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朝のラジオ、J-WAVEで聞いた「ゲリラ・ガーデニング」。初めて聞く言葉です。リチャード・レイノルズさんが始め、今、ロンドンで話題となっているそうです。「ゲリラ・ガーデニング」とは、自分の家の庭から出て行うガーデニング。手入れされず、ほったらかしになっている公共の場所に、種を蒔き、庭を作る事なのだそうです。「ゲリラ作戦」「ゲリラ豪雨」等、ゲリラなんて言うと、何やら物騒な響きですが、そういう意味だったのですね。公共の場所に許可無く、という違法行為ゆえ、警察のお出ましもあるけれど、結局お咎めは無し。今や、世界30カ国に広がりを見せているとか。生命力に溢れ、逞しく成長する植物の姿に、人々が驚き、感動し、そして癒されるなんて、とても素敵な話ですね。好きな絵本の一つ『ルピナスさん』に、通じるものを感じます。私はまだ、「ゲリラ」にまではなれません。でも、家の壁面やフェンスに緑をあしらって、少しでも道行く人の心を和ませられたら、日々そんな風に思っています。
2010年05月14日
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キムチチャーハン、ジャンボ揚げ餃子、中華スープ、華風きゅうり、そしてビンの牛乳。娘たちの中学校の、給食試食会のメニューです。皆で「美味しい!」と言いながら食べるうち、すっかり満腹になりました。食べ終わったところで、栄養士の先生からのお話です。チャーハンのご飯は麦入り、餃子の具には麩を入れてあるとの事。うーん、言われなければ、気がつかないものですね。(がっついて食べていたから?・・・かも知れません・・・汗)*栄養のバランスを取る(肉・脂肪は取りすぎず、食物繊維は多く)*国産の食材を使う*安全に、そして美味しく一食一食、これらをきちんと意識して考えられた献立。ありがたい事ですね。食育を大事にする中学校、来月は屋上の小さな田んぼで、1年生が田植えをします。秋に実ったお米は、給食に使われるとか。試食会から、食育やフードマイレージ等、いろいろな事に思いを馳せる一日となりました。
2010年05月13日
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3年前、出かけた先の川べりで、母さんカルガモと8羽の子どもたちを見かけました。とうに節句は過ぎていましたが、川をまたぐようにあしらわれた鯉のぼりが、ゆうゆうと泳いでいます。子どもたちはつかず離れず、互いの存在を感じ合っているのでしょう。そんな子どもたちの姿を、お母さんは優しく見守っています。水に映った鯉のぼりもまた、子どもたちの成長を応援しているよう。カルガモと言うと、OLの頃を思い出します。当時、勤務地だった大手町界隈では、某商社の人工池のカルガモ母子が大人気。そして注目は、何と言っても皇居のお堀への引越しです。母さんカルガモの後を、一列になってよちよち歩く子ガモたちの様子が、一大ニュースでしたっけ。この川の子ガモたちも、今はどこかで子育て中でしょうか。5月になると、この時の風景が思い出されます。
2010年05月11日
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お蔭様で、主人の母も私の母も、元気でいてくれています。こうして母の日に、「ありがとう」の気持ちを贈れる人がいてくれる事を、とても幸せに思います。いつものお気に入りの花屋さんで、カーネーションの入ったアレンジを受け取り、実家へ。家の中の佇まいが、以前と変わりない事に心落ち着き、久しぶりに両親ともゆっくり話ができて、何だかとても安心しました。それから今度は、主人の実家へととんぼがえり。主人の弟夫婦も揃って、主人の母を囲んで話も弾み、わいわいと楽しく食べて飲んで、あっという間に時間が過ぎて行きます。そして娘たちから私には、豆腐を仕込んだ、手作りのチョコレートトリュフと手紙。忙しくも幸せなトリプル母の日でした。
2010年05月09日
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壁面に誘引したイングリッシュローズの『グレアム・トーマス』。昨日から、英国紳士のこの春の開花が始まりました。いつも思うことですが、この薔薇のこくのある黄色は、あたたかさを感じさせる色。花自身が温度を持ち、息をしている様にさえ思えてきます。きらめく小さな花びらを大事に抱え込んだ、ふっくらとした花姿。爽やかでいて、豊かに広がるティーの香り。一般的には、ガーデンの中での黄色い薔薇は、他の植物との馴染みが良い方ではないのでしょうけれど、このグレアムの存在感は、そんな事を超越しているような気がします。今年は花が少なそうですが、2週間くらいは幸せ気分に浸れるでしょうか。
2010年05月07日
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みどりの雨の降る中であけびの花が静かに咲いています甘やかな空気を閉じ込めた まあるいつぼみ職人の手わざの 美しい透かし彫りのある花昔懐かしい駄菓子屋の 紙風船のようでもあり赤ぶどう色したドロップのようでもあり大口を開けて笑う秋の果実とは縁もゆかりもないという顔で明るい緑の葉を従え今伝えるものは 花咲く時の微かな音だけみどりの雨の降る中であけびの花は静かにそして楽しそうに咲いています
2010年05月06日
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水面のさざ波に合わせるように、5月の中空に、藤の花房が優しく揺れています。井の頭公園池のほとりの桜の木に、絡まり、よじ登りながらも、ふわっと軽やかに咲き枝垂れた藤。この季節でなかったら、ここに藤がある事に、きっと気付かなかったかも知れません。有名な亀戸天神社の様に、藤棚に端正に収められた、見事な藤波も美しいものですが、この藤の様に、天衣無縫にのびやかに、そして逞しく光を目指す姿は、つる植物本来の自由さと生命力に溢れていて、また好ましいものです。藤の花の波と一緒に、しばしの間みどりの風に揺れていたい、そんな気持ちになりました。
2010年05月05日
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さっきまで、くっきりと見えていたと思った富士の山。今は、次々に湧き起こっては流れ行く、夕方の色をほんのり乗せた雲に隠され、見えなくなってしまいそうです。でも本当は、受身のままに雲に隠されてしまうのではない、そんな気がします。姿を現すも眩ますも、全ては偉大な神の山の意思。富士は霧を呼び、雲を引き寄せ、自ら己が姿を隠しているのではないでしょうか。霊峰と呼ばれ、威厳に満ち満ちた雄大な山。整った傘雲も煌くダイヤモンド富士も、神の山が我々に与えたもうた、美しい僥倖なのです。一日の終わりに富士を眺めていると、そんな風に思えてくるのでした。
