2017/03/01
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レオンハルト:宰相グストー(別名ジュール・バリエ)に仕える騎士。アルブレヒトの実弟。
テオドール:レティシアの騎士のひとり。赤い髪が特徴。レオンハルトとは旧知の仲。

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アルブレヒト率いる騎兵隊とユベールの衝突から遅れること半刻。
宰相グストーを乗せた馬車は護衛兵と共に、戦場を目視できる距離にたどり着いていた。
伝令の報告では、ユベールが深手を負ったものの陣頭で指揮を執り続けていると。
「そうか。こちらの歩兵隊を合流させると伝えよ。」
グストーは、そう一言だけ命じる。
機というものが、戦いにはあるという。
一軍の司令官が退かぬと決めたなら、それに従うのみだ。
遠目に見るフィアノーヴァ城の尖塔は、白い煙をまとっている。
あの煙の下では、死闘が繰り広げられているだろう。
蟻の一穴となるか。
城壁のわずかなほころびをめがけ、攻め手の兵士たちが攻勢を強めている。
常の戦場であれば、城壁を突破した時点で白旗があがってもおかしくない。
だが、あの煙の下で戦うのは、騎士という人種なのだ。
グストーの向かいに座る英国公使カムデンは、ふいに首をすくめた。
「交渉のきかない人間というのは、なかなか面倒ですなぁ。」
いわば戦争の「仕かけ屋」でもあり、戦いの機微に精通しているカムデンにも、いよいよという時、ああいった手合いの行動原理が読み切れない。
「万が一にも、ですよ。女王陛下が害されるようなことは、ありますまいね。」
なにしろ相手は、近代以前の世界に生きているのだから。
「大丈夫ですよ。」
レオンハルトが、視線を前方の城に据えたまま低くつぶやいた。
「黒獅子の使命は陛下を守護すること。兄貴は決して、誓約を違(たが)えたりしない。」

***


額に浮かぶ汗が風に吹かれ、ひやりと冷たい。
ユベールは鞘におさめた長剣を地面に突き立て、それを支えに攻防の様子を凝視する。
出血の量が少なかったのは、幸いだが。
ふと彼の視界の上方に、きらりとはためくものが見えた。
城内にたつ居館と、中央にそびえる物見塔をつなぐ空中回廊。
距離のため、はっきりとはしないが――ドレスをまとった人影に思える。
どくりと、己の心臓が音を立てた気がした。
「まさか・・・レティシア様・・・?」
だが彼の言葉は、ひときわ高く上がった噴煙と崩落音にかき消された。

ついに、城壁の一角が崩壊した。
その様子を回廊から見下ろしていたレティシアの瞳が揺れる。
城内にグストーの軍勢がなだれ込んでくるのも、時間の問題だ。
彼女は口元を手で覆う。
(あぁ、私は・・・!)
ほんの数刻前まで、彼女の望みはこの城から解放されることだけだった。
だが両軍が激しく衝突する様子を目の当たりにして、彼女は己の浅はかさに震えた。
「陛下、もうお移りください。」
護衛役のテオドールは、女王の望みに押されて戦場を見せてしまったことを後悔しながら、レティシアの腕をとる。
「陛下の御身の安全が最優先です。」
「いいえ、違う!」
テオドールを振り払ったレティシアは痛めた足に力が入らず、倒れこむように古い石造りの床に手をついた。
優美な肩の曲線が、荒げた呼吸で震えている。
静かに差し出されたテオドールの手を前にして、女王の紺碧の瞳に力が宿る。
フライハルトの民同士がこれ以上血を流すのを、ただ成り行きに任せ看過などできるはずない。
「違うわ、テオドール。私はフライハルトの国主。この騒乱を治めるのは、私の役割です。」
テオドールが無言で唇を引き結ぶ。
「私に力を貸して。お前がアルブレヒトを敬愛しているのは知っています。でも――お前が剣を捧げ、生涯忠誠を尽くすと誓った相手は誰?」

簡易の指令所である居館の小ホールに、留守を預かる騎士や指揮官たちが参集していた。
彼らは幾らか言葉を交わしたが、やがて中心に立つフォルクマールが結論を下す。
「陛下の御身と、アルブレヒトさえ無事であれば、再起は計れる。」
フィアノーヴァの城が陥落しようとも、国内にはアルブレヒトに従う諸侯や兵が多く残されている。
この城を捨て、レティシアの身柄を移送する。そのために――
「我らで血路を開こう。」
異論を唱える者は一人もなかった。
「急ぎアルブレヒトに伝令を。」
騎士の一人がうなずき、ホールを後にしようとした時だった。
「フォルクマール様・・・陛下が、陛下のお姿が・・・!」
見回り役の兵士が声を張り上げ、飛び込んできた。
レティシアが、警護を務めるテオドールもろとも姿を消したのだと。

