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夜叉の日記を拾い読みしていました。ルンルンのお花畑の17歳、という感じがします。ナルシストですよね。自分中心のお花畑で生きています。それで今までこれていて、幸せな人だなと思います。でもなんというか、日記が全てお金中心。誰々にいくら使ったとか、もらったとか、お金が動いていることを中心に記述されています。フムフムって感じです。ゾンビはもう弱り切っていて。ただ寝ているだけになりました。いろいろ盗み見をして、資産目録になりそうなものの目星はほぼつけたかなと思っています。とはいえ、もう一つ危ないのが、自筆遺言証書というやつ。どっかに書いて隠し持ってないかどうか? 布団の下などに隠し持ってないか、調べてみたいんですよ。もう少し仕事してから帰ったほうがいいかな?あと一息。
2020.05.31
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確定申告書をあっさりと見ました。そのなかに、生命保険関係の書類も挟まれていた。全部丸抜けやん。まあ、今は調べればすべてわかるから、誤魔化しようがないけれど。そうなると、全部あわせると、結構あるかもしれませんね。弟は父に挨拶もせず、ただ相続財産を確認してすぐに帰っていきました。なにそれ、と思いましたが、執着がないってこういうことなんでしょうかね。私も早くこの執着を脱ぎ捨てたい。
2020.05.31
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ものすごく苦しいです。もう、あと2、3日ほど我慢できるか・できないか。早く自分の場所に戻りたい。敵陣の中にいるような気持ちです。確定申告書を見ることができれば、保険会社を確認できるかも、と思っているのですが、ちょっと危ないかも。それに、もしかしたら結構多額の死亡保険金がかけられている可能性があることがわかっただけで、儲けものです。もちろん受取人が誰だかわかりませんが、相続税対策で、もしかしたら名前が入っている可能性もあります。弁護士なら調べられるということなので、調べてもらえばよいですし。銀行の情報、証券会社の情報、保険証券の情報と、ざっくりと知ることはできました。だからもういいのではと思います。この執着を早く手放さなければと焦っています。
2020.05.31
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実家に帰ってやっと一週間が経ちました。心身ともにかなりキツイです。暴風雨が右から左から。どうしても自分だけが孤立してしまう。なぜこんな風になってしまうのかわかりません。もうこれが最後だからと納得させています。それでも、あとどれくらい耐えられるでしょうか。保険証書は弁護士しか調べられないそう。一つずつつぶして当たっていくしかありません。その作業がこの先数ヶ月以上も続くかもしれません。
2020.05.31
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保険金の計算書が出てきた。6,300万円のものです。3000+(600X3)=4800500X3=1500計 6,300となっていました。これは私には関係がなさそう。保険の受取人になってるなんて、そんな話は今まで聞いたことがないし。
2020.05.31
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早く自分の家に帰りたいです。でも。裏切り者が来ています。そして、相続に関する情報を全部取りました。ただ、私も今日、家の中を漁って、ノートを見つけました。写真にも撮りました。ゾンビの字で、銀行口座やらの情報が書いてあります。「下書き」と書いてあるので、何か文書を描こうとしている/た可能性がありますね。信用金庫都市銀行メガバンク証券会社などなど。全部書いてありました。ただ、金額は1銀行しか書いてない。でも現預金に関しては、そんなにはないのでは? という気がします。せいぜい、3,000-4,000万ほど?となると私の方が多く持ってる? 私にも神様が付いていたということでしょうか。ただ、問題は家屋敷のほうです。そこに執着しているわけですから。これはどのように評価されるんでしょうかね。家屋敷は家屋敷、現預金は現預金というふうに、別々に相続は行われるそうです。そしてさらに驚いた情報がありました。なんと、法律どおり(1/2妻、4/1子、1/4子)に、分割協議前に登記を行なってしまうこともできるそう。仮に遺留分だけだとしても、土地建物に対する1/8の登記は私の名前でできることになる。生まれた瞬間に獲得していた権利。面白いことを知りました。
2020.05.31
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結局は、自分が弱り切っていて、溺れそうになって、藁を掴んでしまったということでしょう。それほどまでに自分の判断力は衰えてどうかしているのだと思います。衰運という言葉がまた頭に浮かびます。右から左から暴風が吹いてきて、足と体が右に行ったり、左に傾いたり。今の状態、そんな感じです。中心軸がない。仕事、という中心軸を失っています。今の運気が、本気で怖いです。
2020.05.31
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実家はもうなくなったことにして・ゾンビも夜叉もいずれ死ぬ。だからそれは遅かれ早かれ来ること。だからそう思えばいいと思います。重たかったものを捨てて、私はどうなっていくのか。わかりません。でも、いつもの⛩の前でお祈りしていたら、猫が近づいてきて、慰めてくれました。何かいいことがあるかもしれません。
2020.05.30