2010年05月02日
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GWの始め、家族で富士の方に出かけました。午前中にテニスを楽しみ、昼食をとってから、キリンディスティラリーの富士御殿場蒸留所の工場見学へ。工場の施設内を回りながら、仕込み・蒸留・熟成工程の説明を聞き、模型やVTRを見て、最後はタイミング良く、杏露酒の瓶詰めと、ケーシングの作業工程を見ることができました。そして何と言ってもお楽しみは、見学後のウィスキーの試飲です。おすすめは「富士山麓」樽熟50°。飲めない方なので、お酒の味はよく分からない私ですが、この香気高く、まろやかなウィスキーがとても美味しくて、しばし幸せ気分を味わいました。ドライバーの主人には、とても申し訳なく・・・。富士の雪融け水が地面に滲みこみ、50年程かけて濾過された伏流水を汲み上げ、仕込み水に使っている、との事。美しく磨かれた水を使った、贅沢なウィスキー。思わずお土産に、一本購入しました。富士が間近に見える牧場では、磨かれた水に培われた草をゆったりと食む、牛たちの姿がありました。
2010年05月01日
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女はわき目もふらず、山道を駆ける。いつしか草履も無くし、足袋は汚れるまま。裾も袖も破れ、結った黒髪は解けて千々に乱れる。藪を掻き分け道無き道を行く、その様は、まるで手負いのけもの。昏い山道に響くのは、荒い息遣いだけ。情念に身を焦がす故、女は緋の山に憑かれたのだ。あの緋色に燃える花こそは、心に封じ込めた炎。血を滲ませ、力のままに手折り、持ち帰らずばいられない。たとえ道理を失い、狂った女と誹られようとも。ショールームの和のコーナーに、ツツジをあしらいました。葉の大きさに比べると花が目立ち、これが山のあちこちに咲いていたら、さぞかし燃えるように見えるでしょうね。何となく、和服の女性のイメージが浮かんできました。先日、久しぶりに着物に袖を通したからでしょうか。
2010年04月27日
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先月の暴風で倒れた、鎌倉の鶴岡八幡宮の大銀杏。切り株の部分からたくさんの芽が出てきたと、先日ニュースで聞きました。樹齢1000年とも言う大樹の、脈々と続いてきた命が絶えずに、本当に良かったと思います。道路沿いの公園の銀杏も、何らかの事情があったのでしょうか。根元から切られて、親木は残っていませんが、やはり、あちこちから芽を吹いています。どんな事が起ころうとも、しっかりした根さえあれば、何とかなるものですね。命の根の力強さを感じます。大地にしっかりと根を張る事の大切さは、銀杏も人間も変わりないのでしょう。
2010年04月24日
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とあるリフォーム会社でお仕事をさせていただくようになり、丸3年が経ちました。デザインや建築の専門知識がある訳ではないので、ショールームを居心地良く整えたり、植栽を選んで植え付け、外の花壇を小さなガーデンにしたり、私に出来るのは、とてもささやかな事。限られた時間での勤務なので、会社にいて欲しい時に、出勤していない事も多々あり、それを許容して、共に仕事をしてくださる皆さんには、とても感謝しています。石の上にも3年、たくさん学ばせていただきました。この時代を乗り切るために、会社も常に変わり、対応していかねばなりません。これからも様々な変化がありそうですが、みずみずしい気持ちで、4年目の日々を重ねていきましょう。
2010年04月19日
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冷蔵庫から、使い残しの水菜を出してみたら、何とつぼみが付いていました。水菜のつぼみは初めて見ましたが、う~ん、見れば見るほどアブラナ科!暗くて狭い野菜室の中で、どちらへ伸びようかと、思案した様子が伺えます。最後に陽を浴びたのはいつだったか、緑の色も失いかけています。それでも、空に向かって伸びながら、十字の花をあたたかな春色に咲かせる、あの一族の誇りを、忘れずにいるような気がしました。家庭菜園で水菜を育てたら、元気な黄色い花が見られるでしょうか。
2010年04月18日
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明るいスギナの林の中で、小さなナガミヒナゲシは、折り畳まれた細かいプリーツを少しずつ広げ、ゆっくりと首をもたげ始めました。花とスギナの色の醸し出す雰囲気からでしょうか、それとも、花びらの紙のような質感からでしょうか、それは、若草色の藻のたゆたう、清らかな水面の近くに、幻のように咲く花のよう。妖しく美しいけれど、どこに帰する事もできず、空虚を孕んだ水中花に、なんだか似ている気がします。ナガミヒナゲシは、地中海沿岸から中欧原産の帰化植物。生命力旺盛で、除草の際に細かい種がこぼれ落ち、ますます殖えていくそうですね。確かに、道路沿いのほんの小さなスペースに、たくましく咲いている姿をあちこちで見かけます。
2010年04月13日
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浅緑 糸よりかけて 白露を 玉にも貫(ぬ)ける 春の柳か『古今和歌集』の僧正遍昭の一首です。芽吹き始めた柳の枝を見ると、毎年この美しい歌を思い出します。高校3年間、同じ先生にクラス担任をしていただきました。先生のご専門が古文だったので、しばしば、朝のホームルームで『源氏物語』や『枕草子』、『万葉集』『古今和歌集』等を音読してくださったものです。この一首もそのうちの一つ。先日、白露を纏ってはいませんが、柳にヒヨドリがやって来ているのを見かけました。忙しそうに、いったい何をついばんでいるのやら。この構図のイメージを、どこかで見た様な気がしたと思ったら、花札でした。花札で柳というと、11月の「柳に燕」ですが、むしろ頭に浮かんだのは、4月の「藤にホトトギス」。ホトトギスの躍動感のせいでしょうか。不思議なものですね。風になびく柳の枝は、春の息吹に満ち満ちていました。
2010年04月10日
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下の娘も今日から中学生。年を追うごとに生徒数が減って、新1年生は2クラス併せても50名足らずという、とてもコンパクトな中学校です。学区の事など諸事情あり、いろいろな意味で、これが時代の流れなのでしょうね。でもその分、先生方の目も行き届き、生徒ひとりひとりをしっかり見守っていただけそうです。娘は小学校で仲良しだったお友達数名と、同じクラスになり、安心して楽しいスタートを切りました。顔を寄せ合って咲くビオラのように、みんな仲良く大きくなあれ!
