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2月末から体調を崩し気味だった娘。3月になっても三寒四温が続く頃は微熱が出たり喘息の発作が断続的に出たりが続きました。3月末に時期外れのインフルエンザを発症してこれが最後かと思ったら、そのまま容態が悪化。血液の炎症反応が異常に高いとのことで大きな病院へ行って再検査、即入院となりました。抗生物質を点滴で入れても熱は下がらず体中が痛いと泣き続ける娘の耳の下は腫れっぱなし。おたふくで炎症反応はこんなに上がらないし腫れ方も少し違うと検査が再度行われようやく川崎病と診断されました。川崎病には特有の症状がいくつかあります。目の充血や体の発疹、手足が腫れたり、手のひらや足の裏が赤くなったり。喉の粘膜の炎症、イチゴ舌の症状。首の下のリンパ節炎等が典型症状だそうですが娘はそれら症状が余り認められず唯一顕著に出たのが高熱とリンパ節炎でした。川崎病を一言で説明すると全身血管の炎症を起こす病気。発症原因は未だに不明、乳幼児の発症が多いそうです。最も怖いのが、炎症を起こした血管に瘤が残って血液の流れを止めてしまうという症状だそうです。特に心臓へ酸素や栄養を送る冠状動脈にその後遺症が残ると血流を塞いで心筋梗塞を起こしてしまうのが最悪のケース。その為に血液をサラサラにする薬の服用を続けるエコー検査等で冠動脈瘤の有無をチェックするが必要になってくるので、検査はこの先2年続くようです。治らない病気ではないけれども後遺症やその場所によっては命にも関わるというのですから必要以上に怖がる必要は無くても用心しなければなりません。2週間の入院生活を送り、先日退院しました。4月半ばに行われる最初の検査で問題がなければその後は保育園にも普通に通えるようになるみたいです。付添いが出来ない病院だったので通い続けた疲れと娘が無事戻ってきた安心とで、今は何もする気がせず溜まった疲れを少しずつ解消しているところです。本当に娘帰宅翌日は、体中が筋肉痛を起こして歩くのも辛いという情けない状況。年を取ると筋肉痛は遅れて来ると言いますが気が張っていた為に、筋肉痛にも気が付きませんでした。しばらくは娘の自宅療養も続くので、またブログは休みますが楽天ブログのコメントやトラックバックの性質の悪さや広告が次々にリンクされる状況に少々うんざりしているので閉鎖や移転も一緒に考えようかと思っています。今年から主人も「藤原屋台村」という屋号を正式に申請したので改めてHPの仕切りなおしもいいかもしれません。まだ落ち着いて考える余裕が無いので、結論を急がずゆっくり検討しようと思います。ようやく春本番。大変だったけれど色々と考える良い機会を与えられました。皆様も良い春を迎えられるよう、心からお祈り申し上げます。
Apr 4, 2009
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全く知らなかった「おくりびと」がアカデミー受賞。映画の内容も新聞やニュースで見聞きした程度くらい。「納棺士の所作は現代の侍、武士道として映るのではないか」という外国人の評価が興味深かった。悲しいことに対処する時、感情を排して淡々と行うのはある意味有効な手段だと思うし、だけどその中にせめてもの心配りとして「丁寧な所作」はありがたいことだと思う。日本人というのは、そういう形式美を作ることに関して長けている国民なのかもしれない。でも時代なのか、別れの時間が短く感じた。繰上げ法要もそうだし、会場の都合で切り上げるといった感が少々やり切れなかった。もちろん長居したい場所ではないけれども。そしてこの気持ちは、自分の思い入れの違いかもしれない。人が死ぬ時に出てくる煩わしい諸手続きも沢山ある。知識として知ってはいたけれど、そういう所の大半は企業がソツなくこなしてくれて、結局一番大変なのは戒名とかお布施とかの俗な話しになるのか。人を送ったことのある人達が交わす言葉の中には悲しみの場所にふさわしくないものも多々ある。でも、これが現実。遺族はいずれ日常に戻るからその時に陰でとやかく言われない様に目に見える形で対処していかなくてはならない。実際問題、大往生してくれるお婆ちゃんというのはそれだけで有難い存在というのも事実。病み上手の死に下手となった老人を支えるのは大変な労力が必要だというのも頭では分かってる。分かっているのだけれど。まだ色々と引きずっている。おくりびと中で話題になっている美しい所作を今は見たくない。
Feb 27, 2009
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悲しいとか、辛いとか。そういう物も手を繋いで一気にやって来る時期というのがあるんでしょうかね。棘みたいな鋭くて触れたくない物に掴まってしまって心が疼くような時に、自分の中がそれと相反するもので満たされていたら、もっと早く中和するものでしょうか。大体、その相反するものというのが一体、どういうものなのかが分かりませんが。案外自分はしたたかで、自分が思っている以上に色々な事を乗り越えられる底力があるんだなと過去に何度も思っては来ましたし、自分を下支えする自信にもなってはいるのですがやっぱり悲しいことをポジティブに考えるなんて不自然な事だし、今の私には難しいです。悲しいので、無理はしないんですよ。悲しいからショウガナイと自分に言い聞かせながら旦那と娘の温かい手に慰めてもらうんです。家族ってありがたい。
Feb 23, 2009
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先日、不幸がありました。人の死というのが突然に来るとは分かっているし老いた人がいつか死ぬというのは当たり前なんですがそれでも変わらぬ時間が過ぎるという錯覚を抱いているようで訃報が舞い込むと、驚きと虚脱、そして後悔の念が湧き上がります。生前、直接の孫ではない私の事をとても気にかけてくれました。「自分の孫がもう1人いると思えば」そう言って随分と可愛がってもらいました。でも娘を出産後しばらくして近しい人達を識別出来なくなったと聞き、そのままです。折々に喜んでもらえそうな物を送ってはいたのですが誰からなのか分からなかったかもしれません。会いにいかない分、喜んでもらえそうだと思えることは極力してきたつもりですが、それが相手やその家族にどう思われていたのかは分かりません。告別式にも行けなかったので、弔電と一緒に花束を送りました。故人が少しでも寂しくないようにという心配りのつもりですが色々選んでいるうちに、参列出来ない後ろめたさを隠すようで何とも言えない、嫌な気持ちで一杯になりました。残された人が最後に出来ることは、相手を想う気持ちをもっと言葉や行動で、直接伝えられなかったのかと後悔することだけなのかもしれません。「今日が人生最期の一日」そういう気概で毎日を生きることが出来ていたとしてもやはり私は近しい人がいなくなる度に「もっと出来なかったか」と故人の冥福を祈りつつ、後悔することでしょう。こんな風にしか接することの出来なかった自分に沢山の愛情をかけてくれたおばあちゃんへ心からの感謝を。
Feb 22, 2009
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親を見て子は育つというのか、蛙の子は蛙というのか。娘がいつの間にか自分の書いた絵に簡単なセリフを書き込んで漫画の様な落書きをするようになりました。それが長じて「絵本を作るの」と言って何枚かの作品をベタベタとセロハンテープで製本して完成。成長記録を自分で作ってくれるのが有難いw自分で書けない文字もまだ沢山あるので、「お母さんが書いて」と助けを求められる事がありますがそういう時には大抵、長い文章を書きとめるように依頼されます。なので本当に小さな物語が綴られることになります。こうなると作品集というよりも、一冊の絵本。出来上がると一緒に読み直せるなと楽しみでした。親子共同作業での制作活動は、大抵文章が先。しかも文章に挿入される絵が気に入らないとリテイク。なのでこれまでなかなか完成しなかったのですがようやくまとまった作品。「むかしむかし、うさぎさんがすんでいました。 うさぎさんのところに、むしさんがきて うさぎをたべようとします。 そこにネコの仮面ライダーがやってきました。 うさぎさんもミルキーローズにへんしんして わるいかいじゅうをやっつけました。 そしてセイスモサウルスとアンキロサウルスといっしょに なかよくあそびました」見開きページもあり、表紙・裏表紙と本文で中々の出来栄えw完成作品を毎晩布団に持っていて、脚色しつつ読んでいる娘に将来、この絵本を見てどんな感想を持つのかと笑ってしまいます。うさぎを食べてしまう虫って・・・。しかも助けに来てくれたはずの仮面ライダーと一緒にどこからか出てきた悪い怪獣を倒すというのも唐突で娘には悪いのですが、書いている時、小さく吹き出しました。でも本人は好きなモノが集合する自作の本に大満足の様子。ただ父親には恥ずかしがって作品を見せようとしない娘。もう疎外され始めて、ちょっと可愛そうな旦那。その辺も娘なりに何かありそうで、面白いところです。ところで、ずっと不思議だった「ネコの仮面ライダー」うさぎのミルキーローズだからネコにしたのかと思っていたら最近始まった仮面ライダーアギトというライダーのデザインが鬼の様に尖った角があるとか。それを見立ててネコらしい。なるほどね、と妙に納得。ミルキーローズは園でも役の取り合いになっていた人気キャラ。先日終了したプリキュア5の中に出ていたのですがもう新シリーズに気持ちは移ってしまっているので近々改訂版が作られそうな気配を見せています。ちなみにセイスモサウルスとアンキロサウルスは娘が旦那と一緒にやっている「どうぶつの森」の中に出てくる恐竜の化石から覚えてからお気に入りの仲間。娘の作品を見て思うのは、本当に子供ってスゴイということ。いつでも大好きなものを沢山持って、それを離さない。自分が好きという事に迷いなく突き進んでいくという姿は大人が「どっちがいいか」とか「どうしよう」と考えるのに比べて何て力強いのかと羨ましくなるし、見ていてこっちも楽しい。娘に負けず、好きなモノを増やしていく予定。生活とか景気とかね、そういうツマラナイ話しに関心を向けないでいつでも大好きなことを、自分の周りに沢山置きましょう。小さな作家さんの教え。
Feb 17, 2009
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先週末は初夏の様な気温だったのに、今日はまた寒くなりこういう気温差は身体にガクンとダメージが入ります。自分は血行が悪くて冷え性だったと思い込んでいたのですが三寒四温の時期は、急激に暖かくなった時の方がキツくて何をするにも「ぃ、よいしょぉっ!」と掛け声が必要。逆に少し気温が低くなった今日の方が家事ははかどります。不思議、不思議。冬に溜まった毒素を排出するために春先はアクの強い食べ物が多いといいますが身体の毒が出ないうちに暖かくなっても、自分が思う様に動いてくれないものなのかもしれません。やっぱり自然のリズムという大きな流れがあるのでしょうか。今朝はそんな訳で、お茶だけ飲んでボンヤリ過ごしました。こういう体が重い時こそ、軽い運動が良いと言われてもその運動をするのが億劫なので、今日はあちこちマッサージ。どこを押しても痛いので軽く摩るだけでも十分。肩と耳、目の周りをゆっくり押して、足や手のひらなんかを時々痛いところを意識しながら、あとは何かをしながら適当に押し続けて、今になって体がほぐれました。と言うのも、頭がスッキリした様に感じるからwブログを何回か開いても文字を追う気になれずずっと放置していたのに、この時間になって日記に向かえました。体と頭はというのか、末端神経は繋がっているんですねぇ・・・確定申告や、娘進級の為に必要な書類準備で事務的な仕事が増えてますます末端神経に刺激を与えなくてはいけなくなってます。慣れない作業、特に数字関係は苦手なのでミスをしない様にと準備も長くなっています。特に箱一杯になった領収書のチェックは混乱を防ぐためにも、娘のいない時間に済ませたいので今日充電した分だけ、明日ははかどるかなぁ、と淡い期待。さて、娘のお迎え時間になりました。随分と日が延びたので、ついつい遅くなりがちです。娘の機嫌を損ねないよう、ちゃちゃっと行って参ります!
Feb 16, 2009
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取組んでいるピアノ教本はタウンページを少し薄くした位の厚さ。難易度も掲載順に上がるわけではないので最初から順番にやらずパラパラと探して、聞き覚えのある短めの曲を選んで練習。不思議なことに題名はすごく有名なのに全く知らない曲があるかと思えば逆に曲だけ知っていて「これって、こんなタイトルなの?」とビックリしたり。先日から練習を始めた表題の曲「マックザナイフ」は、まさに後者。私の適当な感覚では映画「スティング」のテーマミュージックになった「ジ・エンターテイナー」に似ている、明るく弾んだコミカルな感じ。散歩のときに口笛吹きつつと言った趣だったのですが初めて見たタイトルから不穏な空気が。曲をネットで検索。 When the shark bites with his teeth, dear Scarlet billows start to spread Fancy gloves, though, wears Macheath, dear So there's not a trace of red On the sidewalk Sunday morning Lies a body oozing life Someone's sneaking 'round the corner Is the someone Mack the Knife?えぇ~?何、この歌詞は?!切り裂きジャック??マックヒースはしゃれた手袋で血の跡を残さないとか日曜の朝に血だらけの死体が横たわっている状況をこんなに楽しげに歌われても困るのですが;しかも邦題「ドスのマック」と言うのにも、少し閉口。更にこの曲はテネシー州が州歌としているというけれど老若男女がこの詩で歌っているのかとしばし考え込む。でも初めてボビー・ダーリンやルイ・アームストロングの演奏を聴いて(歌詞を抜きにすれば)やっぱり軽快で口ずさみたくなる曲というのは変わらない感想です。画像の中でも演奏に聴き入ってる観衆達が自分でも気づかないうちに身体が動いてしまっているという風で恐るべし、スウィングの威力です。分からない事を質問すると丁寧に答えて下さる先生も楽譜通りに弾くよりも「まず楽しんで気持ちよく」と繰り返しますがこういう雰囲気を言いたかったのかと納得。まだ正確に弾くことが一番なので、肩の力が入りっぱなしですがこうして音楽に触れる機会が増えたのは楽しいことです。歌うように弾けたらもっと楽しいだろうなぁ、とウットリ。これを機に、有名タイトルが収録されたCDを購入しようと早速思いつく。今日は天気予報に反して良い天気なので、娘と散歩がてらの買い物を計画。途中で本屋とCD店へ寄り道をして、お土産のお茶菓子を沢山買ってと予定は盛り沢山。今日も楽しい1日になりそうです。みなさまも良い週末をお過ごしくださいね♪
Feb 14, 2009
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いつの事だか分かりませんが、昔の私がノートの隅っこにティーポットも温めないで紅茶なんか入れるな!と走り書きを残していました。しかも、かなりご立腹なご様子。恐らく手土産で持っていった紅茶を雑に入れられたとかその程度の事だったとは思うのですが言っている内容に関しては、今でも賛同します。安い・高級に関わらず、紅茶を入れる時には熱湯で使う茶器は必ず温めるのが私の中で絶対の決め事です。美味しい紅茶の入れ方は、人によって色々と違います。お湯の温度ひとつにしても、沸騰直前と言う人もいますし沸騰して10円玉程度の泡が立つまでと言う人も。使うお湯だけとっても、約95度から100度の幅がある訳ですが最低限必要な95度のお湯が冷たいポットに注がれたら紅茶を美味しくする為のお湯の温度が下がってしまいます。更にその紅茶が冷たいままのカップに注がれると猫舌専用のお茶が出来上がり。飲みたくありませんw随分前にテレビで見た特集ですので、名前も忘れましたが個人旅館がお客様にお茶を出すとき茶器だけでなくお客様がお使いになるティーカップまでドボン!と大きな鍋の湯にくぐらせてから使っていました。「中だけ温めても持ち手が冷たいと台無しになるから。 お茶を持つ手にも温かさを味わって欲しい」という言葉を聞いて「何て素晴らしいおもてなしなんだろう!」と見入ってしまったのを今でも鮮明に思い出します。人に出すときでも、自分だけで飲むときでも「味わう」ということは大切にしなくちゃダメだわと痛感して自分の出来る範囲で丁寧なお茶を心掛けるようになりました。紅茶で好きな銘柄はありますが、それに固執したりはしません。安売りティーパックをドカっと買ってがぶ飲みする事もしょっちゅう。でもそんなティーパックでも、カップを予め温めてあげてきちんとお湯を沸かして入れたら、フタをして蒸らしてあげる。そういう手間で「安物は不味い」という状況は激減。「手抜きをしないで、きちんと入れている」という自負が美味しいと感じさせるのかもしれませんが、言い切った者の勝ちです。試してみて下さい。家事の要領は悪いので、自信があるのは本当にこの1つだけ。しかも自信のあるお茶を出せるのは、ほとんど旦那のみ。でも「tea for two」をいつでも丁寧に、愛情込めてます!と胸を張って言い切れるのは、ささやかな自分の誇り。
Feb 13, 2009
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ブログを過去に遡って更新できるのを、たった今、知りました。「日記を書く」は自動的に今日の日付なんですね;文字の薄いところもクリックすれば投稿しちゃうのかといつもカレンダーの数字に気をつけてクリックしていた自分は一体・・・それにしても過去に日記をアップ出来る機能ってどんなときに必要なんでしょう?それとも私のブログだけバグ発生しているとか??んん~??ブログ、侮りがたし!カルチャーショックで落書き追加。お陰様で、12日は密度の濃い日記になりましたわ。ふん、ふふーん♪
Feb 12, 2009
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試し書き。成功するか?