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実家に戻ってから、心身ともにボロボロです。これ以上は私も持たない。もうゾンビの本心はわかったし。最後に、「私があの世に行くときに迎えにきてね」と伝えます。そうやって生きてるうちにお別れしたいです。セレモニーに出るか出ないかもうどうでもいい。たぶん私はもう出れないでしょう。実家を失います。そして自分の過去を失います。あとは、今と未来しか見るべきものがない。必ずよくなると信じます。
2020.05.30
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それが、私にとって一番聞きたい質問です。ゾンビは、長男教の信者でした。それはよくわかりました。私には一切の話はありません。ひどいもんです。世の中ってこんなもんですか?なんとか資産目録となりうるものをできるだけ情報を入れて、調査を入れることを考えなければなりません。これが、大凶運のクライマックスでしょうか。いま真っ暗ですが、夜明けが近いことをひたすら祈ります。
2020.05.30
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まるで、地獄のようです。これから、始まるであろうことを考えると。とにかく遺言状が残ってなければ法定相続分の権利はあります。ゾンビが遺言状を書けないくらいに弱ってから、私は自分の居場所に帰郷します。もちろんそれまでに残している可能性はあるとしても。一応確認してから。死亡保険などもあることは確認しましたので。あとは全て調査を入れるだけ。私がそこまでやらないと思ってるでしょうか?必ずやりとげます。
2020.05.30
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たぶんこうなるだろうとずっと前から予測はしていました。長男教の出現です。現実が厳しいものであるだけに、幻想を見て自分を慰めていただけです。甘い人間だと思います。どれだけの時間を幻想に浪費したのだろうか。全く無駄なことでした。私はいつになっても愚かだと思います。ゾンビはもう弱ってて遺言状すら書けない状態です。自筆ならなんとか勇気を振り絞って書く可能性はありますが。でもそれもこれももうどうでもいいです。相続に関しては調停は必須です。ここをきっちりと戦って、捨てるものは捨てていくつもりです。それが運命だから。
2020.05.30
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ちょっともうこれ以上この世に引き止めるのはかわいそうなくらいに衰弱してきました。それで私も覚悟を決めた。できるだけ安楽にと。ゾンビは、自分の小さな商売のこと、相続のことをきちんと話したかったと思いますが、今の状態を見ると難しいかもしれません。中途半端な形で終わりそうです。夜叉は、自分が相続する気で、それでいてゾンビの商売のことを大事にしないので、かわいそうです。やはり、ゾンビがいなくなったら私は実家を失うだろうなぁと考えています。私を助けられない人。それでかまいません。それはそれで仕方がない。今回ははっきりと主張することは主張して、終わらせたいと思います。実家にいつまでもこだわって執着するより、それを失い、自分の半生を失うことは、必ずしも悪いことではないかもしれません。どっちに転んでも、運命だと思います。
2020.05.29
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いただきました。マイナス圏に沈んでいるので、長い付き合いになっています。
2020.05.29
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実家の近所を歩きまわります。ウロウロしていたら1時間半くらいは経ちます。かなりの運動量です。まだまだコロナの影響もあって、とても静かです。普段なら観光客がいるはずの場所でも誰もおらず、シーンとしています。現実感覚を失います。幻想の世界へと入っていく。自分はもしかしたらもう死んでいるのかも? とすら思う。足の筋肉痛がなければ。子供の頃から散々この辺りをウロウロしていたはずなのに。自分が知らない世界がいくらでも広がっていることを感じます。そして、私という存在が本当にそこに存在していたかどうかも、確かな確信が持てないのです。そうやって、何度も何度も確認しにいく。そうしなけば、自分の存在が不確かです。自分が存在している、という確信が持てないのです。近所をウロウロしたあと、自分の「実家」へと戻る。ここは本当に私の家だったんだろうか? 確信が持てません。自分が誰かもわからないです。ゾンビが死んだら、私は全く別人になってしまうでしょう。それだけは確かだと感じます。生きている自分ですら、子供時代の自分が存在したかどうか確かな記憶がない。ゾンビが死んだら、宇宙の一部となり、私のことなど忘れてしまうでしょう。
2020.05.28
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近所の神社、今日行った雰囲気は厳しい感じでした。ここの神様は厳しい。スパルタです。全て起こってくることを一方的に受け入れるしかありません。どうしようもない。なぜ今頃これほどまでにうろたえる必要があるのかといえば、私の性格が素直ではなかった。次から次へと徹底的にこれまで行いを精算させられています。全く手加減がありません。退院できただけでも幸運だったといえるかもしれない。それにしても、約2ヶ月ほどの入院を私は過剰医療だったと思います。必要がなかった。ステントを入れてさっさと退院して欲しかった。Link
2020.05.27
