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2014年10月17日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 こんにちは。

 先週からのテーマ、「上司」としての人間的魅力について。

 ここで誤解があってはいけないと思いますので先に書きますが、この場合の「上司」は、一軍の将としての上司に限定したいと思います。

これから書くことは、中間管理職の上司には当てはまらないと思いますので。

 係長や主任クラス、また担当部長や担当課長などスタッフとして働く人たちは、上司としての仕事のほかに個別の仕事も持ち、一担当者としての側面も持っているからです。理由は、これからの文章をお読みいただければ、ご理解いただけると思います。

 ところで先週から何度も触れています司馬遼太郎の言う「高貴な虚」について。

 虚とは、空あるいは無と同じ意味。

 上に立つ人が、空あるいは無の境地でいたら、下で働く人たちは困るんじゃないか。普通、そう思ってしまいますよね。

 大山巌や東郷平八郎の両元帥は、「高貴な虚」を持っていたと司馬氏は指摘します。あらためて言うまでもありませんが、虚だけではない。「高貴な虚」です。



 この二人は、同じ薩摩出身なんですよね。西郷隆盛から薫陶を受けたという点も同じ。

 その薩摩に大概という方言があるらしい。ちなみに読み方は、たいがいというのでなくテゲというのだそうな。

「将たるものは、下の者にテゲにいっておく」という使い方をする。上の者は大方針のあらましを言うだけでこまごました指図はしないという意味。そしてそういう態度をテゲと言った。

 これは薩摩の旧藩時代、上級武士にとって配下を統治するための倫理用語というほど大事な言葉だったそうです。

 「坂の上の雲」を読み、彼らの「上司」としての人間的な魅力を感じたルーツは、どうやらその辺にあるらしい。

 彼らはマスタープランを明示したあとは、部署をその責任者に任せてしまい、自身は精神的な(高貴な)象徴性を保つだけで終始する。

 「坂の上の雲」には、その象徴的な場面が鮮やかに描かれています。もう20年以上前に読んだ本なので、細かなところは忘れていますが、日露戦争当時、中国本土で日本とロシアが激しい戦闘を繰り返しているシーン。

 日本はかなり厳しい戦況に追い込まれ、総参謀長の児玉源太郎を中心に作戦会議が開かれる。しかし居並ぶ将校たちは、前途に光が見出せず暗い表情。ビリビリした緊張感だけが漂っています。

 そこへ別室で休んでいた総司令官の大山巌が、のんびりした顔で会議室に現れ、児玉源太郎に一言。

 手元に本がないので正確ではありませんが、「児玉さん。今日はどの辺で戦争があるんですか?」みたいな言葉だったと思います。

 総司令官が、戦況はおろか、どこで戦闘が行われているかすら知らない。



 事実、総参謀長の児玉源太郎はじめ居並ぶ将校たちは、そんな大山総司令官を見て、なんとか不利な状況を打開し、彼のためにも頑張らねばならないと決意をあらたにするのでした。

 児玉は愛着と尊敬をこめて、自分の上司である大山巌を「ガマ坊」と言う。

「わしはガマ坊をかついでゆく」と言って、総参謀長の児玉は、大山を上司にしたのでした。

いわば下が上を選んだのですな。

 ここで、大山巌とはまったく別のタイプの上司が小説に登場します。



 下から見て、魅力ある上司か、そうでないか、典型的なパターンの違いがわかるのです。

 この続きは次回。





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最終更新日  2014年10月17日 11時55分07秒
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