Feb 12, 2009
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私は手帳にその日の出来事を書いています。予め記入されていた予定の横に簡単な感想を書いて終了。ブログからは恐らく考えられないくらいの短さ。ほぼ箇条書きです。でも日記別形態のブログ密度は少しでも濃くというのが課題。人に見てもらえる様に公開しているのですから偶然立ち寄って読んでくれた人がちょっとでも共感してくれる様に伝えたいことを丁寧に書きたいと思っています。文章を書く時間も「今日は何時まで」と決める。娘起床前の朝に更新する様になったのが一番の理由ですがダラダラと取組んでいると内容が絞り切れず全く文章が進まないこともしばしばだったので時間制限は自分には効果覿面でした。モットーは「勢い良く・潔く更新」です。密度を上げることと、時間を守ること。この2つを守ろうとすると、空いた時間にネタ探しをしてブログを開く時には大体の流れを考えておかないと更新作業がスムーズに出来ません。その上、ブログの為にネタを書き留めておくことや下書き準備をする事はほとんどしないので、完全に脳内作業。すっごく、スッゴク!頭を使います。勿論、好きなジャンルを続けているので使う脳の回路はかなり限定されているとは思いますが明日は何を書こうか、どういう風に書こうかと意識するだけで日常の中で「自分の見方」や「感じ方」を意識することになります。ネタを探して物を見ようとすると、一生懸命になります。更に漫然と好きだなと思ったことを、文章にして説明しようとするとどうして好きと思っているのか、どういう風に好きなのかを自分がまずきちんと分かっていないといけないのですからそこで更に意識化の作業がなされていく。ボケェっとして過ごしていた時間を少し意識化するだけで脳の運動量は飛躍的にアップしていると思ってます。鬱が治ってきて、それでも時々、体調の変化に伴って自分の気持ちも不安定になることが、まだあるので季節の変わり目、特に春に向かう季節の変わり目は年間を通して、一番病気にはシンドイ時期。好転する為の揺り返しと今では思っているのですが何しろ「無理せず」「油断せず」です。そういう時期も「何を」「どう感じている」か意識出来るのは、自分の強みになっていることを実感。特にマイナス感情は少し疲れると反射的に浮かんでくるので感情に浸ってしまうと泥沼。それを回避するのに役立っています。まぁ、そんな効果があろうとなかろうと創作活動にいそしむ作家気分というのは、単純にステキですよねwしかもあちこち覗けば、プロの仕事と思えるようなブログも沢山あってそういう素晴らしい刺激も沢山。ブログって楽しいです。
Feb 12, 2009
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早起きは心身に良いと言われながら、ずっと夜型だった自分。起きる時間から逆算しての睡眠は、絶対に起きなければいけないギリギリの時間なので、その後の予定も全て分刻みで余裕は全然無し。一つやり忘れが見つかると大騒ぎになるので夜寝る前に必ず手帳を開き翌日にやる事を全て書き出して、更にやる順序も決めていました。朝はそれを遂行。それでも「あっ!」という事はしばしば。でも娘と一緒に寝て5時前に起床する様になってから朝のバタバタはかなり減りました。考えてみれば、前日にいくら予定を書き出してみてもイレギュラーな出来事って、朝の短時間で起きてくる訳ですし時間に余裕を持たせた方が対処は楽に決まってます。それと早起きすると必然夜眠くなるのですが、それで分かった事は自分にベストな睡眠時間が7時間ということ。我ながら長いとビックリ。正確に言えば3時間半が睡眠の1サイクルらしいのです。逆に言えば3時間半で起きれば、頭がスッキリと目覚める。でもやりたい事がなければ健康を考えて7時間寝る。身体の疲れが取れてスッキリ1日を始められる方がいいから。単純な秤にかけてシンプルに考えています。私は欲張りです。「早起きは三文の得」と言われても三文を得られる保証が無ければ絶対に早起きしない人間ですw「朝型生活がいい」と言われて素直にそうですか?と実行出来ない。しかも朝型の良いところを自分で気づいて実感出来なかったならずっと夜型のままで何が悪いの?と言っていたと思います。でも実際、利の感じられない早起きは意味が無いです。先に三文になるモノが見えてこなければこんな時期の早起きなんて寒いし辛いですよ。ちなみに私の三文は1人でお茶を飲みながらの読書とここのブログ更新をするまとまった時間です。私は家事もしないで寝てしまった翌朝の体調がすごく良かったことその夜もすぐ眠くなったので娘と一緒に寝て、翌朝に又、残った家事。このループが偶然にも上手くいきました。特にうちの子。寝るまでは長いけれど、起床時間前の熟睡ぶりは半端じゃありません。地震が来たら逃げ遅れるタイプです。そういうのも朝への移行にメリットを多く感じられたんでしょう。この点はツイていたところです。朝型生活を推奨する声も多いし、そういう書籍も数多あります。でもバリバリ夜型生活の人が、何となく朝型の方がいい程度の理由で朝型生活へ移行しようとしても、恐らく無理じゃないかと思います。それと1日にやる事を完璧にしないとスッキリしないという几帳面な人も生活ペースを1から立て直すのは大変な作業になるかもしれません。だから試しに「朝出来ることはやらずに、少し早く寝てみるか」で起きた時に、いつもより少しでも疲れが取れたみたい?とか夜にやるよりも朝にやる方が効率が良いかもとか自分の三文を見つけてからだと、移しやすい。特に育児中の主婦は、成功しやすいのではと思います。最近、早起きになった理由や成功法を聞かれるのでちょっとここでも書いてみました。参考程度にどうぞ。
Feb 11, 2009
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朝起きた時に、久しぶりに身体が重い。目をすっきり覚ます為に布団の中でする動作をしても身体と頭が起動しないので、じーっとして原因を探る。喉が少し渇いた様なカサカサとした違和感。鼻も詰まり気味かな?という微妙な風邪の兆候。旦那実家はずっとエアコンが効いていたし車内も暖房をかけていたからちょっと来たかしら。なので今朝は起き抜けにジンジャーティーを作って飲みました。紅茶におろし生姜通常の倍量と蜂蜜を入れただけのものですが生姜を丸ごと冷凍庫にいれたのをゴリゴリとおろすので生よりも繊維が少なくて、風味も丸い感じです。だからこんなに入れるの?というくらいに生姜を投入。でも侮るなかれ、少々の風邪だとこれを1日に数回飲めば私は風邪がひどくならずに済んじゃいます。付き合わせてる旦那も、今年は風邪知らず。娘はまだ飲めないのでレモネードを多めに飲ませてやっぱり風邪にはなっていません。すぐ近所にある小学校ではインフルエンザが猛威をふるっていて学級閉鎖がもう10クラスくらいあるとか。そんな中で少々風邪をひいたからと病院になんぞ行ったら逆に重い病気をうつされて帰ってくるという思い込みがあるので健康維持の為に、絶対病院へは行かないwあと我が家の大きな特徴。石油ストーブを主に使ってます。アラジンという有名なストーブ。あれは石油ストーブ独特の匂いが少ないし、見た目もお洒落。青い炎が輪を作って燃える様子はいつ見てもいいです。上に置いたやかんの水が沸いて、蒸気が立ち込めるし時々お布巾の煮沸消毒をアロマオイルを垂らしてすると香りが広まってとエアコンでは得がたいおまけ効果がいくつも。娘が小さい頃には危ないかと気を使っていましたが最近ではエアコンを取り合えずと思って起動させると「ストーブを点けて!」と言われるくらいです。子供なりにエアコンの乾燥や暖かさの質の違いが分かる様です。でも一番効く風邪撃退法というのは「自分はこれをしていれば風邪にならない!」っていう強い思い込みなんですよねw1つ持っていれば安心、2つあれば心強いし3つもあれば無敵!ってモンです。そういうものを増やしていくのも楽しいものです。さて。身体も温まったし、部屋も暖まりました。今日は待ちに待ってた資源ゴミ回収日。溜まっていたダンボールや紙ゴミを、ようやく捨てることが!ゴミ置き場への往復を何回することかw今までの記録は7往復でした。記録更新?ドキドキ・・・みなさんも良い1日を!
Feb 10, 2009
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ちょっと尻込みしているし、本当は失敗しそうで怖いんだけど思い切ってやってみるぜ!ってのは自分だけの時は刺激的で結果楽しいになるんだけど、家族を巻きこむ事はやっぱりすごく肩の力が入って、終わった後はただただ脱力。そんな高速デビュー。そもそもパグ2匹がいる我が家だと家族全員で荷物を持って電車での帰省は限界が。ここ数年は日帰りか、私か旦那のどちらかが留守番。車も買ったことだし、ここは一つ家族揃っての帰省をするか。一般道でチンタラ行くと時間がかかるから高速使って。決意表明をした途端、周囲からは様々な声が。もう少し慣れてからの方がいいんじゃないと言われたり高速講習もやっているんだから早く乗っちゃえと言われたり。とても緊張するよぉ、と脅されたかと思えば歩行者もいないし信号も無いから楽チンだよと笑われたり。そういう声を聞くたびに、揺れ動く我が心。結果、一家全員死亡の大惨事も無し。1泊2日の帰省から、我が家にも無事帰還。感想。運転技術はともかくとして、運転好きな自分はどちらかと言えば「高速は楽だ」というタイプでした。関越自動車道は運転しやすい道路だということもあるし車も少ない時間帯だったことも勿論ありますが。でも合流する時と合流される時。すごく緊張しました。一番怖かったのは、高速に入るときに私の後ろを走っていた車が私の左側から自車を抜かして、前をすり抜けて行った時。ぶつけられる!?とスピード上げていいのか落としていいのか初っ端に真っ白になりました。なにわナンバー、恐るべし。そして合流して周囲の車に合わせて走ろうとすると100キロは平気で出ているのにビックリ。おっかなびっくりの運転も半分を過ぎた頃には「100キロを超えてる」と旦那に言われるくらいに。全てにおいて慣れるという感覚は怖いものだと実感。しばらくは横に誰かがいないと、1人では危ないという事も。そして今回学んだ一番のこと。やる事を決めて緊張している時は、人の意見を余り聞かない方がいい。初めての事は自分で体験しないと、どの意見に当てはまるか分からないしその判断のしようもないから、聞けば聞くほど迷うだけと分かった。善意の声として聞き流す程度が吉。でも無事で良かったと言うのが本音ですw心身共に心地よい疲れ。それと事をやり遂げた達成感。お疲れ様、自分!ビール飲んで寝ます。
Feb 9, 2009
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昨日はギャラリーyの話をしましたが、実は帰り際にオーナーに教えられて、もう一つのギャラリーに足を運びました。鷹の台駅前には個人商店が並んでいたと書きましたがその中に「松明堂」という本屋がありました。これと言って目を引く様には感じられなかったのですがこの本屋の地下にギャラリーがあったのです。更に言うと、この本屋の社長さんが松本清張氏のご子息とか。なので出版関係に強いから企画もそういう物が多いとギャラリーyのオーナーから聞きました。本屋の脇ではなく店内に、ギャラリーへの階段が。階段脇すぐに監視机があったら出にくいかなぁ、と少し不安。でも地下と言っても天井が高いためなのか閉塞感がなく勿論、展示作品管理や販売をする為の人はいたのですがゆっくり見られないという感じを全く受けませんでした。まずは、ほっと一安心。こういう所は相変わらず小心者ですw今回の個展では染物の様な版画や置物、皿や塗物等が展示販売されていました。見ているうちに、この人の絵は「もしかして」と思いつくところがあり改めて誰の個展なのかと確認すると望月通陽・・・!思わず声にならない声を上げてビックリ。最近本屋で平積みされているので見た方も多いでしょうが新訳「カラマーゾフの兄弟」の装画をされている方です。白い表紙に柔らかい赤の線画で描かれた大らかな絵は記憶されている方も多いのではと思います。この方は「道に降りた散歩家」という絵本を出されていますが(いわゆる子供の為の絵本ではなく読む散文詩集という趣)そこに実際使われていた物も販売されていました。実物と印刷物の色の違いを見て、新鮮な驚き。素敵・・・と絵の前でしばらくウットリ。横では作品購入されたお客様と係員のやり取りが交わされていて羨ましいと思いつつ、自分は「慈雨」という小さな彫刻をいつか買って、自分の作業机に置こうと擬似ショッピング。買える様な自分になったら、真っ先に向かえに行くからね!私と縁があるなら待っているのよ!!妄想大暴走。娘の帰宅時間も迫っていたので、わずかな時間で帰りました。でも本当に意外なところでハッピーサプライズ。久しぶりに心が深まった様な、静かな潤いの時間。電車に揺られながらもほわ~んと余韻に浸りっぱなし。しかも手には大満足の帽子2つ。これを幸せと言わず、何と言うのかです。そして決意したこと。美術書で見ることも出来るし、ネットにも画像はあるけれどやっぱり絵や彫刻は生で本物を見なきゃダメなんだわ。色々なところに足を運んで、もっと沢山の物を見る。それと近所を探して小さなギャラリーも沢山見に行く。春には娘と一緒に出掛ける予定が増えそうです。
Feb 8, 2009
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所沢から駅としては4駅目の鷹の台。ただ国分寺線への乗継が必要なので余り行きません。しかもこれと言ったモノが無いので縁が無かったので武蔵野美術大学の最寄駅、玉川上水がある程度の知識。そんな訳で昨日が「初めまして」の鷹の台。あるご縁で知り合った帽子作家さんの個展へ行きました。駅前は線路に沿って、小さな店が並んでいて「私が子供の頃はこんな景色だった」という古い町並み。代々続けているであろう小さな本屋やタバコ屋だったり個人商店がそのまま残って昔ながらという趣。ギャラリーyはその並びの奥まった所にありました。勿論小さいけれど、閉塞感はなく「こじんまり」していて訪ねる人と、オーナーや開催者側の距離感が少ないアットホームな印象を受けました。そして並べられた手作りの帽子達。一点物だし、オーダーも受けているくらいだからそりゃぁ絶対手の届く様なものじゃないんだろうなぁと想像して訪ねたけれど、良心的な値段でビックリ!しかも彼女がとても気さくな人で「こういう所だし良い機会だから、どんどん被って!」と普段なら絶対に手を出さない帽子を試してみましたwデパートだと見てるだけ、試すだけがしづらいですよね?だから素通りしつつも実は帽子が大好きだったのでもう嬉しくて楽しくて、幸せゲージ満タン!結局、出せてもこの位までという予算想定内で2つ帽子を買ってしまいました; えんじ色でミンクファーの付いたベレー帽とチェック柄が真ん中に入っている黒のハンチング帽。ハンチング帽は昔から、大好きで大好きで!でも冬物だし一つ買っているし、どうしようか。考え過ぎて頭が痛くなるくらい迷いに迷って結局購入したというイキサツだったんです。家に帰ってからも我が英断に敬意を払って被りっぱなし。帽子は被ってると、自分に馴染んで来る感じでますます「私のもの!しかも世界に1つ!!」の喜びが。小物だと多少普段の自分では選ばない色であっても思い切って使ってみる気になれるのが不思議です。そして今朝、興奮疲れから凄まじい寝坊・・・子供すぎる私。<KEIKO IGATA>帽子展は2月10日(火)まで開催。色々と帽子の被り方やコーディネイトを教えてもらえますしコサージュやチョーカー等の素敵な小物も。卒業式や入学式なんかにいいなぁと見ていました。お近くの方は必見ですよ?ギャラリーyのHPに写真もあります。http://members3.jcom.home.ne.jp/gallery.y/
Feb 7, 2009
