全2件 (2件中 1-2件目)
1

9月16日に第93代鳩山内閣が発足しました。鳩山由紀夫総理は就任早々国連総会に出席のためアメリカへオリンピック東京誘致のためにヨーロッパへそして近隣外交の要として中国へと出かけました。国連総会では、先進国の中で突出した炭酸ガスの削減を表明し、同行した幸夫人は明るいキャラクターでマスコミの注目を集めました。難題山積みの岡田外務大臣と前原国土交通省・内閣府特命担当(沖縄・北方・防災)の精力的な活動も注目されました。一方自民党の麻生内閣がようやく決めた予算が、民主党のマニフェストを実行するための予算確保のために執行が停止され、見直しが進められています。はたしてあれだけ時間をかけて決めた予算を、マニフェストは選挙での公約だと言って簡単に予算の変更できるのかと疑問が残ります。そして亀井郵政改革・内閣府特命担当(金融)が推し進める郵政民営化路線を転換する方針は官から民への改革が進まなくなり実態は国営への逆戻りとならないか心配です。郵政民営化は小泉内閣が圧倒的な国民の支持を受けて実行途中のもので、マニフェストにも見直しが書いてあったからと言って全面的に変えるのは、時期尚早であると思います。ここにきて一段と国民の収入の伸びや企業業績は悪化しつつあり、こうした中で高校無料化や高速道路の無料化、そして子育て支援や毎年増大する社会福祉関係の費用をどうやって捻出するかが大きな課題となってきました。日本の将来をじっくり見据え、しっかりした舵取りが望まれます。 私は日々の生活記録をカメラで写真に撮り日記代わりにしています。庭や散歩途中で撮った花々も多くあり、よく撮れたものを紹介します。名前の知らない花もありますが、この中でトップに挙げたのはシュウメイギク、黄花コスモス、野ボタンです。花もアップで撮ると今まで気づかなかった表情が現れます。ラッパ状やイソギンチャクのような紫の花、、ホトトギスの花も花弁に大変不思議な模様があり神秘的です。 平塚市と大磯町の境に花水川が流れています。この川の大磯町側にサイクリングロードがあり自転車で走ってみました。ヒガンバナをはじめ秋の野草が咲いていてキンモクセイの香りが漂う中ジョギングや犬を連れて散歩をしている人を多く見かけました。 我が家の庭でもカサブランカが見事な花を咲かせ強い香りを放ちました。アイビーゼラニウムや強烈な色彩のガザニアも毎年楽しませてくれます。今年は庭の一角にトマト、ナス、ピーマン、シシトウを植えました。普通のトマト以外にフルーツトマトを植えたところミニトマトより一回り大きい実が長く採れ、楽しませてくれました。トマトの腋芽は赤玉土に挿し芽しておくと簡単に発根し、増やせました。鉢植えのブルーベリーを庭に下ろしたところ大量に収穫できました。庭の植木もかなり伸びましたので現在は選定作業を進めています。
2009.10.21
コメント(3)

利尻島と礼文島は私には九州の屋久島と種子島を連想させます。利尻島は面積182.11km2、最高標高は利尻山1721m、礼文島は面積81.33km2、最高標高490m に対し屋久島は面積504.88km2、最高標高は宮之浦岳1936m、種子島は面積444.99km2、最高標高282m と一回り大きく利尻島と屋久島は島の形が丸く高い山を有し他方礼文島と種子島は島が長く平たい形の島です。そして利尻島はアイヌ語でリイ・シリ(高い島)を意味し礼文島はアイヌ語でレプン・シリ(沖の島)を表すそうです。12時35分利尻島の沓形港を出港したフェリーは13時15分礼文島の香深港に到着しました。接岸の方法ははまずロープを岸壁の金具にかけそれをたぐるようにして船に衝撃を与えず見事に行われました。島に上陸後はバスで北の右側に位置する金田ノ岬近くにある船泊村漁業協同組合の直営店「あとい」で昼食をとりました。生ウニ、ボタン海老、タコ、ホタテ、イクラ、ツブ貝はさすがに新鮮で美味でした。昼食後は14時40分西海岸の澄海(スカイ)岬に移動しました。こちらはニュージーランドのフィヨルドを連想させる景観で荒々しい岸壁と澄んだ海、木の少ない山肌が印象的でした。15時10分礼文島北の左側に位置するスコトン岬を見学しました。沖合にトド島があり、サハリンの島影も現れることがあるそうです。16時20分夕闇迫る中、礼文島南部の丘陵地、桃岩を散策しました。こちらは礼文島の代表的な高山植物のスポットで、散策路から外れて足を踏み入れることは厳重に禁止されていました。道際の花期が過ぎた名残の花をいくつか撮らせていただきました。そしてこの日は海を見下ろす礼文町のホテルに宿泊しました。 翌朝目覚めると霧雨が降っていましたが、次第にやみホテルの窓越しから水平線上に真っ赤な太陽が眺められ朝食が済んだ頃には港はすっかり晴れ上がっていました。ホテルからバスで移動し8時45分香深港を出港、暫くは多くのカモメが船についてきました。デッキで去りゆく礼文・利尻の島を眺めていましたが暫くして前部の客室に戻り座っていると縦揺れのため気持ちが悪くなり、トイレに急行する羽目にあいなりました。冬のもっと荒れた海ならば、乗っている間中苦しむかもしれません。 10時40分稚内港に予定通り到着しました。出迎えのバスに乗り、まず最初に北海道遺産に指定されている稚内港北防波堤ドーム近くの海産物店で買物をし昼食をとりました。この防波堤ドームはトンネルを半分に切った形状で、長さは424m古代ギリシア建築を彷彿とさせるエンタシス状の柱列群を有し、1931年に着工、1936年に完成した歴史を持つものだそうです。北海道と樺太を結ぶ鉄道連絡船(稚泊連絡船)の桟橋と旧稚内駅との間を通行する乗客を守る目的で作られたものだそうです。昼食後バスで宗谷岬に移動中、窓外にこの地方だけに見られる周氷河地形と呼ばれる緩やかな起伏が連続する地形を観察できました。 12時45分晴れ渡った宗谷岬に到着、遙かにサハリンを遠望できました。実は昭和60(1985)年8月7日家族で北海道旅行の折来たことがあります。この時のアルバムを見ると、日本最北端の地の碑は今のものより小さく「宗谷岬」の歌がガンガン流されていた記憶が蘇ってきました。その後駐車場建設のため埋め立てられ、この碑も大きくして北に移動し、土産物店の時計台や宗谷岬音楽碑、間宮林蔵の立像も改修・移動されました。また沖にはトド島が見え、海辺には無数の魚が群れていました。宗谷岬音楽碑に近づくと自動的に「宗谷岬」の歌が流れ出しました。♪流氷溶けて春風吹いて ハマナス咲いてカモメも鳴いて……幸せ求め最果ての地に それぞれの人は明日を祈る…吉田弘:作詞 船村徹:作曲のこの歌を私は懐かしく聴きました。そしてバスは稚内空港に行き14時40分発の飛行機で帰途につきました。 フルスイングDVD、甲子園への遺言(原作本)あの花のように(主題歌)に関心のある方は上の画像をクリックして下さい。 フルスイング感想掲示板 (http://www3.nhk.or.jp/drama/drames/dodra/180/page_001.html)
2009.10.01
コメント(4)
全2件 (2件中 1-2件目)
1
![]()
![]()
