2004年07月25日
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慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において

アッサラーム アライクム

第53章(スーラト=ン=ナジュム)は既出です。

その第32節です。

ワ イズ アンートゥム アジンーナトゥンー フィ ブトゥーニ ウンーマハーティクム
ファラー トゥザックーーー アンーフシクム
フワ ア’アラム ビ=マニ=ッ=タカー

あなたがたが母の胎内に潜んでいた時のあなたがたに就いて、最もよく知っておられる。だから、あなたがたは自分で清浄ぶってはならない。かれは主を畏れる者を最もよく知っておられる。

「ワ(そして)」は接続詞

「アントゥム(あなたがたは)」は主格の二人称複数人称代名詞です。タジュウィードでは「アンーートゥム」と「ン」と「ト」の間を2拍伸ばします。イフファーと呼ばれるルールです。
「アジンナトゥン(胚子、胎児)」は「ジャニーン(胚子・胎児)」の複数形です。語根は「ジャンナ(隠す、覆う)」です。「アジンーーナトゥン」とヌーン(N)のシャッダ(ダブル)の間はタジュウィードのルールにより、2拍伸ばして読誦します。また語尾がヌーン(N)のスクーンで終わり、次に「ファー(F)」が来ますので、タジュウィードではイフファーのルールで2拍伸ばします。
「フィー(~の中に)」は前置詞です。
「ブトゥーニ(子宮)」は「バトゥン(子宮・お腹)」の複数形です。語根は「バタナ(隠されている)」です。前置詞の後なので語尾がカスラ(母音を「イ」を発音します)です。
「ウンマハーティクム(あなたがたの母親)」は「ウンム(母)」の複数形「ウンマハー(トゥン)」が前置詞の後ろなので「ウンマハーティ」と語尾がカスラになり、その後ろに属格の二人称複数非分離形人称代名詞「クム」がくっついています。ミーン(M)のシャッダ(ダブル)なので、タジュウィードでは「ウンーーマハーティクム」と「ン」と「マ」の間は2拍伸ばします。
「ファラー(だから~してはいけない)」は接続詞の「ファ」と禁止を表す「ラー」がくっついたものです。
「トゥザックー(清浄ぶる)」は「ザカー(心が清浄である、増える)の第2型「ザッカー(清浄化する、成長する)」の二人称男性複数未完了形が禁止の「ラー」(マジュズームのコントローラー)があるので、「ヌーン(N)」はなくなって、語尾がアリフ(A)になっていますが、これは実際は発音しません。
「アンフサクム(あなたがた自身を)」は「ナフス(ン)(自身、魂)」の複数形が目的格(与格)なので、「アンフサ」と語尾がファトハ(「ア」と発音します)になり、属格の二人称複数非分離形人称代名詞 「クム」がくっついたものです。
「アンーーフサクム」と「ン」と「フ」の間はタジュウィードのイフファーと呼ばれるルールで2拍伸ばします。
「フワ(彼は)」は主格の三人称男性単数の人称代名詞です。
「ア’アラム ビ(~を知っている)」が「’アリマ(知る)」を語根とする派生語「’アリーム(知っている)」の比較級・最上級「より知っている、一番知っている」です。

は何かを尋ねられた時に、自分の知っている範囲内で質問者に答えます(アドバイスを求められたら、できるだけ応えることはムスリムの義務です)が、人間の知識には限界があり、真理をご存知なのはアッラーのみです。また思い間違いや聞き間違ったりして、自分自身の中で未消化なものもあるでしょう。間違った知識を持っているのも拙いですが、その間違ったものを他の人に伝えてしまい、それを聞いた人がその間違った知識や情報を他の人に伝えてしまうかもしれません。それらの行為は全て、発信源である回答者自身が最後の審判の日に罪として問われます。アスタグフィルッラー
ですので、必ず
「アッラーフ ア’アラム’(アッラーが一番ご存知です)」
と言いましょう。万一、仮に与えた情報が間違っていてもそれで回答者が、最後の日にアッラーからその罪を問われることにはならないであろうと言われています。
アッラーフ ア’アラム

「マン」と語尾がヌーン(N)スクーン(子音)で終わり、「イッタカー」も「イ」が発音されないと「ター(T)」のスクーンで始まります。アラビア語ではこのようにスクーンが続く場合は音調のためにカスラ(「イ」と発音します)をつけてスクーンが続かないようにします。そのため「マン」が「マニ」となります。

アル=ブハーリーのハディースにはこう書かれています。

イムラーン・ビン・フサインによると預言者(サッラッラーフ アライヒ ワ サッラム)はこう言われた。
「ハヤー<慎み>は善いこと以外は齎さない。」

自分が犯した罪さえも、「慎み」ゆえに公表すべきではありません。
ムスリムによっては偽悪的に「わたし実は~はしてなくて・・・」とか「私は~はいけないって知っているけど、つい・・」とか言う者がいますが、そういう者は、アッラーからの赦しの機会を自ら逸していることになるのです。

アスタグフィルッラー

アブー・フライラは伝えている。
アッラーのみ使い(サッラッラーフ アライヒ ワ サッラム)は言われました。
「私のウンマの者は全て、犯した罪を許されるが、しかし、それを公表した者らは除かれる。
アッラーがお隠しになっていたにも関らず、夜行ったことを朝になって人々にしかじかのことを昨日行ったと、公表するしもべであり、また昼間行ったことを夜になってから人々に、アッラーがお隠しになっていたにも関らず、公表するしもべである。」

しかし、自分の罪を言わず、よいことを話すように努めているとつい自分がしていないことも相手に勧めてしまう、「いい子ぶってしまう」ということがおこりがちです。

「信仰する者よ、あなたがたが行わないことを口にするのは、アッラーが最も憎まれるところである。あなたがたはどうして(自ら)行わないことを口にするのか。」(61:2&3)

偽悪的に自分のことを披露するのは、アッラーの赦しの機会を失ってしまうことになり、自分がしないことを口にするのは今度は偽善者的な行為になってしまうのです。

ムスリムのハディースにこう書かれています。

シャキークは伝えています。
ウサーマ・ビン・ザイドは次のように語った。(中略)
かつて次のようにアッラーのみ使い(サッララーフ アライヒ ワ サッラム)が言われたことを想い出します。
即ち『復活の日、或る男が連れ出されて業火の中におとされる。そして自らの腸をひきずりながら、丁度、驢馬が、石臼のまわりをまわるように、地獄をまわることになる。その時、地獄の住民たちが彼の傍に集まり、”某よ、どうしたのか。お前は私たちに善を行なえと命じ、悪を禁じたのではなかったか”というと、その男は”その通りです。私は人々をいつも善を行うよう命じたが、私自身ではそれを行わなかったのです。人々には悪を禁じたが、私自身がそれを行ったのです”と答えることだろう』と」

人を指導する立場の者、人の上に立つ者は、人より知識のある者、人より豊かな者、優秀な子供を持っている者など、人が羨ましいと思う物や人より優れた物を持っている者ほど、身を正し、口を慎み、ひっそりと善行をし、できればそれを地道に続けなければならないのです。

「背伸び」することは時として、それがきっかけで始められるという点では評価できますが、その時だけ「いい子のふり」をしないよう、常にアッラーを畏れたいものです。

アスタグフィルッラーフ=ル=’アジーム
インナフ ラー ヤグフィル=ッ=ズヌーバ イッラー アンタ
(本当にアッラー以外に罪を赦される御方はいません)

アッラーのご加護と祝福がありますように
ワッサラーム





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最終更新日  2004年07月25日 18時54分51秒


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