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我が家のピアノ。私が小学校に上がった頃、絶対ピアノを続けるという条件で買ってもらいました。木目模様の入った明るいブラウンですが当時黒いピアノしか知らなかった私はガッカリしたのを覚えてます。でも約束は約束。音大を目指した訳ではないのですがピアノは大学受験に入る直前まで、習い続けました。暇があると気晴らし程度に弾き続けてはいたのでピアノをずっと家で眠らせっぱなしの人よりは弾けます。曲も自分の趣味なので、気持ちよく弾くのが何よりの目的。昔やった曲や同等レベルの曲なら、多少練習すれば弾けるので思いついた時に好きな曲を弾ければ満足です。今まで弾いて来た曲や、楽器店で眺める譜面を見てふと思いつく。今までクラッシックだけだったけどもっと軽くて明るい曲の方が気軽で楽しいし、家で聞いている娘も興味を持つかしら?親子連弾が出来るかもしれない!←昔は夫婦だったのが軌道修正あれこれ知人に聞いたり、探して見たりして教本を購入。ジャズピアノ名曲大全。知ってる曲も一杯あるし、譜面密度もさほど高くない。「星に願いを」とかディズニーの曲もちらほら。クラッシックと違って強弱記号が何もないけれどまぁ大丈夫そうじゃない?と弾いてみて撃沈。全然、弾けません。正確に言うと書かれている音符は分かるし途中で引っかかったりはするけれど弾けます。ただ、自分の知っている曲の様に聞こえない。あのスウィングするというヤツですか?それが来ずリズムのテンポに乗れない結果ジャズの曲として弾けていない訳です。譜面は読める、鍵盤も分かる。ちゃんと知ってるけど、出来ない。出来ないと、当然のことだけど評価されない。知識や教養と実力は違うことを、ピアノで実感。実力勝負のために練習再開ですよ?同じ様に自分の中で、知ってるけど出来ないこと分かっているけどやらないこと。そういう頭でっかちになっていないかを省みる。点数だけの結果主義とは少し違うけれど知識・教養を蓄えるだけでは説得力が無いということ。全てにおいて、活用出来そうなことです。分かっていると偉そうにうそぶきながらちぐはぐな事をやっている人が、どんなに多いか。それを批判していざこざの中へ行くのではなくそうならない様に、そしていざ対座する時には実力で勝負出来る人になれる様に努力です。そして、ピアノに全く興味を示さない娘。曲に合わせて適当に歌ったり踊ったりが楽しそう。母と子、違う道を行く。お互いに楽しんでるから目的は達成だけど。
Feb 6, 2009
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娘と通園する際の空気の冷たさは相変わらずです。自転車で坂道を駆け下りる時は耳がジンジンするし思わず首に入る空気を減らそうと身が縮こまります。でも確実に景色が変わって来ています。日当たりの良いところでは梅の花が咲き始めましたがそれだけでなく、まだ葉も何も無い雑木林や山の影が空気との輪郭が滲む様に見え始めてますよね。真冬の頃は本当にシャープな陰が淡くなっている感じで夕焼けの時にはそのコントラストが美しくて娘と立ち止まっては「夕焼けきれいね」と話しました。柔らかくなったのは日差しもそうなのでしょうが木々の先に新芽の元とか蕾とかの小さな膨らみが全体をぼんやりさせているから輪郭が淡くなりそれとほぼ同じ頃に花粉症の話題や南からの花便りが。地味だけど大好きな景色の変化です。こういう景色を見ると、文章だけでなくその風景をそのまま切り取って残せないか。娘と通園中に眺めていたが、この景色だったと何とはなく思い始めました。カメラ・・・欲しい。そう思い始めると、あちこちで目に入る誘惑情報。デジカメやカメラの雑誌は結構あるもんなんですね;「ほら、いいでしょう?」「買っちゃいなさいよ」そんな声が心の隅で、耳元に強く囁きます。買いますよ!こういう時の為に働いてるんですから!さて、何がいいのかな。やっぱりデジカメなんだろうなぁ。自分の知っているメーカー名はごくわずか。キャノン・ペンタックス・コニカくらい。ニコンってのもあったかな?でも何がどこに、どう特化しているのやら。情報収集にしばらくかかりそう。決めるまでの迷う時間も、買い物は楽しい。
Feb 5, 2009
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私の娘には直接関係の無い話しにはなるのですが現在、所沢市は市立保育園を民営化にする動きがあります。その説明会が近々にあると言うので勉強をしていますが福祉関係はどこも真っ先に切られるというのが感想です。しかもデータとして示されている数字の根拠が分からない。例えば。1園あたりの比較として、民間と市立だと年間に7500万もかかる費用が違うとしています。分かりにくいのですが民間になると市ではなく国からの助成金が出るとか人件費・維持費等を削減出来るとかを含めての数字なのでしょう。現在所沢市に市立の園が20あったはずなので大体15億。確かに巨額ですが歳入の820億から考えると1%程度。しかも保護者への説明会ではこの数字が3000万円と下方修正されていたと聞きます。そして歳入・歳出のデータとして提示されている予想額は大型公共事業の詳細については一切触れられていないしこのままでは赤字になりますよ、という程度の数字のみです。子持ちのお母さんには、これくらいのデータで十分だろうと甘く見られているのかしら?と疑問を抱きました。更に言えば。所沢市は市会議員の休暇条例がかなり手厚い。埼玉県では川越市と所沢市にしか残っていない条例で「勤続年数×20日+90日」の間は給与100%保障の病気休暇があってそれはまだ継続されていると昨年12月21日付けのブログで読みました。民間からはかけ離れた感覚をまず訂正してから民に出来る事は民、官に出来る事は官に。それもせずに、どうして市民が納得するのでしょうか?私は(そして恐らく主人も)過去の経験から役所や上のする事は今でも不信感を抱いています。「もう決まった事だから」「こうする事になったから」こういう公の権力に、私はつい感情的になります。でも感情論だけでは何も解決しない事も経験したので説明会までの残された時間に、具体的な数字と情報を集めて市の対応が誠意あるものかどうかを見定めたいと思います。それにしても少子化が問題になっているというのにどうして育児の協力が得られにくい世の中なんでしょう?子は宝というのは、もう昔の話しなのでしょうか?でも!だからこそ、保護者同士の結束は固くなれるんですよね。働いて育児もこなしてるカッコいい女性達と関われたり我が家みたいに自由業で浮世離れしてる個性的な夫婦がいたり自分にとっても保育園での関わりは大きな救いです。大切にしなくちゃ。今日もお互い、良い1日にしましょう!それでは、また明日。追記:市会議員の病気休暇はここで知りました。 念のためにソース添付。 http://blogs.yahoo.co.jp/tokocitizen_c14/28031778.html 所沢市の保育園民営化に関するホームページ http://www.city.tokorozawa.saitama.jp/kenko/hoikuen/mineika/mineika1/index.html ここの「市立保育園の民営化の基本的な考え方について」に 歳入・歳出予測や民・市の比較等のデータが載っています。 興味のある方はご覧になって色々教えて頂ければありがたいです。
Feb 4, 2009
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ぬるま湯を飲むと、頭が良くなる。ウンチクならぬウソチク。薀蓄ブームの時にラジオでやっていた企画ですがありそうなネタを「ウソチク」として広めるという。冒頭の一言を聞いた瞬間、吹き出しました。他に取り上げられていたネタは「本当じゃない?」と思わず聞き入って考えてしまう様な内容だったので短かい上に胡散臭いぬるま湯ネタは強烈でした。数年前の事なのに、今でも思い出して笑うくらいですし。ところが、このネタ。余りに繰り返して思い出していたせいなのか私に限って「本物」になった様なんです。断っておきますが、頭は良くなってません。何かをする前にぬるま湯を飲むと上手くいくだけです。でも我ながら、この逆すり込みに驚いています。そもそも水が嫌いなんです。子供の頃にはずっと牛乳やお茶ばかり飲んでいたし水をそのまま飲むという事が全然無かったんです。これは私の母も同じ。母は私より水分を取りません。最近になって水を飲むことの大切さを言われて起きた直後・運動前・入浴前・就寝前などの区切りで水を飲む習慣づけに挑戦。最初は本当に辛かったんですが続けるうちに自分の身体が一番喜ぶ水は冷水ではなくゴクゴク飲めるけれど温かい水という事が分かりました。分かってからは水を飲むのが苦にならないので水=ぬるま湯を積極的に取っています。起きて一杯のぬるま湯を飲むと身体がじんわり目覚める。やる事を確認しながら1日がスタート。運動前にぬるま湯を飲みながらイメージトレーニング。いきなり始める時よりも身体が動いてくれる。そんな風に自分の身体がぬるま湯で反応してくれると「ぬるま湯を飲むと頭が良くなる」を思い出して自分にとっては嘘ではなかったと可笑しくなります。そしてこういうジンクスは多ければ多いほど自分を助けてくれるから大事にしようとも思います。さて、最後に。「食事中、舌や口腔内を噛みやすくなるのは 胃腸が疲れている時である」これは薀蓄でしょうか、ウソチクでしょうか。ご自身の経験に合わせて考えてみて下さいねw今朝は昨日ほど空気が冷たくない気がします。穏やかに晴れるのでしょうか?それでは、お互い良い1日にしましょう。また明日!
Feb 3, 2009
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相変わらず「育児」で奮闘しています。どうも娘は集団での関わりが下手な様です。だけど絶対に譲れない「自分の世界」があってそれを守るのが最優先という感じらしいです。昨年の経過というと。個人面談で家庭での生活風景を事細かに尋ねられ我が家の環境や生活習慣を変える様に勧められ児童カウンセラーなる人に会ったり市役所で子ども支援課で育児相談をしたり。私の生活全てが娘中心で回っていました。そして疲れたと言うもんなら、お決まりの一言。「育児って、みんなそうなのよ」だけど娘の言動に逐一目くじらを立てる自分にある日とうとう、自分に嫌気がさしました。そもそも主人は娘に関して余り心配していないのになんで私だけがこんなにワタワタしてるんだろう?・・・やめた。馬鹿らしい。それが昨年下半期頃の大転換期。最初は不貞腐れるとか、キレたとかそんな感じで遊び半分で色々なところへ遊びに行ってましたが徐々にやりたい事が定まってくると、自分で言うのも変ですが「初めまして、ようこそ健全な自分!」完全朝方生活へ以降しました。最優先で自分のやりたい事を済ませてしまうものだからその後で娘に時間を使う事になっても苦にならない。夜は最後まで娘に付き合って、一緒に寝てしまう。時間と気持ちに余裕が出来たせいか、多少お花畑な娘の言動も主人の様に「面白い子」で一緒に笑ってしまいます。タイトルに「いくじ」と書いたんですけど「育児」という言葉は少し違ったんだなぁと思います。子供に向き合う為に、自分を育てなきゃだったのかなと。さすがに子供に言うところの育てるとは違いますけど良く学び、良く遊べ、その為に働くという循環が自分を育てるという風に今は考えています。育児という言葉に縛られて監視する様に向き合ってたらそれは見られる方も見る方も疲れるに決まってます。娘も窮屈だったことでしょう。今は娘があれこれと要求を言って来ても「これが終わったらやるから、少し待ってて」と正直にお願いして、自分も優先させています。勿論、全力で拒否される事もしばしばですが。そういう時の攻防は女同士、一歩も譲りません。娘、凄いです。そして大人気ない私。これでいいんです、我が家はw一週間の始まり。今朝も自分の時間がひと段落したので今度は主婦業の時間へ行って参ります!寒いけれど、空気がキリっと冷たくて気持ちがいいです。お互いに良い1日にしましょう。
Feb 2, 2009
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お久しぶりです。以前に公言した目標、普通免許取得をクリアして現実世界での放浪を続けていました。正確に言うと調子に乗っていました。とりあえず自分でやれる事を手当たり次第に挑戦。疲れたり飽きたりしたら自分に合わないという判断。次に移って、また新しい事を始めてみるの繰り返し。でもそうやって動き続けた半年間のお陰で一生続けると決意した事を、3つも手に入れました。自分の身体や精神面を見つめる為だけの趣味に近いモノなんですけどね。そしてそこにはやっぱり文章を書く事も。読む人が決まっている広報に小さな記事を書く内緒の執筆活動もしてましたが、年度替りで担当交代。一息ついた時に、読者が分からないブログでつれづれるのも好きだったじゃない?と気づきここに戻って来ました。気付くの遅いって話しですwが。ブログ内のコメントやトラックバックが大変な事に!一つの落書きを放置していると犯罪率が上がるってこういう状況なんでしょうかね?まずは更新しつつ、目障りな落書きを一つずつ片付けて行きましょうか。それでは、また明日。お互いに良い1日にしましょう!
Feb 1, 2009
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先日のこと。小学3年生女子数人と、その母親数人が予約で来店。ランチセットに食後のデザート、飲み物を注文。空いたお皿は先に下げて、広いスペースで食後の飲み物を召し上がって頂くというのが上司の教育。6名以上、しかも子供がいる場合には食べる速度が違うのでこまめに食事の進行具合を確認。近くのテーブルに食事を運びながら様子を伺い、お皿を下げるタイミングを見ていた訳ですが・・・小学3年生女子、食べ終えた皿のソースを舐めてました・・・今まで難しいお客様がいたり、怒られたりしたことがあってもお客様に対して嫌悪感を抱いたことは無かったと思う。でも、この時ばかりはドン引きでしたよ?しかも目の前の親が、何も言わない。「ほら、お皿を下げてもらうから、もう止めなさい」言うことは、それか??更に、引く。舐められていたお皿を持って下げるのが気持ち悪い。更に事件は続き、違う子は嫌いで食べなかっただろうピザの具をお皿に残していたが、それをピザカッターで細かく刻みいつまでも遊んでる。その親も同じく何も注意しない。食べないものだから構わないとでも言った様子。理解出来ず、クラクラする。行儀が悪いを通りこしてる。動物の入店は禁止と言いたい。自分の店じゃないから言わないけど。公の場という意識が、今の子には無いのだろうか?親も我が子がそんな事していて、平気なんだろうか?信じられないものを見た気がして、軽いショック状態。可愛い服を着て、手足が長くて、すごく大人びてたのに中身が動物だったら台無しどころか、全然ダメです。久しぶりにイヤなモノを見た。今日の絵、マシンガン持ってる女の人の絵があったので「ちょっと一言、ガツンと言ってやって下さいよ!」的に。アーリアという名前らしいです、彼女は。以前カラーでアップした吸血姫と同一人物かもしれません。
Apr 12, 2008
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諦めて、というのか公共交通手段が当てにならないので車の免許を6月に取って、軽自動車を購入する。恐らくダイハツ。多分中古だろうと思うけどポーンと弾みで新車を買うかもしれない。でも免許取ったら、すぐに購入出来る様に今から車種検討。8月、遅くとも9月には車を持つ。かなり具体的な目標設定。と言うよりも、必然こうなるだろうなぁという青写真。一番のネックは、私が免許を取るというところのみ。大雑把だしスピード狂要素があるので、まほは世の為に絶対に免許を取らない方がいいと親しい友人達から断言されていた。ヒドい言われようと思いつつも私自身否定出来ない。世の平和を乱してまで、免許取得を決めた理由。やはり娘のこと。自分も人並みに娘の事を考えてたんだとこの暴走気味の計画にやや苦笑。娘が病院で診察を受けた結果、気管支炎だと思うがアトピーの気があるので、もしかしたら喘息かも?と微妙な宣告をされる。そうしたら定期診断が必要。専門病院は、1駅先をバスで移動という中途半端な位置。先日みたいな大嵐に見舞われた暁には、身動きが取れない。そもそも我家も、歩いて駅に行ける距離だけれど大人が歩いて15分というのは、まだ娘には厳しい。治療が必要になった時、天候に左右されず通院出来る様備えようと決めた。さようなら、エコ生活。夫婦2人だったら、多少不便でもやり過ごせることだけれど諸々を天秤にかけると、自分達のライフスタイルよりも子供を優先させてしまうものなのか、と奇妙な驚きがある。病院だけの話しではなく天候に左右されて、雨のたびに保育園を遅刻とか欠席というのが「お前はどこの大王だ?」的にルーズな感じで、私のストレスが溜まる。時間とお金に関してどうしても神経質になってしまうのは、私の性分と諦めている。雨の中、娘が登園を嫌がるのも分からないでもないのでこれはある意味、良い機会かもしれぬ。病院で喘息という病面を聞いた時、違うだろうと思う反面自分のマイナス遺伝子が娘に行ったなら申し訳ないという思いとで何だか複雑になる。私も小児喘息持ちで、初めて発作は小学3年生の頃。今のチビより、自覚している事を親に伝えられたが呼吸が出来ないというのが何だか分からずにパニックに。「息が出来なくて苦しいよぉ!」と夜中に泣き叫んだら「息が出来なければ死んでるだろ、このバカっ!」と鋭い切り返しをされたのを、すぐに思い出す。今も無理な運動をしたり、急激な気温の変化で喉が鳴る。マイナス因子は私から行ったのかと思うと申し訳ないのだが「娘は喘息じゃない」と、私は断言したい。単純な理由、娘の風邪が私にうつりました。同じ咳が出るんです、先生。喘息って感染しないですよね?