2010年04月07日
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天候不順なこの春。辛うじてお天気の日は出勤で、予定の無い日に限り雨だったりして、ゆっくりお花見をする時間が取れません。新宿御苑の桜、井の頭公園の桜、そして散歩がてらに出かける川沿いの桜。雨の中、あの桜たちに思いを馳せるのみです。そこで、いつもセンスの良いアレンジや花束を作ってくれる、お気に入りの花屋さんでプチお花見をし、写真を撮らせていただきました。ほう、とため息の出る美しさ。桜の前には、余分な言葉など無意味な気がします。豪華な花容も無く、馥郁とした香りも無く、それでも、桜がこれ程までに人の心を捉えて離さないのは、億万の花びらの、ひとひらひとひらの、いのちの重さなのかも知れません。やはり桜は、花の中の花。
2010年04月05日
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冷たい雨の卒業式。下の娘たちは、何かにつけて雨に祟られる学年でしたが、小学校6年間の最後の門出も、やはり雨となりました。たくさんの先生方に教え導いていただき、本当に密度の濃い6年間だったと思います。卒業を祝う会での、保護者代表挨拶でも言った事ですが、子どもたちだけでなく、私たち保護者も成長させていただきました。先生方からの素敵な言葉に感動したり、時として、価値観の違いや、いろいろなものさしがある事を知ったり、親もまた、日々学ぶ事が多々あったと思います。卒業証書を手に、胸を張って体育館を退場する子どもたち。それぞれ自分らしく、力強く、新しい一歩を踏み出していって欲しいものです。卒業、おめでとう!
2010年03月25日
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ずっと前から、それが気になって仕方ありませんでした。生まれ持っての好奇心の強さから、彼は遂にそれに口をつけてしまったのです。ひんやりとした硬質な、えもいわれぬ感触。果たして、それが甘美なものであったのか、それとも厭わしいものであったのか、年月を経た今、彼はもう思い出せなくなっています。分かっているのは、目の前の全てをじわじわと舐め尽くす溶岩流のように、身体で金属を呑み込んでしまうしかなかった、という事のみ。縫い閉じられたような口も、やがて滑らかな肌に埋もれていくでしょう。錆び、朽ち果てるものを身の内にしたさだめを、彼は生きていくのです。 都内の街路樹のスズカケノキ、いろんな所で歩道の柵をパクッと食べています。
2010年03月24日
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桜のつぼみがふくらんで、梢の辺りがぼんやり薄紅に染まり始めると、どうして人々はこう、心落ち着かなくなるのでしょう。一たび開花宣言ともなれば、花の下に繰り出して、皆そぞろ歩き、宴となるのです。井の頭公園はお花見気分満開。園内の花見は10時まで、その後はお店で、なんていう横断幕もかかっています。池の水も冷たく光り、一本の樹にちらほら咲くか咲かぬのに、たくさんの人がシートを広げ、もう宴たけなわです。まだまだ寒の戻りがありますが、桜に焦がれ、熱に浮かされたような人の心が、満開を早めそうな気がします。
2010年03月22日
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ずっと心の中で流れているワルツの調べが、自然にくちびるに昇ってきます。カンヒザクラのお嬢さんは、これから夜会に行くところ。緋色のシルクのドレスに宿る、やわらかな光。高く巻いて結い上げられた、たっぷりとした艶やかな髪。後れ毛の辺りを指で撫でたり、小首をかしげてみたり、ためつすがめつ、鏡の中の自分の姿に見入っています。これからの胸躍るひと時に、想いを巡らしているのでしょうか。大学生の頃だったか、母がワルツのステップを教えてくれたことがありましたが、当時、興味が無かったせいもあり、全く覚えられませんでしたっけ。映像で見るウィーンの舞踏会で、ドレスの裾を優雅に引きながら、滑るように踊る洗練された姿。社交界の紳士淑女の嗜みなのでしょうけれど、まるで別世界のようで、ため息が出てしまいます。踊っている時は、どんな感じなのでしょう?そして、素敵な夜会に向かうまで、どんな気持ちでいるのでしょう?
2010年03月16日
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久しぶりに会う友人たちと、美味しいランチをいただきながら、おしゃべりの花を咲かせているうちに、あっという間に時間が過ぎていました。ふと気付くと、小さなイタリアンのお店の窓越しの光が、明るくなってきています。外のテラスに陽が差してきて、まだ若い緑の色が鮮やかに浮かびます。朝からの雨が、いつの間にか上がっていたのですね。どうやら、楽しくおしゃべりをしているのは、私達だけではない様です。テラスのガーデンチェアに、綺麗に並んだしずくも、ほら、きらきら輝きながら笑いさざめいています。インテリア関係のセミナーで、聞いた事がありましたが、こんな風に室内にいながら、外の光や緑を感じられるのは、素敵なものですね。懐かしい話はいつまでも尽きないもの。まだ名残惜しい気持ちを胸に、再会を約束しつつ、雨上がりの街に出て行きました。
2010年03月12日
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大人にも子どもにも愛されている絵本『はらぺこあおむし』が誕生して、もう40年。それを記念して、期間限定でパンが発売されていました。りんご、なし、すもも、いちご、オレンジのジャムが、あおむしが食べた順番にパンの上に乗っていて、やはりあおむしと同様、りんごから食べていこうかしらと、思わず楽しくなるパンです。食べ盛りで、はらぺこさんの我が家の娘たちにも、ぴったり!パンをいただきながら、久しぶりに絵本を開きました。白いページに踊る色の美しさ、あおむしの食べ跡の丸い穴の仕掛けの楽しさは、エリック・カールさんの絵本ならでは。マサチューセッツ州ノーザンプトンにあるという、エリック・カール絵本ミュージアムも、きっと素敵な空間なのでしょうね。いつか行ってみたいものです。はい、パンも美味しくいただきました。ごちそうさま!
