれていた。 ラクガキスルベカラズ「……まるでハガキね」 美奈子がそう思ったのも無理はない。 何しろ、タイルそのもののサイズが丁度、官製はがきそっくりな大きさなのだ。 それが、ちょっとおかしい。「それにしても……?」 美奈子は、それがヘンだと思った。落書きをするな。と言っていながら、自分が落書きしているではないか。 今、学校は清掃美化月間中だ。 だから、「落書き禁止」のポスターの変わりにタイル一枚使って警告を書いたのか? 普段の優等生としての美奈子なら、そう好意的に捉えたろう。 だが、今いる美奈子は違った。 落書きするなと言って、実質落書きしている。 それが、まるで殺人並の犯罪に思えて腹が立ってしかたない。 美奈子は、ポケットにサインペンがあったのを思い出した。 誰の仕業かは知りません。 でも、あなたが落書きしてるじゃないですか。 M.S. 美奈子は書き終えるとサインペンをポケットに戻した。「?」 その時、初めてトイレに人の気配を感じた気がした。 誰かが入ってきたかとも思ったが、個室のドアが閉まる音はしない。 気のせいかと思って、美奈子は再び、腹痛との格闘に戻った。 翌日の移動教室が始まる前。 美奈子は再びそのトイレの個室にいた。「や……やっと、やっと出た……」 もう全てを許せるほどの満足感に浸りながら、美奈子は恍惚した顔で壁のタイルを見た。 落書きが増えていた。 ボクノカイテイルノハ ケイコク ラクガキジャナイ「……」 美奈子は再び、サインペンをポケットから取り出した。 だから、これって立派な落書きじゃない。 書き終えた途端だ。 ザワザワザワッ……「!?」 何だかかなりの人数がトイレに入ってきたような、そんな感じがした。 しかも、その全員が怒っている。 何故かはわからない。 人気のないトイレの中にずっといたせいだろうか? 美奈子はそう思い、思い直してもう一度、サインペンを手にした。 あなた、一体誰?M.S. 翌日の昼休み「あれ?美奈子ちゃん、どっか行くの?」「……トイレ」「また?」「……うん」 さらに翌日の昼休み「美奈子ちゃん、また?」「うん……トイレ」 その声には何の感情もない。 声だけじゃない。 その顔には何の感情も浮かんでいない。「……具合悪いの?保健室行く?」「ううん……トイレに行くだけ」「美奈子ちゃん?」 教室を出ていく美奈子の後ろ姿に、未亜は何だか言いしれぬ不安を感じた。「水瀬」 廊下で水瀬に声をかけたのは南雲だ。「時間あるか?」「うん。今、塩水飲んできたから」「昼飯か?塩付きとは豪勢で結構だ。ところで、詩乃先生から言われたんだが、ここ2日程、桜井が授業をサボっているというんだ。何か知っているか?」「そうなの?僕、昨日は仕事で休んだから」「……そうか」「具合悪いんじゃないの?」「水瀬」「ん?」「これは信楽のカンだが」 南雲は言った。「何か……桜井の背に、“よくないもの”が見えるらしい」「……未亜ちゃん、霊感あったの?」「少なくとも、俺が隠れて酒飲むのはわかるらしい」「……」「やっとわかった!!」 未亜が水瀬を引っ張りながら廊下を走ったのは、さらにその翌日のことだ。「わかったって、何が?」「美奈子ちゃんの居場所!」「桜井さんの?」「そうっ!C棟のトイレ!ヤバいって、あそこは!」「?」
2008.11.15
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本を注文した時もこうでした。メールで問い合わせた後も、連絡ありません。きっと、これで文章として正しいという証拠でしょう(^_^;)良書を発行し、私にとっては敬意すら持っていた相手だけに、この対応はショックです。記念に掲載します。国●刊行会です。小社オンライン・ブックショップにて書籍のご注文をいただき、ありがとうございました。下記内容でご注文を承りましたので、内容をご確認ください。 $B!Z$4CmJ8HV9f![(B005625 $B!Z$4CmJ8>&IJ![(B$B>&IJHV9f!'(B 4-336-04680-8$B>&IJL>!'(B $B:Z1`2&!!(B2005$B=U!!(BVol.10$BC12A!'(B 840 $B1_!J@G9~!K(B$B?tNL!'(B 1$B>.7W!'(B 840 $B1_!J@G9~!K(B $B!Z$*;YJ'$$L@:Y![(B$B>&IJBe6b9g7W!'(B840$B1_(B$B!JFb>CHq@G!'(B40$B1_!K(B $B%]%$%s%HMxMQ!'"%(B0 $B%]%$%s%H(B $B$*;YJ'$$Am3[!'(B 840$B1_(B$B$*;YJ'$$J}K!!'%/%l%8%C%H%+!