Apr 10, 2008
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なぜか猛烈な胃痛。何か口にすると治まるのに、少ししてお腹がこなれるとキリキリと刺す様な痛みでみぞおちに指を差し込んで痛みを緩和させないと辛い。病院へ行こうかと考えていたら、今日の嵐。車の無い藤原家は、大雨になると歩くかタクシーを呼ぶかで今日はさすがにタクシーを呼ぶかと思っていたら入学式に重なり、配車手配が何時になるか分からないとのこと。10時前に保育園に入らないといけないというのかいけなくはないけれど、1日のペースに乗れずに子供自身が苦労するので10時過ぎる様なら自宅で過ごして欲しいという旨を以前に言われたことがあるので、今日は諦めて娘自宅待機。そうしたら娘が発熱。急激に冷えたから、体温調整が追いつかずに鼻風邪から悪化した様子。午後から少しのことで愚図ること愚図ること。今も明日は病院かなぁと、何気なく言った一言に過剰反応して「いやだ~~!」の大泣き。以前に耳鼻科で鼻に入れたビーズを取るので痛い思いをしてからそれまで大丈夫だったのに大の病因嫌いへ転身。お陰で連れて行くにも一苦労、待合室で二苦労、診察で更に三苦労。こちらもクタクタになるので、行きたかねーんだよ!と腹が立ち。そこへ登場した旦那。少し2階で頭冷やして来なさいと私隔離政策。どーせオイラが悪いのさぁ~と、以前に志村けんが歌ってたっけ。あぁ~、どっか行きてぇーなぁ。ディズニーランドのチュロやハニーポップコーン食べたいとかお肉ガツーン、ビールをドーン!って感じで焼肉いいねぇとか支離滅裂な妄想が湧いて来る。いずれにしても、1日旦那がチビの送り迎え出来る様になってからだからしばらくは無理という所で落着く。今、おでんやラーメンの屋台が家の目の前に来たらまっしぐらでお金1万くらい使っちゃうのになぁ。来ないかなぁ、チャルメラ。
Apr 8, 2008
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バタバタしてブログを休んでいたのが2ヶ月程。気がつくと、了承した記憶もない広告がベタベタ貼られてる。なぜ女の書いてるブログで包茎の悩みなのか分からない。最初はいいかと気にしてなかったけれど、段々と目に障る。しかもコメント記入後にも、ブログ始めませんかってやってる人間に対して何だそりゃ?という宣伝まで。お気に入りに登録させて頂いた人が、何人か引越をされて何人かはコメントの内容を巡るトラブルらしきことで閉鎖状態になっていて、妙に淋しくなる。敷居が低くて、やりやすいというのはメリットだけどこうなってくるとソーシャルネットワーキングの方がいいのかと考えさせられる。ブログを続ける目的というのが、私の場合は生理現象に近いというのか書くという行為を定めておくのが1日のクールダウンみたいでアフィリエイトで設けたいとか、大多数の人に共感してもらいたいとか大きな目標が無いから、逆にどうしたものかと中途半端な立ち位置。それと、なぜか今日は画像アップに何度も失敗する。メンテナンス中でも無いし、画像が重い訳でもないのになぜ??色々な噂を聞いているから、悪い事を呼び寄せちゃったのかもしれぬ。しかも過去の画像が見られないから、以前アップしたのか調べるのが面倒。ま、いいか。この絵は好きなので。
Apr 7, 2008
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昨日の夜7時過ぎ頃、少々小銭が必要になって財布を出そうとするとあると思っていた場所になかった。私の悪いクセで、買物の後につい品物の入った袋に財布を突っ込んでしまうというのがあって、買物にはマイバック持参が基本。贈答品用として紙袋に入れてもらうと、その中にも平気で入れてしまいそれを忘れて渡してしまうという大失態をしでかしたばかりなので(更に付け加えれば、相手から言われるまで気がつかなかった)最近は特に用心を重ねていた。最後に財布を利用したのは、3日前。図書館から借りている本の返却予定日をパソコンで確認しようと財布の中に入れてある図書利用カードを出した時。その後は財布をそのままにして、図書カードだけ持って出かけた。いくら探しても無い。もしかしたら財布ごと図書館へ持って行ったか?私はカードや保険証の入った財布を放置したままになる。とりあえずカードを止めるにしても、どこへ電話するんだ?しかも3日経った今更、止めても手遅れか?頭がぐるぐる。取りあえず、するべき事の優先順位を座って考えるかと腰を下ろした椅子が変。ん?立ち上がって椅子を見ると、何も無い。椅子のクッションをどけると、財布があった。こんなトコに置いたの誰だよ~?!私なのかぁ??えぇ~、ウッソだぁ!色んな意味でショックが大きかった1日。本当に使い込まれてなくて良かった。ごめんよ、財布。もう2度と離さないよぉ。「子供がする様に、首から掛けときなさい」と言われる。近頃の子供が、そういう風にしてるのを見た事がないけどジュニア携帯には、首下げ用ストラップが付いていて確かに便利ではある。革紐でも買ってこようかと考えつつまだ気抜け状態。
Apr 6, 2008
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余りお客様の会話に耳を傾けることはしないけれど時々、妙に通る声で飛び込んでくる話しの断片が面白い。今日は二組のお客様の声が忘れられない。イタリアの国旗をしきりと思い出そうとしている年配女性。3人寄ればではないけれど、3人の2倍の知恵が集結して「赤・白、もう1色は青?」「それはフランスよぉ!」「赤・緑・青じゃない?」「それはスペインよぉ!」楽しすぎる。教えて良いものかどうか分からずに黙っている。少しして赤・白・緑の3色に無事辿り着いた様子。順番としては緑・白・赤が正解だけれど、やれやれ。そして話題は次へ。国旗の色が何を表しているのかで論争開始。「赤・白はワイン?」「違うわよぉ、それは飲物じゃない!」「白はチーズで、赤は唐辛子、緑はバジル?」「あ、そうね!そうね!」微妙にズレているのが、気になって仕方が無い。赤はトマト、白はにんにく、緑はオリーブ油だったかなぁ?あれれトマト・チーズ・バジルでも良さそう??緑は国土、白は雪・正義・平和、赤は愛国者の血・熱血だそうで。こちらのモヤモヤをよそに、おばさま達のランチはつつがなく終了。次は年配のご夫婦。ご主人様が主導権を握って良く喋り奥様は相づちを打って、ゆったりと話しをしている。いいなぁ、こういう夫婦って。と料理を食べ終えた皿を下げる時「イタリア人も日本人と同じで、飲む打つ買うって言うだろう」それは飲んで、歌って、恋をしてなのでは・・・と思っていたら奥様が一言「あなたじゃあるまいし、何を言ってるの」クスリと笑いながらも、これ以上その話しは許さないわよ的空気が漂いご主人様も、そうかなと言って、素直に話しを違うことに移した。この夫婦というか、奥様素敵だわとウットリ。帰り際に奥様が「とても美味しかったわ、ごちそうさま」優雅にお辞儀をされ静かに出て行かれるまで、私は彼女の虜でした。どんなご夫妻の歴史があったのだろうと、少し遠い目。お客様に食事や飲物を運ぶだけの仕事ですがやはり接客業、色々なことに遭遇するものであります。
Apr 4, 2008
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娘の通う保育園に、ハーフの子が何人かいる。クラスが違うので直接話したことはない子もいるけれど庭でクラスが入り乱れて遊ぶ中、何度か挨拶をしたことがある。そして、すれ違うたびに「あ」と思う。素敵。1人は年長クラスに近いからなのだろうけど頭身が同じ年の子とは違って、かなり大人びている。もう1人は瞳の深さがあって、思慮深い子に見える。更にもう1人は、物怖じせずに大人と真っ向から話す。彼等の中に混じっている外国の血が、美しく現れてる。子供はやっぱりスゴいなぁと溜め息。でもこういう発言は、かなりNGになるという。日本人の中に入って普通の生活をしている子供達あるいは人達に他国の血を見て違いを感じるというのがそもそも差別になるのだと。差別される側から言われたらもう反論の余地が無いので、そこでもう一定の距離をおいて当たり障りの無い挨拶だけしかしない様にしてしまう。随分前、日本語を勉強しに来ているというドイツ人留学生がいてバブルも崩壊して不景気な日本に良く来るもんだと感心した。その上、私の中で日本語は美しい言語だけれど、単一民族が使う少数民族の言葉だから「なぜ敢えて勉強する?」と不思議だった。就職難なのは日本人学生だけで、海外からの学生だと企業は引く手あまたなのか?とも思った。ちなみに私は就職氷河期一期生で、派遣やパートの仕事のみ。それを言わずについ「なんで日本語?」と聞いたら「お前もか」的ジェスチャーをしながら鼻で笑われて結局、その質問は答えてもらえなかった。ウンザリする気持ちは分かるけれど、この人達の日本像は東京という都心よりなのか、鎌倉等に象徴される時代的なものなのかそれだけは聞いてみたかった気がするが、そこでも言葉の壁が面倒で「まぁこの先、会うことも無い人だし」と差し障りの無い流行話だけでその留学生と、散歩をしていた鎌倉で別れた。なぜにこんな話題なのか。やたらと有線で流れる演歌が何かと調べたら、黒人演歌歌手がデビューしたのだと。へぇ~と思いつつ、あれこれ見ていると朝日新聞の論評コーナーで「黒人演歌歌手がデビューしたくらいで騒ぐ日本人の見識の狭さよ」とかなり気分を害されたご様子で、ハーフの芸能人が書いていらっしゃった。悪いけど珍しいぞ?演歌歌手を目指したバックヤードがあったとしても日本国内という限られた市場で、それでなくて日常会話とは違う「日本の心」を表す風情単語(勝手に命名してるけれど)を操るのは単純に難しいと思うのは当然でしょう?それを外国の方がバーン!とやってるのはかなり私はスゴいと思う。衝撃とまでは言わないけれどね。もっと言ってしまえば、この人が芸能界デビューを果たそうとして演歌を狙ったとすれば、かなりやり手でキレる人だと思う。その時々の流行が一過性の若い世代をターゲットにするより安定して需要のある高年齢層を狙って、あえて「演歌」を選ぶ。そして演歌を歌うだけの語学力がある、更に付け加えれば演歌というコテコテの日本像がある中で、外国人というのは否応なく目立つ。目立つのは芸能界ではやはり必要条件だろうと。日本人の偏見を逆手に取ってビジネスを成功させたのだとしたら「日本人の見識の狭さ」に彼は感謝しているはず。まぁ見た目、とても礼儀正しく、美しい日本語を使う人に腹黒い計算があると考えたく無いが、あえて言えばの話しで。朝日で書いていた芸能人は、白人ハーフに見受けられたので差別する側がにいた人が、好奇の目に晒されて差別と言ってるのでは?とやや意地悪い見方も出来る。そもそも白人の抜ける様に白い美しい肌は日本人には無いのだから、やっかみたくもなるんですよ?お猿さんと言われたこともある日本人なんですから、そう怒らずにゆっくり懐柔して行かれればいいじゃないですか?田嶋陽子先生の女性差別発言には、同じ女性として辟易したけれど外国人の差別発言も時々「ん?」と首を傾げたくなる。でも日本人は話し合うよりも「あぁ、そうね」と適当に合わせて表面的な平穏を保つ為の自衛手段として、徹底的に距離を保つという冷たさも同時に持ち合わせてると思う。この先、美しい子が美しいままでいるには、親同士の理解とその為の時間と妥協が必要になってくるんだろうけど・・・まぁ関わってから考えようか。考えた末の結論はこれ。やっぱり日本人は・・・むしろ私がダメなのか。
Apr 3, 2008
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以前も書いた気がするけれど、桜の淡い色を布に映そうとする時に桜の蕾や花びらでは現れないと、染織家のエッセイか何かで読んだ記憶がある。残念ながら出典を忘れてしまって確認出来ないが桜色を出すのは冬の間に取った桜の木の枝という。桜は時期を待って色を中に溜め込み、僅かな開花の時期にその生命にも似た色を放出するのだから、蕾はともかく花となるとくすんだ茶色になるというのは、ありそうな話しだ。日本語で指す桜色は、紫を少し混ぜたピンク色だけれど私達が通常目にするソメイヨシノは、ほぼ色みは無い気がする。じゃぁ枝に溜め込んでいた色は、どこに消えるのか?色でもなく、香りでもなく。結論、桜はフェロモンを出している。・・・と、私は勝手に思う。それが人間の脳を刺激するから、浮かれたり沈んだりするのだと。群れ無して咲く花は多くあっても、これだけ人を集めて騒がせる花もどれだけあるのかと。日本人の脳内構造は桜フェロモンに刺激を受けやすい。きっとそうに違いないと、やはり勝手に言い切る。私は桜フェロモンに刺激されると、今でこそ沈みはしないけれど妙な静けさに包まれた安堵感に浸ってしまう。毎年桜が咲くと、今年も見られたと言う感慨に襲われ散る頃になると、又、来年も桜を見られる様にと願う。鬱を発症してからは、これが最期の桜という気持ちが強くて外に出るのが怖いのに「見に行かなくては」と夜中にお寺の境内へ、旦那とフラフラ行ったりもしていた。そうして「もう桜が見られない」と泣きながら帰ったのも今は昔、3年前にもなる。桜は恐らく、今週末には惜しげ無く散り始めると思う。特別どこかへと、家族揃って見に行くでもなく通りすがりに点在する桜の巨木に挨拶をする程度の花見で今年は終わる。来年も見られれば良し、見られなくても良し。達観した訳ではないけれど、そう思って桜を見られる様になった。娘に桜への思いを話すのは、まだまだ先のことになるだろうなと。私が抱えている桜に対する複雑な思いと、その経緯を含めてこの話しを彼女が理解するのは、ずっとずっと先になるしそれこそ私がいなくなった後で、彼女は理解ない上での思い出として何となく桜を愛でていくのかもしれない、やっぱり桜を話す時に、私は遠い思いになる。花見は行けなかったけど、桜を思いながら今夜は1人静かにビールを飲みつつ、ブログ更新。似非花見酒は、最高に贅沢。旦那の仕事部屋にある食料も失敬して結構やりたい放題。しみじみと幸せ。
Apr 2, 2008
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カレンダーとは無縁の生活を送っている我家で、唯一世間様と足並みを揃えている娘。保育園だから始業は少し早めだけれど、今日から新学期を迎えまして。そして新年度早々、豪快に遅刻をかましました。微妙なところで親のペースを知っているのが、痛いところであります。前回の日記更新から後、娘と私が病気のオンパレード。ノロの後にロタとか言う感染性胃腸炎にかかり、ついでに親にうつり更に風邪をひき、原因不明の食欲不振で一週間ほぼ絶食状態と次々に何が起こっているのか分からない日々でありました。子供の後に回ってくる菌は凶暴性を確実に増しているのかそれとも看病疲れで体力が劣っているからなのか私に回ってくる時には倍返し的に重い症状になり厄年フィーバーからの脱却を熱望。そして接触が極端に少なかった旦那に被害は行かず。娘と私の一対一勝負の様相を呈していました。今は健康面は落ち着き、旦那が鬼に追われる様に仕事をこなしている以外は通常営業。ちなみに2月末から、旦那と家庭内別居状態。一緒の時間ありません。お互いに元気か?生きてるか?を合い言葉に、帰宅後の挨拶だけは励行。売れっ子作家は辛いね、旦那!←エイプリルフール半分、半分は真実だ!そして、今年も桜を見ることが出来た。娘も梅・桃・桜の違いが分かる様になって、保育園に行く道すがら木に咲く花々を愛でている。どんなに娘に対して腹を立てていても美しいものを素直にきれいねと言う子供の姿には、心和らぐ。まぁ親として、私も容赦ないところがあるらしい。先日、娘が飴の袋を開けてと頼んだので出してやって渡すとそのまま口にしようとしたので「ありがとう言わない子にはあげなーい!」と私が食べた。号泣する娘。友人に厳しすぎとメールで叱られた。謝ったから、後で上げたけど厳しすぎかと少し反省する。いや、大人げないという方が正しいのか?ちなみに再チャレンジで飴をゲットした娘、きちんとお礼を言った。「ありがとうでござんす!」この子はたくましい子だな、と娘ながら思ったとさ。新年度初心表明色々と考えていることを、もっと文章にします。簡単に言うと、ブログ更新をコマメにします。書いてないと、便秘の様な気分です。便秘経験無しですが。
