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昨日の午後、今年度の第21回坪内逍遙大賞の受賞者の発表がありました。こちらは2025年3月30日のブログに載せた内容です。『今日は午後1時前に集合して、手伝いをする予定です。第20回坪内逍遥大賞受賞式及び記念事業があるからです。私も坪内逍遥顕彰会のメンバーですので、チケットは買ってありますが、手伝いに要請されました。チラシをコピーしましたが、大きすぎて入り切りませんでした。今回(第20回)坪内逍遥大賞に選ばれたのは野村萬斎氏です。国内外で多数の狂言・能公演に参加され狂言師として古典の知恵を現代に活かすことを根本にして古典の技法を駆使した作品の演出など幅広く活躍されています。記念事業の狂言「法螺侍(ほらざむらい)」は原作はW.シェイクスピア「ウィンザーの陽気な女房たち」です。(作:高橋康也 演出:野村万作)ストーリーも面白そうです。今日は狂言を生で見るのが楽しみです。』そして野村萬斎氏の狂言を見た様子です。2025年3月31日のブログ・・・・・そして昨日の午後、第21回坪内逍遙大賞受賞者の発表記者会見がありました。今回の受賞者はこの方です。坪内逍遙大賞選考委員長(早稲田大学坪内博士記念演劇博物館館長)と市長、副市長、教育長が発表しました。脚本家の三谷幸喜氏に決定しました。授賞式、記念事業が8月22日(土曜日)に予定されています。記念事業は選考委員とのトークセッションだそうです。今から楽しみです。そして5月23日のTBS22:00の「情報7days ニュース」で三谷さんが「実は昨日第21回坪内逍遙大賞受賞者の発表がありまして、私、受賞しました。」と言っていただくと最高ですね。さて、どうでしょうね。
2026.05.23
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長らく鳥取と島根の旅にお付き合いいただきありがとうございました。旅行中やはり季節のお花に目が留まりました。先ず滞在中、毎日通った鳥取砂丘では駐車場の近くの草むらに咲くクレマチスの花に気づきました。たぶん誰の目にも止まらないだろうと思って写してきました。こちらは出雲大社の参道から外れた池に咲いていたあやめです。そしてこちらは松江城の周りに咲いていたヒトツバタゴ(なんじゃもんじゃ)の白い花こちらは松江城のお濠、堀川の河畔に咲いていたヤマボウシです。また、私が旅行中、仲良しグループの人たちはローズガーデンに薔薇の花を観に行ったようです。動画を送ってもらったので編集しました。そして昨年は仲良しの皆さんと一緒に石屋さんの庭へアルパハープやヴァイオリン演奏を聴きに行ったけれど、今年は私だけ失礼したので薔薇園の様子と音楽の調べを動画で送ってくださいました。薔薇のお庭でアルパハープ演奏です。ヴァイオリン演奏も頂きましたが、お顔がはっきりわかるのでやめました。薔薇の動画を編集しました。すぐ近くの別のお家の庭でも薔薇の花が色とりどりに一斉に咲き誇りそれはそれは見事で綺麗でしたが、個人のお宅なので許可を取らないと載せられないと思いました。やっぱりお花は心の癒しになりますね。お友達も皆さん、お花が好きな方ばかりです。庭にたくさんのお花や薔薇の花が咲いています。その一部を紹介します。他にも薔薇の花は色々咲いていますが、今回はここまでとします。
2026.05.22
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いよいよ鳥取・島根の旅も最終日になりました。3泊4日、長かったようで短かった時間でした。最終日にホテルをチェックアウトして真っ先に向かったのは鳥取砂丘でした。前回は毎日通ってもラクダさんとは全く縁がなかったけれど、今回はラクダに乗れただけでラッキーでしたが、欲を言えば、ラクダに乗って砂丘を歩くことでした。道中、青空が広がり無風状態。わずかな期待を持って出かけたのでしたが、砂丘に近づくにつれて、風で木々が揺れているので今回もダメかと半ばあきらめ気味で砂丘を上がって行くと、なんとラクダさんが2頭もいるではないですか。しかも写真撮影だけでなく、砂丘も歩けるということでやっと2年越しの夢が実現しました。2分40秒ほどの動画を撮ってもらいましたが、自分では結構、砂丘を歩いたような気がしました。アラビアのローレンスになった気分でした。(ちょっと大げさかも)動画を編集したものを再掲します。充分満足できたのでもう思い残すこともなく帰れました。それで相方の希望で砂の美術館に立ち寄り、売店で相方が買い物をしてそのお土産を持ってお気に入りのママさんの喫茶店へ挨拶に行き、お土産を渡したら満足したらしく、やっと帰途につきました。いよいよ鳥取の街ともお別れです。途中、まだ訪れたことのないお城を眺めながら走りました。この城は河原城(正式名称は丸山城跡)と言います。織田信長に中国攻めを命じられた羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)が鳥取城を攻めた時に本陣を置いたお城だそうです。丸山城は他にも2城あるのでこの城は河原城と呼ばれています。私は方向音痴なので、しばらく南に向かって走っているように感じました。そして中国自動車道をひた走り、途中でやっと車が北に向かって走っているように感じてきました。途中から新名神に入りました。そしていつものように宝塚北SAで途中休憩してリボンの騎士に会ってから、また走り続けいつの間にか名神に入って養老SAで最後の休憩をして午後6時過ぎに自宅に帰れたのでした。(完)旅行記にお付き合い頂きましてありがとうございました。昨日は坪内逍遥顕彰会の会議に出席しました。今月末(5/31)の生誕祭に向けて色々と準備があります。当日大勢の方々に参加して頂きたいと願っています。
2026.05.21
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大江の郷から今度は若桜駅(わかさえき)まで行きました。ここは二人とも一度も訪れたことのない駅でした。駅舎内はレトロな感じでした。そして改札を抜けるとこれまたレトロな列車が停車しておりました。列車内の様子です。後ろから見たところ前から見たところ既に乗客が数名乗ってらっしゃいました。そして時間になると出発していきました。周りの様子です。SLも動かしてくれました。蒸気が出て汽笛が鳴っているのが聞こえました。他にも子供が乗るようにミニSLや電車もありました。この日はここまで遠出をしてから2時間かけて鳥取に戻りました。途中ママさんのお店でアフタヌーンティーでリラックスし、果物が食べたくてフルーツ店にも寄りました。リンゴ、グレープフルーツ、オレンジ等を買ってきました。そしてホテルの部屋で食べました。久しぶりの果物がとても美味しかったです。(つづく)昨日の小学校での読み聞かせの様子です。真ん中でうつむいているのが私です。子供たちの反応はすごかったです。
2026.05.20
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旅3日目(5/10)になりました。この日もラクダさんに乗って砂丘を歩きたかったので一番に鳥取砂丘に行きましたが、ラクダさんはGWと週末までよく働いたので今日は1日お休みですと言われ、がっかりしました。折角来たので、仕方なくロープウェイに乗って砂丘を見渡せるところまで行きました。途中で記念写真を撮る所があって二人そろってロープウェイに乗っているところを写してもらました。商売繁盛だと思います。3階まで階段を上がって砂丘を180度見渡しました。そしてまたロープウェイで下りて行きました。この後、1時間半から2時間近くかかって大江の郷へ行きました。道中、緑の山また山を眺めながら進みました。やっと大江の郷に到着。ところが、日曜日とあってここもかなりの賑わいでした。なるべく人を入れないように写真を撮りましたが、実際は大勢の人たちで食べ物のお店も30分から1時間待ちでした。右側のお洒落なお店には今回も入れませんでした。💦前回会えなかったヤギさんにも会えました。この建物の中で買い物や食事をしました。やはり田舎でもお洒落な建物に皆さん集まってきますね。特にこの日は母の日で家族連れが多かったです。(つづく)今日は今年度初めて小学校での「読み聞かせ」の日でした。午後1時からの昼休みの時間に3冊の本を読み聞かせしてきました。低学年の子供たちが大勢聴きに来てくれました。高学年はこの暑い中、運動場で遊びたいのだそうです。一昨日当地は31度、昨日は32.9度まで気温が上がりました。今日もとても暑いですので、熱中症に気を付けてほしいです。
2026.05.19
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昨日5月9日に訪れた小泉八雲記念館と旧居を載せましたが、ここで1日前にタイムスリップ!実は5月8日に鳥取砂丘と砂の美術館を訪れた後、大好きなママさんのお店でランチを食べゆっくりしたのですが、ホテルにチェックインするにはまだ時間が早く、駐車場に車を入れて鳥取駅周辺をぶらぶら歩いてみました。ちょっとわかりにくかったですが、階段の上にある鳥取民芸美術館に入ってみました。「1949年に鳥取の医師、吉田璋也により柳宗悦が見出した「民芸の美」の思想の普及と新たな創造の指針を示すため、鳥取の民芸運動の拠点として創設されました。朝鮮陶磁器、日本・中国・西洋や鳥取地方の古民芸、吉田璋也が作った新作民芸など、収蔵品は総数五千点以上。現在の建物は1957年に新築され国の登録有形文化財建造物となっています。」(リーフレット参照)頂いたリーフレットです。1階、2階に展示されていました。その後も鯉を見ながらこの辺りをぶらぶら。まだ時間があったので鳥取県立博物館に行きました。内容は大体他の博物館と同じで鳥取県内の動植物や鉱物、太古からの土地の成り立ちなどが紹介されていました。近くに鳥取城跡があったんですが、残念ながら工事中でした。※ 出雲大社で紹介するのを忘れてましたが、やはり、なで牛となで馬がいました。皆さん拝んでからなでるので頭と顔がピカピカでした。鳥取、島根では車で出かけた途中で麺類をよく食べました。宍道湖SAでも往復食べましたし、ママさんのお店でも頂きました。明日から時系列で載せられるといいのですが、何せ旅行から帰ってからも毎日何かと行事が入っていますので忘れてしまうことが多々出てきますのであしからず。💦(つづく)
2026.05.18