2008.10.24
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国●刊行会です。小社オンライン・ブックショップの会員に登録されました。今後、当HPより書籍ご購入の際には、下記のIDとパスワードでログインしていただきますとポイントのご利用ができるようになります。IDとパスワードを紛失しないようにこのメールを保存しておくことをお勧めします。$B2q0w(BID$B$O!V(B003328$B!W!"%Q%9%o!---------------------------------------国 ● 刊 行 会 営業部 インターネット販売担当$B2q0w(BID$B$O!V(B003328$B!W!"%Q%9%o!↑これが、私のIDとパスワードだそうです。ど……どこまでがIDでどこからがパスワードなのでしょうか。文字化けじゃないですか?と問い合わせメール2回しても連絡ないので、多分あっているんでしょう。でも……これはないよなぁ……(^_^;)カード引き落とし額、こんな調子で処理されないだろうなぁ……すっごい不安。というわけで、登録は削除しました。次からはアマゾンで買います。良書を発行し、私にとっては敬意すら持っていた相手だけに、この対応はショックです。記念に掲載します。良き出版元が良き販売元ではないという証拠だと思うことにします。いい経験でした。
2008.10.24
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5時限目で終わりの今日。 クラスのみんなが荷物をまとめて教室から出ていこうとしていた。「綾乃ちゃん!?」「瀬戸さん!?」 ……クラスに飛び込んだ時には遅かった。 自分の机に座ったまま、うっとりとした目で瀬戸さんが見つめるのは―――「あ……あああっ!」 水瀬君は卒倒寸前。「つ……つけ……ちゃった?」 私達に気づいた瀬戸さんが、ニコリと愛らしい顔を微笑ませた。「悠理君―――いただいちゃいました」 本当に細くてしなやかな指にはまっていたのは―――あの指輪だ。「本当は、悠理君にはめてほしかったのですけど……」「……あ」「指輪は本来の意味で私がいただきます。桜井さん?恨みっこなしですよ?」「べ……別な意味で恨まれそうなんだけど」「私は……恨みはしないわ……その、気の毒がるけど」「?」 全て、何が悪いかといえば――― 学校に指輪を持ってきた水瀬君が悪い。 そういうことになる。 だけど、確かめもせずにそれを自分のモノにした瀬戸さんが悪くないワケじゃない。 瀬戸さんがまず考えたのは、自分に水瀬君がプロポーズしてくれるという(瀬戸さん限定で)人生の幸せ絶頂イベント。 でも、水瀬君が指輪を私に平気で渡したことでそれは打ち消された。 次に考えたのは、水瀬君が私にプロポーズする。 それはそれで私も困る。 私にだって心の準備というか、結婚までは清いおつきあいでいたいし、何より卒業まで結婚は約束だけで十分幸せだし、その……って、私、何言ってるんだろう。 水瀬君と私を殺すために、ロッカーに隠していた軽機関銃をとりにロッカーに向かったところで、瀬戸さんは「それも違うのでは?」と思いついた(た……助かった)。 最後に思いついたのは、「別なオンナにプロポーズするつもりでは?」ということ。 瀬戸さんは断固、これを阻止しようとした。 軽機関銃では火力が弱い。 もっと強力な火器がいる。 瀬戸さんは自らの武装の弱さを嘆き、現有戦力で最も有効な戦果を挙げる方法を考えた。 とにかく、プロポーズを阻止する。 どうする? プロポーズのアイテムを奪う。 これだ。 本来なら、プロポーズされるのは(自称)婚約者の自分だ。 だから、この指輪の本当の所有権も自分にある。 所有権が自分にあるなら、奪おうが何しようが私の勝手。 