Apr 1, 2008
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娘が風邪ひいて、先週末の治り際に下痢をした。翌日にはケロリとして納豆ご飯を平らげたので水分補給をしすぎたかなと、甘く考えたのが運の尽き。日曜の夜に旦那が酷い下痢をした。不規則な生活だし、夕飯に食べたものが重かったので食あたりかと思っていたら、月曜夕方には私も体が変。熱もなく嘔吐もないのに、下痢が止まらない。旦那と食べた物を思い出しながら病院へ行くとすぐにベットに寝かされて点滴ゴー。ノロでした・・・色んな発症タイプがあるそうで。フェイントを食らいました。娘はたった一度の下痢だったのに、巡り巡ってノロの勢力は増し大人は介護認定して欲しい程の重症に。腑に落ちない。風邪を長引かせた後だから、余計に体力が奪われる。しかも横になれない。眠っても鈍痛ですぐに目が覚める。起きてると楽・・・でも明日の為に寝なくては。そういえば年明けから体調を崩し気味だなぁと思いつつふとカレンダーを見て、今年厄年と知る。「だからかぁ~!」と意味も無く納得出来る厄年は便利だ。こういうマイナスベクトルの慰めを日本人って上手に利用するよなぁ。日本文化って素晴らしい。ありがとう、厄年。温かいポカリスエット枕元。今日の絵:藤原屋台村シンボルというか、藤原家マーク。主に旦那がコミケで使用。「大当たり~ぃ!」という感じで。
Feb 19, 2008
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条件反射的にカチンと来る言葉がある。そういうのが幾つかあって、自分の中で解決されていない事や納得の行かない事を許容出来ずに反応しているのは理解している。分かっているからカチンと来る度に「自分が反応してるな」と諦めて時間が経つのを待っている。こういう自分が反応する言葉や大切にしている部分を書くのは読んでいる人も様々な反応をするだろうし、逆に書くという作業で現実を固定してしまう気もして、時々ためらう。だけどあえて喧嘩上等の覚悟で書けば「癒し」という言葉。どうしても受け入れられない。何だぁ?と本気で思う。軽く話しを誇張する時に、恐らく私も「癒される」と使う。「癒し系」「癒し」という言葉も認識しているし、会話の流れで使う。それでも、この言葉に対しては納得が行かないことが多い。私が日常で聞く「癒し」はむしろ「和む」の方がしっくり来る。大体、何をそんなに枯渇しているのかと聞きたい。世の中にストレスはあるし、それを強く感じるかどうかは個人の器次第だから傷ついている事や凹んでいる事に対しては何も思わない。むしろ私なんてストレス抗体を付ける為の血清があるなら喜んで接種しますよ?それくらい弱い人間だし、人に嫌われることや不快感を示されることが不安を通り越して怖いと思うくらいなんで、ストレス度は高いはず。だけど日常で本当に枯渇して、何も出来なくなる様な傷や悩みなんてそうそう出くわさない。「癒されたい」と言う程の深い病や傷・悩みをそんなにあなたは抱えてるのですか?と問いたい。少しイラっとした位で「癒されたい」と願い、ちょっとした息抜き程度で「癒された」という人には、正直相づちを打ちながら辟易する。安っぽい偽物を沢山抱え込んで満足するのが、ひどく下品に感じる。あなたが卑しキャラですよ、と。こんな事を書いてても、自分も助けの手を安易に求めたくなる時があるし自分が考えている「価値ある本物」っていうのは何だと聞かれれば分からない。でも良い意味で見栄張ってみたいと思うし、プライド高くありたい。今の世の中だと、それくらいが丁度いいのではないかと本気で思う。例えばの話し「品格」という言葉が流行する裏に、右へ左へと向きを変えて流行の品格を身につけるくらいなら、多少間違っていようが試行錯誤で身につけたギリギリ規格範囲内品行方正で充分じゃねーかと突っ張ってみる。うーん、でも自分が良しとするモノとは微妙に違うなぁ・・・まだまだ言葉と自分との距離は遠い。今日のイラスト、可愛いクマちゃんですよ~w ほぉ~ら癒されるでしょぉw冗談はさておき。何故にこんな絵があったのかは謎、何に使ったかも知らない。でも旦那のマックを拝借して日記を書きつつ、アップ予定の絵があるか探してたらこんなん出ました。こっちの方がいいやと、こちらも拝借。問題があったらすぐに消去するので、早いもの勝ち・見たもの勝ちですぜ?
Feb 18, 2008
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何となく時間が空いて、フラフラと買物していたら季節変わりのセールで、靴の安売りコーナーが。一足だけあった黒い靴が良い感じ。サイズも丁度いいので、試しに履いてみるとピッタリ。あらまぁシンデレラ状態。昔から先細りのシャレた靴なんか履いたことがないのでかなり履ける靴が制限される、フリーダムな扁平足。お陰で、流行靴なんか買ったことがない。ミュールとか言うサンダル?履けやしません。そそっかしいし、単位間違えしてることも多いので商品陳列をしていた店員に値段を念を入れて確認。「ここの全コーナーは、1000円になります」安売りで並べられている靴は合った試しがないから、嬉しい。必要な物は必要な時に与えられるのねぇ、神様ありがとう的に。これは絶対に買いだとレジへ。「2500円です」・・・違う値段を告げられる。「あそこのコーナーにあったんですけど?」レジの人に言うと、はぁ?という表情をされて「値札は半額ですけど」こっちも、はぁ?となって1000円じゃないの?と聞くと「じゃぁ、やめますかぁ?」面倒くさそうに聞かれた。いや、お金はあるけどさ。欲しいと思ったし必要だから買うけどさ。すみませんの一言も無しかい?しかも私が悪いのかい?何よぉ、その「じゃぁ」って?「じゃぁ、やめますかぁ?」って、その言い方はどうよ?だからこのスーパーはダメ烙印を押されるんだって。やめるのも負け気分なので、買いましたさ。そして、すごく損した気分になりましたとさ。やっぱり毎日履く靴にお金をケチると、ロクなことがない。いや買った靴は快適ですが、気分的に負け気分なので今度から浮気はせずリーガルかヤコフォームにしますよ。メンテをすれば10年以上は持つしね。リーガルは一生ものに近いしね。その後、余りに気分を害したせいか、娘の風邪がうつって昨日まで親子共々寝込むはめに。心の毒が体にまで?半分冗談ですが、弱り目に祟り目というのはあるもので。近所で流行中の風邪は微熱が続き、咳がいつまでも続くまことに鬱陶しい風邪であります。しかも感染力が高い。乾燥しているところに、ゲホゲホと子どもたちが揃って菌をまき散らすのだから、そりゃぁ、あっと言う間ですよ。一気に高熱が出て過ぎ去って行く風邪と違ってスッキリと治った気がしないので、質が悪いのであります。皆様もお気を付け下さいませ。気がつくと、今日がヴァレンタイン。初給料で贈りたい人がいたのに間に合わず・・・自分が毎年楽しむ限定品も入手出来ず、悔しい思い再び。あ~あ。明日は久し振りに旦那の絵をアップ予定。その為に一番の気がかりは「マイMac、復活なるか」
Feb 14, 2008
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年度替わりを控えて、あれやこれやの真っ最中。当然てんてこ舞いで「やっちまった」激増。勤務先のマスターに向かい「店長」と言ってしまいやんわりと注意される。お客様に料理の質問をされている最中に「ええ」と「はい」が混ざって「えい」と言ってしまいずっと笑いをかみ殺されながらオーダーをとる。菜箸をなぜかサキイカと言い間違え続ける。一緒に入っていたパートさんに「大丈夫?」と心配された。バギーに乗った赤ちゃんの頭の上にサラダのレタスが落ちていて似非キューピー状態。お母さん達がお喋りに熱中して気付かない間にそっと取って頭を拭いておいた。ごめんなさい。ビールグラスを割ってしまい、ランチのストックサラダを8皿ダメにしてしまう。そんな時に限って16名の来客。いずこにもある役員交代の時期。我が町内会でも理事長選出でもめる。ナンダカンだで、みんな面倒は引き受けたくない。でも10年に1度程度で回ってくる貧乏くじ。それなら今の方が楽かと、ご近所さんと連名で引き受けることに。相談に乗って頂いていた長老格の方に挨拶へ行く。「結局、年長者はダメでしたか。ご苦労を掛けます」「バカに頭下げるより、貸しを作っといた方が楽ですから」つい本音が出て、気まずい沈黙が流れる。私のバトラー的存在であったマックが寒さで倒れる。久しぶりに起動してメールを読み込もうとしたら延々と動き続け、いつまでも受信終了しない。イヤになってしまったので、中断をしたら再びバトラーが倒れる。エラーサインばかりで起動すらしない。あぁぁぁ・・・確定申告の季節がやってまいりました。今年は仕事もバタバタしているし、少し遅れてもいいかと思ってたら保育園の保育料決定する為に提出する書類が3月17日締切。出来るのか?でっち上げでもやらなくちゃいけない。旦那のマックから久しぶりにブログ更新したら何だかコメントだけが増えている。旦那が代行してくれてたのかと思ってみるとエッチサイト関連のコメントが沢山。何となく面白いので、そのままにしておこう。こういう書込みで、お金が貰えるのだろうかと少し遠い目。働くのがバカバカしくなる様な詐欺紛いの仕事なんか腹が立つから止めなさいと、見えない相手に説教したり。そして今、愛犬ふぶきが私の横でうんちしてる。今朝方はなぜかドアの前に点々としていて1つを踏みそうになり避けた所で踏んづけた。ブービートラップなのか、これは?今日はいい天気なのに、明日は再び雪になるそうで。日当りに差のある我家、まだ庭や玄関前の一部が凍結中。毎朝「ギャッ!」という奇声を上げているのに、又積雪ですか。雪を喜べなくなった自分に年を感じ、今度は雪遊びをハリキルか?と考えたら、年寄りの冷や水みたいで余計に虚しくなった。どんまい!自分。おまけの旦那。大きなイラストの仕事が入ったと思ってたら、着色前段階まで来て仕事の企画そのものが立ち消えたらしい。どんまい、旦那!旦那、まだ寝てます。布団干したいんだけどなぁ・・・
Feb 8, 2008
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盆暮れ関係なく過ごす家なので、大晦日は22時前に全員就寝。何だか外が騒がしいので目が覚めたのは、23時少し前。除夜の鐘と、今は新年を知らせる花火の音で賑わってる。年が変わって2008年になり、平成20年になったのね。と、1人でパソコンに向かいながら妙にやれやれと言う様な気分。でも明日というのか今日は、昨日の続きでしか無い様な。元旦から5日連続で私は出勤。旦那も明日1日だけアシスタントさんがお休みするだけで通常営業。娘だけが正月休みで3日まで休み。でも4日からは保育園通園が始まる。11月が大きな転機だった。ズルズルと暗い方へ引きずられるのかと毎日が不安だったのに、本当に勢いで勤め始めて人との接点が増えた。私自身は何の技能も持っていないけれど、人手の足りないお店は私の存在をありがたいと言ってくれる。お客さんは料理を運ぶだけの私に「美味しかった、ありがとう」と喜びの声を聞かせて下さる。ああ、役に立っていることもあるんだなとシミジミした。私の友人に著名なイラストレーターがいて、コミケ参加しているが挨拶に行けないので本の取置きをお願いしておいたら、無料でこっちに送ってくれると連絡をもらった。それを旦那に言ったら「何て事を!」と驚かれたけど、友人としての好意だから感謝はしても気にしない。有名人と関わるには、それ相応の地位が必要とされるなら人間社会の繋がりなんて、どんだけ狭い中に限定されるんだろう。相手が私を認めて「友人」と言ってくれる限りは、私も友人と言うし敬意は払っても萎縮はしない。世間で言う節目やステータスを気にしないでいいって事がどれだけ幸せなことかと、天の邪鬼的ではなく素直にそう思う。自分には誰かを支えて、友人との繋がりを広げる可能性があってそして自分に準備が出来れば、いつでもプレゼントは用意されてるって気付けたことが嬉しい。鬱にならなければ自分の可能性にも気付かなかった。それと私は、いつでも見捨てずにいてくれる家族がいる。離れていても私を気に掛けてくれる両親、定期収入が無いから苦労してないかと心配してくれる義両親、叫びに近い様な発作が続いていた時に一番近くにいて大変な負担を持ちながらも見捨てないでくれた旦那。距離に関係なく近くにいてくれる人達に感謝。ブログで見せたい絵や、話したいことも沢山ある。それも幸せなことだな。ネタに困っていないのに更新しないのは仕事にまだ慣れていないので、自分の趣味的なことは後回し。仕事が無い日は、まず溜まった家事でてんやわんや。でも少しずつペースが出来てきたので、そろそろ両立出来そう。そうしたら定期更新が目下の目標かと。明日に備えて、今日は1時までには休みます。お休みなさい。それと皆様、本年もよろしくお願い致します。
Dec 31, 2007
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実父が老人会入会資格に達する年齢になった。ご近所さんからお誘いがかかったそうだが、当然のごとく「バカにするな、俺を老人扱いする気か?!」の勢いで母にブツブツ愚痴を言っていたそうな。それを笑いながら「充分歳なのに、自覚ないのよね」と話す母にも「お母様、あなたも全く同じですから」自分の事は棚に上げてが、私実家クオリティ。そして先日、勤務先で旦那の年齢を遠回しに聞かれた。「ご主人様って、真帆さんと歳は同じなんですか?」「いえ、3歳上ですよ。40間近です」その時、聞いて来た人がえぇ~っと頓狂な声を上げて「そんなに歳なんですか?!私、20代後半くらいかと・・・」大爆笑しながら、この人は大丈夫だろうかと、心配になる。絶対に詐欺にひっかかりそう。そもそも旦那、老け顔。高校時代の恩師から30代過ぎた頃に「ようやく年相応の顔になって、逆に若く見える」そんな褒め言葉を頂いた様な人だ。リップサービスかもしれないけれど、20代はない。帰宅後、旦那に報告。すると当人は「間違えるにも程があると、言っておきなさい」そして同じ様に、その人は大丈夫なのかと心配していた。更にショッキングな一言が。「そもそも履歴書で君の年齢を知っていて、20代ってどうよ」・・・そうだった。歳が離れてるって聞かれたって事は姉さん女房に見られたって事になるんだろうか?私は幾つに見られてたんだ??ちょっと、そこはハッキリさせねばならぬ。でも歳を取ることや、外見判断って実は言う程、気にしない。幾つになっても、私は誕生日を盛大に祝ってもらいたい。来年あたりは歳の数だけのシュークリームを作ってみるとか80歳になったら、それこそウェディングケーキみたいなのにろうそくを一杯立てて吹き消すとか、そういうのが大好き。ちなみに来年、シュークリームを作るとしたら37個w少ない友人・知人を集めたとしても、1人あたり5個以上。ジャンボシュークリームみたいなのに、カスタードたっぷりの豪快なシュークリームを罰ゲームみたいに食べるのなんて考えただけで面白そう。問題はたった1つ。手作りシュークリーム、成功した試しなし。さて。おしゃべりも済んだので、今日も外へ行って来ます。いい天気なので、皆様も良い1日を!