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昨夜の弦楽四重奏コンサートは写真がありません。ヴァイオリン2名とビオラ、チェロの4重奏が大変素晴らしかったです。約2時間ほど弦楽の調べに酔いしれました。これだけしか書けないのです。・・・さて、松江城を後にして、歩いて歩いてやっと目の前に八雲記念館の目印が見えてきました。やっと近くまで来ました。右手を見るとありました。連続テレビ小説の影響で大勢の見学者で混雑していました。中は撮影禁止でした。遺品が展示されていましたし、彼の一生が大きく説明されていました。ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は1850年にギリシャで生まれ、アイルランドで育ちました。私の感想ですが、少年時代に家族、特に両親の愛情をあまり受けずに育った孤独な少年だったという印象を持ちました。母親は少年が幼い時に国に帰ってしまい、父親はあまり少年と会うことがなかったようです。「19歳で単身アメリカに渡り、新聞記者、作家として執筆活動をする中で、日本に興味を抱き1890年(明治23年)に来日しました。日本の文化、習慣に強い関心を持ち日本に関する多数の著書を執筆し、1896年(明治29年)日本に帰化して小泉八雲となり、1904年(明治37年)54歳で心臓の病気で亡くなりました。」(頂いたリーフレットより)こちらにも大勢の見学者がいました。小泉八雲は1891年(明治24年)6月、妻のセツとともにこの家に転居し、熊本に赴くまでの約5か月を過ごしました。八雲は美しい庭を特に気に入り、帰宅すると和服に着替え、三方の庭を眺める至福の時を過ごしたそうです。(リーフレットを参照)北側にある第二の庭が特にお気に入りの庭だったそうです。家の中の様子です。松江藩主の武家屋敷であった根岸家はちょうどそのころ空き家になっていて庭のある侍の屋敷に住みたかった八雲の希望通りの家だったのです。来た道とは違う道を通って駐車場まで戻りました。松江城の周りのお濠を遊覧する船もそろそろ終わりそうでした。前回、相方はこの船で遊覧しました。私は眺めているだけ充分でした。ヤマボウシの白い花が咲いていました。堀川をまた船が通っていきました。芥川龍之介と志賀直哉の説明もありました。大正の初め、二人の文豪が内中原町を気に行って居を構えたそうです。ここから数十メートル南にある堀川の街、内中原町です。志賀直哉が居を構えた翌年、芥川龍之介が松江を訪れ、気に入り、水と緑に囲まれた生活を作品にも記しているそうです。とにかくこの頃、既に午後4時を過ぎていたので、途中の宍道湖SAで食事をして島根から鳥取のホテルに帰るまで2時間かかったのでした。(つづく)昨夜は地元の国際交流協会の総会と懇親会に出席するため、午後5時に出かけ準備をして、後片付けに午後9時までかかりました。派遣生に選ばれた若い人たちが現在海外でも活躍している姿をリモートで現地(ドイツ)から話してもらって刺激をもらってきました。
2026.05.17
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出雲大社を後にして、向かったのは松江城です。多分約2時間近くかかったと思います。松江市に入ってからなかなか駐車場が見つからずに同じ道を何度も通りながら、小泉八雲館を見学する人のために土・日だけ駐車場を無料開放している島根県民会館に入ると満車でしたが、かろうじて停めることができました。ところが、そこから結構歩くことになりました。駐車場から最も近い裏側から石段を登って松江城へ入ることにしました。私は咳が出るし、ヒーヒー言いながら後ろに続いて上りました。目の前に現れたのは興雲閣。島根県指定有形文化財で松江市歴史的風致形成建造物です。中の様子は以前相方が訪れた時に写真に撮って見せてもらったのでパスしました。入り口でリーフレットだけ頂いてきました。明治36年(1903年)竣工し、大正天皇の山陰道行啓で御旅館となり迎賓館の役割を果たした建物です。木造2階建てで、バルコニーがあり、1階・2階ともコロネード(列柱廊)をめぐらせた洋風の外観で、屋根は純和風で、明治期の疑洋風建築です。隣には松江神社がありました。先へ進みます。そしてやっと国宝・松江城が見えてきました。説明を読んでよくわかったので天守閣まで登りませんでした。相方は以前天守閣まで登ったようです。天守閣には登りませんでしたが、今までに国宝のお城、松本城、彦根城、犬山城、姫路城、松江城の五つの城を訪れたことが記念になりました。お城の周りにはヒトツバタゴ(なんじゃもんじゃ)の白い花が満開でした。小泉八雲館に向かってひたすら歩いていきました。私は靴ですが、相方は下駄を履いていますので、歩きにくいところもあったと思います。(つづく)
2026.05.16
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旅2日目(5/9)のことです。車の車窓から、右手には日本海の押し寄せる白波とたくさん並ぶ風力発電のブレードを眺めながら、左手にも風力発電のブレードも並んでいましたし、大山も見えてきました。途中の宍道湖SAで休憩。運転手にはソフトクリームを食べてリフレッシュしてもらいながら静かな宍道湖を眺めて気分転換。その後、また走り続け、鳥取から約2時間で出雲市に到着。私は半世紀以上前に訪れたことがありますが、相方は数回訪れているので道をよく知っています。出雲大社に参拝しました。参道を進むと、途中から両側に分かれます。なんでも松の根っこを痛めないようにとの配慮からです。松の木も老木が多く、傾いている木に支え棒がしてある木があちこちで見られました。池ではちょうど紫や黄色のあやめが見頃でした。相撲の土俵も作ってありました。因幡の白うさぎがたくさんいましたが、日差しが強く、木洩れ日とウサギの区別が写真ではあまりわかりませんでした。入り口から小さな白兎がたくさんいるので、外国人の女性がウサギに声をかけながら、すべて写してみえました。松の参道を先へ進み、手水舎で手を洗って清めました。すると左手に菊の御紋が見えました。勅使館と社務所があるそうです。その近くに大国主大神の「御自愛の御神像」が立っていました。ちょっと見えにくいですが、左下に白うさぎがいます。「因幡の白うさぎ」の場面を再現してありました。皇后陛下の歌を刻んだ大きな石もありましたが、どの皇后陛下なのかよくわかりませんでした。参道の右側に見えたのは青銅の像で「ムスビの御神像・大国主幸魂奇魂像」です。大国主大神は海のかなたから光が飛んでくるのに遭遇し、その光が御身に宿る幸魂奇魂であることに気づきその御霊に生かされていると自覚しました。(ネットを参照)日差しが強くわかりにくいと思います。右側に大国主命(おおくにぬしのみこと)左側に海のかなたから飛んできた光みんなが興味津々で触っていた松の木はどういういわれがあるのかわかりませんでした。四の鳥居は銅の鳥居です。拝殿と御本殿が見えてきました。拝殿のしめ縄をアップにしてみました。こちらが奥にある素鵞社です。皆さん全員4拍手をしてみえました。しかし最初の2礼や最後の1礼をする姿は見られませんでした。出雲大社は2礼4拍手1礼ということを私は初めて知ったのでした。(つづく)PS) 夕方から岐阜へ出かけ、コンサートを聴いてきます。今夜は帰りが遅くなりそうです。
2026.05.15
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今日も砂の美術館の後編を紹介しますが、先ずその前に、鳥取砂丘で6度目の挑戦でラクダさんの背中に乗って砂丘を歩いたことを仲良し仲間に話したところ、一人はモロッコで乗って歩いたことを思い出したと言われ、もう一人はトルコでシルクロードを少し乗って歩いたと言われ、もう一人はドバイで座っている姿勢からラクダさんが立ったのでラクダは後ろ脚から立ち上がるので身体が前のめりになって立ち上がるまでに相当揺れたと話してくれました。皆さんワールドワイドな方々ばかりで、鳥取砂丘で喜んでいた私はそれ以上何も言えませんでした。💦・・・さて、砂の美術館の続きです。イベリア半島の動物です。ガウディ建築-グエル公園全体像を再掲します。後ろはアルハンブラ宮殿とアルカサル(セゴビア)前はグラナダ陥落ーレコンキスタの完成スペイン内戦ーゲルニカ爆撃ガウディ建築(裏側から見たところ)スペインの美術ーゴヤ(1808年5月3日)スペインの観光地美食大国スペインそしてこれで最初の作品の所へ戻ってきました。「聖母の戴冠(サグラダ・ファミリア降誕のファザード)」です。この後、3階に上がって全体像を見渡しました。左側から順に右の方へ写しました。今回も砂の美術館でスペイン編を観られて本当に良かったです。一期一会のアート「砂像」は砂と水だけを圧縮して砂の塊を彫刻してつくられていて、制作中も完成後も「のり」などの凝固剤は使用していないそうです。展示が終わると作品を壊して元の砂に戻し、また同じ砂を使って新たな作品を作るんだそうです。14か国20名の世界で活躍する砂像彫刻家たちがこの作品を作っています。(つづく)
2026.05.14
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まず初めに武下さん制作の5月のカレンダーを紹介します。5月(皐月)の絵は木蓮(モクレン)添えられた言葉は「あなたと めぐり会い 花あり 笑顔あり」です。・・・3泊4日の旅から帰りましたが、走行距離は1,216キロでした。今日から少しずつ撮りためた写真を紹介したいと思います。5/8午前4時に自宅を出て、途中2回ほどSAで休憩。まず最初に向かったのは鳥取砂丘でした。昨年は毎日通い通づけても風が強くてラクダさんはお出ましにならなかったんです。相方は何が何でも私をラクダに乗せ砂丘を歩かせたかったのです。ところがこの日は風が強く吹き、背に乗って写真は撮れるけれど、GWに働きすぎたのでそろそろ中止にしようと思ってると言われました。何とか写真だけは撮れました。ラクダさん、初対面の私を歓迎して私のすぐ目の前でものすごい勢いでオシッコをしました。初めての経験でしたが、人間のスケールではないことを見せてくれました。それで私は初めてラクダの背に乗ったのです。風に乗って細かい砂が目の前に舞い上がっているので目の前は真っ白に見えました。それで砂の美術館に向かいました。ところが入り口でお隣の国の団体さんが30名以上入館され、かなりの時間がかかりましたし、中に入っても皆さんは個人で砂像の前にご自分の姿を入れて撮影されるのでなかなか砂像が撮れません。いなくなる瞬間を待ってシャッターを押しました。開館20周年を迎え、「砂で世界旅行」17回目の2026年の旅先はスぺインでした。聖母の戴冠(サグラダ・ファミリア 降誕のファザード)からご覧ください。サグラダ・ファミリア次は闘牛です。スペインの文学「ドン・キホーテ」です。西ゴート王国スペインの国章ガウディの建築「アル・アンダルス」イスラム勢力が西ゴート王国を破ってイベリア半島に侵入した711年以降、半島の大半を占める。その支配地域はアル・アンダルスと呼ばれました。10世紀ごろの首都、コルドバは西ヨーロッパ屈指の大都市として栄え、世界の文献がここに集約され、ヨーロッパに流布するなど、学問の都でもありました。アリストテレスは哲学を注釈してイスラム教と調和させ、後のヨーロッパ哲学に大きな影響を与えた哲学者、イフシ・ルシュドの肖像と背景には巨大モスクノメスキータを制作の砂をくり抜く技術を多用した繊細で美しい細工がしてありました。ガウディの建築ーモデルニスモ後ろはスペインの風景ーアルハンブラ宮殿とアルカサル(セゴビア)前はグラナダ陥没ーレコンキスタの完成コロンブスースペイン国王への謁見コロンブスの出航グラナダ陥没スペイン帝国黄金期ーフィリピン入植今回はここまでです。(つづく)