それが瀬戸さんの論法であり、行動原理だったんだけど―――「ど、どうしたんですか?」 私達は、瀬戸さんをさっきの部屋へ連れ込んだ。「ゆ、悠理君?あの……ベッドがそんなマットというのはちょっと……それに、オジャマ虫も」 ……言ってくれるわ。相変わらず。「綾乃ちゃん」 水瀬君は、どこからか一升瓶を取り出し、コップに並々とお酒を注いだ。「気付け薬の代わり。まずはぐいっと」「そ……そうですか?あの……初めてはやっぱり痛いということですね?それで、コレにみせつけてやると?わ、私、露出の趣味は……でも、いい気味ですから、恥ずかしいですけど、協力します」 こ……殺してやろうか。このド貧乳アイドル。「問題は、その指輪……なんだけど」「あっ」 瀬戸さんははにかみながら指輪をさすった。「宝石が就いていないことなんて、私は気にしません。大切なのは心です」「……」 逆に水瀬君が一升瓶をラッパ飲みした(こらっ!)。「瀬戸さん……その指輪なんだけどね?」「わ、私のものですっ!」「欲しければあげる……そう言いたいけど、その指輪はね?」 水瀬君、覚悟を決めたらしい。「―――実は、呪いがかかっているんだよ」「呪い?」「そう」「ああ!」 瀬戸さん、ポンッと手を叩いた。「幸せになれるっていう!?」「……一部が、体の一部がね?」 瀬戸さんを無視する形で、水瀬君が言った。「成長するのを阻害する呪いがかかっているの」「―――えっ?」「とりあえず―――かけつけ一杯」 ……あ、ああっ! 瀬戸さん、そんな一気飲みしなくても!「……な、何が、どう……そ、阻害されるんですか?」 水瀬君が、心底辛そうな顔をして自分の体の一部を叩いた。 ……大変だった。 うそです! そんなのあんまりです! どうして私が!? わんわん泣いて泣きまくる瀬戸さんをなだめすかしてやっと家に帰ったらもう10時過ぎ。 瀬戸さん、すごい泣き声なんだもん。まだ耳がキーンってする。 気分転換にお風呂。 服を脱いで、鏡に映った自分の体を少しだけ眺めてしまう。 ……そうか。 私は少し自信がある。 対して瀬戸さんが全く自信がないどころじゃない部分に視線がいく。 女の子にとってそれはショックだろうなぁ……。 本当に気の毒だと思う。 きっかけは自業自得だけど、これはあんまりと言えばあんまりだ。 …… まぁ。私から言わせてもらえば、今のまま一生いてもいいんじゃない? どうせそれ以上悪化はしないんだろうから、瀬戸さんの場合。 それが、本当に正直なところだ。 水瀬君は、そんなモノを拾った責任をとる形で、呪いの解除方法を見つける約束をしていたし。 ……失敗したら責任とって婚姻届にハンコを押すっていう約束もさせられた以上、水瀬君には意地でも解除に成功して欲しい。「美奈子ぉ」 廊下からお母さんの声がする。「明日、早いんでしょぉ?」「うん。6時には起こして。電車あるから」「一人で取材旅行なんて大丈夫?あの水瀬君って男の子でも」「水瀬君は忙しいの」「泊まりだったらお父さんは反対するけど、お母さんはあんたの味方よ?……どうなの?本当のところは」「お母さんっ!」 湯船につかって、ゆっくり考える。 明日は仕事。 河内時雨の慰霊碑写真に収めて、聞き込みやって……。 はぁ。 忙しいなぁ。 いけない。 終わったら、瀬戸さんに励ましのメール送らなくちゃ。 文面は……こんなんでいいか。 瀬戸さんへ。 おっぱいの成長がとまる呪いにかかって、ショックだと思うけど(ザマみろ) 気にする必要ないよ(それ以上貧しくならないんでしょ?) 瀬戸さんは瀬戸さんだもん(貧乳は貧乳だからね) 水瀬君も頑張ってるし(迷惑って言葉、知ってる?) 私も応援するから(解除に失敗することをね) だから、頑張って!(さっさと諦めて水瀬君の前から消えろ!) ……こんなところか。 カッコの中は何か? 関わっちゃいけないことって、世の中にはあるのよ。 そういうこと。 わかる?