2010年03月11日
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夜へと傾く時の中で空はもはや力無く色を失いかけているその空が映り込んだようにおまえの顔は蒼ざめて細い肩は震えているまつげの翳の瞳は何かに耐えるように揺れ虚空を彷徨う言葉にならぬ想いが漏れ出さぬよう小さな口を引き結んでおまえの銀の涙は何ゆえか優しく頬に触れそれを掬い取ってやれぬからせめて今ひと時悲しみに寄り添っていよう夜の帳が銀の雫を隠すまで夕方の光の中、この梅の花だけが、銀色に光る水をたたえていました。昼過ぎまでの雨が、彼女を泣かせたのでしょうか。
2010年03月09日
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「ありがとう」がいっぱいの一日。先日、下の娘の小学校で「卒業を祝う会」が行われました。卒業対策委員一同、二人の担任の先生と相談を重ねながら、会のご案内からプログラム、セッティング、体育館の飾りつけ等、この日のために長いこと準備をしてきました。お客様をエスコートし、席に案内する子どもたちの姿に、身体も心も本当に大きく成長した事を、しみじみと感じます。保護者代表として、卒対委員長の挨拶がありましたが、感極まりそうなのをぐっとこらえ、無事につとめさせていただきました。後半は、先生と子どもたちで作り上げた、6年間を振り返るパフォーマンス。笑いあり、涙あり、子どもたちの小学校生活は本当にまぶしくて。昨春の6年生最後の運動会の組体操では、開始後ほどなく雨が降り出し、本降りとなりました。手のひらや膝下の泥水を拭うでもなく、顔に張りつく濡れた髪を払うでもなく、集中力を高め、演技を続けた子どもたち。校庭が水浸しになる程の土砂降りの中、53人ピラミッドが完成した時には、胸がいっぱいになりましたっけ。お陰様で、とてもあたたかな、心に残る祝う会になりました。子どもたちの個性を大事にしつつ、導いてくださった諸先生方、たくさんの皆様方に感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。
2010年03月08日
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ドキドキの図書館デビュー!・・・と言っても、初めて図書館に行くわけではありません。昨年12月、最寄の区立図書館の「おはなし会」のボランティアとなり、そして先月、ボランティアとして「おはなし会」に初参加しました。図書館のスタッフの方と組み、2人で30分間のおはなし会を進めます。予め対象が分かっている、小学校での読み聞かせとは異なり、初めて会う小さな子どもたちの前で語るのは、やはり緊張します。今回の聞き手は、6歳児1人、4歳児5人、2歳児と1歳児が1人ずつ。私の選本は絵本『ティッチ』と『てぶくろ』、ストーリテリングはグリムの昔話から『おいしいおかゆ』。あら、子どもたち、ちょっと飽きちゃったかな?するとベテランのスタッフの方が、後を上手に引き受けてくれて、最後は手遊びの、『一本指の拍手』で締めくくりです。目の前に座っていた女の子が、一生懸命拍手をしながら、きらきらした目を合わせてくれたのが、とても嬉しく印象的でした。帰宅して、おいしいおかゆならぬ、おいしいゴマのサブレをいただきながら、ほっと一息。次回のおはなし会担当は4月です。まだまだ駆け出し、少しずつ経験を積み重ねていきましょう。
2010年03月05日
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小さい頃から剣道の道場に通い、宮本武蔵を敬愛し、兵法を極めようとする磯山。中学生になって日本舞踊から転向、剣道を始めた西荻。対照的な2人の女子高生の交流を描いた剣道青春小説です。この2人の独白を交互に据え、物語は進みます。磯山の白、西荻の赤に合わせ、しおり紐を紅白2本にした装丁が洒落ています。剣道の専門用語を知らない私ですが、等身大の女子高生の語り口なので、あっと言う間に読み終えました。ちょうど2冊読み終えたところで、主人が持ち帰ってきた映画のチラシの中に、偶然『武士道シックスティーン』が入っていました。黒目が見えないほどの三白眼が怖い、という磯山の風貌は、女優さんのキャスティングも、なかなか難しいところかも知れません。 第3作目の『武士道エイティーン』は図書館の予約待ち。「私たちの武士道」を探し求める2人、これからの展開が楽しみです。
2010年03月04日
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現在リフォーム中のお宅から、現場担当の男性が戻ってきました。両手に持っているのは、見事な白梅の枝。今日は造園屋さんが入る日で、切ったものをいただいてきたとの事。枝ぶりを見る限り、お客様がこの梅の木を大切にし、きちんと手入れをされてきた様子が伺えます。ちょうど生け替えのタイミングだったので、早速店舗の和のコーナーにあしらいました。一重の白梅には、何か潔さの様なものを感じます。それでいて、後姿はまあるい白い花びらに、紅いがくが可愛くて。上からの照明と、奥ゆかしい趣のある枝ぶりが、畳の上に模様を創りだしています。影が梅の違った顔を見せている様で、面白いものです。そこはかとなく漂う優しい香りに、早春の空気を感じます。
2010年03月02日
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先月のある日の夕方、目の前のオフィスビルの窓に映った夕空の様子に、思わず振り返ってしまいました。 これは何という名前の雲なのでしょう。うろこ雲?それともひつじ雲?小さな雲が大きな群れを作り、幾重もの波となって、沈み行く太陽に付き従っているようです。この天空を夜の国に明け渡すため、今、昼の国の王も、おつきのもの達も民も、去り往こうとしているかのよう。 そして、そんな雲の動きにはそ知らぬ顔で、ぽっかり浮かんだ雲が一つ。群れなす小さな雲をスクリーンにして、影法師を見せてくれています。 雲間からの光と影が織り成す、荘厳な天使の梯子。風に流される一片のちぎれ雲の影が、地面の上を滑るように這いながら、風に流されていく一片のちぎれ雲の影。雲の影というと、それらを思い浮かべますが、こんな風に空の上で、雲の影法師が見られる事もあるのですね。夕空にひと時の手品を見た思いがしました。更新がすっかり滞り、書き溜めていた先月分を今頃になって書いています。しばらくの間、少し前の事を綴っていきます。