2026.05.13
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旅4日目でいよいよ帰る日になりました。ホテルともお別れです。朝8時半過ぎにホテルを出て真っ先に向かったのは鳥取砂丘でした。出かける頃は青空で無風状態でしたが、砂丘に近づくにつれ木々が風で揺れ、上り旗がパタパタと翻っていました。私はなんと運が悪いのかと思いながらサラサラの砂を踏みしめながら砂丘に上がって行くと、ラクダさんがいるではないですか。しかも乗って写真を撮るだけでなく、砂丘を歩けるとのこと。2年越しで6回目の挑戦でやっと実現しました。「為せば成る、なさねばならぬ何事も」じゃないけれど、雨女の私にやっと夢が実現したのです。まずラクダさんの前で記念撮影。満面の笑みを浮かべているでしょ。動画も撮ってもらったので編集しました。最初砂丘を下るときに結構揺れましたが、その後はスムーズに歩いてこれました。これでやっと夢が実現しました。思い残すこともなく、大好きなママさんのお店に別れの挨拶に行き、コーヒーブレイクをしていよいよ鳥取ともお別れしました。中国自動車道をひた走り、新名神に入り宝塚で遅い昼食を。毎回宝塚北のSAへ寄ることにしています。今回もリボンの騎士にあってきました。また走り続け、名神の養老SA で休憩して、午後6時過ぎに無事に帰宅しました。(つづく)後日、カメラで撮ってきた写真を載せようと思っています。
2026.05.12
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昨日(5/10)旅3日目のことです。この日もカメラで撮ったので、スマホ画像は少ししかありません。9時頃に鳥取砂丘へ着いて、ラクダさんに9時半から乗って砂丘を少し歩く予定でした。9時半に砂丘へ行くとラクダさんがいません。ラクダ屋さんに戻って事情を聞くと、前日よく働いたので、今日は体を休めさせたいので乗って写真を撮るだけならできるけれど、乗って歩くことはできないと言われました。ラクダさんもやはり働き方改革で身体を酷使することはできないそうです。仕方ないのでこちらで記念撮影だけしました。そしてロープウェイに乗って一番高い場所まで行き、そこから砂丘を見下ろしながら撮影しました。次に向かったのは大江の郷です。見渡す限り新緑の緑に色づいた山々を眺めながら進みました。到着すると、日曜日とあって大勢の人でした。隣の建物に毎回入りたいと思うのですが、お店の外の椅子は満席で30分待ちとのこと。いつもは1時間、2時間待ちの時もあるそうであきらめました。大江の郷でヤギさんにやっと会えました。そして昨年も入ったお店で昼食を軽くいただきました。なぜか私は食欲がわかなかったからです。デザートもあまり進まず相方に助けてもらいました。買い物だけして、次の目的地へ行きました。こちらは二人とも初めて訪れるところでした。そこは若桜と書いて「わかさ」と読みます。駅舎もレトロな雰囲気でしたが、電車も1930年の車体でまだ現役で走っていました。他にも蒸気機関車もあって、向こうの方で汽笛を鳴らしていました。すべてカメラで撮ったので後日載せますね。若桜から帰ってくるのに片道2時間かかりました。とても疲れたので、また若いママさんの喫茶店へ直行して相方はコーヒーゼリーとエスプレッソを、私はアイスコーヒーを飲んで一息つきました。1時間以上滞在して、すっかり疲れも取れたので、なんだか果物が食べたくて、ママさんに聞いたお店までまた車を走らせたのでした。イチゴが甘くて美味しかったです。リンゴやネーブル、グレイプフルーツなどを買ってホテルに戻ったのでした。(つづく)5/10は「母の日」なので旅先へお祝いの電話がかかってきました。身体を気遣ってくれて嬉しかったです。いよいよ今日は3泊4日の旅を終えて帰ります。
2026.05.11
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旅2日目(5/9)は朝7時過ぎにホテルを出発し、西へと向かいました。右手には次々と白波が押し寄せる日本海と日本海の強い風でゆったり動いている(昨日はあまり動いているようには見えなかったですが)水力発電のブレード(羽根)を見上げながら次第に左手には大山が見えてきて途中で宍道湖SAに立ち寄り運転手の休憩。そして出発から走ること2時間で島根県出雲市に到着。向かったのは出雲大社池にあやめがたくさん咲いていました。本殿に到着しました。驚いたのは参拝する時にどの人も4拍手を打ったことです。最初は韓国の人たちが大勢いたので、韓国の習慣なのかと思っていましたが、日本人も誰もが全員4拍打つので、私はいつも神社で参拝するときは2礼、2拍手、1礼に慣れていたので、そばに立っていた守衛さんに聞きました。すると「明治時代から4拍と決まっています。」との返事。生まれて初めての経験でした。次に松江城へ向かいました。すべてカメラで撮ったのでスマホ画像はこれだけです。これで国宝のお城を松本城、彦根城、犬山城、姫路城、松江城と5つ訪れたことになります。松江城では本当によく歩きました。私は靴なので大丈夫ですが、相方は下駄履きでした。まず駐車場がないので探し回り、県立図書館へ駐車してから松江城の裏側から急な石段を登り、松江城を眺め、そこから約2キロ歩いてまず小泉八雲記念館を見学しました。テレビドラマの影響もあって大勢の人たちで混雑していました。次に隣にある旧居を見学。こちらは写真撮影ができたので撮ってきました。後日載せようと思います。そしてまた2時間余りかけて島根から鳥取に帰ってきたのでした。帰りもやはり宍道湖SAで休憩して食事をしてきました。ホテルに帰ったのは午後6時を過ぎていました。(つづく)
2026.05.10
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まだ咳が出て体調は万全ではないものの、以前から予定していた鳥取への旅を実現しました。昨日午前2時半に起きて、3時半には自宅を出て、車で7時間かけて鳥取にやってきました。途中2回ほどSAで休憩を取りながら。午前10時半過ぎには鳥取砂丘に到着。実は前回、鳥取旅行をした時に3日間砂丘へ通いましたが、風が強く、ラクダさんの出番がなく、残念でしたが、あきらめて帰ったのでした。相方は今までに5,6回あるいはそれ以上、島根県と鳥取県へ来ているので、ラクダに乗って記念写真を撮ったり、砂丘をラクダに乗って歩いたりしたことがあったのでした。それで何としても私をラクダに乗せたかったようです。ところが昨日も風が強く、ちょうど着いた頃にラクダ屋さんに行くと「今日は風が強くなってきたのでそろそろ終わりにして、これ以後は中止にしようと思っている。」と聞き、あわててサラサラの砂の坂をヒーヒー言いながら駆け上がり、何とかセーフで記念写真が撮れました。私達の後は中止になったようです。💦風が強い日はラクダに乗って砂丘を歩くことはできません。GWにラクダさんによく働いてもらったので少し休憩させてあげたいそうです。強い風が吹く中、何とか撮れた写真です。鳥取砂丘です。その後、砂の美術館へ行きました。前回と違って今回はスペイン編でした。以前も立ち寄った大好きなママさんが経営するお店でお昼を食べた後、ホテルにチェックインするにはまだ早く、駐車場に車を入れて鳥取駅周辺をぶらぶら散策。鳥取民芸美術館に入って見て回ったり、鳥取駅内をウィンドウショッピングしてもまだ時間を持て余し、車で鳥取県立博物館へ行きました。残念ながらすぐ近くの鳥取城跡は修理中であきらめました。ホテルにチェックインして寛いだのでした。
2026.05.09
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昨日はぐんぐん気温が上がり、岐阜県では多治見市で29.5度を記録しました。他にも29度以上の地点が2か所も出ました。岐阜市は28.2度で当市は28.1度でした。10日ぶりにダンスレッスンに出かけましたが、やはりまだ身体が回復してないのでフラフラで踊れませんでした。仕方ないので少し変えてもらった足型のおさらいをしました。名古屋で踊った振り付けを先生が少し変えると言われたのです。先月末(4/26)に名古屋で踊った会場は私の頭では教室とは180度反対に踊らないといけないので、180度反対向きに練習し続けました。しかしこれから先、踊る会場はすべて180度反対なので、頭を元通りに切り替えて練習しないといけません。先生は自分の頭の中で180度変えて踊ればよいと言われますが、私にはそれができないのです。一緒に出場する他の皆さんは会場に着くと、「あそこが教室の入り口で、あそこが鏡、あそこが音響デッキが置いてあり」と方角を変えて覚えられますが、私の頭はカチカチで固いので、天井のシャンデリアを見ているうちに方角がわからなくなってしまうのです。途中で立ち止まるわけにはいかないので、やはり教室で方角をきちんと覚えないと動けないのです。それで、今は方向を180度反対で踊るのに必死なんです。先生は「あと1か月あるから大丈夫。」と言われますが、途中で色々と行事があり正確には半月しか練習ができません。💦あぁ、どうしましょ。今週末は東京の先生のレッスンがありましたが、それもキャンセルしました。今は「牛にひかれて善光寺参り」の途中です。自宅を午前4時に出てきました。私は本当はやめたかったんですが、強引に連れてこられました。この続きは時間ができましたら、今夜にでも・・・
2026.05.08
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GWも終わり、今日からまたいつもの生活に戻ります。先日受診したばかりの呼吸器科をもう一度受診して咳が酷くて苦しかったことを話してこようと思います。ダンスレッスンも10日間休んでいたので、顔出しして説明してこようと思っています。ブロ友の皆様にご心配をおかけしました。温かく優しいお言葉を頂き、本当にありがとうございました。具合の悪い時でも友人からは色々と情報が寄せられました。富山県砺波市へチューリップまつりに出かけた方からはチューリップが咲き乱れる様子に心癒されました。また5/5(火)は岐阜県揖斐川町へ「いびまつり」に行ってきた方から祭りの様子、巫女さんたちの舞姿、神楽、見事な子供歌舞伎などの動画が送られてきました。動画を編集して加工したので小さくなりましたが、華やかなお祭りにほのぼのとした気持ちになりました。以下は動画を加工しました。その後、天空の茶畑へ登ったそうですが、岐阜のマチュピチュだそうで、80歳を超えた男性なので、駐車場から山登りがかなりきつかったそうです。楽しい1日を見せてもらって私も少しずつ元気を分けていただいた気がします。