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息苦しい感じがします。そして苦しい。なぜ私はこんなに苦しくなるのか、その原因が知りたい。そんな苦しみを今まで自分に隠してきたのか。死をものすごく恐れています。取り返しがつかない気がしているからです。でも死後もコミュニケーションをとることはできるはず。それが本当だと確信できるかどうかはともかくも。身も心もズタズタ、心がバラバラになっています。整える方法を開発しなければ本当に死んでしまいそうです。
2020.05.26
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あれもこれもサプリや健康に少しでもよいものがあったら、藁をもすがる思いで購入します。なんなんでしょうか、これは。こんなことになるなんて。病人もしんどいでしょうけど、自分も(もっと)苦しいです。手足が痺れてきて・・・血栓症? とか思って、明日からホルモンをしばらく休みます。朝、お気に入りの、神社に行きました。強くなれますようにと祈ってきました。病人の平安を祈るよりも前に、自分がボロボロになりそうだからです。毎日行くつもりです。自分の弱さにほとほと嫌気がさします。たぶん私は病気なんてしたら、すぐに死んでしまうと思います。これら全てのことは、ただ自己満足のためにやっているだけです。相続とは切り離して考えるつもりです。自分の心が持つかどうか自信がありません。
2020.05.25
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昇進の話を断った理由を探しています。それが今の閑職につながっているのだから。しかし、ゾンビと夜叉とのこと、過去のことを清算していなかったのがやはり大きな理由だと思える。でもこれは過去志向の話。未来に向けた話として、私はそれ以上に飛躍しなければ、いつもまでも、あのときに受け入れておけばよかったという後悔の呪縛に囚われ続けることになる。そんな日が来るのだろうか?よほどの活躍、もしくは充実感や幸福感を感じなければ、乗り越えられないと思う。そんな日が来ない限り、私は救われることはない。やってくる未来をうまく乗りこなせるよう鍛錬しておくしかない。過去を振り返ると苦しくなる。やっくる未来に適応しようとすると気持ちが楽になる。このことを発見しました。サーフィンみたいなイメージです。
2020.05.23
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職場に出て来ましたら、時計の秒針の音が聞こえて来ました。この音は嫌いです。また怖くなって来ました。絶対に避けることができない。生まれて来たことが苦の始まり。<自分>などという意識を持ってしまった、その誤り。宇宙の時間から見たら、人の生命などまばたきする瞬間ですらない。こんな大変な存在を簡単に「こどもが欲しい」などといとも簡単に産んでしまう。それが恐ろしいです。一人の人間が生まれてから死ぬまで、それここそ大変な業を背負ってしまう。私はそんな大それたことをできません。死んだ時、宇宙という永遠の時間に、自我は溶け込む。その時、どんな人も、確実に悟ることになるでしょう。仏教で<悟り>と言っているものは、生きてる間にその事実に気がつくということ。臨死体験というものも、人間の時間に簡単したら、ほんの短い間に過ぎないと言われていますが、主観的な経験としては、もっともっと長い時間に感じられるはず。最近、人間がAIを生み出しつつある現状を見て、やはり人間を作り出した存在があるのではないかと本気で夢想し始めました。それくらいに人間、地球上の生命は奇跡的な存在。人間の脳内の情報は、宇宙空間に放出され、誰かに回収され、利用される。やはり、情報は欲しいと思います。その情報は刻々と蓄積されている。死は情報回収の時。だから、人間は死を絶対に逃れられないのだと思います。人間などという偽の意識を伴う存在を生み出した存在を、恨みます。人間は苦しい、その他の生命も苦しい。宇宙に溶け込んだとしても、そこはパラダイスではないのかもしれない。多分、人間として生きてる時間より苦痛は少ないと思います。でも、理想郷ではない気がします。絶望です。
2020.05.23
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ステントを入れて、少し流動食を入れられるようになった。それを聞いて少し気持ちが楽になりました。しかし次の瞬間、またしんどくなってきた。結局、結論は同じこと。どうあっても、逃げられないのです。それでまた苦しくなってきて。死後、小さな自我意識は消えることは間違いないことです。そして、何か大きなものへと統合されていく。そのことに疑いをもってはいません。それでも、今ある姿に執着している私にとっては、苦しいのです。変化を受け入れなければなりません。そうでなければ、もっともっと苦しくなるだけ。自然に反した生き方は絶対にできないのです。一切の不安をなくして自分を委ねるしか楽になれる方法はないのです。何かにすがりたいです。Link
2020.05.21
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すべて自分の問題として捉えています。けれども、苦しいです。依存心・執着があるからだと思います。依存の対象を喪うことを恐れている。それは、依存の対象とされてきた人とは何の関わりもないこと。ハタ迷惑なことですらある。私の問題でしかありません。それは、本当に存在しているのか。存在していたのか。存在していると思い込んでいただけなのか。現実感覚を失ってて苦しい。私が思っている繋がりは、ただの執着・固着にすぎない。だから、苦しいのでしょう。
2020.05.21
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2020.05.20