2008.09.23
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●桜井美奈子の日記より 昼休み。 水瀬君が考え込んでいた。「どうしたの?」「うん。これ拾ったんだけど」 水瀬君が手にしているのは、銀色の輪―――指輪だ。 宝石も何もないけど、精緻な彫刻が施されていて、かなりキレイ。「結構高いんじゃない?」 宝石とか貴金属には疎い私の目にも、それが「高い」ことはわかる。 ところが、「使い道がないし……捨てちゃおうかなって」 水瀬君は、そう言うのだ。 信じられない。「もったいないじゃない。何?シルバーでしょ?これ」「ううん?銀なら僕が持てない。これプラチナだよ?」「もっと高いじゃない」 触っていい? 水瀬君に許しを得て、私も手にしてみた。 触った途端、何かピリッとしたショックが走ったけど?「水瀬君、これって?」「うん。何か呪いがかけられているのは確か」 私は即座に水瀬君に叩き返した。 どこの世界に呪われた指輪を女の子に渡すバカがいるの!?「やっぱり、捨てた方がいいかな」「鋳潰したら?呪いも消えるんじゃない?」「プラチナは融点高いから鋳潰すの難しいんだよねぇ……しょうがないか」 水瀬君は机の中に、指輪をしまいながら呟いた。「おばあちゃんにでも売りつけようかな」「人に売ったらダメ!どこか、迷惑にならないところにでも埋めちゃないさい!」「……せっかくお金になるのに?」「そういうもんじゃないっ!」 ……水瀬君、最近、セコい。 私が瀬戸さんに話しかけられたのは、4時限目の体育が終わった時、更衣室でのことだ。「お願いがあります」 開口一番、瀬戸さんはそう言った。「5時限目は幸い自習です。水瀬君を教室の外へ連れ出してください」 意味がわからない。「私に授業をサボれと?」「そうです」 ちょっと待って欲しい。 5時限目の佐藤先生は出欠席の管理にはうるさいんだ。 自習とはいえ、サボったことが知れたら。「水瀬君はすでに協力を取り付けています」「ど、どうやって?」「言うこと聞いてくれなきゃ怒ると言ったら二つ返事です」「……」「桜井さんも、お願いします」「……あ、あのね?」 水瀬君は暴力で、 私は何で動かすつもり? 断って置くけど、私は報道を志す者。 当然、暴力やお金に屈するつもりはない!「先のコミックマーケット78、BL系壁際サークルの新刊を全部」 やっぱり、友達の頼みだもんね。任せて瀬戸さん!「言ってくれると思いました」 私達は、ダイヤより固い握手を交わした。 五時限目が始まる直前、水瀬君と私は教室を抜け出して図書館の奥、資料室にいた。 閉架図書の棚が並ぶ奥のさらに奥。 こんな所に部屋があること自体、ほとんどの生徒は知らないだろうって場所だ。 机1つと棚、それとパイプ椅子、体育倉庫から盗んできたのは明白なマット。 後は冷蔵庫と、その上に雑然とお茶の道具が並んでいるだけ。 本当に殺風景な部屋だ。「よくわかんないんだよね」 そんの部屋でお茶を入れてくれながら、水瀬君は首を傾げた。「普段なら、授業サボると怒るクセに」「そう……だよね」 瀬戸さんは仕事でもマジメで売っている清純系だ。 どんなに忙しくても、時間さえあれば授業はちゃんと受けるし、居眠りしてるところなんて見たことがない。 そのマジメな瀬戸さんが、私達にサボれときた。 何故?「桜井さんでも、おかしいと思う?」「当然」 私はお茶を受け取りながら頷いた。「よりにもよって、その相方は私よ?私と一緒にサボったなんて知ったら瀬戸さん、斧かチェーンソーでも持って水瀬君を探し回るでしょ?」「……考えただけでゾッとする」 水瀬君はお茶に口を付けながら言った。「このお茶が末期の水に思えるくらい」「でしょ?切り刻まれて富士の樹海か、コンクリ詰めにされて葉月湾か」「……僕の死体をどう処理するかは考えなくていいよ」 水瀬君は小声で言った。「大体、その程度で済めば……どれほど……」「心当たりはないの?たとえば、5時限目に教室にいてもらっちゃ困る理由とか」「……うーん」 水瀬君はまたも首を傾げた。「理由なんて、思い浮かばないけどなぁ……」 ああでもない。こうでもない。可能性を探した挙げ句、 この部屋におびき寄せて私達を爆死させるつもりかもしれない。 爆発物が仕掛けられている可能性は? ううん。毒ガスかも。 細菌兵器の可能性は? そんな話になって、二人でおっかなびっくり部屋の中をあちこち調べ始めた頃だ。 ピーピーピー 携帯の呼び出し音に二人して飛び上がって驚いた。 し、心臓、止まるかと思った。「ご、ごめんね?」 