2026.05.07
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4月下旬に天候不順で肌寒い日があったり、雨が降ったりで、とうとう風邪をひいてしまいました。持病の気管支ぜんそくの具合も悪くなり、夜中も咳が止まらず、酷い咳が昼夜続きました。それでGWも自宅でひたすら養生しておりました。仲良しグループの皆さんはそれぞれの生活を楽しんで、一泊旅行に出かけたり、コンサートに出かけた人などが写真をたくさん送って見せてくれました。中にはお寺参りをして17年ぶりの御開帳で、次回は生きているかどうかわからないからとその様子を動画で送ってくれた人もいました。私は皆さんの活躍を見せてもらうだけで満足でした。モーニングに1回出かけましたが、シナモンの味さえもわからず、まだ味覚が戻ってないようです。栄養補給に一度だけランチに出かけました。5月5日は端午の節句でしたが、柏餅や粽を買いに出かけることもできませんでした。近くで山野草展が開催され、いわちどりがたくさん出品されていたと写真が届きましたが、会場に出かける気力もありませんでした。今日もう1日ゆっくり養生しようと思っています。
2026.05.06
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長らくお付き合い頂いた今回の1都5県の旅も今日で最終回です。鶴岡八幡宮へ参拝した後、牡丹園を見て回りました。入り口から奥の方に向かってそれはそれはたくさんの牡丹の花が咲いていました。すべては載せられませんので、ピックアップしました。ちょうど私たちが見て回っている間、鶯がどこからかやってきて、美しい鳴き声を披露してくれました。そして見終わって帰る頃に飛んでいくのがわかりました。動画にたくさん鶯の声とともに牡丹を写しました。美しい牡丹の姿と綺麗な鶯の声を聞いて気分爽快になり、鎌倉小町通りを散策する気分になりました。ウィンドウショッピングをした後で、中華料理店へ入って昼食です。その後、また小町通りを散策して喫茶店で休憩です。時間は充分ありました。鎌倉からJR小田原駅まで送ってもらって、4日間運転してもらったバスの運転手さんといつまでも別れを惜しんで皆さんは手を振りあいました。JR小田原駅前にあった北條早雲公の像です。午後4時半過ぎの新幹線でJR名古屋駅に向かったのでした。そして名古屋駅で解散して各自、帰途に着いたのでした。(完)
2026.05.05
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いよいよ関東方面への旅も最終日になりました。4月末に風邪をひき、こじらせたのでGWはどこへも出かけず、もっぱら近くへモーニングに行くぐらいで自宅で養生しております。旅4日目、4/15(水)のことです。前夜は横浜の中華街から千葉県浦安市までバス移動して宿泊しただけで、翌朝は鎌倉へ移動しました。朝ホテルから大きな荷物を宅配便で自宅へ送ったので身軽になりました。鶴岡八幡宮へ到着。11世紀後半に源氏の守り神として創建され、以後、鎌倉武士の守護神となりました。修学旅行の学生さんたちが多かったです。確か北海道から来たようなことを言ってました。参道わきに夏越の祓(なごしのはらえ)が作ってありました。夏越の大祓は毎年6月30日に舞殿で執り行われるそうで、半年の罪や穢れを祓で清め無病息災を祈ります。この日はまだ4月半ばでしたが、茅の輪くぐりを作法通りにくぐって無病息災を願ってきました。私もそこに書いてある作法通りに輪をくぐり抜けました。そしてお参りをしました。さあそれでは石段を登りましょう。石段の両側には狛犬がいます。本宮へ続く大石段の下にある朱塗りの建物は舞殿です。前回訪れた時は結婚式が執り行われていました。神聖な舞台です。大石段は61段ありました。以前は大イチョウが石段の横にあったそうですが、源実朝が暗殺された舞台として知られますね。(大河ドラマ・鎌倉殿の13人で登場しましたね)大石段を登って本宮(本殿)にお参りをしました。随身門の両側には随身(平安時代以降、貴人の護衛に当たった武人)が守っています。日光東照宮にもありました。口を開けている方を阿形(あぎょう)、口を閉じた方を吽形(うんぎょう)と呼びます。絵馬もたくさん吊るしてありました。ゆっくりお参りはできませんでした。お参りが済んだものから左右に分かれてまた石段を下りていきました。入り口まで戻ると「ぼたん見頃です」という案内を見つけたので、そちらの方で歩いていきました。集合時間にはまだまだ十分な時間があったので牡丹園を観ることにしたのです。(つづく)
2026.05.04
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皇居宮殿参観と迎賓館赤坂離宮の見学が済んでバスで一路、横浜中華街へ移動しました。このお店で中華料理を頂きました。私と相方で半分こでした。夕食が終わりかけの頃に、中国の伝統芸能である「変面ショー」が始まりました。扇子をひらひらさせながら勇ましい踊りをしている途中で顔にかぶったお面が一瞬で変わりました。そのたびに見物している観光客から歓声が上がりました。テーブルを回りながら、熟女たちは握手をしたり大歓声を上げました。後でわかったんですが、演じていたのは若い男性。しかもまだ学生さんのように見えました。素顔に戻り、入り口でバスを待つ間、おばさん達の握手攻めと記念写真を撮ったり、大人気。大きなバッグに衣装を詰めてみんなの歓声を背に帰っていきました。私達も歩いてバスに戻りました。ここの景色は以前横浜中華街に来た時に通った道なのでよく覚えています。私達一行は横浜から浦安市までまたバスに揺られたのでした。その日のバス走行距離は約285キロでした。(つづく)、
2026.05.03
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4/14(火)皇居宮殿の参観を終えて、次に向かったのは国宝 迎賓館赤坂離宮でした。皇居は写真付き身分証明書(パスポート、マイナンバーカード、運転免許証)のいずれかを見せて、チェックしてもらうだけでしたが、迎賓館赤坂離宮はより厳しいチェックがありました。空港と同じくX線ゲートを通る人、バックル付きベルトやブレスレットなどの装飾品類を外して籠の中に入れ、バッグは口を開けて中をすべて見せなければなりませんでした。もちろん水や液体の入ったペットボトルも持ち込み禁止でした。そして参観者は正面玄関ではなく、建物の向かって右側から入りました。頂いたパンフレットによりますと、「かつて紀州徳川家の江戸中屋敷があった場所は明治を迎え皇室に献上され、仮皇居などが設けられてきました。明治42(1909)年、東宮御所として誕生した日本で唯一のネオ・バロック様式の西洋宮殿が、現在の迎賓館赤坂離宮の本館です。建設の総指揮を執ったのは片山東熊(とうくま)。【中略】戦後は国に移管され、日本と国際社会の関係が活発になる中で、昭和49(1974)年に迎賓館として蘇りました。現在は、世界各国から賓客をお迎えする外交の舞台となっています。創建から100年を迎えた平成21(2009)年には、本館、正門、噴水などが明治期以降の建物で初めて国宝に指定されました。」と書いてあります。内部の撮影は禁止でしたので外観だけ写してきました。迎賓館として蘇った明治の西洋宮殿です。ちょっと遠くてわかりにくいですが、西洋建築様式の中に日本的要素が散りばめられています。正面中央の屋根の両端には甲冑を身に着けた一対の武士像が鎮座しています。左は口を開け、右は口を閉じた「阿吽」の配置になっています。他にも天球儀が飾られています。輝く金色の星をちりばめた天球儀、それを守護するかのように羽を広げ、4羽の霊鳥が配され、その傍らに五七の桐の紋章が飾られています。正面玄関上のペディメント(三角破風)には菊花の紋章のレリーフが施され、その横には日本の甲冑、主庭側のペディメントには洋風の甲冑が装飾されています。・・・迎賓館赤坂離宮は海外の国王、大統領、首相などの国賓などに対しておもてなしを行う迎賓施設です。内部の写真は頂いたパンフレットから拝借いたしました。正面玄関・大ホールです。朝日の間です。朝日の間の天井画です。壁には緑色の紋ビロード織があしらわれています。床に敷かれている「緞通」は職人さんたちが手作業で織りました。紫色を基本とした47種類の糸を使って桜の花を表現しています。彩鸞(さいらん)の間です。金箔が貼られた浮き彫りの装飾はとても華麗で、鎧や兜など日本の和のデザインもあります。10枚の大鏡は合わせ鏡になっていて部屋が広く感じられるのだそうです。金色に輝く鳥のレリーフ。これは古代中国の想像上の鳥である「鸞」で鳳凰の一種です。国が平和で栄えるときに現れると言われています。晩さん会が催される花鳥の間です。天井には狩猟で見る動物や植物の絵が描かれていて自然の恵みが表現されています。シャンデリアの重さは1つ1,125㎏で内側にスピーカーが組み込まれていて音楽を流すことができるそうです。30枚ある七宝焼きは特別な作品で七宝焼きの最高傑作だそうです。こちらは羽衣の間です。羽衣の間の天井画です。日本の能で使われる謡曲「羽衣」の場面をフランス人画家が描きました。シャンデリアはクリスタルガラス約7,000個の部品からできています。舞踏室にぴったりの仮面や楽器の装飾が施され、迎賓館で一番大きくて豪華な部屋です。特注品のピアノとオーケストラボックス(中二階にはオーケストラが音楽を演奏するための場所)があります。年末年始に訪れたウィーンのシェーンブルン宮殿を思い出しました。最近使われたのはテレビでも見たことがある場面、日本の現首相やフランスの現大統領の写真が飾ってありました。まずもって自分たちとは全く縁のない世界(室内)でした。(でも花鳥の間か羽衣の間で思いっきり踊れたらさぞ気持ちがいいだろうなぁと空想だけはしました。)その後、カフェで休憩して庶民の感覚に戻りましたけどね。そして迎賓館赤坂離宮を後にしたのでした。この後、横浜中華街に移動して夕食になりました。(つづく)
2026.05.02