2010年03月01日
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年に一度、ゆっくりと相対しながら、言葉を交し合う紳士がいる。さして口数が多くないのは、彼も私も同じ。それだけにこのひと時は、よりかけがえの無いものとなる。命溢れる新葉の展開、輝くばかりの5月の朝。夏の午後の容赦ない陽、忍び寄る秋の湿った空気、そしてその後に来る、身を貫くような北風。過ぎて行った光と影とを、気まぐれな天候や虫たちの仕業で、思うに任せなかった数々の痕跡とを、彼は言葉を選びながら語る。そして私は、彼の過ごしてきた一年を思う。対話の最後に、私は鋏を手に、心を込めて不要なるものを切り落とす。来るべき春、やや老成した感じの彼が、より美しくあるために。我が家の英国紳士、イングリッシュローズの『グラハム・トーマス』。彼のことは、英国風にグレアムと呼びましょう。今頃ようやく、剪定&誘引作業です。壁面に誘引したものの、高い脚立に乗っての、危なっかしい作業は無理なので、一昨年辺りから「命賭けサイズ」で育てるのは止めています。彼の枝がもう少し柔らかだと、収まりがよく、優しい風景が創り出せるのですが。それでも、グレアムを愛さずにはいられないのです。あの黄金色の花と優しい香りが、果てしない夢を見せてくれるのですから。午後からの雨が雪となり、つぎの日は東京も白い朝となりました。
2010年02月01日
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美しい列を成して貼り出された、数々の四字熟語。下の娘の小学校では、6年生の最後の校内書初め展に、子どもたちがそれぞれ選んだ四字熟語を、出品します。2クラス併せ、50以上の熟語が並んだ様は、なかなか壮観です。熟語の選択にも、そして筆の運びにも、子どもたちそれぞれの個性がよく現われていて、6年間を共に過ごしてきた一人一人の顔が、思い浮かぶようです。娘の選んだのは「花鳥風月」。歴史が大好きで、どちらかと言うと理が勝つところのある上の娘は、「温故知新」を選びましたが、下の娘は、どこかたおやかな感性が前に出ていて、親から見て、いかにもという感があります。娘は区の連合書初め展に、課題の方で出品されました。残念ながらハプニングがあり、そちらの書初め展は見られませんでしたが・・・。今、高校の書道部を舞台にしたコミック『とめはねっ!』が、TVドラマになっていますね。書道がブームになりそうでしょうか?墨の匂いが好きだという下の娘の、とめ、はね、はらい、一つ一つ一生懸命な筆使いを眺めながら、書に向かう瞬間の静謐な心を、これからも大切にしてほしいと思いました
2010年01月30日
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瀬戸内の穏やかな海、あふれる明るい陽光、たくさんの坂道と石段のある小路、3つの山の懐に抱かれた潮ノ道という街。 この『扉守』という本には、7編のファンタジックな、不思議な話が収められていますが、1つ1つ読み終える度に、潮ノ道の風景が目に浮かび、忘れがたい気持ちにさせられます。「力」が流れ込んでくるという潮ノ道は、作者の故郷である尾道がモデル。 「この街は都会の華やかな輝きは持たなくても、 一生の宝物になる宝石のような出会いを、 こうして懐の奥深くに隠しているのだ。」 『ピアニシモより小さな祈り』より この一文が語るように、全編を通して、作者の尾道への愛情が感じられます。生まれも育ちも東京の私ですが、東京へのこんな深い愛着は、残念ながら持ち合わせていない気がします。確かに人を惹きつけてやまない、多くの魅力を持ち、こんな綺麗なイルミネーションが見られる街ではあるのですが。 7つの話の中では、故郷への想いが込められた『帰去来の井戸』が、個人的には最も印象に残っています。
2010年01月27日
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少女の独白 まだ胸の奥で、コトンコトンと音がしているの。 びっくりしてしまったわ! だって、声をあげて笑わないあの方が、 笑いかけてきたんですもの。 思っていたより、ずっと快活で明るい笑い声。 冷たくて、恐ろしい方だと思っていたけれど、違ったのね。 あんな風に笑うなんて、 私、あの方を笑わせるような気の利いた事を、言ったのかしら? わからないわ。 黒々とした切れ長の瞳と目が合った、 あの瞬間のことしか、今は思い出せないもの。 何だか足に羽が生えたみたいで、 このままずっと、どこまでも跳んでいけそう。 きっとヘルメスみたいに、大空だって翔られるわ。 コートが無くて平気か、ですって? 大丈夫よ! だって、熱い頬に当たる風はこんなにも優しくて、 微かに春の匂いもしてる。 もうどこかで、菫が咲き始めたのかも知れない。 ああ、こんな不思議な気持ち、初めて。 もしかして・・・これが恋というものなの?大寒の昨日、まるで冬が去ってしまったような暖かさでした。夕暮れもどこかぼうっとして、空気もやわらか。でも、それはしょせん、まやかしの一日。今日はもう、真冬の刺すような風が吹き荒れています。冬のまやかしの笑顔に、少女のように心の紐を解いてしまったら、うっかり風邪をひいてしまいそう。そして、少女が恋をしたその人は、すらりとした美しい青年の姿をした、冬将軍だったのかも知れません。
2010年01月21日
