1984年にメジャーデビューしたメキシコのロック・バンド、EL TRI(エル・トリ)のスタジオ10作目となったのが、1996年発表(録音は前年)の『オジョス・エン・ラ・ボルサ(Hoyos en la bolsa)』というアルバムである。デビュー当時から社会問題に関わる曲を発表していたのだけれど、このアルバムは特に政府批判や社会批判といったテーマが目立つ1枚となった。
そのような特色はタイミングの問題もあったのだろう。EL TRIの前身であったスリー・ソウルズ・イン・マイ・マインド(Three Souls In My Mind)の時代、ロックは政府から規制を受けていて、いわばアンダーグラウンドな存在だった(ちなみにその当時は米国アーティストのコンサートもまだ解禁されていなかった)。けれども、1990年代になってロックが市民権を得るようになり、その先駆者である彼らが政治的・社会的メッセージを発する環境ができていた。そのようなわけで、以下に見るように、政治的な内容を含む曲が多く見られる。
私的な好みから注目曲を挙げていきたい。1.「トド・セア・ポル・エル・ロカンロール(すべてはロックンロールのために)」は、好曲だがおそらくはアルバムの構成としては“おとり”のナンバーと思われる。ブルースもしくはブルースロックを意識したこのバンドの曲・音作りとしてはいわば王道のナンバーである。2.「パメラ」は、母親に殺された幼女(その子の名前が表題のパメラ)の物語。5.「エル・ファンタスマ(亡霊)」は、メキシコ市の地下鉄(これがまた以外にも発達している)を題材にした、個人的にはいい感じの曲である。7.「ルータ・シエン」は、当時に廃止された“ルート100”なるバス路線の労働者の問題を取り上げている。9.「ケ・レグレセ・サリーナス」は、当時の前大統領(カルロス・サリーナス・デ・ゴルタリ、任期1988~1994年)を痛烈に批判したもの。“年老いたハゲの野望(la ambición de un viejo pelón)”などという詞を見ると、いかに挑戦的で痛烈な社会批判かがわかる。表題曲の10.「オジョス・エン・ラ・ボルサ(袋の穴)」は、当時のメキシコという国家の“財布”がいかにザル状態かを批判した曲で、結局のところそのツケを払わされるのは一般市民であるという内容の曲。他にも、大学批判の4.「ラ・カハ・イディオタ」やテレビ局批判の11.「エル・カナル」といったナンバーが並ぶ。