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旅行の記憶もそろそろ薄れていく頃ですが、4/12~4/15まで3泊4日の旅はまだまだ続きます。旅3日目4/14(火)のことです。福島県いわき湯本温泉を早朝に出発して一路東京へ。スカイツリーや国技館が見えてきました。昼食はすしざんまいで頂きました。昼食後、皇居へ移動しました。私達は旅行者だとわからないように、胸につけていた旅行社のバッジを外して、バスの中に置いていくカバンの中に旅行の行程表などを入れました。一行は日光輪王寺の関係者ということで添乗員さんは入れませんでした。そして先ず全員が屋外で身分証明書を見せました。ほとんどの人がマイナンバーカードを見せていました。無事に入り口を通過して、大きな部屋で説明を受けました。日本語から始まって英語、フランス語、中国語など各国の言葉で説明を受けました。午後1時半から参観するので、それまでに売店でここしか売ってないお土産を買いました。部屋に入って1時間ぐらいかかったでしょうか。順次グループに分かれて宮内庁係員さんの後ろについて出かけました。まず最初に説明を受けたのはここ、富士見櫓です。徳川幕府の中心だった江戸城本丸の建物の中で現存する貴重な遺構です。そのころは富士山が見られたんでしょうね。宮内庁庁舎です。ここに差し掛かる前に目の前を白バイが5,6台と黒塗りの車がやはり5,6台正面玄関に来ました。私達は宮内庁係員さんの後について通り過ごしたのでこの後、どうなったのかわかりませんでしたが、翌朝のテレビのニュースで天皇、皇后両陛下が「日本国際賞授賞式」に出席され、天皇陛下が午後3時半過ぎに新国立劇場で受賞者に対してご挨拶をされたそうです。そして夜はホテルオークラで晩さん会があり、天皇陛下が初めて晩さん会にも出席されたそうです。ニュースではホテルオークラで挨拶をされている姿が写ってました。私達が歩いていたのがちょうど午後1時半頃でしたので、時間的にはお出ましになられた時間でした。坂下門が見えました。宮殿の東庭を歩いていくとお正月と天皇誕生日の一般参賀に天皇、皇后陛下を始め皇族方がお出ましになる長和殿の中央バルコニーです。天皇陛下から新年のお言葉をこの場所で頂きます。正門鉄橋(二重橋)です。宮内庁係員が向こうに見えるビル群が対照的だと言われました。伏見櫓です。こちらの宮内庁係員が説明してくださいました。ガラス戸に四角い印がある所が天皇、皇后陛下がお立ちになる場所だそうです。松林を通過してから色鮮やかな皐月のお庭を散策しました。山下通りです。振り向くと大勢の参観者が続いてきます。瓦には菊の御紋が付いていました。桔梗門から入り、一周して桔梗門から出ました。お堀に出てきました。これからバスに乗って迎賓館赤坂離宮に向かいます。(つづく)
2026.05.01
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昨日(4/29・昭和の日)は自宅で衣替えをしました。今まで旗日でもダンスレッスンがあったのですが、今年はGWはお休みになりました。諸物価高騰の折、4月からレッスン料も値上げしたので、身体を休められますし、懐も休められます。その代わりに昼食に出かけました。食後のデザートも半分こしました。帰ってからまた衣服の整理整頓をしました。・・・先日のダンスパーティーの写真が当日MCを担当された先生から送られてきました。30枚以上ありましたが、3分の1ぐらい紹介します。ご笑覧ください。お粗末様でした。
2026.04.30
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本当に懲りない私です。今まで2回もひどい目に合っているのに、すぐに人を信じてしまうので、またもや危うく騙されるところでした。一昨夜届いたのは仲良しグループの友人(を語った人)からでした。Facebookのメッセージに届いた文章はこうでした。「こんにちは。アンバサダーになるためのコンテストに参加しているのですが、10票必要なのですが、既に8票持っています。あと2票足りないので私に投票してもらえませんか。あなたの電話番号を教えてもらうと何やら(忘れました)届くのでそこに書いてある番号を教えてください。」でした。私は「何のアンバサダーですか?」と質問しても彼女からは電話番号を教えてくださいの一点張り。自宅の番号ではなくスマホの番号を教えました。すると向こうから電話がかかりました。でも声は女性でしたが、雑音が入って聞き取りにくかったんです。そして番号が送られてきたので、それを打ち込んで送りましたが、それ以後は何の連絡もありませんでした。夜遅かったのでそのまま寝てしまいました。すると今朝、当の本人から連絡があり、自分のインスタが乗っ取られたので返事しないでほしいと。しかし、時すでに遅しでした。仲良しグループ全員に偽彼女から連絡があったそうですが、私のように電話番号を教えたのは二人だけで、他の人はメッセージを開かなかったり、夜遅く内容を読んで、メッセージで断り、今朝丁重に別の連絡網で本人にお断りしたら、当の本人がインスタが乗っ取られていることに気づいたそうです。昨日私は朝早くからクリニックを受診したり、銀行、郵便局、コンビニ、ダンスレッスン、給食サポートで忙しく、自宅に戻って夕方PCを開いてメールをチェック。するとFacebookから連絡が入っていました。「昨夜11時半過ぎにアメリカ・カリフォルニア州のアザートン、Athertonという町付近でFacebookに入ってますが、あなたですか?」という連絡でした。私がそんなところへ行けるわけがなく、もしあなたでなければすぐにパスワードを変更してくださいとのこと。早速パスワードを変更しました。しかし、一昨夜の11時半過ぎから昨日の夕方近くまでの間に偽の私が友達の誰かに連絡しているかもしれないと思うと恐ろしくなってきました。何も起こってないことを切に願っています。本人が知らない間に拡散されていく恐ろしさ、巧妙な手口に本当に気を付けなければいけないことを知らされました。友達と思っても疑ってかかることをしなければいけない世の中が恐ろしくなってきました。どうぞ皆さんも気を付けてくださいね。PS) 今朝5時過ぎにSamsung Galaxy AO6 5Gからログインの試みがありましたが、8時少し前に拒否されました。あなたのログイン情報にアクセスできる誰かが再びログインを試みる可能性があります。今すぐパスワードを変更するようにとの連絡がありました。こういう輩には本当に困ります。・・・さて気分を変えて先週のダンス教室のハナミズキです。数日たった今では葉がだいぶ茂ってきました。こちらは通常総会に出席した時の昼食です。そしてこちらは4/26(日)のダンスパーティーでプロのショータイムの後のフィナーレです。動画は届きましたが、写真はまだですので、届いたらまた載せたいと思っています。ダンスパーティーも終わった翌日、愛知の大学病院を受診した帰りに立ち寄って鰻を食べてきました。スイーツ好きの相方に付き合ってスイーツも頂きました。GWはのんびり過ごしたいと思っています。
2026.04.29
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ここでまた遡って4月23日(木)のことを載せたいと思います。13:30~14:30 まで老人福祉センターでギタリスト・Mさんのソロライブが開催されました。いつもの仲良しグループの仲間で参加しました。皆さんよくご存じのフォークソングの名曲をMさんの歌に合わせて、会場の皆さんも一緒に歌いながら楽しく1時間余り過ごしてきました。実はMさんの単独ライブだとばかり思っていたらさにあらず、奥様との演奏とのデュエット(コラボ)あり、また別の女性とのデュエットあり、そして姉妹とのトリオ(三重奏)ありで中身の濃い楽しいライブでした。フォークソングの世界へいざなってもらったり、今の季節に相応しい名曲あり、今も心に残る名曲集ありで、飽きることなく会場の皆さんを惹きつけて、あっという間の1時間余りでした。最後はアンコール曲でお別れしました。Mさんをはじめ、出演者全員、歌がうまくさすがにプロだなぁと感心してきたのでした。最後はみんなで記念撮影をにぎやかにしてきました。皆さんの笑顔で楽しかったことが良くわかりますでしょうか。・・・今日もダンスレッスンの後で小学校の給食サポートに走ります。小学1年生の給食当番さんはもう自分たちで食缶からお皿やお椀にご飯や総菜をクラスの子供たちの分と先生の分を上手に取り分けられるようになりました。他の生徒さんたちは廊下に置いてあるトレイにお箸や牛乳を載せて自分の机まで運んできて待ちます。自分たちの番が来たらお皿やお椀を取りに来れるようになりました。4月いっぱいで私達の給食サポートも終わります。
2026.04.28
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4/13(月)の夜、ビーチシアターに移動して20時30分からポリネシアン&ハワイアンショーを観ました。私達は2階のC席の後ろの方で遠かったです。ショー公演中のフラッシュ撮影は禁止でカメラのフラッシュを消してない人は係員がやってきて注意していました。私はフラッシュを消してスマホで撮りましたが、とにかく遠いのでうまく撮れませんでした。ポリネシアンショーは持っている火を口に近づけ、口から火を吹いたり、相手に投げたりして落とすとカーペットがしばらく燃えたりとハラハラドキドキしました。ハワイアンショーは美しかったです。腰の振り方がさすがしなやかでお上手でした。肉眼で楽しめたので、良しとします。途中、小学生以下の子供たちがハワイアンの女性たちと一緒に踊りました。波や海の幸を取って、それを頂くという動作を教えてもらって踊りました。ここの出演者も宝塚歌劇団と同じで何期生となっていてファンがいるので、プロマイドが売店で売ってました。そして私たちは2階席の遠いところでしたが、1階のプレミアム席の人たちは出演者と写真撮影ができるようでした。ファンにとっては夢の世界だと思います。ショーが終わって、私たち一行はあまりにも広い会場内で行き先を間違えて、何度も教えてもらって行きつ戻りつしながらやっとのことで部屋に戻りました。(つづく)今朝は4時ごろに大雨でした。まだ雨が降っていますが、愛知の大学病院へ出かけます。1年に1回脳のMRIを撮ってもらうのです。前回撮ってもらった心臓の検査結果も聞いてきます。では6時に出かけます。
2026.04.27