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今日はバラの足元の周りを大掃除。グラハム・トーマスの傍で、ぼうぼうに伸び、まだ青い花を掲げているブルーサルビアを切り詰め、こんもり茂ったエリゲロンも整理していきます。驚いたのは数匹のツマグロヨコバイ。突然、居心地の良かった住処が無くなって、慌てふためいています。ふと目を上げると、バラの枝の上を、一匹のハバチの幼虫がゆっくりと歩いています。身体も小さく、体色も冴えません。バラの葉を食い荒らす、にっくき害虫ですが、果たしてこの寒空の下で、生き永らえる事ができるのかどうか。いつもならテデトールの後、お命頂戴つかまつるところですが、枝から払い落とすだけにしておきました。ことわざの通り、一寸の虫にも五分の魂。そして、この時期、ガーデナーにも五分の情けがあるのです。
2010年01月19日
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土日に来店されるお客様のために、勤務先の和の一角に、花をあしらうことにしています。今回は枝物のアオモジに、薄黄色の小輪のガーベラを合わせてみました。お花屋さんで、初めてアオモジの名を聞き、印象付けて覚えられるように、”青いフォント”のイメージを描いて職場に戻ってきました。調べてみると、黒い枝の斑が文字の様に見え、それが名の由来と言われるクロモジ(黒文字)に対し、枝の色が緑なので、アオモジ(青文字)と呼ばれるそうです。当てずっぽうにイメージした青いフォントも、間違いではなかったのですね。クロモジはお茶席などで、和菓子をいただく時の楊枝として使われるとか。そう言えば、見たことがある気がします。黒い表皮を一部残して削った、色の対比が美しい楊枝、黒文字に比べると、アオモジの楊枝は、ちょっぴり分が悪そうですね。あるとすれば、ですけれど・・・。アオモジの実には芳香があると聞き、硬い実をつぶしてみました。レモンにハーブの香りを僅かに忍ばせたような、清冽な香りが立ち上り、ガーベラの花色と相まって、まだ浅い春を呼んできてくれるような、そんな気がしました。
2010年01月16日
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2010年読書の記念すべき1冊目は、小川洋子さんの『猫を抱いて象と泳ぐ』。昨年一度、図書館のリクエスト予約がようやく回ってきたのに、本を読む気持ちの余裕が無く、全く読めずに返却してしまった本です。再度予約をかけたとしても、また長い順番待ち。当分読む機会が無いと思っていたのですが、主人のリクエスト予約で、また図書館から借りる事ができました。久しぶりに触れる小川洋子さんの文章は、やはり言葉、表現ともに美しく、残照の西空に曇りない光を放つ宵の明星のようで、胸がふるえ、心惹かれてなりません。駒の奏でる旋律に耳を傾け、チェスの深遠なる海を泳ぎ、美しい棋譜を心に描いたような気持ちになりました。自分も”チェス指し”であったならと、どんなに思ったことでしょう。主人公は盤下の詩人でしたが、私はささやかな日常の中の美しいものを掬い取って、せめて小さなつぶやきにできたら、と思います。出会うべくして出会い、本との縁を感じる、そんな一冊でした。
2010年01月14日
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美しい青空の下、両国国技館の周りには、色鮮やかなのぼりが風にはためいています。桝席のチケットが手に入り、今日は大相撲初場所の初日を観に行くこととなりました。お茶屋さんの案内で席に着き、美味しいお弁当と焼き鳥をいただきながら、幕下の取り組みから見始めました。十両の力士たちが土俵に上がる頃は、国技館の中の空気がぐっと変わってきます。初日という事で、相撲協会からのご挨拶。幕内上位の力士が揃い踏み、皆立っているだけですが迫力があり、圧巻です。 そして東西の横綱の土俵入り、これもまた素晴らしくて、これが頂点に立つもののオーラなのでしょうね!正面の席だったため、お姿は拝見できませんでしたが、3年ぶりに天皇・皇后両陛下がご観覧にいらっしゃり、国技館の中は暖かい拍手で満たされました。一瞬にして勝負のつく取り組みもあれば、がっぷり組んでの大相撲あり、どれも見ごたえがありました。伝統と格式、しきたりの多い角界、今回感じたのは、どのスポーツとも全く違う、という事です。受け継がれてきた良きものが大切にされ、土俵の上で、たくさんの名勝負が生まれる事を願います。
2010年01月10日
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「まだ門松が付いたままよ!うちも忘れてたんだけれど。」昨夜遅く、間もなく日付が変わろうとする時間の、隣に住む義母からの電話。いけない、いけない。仕事始めの気忙しい一日で、すっかり忘れていました。しん、と冷えた夜空の下、役割を終えたというのに、いつまで背筋を伸ばして立っていれば良いのか、松も心許無く思っていたでしょうね。でも今朝になって、もっと所在なげな樅の木を見つけました。通勤に使っているバスの降車口のドア。昨年のクリスマス前、銀のモールで車窓を飾ったバスが、この路線を走っていました。樅の木は、そのクリスマスバスの名残のようです。車内に差し込んでくる朝日で、木の周りはひときわ明るくなり、そのせいでしょうか、てっぺんに付けられた星が、ひどく目立つ気がします。樅の木は、自分がここにそぐわないと知りつつも、ドアに貼り付いて、立ちん坊でいるしかないのです。どうかバス会社さん、もう樅の木を休ませてあげてくださいね。
2010年01月08日
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大晦日の紅白歌合戦で聞いた、スーザン・ボイルさんの『夢やぶれて』"I Dreamed a Dream"。今回初めて聞く曲だとばかり思っていましたが、聞き終わった後しばらく、何故か心がざわついていました。まるで、懐かしい思いを胸に抱きながら、乳白色の靄がかかる記憶の森の中を、彷徨い歩いている様な気分。しばらくして、とうとうその靄が晴れ、光の射す場所に出ました。どうりで懐かしかったはず、この曲は、ミュージカル『レ・ミゼラブル』の挿入歌だったのですね。20代の頃、会社の同期の友人達と、時々ミュージカルを観に行ったものでした。観た当時の『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンとジャベールは、鹿賀丈史と滝田栄のダブルキャスト、エポニーヌが島田歌穂。『夢やぶれて』を歌ったファンテーヌは岩崎宏美だったような、おぼろげな記憶があります。映画『千と千尋の神隠し』のセリフではありませんが、普段、人は思い出せないだけで、忘れてしまうという事は、ないのかも知れませんね。いろいろな想いもあっての事か、ボイルさんの歌声とあふれる情感、そして歌詞が相まって、深く心にしみとおる一曲でした。