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昨日は大吉が出て、ちょっと期待するなどして油断していました。今日、ちょっとした不愉快事が2、3件ありました。厳しい状況、不幸が見えている状況に何も変わりはない。不幸に対処する方法を間違えたなら、もっと不幸になる。不幸にあっても不安にならないこと。不幸のど真ん中でも、安心を保つことです。死をまっすぐに見つめて素直に受け入れれば苦痛が少ないかもしれない。死の恐怖から逃れようと足掻けば足掻くほど、苦しむものなのかもしれない。この世は仮想現実、自分という意識も偽のものなのだから。死だって本当は、存在しない。死の瞬間にはそのことを誰もがはっきりと悟ることになっている。Link
2020.05.20
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2020.05.19
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ゾンビが飼っていた猫が心配で、思わず神社に駆け込みました。ゾンビが入院してから、失踪しています。大吉なんて何年ぶりかと思います。別れが迫っている、自分の一部が喪失する、そのいちばん不幸だと感じてるときが、大吉なんですよね。正しい結果だと思います。いままでの私は消えていく。それほどまでに私は自分自身の存在感を、夜叉とゾンビに求めていた。傷つきやトラウマというネガティブなものを通してつながっていた。ネガティブな感情というのは、脳や身体にものすごく負荷がかかりますが、しかし強い感情なのでより確かな、強い結びつきを感じることができるという利点もあります。猫は、戻ってきてくれたなら奇跡ですが、むしろ、先にあの世に行って、ゾンビを待っているのかもしれない、と思いました。それが現実的な解釈というものです。
2020.05.19
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いただきました。
2020.05.19
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この世界には自分しかいないのではないか? と感じられます。ものすごく静かです。感じるのは自分の呼吸だけ。呼吸を通して世界とつながっている。コロナのおかげです。この環境が嫌いではありません。悟りなどということをマトモに考えていたら、ものすごく孤独ですし、虚しいです。自分が勝手に絵を描いているだけ、というのは本当だと思います。けど、他者というのは本当に存在するのだろうか?今はそれすら懐疑的です。本当は自分しか存在しないのではないか? 自分が見たいものを他人に見ているだけだとしたなら。他者もまた、自分という意識が作り出した虚像です。そして、自我、自分という意識すら、実際には錯覚だと思います。そんな偉大な世界にゾンビは帰ろうとしています。
2020.05.18
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IT銘柄、強いですね。これからの時代、ますますテクノロジーに依存していくことが予想されます。いまのうち買い集められるだけ買い集めるのが得策なのかもしれません。個別銘柄ではなく、QQQなんかでもいいのかもしれませんけど。
2020.05.18
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スピリチュアル業界では、お金に対する人々の関心が強いせいか、どうやってお金を引き寄せるか、そのためにはお金に対するブロックをどのように解いていくのか、そんなことの解説動画などが結構あります。いまの私はお金にほとんど興味がなくなってしまった。少なくとも以前のような飢餓感はありません。なんなんでしょう、この変化は。困らなければいいし、困らないだけのお金を得るくらいはそんなに難しいことではないと安心していられる。私には親密性に対するブロックが存在していたことがはっきりとわかります。それは、ゾンビを守るため。親密になったらゾンビが死ぬと思い込んでいたから。高校生のとき、ゾンビの父が亡くなった。人の死というものはトラウマになります。トラウマというのは危険です。その処理を間違うとおかしな思い込みや分離などが生じるから。このことに気づくのに、ものすごい時間がかかってしまった。結局は、ゾンビが消えるときになってそのブロックの存在が明らかになった。遅すぎる、ともいえる。こんなところにパンドラの箱が隠れているとは思いもよらなかった。もはや、手遅れであることを嘆いている段階です。そうやって過去や幻想に縋っているとき、私の精神は崩壊しそうです。距離をおいていけば、もう受け入れるような気持ちも出来上がってきている。なぜなら、親子の縁といえど、それはスピリチュアルな次元ではたいした意味をもたないと気がついてしまったから。たまたま、巡り合わせただけの関係です。
2020.05.17
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私はどうなってしまっているのか、自分でもわけがわかりません。実家から出て東京に出たことをとても大切に考えていました。東京は第二の故郷だとすら思っていた。けれど、自分の実家や故郷に対するノスタルジーがいま、ものすごく増大しています。ものすごく帰りたい場所です。つまりは、東京に出てきたことを、心の底で後悔しているのかもしれない。故郷を失った、いえ、東京に出たことによって、その場所は私にとってノスタルジーを引き起こす故郷となった。でも、帰れない。なぜ? なんだかわけがわかりません。Google mapをみて自分を慰めています。AIrbnbで一軒家に泊まってしばらくゆっくりと滞在したい。それが今の私の夢です。家でも買えればいいのかもしれない。家にこだわる性質があるみたいです。
2020.05.17