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旅2日目、4/13(月)に訪れた国営ひたち海浜公園の見晴らしの丘のネモフィラを紹介します。私達一行は海浜口から入りました。他の皆さんはそこに待っていた乗り物に乗って行かれましたが、私たち二人はネモフィラの丘まで歩きました。乗り物だと5分ぐらいだそうですが、2キロほど歩いたでしょうか。病み上がりの相方は足取りが遅く、乗り物に乗った方が良かったかなと少し後悔しましたが、何とかネモフィラの丘まで歩けました。目の前に広がっていたのは青い空と青いネモフィラでした。ネモフィラが終わるとコキアに植え替えられ、夏は緑に、そして秋には紅葉して赤くなるそうです。それではネモフィラの丘を紹介します。実は私たちは見晴らしの丘の上には登らなかったんです。丘に咲くネモフィラを眺めながら奥の方へと歩いていきました。こちらの斜面はまだ咲いてない所もありました。別の方角から全体を見渡しました。ネモフィラの丘を見た後で水分補給を。帰りも乗り物には乗らずに海浜口まで歩きました。そしていわき湯本温泉のスパリゾートハワイアンズに到着し、夕食後、ポリネシアン・グランドステージとフラガールショーを観に行きました。その様子は次回に続きます。(つづく)今日は名古屋で1日ダンスパーティーでスローフォックストロットを踊ってきます。
2026.04.26
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日光東照宮を拝観した後、時間があったので足を延ばして左奥の方へ歩いていきました。向かって右手には二荒山神社がありました。大黒様が鎮座してました。打ち出の小槌もありました。どちらも良縁を願うものでした。左手には徳川三代将軍・家光の御霊廟への案内がありました。向こうの方に徳川三代将軍・家光公霊廟がありました。私達は入り口で頭を下げただけで中には入りませんでした。その後、西参道を下って昼食のお店を探しました。そしてお店で昼食を済ませ、集合場所へ戻りました。前日訪れた日光山 輪王寺の説明を写しました。明治天皇の明の字が写せませんでした。💦前日に訪れた逍遙園の説明もありました。これで日光山 輪王寺と日光東照宮の拝観を終えたので、これから国営ひたち海浜公園へ向かいましょう。(つづく)今日はダンスレッスン後、中山道太田宿・草鞋の会の総会に出席します。
2026.04.25
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これでタケノコ堀は何回目になるのかな?タケノコ堀名人の武下のおじさんについて今年も4/19(日)にタケノコ堀に出かけたペコちゃん。本日の収穫の筍です。カメラマン(記録係)はペコちゃんのママでした。ちなみに2024年の収穫はこちら2025年の収穫がこちら毎年たくさん収穫できますね。・・・今日は午前中ダンスレッスンで夜は今年度オーストラリア派遣生の説明会の手伝いに出かけます。
2026.04.24
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ここでまたちょっと旅行記を休憩して季節のお花を紹介します。我が家の庭ではツツジが満開です。そしてこちらは友人の男性から藤まつりの写真と動画が届きました。江南の曼陀羅寺へ藤まつりに出かけたそうです。私は今年、この時期は忙しくて出かけられるかどうかわからないし、先日あしかがフラワーパークでもまだ大藤は咲いてなかったので、今年は藤の花とは縁がなさそうです。💦こちらは動画を写真に編集しました。大きく引き伸ばしたのでボケました。ここは味噌田楽が有名です。そしてこちらはアメリカ・インディアナ州の友人の庭の花です。最後の花はginjer(生姜)の花だそうです。日本の生姜とはかなり違いますね。・・・今日は午前中ダンスレッスンに出かけて午後はお友達とコンサートに出かけます。
2026.04.23
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石段を上がると目の前に陽明門が見えてきました。がっしりした造りで豪華絢爛な装飾が施されていました。両側には守護神である随身像がありました。大混雑で片側の随身像しか撮れませんでした。陽明門は2013年から3年9か月かけて約12億円かけて修理されたそうです。「平成の大修理」と呼ばれ、かなり大量の金箔が貼り替えられたとか。陽明門の中央部右側左側人混みがなければじーっと長い間眺めていたいぐらいでした。柱の彫刻です。12本の柱で陽明門を支えていますが、裏側に1本だけグリ紋(猿の顔のような形)が逆さになっている柱がありました。北側の西から2本目の柱だけが逆さになっています。(ネットから拝借)これは逆柱で「魔除けの逆柱」と呼ばれています。陽明門の裏側です。左甚五郎の柵で有名な「眠り猫」です。長さ21センチで、眠っているようですが、手足は今にも飛びかかっていく準備をしているようです。この先に徳川家康のお墓(御廟霊)がありますが、ここに来るまでに石段を275段登ってきました。あと207段登るには体力に自信がなく、久能山東照宮でお墓にお参りしてきたので、やめておきました。そして本堂で鳴龍を拝観することにしました。これから先は撮影禁止、もちろん録画禁止でした。それでネットから鳴き龍を拝借しました。この龍の下でお坊さんが拍子木をたたくと、まるで鈴が転がるような音がしてきました。何度も拍子木をたたいてくださったので、そのたびに涼しげな鈴を転がすような音を聞くことができました。拍子木の音が天井と共鳴するんでしょうね。本堂のお参りを済ませ、廊下に出て、外の様子をスマホで撮ろうとした高齢女性が撮影禁止ですと注意されてました。廊下に撮影禁止の貼り紙がしてあったんですけどね。(つづく)今日はダンスレッスン後、顕彰会の執行部会に出席します。先日うんうんうなって議事録を作成して印刷したので気が楽になりました。
2026.04.22
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4月13日(月)は前日訪れた場所を再度訪れました。世界遺産・日光山輪王寺の奥にある日光東照宮へ行きました。同じく世界遺産で徳川家康を祀る神社です。たくさん写真を撮ってきましたが、厳選しても結構ありました。某建築会社が建てた頑丈な建物を通り抜けると目の前に広い境内が広がってきました。石の門をくぐると左側に五重塔がそびえていました。日光二荒山神社です。先へ進みましょう。大勢の人で撮りにくかったですが、左側と右側に立って東照宮を守っています。門をくぐって左に曲がると大勢の人垣が。神馬(しんめ)の神厩舎(馬小屋)の外壁に左甚五郎の彫刻はありました。猿が馬を守っています。そして猿の一生が彫られていました。それは人間の一生でも同じです。赤ちゃん誕生から死に至るまでが彫られていました。そして、その2番目に有名な「見ざる、言わざる、聞かざる」はありました。小さい頃からの教訓ですね。猿の一生を写してきましたので一部を紹介します。こんなところにあるとは意外でした。その辺りを見渡すと、歴史を感じる建物がたくさん建っていました。さあそれでは日光東照宮へお参りしましょう。※ 徳川家康は駿府城で亡くなられたので、ご遺体は久能山東照宮に埋葬されました。それでここ日光東照宮には神格化された魂が祀られているそうです。静岡市にある久能山東照宮を参拝した際にも聞きましたが、徳川家康は自分が眠る御廟霊がこの門を通して、江戸城から真北で陽明門、鳥居、奥宮が北極星と一直線上になるように配置されました。久能山東照宮も生誕地の岡崎、富士山、江戸城を結び北極星を結ぶライン上に作られているそうです。石畳の後ろから3番めと左から3番めに立ってまっすぐ前を見ると日光東照宮が見えました。ずーっと先は北極星に達するそうです。(後編に続く)
2026.04.21
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ここらで旅行記をちょっとお休みして昨日の第一部 文化サロン「講談師 神田京子独演会」と第二部 対談「義父の岡本一平」著者の黒野こうき氏(郷土史家)の様子を載せたいと思います。第三部 フィールドワーク 太田宿中山道会館糸遊庵(岡本一平が疎開中に暮らしていた家を移築し、一平の活躍を紹介)を黒野こうきさんより説明は聞かずに帰りました。チラシを再掲します。まず午前9時から仲良し仲間3人でモーニングをして他の人たちは車で、私は会場まで歩きました。というのも、ダンスレッスンを休んだので運動をしたのです。何とか10時に滑り込みました。既に大勢の人たちが出番を待ってました。私は草鞋の会の係の人に最前列に座ってと言われ、最前列のど真ん中に座りましたが、座布団の上です。後の方々は椅子に座ってました。午前10時に講談が始まりました。私は真ん前なので写真を撮れなかったんですが、他の方たちに写真を頂きましたのでその様子を載せます。講談は約1時間続きました。まず最初は岡本太郎の「太陽の塔」のことを話されました。前回の万博で唯一残っているのは「太陽の塔」で外観から内部の曼陀羅の話をされました。既成の概念を超えて「芸術は爆発だ」という概念の持ち主であること。それには「近代漫画の祖」岡本一平の父親と小説家、歌人として波乱に満ちた人生と芸術にかけた情熱の持ち主、岡本かの子の母親の子供であったから。それから「岡本かの子」に話が移っていきました。裕福な家柄に生まれたかの子は庶民の家で生まれた一平と結婚しましたが、一平が売れっ子になっていくにつれ、家庭を顧みず毎晩宴会で飲んで帰らないくても、家庭をしっかり守り太郎を育てたけれど、太郎の弟や姉は早くして亡くなったそうです。「かの子繚乱」で有名ですが、イメージがガラッと変わりました。母親として激しく、自由で妥協のない女性としての生き方をして、常識を破り、誇り高く生きたかの子ですが、40代後半で亡くなられたそうです。一平はその後、他の女性と結婚し4人の子供をもうけたそうです。第一部が終わって、後援会の会長さんから花束贈呈がありました。部屋いっぱいの人たちと入りきれない人たちは土間に椅子を置いて講談と対談を聴きました。第二部は神田京子さんと黒野こうきさんとの対談でした。黒野さんは「岐阜の岡本一平」という本を書かれました。そこには疎開先の当市で庶民的な岡本一平の姿が描かれているそうです。地元の人はそんな有名な人とは知らず、普通に接していたそうです。一平氏が亡くなってお骨を取りに来た太郎氏がどこかの駅で骨壺を忘れて、気づいた人が後から届けたとか。色々面白いエピソードをお聞きしました。その後、第三部はフィールドワークとして小松屋から徒歩数分で離れた太田宿中山道会館 糸遊庵へ移動して一平氏が疎開中に暮らしていた家を移築した所で黒野さんから説明があったそうですが、私はパスしました。もう充分話が聞けたからです。お友達は糸遊庵で神田京子さんとスリーショットの写真を送ってくれました。私はダンスレッスンを休んだので、その後、約2キロほど歩いて帰りました。とても有意義な時間を過ごすことができました。
2026.04.20