水瀬君が慌ててポケットから携帯を取り出す。「……あれ?」「どうしたの?」「おばあちゃんからメールだ」「?」「……へぇ?おばあちゃん。メールなんて使えたんだ……あ」「何かあったの?」「あの指輪の呪いの意味、わかった」「へっ?」「……うわ。どこの誰だろ。こんな意地の悪い呪い作ったの」「何?そんなにイヤな呪いなの?」「うん。女の子限定で」「女の子、限定?」「うん……男ならどうでもいいような、でも、女の子なら100%を敵に回せそうな呪い」「……指輪?」 あれ? そういえば、綾乃ちゃん。 お昼に何していたっけ? ご飯食べ終わって、水瀬君が机で指輪を見ていた時……。 そう。 教室にいた。 つまり―――「水瀬君っ!」 私は怒鳴った。「と、とんでもないことになったかも!!」 キーン コーン カーン コーン 5時限目の終了を告げるチャイムが鳴ったのは、まさにその時。 私達は、大慌てで教室に走り出した。
2008.09.23
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「―――さて、犯人は誰でしょう?」 翌日の朝食の席上。 昨晩起きた事件の説明を、私はそう締めくくった。「……あのね?」 葉子のほっぺたについたご飯粒をとりながら、ルシフェルさんは困惑した顔で言った。「それでわかる?って聞かれても……困る」「そう……かな」「桜井さん、寝不足だよ」「わからない?」「捕まったの?」「うん。今まで登場した人の中にいた」「麻薬は?」「これから―――向こうから来る」「えっ?」 要するに、こうなる。 死体は検死医と鑑識の手によって運び出された。 死亡推定時刻と大体の死因はすでに告げられている。 死因は銃創によるショック死。死亡時刻は1時間ほど前。 詳細なことは、病院で検死による。「ちょっと」 必要な手配を終えた理沙さんが、その光景を見送ると、小声で私に訊ねてきた。「どうして、“あれ”が犯人だって言うの?」「見ていればわかりますよ」「だって」 理沙さんはまだ信じられないって顔だ。「まず、よくよく考えてみたんです」 私は、テーブルの上に置かれた拳銃を取り上げた。 うっ……思ったより重いな。「この拳銃ですけど」「38口径の自動拳銃。中国製の密輸品、それが?」「理沙さん、試してみてくれます?」「何を」「これ、胸に当てて引き金引いてください」「死ぬって、風穴開いて」「ほらそこ」「?」 理沙は、あたりをキョロキョロすると、「何?」「……要するに、貫通するんですよね」「38口径を自分に向かって撃てば貫通するわよ。すごいんだから、血だの内臓だの」「すみません。何かナイフありませんか?……あ、十徳ナイフですか?十分です。じゃ、理沙さん」「ん?」「あの死体、弾丸はどこで見つかりましたか?」「……まだ、死体の……え?」 38口径を自分の胸に向かって撃った。 それで自殺と判断したんだ。 裸の体に撃った以上、貫通するはずだ。 わたしはそう言った。 だけど、現実はどうだった? 死体は―――貫通していない。「か、火薬の少ない弱装弾だった?」「おじゃましまぁす」 自信のない様子で呟く理沙を後目に、美奈子はバスルームに入るなり、わき目もふらずにナイフを手にしゃがんだ先。 そこには、死体の血だまりがあった。 美奈子は、その血だまりにナイフを差し込んだ。 ぐっ。 血だまりにナイフが突き刺さる。「やっぱりね」「美奈子ちゃん?」「あの人、自殺なんてしてないんですよ―――よいしょっと」 グイグイとナイフを動かした美奈子は、てこの原理で、穴から何かをえぐり出した。 へんに歪んだ金属の塊。 拳銃弾だ。「床にむかって撃った。そして、失血死しない程度に胸の辺りを傷つけて血だまりでごまかした」「すぐにバレる!」「だから―――あの人が犯人なんですって」「……よく考えて、美奈子ちゃん」「?」「私達は警察よ?死体なんてできたてホッカホカからミイラまで、そりゃいろいろ見てきたし、作ってきた」「……自慢なのかなんなのか、わかんないんですけど。つまり―――」 美奈子は、理沙の言い分はすぐにわかった。「死んでいるか生きているか、見ればすぐわかる」「そう。すでに脈拍はないし、体温も下がっていた」「……」 ポリポリ…… 美奈子は軽く頬を掻いた。「簡単なトリックですよ」「トリック?」「ボールを脇の下にいれてください。脈はそれでごまかせます。それに」「それに?」「あの麻薬って、体温を異様に下げるって言ったの、理沙さんです」「くっ!」 理沙は天井を仰ぎ見た。「つまり……死んでいないんです。