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自分が拒絶した男のことはほぼ忘れます。一方、自分を拒絶した男のことはいつまでも覚えています。そうやって、ゾンビとの関係で私は傷ついていたのだと気がつきました。私は、(十分に)愛されていないことに傷ついていた。求めすぎている自分のエネルギーに驚いています。いままで自分が外の世界に広げてきた関心などの動力になってきた正体です。それが、原点を求めて収縮してきている。自分がブレブレで暴風雨が吹き荒れている。でも、今のコロナの現実感覚のなさと、人の死という出来事が組み合わさった特殊な状況が生み出した認識かもしれないけれど、全てのものは仮想現実、空だというのは本当だと実感しました。中庸に、淡々と生きていくのが一番上手な方法。これが極上の人生。親子の縁も。死にゆく人にとって、夫婦や親子、家族なんてもうどうでもいい存在です。存在したはずのなつかしい過去も私には本当にあったことなのか、もはや確たる実感がありません。これ以上、親子の絆に執着するのは私の成長の妨げになると感じています。Link
2020.05.16
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ゾンビも夜叉も、本当に存在しているかどうかわからない。信じられなくなってきました。ラインで話しているだけの存在です。とくにゾンビは病院に隔離されていて本当に生きているのか、その目で確認すらできない存在になっています。ラインで連絡したら、短く返信が帰ってくる。けれど、存在感がない。もう死んでいても不思議ではない。魂が体から離れかけています。私の予想は、私の希望に反して、たぶんこのまま自宅には帰れないのではないかと。もう会えない。それが私の運命。でもそれは私にとって必要な存在ではなくなっているという意味。私にとって、本当に存在したかどうかすらわからない人物。遠い遠い存在になっています。そして、私自身も、ゾンビと夜叉の間には、まるで存在していなかったように感じられています。この先、ゾンビと(どこか別の世界で)会うことがあるかもしれません。いえ、あると思います。でも私は全く気がつかないと思います。気がつかないことを悲しいというより、そもそもその程度しか関係がなかった人間だということ。この世では、親子の縁が強調されていますが、別の世界の価値観からすると、それは全く意味がないことなのかもしれない。たまたま短い間、同じ時間を共有したのかもしれないが、もともとは他人。もしかしたら、私はもう死んでいるのかもしれません。死んだことに気がついていない意識体。
2020.05.15
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この銘柄、買った途端、大幅下落でしたから、いつの日か復活して欲しい。
2020.05.15
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とても虚しいです。一日家にいると余計かもしれませんが、職場に出ても、今は充実感は感じないと思います。家でがん治療についてのyou tubeを見たり、情報を漁っていたらキリがないです。改めてがんというのは恐ろしい病気であると思いました。高濃度ビタミンCとかなんとかでどうにかなるような生易しい病気ではありません。それでも、希望は必要です。命は樹木のようなものだとイメージしていました。大きな幹は宇宙から流れている命、葉は一人一人の人間。自分は独立していると思い込んでいる。本当は全部つながっている。隣の葉が枯れて落ちていったとしても、生命の樹は生きています。人間が個体として健全に生き延びるためには心理的にも身体的にも経済的にも自立していることが望ましいとされています。しかし、死後の世界観はこれとは真逆のものです。より大きなものに融合していくという視点が必要になります。Google mapで実家周りの写真を見ていました。とても懐かしく、ノスタルジーをかき立てます。なぜこれほどまでに私はこの場所にこだわっているのか、自分でもよくわかりません。強い帰巣本能を感じます。今住んでいる場所はどうしても仮の場所であるような気がしています。少なくとも今の職場を退職したら、ここには住みません。東京へ行くか、実家のある方面へと行くはずです。
2020.05.15
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死という避けられない事実をどうやって乗り越えたらいいのか、考えてながら歩いていました。結局のところ、個人とか自我という概念は幻想なのかもしれないと思いました。自分などというものがこの世に存在しているという考え自体が虚構なのだと。なぜか。神社にいって、誓ってきたのは、「自分の人生にこれ以上、不平不満をいいません」ということでした。だって全て受けいけるしかないくらいに私たちは弱い存在です。何一つ自分で決められない。2018年12月にパニック障害のようになたときも、そのことをはっきりと自覚していました。心臓を動かすことすら自分の意思でできるわけではない。誰が動かしているのかも知りません。自分の心臓なのに。長い長い時間を超えて大きな命の流れというものがあって、そのから一時的に出てきて、また戻っていく。その短い間、それを「自分」だと思っているにすぎない。私は自分のもう一つの姿(ゾンビへの激しい愛着)にすら、この年になるまで気がついていなかった。その事実を考えあわせたとき、私たちは「何も知らない」といっても過言ではないと思いました。「あの世」というものが私たちの想像通りの形で存在するとは思いませんが、私が知らない世界がすぐ隣に広がっているのだといことを素直に信じられる気持ちになりました。そう考えれば、がん患者はいま、苦しんだり、絶望したりしているかもしれませんが、それは大きな歓喜に入るまえの一時的な絶望にすぎないとも思えてきます。そう思えるなら私も夜明けが近いのかもれません。私は今のようにコロナで閉鎖された病棟で消えて欲しくないという気持ちでいっぱいで、自宅に戻って欲しいと最後の願いのつもりですがっていますが、そうなるかならないかも、運命が決めたこととして甘受するしかないのです。いのちは流れている水のようなもの。