間章.鳥の死

フィアノーヴァの城壁は落ちた。
宰相の軍勢は城内に突入し、既に幾つかの施設を制圧したにも関わらず、城内の兵士たちが降伏する気配はない。
「やはり徹底抗戦、か。」
ユベールは苦々しくつぶやいた。
城外に黒獅子の騎士の姿はない。崩壊した防壁から城の内部に戻り、防衛の指揮をとっているのだろう。
アルブレヒトの帰還によって、むしろ守備兵の意気は上がっていた。
「無駄な犠牲を、増やしたくなかったのに――」
天頂にあった太陽は、既に傾き始めている。
「ユベールさん!」
一人の青年が騎馬で駆け付けた。
援護の歩兵隊に同道してきた、レオンハルトである。
「お怪我の様子は?」
「・・・この通り、自分の足で歩けます。」
「マスターが、くれぐれも自重しろと。とはいえ日没までに片が付かないと、やっかいですね。」
起死回生をかけ、夜陰にまぎれての急襲も考えられる。
ユベールはしばらく沈思していたが、やがて気心の知れた竜騎兵隊から、2個小隊ほどを選び出した。
「レオ、私はこれから、城内に入ります。」
「は?!いや、だからいま自重しろって言ったばかりでしょう!」
「フライハルトの騎士が、追い詰められたといって易々降伏すると思いますか?膠着を長引かせるわけにはいかない。あちらも命がけ・・・なら、我々も覚悟を決めなければ。」
次の機会などない。レティシアを奪還するか、敗北か。
レオは天を仰いで何かぶつぶつと口中で呟いていたが、意を決してこう言った。
「だったら、俺も行かせてもらいますよ。えぇ、俺のでかい図体は弾よけにうってつけだって、よくマスターにも褒められるんですからね!」

ユベールは抜き身の剣を片手に、崩落した石壁をこするようにして城内へと抜けた。
内部の構造はレオンハルトから伝えられていたし、彼自身アルブレヒトに囚われた折、ある程度の観察はしていた。
だがレティシアの居場所は把握できていない。
中世のままの姿を残したフィアノーヴァ城は、敷地内に幾つもの塔や建造物が林立している。
火薬塔、兵舎塔。いたるところで攻防が続いていた。
敷地の南東にそびえる主塔は、防御の要石。
4層構造の塔の入口は地上15フィート(約5メートル)にあり、巨大な木製の梯子(はしご)がかけられている。
いざという時、その梯子を落とせば容易に攻めることのできない、最終防衛施設となる。
だがその梯子はまだ健在で、敵兵の配置が多くないことをみても、レティシアがそこにいる可能性は低いだろう。
中央のひときわ高い物見塔に隣接した、城主たちの居館にユベールは目星をつけた。
かつて彼自身が、その一室に囚われた場所だ。
建物の中には、侵入した歩兵と応戦する守備隊、逃げ遅れた数名の女たちの姿。
「イルゼ殿・・・!」
レティシアの侍女であるイルゼがその中にいたが、帯剣したユベールの姿に彼女は震え、ただかぶりを振るばかり。
そこでも女王発見の報告は、まだない。
中世の建築物は内部が狭い一方、思わぬところに隠し部屋や通路があり、くまなく捜索するには時間がかかる。
ここまで指揮官級の将校や騎士の姿すら見えないことに、ユベールは焦りを感じ始めていた。
彼の意識は、廊下でつながれた物見塔へと移る。
入口付近に、引きずったような真新しい血痕が続く――ユベールはレオに目くばせすると、慎重に歩みを進めるが――
「ローレンツ・・・」
おもむろに名を呼ばれ、ぎくりとした。
三方を高い壁に囲まれた、奥まった空間に何者かがうずくまっている。
黒い装束に、頭部を覆う奇怪な鳥型のマスク。
「ヴァレリー!」

思わず駆け寄り、彼女を抱き起そうとしたユベールの手が、べったりと濡れる。
背部に受けた銃弾の傷から、止むことなく血がにじみ出ているのだ。
ユベールは言葉を失い、ただマスクの奥の黒い瞳を見つめた。
「・・・あんたが来たってことは、ジュールの勝ち、だろう?」
頷いたユベールに向かって、彼女はかすかに微笑んだように見えた。
「赤毛の騎士が――」
体を支え切れなくなったのか、ヴァレリーは床に横たわる。
「騎士が、女を連れて北の小路を・・・フードで全身を隠していたけど、女王かもしれない。」
「分かった。感謝する・・・さあ、君を安全な場所に移そう。手当てを――」
ユベールが数名の兵を救護に当たらせようとしたが、
「必要ない。」
彼女は、言葉短く遮った。
「君は僕の恩人だ。置いていけるはずない。この怪我だって僕を助けたばかりに――」
イタリアの戦場で、フライハルトで、自分は何度命を救われたのだろう。
彼女はグストーの放った監視者であり、守護者であり、交わした言葉は少なくとも、ユベールは通じるものを感じていた。
「私のことは・・・そのうち、ギィ達が見つけてくれるから、」
ヴァレリーの右手が、かすかに持ち上がる。
常にはめられた皮手袋は、爛(ただ)れた全身の皮膚を覆い隠すためのものだ。
彼女はその姿ゆえに、「人」の世とは隔絶された生に身を置くしかなかった。
ユベールは彼女の手をとり、握りしめる。
ヴァレリーは閉じかかった瞳でユベールを見つめていたが、ためらうように浅い息を吐き、かすかな声で問いかける。
「これを外して――あんたに、触れたい・・・いい?」
ユベールはヴァレリーの、意外なほど小柄な手から手袋を丁寧に外し、彼女の手のひらを己の頬に押し当てた。
失われていく温もりを、引き留めるかのように。
彼女の指先が、ユベールの肌をなぞる・・・それは幼子(おさなご)が、初めて出会うものを確かめる無垢な歓びに似ていた。
「きれい・・・あんたは、ジュールが求める・・・」
新しい、世界。


「ユベールさん。」
背後からかけられたレオンハルトの声に、ユベールは黙したまま頷く。
ヴァレリーの手に恭(うやうや)しく唇を落とすと、その手を丁重に、彼女の胸元に置いた。
落涙する自分を見られたくなくて、ユベールは顔をそむけたまま立ち上がる。
「行こう。これ以上、失う前に。戦いを終わらせよう。」






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Last updated  2017/03/01 02:49:22 AM コメント(4) | コメントを書く


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