Dec 15, 2007
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まずは2泊3日母子旅行。無事終了し、田舎クオリティを堪能して来ました。公道と思いながら歩いていたら、思いっきり他人様の庭を親子で歩いてたり宿地に帰る一本道をどこかで間違えて、辿り着かない平行道を歩いてたりもう空も地面も真っすぐに続いていく景色は初日は戸惑いつつも翌日は堪能。蜜柑は地元の知らない人から、持ってけと幾つももらえました。 次にアルバイト先の小さなレストラン。電話オペレーターと直接に人に向かい合う接客業との差に緊張続き。ランチタイムの忙しい時には、慌てちゃいけない、でも急がなきゃで時々考えと行動がズレてしまい、頭の中ではてんてこ舞いしてるのに身体フリーズで「藤原さん!」と声を掛けてもらいつつ乗越えてます。レナードの朝のラストで、空白時間が出来て停止してしまうのはこんな感じなのかしらと研修が続き、4日目に採用をして頂きました。子持ち奥様方のクリスマス会や忘年会はランチタイムというのも多く連日予約客で埋まっていて、猫の手くらいにはなっている様です。 でも私は稼いだお金を、そこのお店で豪快に使っている状況。ピザやデザートの持ち帰りが出来るんです、このお店。しかも自転車で10分程度の距離にいるので、多少のびても構わないならパスタ持ち帰りもいいですよと、嬉しいことを言って下さる訳です。口コミで広がったレストランだけに、どの料理も美味しい。お昼時にお腹が空いている時に、次々と出される料理の良い香りに我慢出来ず来年度までにはメニュー完全制覇になります、きっと。週3~4日の勤務後には、旦那達と食べる物を買って帰ってます。宵越しの金を持たない粋人ですよ、うふふ。 最近、自分の能力で人を喜ばせる事の出来る人は、何て素晴らしいのかと。マスターの作る料理を運ぶと歓声が上がります。そして「美味しかった」と大抵の方が運んでいるだけの私にお礼を言って行きます。マスターにそれを伝えるんですが、そういう時にすごいなぁと。その間に立てる縁があったのは、とても幸せだし光栄なことだとつくづく思います。考えてみると、旦那の絵や漫画が好きと言ってくれる人がいてその旦那の日常を営む空間にいるのも、結構エラいことかもしれない。お客様とマスターの橋渡しをさせてもらえるんだから、背筋を伸ばさなきゃね。おまけに旦那にお土産を買って帰れるお金ももらえるんだし、美味しいんだし。と、言いつつ。仕事の忙しさで人間らしい生活からかけ離れてしまった旦那とは別行動で平日でシフトの入っていない時は、1人で勤務先のレストランへ行きランチタイムにワインを飲んでうふふ、うふふしているのでありました。 旦那下戸だしね、人がいる所でセーブして飲むなら飲酒オッケーになったしね。今日の絵「吸血姫アーリア」感想は「胸でかー!」中世ヨーロッパ貴族の締上げドレス時代に生まれなくて本当に良かった。もし生まれていたとしても、自分にはそんな凹凸もないから苦しい思いはしなかったと思うので、全然問題無しなのでした。めでたし、めでたし。
Dec 13, 2007
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奇妙なタイトルですが、色々な意味を含めての「TWO Mind」です。旦那の絵があって、それに合わせるともなく日記を付けるということやまぁ会社と旦那とのすれ違いということなんかを考えて。その日、目に留まったものを順次アップさせてもらいます。もらった作品の一覧を見て「結構仕事してんなぁ」とビックリ。そりゃ暇もなくなるわと、妙に納得しました。では早速、今日の絵。氷王というタイトルで保存されてました。一番に目が行きました。筋肉やお爺さん好きですから。2つも好きなものが入ってるので、そりゃぁトップです。時期的にもピッタリな絵ですしね。それにしても、いきなりの寒気団は辛いです。こう寒暖差が激しくて、気候の変化に体調が付いて行けないと何だか自然淘汰されてしまいそうで、不安にもなります。なのでアラジンストーブの青い炎を見てやかんをのせて温とまっていると、肩の力も抜けるってもんです。藤原家は、みんな旦那からの風邪をもらってゲホゲホ。インフルエンザの予防接種は咳が出てると接種出来ない上にこの大流行で年内一杯の受付を早めに打ち切る予定もあるとか。流行に疎い夫婦だから大丈夫なんて訳もなく、困ってます。特に娘は幼児なんで、高熱とかタミフル副作用とか怖いですし。旦那からの風邪は、喉と鼻に来て、太ももから膝までが痛くなる。これで熱があれば間違いなくインフルエンザなんですが熱は全然上がらないで、逆に強い薬は飲まない方がいいと様子を見ながらの通院。薬をもらっているにも関わらず言って良くなる訳でもなく、かと言って悪化もしないで妙に長引くのは、歳のせいなのか?と旦那は凹み気味。私は夕べがピークで、今日は痛い所をずっとマッサージしてたらかなり良くなりました。旦那にも推奨することに。で。この寒さの中、赤城おろしで有名な所へ明後日から行く予定。大丈夫なのか、私と娘。旦那の仕事が詰まってくる間の連休に母子での旅行を計画したはいいけれど、寒そうで不安。これを逃すと遠出は難しいから、ぜひ行っておきたいけれど風邪をひどくするのも、させるのも嫌だしなぁ・・・実家から送られて来た、今年初の蜜柑を口にしながら思案中。不揃いだけど、酸味と甘みが絶妙。今年は蜜柑の当たり年か。段ボールで届けられる蜜柑は、ご近所に3分の1弱を分けたら後は私がほぼ食い尽くす。1回に5個は必ず持って来て一気に食べるのが、癖というのか、私ノルマ。旦那に持って行っても、なぜか食べずに置きっぱなしになってる。旦那はどんな果物だろうと、余り強い反応を示さない。好きじゃないのか、食べるのが面倒なのか。それとも原稿が汚れるせいですかね?謎。
Nov 20, 2007
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前回話した簡易裁判ですが、お金は回収出来ます。でも相手の言い分を丸呑みしての和解解決なので言ってしまえば、負けに近い条件での和解でした。相手の言い分が裁判が開かれる前に文書で届いたんですが「何と言っていいのやら・・・」という内容でして。詳細を書いたら名誉毀損にもなりかねないので例えて言うとある家から、ピザの注文が入りました。「トッピングはこんな感じのピザを予算5000円で」注文通りに届けて、そこの家の子供が食べました。支払い請求すると、親が出て来て言いました。「私の給料がこの程度なんで予算上限があります。 子供が勝手に注文したのは悪いけど4000円しか出せません。 それがダメなら何も払えません。どっちがいいでしょうか?」こんな感じです。説明しなくても分かるでしょうがピザ屋が旦那、子供が担当者で親が仲介会社社長。給料を出す会社というのが、仲介会社に企画運営を依頼した親会社となります。元々、親会社も結構な額での発注をするのでネームバリューはあっても、まぁ安い仕事をさせるので有名だから予算上限はあったというのは納得も出来るのですが管理能力という言葉を知らんのか、阿呆めです。まぁ阿呆と言えば、支払いが無いにも関わらず仕事を続けた旦那もそうなんでしょうが、下請けというのか一番底辺の人間は仕事を選ぶとか断るとかはしにくいってのもある様で。ましてや親会社が有名だったら、縁を繋げておいても損はないかとベラ安の価格で仕事していたのも仕方なかったのかなとか。ちなみに旦那がベラ安と言っていたカラーのお仕事は20センチ四方の絵を1枚で当初約束で15000円。他社で受けている15センチ四方の絵1枚は4万円。他社の仕事でも安い方と言われているので、今回のカラーは破格でのご奉仕って事でしょうか。良くも悪くも、人が良すぎる旦那です。でも1つ成果が。現在もあるネットゲーム内で使われているであろう絵ですが裁判の公約で、HPや同人誌での2次使用が認められました。なので、ここで安心して公開出来るイラストが沢山です!わーい、わーい。親会社は版権にうるさい所だったと思うのですがこちらは安心して画像アップすることが出来ます。旦那本人は、現在風邪にやられてます。喉と鼻に来て辛そう。その前に娘がずっと鼻を詰まらせて、咳をしていたので「あいつから回って来た」と言っていたのですが実は娘、鼻に小さなビーズを詰まらせていて風邪ではありませんでした。熱も無いし変だなと思い耳鼻科へ行って大正解。看護婦さんと先生、私とで押さえつけてようやく異物が取り出されました。何をやっとんだ!?ですが「ごめんなさい~、もうイヤだよぉ!!」と号泣する娘を見てちょっと可哀想でした。一応先生に喉の様子を聞くと疲れて億劫そうに「口で息をしていたから、乾燥しただけでしょう」その後「咳止め出しますか?」「はい」「粉?」「シロップ」単語だけのやり取りで、診察終了。こっちもグッタリです。旦那は一言「バカじゃねーの?!」そして自分の風邪は自爆と気付いて、ちょっと凹んでたり。年だしね、部屋に籠りっぱなしで免疫力も落ちてるしね。インフルエンザじゃなくて良かったね。でも寄らないで、うつるから。旦那共々、リビング内でマスク着用です。娘が寝た後、今日は買物を近所のスーパーで済ませて来たんですが流れ星を見ました。流星群到来じゃない時に流れ星なんて初めてかも。すぐ横を歩いていた人も同時に「あ!」と声を上げたのでちょっと目が合って「見た?」「はい、見ました」と一言。そのおじさんは「宝くじでも当たるかな?」と笑ってました。私はお店で明治リッチストロベリーチョコレートが発売されていてありがとう、流れ星でした。別に願った訳ではないですがロッテで良く似た商品が出ていたので、元祖復活が微妙に嬉しい。あ。それから先日、旦那と一緒に行ったレストランですがとっても素敵で、こんな隠れた名店があったなんて!でした。こじんまりとしていて、常連客でゆったり賑わうお店。味よし、雰囲気よしで大満足で、又、ここに来ようと誓った後のこと。帰り際にお手洗いに行ったら、扉に大きくアルバイト急募のチラシが。保育園の送迎途中にあるお店だし、ランチタイム週3日なのでその場で応募して、取りあえず使えるかどうかを試してもらいます。さて、どうなることか。
Nov 17, 2007
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思いっきり暗い所を覗き込んで、あれこれ自分にダメ出ししていてそれでも明るい所や高い所の人達が助けてくれて、のたのた生きてます。薬が抗鬱剤から抗不安剤へ移行したら、本当に良く眠れます。朝を気持ち良く迎えられるのが「自分はいてもいい」って気持ちになって薬の力でだけど楽になりました。で、こんな自分でも1日が迎えられるのかって思ったら何だか幸せでぼんやりと何をするでもなく、肩の力を抜いてホケーっとしてたら色々な人が声を掛けてきてくれました。そんな1ヶ月。今までも声は掛けられやすかったけど、浮浪者から「電車賃貸して」とか酔っぱらいに「お金貸してあげるよ」とか変なのが多かったのに公民館で活動してるストレッチ体操や太極拳をやっているサークルの人から興味があるなら一緒にやらないかと誘われたり、保育園で娘と同じクラスのママさんから、お昼を一緒に食べないかと誘われたり。すごく健全です。今までに無いパターンなので、正直戸惑いました。いや、嬉しいんですよ。嬉しいけど、このいきなりの変化は何だ?って言う戸惑い。私は常識的で礼儀正しい人間という自覚があったし、そうあろうと努力してたけれど、それは私が相手との間に堅く作り続けていた壁で一定以上の距離を縮めにくい人間に見えてたそうです、ママ友いわく。自分は思ってたよりも善良な人間ではなかったと思ったことで変な諦めがついて、気負っていた力が抜けたのかもしれません。物事が動いたり、終結する時って、こんなモンなんでしょうかね?終結と言えば、もう1つ。今日、未納になっていた原稿料を一部回収出来ました。当初の契約よりも大幅に下回る額での和解決着。相手社長は「退職した元担当が勝手に契約したこと」「この額しか出せない」の一点張りだったそうで、裁判長もやる気の無いお爺ちゃんだしバカを相手にする時間の方が惜しいと旦那が条件を呑んだそうです。悔しくないと言ったら嘘になるけれど、手切れ金と思って少しでも回収出来れば良しとする旦那スタンスを尊重します。ただ知名度の低い絵描きさんは、同じ様な目に遭う危険性があるので追って今回の件は日記にでも書こうと思ってます。現在の旦那。時間を守るアシスタントさん2人に恵まれて仕事してます。少し前にドラマ化された「女帝」原作者の漫画を描いてますが携帯サイトで見るものらしく、仕上げ作業はパソコンになるので私は失業しました。日中ほぼ1人で過ごす時間をどうするか検討中。でも、とりあえず。お互いにお疲れ様でしたという事で明日は美味しいと評判のレストランへ行って、旦那とランチです。ここしばらく家庭内別居の勢いで生活ペースがずれていたので久しぶりに話しをして来ます。
Nov 12, 2007
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思い立って、庭の雑草を引っこ抜いた。手で引っこ抜けない根深いものは小さなカマを使って、ブツブツ刈り取る。単調な作業で繰返される音。カマに抵抗するかの様な草の弾力。何だか奇妙な感覚に襲われた。人を切り裂く感触もこんな風?斧で父親を殺した子は、こんな感覚を味わった?見境なく通り過ぎてく人を刺した男は?自分の中に大きな穴が広がって間違いなく邪なものとリンクした。私は自傷行為ではなく、衝動的に人を傷つける。そういう人間に違いない。子供を虐待死させたのは、私だった。人をほんの些細な怒りで殺したのは、私だった。そしていつまでも消えない恨みを抱いて復讐を果たして人を殺したのも、私だった。他人事として批判していた事が、自分に当てはまる。そう思ったら、泣けて泣けて仕方なかった。自分は全うな人間だと思っていたのに、自惚れだったのかと。でも偽善者でもいい。偽善者のままで人を傷つけずにこのままの日常を私に続けさせて下さい。自分を守るのと同様に、人に危害を加えない様にさせて下さい。見守っていて下さい、悪い事をしない様に支えて下さい。薬を飲み込む時に、祈る様な気持ちになる。他にも苦しんでいる人達がいる。私だけが苦しい訳ではないと思うと少し楽になる。今、同じ病で苦しんでいる人達とも、私は繋がっている。だから少しでも明るい方へ行かなくては。
Oct 2, 2007
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ダメです。正直、助けて下さいとブログに救いを求めています。この間、台風が首都圏を直撃した時にもそうだったんですが今も軽い妄想というのか、不安よりも少し強い恐怖感で逃げ出したくなります。たーすーけーてーくぅーれぇ~!!松文館の事件から、もう何年も経ちました。娘も3歳を過ぎて、七五三の写真も撮りました。旦那の仕事も増えて、アシスタントを増やしてます。お隣さんとも親しくなって、子供達が家を行き来したり。暑い日が続くから、衣替えのタイミングがなかなか難しかったり娘が覚えて来た素っ頓狂な言葉に夫婦で大笑いしたり実際に何もないんです、怖いことなんか。毎日のやる事を繰返して、穏やかで、幸せなんです、きっと。でも道を歩いている人が家を見張りに来ているんだとか。家の前に停車した車が覆面パトカーなんじゃとか。そして台風が来ると、旦那が嵐のどさくさで連行されるんじゃとか。月代わりに又、大きなトラブルが起こって孤立するんじゃとか。ふと手を止めた瞬間に、そんな考えが体を覆います。思い立って服を段ボールに詰め込んでみたり通帳や実印をまとめてみたりふと正気に戻ると、何してんだと泣けてきます。そのくせ、少し調子が戻って「大丈夫」と思うとテンションの上がりが止まらなくなって、自分は何でも上手く行くと根拠の無い自信がわき上がって来て、別の意味で何かしそうだし平均台の上で左右にユラユラしながら、何とか立ってる感じです。どうすればいいのか知ってます。そして全ては過ぎて行って、何とかなるのも知っています。でも自分を御すことだけが分からないなんて情けない。これ以上、旦那の負担になりたくないです。誰か私に喝を入れて下さい。私の現状が情けないから黙ってられないんだよって叱ってやって下さい。10月になります。旦那が連行された1日は目前。でも一ヶ月なんかすぐに過ぎて、冬になり年が変わります。そしたら春になるんです。私も又、歳を重ねます。なのに今が怖いなんて。鬱のバカ!お前なんて、どっか行け!!