2020.05.14
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合計320ドルほどいただきました。配当金も減り気味ですね。
2020.05.12
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心のブロックが一つ判明しました。ゾンビは、自分の父親と死後に初めて和解しました。それを見て、私はゾンビと和解したらゾンビが死ぬと思い込んでいたらしい。だからいつまでも回避しつづけて、生身のゾンビを避けていた。そのせいで自分がゾンビに対して抱いている像が真っ二つに割れてしまったことに気がついていなかった。卑下と理想化に極端に別れた像。いまは両方をしっかり見つめています。そしてそれは、現実のゾンビとは何の関係もないことも理解しています。あくまでも私の心の中で起こっているだけの現象です。これだけ自己が分裂していたら、私をとりまく現実が前に進まなくなるのはある意味で当たり前だったと思います。
2020.05.11
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決して畏れたり悲しんではならないことだと自分に言い聞かせて歩きました。私の不安やしがみつきは夜叉から来ている。そしてパニック障害はゾンビから来ているのではないかと感じています。思えば、2017年くらいから、実家でもゾンビの姿を見ていない。いつもいる場所にいない。どこにいるの? とても心配な気持ちがありました。とてもとても影が薄くなってきていました。なくなるすこし前から、そんな現象があるそうです。その時がきたとき、自分の気がふれて、パニックになりそうで怖くて、必死で唱えていました。死は絶対的な歓喜で救いなのだ、だから悲しむような類のことはない。むしろ、本人のためにお祝いをしてもいいくらいの出来事なのだと。いつもいつも人間は間違って逆のことを考えている。本当は死は歓喜の瞬間であり、祝福なのに。そんなことを自分に必死になって語りかけながら。だって生きてる私たちは、毎日食べなければならない、移動も大変、病気になったら苦しい、将来も不安、大変なことばかり。死ねば、すべてから解放される。時間と空間の縛りから。それは、大歓喜の瞬間。それでも私は、もう一度、病院から家に帰してあげたい、それが強い私の願い。自分が気がつかないくらいスムースに新しい世界に移行してもらえるよう、祈ります。そのためには自分がどんな苦でも喜んで受け入れると神社にお願いしています。自分が閑職などというそんな甘いことで悩み苦しんでいたせいで、この試練がやったてきたのだと受け止めています。
2020.05.10
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また始まりました。寝ても冷めても、頭から離れません。心配で心配でしょうがない。適度な距離を置いて付き合うということができない。離れていても、近くてもしんどい。でも今は、ゾンビとの時間が私にとっては大事です。この世での関係が終わったとしても、その後もずっと続いていくなどとロマンティックな夢を見ています。絶対に終わることはない。なんなの、これは?
2020.05.10
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今度は別の物件で、水トラブルです。水が出ないと。給水ポンプか何かが故障している可能性。前ならいやーな気持ちになったでしょう。もちろん、今も嫌な気持ちではあります。自分の家でこんなトラブルは全くないのに、どうしてアパートでは次から次へとトラブルが出るんでしょうかね。不思議でなりません。でもいまは、このていどの不幸でよかったと思います。これは良いニュースです。こんなトラブルが起こることで、もっと悪い不幸が防げるなら。
2020.05.10
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いまの病院は刑務所のような場所になっています。誰も面会はできない。退院できなければ外部と全く接触できない。ものすごくストレスの多い環境に置かれています。病院から脱出できなければ、代替医療もできない。すべて医師の許可がなければ何もできない。看護師も医師の指示まち。責任を取れない。こんな囚人みたいな環境に置かれ、患者の命は医師の手の中で転がされている。命を人質にとった、金儲けの手段でもある。すべてが悪意ではありませんが、いま、私は憤りを感じています。
2020.05.10
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精神安定の薬が欲しいです。本当に。薬への依存がまた増えてきている。たぶん、海外で一緒に住んでいたあげちんの効果がなくなってきたせいだろうと思います。顕在意識と潜在意識が激しく乖離していたせいで。意識の上では、あんなのは自分の父親として認められないと卑下・否定してきた。ところが見えない領域で、それとは真逆の現象が起こっていた。激しい愛着。好きで好きでたまらないという感情。自分の全てを投げ打ってもいい、一生の恋人。生まれ変わっても一緒。組織のなかでの出世とか閑職がどうのなんて、どーでもいい。というより、そんな些細なことで私が世を恨んでいたことを、私は心の底から懺悔しています。そのせいでさらなるハードモードが私に襲いかかっている。幻想のなかのゾンビに恋い焦がれてひたすら追い求め、一生かけても、死んでも追いかけるという決意。人魚姫のように、自分はそのために100%の犠牲を払い、最後は泡となって消えていってもかまわない。なにこのロマンティックな幻想は?隠れていた幻想があらわになり、この幻想を失うのが恐ろしい。どうしても失いたくない。そのためには何でもする。それは私そのものだから。私の人生そのもの。それを失ったら、私は死んでしまう。これだけ長い間この自己分離に気がつかずに生きてきたんですから、簡単には統合できません。ものすごい精神的危機です。とにかく現実ばなれしていることが問題やから、きちんと現実に向き合うことが大事だと肝に命じます。とにかく、100%私の幻想であって、生身のゾンビとは全く関係がないのだと思います。最終的には私の幻想と現実のゾンビを完全に切り離さなければ、私は生き延びることはできないのだと思います。それまで絶対にゾンビがこの世を去ることに私は許可を与えることはできません。
