2004年04月15日
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慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において

アッサラーム アライクム

今日は第7章「スーラト=ル=’アーラフ(高壁章)」です。

第46節の
「ワ ’アラ=ル=’アーラフィ リジャールィー ヤ’ウリフーナ クッランー ビ=シィーマーフム
(高い壁の上には印によって、凡ての者を見分ける人びとがいて、)」
から章名になりました。「アル=アン’アム(家畜章)」と同時期のマッカの最後の年に啓示されたと言われます。

「アル=’アーラフ(高壁)」とは

「そこでかれらの間に壁が設けられる。そこに一つの門があるが、その内側には慈悲が、その外側には懲罰がある。」


とあるように楽園と獄火の間の仕切る壁でそこには門があります。「アル=’アラーフ」は「’ウルフ」の複数形で、「’ウルフ」とは当時のアラブでは、地面が盛り上がった全ての箇所のことを意味していました。

イブン・アッバースによるとフダイファが、「アル=’アーラフ」のことを尋ねられたときにこう答えたと言う。

「アル=’アーラフとは見分けられる人たちがしばらく留まるところである。その者たちは、善行と悪行の数がほぼ等しい者たちのことで、彼らの悪行が、楽園に入ることを妨げ、彼らの善行が獄火を防ぐ。アッラーが(彼らが楽園に行くか、獄火に行くかを)お決めになるまで、彼らはそこに閉じこめられる。」

その第157節のやや前半にある言葉です。

アッラディー ヤジドゥーナフー マクトゥーバン ’インダフム フィ=ッ=タウラーティ ワ=ル=インジール
(かれはかれらのもっている(啓典)律法と福音の中に、記され見い出される者である。)

「アッラーディー」は関係代名詞に相当し、先行詞は男性単数です。この場合は「文字を知らない預言者、使徒」つまりアッラーのみ使いムハンマド様(サッラッラーフ アライヒ ワ サッラム)のことです。

「ヤジドゥーナフ(彼らをそれ/彼を見つける)」
「ワジャダ(見つける)」の男性複数未完了形に男性単数非分離形代名詞「フ(それを/彼を)」がくっついたものです。
「それ」とは「彼の名前も特徴も」と考えられます。

「マクトゥーバン」は「カタバ(書く)」の受動分詞「カクトゥーブ(書かれたもの)」。語尾の母音が「アン」となっていますからこれもaccusative endingsの用法のひとつタミ-ズ(specification)だと思います。(ごめんなさい。日本語でどういうかわかりません。)「~の関しては、~のことでは」と訳せるでしょうか。


「’インダ」は前置詞でそれに男性複数非分離形代名詞「フム」がくっついたもの。

「フィー」は「~の中で」という前置詞。
「ア=ッ=タウラーティ」は「タウラー(律法の書・・・旧約聖書の最初の五書)」に定冠詞「アル」がついたものす。前置詞のあとなので、タウラー(トゥ)」の語尾の母音が「イ」になっています。「タウラー」については聖クル’アーンでは18回言及されています。

「アル=インジール」は「インジール(福音・福音の書・・・’イーサー(イエス)の与えられた啓示または「福音の書」のこと)「インジール」については聖クル’アーンでは12回登場します。

ムスリム(イスラーム信者)の聖典が「聖クル’アーン」とはよく知られていますが、先行啓典もアッラーから啓示されたものと考えていることはあまり知られていないのではないでしょうか。


ムーサー(モーゼ)に啓示された「タウラー(律法の書)」
ダーウード(ダビデ)に啓示された「ザブール(詩篇)」
’イーサー(イエス)に啓示された「インジール(福音の書)」
などの先行啓典を補完・確証するために下されたものが最後の啓典である「聖クル’アーン」なのです。

先行啓典では「タフリーフ(歪曲)」が行われたという概念があり、それゆえ、最後の啓典である聖クル’アーンが最も優れていると聖クル’アーンの中でアッラーご自身が仰せになっています。

「あなたがたが持っているもの(タウラー)の確証として、われが下した啓示(クルアーン)を信じなさい。」
(2:41)

「かれら(ユダヤ人)の中の一団は、アッラーの御言葉を聞き、それを理解した後で故意にそれを書き変える。」
(2:75)

「タウラー」「ザブール」は信じるが「インジール」「聖クル’アーン」は信じない者、また「タウラー」「ザブール」「インジール」は信じるが、「聖クル’アーン」は信じない者には

「啓典の一部分を信じて、一部分を拒否するのか。凡そあなたがたの中こんなことをする者の報いは、現世における屈辱でなくてなんであろう。また審判の日には、最も重い懲罰に処せられよう。アッラーはあなたがたの行うことを見逃されない。」
(2:85)  

とアッラーは仰せになっています。

また「タウラー」や「インジール」は最後の預言者であるムハンマド様(サッララーフ アライヒ ワ サッラム)の到来を明白に述べています。

「その言葉は、はなはだ美しく、彼はことごとく麗しい。エルサレムの娘たちよ、これが愛する者、これがわが友なのです。」
(雅歌5章16節)
のヘブライ語の発音は
「ヒッコ マミッタディム マハマディム ズフドゥディヴェゼム ラアイ ベヌテヤプス ハラム」
直訳すると
(彼の口は最も甘く、そう、彼はムハンマド。完全無欠に美しい。おお、エルサレムの娘よ、この人こそわたしの愛する者、わたしの友なのだ)
となるそうです。

しかし、故意にか故意でないのか不明ですが、訳される段階で彼の名前は消えてしまったそうです。

また福音書の中に述べられている「アフマド」という単語はまさにアラビア語のアフマド(「最も賞讃されるもの」という意味です。・・ムハンマド様《サッララーフ アライヒ ワ サッラム》の別名です。)
ただし、バルバナの福音書はキリスト教会ではムスリムの捏造だと言い、正式な福音書としては認めていません。
(一部「ISLAM OUR CHOICE」阿部優子さん訳から抜粋)

アッラーフ アアラム

「マルヤムの子’イーサーが、こう言った時を思い起せ。『イスラエルの子孫たちよ、本当にわたしは、あなたがたに(遣わされた)アッラーの使徒で、わたしより以前に、(下されている)律法を確証し、またわたしの後に来る使徒の吉報を与える。その名前は、アハマドである。』」
(61:6)


「啓典の民よ,あなたがたがわたしたちを非難するのは,只わたしたちがアッラーを信じ,またわたしたちに下されたもの(クルアーン),また以前に下されたもの(律法,福音)を信じるためであるのか,只あなたがたの多くがアッラーの掟に背く者たちであるためではないか。」
(5:59)

アッラーは全てご存知です。

「このクルアーンは,アッラー以外のものによって作られるようなものではない。それどころかこれは,それ以前にあったものの確証(の啓示)であり,万有の主からの,疑いの余地を残さない,啓典の解明である。」
(10:37)


アッラーのご加護と祝福がありますように
ワッサラーム





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最終更新日  2004年05月09日 00時39分29秒


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