Sep 29, 2007
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こう言って、ダーティ・ハリー扮するクリントイーストウッドが「あんたの口、臭いですよ」と捨台詞を残して行くシーンがあった。バカに何言っても仕方が無いという風に去って行く姿は「やれやれ」という台詞と共にダーティ・ハリーらしいというのか好きなシーンとして、何だか覚えている。私はそんなにクールではないので、少額訴訟の訴状提出時に辛辣な捨て台詞を吐けなかったことが悔しくて仕方が無い訳です。先日、本当にようやく簡易裁判所への訴状提出を受理された。学生時代から色々なレポート類を書いて来たけれどあれだけのリテイクを出された記憶は無い。何が簡易なんだか、さっぱり分からない。そもそも!そもそもですよ?会社相手の訴状と、個人相手の訴状は形式が違う訳です。で、会社相手だと相手管轄の簡易裁判所へ訴状提出になるので「一体、どっちになるのか?」を窓口で聞くと即答で「弁護士に相談を」あれこれ単純な書類についての質問をしても、こちらでは答えかねます。あのお役所仕事の典型とも言うべき、責任回避の台詞ですね。念のために2種類をもらって書類を見比べてみると会社相手の訴状には「時給・日給・月給」の項目しかないのでこっちの説明をちょっと聞けば、少し特殊事情だけど個人相手用の訴状になるのはすぐに分かるはずなのに。とにかく提出証拠書類と共に、訴状を書いて完成!と喜んだのも束の間少し目を離した隙に、うちの小悪魔がボールペンで大胆に落書き。泣く泣く書類をもう1度もらって来て、同じものを書き直し。翌日にようやく提出しました。そうしたら、どうなったと思いますか。「これから書類をチェックしますので、少しお待ち下さい」と窓口で弁護士に相談してくれと言った受付嬢が書類チェックですぜ?はぁ?ですよ、はぁ?で、イヤな予感がしながらも待合所で待機していると名前を呼ばれ書類の不備というのか、説明不足の点をあれこれ指摘される。そうして書き直しして来て下さいと言われ、すごすご帰宅。「二重線で訂正して、訂正印を押してくれればいいですから」と文章のあちこちをてこ入れしたら、書類が訂正だらけの様で読みにくい。でも直して来いと言われたんだし、仕方ないかと再度提出。今度は大丈夫だろうと、少しゆったりとした気分で待っていたら呼出し後に矢継ぎ早の質問。「この証拠書類の作成年月日は?」「1年未払いがあったのに、なぜ仕事を続けてたんですか?」「そもそも小額訴訟にこだわるのはなぜですか?」まともな最初の質問はとにかくとして、なぜ仕事を続けてたかってお前には関係ねーだろぉが!下請け人は仕事を断ると、2度とそこから仕事はこねーんだよ!黙ってろ、公務員!と怒鳴りたくなるのをこらえ小額訴訟にこだわるのは原則1日での解決だからと丁寧に答える。簡易裁判でも何日かかかるのは仕事のスケジュールからして無理なのでこちらを選択しましたと返答すると、ふーん・・・と言って「原則1日というだけで、絶対に1日で終わるとは言切れませんよ」 まぁ、いいですけどね・・・」そう言って書類を受理すると、今後の流れを簡単に説明してくれた。まぁ日程が決まったら連絡が来ます程度の説明ですがムッカー!!です。正直「何だ、この女は?!」の勢いで腹が立ちました。で、書類をホチキスで止めて終了ですと言われて、書類をそろえてパチパチ止めている間、そいつは同僚と楽しそうに談笑。帰り際、最後に受付嬢にお願いをした。「今回の少額訴訟は4月分までなので、8月分までの稿料追加で訴訟を再度起こす可能性があるから、訴状をもう1部頂けますか?」構いませんけどと言った後、その女性は淡々と言葉を続けた。「別に形式がこうであれば、ここにある紙でなくてもいいんですけど」・・・ちょっと、待て!娘が落書きした時にその事を聞いていれば、それ以前に訂正だらけの訴状を出す前に言ってくれたら、パソコンで打ち直して書き直せたのに。「なんだ、そりゃ」と同時に「ダメだ、こりゃ」ですよ、ええ。裁判員制度とか何とか以前に、あなた方の態度が既に話しになりません。手取り足取り教えろとは言いませんよ、そっちは出された書類の不備をチェックして裁判に回すだけなんだろうから。でもね、民間企業の受付嬢並みの対応はしたらどうですか。それでなくても古びて陰気くさい建物なのに、中の人まで辛気くさくて気が利かないじゃダメでしょうがよ。裁判なんかに関わりたくないって誰もが思いますよ、こんなじゃ。まぁ、裁判の日程は決まりました。11月です。とにかく9月頭から色々と準備して、書類を受理してもらったらどっと疲れました。しかも、まだ暑い。何もかもがおかしい。でも怒りは溜め込まない。もう次へ行こう、次。そんな感じで。
Sep 28, 2007
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どんな表現も守るべきと同人誌の表現も容認したいと思っていたのに先日逮捕された作家の本は消しも薄く、成人向けの表記が無かったとあちこちから耳に入って来る。個人だから、同人誌だからとたった1人の人間が、しかるべき配慮をしない結果が今まで「漫画の表現」を守ろうと努力してきた人達の苦労を一瞬で水の泡にするのが分からないのかと、無性に腹が立つ。そして同人誌・商業誌の区別なく、成人向け漫画には規制がかけられ「表現の自由」を取上げられることになりかねないのがどうして分からないのかと、長い裁判を争って来た人達を思うと悔しくて仕方が無い。自分の首を絞めるだけならまだしも他の人達を巻き込んでしまった責任を、どう取るつもりなのか。どうして「自分だけは大丈夫」と根拠の無い自信を持てるんだろう。業界も警察も、どうしてガイドラインを作らないんだろう。絵の猥褻性って、一体どうやって誰が判別するんだろう。セックスの描写があったら、未成年者は有無を言わさずに閲覧禁止そっちの方がまだ分かりやすい。絵の個性で猥褻とみなされた旦那の逮捕から、何も変わってない。そして、今日知った殺人事件のニュース。犯罪サイトで知合った3人組が、見ず知らずの女性を殺害したという。お金欲しさに犯罪を計画したと。全く見ず知らずの女性を拉致して顔を見られたから殺したと。そして奪った金はたった7万円。「死刑になるのが怖いから、自首した」というバカな供述。1人しか殺してないから、死刑にならず無期懲役と思ってるこんな犯人達が刑期を終えて出所した時、私は容認出来るのかと思う。でも「殺人者は即死刑」と安易な発想になりそうな自分も、恐ろしい。そもそも元凶になった犯罪サイトを警察は見逃していたのか。こんな犯罪サイトに関しても「表現の自由」という名目が引っ掛り少し過激な発言があるだけではネット取締は困難だという。有識者には、犯罪サイトと同じ位置に猥褻図画があるんだろうか?これが表現の自由?警視庁のサイバー犯罪対策班は何してる?どれもこれも同じ言葉で括られて、同系列で見られるのは何でだろう?自分の言いたい事と、世間で使われている言葉との差に気持ちが悪くなる。同人誌や成人向け漫画も良い悪いではなくて、もう関わりたくない気がする。権力は嫌いだ。でも自由という言葉を勘違いしている馬鹿も嫌いだし人を平気で傷つける人間はもっとイヤだ。ブログ開設から2年経った。私は喋りすぎて、何かの矛盾にはまり込んだのかもしれない。私の表現が誰も傷つけた事が無いと言ったら、嘘。不協和音の出所はきっと自分自身なんだろうと思うけれどどうしたらいいのか、ちょっと分からない。美しいものだけになったからと言って、この国が美しくなる訳じゃない。争いは避けるにこした事はないけれど、それを逆手に取る卑怯な人達には毅然とした態度で臨みたい。こういう考えが不協和音の元って言われたら私はどうしたらいいんでしょう、と誰かに助けてもらいたくなる。で、慰められたからって。それが何になるのかってのも、もう知ってる。・・・そうか、知ってたんじゃん。「エロ漫画描いて、旦那が逮捕された。それがどうした」でブログをここまで続けて来れたんだった。もう少し暴れてみるか。きれいごとで大人しくしてるのは、バカバカしいって始めたブログ。実家とのもめ事や自分の恥を、出来る限り正直に書いて来たんだからそれこそ揉め事を自分で作るなと、身近な人から削除を勧められた。でも、書いて来たんだった。まだ成人向け漫画に「表現の自由」を語るのかって言われるかもしれない。青少年に対して有害な面があるのも、親になってからはことさら身に沁みる。それでも「文句あんのか」と切り返して、やれる事を探してみる。一定の規律や秩序の中で、誰もが自由に表現して感動し合えるのはやっぱり素晴らしいことだと思う。それが自分には理解の出来ないどんなジャンルであろうと。
Aug 28, 2007
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あれやってこれやってが続く藤原家。旦那は単行本出版に向けて、原稿の手直しの傍らイラストの仕事。私は宿題をちんたらとやりつつ、弁護士さんの指示通りに動き夏風邪をひいた娘(やはりバカだった・・・)の相手を旦那と交代でやりながら一息ついたり。本日は稿料未納の会社に対して、通告書を送付しました。月末までに未納金を支払わないと、今までの契約無効にして入稿したイラスト全ての著作権を全てこちらに戻す事と一切の使用を禁止する旨の通達。今まで処置の段取りについて、旦那の担当者が間に入って経理や社長に話をしていたらしいので、どうも相手にはこの意味が正確に伝わっていなかったらしく「イラストをHPや同人誌で使用しても構わないとのことです」と何ともトンチンカンな返答を頂いた。全く逆です。旦那がそちらの会社で使うことを許可しないんですよ?オンラインゲーム等で現在使用中のイラストを全て使用禁止にするということなんですよ?と説明してようやくというのか、事の重大性に気付いた様子。今回の件は、退社したらしい全担当と経理の問題で現担当者の責任は余り無いのだけれど、少し気の毒。最初は話し合いでと思っていたのだけれど、弁護士も「個人に置換えれば簡単な話ですけど、お金が無いから ローンが払えなければ、差押えになるでしょう?」と言って、この会社が分割で支払う可能性は低いと変な太鼓判を押してくれた。今なら簡易裁判があるし早ければ1日での結審が可能。それならチャッチャと終わらせようと、本日送付完了。内容証明郵便なるもので、通告書を送付。3通作成して、1通を送付・1通が郵便局預かりそして1通を自分で保管という形になるらしい。郵便局嫌いの藤原家だけれど、公文書やはり郵便局。 ↑郵便物の紛失が多すぎ。一度は知合い作家さんから 送付されたはずの本段ボール1箱分が紛失。 以降、猫贔屓になりました。以前は土日休みだったと思ったけれど、今日は営業していたので送付出来て良かったと言ったところ。そして31日までに簡易裁判所へ行って、必要書類をもらい訴状や必要書類等の準備。弁護士の指示や文書をもらってもやはり負担と言えば負担。でも今後の為になるのも確か。今後、ネット上だけでの取引相手が増えて行くだろうから1度経験すれば、強みになる。それと弁護士から注意されたこと。ネット上でのやりとりで、発注書がメールのみで来る場合には必ずプリントアウト、もしくは手帳等に記録した後に入稿日時・入金予定日・入金確認をセットで残しておくことは絶対にしておくようにと。旦那は作品リストは作って、銀行で明細書確認のみで済ませていたけれど、いざと言う時にそれだけだと証拠能力として弱いらしい。それに中々仕事を断れない立場だとしても、やはり稿料未納がいつまでも続く会社の仕事は、ダラダラと続けてはいけない。ツテが大切な業界だから、どんな仕事でもと旦那はかなり割の悪い仕事も引き受けて来た結果、今回の様な結果になった。私も金銭管理が甘かった。こちらの責任も少なからずある。もう旦那は40前。謙虚なのと、言いなりになるのとは違う。そろそろ仕事先を絞って行く時期なのかもしれない。フリーランスでやっていくのは、やっぱり大変だなぁと今更しみじみ。梨が旦那実家から届いた。初物。食欲の落ちていた家族みんなで、ぱくぱく食べた。秋の味覚。暑さも、もう少しの辛抱。
Aug 25, 2007
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同人エロ漫画家逮捕と同日、日本ビデオ倫理協会に家宅捜査が入ってる。このビデ倫は警視庁の天下り先というもっぱらの噂が立っていた。なのでビデ倫にお金を払っていれば大丈夫という神話が崩れる。ビデ倫へわいせつ物頒布ほう助の容疑で強制捜査が入ったということとその陰に隠れる様にして同人漫画家個人を逮捕して、関係者それぞれにも捜査が入ると言われている。この件の関係者は、印刷所・委託販売書店。となると国が風紀取締強化を図るために動いている様に見える。新しい法規制が出来るのか、新しくわいせつ物認定を審査する団体を(映像・絵・写真を問わず)設立するつもりなのか。何にしても、今回逮捕されたイラストレーターの売上げは超有名サークルや作家に比べたら劣る人で、もっと摘発されそうな人はいたと思われる。けれど人に知られる大手サークルはそれだけの売上げ分お金も持っているし、所得税も納税している。だから中堅所で、個人を狙ったのではないかと思う。松文館はエロ漫画を出版しているけれど、業界で決して規模の大きい会社ではなかった。それでも検挙された後、社長だけ1人、法廷で争って結局検察の方は当初の「執行猶予付き懲役刑」から減刑された「罰金刑」を最高裁でも認められた形なので、担当検事は左遷されたという話しも聞いた。松文館の様な中堅所出版社がこれ程抵抗出来るとなれば、他大手出版社を相手にするのは到底、同等の時間や費用がかかる。それならば「自分には関係の無い話し」と思っている同人漫画家へと個人攻撃に方針を変えたのでは無いかと思う。突然逮捕されるショックに加え、実際に弁護士等を雇って争う金銭の負担はかなり重い。私達だって色々な事はあったけれど、会社や身内の援助がなければ今の生活は絶対になかった。娘だって産まれなかったろうと思う。それくらい人生に重くのしかかる。情報は恐らく月曜日以降にならないと、入って来ない。でも何か大きな動きが、見えない所であると思う。
Aug 24, 2007
