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2011/10/12
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汗ばんだ額に張り付く白金色の髪を、レティシアはうるさそうに払いのける。
身を起こそうとした意識がぐらりと揺れて、再び寝台の上に倒れ込んだ。
視界には深い藍色の天蓋。背景に飾り気のない灰褐色の漆喰壁が控えている。
「陛下っ・・・どうぞ、そのまま。」
傍に控えていたのか、従者風の若者が彼女を制し、水鉢に浸した布で額を丁寧にぬぐった。
レティシアが青年だと思ったその面差しは、よく見ると見覚えがある。
「あなたは・・・ティアナ・・・?ユベールのもとにいた・・・」
「・・・はい、今、アルブレヒト様をお呼びいたします。」

アンスバッハで主人のために、女王の馬車の前へ飛び出してきた果敢な少女。
だが今はなぜか落ち着かぬ様子で、扉の向こうへと消えてしまった。
間もなく黒衣のアルブレヒトが入室して、彼女の枕元に恭(うやうや)しく跪いた。
「陛下。痛みはいかがですか。」
「・・・だいぶ良くなったみたい。」

覚醒と同時に戻ってきた傷の痛みも、一時に比べれば格段に鈍い。
体の自由がきかないのは、傷から発した熱のせいであろう。
そのためか周囲の光景も空間も、どこかふわふわと奇妙な非現実感に包まれている。
円形のガラスを幾つも組み合わせて採光する中世風の窓の外から、アマツバメのさえずりが響く。
「アルブレヒト・・・」
伸ばしたレティシアの指先に、ざらりとした軍衣の袖が触れた。
「戻ってくれたのね・・・アル・・・」
「はい。折よく間に合いました。」

一年半近くの別離を経ての再会である。
日頃は険しげなアルブレヒトの目元には、慈愛がにじんでいた。
「ここは・・・私、どれくらい眠っていたのかしら。」
「早急にお怪我の手当てをするため、王都への途上にある城にお連れいたしました。もう二日になります。」
「二日・・・そんなに!」

起き上がりかけたレティシアの肩に手を差し入れたアルブレヒトは、彼女の体を枕に優しく着地させた。
「ご無理をなさいますな・・・ご心配にはおよびません。王都へ攻め込もうとした敵兵は、既に駆逐いたしました。我が師団と王都の兵を合わせれば、数日内に決着がつくでしょう。」
レティシアは思うようにならぬ体で、かすかに頷く。
頼みに思う反面、彼女の心に浮かぶのは、かすかな違和感であった。
アルブレヒトの赴任地マインツへ極秘の帰還命令を下したのは確かだが、指定した時期より到着が随分早い。
ジークムント公派の制圧前にアルブレヒトを国内へ戻すことは、グストーが嫌ったのだ。
だが今の彼女には、その事を追求できるだけの思考力も気力もなかった。
ノックの音と共に現れた下級将校らしき男から、アルブレヒトに紙束が手渡される。
女王はそれ――王都に控える、近衛隊を召集する指令書――に署名し、事態の収束を彼に託した。
恭順に受け取った黒獅子の騎士の顔に、戦いに身を置く怜悧な指揮官の色が差し込む。
「万事お任せ下さい。身命を賭して、陛下と王権に仇なす者からお守り致します。」
そう誓いを立てて辞去しようとするアルブレヒトの腕を、レティシアが引き留めた。
「待って・・・ユベールは・・・」
熱と疲労で再び曖昧になる意識の中、彼女は呟いた。
「・・・ユベールを・・・責めないであげて・・・・」
その返答を耳にする前に、レティシアの意識は真白い靄(もや)にからめとられていった。
「陛下・・・」
自分の袖に置かれたままのレティシアの手を取り、丁寧に寝台の上へと移してやる。
「この国の秩序を保ち陛下の御心を安んずることが、私の役目です。」
アルブレヒトの指が、己の襟元を飾る徽章をなぞる。
「もう決して、貴女を傷つけさせはしない・・・たとえ陛下の意に沿わぬ手段を取ろうと・・・私は己の使命を果たします。」
横たわるレティシアに向かって膝をつき深々と一礼すると、彼は部屋を後にした。

廊下で待ち受けていた将校たちに、アルブレヒトは次々と指示を下す。
彼らは号令と共に、組み上げられた計画を遂行すべく持ち場へと散っていく。
最期に残った一名に、黒獅子の騎士は言葉短かに問いかけた。
「ローレンツ殿は。」
「口を割るでもなく、騒ぐでもなく。アルブレヒト様に直接お会いするまで、一切申し開きはしない、と。」
「・・・そうか。」

女王のためにあつらえた寝所から階下に降り、古い石組みの回廊を進む。
壁も敷き詰められた緋色の織物も、くすんでいるのは長らく無人の居であったためだ。
「王国」が誕生する以前、この地へ現王家と共に移り住んだブランシュ伯爵家が治める、中世の威風を残す堅牢な水城。
やがて行き着いた扉の奥へ、彼は帯剣したまま消えた。

        *            *             *

アルブレヒト率いる一軍の到着と女王救出の知らせは、すぐに宮廷にも届いた。
熟練したマインツ騎兵隊は公爵派の私兵を次々と打ち破り、支配域を一息に北方まで押し上げているという。
前王弟が引き起こした謀叛に騒然とした王宮の人々の間にも、短期決着のめどがついたと安堵が広がっていた。
しかし宰相の元へ緊急参集した高官たちの間には緊張が走っている。
「どういうお心積もりなのか、アルブレヒト殿は!」
「王宮へも戻らず、おもむろに近衛隊の出動を求めてくるとは・・・」

わずか4日前、マインツを出立したアルブレヒト率いる一軍は、騎兵大隊を先行させて瞬く間に国境を越えフライハルトに入った。
その速さに、宰相自慢の諜報網も彼らの動きを先触れする事ができなかった。
そうしてブランシュ家の自城を本拠に定め女王を迎え入れると、君主の警護体制整備として、都に待機している王家直属の兵に召集をかけたのである。
最高統帥権を持つレティシアの指令という形をとっているが、尋常ならざる事態なのは明白だ。
「陛下のご容態を理由に、こちらが送った使者は待たされたまま、謁見もかなわぬ状態であると。陛下のご真意を確かめることも出来ません。」
「黒獅子の騎士か・・・胡乱(うろん)なことを。」

険しい顔容で腕組みしたまま、グストーは窓越しに降り始めた氷雨を見つめている。
女王のいる場所こそが国家の中枢。
このままであればレティシアの座所に軍事機能は移譲され、王宮は裸同然となる。
「陛下に同行していたローレンツ大尉は、どうした。彼から何の連絡もないのか。」
ノルベルト長官の問いに、マルセルが答える。
「それが、アルブレヒト様の軍に連行されたらしいとの情報も・・・」
「ええい・・・肝心な時に役に立たぬ男だな!」

歯噛みするノルベルト達の横で、グストーにはもはや確信があった。
アルブレヒトの狙いは女王を宮廷から引き離し、その権能を奪いグストーを孤立させること・・・これは静かな宣戦布告なのだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
*作者のつぶやき
お久しぶりの更新です。ちょっと試行錯誤右往左往して手直し・放置を繰り返すうちに時間が過ぎました。^ ^;
アルブレヒト様・・・やっぱりグストーをただで済ます気はないようです。
結果的にレティシアを傷つけることになったユベールも危うい立場のようで。
また次回に続きます。

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Last updated  2011/10/13 10:55:37 PM
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