2020.05.09
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いまはまだ去ってもらったら困る。これは、私のため。でも突然その日が来ることをものすごく恐れています。そのために、体調が悪いです。抗うつ剤を個人輸入で注文しようと何度も手が伸びます。でもコロナのせいで時間がかかるとか書いてあって。いままでの分裂した思考を修正する必要があるのに、もう時間が残されていません。私は許可していない。周りの人が許可していないときは大丈夫なのではないかとスピリチュアルな考えでそう思ったり。毎日が怖い。特に、庚の日が怖いです。庚の月はなんとか終わりました。Link
2020.05.09
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ゾンビと夜叉とラインで会話を再開してしまった。どうしてもつらくて。なぜこんなに前のめりになってしまうのか。しかし何通かやりとりているうちに、いつもなんとはなしに違和感を覚えます。それは、両手で受け入れられている感覚がいつもないこと。どこかに拒絶のサインが示されることです。ゾンビも夜叉も両方ともそうです。今回もなんとはなしにそんな違和感を覚えてしまいます。でもたぶんこのような性質は私の中にもあると思います。誰かとのコミュニケーションでは、自分100%受け入れられている感覚が気持ちわるいので避けてしまうし、そのような場合には拒絶のサインを出していると思います。ゾンビに対する分裂した考え方をなんとか統合させたいと願っています。あまりにも乖離していたので。ずっと否定してきたゾンビを認めれば、自分のことも認められるようになるはずです。
2020.05.09
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現実から目を背けて幻想に浸るためには時間とエネルギーが必要です。私にとって仕事以上に自分のための時間が必要だというのは、幻想に浸るための時間です。永遠に、決して変わらない安心安全のゾンビの家で私は守られて平穏な毎日を過ごす。それが永遠に続くことだけを望んでいた。時間がストップして醜いゾンビになってもいい。永遠に続くなら。それが私が出世を拒んだ理由なのかと思えてきました。でもこの甘美な幻想を手放したら私は死んだも同然です。仕事なんかよりはるかにそっちの方が重要です。それに比べたら、そんな、仕事や出世なんてどうだっていい。そんなことくらいに不満を覚えていたなんて。もっとその状態に満足していればよかった。不幸をちゃんと受け取らなければ、もっと大きな不幸が訪れることになる。それを学びました。不幸の方がはるかに重要です。幸福は、ただ浮かれて無防備になっている状態で非常に危険。いいことは一つもない。精神的な危機状態は続いています。本当に自分が死んでしまうのではないかと思えるほど莫大な感情的負荷がかかっています。人生の危機です。結局は、そういったプラスにせよマイナスにせよ、分離した意識を統合して、ゼロにすることで感情を綺麗にしていくということだと思いますが、それは、ロボットのようにニュートラルな世界観で生きよということでしょうか?人間には感情という厄介なものがつきものです。だから人間らしいともいえるのに。死というのは人間にとって最高の哲学的難問です。その人は別の形で存在し続けるなどといわれても、癒えません。あの世というものをナイープに信仰するしか、救われる方法はないように思えます。Link
2020.05.08
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庚は私にとって刧財にあたります。この日、この月、この年が怖いです。貧乏神や死神からバサッと思いもかけない方向からやられるという感じ。お金のことも命ことでも。見たくない現実、聞きたくない現実を突きつけられます。本当に怖いです。でも、それを逃げていたらもっと悪いことになります。それを今は知っています。どんな悪いニュースでも正面から向き合うしか最善の方法がない。今の私にとっては一番悪いニュースです。これ以上悪いことは、同じことが自分の生命に起こったときです。この歳にしてあまりやり残したと思うことはありませんが、肉体的苦痛がとても怖いです。私は健康に相当気を使っているほうですが、それでも長く生きられないという気がしています。ちょっとしたことで追い詰められて意識が遠のくことが多いので。メンタルから先にやられてしまう。弱すぎます。
2020.05.08