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と言うニュースが出たらしい。わいせつ図画頒布罪だから、旦那の時と同じ内容。ただ1つ違うのは、旦那は出版会社から出された単行本でこの人の本は印刷会社を通じて書店販売されていた同人誌。これが結構、大きな違いだと私は思う。同人誌は個人・ないしグループで本を作って、しかるイベントで販売。勿論、個人の責任で全てを制作・販売するのだから、公共機関のチェックは特に入らないと思う。旦那が唯一参加している、コミックマーケットは事前に見本誌という形で提出して、チェック体制があるみたいだけどアダルト関係のものを、どういう基準で審査しているのかは知らない。旦那の時と同じで、性器の消しが問題になってくるのだろうけど具体的な指導要綱みたなものを見たことがないから、あくまで個人のモラルに判断をゆだねて、表現の自由に規制をかけていないのではないかと思う。すみません。私が成人向け同人誌は好きではないので、勉強不足です。理由は今回逮捕されたイラストレーターがくしくも言っているけれど「同人誌でキャラクターものの漫画を書いたが売れず わいせつ漫画を書くようになった」と言う様に、自分の表現した物を誰かに見てもらいたいという欲求だけでなく、売りたい・儲けたいで過激な描写になって、流行のゲームキャラや漫画・小説キャラを使い安易なエロ漫画を描いている人って、多いと思う。それがオリジナル作品の世界観を広げる良作であればまだしも人気にあやかって、売れるものを作るというのが果たして表現の自由なのかと。著作権関連も含めて、最近の同人活動はかなりグレーゾーンが多いと思う。同人作家という肩書きがあって、年2回のコミケで数百万・数千万を売上げをする人も少なからずいるという話しも聞く。今回逮捕された人も、1万1000冊を1冊1350~1600円で販売。旦那が1回に刷る冊数よりも多いです、実際。印刷費・郵送費・委託料はそのうちの何割かになるから、ほぼ丸儲けになるし、その儲けを忠実に確定申告で申し出る人がどの程度いるのか謎。今回はネット上で販売されているのを見て捜査が開始されたというから誰かのたれ込みである可能性は多いにある。父兄からの連絡だけでなく売上げに嫉妬した身内からのたれ込みという可能性だってある。同人誌でも成人向けの内容だから「性的刺激」を与えるものには違いない。それを個人が作って、楽しみに持つ。それを知った人が欲しいと言う。商売になってしまう以上、個人的楽しみで終わらない状況になる。法に触れる様な作品を間違って世に送り出してしまっているのならそれは当然、個人の責任で罪を認めなければならない。でも。そもそも「漫画のわいせつ性」というのが何かの明確な規定がない。消しの濃さなのか、絵柄なのか、ストーリーについてなのか。いたずらに性欲を刺激する物が、一体どういう物なのか。それを明確に示されない限り、どんな「わいせつ図画頒布罪」も私は納得出来ない。好き・嫌いじゃなくて、法規制には一貫性がなければ絶対に誰かが後ろで得をする為に利用するに決まってる。正規出版ルートを経ている・いないに関わらず「絵のわいせつ性」が誰にでも分かる様に規定されなければ、出る杭や・目立つ邪魔な杭が打たれる。表現の自由は、規定されてない今だからこそ、全てを認めなきゃいけない。その上で未成年がアクセス出来ない様にする、安易な個人販売を控えるなどの措置をとってもらうことを要求する方が先ではないのかと思う。この人の作品が一体どんな物だったのか、逮捕までの経緯がどんなだったのか詳細を知りたいが、情報が無い。しかもこの人は、容疑をすんなり認めたらしい。「まさか自分が」と言ったところだろう。わいせつの基準も分からないまま自分の描いた漫画は「いやらしい物だから」=わいせつと認めたのか後ろ盾がないから不安・パニックになって警察の言われるままに認めたのかのどちらかだと思う。冬に行われるコミケには、どんな影響が出るのやら。又、業界周辺が騒がしくなりそうだ。と、書いている今。私は稿料未納金の会社に通告書を出す準備と平行して簡易裁判の申立準備もしている。慌ただしい1日の始まり。今月中にはケリがつくだろうけど、色々と重なって心がざわつく。こんな時こそ、気持ちを落ち着けなくては。
Aug 24, 2007
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日本は金の価値が高かったから、沈黙の方が美徳と訳されてしまったが本来の意味は、雄弁こそ大事なことだと知ったのはいつだったか。恐らく大学の必須科目に入っていた、倫理・哲学だったと思う。その時にはふーんと、すんなりと納得した。例えば「立て板に水」に置換えて、それが表すところが立て続けに喋り続けることではないし、適切な言葉が澱みなく出る知的な会話と解釈すれば「雄弁が美徳」という考えにも違和感がない。それが少し立って、やはり日本に合う美徳は「沈黙」なのではないか意識的に意味を逆にしたのではないかと考えるようになった。相手の話しに耳を傾け、静かに聞き入れる姿勢が「沈黙」で沈黙者あってこその雄弁者なのではと、沈黙の美徳に一票を投じた。結局、相手がいなければ弁も立たない。あえて沈黙という不利な立場に自分を置いて相手を立てるというのもアリだと思った。で、現在。「雄弁」に戻りつつある。雄弁に語るのは、口だけではないから。服装が、行動が、姿勢が、その人の周囲にいる人が。あらゆる物が、その人の信念や思想を表すものだとしたら物言わぬ物が「雄弁」に語るものこそ、素晴らしいのかもしれない。ただ黙っているだけでは、単なる臆病や卑怯者にもなりかねない。黙して語らず、でもその人の意思を雄弁に語るものがあればその時こそ日本的解釈の「沈黙は金」に繋がる「雄弁」が表れるのではないかと思い始めている。さて、今日の出来事。諸々の連鎖で、会いたいと思っていた人と会えなかった。友人達と数人で会えればいいなと思っていたのだが段取りをしてくれるはずだった人が多忙を極めその本人が来られるかどうか、直前になっても連絡がなく想い人は「その仲介者の意向に任せる」という丸投げ状態でこれまた多忙な方だから仕方がないかと思ったが今日、もし別の機会が作れるなら段取りをお願いしたいと依頼していた旦那は、相手の疲労困憊ぶりを思ってなのか何も口にせず、単に世間話をして帰って来た。私は友人達に責められても、仕方が無い状況だと思った。しかし友人の怒りっぷりに、逆切れ状態の旦那様。「なぜに、お前が怒る?」驚きと共にかなり呆れたが、締切金曜日を月曜日に延ばしながら金曜・日曜と出歩いた疲れと、仕事のツケにイライラしてこっちに八つ当たりしてんのね、と勝手に推測。パワー満点の時には「自業自得でしょ?こっちが怒りたい」を135乗の怒り感情を込めて言い返すのだけれど、今日はやめ。こちらも夏バテ気味だし、言い返したら相手がいつもの様に沈黙を守り、優位な状態に立つのがパターンだから。だけど静かに、あなたの暴挙を今回は受入れないわよ?的姿勢をアピールする。旦那を呼ぶ時に「藤原さん」と名字オンリーで呼びいつもはこちらから夜のお茶会に誘うけれど、一切中止。お土産に買ってきてくれたケーキの残り半ホールを1人で食べてると旦那が「ちょっと気にしてます」的にカフェオレの差入れをしてきた。でもね。さすがに10年以上の付合いともなれば、あなたの真意は反省や詫びではなく、私がどっちに振れるかが怖いという所でしょう?私が怒りに振れてもうるさいし、落込まれても面倒だしね。雄弁は銀だとしても、1度くらいは言葉できちんと謝罪をしてもらいたい。いつもなし崩し的にこちらが折れていたが、今回の逆切れっぷりや家族の放置っぷりはDVと同等かそれ以上に始末が悪いと私は思っている。彼の家族観というのか妻の立場は、いくら後回しにしても許してくれる唯一気を使わずにいられる所とでも言おうか。それはそれで嬉しいが、こちらとて喜んでそれを受入れている訳ではなくそういう考えならば仕方ないか、と妥協案として色々提示して来たがどれも長くは続かない。そう、旦那は「忘れる」の達人でもあるから。明日もいつも通りの1日。家族に食事を作り、洗濯物をし、お茶を入れる。でも1つ、彼を穏やかに「藤原サン」と呼ぶ。呼び続ける。気分的にプチ家出。まぁ、ちょっと優しい言葉をかけてくれれば気分を良くする自分もすごく何て言うのか悪い意味で「女性的」でどうかと思うが。基本的に会話欠如夫婦。名前を呼ばれることもほぼ無い。私が聞く人、旦那は答える人での会話しかないから。いつも自宅にいるからって一緒にいる訳でなし。むしろ自宅内別居が適切。食事時と、娘の見送り・出迎え時しか階下に来ないし。隣近所に優しい旦那さん、仲の良い夫婦と社交辞令でも言われるが「はぁえ?」と素っ頓狂な心の叫び。ニコニコしながら「私達外面がいいんですよぉ、うふふ」と冗談まじりの本気で答える自分が、又、変に見栄を張ってて更に鬱。最近、好きな言葉。それがどーした!どーにでもなれ~!!そして「 テトペッテンソン」を気が晴れるまで歌い続ける。本当に悩みなんて、どうでも良くなる歌。ニコニコ動画で検索すれば、映像付きで見られます。ちょっと気分が落込んでる人、どうぞ。意味もなく楽しくなって来ます。
Aug 19, 2007
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開き直って、自慢話します。私の地理認識は常軌を逸していて、正しい世界が頭に浮かびません。本当に義務教育課程を通ったのかレベルで、日本さえ認識してない。そもそも。行った事のない所は、全然繋がらない。行ったとしても地名ではなく「○○をした所」という風に記憶してる。だから私は気性や体質・嗜好は全て父譲りなのに、こと社会科に属する「歴史・地理は俺に聞け」と豪語する父に似なかった。間違いだらけの返されたテストに激怒され、塾とは別カリキュラムで父の特別授業と称して夏休みの特訓が準備された。「日本の都道府県を全て言ってみろ」「・・・キョート?」ここでもう、父爆発。一言目には「バカ!」を発して話し始める父が話すより先にグーで、私の頭を思いっきり叩いていた。パズルの様な白地図に全て名前を記入するどころの話ではなく基本の「き」が大きく欠落していることに父が気付いた瞬間。「都道府県の「と」が「京都の都」なら、他の道府県は何だ?」出来ないからこその特訓と言うのに、間違えただけでこれか?とすでにベソをかきながらも、必死になって思い出そうとする。間違えたら、又グー?と思っただけで頭が真っ白。でも「道」は当然ながら分かった。「どうは北海道・・・」父の方をチラリと見るが、何も動きが無いのでセーフだったと一息つく間もなく、それからと先を促す不機嫌な声が飛んで来た。「・・・ふは、ギフ・・・」父が奇妙な顔をしたまま、しばらく沈黙していたが何と形容したらいいのか分からない、フワフワと漂う様な声で「その先は何だ?」と聞くので「・・・後は県」沈黙。父は心底呆れた様に、それでもゆっくり尋ねた。「岐阜は岐阜県だろう?」「うん」「それにふが岐阜のふだとしても、もう一つのふは?」「ふは、一つだけじゃない・・・んですか?」「・・・全国にはどれだけの県がある?」「1と46県で47」2発目は馬鹿野郎という怒声と同時に飛んで来た。「お前は1都1道2府43県も知らないのか!?」1と一同、ニフ、43??と頭の中で単語が踊る。「聞いたことない」パッキリ答えた直後、もういいと父は立ち去って行った。夏休みの特訓、終了。こんなバカは見たコトが無いと父は暑い中、私を残して高校野球を母と見始めながら聞こえよがしに「一体、あいつは何を勉強してるんだ」「脳に障害でもあるのかもしれないな、あんなバカだと」自分の気が済むまで、思いつく限りのバカを表す言葉を投げつけ買物へ行ってくると出かけて行った。こういう時、私がいくら泣いていても母はスルー。どっちに付いても結局、話がこじれるのを良く知っていたのだろうがここまでで無いにしても、母も方向音痴で父に土地勘が無さ過ぎるとしょっちゅうけなされていたので、同類相哀れむの心情だったかもしれない。私は相変らずのバカで、名古屋県民と言ってみたりシルクロードが陸伝いになっているのを知らなかったりそもそも大陸を言えというと中国大陸などと言ってみたりでマルコポーロもビックリな世界地図を描く。世界は地図で私と繋がらない。そのくせ「ひょっとしたらこの道は、あそこに続くかも」の浅知恵でとんでもない迷子になったりする。今日がそれだった。蝉の潰れた死骸を見るのがもう嫌で、初めての脇道を行った。迷うこと1時間近く。あやうく熱中症で倒れる寸前。犬達も主人の帰宅をゼハゼハしながら、待ちわびていて死にそうだった。すぐに帰って小部屋へ移動して、クーラーをかける予定だったからリビングのクーラーをさっさと切っていたのもすっかり忘れていた。生きていてくれて、ありがとうだった。随分と昔の話、母が買物へ行ってくると言ったきり、父が帰宅してもまだ帰って来ないことがあった。父と2人で、夕食を待ちわびながらも何か事故にでもあったのではと気が気ではなく、車のエンジン音がいつ聞こえてくるかと、耳を澄ましながら待っていた。そして母、無事帰還。心配して事情を聞く私達に母はゲラゲラ笑いながら「迷子になっちゃって・・・」と説明を始めた。「渋滞に巻き込まれたから、いつか教えてもらった裏道に入って迷ったのよ。でね、立っている人が丁度いたから道を聞いたんだけど、信号を左って言われたけど、前の車が全部右に曲がるの。だから、一緒に曲がったら有料道路で。買物しすぎて料金も払えないし、それで又、戻ったんだけどねぇ」その後の騒動は、書く必要もないし、書くだけの気力も無いほど長く続いた。母は何かにつけ、私の物言いは父にそっくりだと苦々しげに言い父は父で、お前のバカなところは母さん似だと言い切る。悪い要素は全部、夫のせい・妻のせいで、その悪い要素を選んで結婚した自分自身に罪は全く無いらしかった。「その嫌な所を持つ相手を選んだ、あんたらが一番バカだ!」旦那と結婚するきっかけにもなった家出騒動前に、私が吐いた一言。その後どういう風だったか、私はさっさと自室に戻ったので覚えていない。今日も暑い。迷子になったことを思い起こしているうちに夏休みの5分も続かない父の特別授業と、母の騒動が頭に浮かんだ。今、かの夫婦は真鶴と湯河原の間あたりに住んでいる。悪名高い「真鶴道路」が、移動する時によく使う一本道。うっかり買物に出たら渋滞に巻き込まれ、2時間以上かかったと父がうんざり気味に話していた。脇道があっても無くてもやっぱり車での移動は苦労が伴うらしい。持たざる者は幸いかな。夏休みも終盤、ご近所の小学生達は宿題のラストスパートに入るらしい。頑張れーと応援しつつ、出来なきゃ出来ないでなんとかなるとどっかで思ってる自分もいたりする。今日も暑さで、少しあんにゅい。世界と別の方法で繋がっている自分は、この暑さで亡くなる方や水難事故での訃報が無い様にと祈ってる。旦那も暑苦しいところに、今ごろは座ってるし。初めて、推敲せぬままのアップ。ちと情けない気もするが時には徒然で「ものぐるおしけれ」なのです。乱文乱筆はご容赦の程を。
Aug 17, 2007
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