2024/11/03
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★ 忘備忘却録/きょう(狂)の過去帳 ★
☆ 小林旭が演歌のネタにした見世物がニューヨークで初開催(1900年=世界初の自動車ショー)。 ☆ ヴィルヘルム2世自らUボートにエクストリーム・カミカゼを命令したところ、水兵がブチ切れたばかりかあっという間にドイツ全土を巻き込む吊し上げに(1918年=キール軍港で水兵が叛乱。ドイツ革命が始まる)。 ☆ 東宝の大型新人ゴジラが銀幕デビューを飾る(1954年)。帝都縦断パレードにてファンクラブ自衛隊の熱烈な歓迎を受け全域が焦土と化した。
【 彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和5年11月03日 】

汚職と脅迫に基づくプーチンの超長期政権
権力の私物化が招いたウクライナ侵攻 =中節=
『空爆と制裁』4章「狂気の皇帝 プーチン」 =連載第3/4回
Wedge_Online 【プーチンのロシア】 2024年9月9日 黒川信雄( 産経新聞社 元モスクワ特派員)



 1989年11月に、ベルリンの壁が崩壊したころ、ドレスデンにあった旧東ドイツの情報機関「国家保安省」(通称・シュタージ)の拠点に、暴徒となったドイツ人の群衆が押し寄せたことがあった。プーチン氏は地下室で機密文書を処分する作業を行っていたが、群衆が集まるなか、プーチン氏は意を決してボディーガードを引き連れ建物の外に出て、群衆と対峙したという。プーチン氏はその際、武力を使い拠点を防衛することも辞さない覚悟だったというが、その日は幸い、そこまでの事態には至らなかった。

 ただ、この出来事は、プーチン氏の心に衝撃を与えた。なぜなら、プーチン氏はソ連の軍事基地に応援を要請したものの、〝モスクワからの命令がなければ、動くことはできない〟と回答されたからだ。アメリカ国家安全保障会議(NSC)でヨーロッパ・ロシア担当上級部長を務めたフィオナ・ヒル氏によれば、このときの出来事についてプーチン氏は「われわれを守るために、指一本上げる者さえいなかった」と述懐し、政府に見捨てられた気持ちになったという。ソ連という国の弱体化を、若き日のプーチン氏は見せつけられた。

 そして、ソ連崩壊の直前の1990年に、プーチン氏はレニングラードに呼び戻される。KGBの現役予備役となり、レニングラード大学で学長補佐官に就任した。そして当時の同大学教授で、後にサンクトペテルブルク市長となるアナトーリ・サプチャーク氏と出会う。サプチャーク氏が大学を辞めて、レニングラード市ソビエトの議長に就任した際に、プーチン氏はサプチャーク氏の顧問に就任。そして市長選に出馬したサプチャーク氏が勝利すると、1991年6月にプーチン氏は副市長に就任する。ソ連崩壊の約半年前のことだ。そして副市長就任の2カ月後には、プーチン氏はKGBを辞職する。

 プーチン氏は最近のインタビューで、1990年代には自ら、ドレスデンから持ち帰った車を使い〝白タク〟の運転手を行っていたと証言している。白タクは、ソ連崩壊後の経済混乱を象徴するような仕事で、車を持っていた多くの人々が日銭を稼ぐために行っていた仕事だ。もし事実であれば、プーチン氏もまた、ソ連崩壊後の経済混乱に深く巻き込まれていたことになる。



KGB出身の大統領
 1980年代から90年代初頭にかけて、プーチン氏はソ連崩壊の悲哀を痛切に身に感じた。政府への幻滅、経済の崩壊、生活苦が、プーチン氏を襲った。しかしその一方で、プーチン氏はサプチャーク氏との出会いをきっかけに政治の世界に足を踏み出し、その後は一定の紆余曲折はあったものの、出世街道をひた走ることになる。

 サプチャーク氏が再選に失敗すると、プーチン氏は大統領の資産を管理する部署で働くために、1996年にモスクワに異動した。これが、大きな転機となる。プーチン氏は翌年の1997年3月には、ロシア大統領府副長官に昇格。さらにその後はロシア連邦保安庁(FSB)長官を務め、1999年8月には第一副首相となり、間もなく首相となった。

 そしてエリツィン大統領はプーチン氏を後継に指名し、1999年12月に辞任。プーチン氏が大統領代行となり、翌年3月の大統領選で勝利し、5月には大統領に就任した。その後、憲法の規定に従っていったんは大統領の座を降りるが、実質的な最高権力者としての立場を維持し続け、2012年に大統領に返り咲いて以降は、その座を保ち続けている。

 プーチン氏が異様なスピードで出世を遂げた背景には多くの要素があるが、KGBの工作員として培ったスキルがプーチン氏にとり大きく役立ったことは間違いない。プーチン氏は自身がKGBで務めたキャリアを誇りに思っており、大統領就任当初の海外メディアに対するインタビューで、そこで培った能力がロシアのトップを務める上で重要な役割を担っていると明言している。

 工作員として培った能力とは何か。それは具体的には、〝人間と情報に対処する能力〟だとプーチン氏は語っている。

 「相手に敬意を払いつつ、最高のものを引き出す。相手を仲間に引き入れ、自分と共通の目標があるということを感じさせるスキル」だとプーチン氏は語る。そして、「大量の情報から最も重要なものを引き出し、処理し、利用するスキル」だと述べている。

 やや、上品すぎる言葉とも感じられる。工作員にとり、人間に対処するとはつまり、相手の心を分析し、つかむことで、相手を意のままに操る技能だ。時にそれは、相手の弱みをつかみ、コントロールすることも厭わない。かつてのKGBのように、単に相手を抑圧して、投獄や抹殺、または教育するのではなく、強い忍耐力と繊細さを駆使して、相手を取り込む能力だといえる。そのような能力が、プーチン氏が出世する上での大きな推進力となった。



汚職と脅迫で成り立つ超長期政権
 KGB時代に培った、〝人に対処する能力〟は、プーチン氏のその後の政権運営にも色濃く反映されている。超長期政権を維持するプーチン氏だが、その政権運営を支える重要な要素となっているのが、KGBの工作員が相手を取り込むために使う〝弱み〟を握り、相手を脅迫して従わせる手法だ。

 前出のフィオナ・ヒル氏は、プーチン氏が用いる統治構造を、「非公式の私的なシステムに支配された環境」と解説する。

 それは、どのようなものか。典型的な事例が、プーチン氏が2000年に打ち出した、オリガルヒらに対する行動原則だ。オリガルヒは、エリツィン時代に国家の資本をかき集めて蓄財し、政治、経済両面において隠然とした影響力を行使していた。しかしプーチン氏は、彼らが活動を続ける上での〝交換条件〟ともいえる原則を打ち出した。

 それは、オリガルヒらは従来通りにビジネスに従事し、財産を築くことができるものの、一方で政府の財源を確保するための課税制度に合意し、かつそれを変更させようとするような試みは許されないというものだ。さらに国外での活動においても、プーチン政権が考える〝ロシアの国益〟を優先しなくてはならない。

・・・・・・・・明日に続く・・・・・


○◎ ○◎    ◎ ◎ ◎   ◎○ ◎○ ◎○ 
古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。
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Last updated  2024/11/03 05:10:06 AM
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