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4/12(日)の宿、鬼怒川グランドホテル・夢の季に到着。この日の走行距離は約201kmでした。各自部屋に落ち着きました。その後、大広間で夕食を頂きました。大広間の天井画です。次から次へとお料理が運ばれ、旅の疲れもあって、アルコールを飲んだら相方はすぐにひと眠りしてしまいました。翌日の朝食も食べきれないほどありました。もう一度昨日の場所に戻って今度は日光東照宮を拝観します。いよいよ鬼怒川グランドホテルともお別れです。バスが見えなくなるまで従業員さん全員が手を振ってお見送りしてくださいました。ただ添乗員さんが言われるには、鬼怒川温泉や石和温泉は昔のような賑わいがなくなったということでした。なるほど、道すがらバスの車窓から見える景色は建物が取り壊されていたり、空き地が広がっていたりして少々寂しい感じがしました。(つづく)昨日4月18日(土)の午前10時から2時間半ほど講談師 神田京子さんの独演会に参加しました。そのことは後日、載せようと思います。
2026.04.19
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栃木県のあしかがフラワーパークで天然記念物にも指定される日本最大級の大藤が見られずにがっかりしながら次に向かったのは世界遺産・日光山輪王寺と逍遙園でした。まず向かったのは輪王寺の向かい側にある逍遙園からでした。私は坪内逍遥顕彰会に所属しているので逍遙園と何か関連があるのかなと思いましたが、全く関係なく小堀遠州が作った日本庭園でした。切石や木々の刈り込みで「わび、さび」の美意識の庭でした。そして普段立ち入ることのできない「御霊殿」に特別拝観ができました。実は日光東照宮は徳川家康を始め、将軍家が祀ってありますが、こちらは天皇家の御礼殿で明治天皇、大正天皇、昭和天皇とそのご令室様方が祀ってありました。昔は天皇家の次男、三男の方々はこちらで僧侶になられたということを聞きました。門には菊の御紋が付いていました。現・天皇陛下と皇后陛下が皇太子、皇太子妃の時にこちらを訪れられたと聞きました。ご本尊に参拝をして、その後、私たちも旅の安全をご祈祷していただきました。文言は天台宗密教形式でちょっとわかりづらかったです。僧侶に見送られ御霊殿と逍遙園を後にしました。次に日光山輪王寺 三仏堂を参拝しました。平安時代に創建された全国でも少ない天台密教形式のお堂です。黄芽、白花大輪の山桜は樹齢五百年だそうです。国天然記念物の金剛桜はまだあまり咲いていませんでした。お堂の中は撮影禁止でした。三仏道には3体の仏様が鎮座されていました。向かって右から千手観音、阿弥陀如来、馬頭観音が並んでいました。1体3トンで高さが7メートルと聞いた気がします。金ぴかの仏様でした。輪王寺の称号を天皇家から与えられ、輪王寺宮法親王(皇族出身の僧侶)が住まれていたそうです。三仏道の拝観を終えて、外に出てくるとまもなく午後5時の鐘がつかれるということで少し待ちました。この鐘はNHKの「ゆく年くる年」でも写されるそうです。鐘の音を聴いてからこの日のお宿である鬼怒川温泉にある鬼怒川グランドホテル・夢の季へ向かいました。(つづく)
2026.04.18
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旅行名:「花の桃源郷と日光東照宮と迎賓館、赤坂離宮本館一般公開と皇居宮殿参観4日間」の旅を少しずつ紹介していこうと思います。3泊4日の旅ですが、1都5県をバスで巡りました。先ず4月12日(日)に戻ります。名古屋駅の集合が7時20分ということで、相方は午前3時半に起きてバタバタしていました。私も午前4時半までには起きて出かけるばかりにしていました。午前6時前に自宅を出発して名古屋駅に到着。新幹線でJR東京駅に向かい、東京駅からは終日バスで移動しました。まず向かったのが栃木県のあしかがフラワーパークです。「天然記念物にも指定される日本最大級の大藤は圧巻」といううたい文句に期待をして出かけたのですが、残念ながら大藤も八重藤も大長藤も白藤もきばな藤も薄紅の棚もどこにも藤の花は咲いていませんでした。咲いているのは鉢植えの藤と普通の藤だけでした。大藤はこんな様子でした。こんな藤が見たかったのに残念でした。紫やピンクの大藤が咲くとこんな感じです。↓↑むらさき藤のスクリーンです。見頃にはかなり早かったので仕方ないですね。💦それで藤そばと藤ソフトを食べて我慢しました。チューリップやパンジーなど春の花は満開でした。八重桜も満開で綺麗でした。ツツジや石楠花(シャクナゲ)もきれいでした。薔薇の花はまだ咲いていませんでした。100本以上の藤の移植に成功したあしかがフラワーパーク、園内には広さ1,000平方メートルの大藤棚が4本と350本以上の藤があるそうですが、まだ藤の花が咲く季節には少々早かったようです。(つづく)
2026.04.17
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昨夜9時頃に3泊4日の旅から自宅に戻りました。新幹線で帰る途中で雨が降っていることに気づきました。JRを乗り継いで、最寄りの駅に着いた頃には土砂降りの雨。傘を持たずに旅に出かけたので、駅から自宅まで雨に濡れて帰りました。💦風邪をひくといけないので早速お風呂で温まりました。旅の後片付けをして、洗濯物を干してブロ友さんのブログにコメントを入れている途中で目が閉じてしまいそうになりました。今日は朝9時過ぎに出かけてお休みしていたダンスレッスンを受ける予定です。4月26日に名古屋のA先生のダンスパーティーで踊る予定があるからです。そして午後からは顕彰会の執行部会があり、夜には理事会がありますので両方とも出席しないといけません。それで旅行記は1日お休みをいただきます。舞浜のホテルから送った荷物も今日到着する予定です。PS) 鎌倉の鶴岡八幡宮で牡丹園を写してきました。
2026.04.16
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4月15日(水)4日間の旅の最終日です。ホテルからバスで鎌倉に向かいます。鎌倉こまち通りを散策して鶴岡八幡宮へ行きます。そしてバスでJR小田原駅に向かい新幹線でJR名古屋駅へ到着後、解散になります。鎌倉も小田原も以前訪れたことがありますが、何度訪れても良いですよね。これで3泊4日の旅が終わります。多分自宅に戻るのは遅くなると思います。PS) 小田原駅の前に建っている北條早雲公の像です。PS) 今朝のテレビのニュースで昨日天皇、皇后両陛下が「日本国際賞授賞式」に出席され、天皇陛下がご挨拶をされる様子を見ました。そこでネットで少し検索してみました。昨日午後3時半過ぎに新国立劇場で授賞式があり、夜はホテルオークラで晩さん会があり、天皇陛下が初めて晩さん会にも出席されたようなことが書いてありました。私達が昨日午後、皇居を訪れた折、前の方を見ると白バイが左側から5,6台走ってきて、そのあと、黒い車が5台ほど走ってきて停車する様子を見ました。ちょうど正面玄関の近くに停車しているのを振り返りながら案内の方の後ろをついて向かって左に進んでいったのでその後のことはわかりませんでしたが、多分そうだったんじゃないかしらと思います。実は以前、京都の長男家族を訪れた時に御所の近くの道路の警備が物々しくて、車が駐車できず、何事が起きたのかと警備の警察官に聞くと現在の上皇様、上皇后さまが通られるということでした。(その当時は天皇陛下と皇后陛下でした)私だけおろしてもらってしばらく待ってお二人に手を振ったことを思い出しました。その時も白バイが先導して、黒塗りの車が数台走ってきました。その中の菊の御紋の車に現在の上皇様、上皇后様(当時天皇陛下、皇后陛下)が乗ってらっしゃったのです。2016年10月23日のブログにそのことが載っています。約10年も前のことになります。その時も確か京都で何かの学会に出席されるという事だったのを今でも覚えています。多分昨日の午後もちょうどその時間帯でした。
2026.04.15
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4月14日(火)バスで移動して皇居宮殿参観をします。許可がないと入場できないので写真付きの身分証明書を持参します。迎賓館赤坂離宮を見学します。また横向きになりました。すみません。どちらも写真撮影はできないそうです。バスで横浜中華街に移動して中華料理の夕食を頂きます。そしてこの夜は浦安市で宿泊します。この日のバス走行距離は約285kmだそうです。
2026.04.14
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4月13日(月)旅2日目です。バスで日光東照宮へ向かいます。↓やはりこれも横向きになりました。許してね。次にバスで国営ひたち海浜公園に向かいます。ネモフィラが見えるでしょうか。バスでいわき湯本温泉に移動します。この日はいわき湯本温泉で宿泊します。この日のバス走行距離は約227kmです。
2026.04.13
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今日から3泊4日で旅に出ます。皆様のブログへは立ち寄れないと思いますので悪しからずお許しください。帰りましたら、お邪魔したいと思っています。今朝は午前5時半過ぎに自宅を出て名古屋に向かいます。JR名古屋駅から「のぞみ」に乗って一路東京駅に向かいます。東京駅からバスであしかがフラワーパークに向かいます。旅行社に頂いたパンフレットをコピーしました。大藤が見られるでしょうか?次に世界遺産、日光山輪王寺三仏道を見学します。平安時代に創建された天台密教形式のお堂です。普段立ち入ることのできない「御霊殿」の特別拝観をしてきます。夜は鬼怒川温泉で泊まります。↑すみません。何回やっても戻りません。悪しからず、お許しください。この日のバス走行距離は約201キロだそうです。
2026.04.12
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いつも通り午前中はダンスレッスンに出かけ、タコではなくイカのように身体だけは芯があって脚だけは自由に動かしなさいと言われてきました。昨日は雨が激しく降っていたので、自宅へ帰らず、ダンス教室からそのまま小学校へ直行しました。11時30分集合で40分から教室へ行き、給食が届くのを待つ間に配膳机を消毒して拭いて待ちました。教室へ食缶を運び茶碗、皿、椀を並べ給食を等分に分けて、盛られた食器から順番に児童の机に運び、子供たちが食べ始めたところで自分たちの食事をもらいに行き、3日目にしてやっと教室の欠席した子の机に座って食べました。校長室の隣の部屋から階段を1階下へ降り教室へ行き、自分たちの食事を取りに1階へ上がり、トレイにのった食事を持って教室まで1階分下り、最後にまた上がってくるので階段の上り下りを4回するので脚の運動にはなります。3回目なので生徒にトレイを自分で持ってくるようにしました。来週はもう少し自分たちでできることを増やす予定です。私は小学校できちんと給食を食べて夕食もしっかり食べるので最近体重が2キロ増加しました。歓迎会では鴨南蛮を昨夜は昼食抜きで病院行きだった相方のお付き合いで鰻丼と串カツを今月下旬のダンスパーティーでドレスが着られるかしら?💦・・・身の回りでは少し前に愛知の娘家族のベランダガーデンに菜の花が満開でしたが、アメリカ・インディアナ州の友達の庭では春の花が咲きだしたと写真が届きました。日本にある植物だけでなく、あまり見かけない植物もありました。彼女は植物が大好きなので私も見せてもらって心癒されています。お花はなごみですよね。