あの運び屋さんは」「じゃ……どうして」「それは―――あの人に聞いてみてください」「警部補!」 理沙の部下が部屋に駆け込んできた。「奴さんが動きました!」「警察にここに来ることがばれちゃったのね」 朝のお茶はおいしい。「だから、焦った。どうしたら逃げられるか。ただ、運び屋と一緒に逃げるだけでも苦労だろうけど、クスリもどうにかしなくちゃね」「それで、一芝居うった」「そう。何しろ、生きているか死んでいるか、それは彼が判断することだから」「それで?犯人はどこ捕まったの?」「病院の駐車場。検死しないで、別の車に移そうとしている所を確保された」「意外だよね……」 ルシフェルさんが漬け物を葉子に食べさせながら言った。「検死医が麻薬の売人だったなんて」 そう。 わかってたと思うけど、犯人は検死医。 警察内部から取り締まりの情報を掴んだ検死医が慌てて運び屋に指示したことは、・まず、風呂場で裸になれ・自殺に見せかけように、胸を傷つけて血を流せ・薬物を自らに投与して、仮死状態になれ・薬物が回ってきたら、床に拳銃を撃て。・脇にボールを挟め・すぐにその上に覆い被さるように横たわれ「どうして裸なの?」「警察の狙いは麻薬。服を着ていたら、服の中を探すでしょ?」「だから……全裸」「そう。最初から死体に触らせないための措置ね。別に理沙さんを喜ばせるつもりはなかったと思うよ? 拳銃を撃った痕に覆い被さって、血で痕を埋めれば死体がどかされるまで気づかれない。あとは、検死医としてどうとでもなる」「よく考えたね。それで?麻薬は?」「そこが面白いところだと思うのね」 私はクスクスと笑った。「私の説が正しければ―――これは見物になるわよ?」「?」 私達は牧場見物に午前中を費やした。 牛に舐められて大泣きした葉子をなだめ、アイスクリームで機嫌を直させ、食べ過ぎてお腹を壊した葉子をトイレや医者に連れて行って……戻ってきたら午後2時だ。 駐車場に3台の大型バスが並んでいた。「あれが修学旅行のバスかしら?」「よかった。丁度ついた所みたいね」「よかった?」「うん―――見物に行きましょ?」 私達は修学旅行の団体より先にロビーに入った。 どうやら、大阪の学校らしい。 やたらと関西弁が聞こえてくると、不思議と品田君を思い出す。 引率の先生に連れられて、生徒達がめいめいの部屋へと移動していく。 ルシフェルさんが不思議そうな顔で私をみつめている。「すんませぇん」 ロビーに近づいてきたのは、数名の男子生徒だ。「これ、宅急便たのんます」 ―――来た。 私は、カウンターで店員のフリしていた理沙さんに頷いた。 夕食。 ―――経費で落ちるから食べて。 とはいうものの、連続で牛は……かなりキツイ。 明日から……ダイエットだな。「ホントにありがとうね!さすが名探偵♪」 理沙さんはホクホク顔だ。「意外だったわねぇ、絶対見逃す所だった」 そりゃそうだろう。 運び屋は何も運んでいなかった。 運ばせたのだ。 誰に? 修学旅行の生徒に。 ……運び屋は、“運ばせ屋”だったわけだ。 タイミングが良すぎるから疑っただけ。 勿論、生徒達はヤバいものとは思っていなかったという。 ただ、札幌の歓楽街で誘われて、バイトのつもりで引き受けただけだという。 徹底した家捜しと荷物検査、血液に尿検査まで生徒全員が受けさせられたのは気の毒だけど、やむを得ない。 この国の麻薬取締法は世界一厳しいのだから。 あの運び屋も、検死医に言われる前に手を打っていた。 本当なら、荷物を旅館で受け取るつもりだったが、都合が悪くなった。ことを起こす前に、生徒に携帯でそうメールして、宅配便で転送するように告げていたのだ。 私はそれも見逃さなかっただけだ。 売人と運び屋が捕まったから、あとは芋蔓式に挙げられると理沙さんは浮かれている。 これから刑事さん達と繁華街に繰り出すというけど―――大丈夫かな。「じゃ、あとはゆっくりしていって」 理沙さんはそう言うと、部屋を出ていった。「本当に、お店に繰り出すんですか?」「そうよ?あ、それと」 理沙さんはウィンクしてから「宿代と帰りのチケット、領収書もらっておいてね?」「あ、はい」 ……え? 領収書、もらっておいて? 私とルシフェルさんは顔を見合わせた。 ……つまり?「大人3名様、子供1名様。飲食費その他特別料金込みで12万8千円になります」 理沙さん……一人だけロイヤルスイートでドンペリ3本飲んでるし……。「……カードでお願いします」「一括でよろしいですか?」 ごめんなさいルシフェルさん! 後で絶対、理沙さんから取り立てるからぁっ! 帰りの飛行機。 私はルシフェルさんに謝りっぱなし。 家につくなり、理沙さんから電話。 文句言ってやろうと思ったら、また仕事だという。 その前に、経費前払いか支払ってくれる人をつけろ。 この事件以降、理沙さんからの仕事について、私がそう注文をつけるようになったのは言うまでもない。 その犠牲者は、ほとんど岩田警部だったのが、何となく、理沙さんと岩田警部の力関係を教えてくれる気がしたのは私だけじゃないはずだ。
