2015/06/01
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壁の一面は御影石で、人工の滝のように壁面を水が伝って下り、床に幾何学模様を描いて渡る水路へと流れゆく。
光に乱反射する清涼な流れ。
2代前のブランシュ伯は、スペイン継承戦争から戻ったのち城の地下を改装し、このホールを作らせた。
城が無人となって数十年の間、誰にかえりみられる事もなく存在した装置。
だがこうして無限の循環を見つめ、虚無に身を浸すのは心地良い。
軍務に追われる僅かの合間、アルブレヒトは沈思して流れと向き合っていた。
やがてホールを後にした彼を、テオドールが出迎えた。


「いや。必要ない。」
いまさら彼女に、どんな言葉を期待できるだろう。
レティシアの望みはグストーの勝利・・・その望みがある限り、女王も折れるまい。

「テオドール・・・分かっているのだ。50年後、この世界に我々騎士の居場所はない。それが、時代の抗えぬ潮流だと。だが今は、陛下と王権を護らねば。陛下の御心に背こうと・・・あの男の野心を砕かねばならぬ。」


一方、ザンクトブルク近郊まで押し戻されたユベール達は、宰相グストーのもと集結し指示を待っていた。
アルブレヒトの軍と正面からぶつかれば、勝利は容易でない。
まざまざと見せつけられた彼らは、次の一戦が国の趨勢を決めるだろうことも理解していた。
浮き足立ちそうな状況で諸将がかろうじて冷静でいられるのは、相も変わらずグストーが落ち着き払っているからだ。
彼の態度が本心なのか、誰も推しはかることはできない。
天幕で軍議の素案を練る主人と二人きりになったレオンハルトは、ぬるんだ珈琲をすするグストーの背中を見つめる。

「陛下が心配です。どれほど、おつらい思いをされているか。」
「そうだな。レティシアが戦いを降りてしまえば、すべて終わりだ。」
そういうことを言ったのではないのだが――レオンハルトは言葉をかみ殺す。
遠くから幾度目か、馬のいななきが響いた。

「今日は騒がしいな。」
「俺の乗り馬です。もう随分、水をやってないから気が立っているんでしょう。」
いぶかしげな顔で、グストーが振り返る。
レオンハルトは瞳を伏せたが、ついに意を決した。

「陛下が幽閉されたのは、ブランシュ家の城ですから・・・子供の頃、聞いたのを思い出したんです。あの城に城下町ができなかった理由。」
「・・・あの一帯には、十分な地下水がない。城内の井戸だけで、数千人分の水は確保できないだろう。だが連中は、どうやってか軍を城に駐留させている。」
「東の森に一箇所、水源があるんです。そこから暗渠(あんきょ:地下に埋設された水路)を通して城へ引いていると・・・そう聞きました。だから、そいつを見つけ出して破壊できれば・・・」
水は城の生命線――むろん水利施設は慎重に隠されているだろう。
深い森からそれを見つけるのは、藁山から針を探し出すほど困難だ。

「馬の嗅覚は鋭いですから。何日も水を飲ませずに、森に放して水源をたどらせた例があるそうで。」
グストーは腕組みしたまま、レオンハルトを見上げる。
レオの声が思わず掠(かす)れる。

「許してください、マスター。もう幾日も前から気づいていたのに、言い出せなかった。こんなんでも・・・兄弟ですから・・・」
自分の手で兄を追い詰めるようなことは・・・
だがもっと早く打ち明ければ、出さずに済んだ犠牲もあったのではないか。
ヴァレリーが消息を絶ったという報告を、グストーは無言で受けていたが――。

「謝罪は後にしろ。まずはお前の案を検討する。それと――」
グストーは飲みかけの珈琲を机上に置いて、立ち上がる。
「黒獅子の騎士の、命まで奪うつもりはない。奴を殉教者にしては、後々面倒だ。」
「マスター・・・」
グストーは一方的に話を打ち切る。
やがて彼が呼び出したのは、黒髭のゴーチェとジャンであった。

* * *


明くる5月12日は快晴、風は凪ぎのように静か、陽光がじりじりと照りつける一日だった。
両軍の先鋒が衝突し、間もなくアルブレヒトの師団は優位に戦闘を展開する。
片翼を崩された宰相の歩兵部隊が後退を試みると、その時を待っていたかのように黒獅子の騎士の軍勢が一斉に前進する。
美しいまでに統御された威容――その一部始終を、グストーは丘陵の頂から遠見筒で見ていた。

「宰相様――」
馬を駆ってきた一騎の竜騎兵が、下馬して伝令する。
「船はすべて上流に引き上げが完了しました。別働隊の準備も整ったと、ローレンツ大尉からのご伝言です。」
「そうか。」
短い返答をして、グストーは再び戦場の成り行きを俯瞰(ふかん)する。
半刻が過ぎ、劣勢が明白になった自軍がマイン川の対岸――彼らの拠点ザンクトブルク側に追いやられても、グストーは動かなかった。
隣りで落ち着かない様子のカムデンたちが、グストーの表情をうかがう。
このまま敵方の渡河を許せば、ザンクトブルク城が包囲されることになる。
アルブレヒトの師団は、本陣の2個大隊規模(約千名)ほどを残して、マイン川にかかるアーチ橋を渡った。

「ここまでか・・・」
呟いたグストーが、振り返って伝令に命じる。
「合図の狼煙を上げろ。」

中空に打ち上げられた白煙が天に向かって、身をくねらせ伸び上がっていく。
一瞬の空白の後、立て続けに爆音が轟き、褐色の噴煙が舐めるように地を這って一帯を覆い尽くした。

「・・・何事だ!砲撃か?!」
アルブレヒト旗下の歩兵隊長が袖で口元を覆い、砂煙の立ちのぼる方角に視線をやる。
だが、やがて彼らの視界に映し出されたのは、中央部の柱を跡形もなく破砕され、マインの流れに沈んだ橋梁の姿であった。
彼らはまだ、知るよしもなかったが・・・
この時、ザンクトブルク一帯を囲むマイン川と、その支流にかかる5か所の橋は全て落とされ、渡河した兵士たちはザンクトブルクの城と共に、巨大な監獄に捕らわれたのだった。

「・・・さぁ、後は俺たちが城を守り抜く・・・大尉が決着をつけるまでな。」
守備隊の指揮を一任されたアドルフ・ギーゼンは、城壁に立って不敵な笑みを浮かべた。

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作者から一言:またも久々更新になりました。PC壊れました。(がくり)
数ヶ月前にキーボートが壊れ、外付けで対応したものの、今度はディスプレイが半分真っ黒に!
家族のを借りて書いてるんですが、はやくwindows10出て〜!

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Last updated  2015/06/01 03:07:48 PM
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