2026.04.11
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昨日は午前11時過ぎに出かけ、地元の小学校の新1年生の給食配膳サポートを午前11時30分から午後1時までしてきました。給食配膳のサポートが始まって2日目で前日は今年度初めてということでだいぶ混乱したようです。それで始まりの時間を15分早めることにしました。今はまだサポーターさんが何もかも準備して配膳までします。子供たちはまだ机に座って待っていますが、4月中には自分たちで準備、配膳までできるようにお手本を見せています。私達は前年度は教室で子供たちと一緒に給食を食べていましたが、まだ職員室の先生や私たちの分の給食の車が来ないので少し遅れて別室で食べました。食べ終わってからまた教室へ戻り、後片付けを手伝いました。午後1時には帰れました。・・・一昨日からオーストラリアから2組のカップルが来市され、4日間滞在されています。昨夜は国際交流協会のメンバーで歓迎会を催しました。市内のお蕎麦屋さんでにぎやかに歓迎会と一人の女性の誕生日を祝いました。その様子です。いきなり「両手に花」の写真です。全員勢ぞろいして記念に1枚!カメラマンが戻ってもう1枚!宴たけなわとなったところで、テーブルの上を片付けてみんなでハッピーバースデイの歌を歌って彼女の誕生日を祝いました。彼女が切り分けてくれたケーキを食べてにぎやかで楽しい誕生会を終え、午後8時過ぎにお開きになりました。帰る頃には雨が降り出していました。久しぶりにオーストラリア英語で笑い転げました。
2026.04.10
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毎週水曜日の午前中は友人のエステシャン宅へお邪魔します。先日も載せましたが、次世代の息子さんが庭の管理をされるので、友人はお任せにしているそうです。それでも春が来たので、門の外には昨年まで咲いていた水仙や紫蘭が花を咲かせていました。サツキもクリスマスローズもイチゴも花が咲いていました。トカゲも顔を出しました。午後になって里山公園へ孫ちゃんたちを連れて出かけ、桜やチューリップの写真を送ってくれました。私がエステ中に行きたいけれど、なかなか行けないのよと言ったのを覚えてくれていたようです。ありがたいですね。我が家の八重桜はほぼ満開です。こちらは愛知の娘家族のベランダで咲いた八重桜です。盆栽を買ってきたそうですが、前回訪れた時は丸い苔の塊だったので何の花かわからなかったんですが、花が咲いてやっと桜だとわかりました。これもきれいで素敵ですよね。春ですね~!先日出かけたトリオコンサートの新聞記事がありましたので紹介したいと思います。さて、今日からピッカピカの新1年生の給食のサポートに出かけます。朝ダンスレッスンを受けて、午前11時30分までに小学校へ出かけます。そして午後1時まで新1年生をサポートします。今週は今日と明日の2日間出かけます。サポートが終わると、教室で新1年生と一緒に給食を食べます。昨年度までは給食費を290円出してましたが、今年度は320円に値上がりしました。やはりここにも物価高が反映されていますね。4月いっぱい都合の良い日にサポートに出かけます。新1年生、かわいいですよ。夜はオーストラリアから日本へ昨日いらっしゃったカップル2組の接待で夕食に出かけます。国際交流協会の仲間と一緒です。ちょっと忙しい1日になりそうです。
2026.04.09
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4月5日に隣の市にある神社で開催された流鏑馬を紹介します。450年続いている無形文化財です。10代の姉と弟が馬に乗りながら弓を的に当てました。この日はお天気も良く大勢の見物人でにぎわいました。その様子を仲良しグループの友人達が観てきました。その時の写真と動画を編集しました。なかなか神社で馬が走る行事(流鏑馬)を見ることはできないのでいつまでもこの伝統行事を続けてほしいです。・・・さて、我が家の八重桜が満開になりました。主となる幹は苔が生えたので切り落としました。残っている枝に咲く八重桜です。相方は前日から何も食べずに胃がん検診に行きました。そこのクリニックはとても評判が良く、いつも患者さんで混雑しています。がん検診は予約していったのですが、30分遅れでやっとできたそうです。おかげさまで異常なしの結果が出て良かったです。胃癌の手術をしてから7年9か月がたちました。帰りは待ち合わせて昼食を食べてきました。心配事がなくなり、食事も美味しかったです。私はダンスレッスンからお店に直行しました。相方はヒレカツ定食を食べました。今までお肉は一切食べなかったんですが、最近は自分から進んでお肉を食べるようになりました。二人とも完食でした。
2026.04.08
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昨日4月6日(月)から春の交通安全運動が始まりました。私達、にじいろ会美濃加茂支部も参加しました。午前9時30分から開会の挨拶が始まりました。当市の交通安全協会会長の挨拶に続いて公務で忙しい市長の代わりに副市長が挨拶をされ、次に4月から新しく警察署長になられたS署長が挨拶をされました。参加者の皆さんです。その後、場所を国道の交差点に移して赤信号で止まった車や自転車に乗る人、歩行者に交通安全グッズを渡しながら、交通安全を訴えました。午前10時15分まで配布活動をしました。今まで警察が準備した交通安全グッズの他ににじいろ会のストラップを別に渡していましたが、前回の警察署と市役所の反省会の席でにじいろ会のストラップ配布活動が交通安全を考えると少々危険かもしれないとの意見が出たので交通安全啓発グッズの中ににじいろ会のストラップを表からよく見えるように一番上に入れてもらえるようになりました。それで袋ごと渡すことができました。今回協力して下さった方々です。集合場所で解散式があり、ご苦労様とペットボトルを1本頂きました。暑くて汗ばむほどのお天気でしたので近くの喫茶店で水分補給をしました。皆さん、ご苦労様でした。
2026.04.07
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昨日は近くの神社で流鏑馬があったり、郊外で知りあいが参加する祭りのお知らせを頂いたけれど、そこへは出かけずに1日ひたすら休養日にしました。金、土と2日間遠出をしたので。今日は午前9時30分からにじいろ会の支部の皆さんたちと春の交通安全運動に参加する予定です。先日蕾がたくさんついていた庭の八重桜がだいぶ花開いてきました。間もなく満開になることでしょう。仲良しグループの友人のお庭では石楠花(シャクナゲ)が満開になりました。赤い石楠花はまだ蕾ですが、間もなく咲き始めることでしょう。お花を眺めていると疲れが癒されますね。このところ気がかりなことがあります。時々こういうことがあるのですが、急にアクセス数が日ごろとは違う変化をするのです。何が起きているのかわかりませんが、気になります。以前、検索エンジンが働いているのではと聞いたことがありますが、どういう事なんでしょう。
2026.04.06
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推しのチェリストさんから過日案内を頂いたのでダンスレッスンが終わってから、そのまま岐阜のサラマンカホールまで相方の車で出かけました。その前に私は午前9時半から教室の先生のレッスンを受け、その後、東京の先生のレッスンを1時間受けて自宅へ戻る時間もなく岐阜へ直行しました。時間が早かったので近くで昼食を済ませました。ゆっくりと午後1時に会場へ到着。しばらく入り口で待ちました。サラマンカホールの入り口です。中のロビーです。会場のホールです。トリオコンサートは午後1時20分開場、午後2時開演でした。ベートーベン:チェロソナタ 第3番 イ長調 作品69ベートーベン:ヴァイオリン・ソナタ 第5番 ヘ長調 作品24「春」休憩をはさんで ベートーベン:ピアノ三重奏曲 第3番 ハ短調 作品1-3でした。↓ Facebookのお友達のOさんの写真を拝借しました。アンコール曲も含めて約1時間45分ほどの演奏会でした。私は午後4時に相方が車で迎えに来るので慌てて楽屋のチェリストさんを呼び出してプレゼントを渡し、記念に1枚写真を撮ってもらいました。ダンスから靴も履き替えずに来たので変な感じですが、仕方ないです。雨と風が吹き荒れる春の嵐の中、帰りました。
2026.04.05
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昨夕は車で名古屋まで出て、ストリングスホテルでディナーを頂いてきました。今まで訪れたことがないホテルだったので途中で道に迷って、到着するまでに時間がかかりました。名古屋駅の周辺を2周して、結局最初に到着した地点に戻ってきたのでした。ナビが目的地ですと案内をやめてしまったので、その後、ホテルがわからず通り過ぎてしまったようです。💦何とか到着してほっとしました。予約がしてあったので、席に案内してもらって早速ディナーが始まりました。窓から見えた景色です。ロゼのスパークリングワインで乾杯!私がボトルを1本お願いしたので、お給仕をしてくださった男性にグラスで数杯とボトルの残りを引き受けていただきました。相方は運転手なのでノンアルのシャンパンを。時間をかけてコース料理が運ばれてきました。時間とともにライトアップされて外の雰囲気も素敵になってきました。この頃には私もほろ酔い気分になりました。ディナーも終わり、外に出て記念撮影をしました。なんだか外国にいるような感じがしてきたので、記念に1枚撮ってもらって帰途につきました。帰りの車からは午後8時少し前でしたが、東の空から大きな月が上がってくるところでした。揺れる車の中から撮りました。昨夜のピンクムーンを思い出させるような大きな月でした。
2026.04.04
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