2010年01月06日
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明けましておめでとうございます大晦日の午後の突風など無かったかのように、東京は澄んだ青空が広がり、穏やかな元日となりました。やらなければならない事に追われ、やりたい事は中途半端なままに終わり、自分ひとり進歩が無いように感じ、焦ってばかりいた昨年。時間が限られているのは、今年もやはり同じですが、心に少しばかりのゆとりを持ちつつ、大地を踏みしめるように、一歩ずつ確実に、前に進んでいきたいと思います。穏やかな、実り多い一年でありますように。
2010年01月01日
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46年ぶりの皆既日蝕だというのに、あいにくの空模様。それでも東京では、ほんのわずかな間、雲の切れ間から部分日蝕を見ることができました。月に食われた己が姿をさらすのを、何としても避けたくて、薄い雲の流れる中を、太陽は逃げ隠れしているよう。皆既日蝕は、太陽と月の距離と大きさの、ちょうど400倍の差から生まれるとの事。これは偶然ではなく、きっと必然。神様が私達に用意した素晴らしい贈り物に違いない、と思ってしまいます。美しいダイヤモンドリングや神々しいコロナの映像を、夜のニュースで見て、改めて太陽の力と宇宙の神秘を感じました。皆既日蝕の間は、昼間でも星が見られるのだとか。TV番組の映像では、水星(娘は金星だと言っていましたが)が映っていました。惑星だけでなく、星座も見られたのでしょうか。双子の男の子の囁きが遠のき、荒獅子の咆哮に、乙女の手の麦穂が揺れる、そんな天空を想像してしまいました。でも、実際に皆既日蝕を見る機会に恵まれたら、星のことなど忘れ、黒い太陽に釘付けになってしまうのかも知れません。26年後の日蝕が楽しみです。
2009年07月22日
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凛として、ゆるぎなく、そしてなめらかで優しい。真円の描く弧は、何と美しいのでしょう。永遠に続く円周率は、数学の世界の完全なる美であると共に、深遠な謎でもある気がします。そんな弧の一部が、七色の光の帯となって空に現れる時、いつも胸がいっぱいになってしまいます。今夕の虹の、どれほど壮大で美しかったことか。外側の弧は朧に浮かび、和音を成しています。二重の光の弧の描く、本当に夢のような眺めでした。空の広い場所に出られなかったことに加え、何と言っても惜しむらくは、デジカメの撮影モードが合っていなかったこと。ちょっぴり残念な写真になってしまいました。次に七色の弧に出会えるのは、いつなのでしょう。
2009年07月19日
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先だっての、下の娘の小学校の学校公開でのこと。1時間目の図工室で、素敵なものを見つけました。それは高窓に並べられた、透き通った色水の入ったペットボトル。図工の先生にお聞きしたら、子どもたちが色水遊びをした時の残りを入れ、窓辺に飾ったのだとか。同系色の、寸分違わぬグラデーションという訳でもなく、まるっきり不規則に、ただ並べたというのでもない、そんな色の配列に、美しいけれど自由な、リズムのようなものを感じます。ステンドグラスみたいで綺麗だったので、写真に収めようとしたら、バッグにデジカメがありません。まだ家に残っている主人に頼んで、持ってきてもらった時には、太陽の位置が随分変わっていたようです。1時間目の朝の光の成せる、色水の澄んだ明るさは、残念ながら、もう消え失せていました。
2009年07月12日
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少女はひとり 丘を登っていく麦藁帽子のつばに そっと手を添えながら緩やかな斜面はの草は ひなたの匂い木立からは 重なり合う蝉の声空には力強く湧き立つ 白い雲パフスリーブのワンピースの裾を吹き渡る夏の風が たわむれに揺する少女の袖をふくらませるのは未来への憧れ それとも淡い恋心遠い夏の記憶に浮かぶ蝶のように少女の姿は緑の中に 小さく溶けていく一足先に夏のあしらい、花器にサンダーソニアとひまわりを入れました。ふっくらとしたサンダーソニアの花は、パフスリーブのワンピースを着た少女を思い起こさせます。おぼろげながら『赤毛のアン』の中にも、パフスリーブのエピソードがあったような。小さい頃、パフスリーブが大好きでした。もっとも「ちょうちん袖」という言葉の響きは、あまり好きになれなかったのですけれどね。
2009年07月10日
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大小さまざまなろうそくの灯が揺らめき、笑いさざめく声の波が、あちこちで広がります。私の勤務先は、100万人のキャンドルナイトに賛同しています。いつもお世話になっている取引先の方々をお招きして、今年も職場でキャンドルナイトがありました。あちこちにろうそくを配し、照明を落として灯を点すと、いつもの場所が違う表情になります。そして違う表情に見えるのは、人もまた同じ。お互いの距離がいつもより近く感じられるのは、揺らめく炎の持つ、暖かな魔法のせいでしょうか。エコ、環境や地球のこと、人と人がつながり合えることに思いを馳せる、慌しい日常を離れた、癒しのひと時。いつも労をいとわず協力してくださる取引先の方々も、同じ思いを感じてくださったら幸いです。
