2004年05月07日
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慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において

アッサラーム アライクム

今日は第64章(スーラト=ッ=タガーブン)です。

「ヤウマ=ッ=タガーブン」とは「審判の日」のことです。
不信仰者にとっては、「イスラーム」を拒否し「教え」に従わずに犯した悪行について、また信仰者にとっては「イフサーン」において、完全に成さなかったことについて問われる日です。

第9節

「ヤウマ ヤジュマ’ウクム リ=ヤウミ=ル=ジュム’イ ザーリカ ヤウム=ル=タガーブン
(かれがあなたがたを召集なされる集合の日は騙し合いの日である。)」

に出てくる語句が章名となりました。



その第11節です。

マー アサーバ ミンー ムスィーバティン イッラー ビ=イズニ=ッラー、
ワ マイー ユ・ミンー ビ=ッラーヒ ヤフディ カルバ(フ)
(どんな災厄も、アッラーの御許しなく起きることはない。
誰でもアッラーを信仰する者は、その心を導かれよう。)

「マー・・・イッラー~」で「~を除き・・・はない」という「~」部分を強調する手法です。

「アサーバ(起こる)」は「サーバ(的に当たる)」の第4型。
「ミン(~から)」は前置詞。
「ムスィーバティン(厄災)」は前置詞の後なので、語尾の母音がカスラタイン(「イ」と発音するカスラがふたつ)です。
「イッラー ビ=イズニ=ッ=ラー(アッラーのお許し以外)」の「ビ(~よって)」は前置詞です。「アディナ(許可する)」の名詞「イズン(許可)」が前置詞の後ろに来るので、語尾の母音がカスラ(「イ」と発音します)です。
「ビ=イズニ=ッラー(アッラーのお許しによって)」は「イン シャーア=ッラー(もしアッラーがお望みになれば)」と同様に未来のことを言及するときに、付け加える決まり文句です。


「マン(~は誰でも)」は条件文の始まりに使います。
後ろに「ユ・ミン ビ・・(~を信じる者は)」が来ますので、その「ヤー(Y)」の音に影響を受けて「マイー」と発音します。タジュウィード(聖クル’アーンの読誦ルール)でイドガーム(同化)と呼ばれます。
条件文なので、未完了形の動詞「ユ・ミン」はマジュズーム(Jussive)になりますので、語尾の最後の「ヌーン(N)」は子音です。
そのうしろに「ビ(よって)」という前置詞が来ますので、タジュウィードでは「イクラーブ」というルールで、「ユ・ミン」の最後のヌーン(N)はミーム(M)(紙一重で口をあける方法と完全にMの形で発音する2つの方法があります)で発音し、2拍伸ばします。
「ヤフディ(導く)」は「ハダー(導く)」の3人称男性単数未完了形でマジュズーム(Jussive)です。「ダー(d)」にカスラがついています。行為者は「アッラー」です。


この世に起こるさまざまな「厄災」も、アッラーの許可があってのこと。

「どうして私にこんな困難なことが、辛いことが起こるの!」
「いったい私がどんな悪いことしたって言うのかしら。」
「世の中、不公平じゃないの。」
「あ~ついていない。」
「むちゃくちゃ凹んじゃうなあ。」
「これじゃ神も仏もない!」

と考え、マイナス思考でメソメソして、自分の不幸を嘆いてしまう。

「自分の思い通りにならなければ面白くな~い。生きている現世でしか、その運・不運を勘定できない。」

アッラーは「お金」を入れれば「願いごと」をかなえてくれる「自動販売機」ではありません。

 たった一人のエキストラだけ見て、壮大な映画のストーリーはわかりません。
かといって、エキストラは全体にとっては、ほんの端役ではありますが、必要です。
 通暁なさっているアッラーしか、その壮大なストーリーはわからないのです。
 不満だらけのエキストラと、自分が壮大なドラマの一翼を担っていると考え、前向きに取り組むエキストラと比べると、その違いは、監督の目から見ても一目瞭然でしょう。

「アル=ハムド リ=ッ=ラー」
と感謝し、アッラーを信頼する者の心には導きがあり、その導きによって、ますますその者の心は輝くのではないでしょうか。

ムスリムのハディースにはこう書かれています。

アッラーのみ使い(サッラッラーフ アライヒ ワ サッラム)の妻ウンム・サラマーによると
み使い(サッラッラーフ アライヒ ワ サッラム)は次のように言われました。

 もし、アッラーの下僕の誰かが災難に会ったら
「インナー リ=ッ=ラーヒ ワ インナー イライヒ ラージ’ウーン、アッラーフンマ=アジュルニー フィー ムスィーバティー、ワ アフリフ リー ハイラン ミンハー
(まことに、私達はアッラーのもの、その御方の御許に私達は帰り行くものある。(2:106)おお、アッラーどうか私の災難に償いを、そして(失ったものの)代わりにより良き物をお与え下さい」
と祈願すれば、アッラーはその者の災難を償われ、(前のもの)より良きものをお与え下さるであろう。
 彼女(ウンム・サラマー)は、アブー・サラマーが亡くなった時、
「私はアッラーのみ使い(サッラッラーフ アライヒ ワ サッラム)が私にお命じになったように唱えました。そうしますとアッラーは、私に前の夫より立派なアッラーのみ使い(サッラッラーフ アライヒ ワ サッラム)を下されました」
と言いました。

ムスリムのハディースをもう一つ紹介します。

スハイブによると
アッラーのみ使い(サッラッラーフ アライヒ ワ サッラム)はこう言われました。

「信仰とは、まことに不思議なものである!なぜなら、信仰者の全てに祝福がみられるからである。それらは、実際、信仰者以外にはだれにもみられることではない。たとえば、なにか喜ばしいことがあって、アッラーに感謝すれば、そのことで良いことが生じ、また、困難があっても忍耐すれば、そのことで良いことが生ずるのである。」

アッラーのご加護と祝福がありますように
ワッサラーム





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最終更新日  2004年05月09日 00時30分36秒


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