2008.09.06
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「―――さて、犯人は誰でしょう?」 翌日の朝食の席上。 昨晩起きた事件の説明を、私はそう締めくくった。「……あのね?」 葉子のほっぺたについたご飯粒をとりながら、ルシフェルさんは困惑した顔で言った。「それでわかる?って聞かれても……困る」「そう……かな」「桜井さん、寝不足だよ」「わからない?」「捕まったの?」「うん。今まで登場した人の中にいた」「麻薬は?」「これから―――向こうから来る」「えっ?」 要するに、こうなる。 死体は検死医と鑑識の手によって運び出された。 死亡推定時刻と大体の死因はすでに告げられている。 死因は銃創によるショック死。死亡時刻は1時間ほど前。 詳細なことは、病院で検死による。「ちょっと」 必要な手配を終えた理沙さんが、その光景を見送ると、小声で私に訊ねてきた。「どうして、“あれ”が犯人だって言うの?」「見ていればわかりますよ」「だって」 理沙さんはまだ信じられないって顔だ。「まず、よくよく考えてみたんです」 私は、テーブルの上に置かれた拳銃を取り上げた。 うっ……思ったより重いな。「この拳銃ですけど」「38口径の自動拳銃。中国製の密輸品、それが?」「理沙さん、試してみてくれます?」「何を」「これ、胸に当てて引き金引いてください」「死ぬって、風穴開いて」「ほらそこ」「?」 理沙は、あたりをキョロキョロすると、「何?」「……要するに、貫通するんですよね」「38口径を自分に向かって撃てば貫通するわよ。すごいんだから、血だの内臓だの」「すみません。何かナイフありませんか?……あ、十徳ナイフですか?十分です。じゃ、理沙さん」「ん?」「あの死体、弾丸はどこで見つかりましたか?」「……まだ、死体の……え?」 38口径を自分の胸に向かって撃った。 それで自殺と判断したんだ。 裸の体に撃った以上、貫通するはずだ。 たわしはそう言った。 だけど、現実はどうだった? 死体は―――貫通していない。「か、火薬の少ない弱装弾だった?」「おじゃましまぁす」 自信のない様子で呟く理沙を後目に、美奈子はバスルームに入るなり、わき目もふらずにナイフを手にしゃがんだ先。 そこには、死体の血だまりがあった。 美奈子は、その血だまりにナイフを差し込んだ。 ぐっ。 血だまりにナイフが突き刺さる。「やっぱりね」「美奈子ちゃん?」「あの人、自殺なんてしてないんですよ―――よいしょっと」 グイグイとナイフを動かした美奈子は、てこの原理で、穴から何かをえぐり出した。 へんに歪んだ金属の塊。 拳銃弾だ。「床にむかって撃った。そして、失血死しない程度に胸の辺りを傷つけて血だまりでごまかした」「すぐにバレる!」「だから―――あの人が犯人なんですって」「……よく考えて、美奈子ちゃん」「?」「私達は警察よ?死体なんてできたてホッカホカからミイラまで、そりゃいろいろ見てきたし、作ってきた」「……自慢なのかなんなのか、わかんないんですけど。つまり―――」 美奈子は、理沙の言い分はすぐにわかった。「死んでいるか生きているか、見ればすぐわかる」「そう。すでに脈拍はないし、体温も下がっていた」「……」 ポリポリ…… 美奈子は軽く頬を掻いた。「簡単なトリックですよ」「トリック?」「ボールを脇の下にいれてください。脈はそれでごまかせます。それに」「それに?」「あの麻薬って、体温を異様に下げるって言ったの、理沙さんです」「くっ!」 理沙は天井を仰ぎ見た。「つまり……死んでいないんです。あの運び屋さんは」「じゃ……どうして」「それは―――あの人に聞いてみてください」「警部補!」 理沙の部下が部屋に駆け込んできた。「奴さんが動きました!」「警察にここに来ることがばれちゃったのね」 朝のお茶はおいしい。「だから、焦った。どうしたら逃げられるか。ただ、運び屋と一緒に逃げるだけでも苦労だろうけど、クスリもどうにかしなくちゃね」「それで、一芝居うった」「そう。何しろ、生きているか死んでいるか、それは彼が判断することだから」「それで?犯人はどこ捕まったの?」「病院の駐車場。