2009年07月07日
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梅やヤナギ、レンギョウにコブシ、コデマリ、ミモザ、スイートピー。「早春讃花」と題された、いけ花展の会場は、春の光と暖かさに満ちています。外の通りを吹く風は冷たくて、『早春賦』の通り、春は名のみですが、ここは別世界です。花たちの息吹が、春を呼び込んだのでしょう。学生時代からの友人の作品は、5人がかりで活けこんだ大作。白と優しい黄色に、淡いブルーとピンクが加わり、桜の枝の、灰色がかった美しい線が、個々の花器をつなげています。咲き誇る花たちの、みずみずしい生命。その、たおやかだけれど強い力は、今にも桜を咲かせてしまうのではないか、そんな風にさえ、思えるほどです。美しい作品が多々ある中、枝を撓めたイブキの活けこみは、線の流れが空間を創り出し、引き算の美を感じさせて、印象的でした。今日のいけ花展に合わせ、学生時代からの友人在京組が、全員揃いました。あの当時から、年月は流れ続けているけれど、それぞれの「その人らしさ」はずっと変わらず、素敵な友人たちがいることの幸せを、しみじみ感じます。そうして楽しいおしゃべりの花は、絶えることなく咲き零れたのでした。
2008年02月17日
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日本にチョコレートが伝わったのは、18世紀後半で「しょくらあと」、そして加工・販売の記録は1877年(明治10年)。チョコレートの当て字は、「猪口齢糖」の他、「貯古齢糖」「知古辣他」「千代古齢糖」などがあったとか。当て字もいろいろ考えたのでしょうね。千代古なんて、いにしえから続くめでたさを感じさせて、なかなか素敵な命名です。いったいどんな味だったのでしょう。娘たちは今年も、バレンタインデーの友チョコづくり。今回はトリュフを作ることになりました。材料を買いに行ったのが遅く、既に品切れのものもあり、買い求めたのはフランスのヴァローナ社のスウィート、カラク56%です。参考にしたレシピでは、 チョコレート 180g 生クリーム 90cc はちみつ 小さじ1 ラム酒 大さじ1/2~1となっていますが、小学生向けなので、ラム酒は控えておきました。湯煎で溶かしたチョコレートに、生クリームとはちみつを加え、氷水に当ててもったりするまで冷やし、ラップで茶巾にします。一度冷蔵庫で冷やしてから、ラップをはずして、手の中で転がして形を整えていきます。ちょっぴり泥んこ遊びのよう。再度冷蔵庫で冷やしてから、粉砂糖をまぶして、はい、出来上がり!でも、完成品は全て行き先が決まり、残念ながら味見だけ(1個を娘ふたりと私で分けた!)で、私たちの口にはほとんど入りませんでした。もう一度、近いうちに作ってみようと思います。
2008年02月14日
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元気に春を呼ぶ鮮やかな黄色に、気高い貴人のローブの紫。みずみずしい果汁滴るマンダリンや、迷う絵筆が探し当てたアプリコットピンク。それに、洒落たツートンカラーやグラデーション。華やかな色のビオラが溢れる中で、真っ白なビオラは顔を伏せてしまいがち。でも、ある日彼は、一つの作戦を思いつきました。それは、シンプルな線の美しさを見せること。花びらに展開されたささやかな作戦は、劇的な成功を収めたのでした。細く硬いペン先に、青紫のインクを浸し、白い紙の上に、すっと描いた線のよう。作戦どおり計算され、研ぎ澄まされた線を見ているうちに、ふと、瞬く間に天空を滑り落ちる、流れ星の美しい軌跡を思い出しました。ガーデニングで冬の彩りにするには、白はひんやりとして、寒々しい感じもしますが、斑入り葉やシルバーリーフとは、お互いを引き立て合う、美しい組み合わせ。コンテナ一つでも、ホワイトガーデンの趣です。
2008年02月08日
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脇の方へかき寄せられて残る雪、融けて再び凍った雪。雪の日の翌日の路上は、いろいろな表情をしています。きちんと雪かきがされて、路面が綺麗に洗われたような一角と、誰の手も付かず、シャーベット状に薄汚れた雪が、自然に融けるがままにされた所と。こんな部分に、人の暮らしが自ずと出るものですね。お医者さんの帰り道、ところどころ凍った雪で足をとられないよう、気をつけて歩いていたら、鬼打ち豆を見つけました。しばらく行ったところにも、またさらにその先にも、豆が散らばっています。最近は豆まきの声こそ、控えめの様ですが、門の外まで、しっかり鬼を追っていったのでしょう。立春の今日の陽射しは、どこか春の匂い。雪融け水で清められ、きらきら光る路上の、いくつもの豆を眺めながら、邪気とともに、冬の寒気もはらわれた様に思いました。風邪かと思っていたら、インフルエンザ。どうりで身体がだるかったはず。処方された吸入薬を使って、しばらくは養生です。
2008年02月04日
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雪国では珍しいことではないのでしょうが、ここ東京で節分に降る雪というのは、なんだか特別な気がします。朝方から降り始めた雪は、止む気配も無く、辺りを真っ白に埋めていきます。ベランダのビオラも凍えきって、薄い紫の色も、雪に奪われてしまいそうです。童謡にもある通り、雪が降って喜ぶのは、犬と、やっぱり子どもたちでしょうか。防水仕様のものがないので、普通の手袋の上に、ビニール袋を被せて輪ゴムで留め、娘たちは外へ飛び出して行きました。そして、主人は雪かき。豆まき前の鬼の仕業か、はたまた鬼の霍乱か、10年ぶりに38℃超の熱を出し、私は1人布団の中。こんな節分も初めてです。文字通り、節を分けるこの大雪も、明日の陽射しで、春の水となることでしょう。
2008年02月03日
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