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私は、当時荒れていた公立中学でいじめに遭うのを恐れ、私立中学に進みました。もちろんそのような進学を選ぶことで、エリート的な感覚を味わうこともできました。一方、私は劣等感を刺激されることになりました。父が医師、大学教授、会社経営、議員だとか、そんな子も中にはいました。父の職業など、自分で言わないと誰も知らないだろうから、やはりそんな父を持つ娘は、自慢をするんでしょうねもちろん皆がそんな境遇であったわけではありません。そんな立派な父の娘だったら自分はどんなに鼻が高いだろうかと思い続けて現実を否認していた。そこが私の愚かなところでした。だから何? といった風に社会的権威に対して反発もしてきましたが、劣等感を克服することはなかった。それを大事に持ちながら、水商売を必死にやり、その仕事を通して出会った、経営者の愛人になった。この人とは業胎の相性で、ちょうど10年間付き合いました。ヨーロッパの国でステイホームしたときに、自分の父は経営者でと嘘をついたことがありました。(外国だったし、そんな嘘をついたのはそれが最初で最期ではありましたが)ブルーカラー的で知性が感じられず(自閉症なのか発達障害なのか?)でコミュニケション能力がないゾンビを自分の父だとは認められなかった。その事実をどうしても認められないまま、私は成長をストップしてしまった。とにかく時間がびったりと止まってしまっていた。20年前に止まった。そのま変わるチャンスがなく今まできてしまった。しかもそのことに全く気がついていなかった。求め続けていたんでしょう。今でも、時間が止まって欲しいと願っている。醜いゾンビになってもいい。永遠に平穏で変わらない淡々とした毎日。私はそれが好きです。良いことも悪いことも起こらない。ただしーんと静かな日々。その夢の中から永遠に目覚めなくていい。お金よりも何百倍も大切なもの。時間。どうにも止められないという現実がどんどん迫っています。その時が怖くて仕方がないのだと思います。自分を動かしてきた原理がなくなってしまうのだから。自分がいなくなるのと同じくらいのインパクトがあります。象徴的な意味であれ、私は死ぬのだと思います。
2020.05.07
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光と影の両方あってはじめて全体になります。影の部分にどんどん焦点があたってきています。プラスとマイナス、両方合わせて一つの全体になります。私の社会性がとても傷ついています。ゾンビに対するアンパランスな感情を整理しなければならないのだと思います。現実は、私はとてもゾンビに対して絶望し失望していた。こんな田舎のブルーカラーのようなレベルの低い人間が自分の父親だなんて認められないと。社会的地位や権威や経済力がある理想的な男性を追い求めてきました。家の中にいる生きているか死んでいるのかわからないゾンビのような男のことではありません。家の外にそれを求めていく、その動力はものすごく強いものがあったと思います。水商売から進学まで、すべてがその動力を使って進んできました。奇跡的な力を発揮したこともありました。だから、その神通力にすがって生きてきました。収益不動産を買ったりといった経済活動もそれに基づいている。自分になかったもの、その劣等感を乗り越えるために。ひたすら外へと進んできました。そのあゆみが止まってしまったかに見えます。収益不動産も今は買えません。今の情勢だとまるまる担保があっても融資は出ないのではないか。どうしても欲しければ、現金で買うだけ。さらに、築古物件の出口がきちんと定まらない限り、無理でしょう。ブレーキがかかっています。40代になり、中年男性は気持ち悪い、嫌いだと思ってしまった。若い男がいいと。40代になってから、今までとは全然違う風景の中に自分が立っている気がします。ゾンビについてはあまりに材料が少なくて自己分析が進みません。そのくらいにコミュニケーションがなかったし、影が薄い存在でした。実際にゾンビに近づくと、よくないことが起こる、ぶつかりが生じる。それは正しい。それは、なぜなのか私にはわかりません。けれど、向こうの問題だと思います。だから回避する。それが安全。回避するためには実はものすごく意識していたことに気がつきました。だって相手にぶつからないようにするためには相手が物理的にもどの位置にいるかいつも確認しなければならないから。遠くから眺めて理想化する。実像とはかけ離れた偶像化。愛して欲しかったという、しがみつき。夜叉に対して絶望していたからこそ、余計にゾンビに救いを求める気持ちが働いたこともわかります。一方では、ほとんど中身のない人間だということも同時に知っている。ものすごく視野の狭い人間です。人間関係も狭い。そんな風にものすごく振れ幅が大きくてプラスとマイナスが安定していないです。ゾンビのリアルな実像を知らない(とおもっている)からこそ、こんなことが起こっているのだと思います。いいえ、本当は知っているのかもしれません。知っていなけれぱおかしい。だって20年以上同じ屋根の下で暮らしてきたのだから。知らないはずはない。知っているのにそれを認めてこなかったからこそ幻想から離れられないのだから。
2020.05.06
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それは、私のことかな? と思います。としをとると、どんどん手放すことが増えて、自分の世界が狭くなっていきます。リスクを取れなくなるので、世界を広げられない。自分の人生はそんな風に膨張から収縮へと入っているのをはっきりと感じます。収益不動産を買えたとしても、いずれいろんな意味で処分しなければならなくなる。プラスもマイナスも、もうどっちでもいい。30代までは、葛藤があっても心身が耐えられた。でも40代以降に体力がなくなってくると、その葛藤に耐えられなくなる。執着を手放すことを余儀なくされる。私が本当に望んでいるのは、仕事で成功することなのだろうか? という疑問すら湧いてきました。ゾンビのように狭い世界で時間を止めた生き方をすることを心の底では望んでいるのかもしれない。もしそうなら、私の希望はもうすっかり叶っていることになる。完璧に。コロナで世の中に動きがスローになり、私も生きるのが少し楽になりました。鬱っぽいともいえますが、今の生活がものすごく悪いわけではありません。これが私が望んでいた人生なんですね。振り返ってみると、時間が経つのはやはりとても早く感じます。終わるときにもたぶんそんな感想を持つんでしょう。それは、ほんの一瞬のことだった。あの世で知っている人たちに会えるのを楽しみに思うでしょう。
2020.05.05
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