検死しないで、別の車に移そうとしている所を確保された」「意外だよね……」 ルシフェルさんが漬け物を葉子に食べさせながら言った。「検死医が麻薬の売人だったなんて」 そう。 わかってたと思うけど、犯人は検死医。 警察内部から取り締まりの情報を掴んだ検死医が慌てて運び屋に指示したことは、・まず、風呂場で裸になれ・自殺に見せかけように、胸を傷つけて血を流せ・薬物を自らに投与して、仮死状態になれ・薬物が回ってきたら、床に拳銃を撃て。・脇にボールを挟め・すぐにその上に覆い被さるように横たわれ「どうして裸なの?」「警察の狙いは麻薬。服を着ていたら、服の中を探すでしょ?」「だから……全裸」「そう。最初から死体に触らせないための措置ね。別に理沙さんを喜ばせるつもりはなかったと思うよ? 拳銃を撃った痕に覆い被さって、血で痕を埋めれば死体がどかされるまで気づかれない。あとは、検死医としてどうとでもなる」「よく考えたね。それで?麻薬は?」「そこが面白いところだと思うのね」 私はクスクスと笑った。「私の説が正しければ―――これは見物になるわよ?」「?」 私達は牧場見物に午前中を費やした。 牛に舐められて大泣きした葉子をなだめ、アイスクリームで機嫌を直させ、食べ過ぎてお腹を壊した葉子をトイレや医者に連れて行って……戻ってきたら午後2時だ。 駐車場に3台の大型バスが並んでいた。「あれが修学旅行のバスかしら?」「よかった。丁度ついた所みたいね」「よかった?」「うん―――見物に行きましょ?」 私達は修学旅行の団体より先にロビーに入った。 どうやら、大阪の学校らしい。 やたらと関西弁が聞こえてくると、不思議と品田君を思い出す。 引率の先生に連れられて、生徒達がめいめいの部屋へと移動していく。 ルシフェルさんが不思議そうな顔で私をみつめている。「すんませぇん」 ロビーに近づいてきたのは、数名の男子生徒だ。「これ、宅急便たのんます」 ―――来た。 私は、カウンターで店員のフリしていた理沙さんに頷いた。 夕食。 ―――経費で落ちるから食べて。 とはいうものの、連続で牛は……かなりキツイ。 明日から……ダイエットだな。「ホントにありがとうね!さすが名探偵♪」 理沙さんはホクホク顔だ。「意外だったわねぇ、絶対見逃す所だった」 そりゃそうだろう。 運び屋は何も運んでいなかった。 運ばせたのだ。 誰に? 修学旅行の生徒に。 ……運び屋は、“運ばせ屋”だったわけだ。 タイミングが良すぎるから疑っただけ。 勿論、生徒達はヤバいものとは思っていなかったという。 ただ、札幌の歓楽街で誘われて、バイトのつもりで引き受けただけだという。 徹底した家捜しと荷物検査、血液に尿検査まで生徒全員が受けさせられたのは気の毒だけど、やむを得ない。 この国の麻薬取締法は世界一厳しいのだから。 あの運び屋も、検死医に言われる前に手を打っていた。 本当なら、荷物を旅館で受け取るつもりだったが、都合が悪くなった。ことを起こす前に、生徒に携帯でそうメールして、宅配便で転送するように告げていたのだ。 私はそれも見逃さなかっただけだ。 売人と運び屋が捕まったから、あとは芋蔓式に挙げられると理沙さんは浮かれている。 これから刑事さん達と繁華街に繰り出すというけど―――大丈夫かな。「じゃ、あとはゆっくりしていって」 理沙さんはそう言うと、部屋を出ていった。「本当に、お店に繰り出すんですか?」「そうよ?あ、それと」 理沙さんはウィンクしてから「宿代と帰りのチケット、領収書もらっておいてね?」「あ、はい」 ……え? 領収書、もらっておいて? 私とルシフェルさんは顔を見合わせた。 ……つまり?「大人3名様、子供1名様。飲食費その他特別料金込みで12万8千円になります」 理沙さん……一人だけロイヤルスイートでドンペリ3本飲んでるし……。「……カードでお願いします」「一括でよろしいですか?」 ごめんなさいルシフェルさん! 後で絶対、理沙さんから取り立てるからぁっ! 帰りの飛行機。 私はルシフェルさんに謝りっぱなし。 家につくなり、理沙さんから電話。 文句言ってやろうと思ったら、また仕事だという。 その前に、経費前払いか支払ってくれる人をつけろ。 この事件以降、理沙さんからの仕事について、私がそう注文をつけるようになったのは言うまでもない。 その犠牲者は、ほとんど岩田警部だったのが、何となく、理沙さんと岩田警部の力関係を教えてくれる気がしたのは私だけじゃないはずだ。
2008.08.15
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